第46話「羽妖精の問題を解決する」

「わたしたち羽妖精ピクシーは、光・闇・地・水・火・風のうち、ひとつの属性を持って生まれてまいります」


 羽妖精ルネは切り株の上に立ち、礼儀正しく話しはじめた。


「そして、身体が小さい分だけ魔力の流れに敏感なので、土地ごとの魔力の調査や、狭い場所などを調べたりといったお仕事をいたしております」


 魔族と亜人たちが北の地にやってきたとき、畑に向いた土地や、放牧に向いた土地を見つけ出したのも羽妖精たちらしい。


 そのお礼として、当時の魔王は羽妖精に領地を与えようとした。

 でも、人前に出るのを好まない彼女たちは、自治区をもらって隠れ住むことを選んだそうだ。


「いただいた森の中で、羽妖精は暮らしてまいりました。そうして『光属性の羽妖精』であるソレーユと、『闇属性の羽妖精』であるわたし──ルネが生まれたのです。ですが、ソレーユは……」


 そう言ってルネは、妹のことについて話し始めた。


 ルネの妹のソレーユは、生まれつき身体が弱かった。

 ちょっと動いただけですぐに熱が出てしまう。

 強い光の魔術が使えるけれど、使ったあとは3日は寝込むということだった。


「おそらく、強すぎる光の魔力が、身体に悪影響を与えているのでございましょう」


 羽妖精ルネは言った。


「光の魔力は『有』『存在の力』を意味いたします。それが身体の中を順調に流れている間は、強力な力となりますが、少しでもとどこおってしまうと……本人の身体をむしばむ、重荷となってしまうのでございます」

とどこおった光の魔力が、身体に負担をかけてしまうってことですか」

「そうです。羽妖精ピクシーは身体が小さい分だけ、魔力の影響を受けやすいのです」

「解決法はないんですか?」

「川で水浴びすることで、一時的に症状をやわらげることができます」


 ルネは森の向こうを指さした。


「流れる水を浴びることで、羽妖精は魔力の循環をよくすることができるのです。ですが……ソレーユにとっては一時しのぎなのでございます。あの子は魔力が滞ることが多いため、1日に何度も水浴びしなければいけないのです」

「なるほど」

「でも、あの子は身体が弱いので、川まで移動するのも大変です。流れがゆるやかな場所でも、流されてしまうことがあります。安全で、身体に負担がかからず、1日で何度も水浴びできるものがあればいいのですが……そんなものは……」

「はい。じゃあ、これを使ってください」


 俺は超小型簡易倉庫から『フットバス』を取り出した。


「え? あれ? な、なんでございますか、これは!」

「魔力の循環じゅんかんを改善させる『フットバス』──お風呂のようなものです」

「え、えええええええっ!?」

「とりあえず試しに、使ってみてください」


 昨日のうちに、おみやげとして作っておいてよかった。

 いらなかったら、将軍かアグニスにあげようと思ってたんだけど。


『フットバス』は足を入れて使うものだけど、羽妖精なら全身が入る。

 しかも『循環じゅんかん』を意味する風の魔石を使ってる。

 安全な水浴び場や、お風呂として使えるはずだ。


「前にこれで、メイベルの魔力循環を改善したことがあったよね」

「はい。トールさま……今でも、2日に1回は使わせていただいています」


 メイベルは照れくさそうに、そう言った。


「そのおかげで、私の体内魔力の流れはすっかりよくなりました。羽妖精のソレーユさんにも、効果があると思います」

「……『フットバス』はアグニスも使わせて……いただきました」


 アグニスが、ぽつり、とつぶやいた。


「すごく、気持ちよかったのです。大型の『フットバス』があったら、みんな欲しがると思います。しゅわしゅわのお風呂で……大事な人の、お背中を流してさしあげたいです……」


 ……大型の『フットバス』?

 つまり『流水振動機能付き』のお風呂。

 …………うん。いいな。すごくいい。


 すごいなアグニス。

 さすがの俺も、その発想はなかった。 


 羽妖精ピクシーなら『フットバス』をお風呂にできるけど、普通の人は足しか入れられないもんな。全身をしゅわしゅわされながらお風呂に入ったら、すごく気持ちいいよね。


『フットバス』で魔力循環が改善する人はいいけど、それじゃ足りないくらい、魔力の循環が悪い人もいるかもしれない。羽妖精のソレーユよりも、ずっと。

 そういう人のためには、『フットバス』の機能を持つ風呂があった方がいい。


 でも、お風呂そのものを作るのは難しいな。

 となると、振動を発生させるマジックアイテムを風呂桶に入れて、『フットバス』と同じ効果を生み出せばいいな。

 魔王城のお風呂に設置したら、みんなよろこんでくれそうだ。

 帰ったらすぐに設計して──


「トールさまトールさま」

「しっかりしてください。トール・カナンさま」

「──はっ」


 気づくと、メイベルとアグニスが俺の背中を突っついてた。

 羽妖精のルネも、ぽかん、としてる。

 いけない。アイテムの説明中だったっけ。


「すいません。ちょっとぼーっとしてました」

「い、いえ、お気になさらず」


 羽妖精のルネは、うなずいた。

 俺は『フットバス』の説明を続けることにした。


「これは、火の魔石で水を温めて、風の魔石で水の流れを生み出すアイテムです」


 俺は切り株の上に『フットバス』を置いた。

 羽妖精のルネはおそるおそる中に入る。

 水が入ってない『フットバス』の中でルネは両脚を抱いて、勇者世界で言う『体育座り』の状態になる。そのポーズで、ちょうど『フットバス』から頭が出てる。

 お風呂にはちょうどよさそうだ。


「風の魔力には『循環じゅんかん』の意味があります」


 俺は言った。


「その魔力が溶け込んだお湯に浸かることで、魔力循環を改善することができるんです。まずは、脚を入れて使ってみてください。それで調子がよくなったら、全身で浸かってみるといいと思います」

「……か、感謝いたします。錬金術師さま」


 そう言って、ルネは『フットバス』から出た。


「この『フットバス』はソレーユのために、ありがたく使わせていただきます。このご恩は忘れません……」


 ルネは『フットバス』に触れながら、俺に向かってお辞儀をした。

 でもまだ、深刻そうな顔をしてるな。


「もしかして、他にもなにか問題があるんですか?」

「……錬金術師さまにはお見通しなのですね」


 羽妖精のルネは、困ったような顔で、ため息をついた。


「ソレーユは服を着ていると飛ぶことができないのです」

「服を着てると……飛べない?」

「羽妖精は空を飛ぶとき、服に魔力を通して自分の身体と一体化させるのです。服を通して空気の流れを感じ取り、風に乗って飛ぶために」


 そう言ってルネは、木の葉の服をつまんだ。


「だから、羽妖精が飛ぶにためには魔力の通りやすい服を着る必要があるのです。そして、生きている木の葉は、とても魔力を通しやすい素材です。羽妖精が木の葉の服を着ているのは、そういう理由なのでございます」

「そうだったんですか……」

「もっとも、数日着ていると枯れてしまうので、森に戻って仕立て直されなければいけないのですが」


 だから羽妖精ピクシーは、他の種族と一緒に過ごすのが難しいそうだ。

 木の葉の服が枯れはじめたら、すぐに次の服を探さなきゃいけないから。

 他の素材もいろいろ試したんだけど、結局、木の葉が一番手に入りやすく、魔力も通りやすいそうだ。あと、お金もかからないし。


 そういう事情だとは知らなかった。木の葉が羽妖精の伝統衣装なんだと思ってた。

 飛ぶのって意外と大変だったんだね……。


「ですが、ソレーユはなぜか、木の葉にうまく魔力を通せないのです。おそらく、光の魔力の特性だと思うのですが……」

「わかりました。じゃあ、これをどうぞ」


 俺は超小型簡易倉庫から『光の魔織布ましょくふ』を取り出した。


「こっちは光属性の布です。同じ属性なら、光の羽妖精ピクシーさんの魔力も通るはずです」

「……え」


 羽妖精のルネは目を見開いた。


「ひ、ひ、光属性の布!? そんなものがあるのでございますか!?」

「はい。でも、魔力を通すと透明になっちゃう欠点があるんで、これをなんとかしなきゃいけないんですけど……」


 ここで新しい魔織布を作るのは時間がかかる。

『UVカットパラソル』を作ったおかげで、『二層式』の魔織布も作れるようになったけど……実験作をテストもなしに使わせるわけにもいかない。

 ここは、メイベルとアグニスの力を借りよう。


「メイベル。ここで妖精さんサイズの服を作ることはできる?」

「はい。大丈夫です。メイドのたしなみとして、裁縫道具さいほうどうぐは常備しています!」


 メイベルは、ぽん、と胸を叩いた。

 さすがメイベル、頼りになるな。


「それじゃ『光の魔織布』を使って、光の羽妖精さん用の服を作ってくれないかな」

「わかりました。妖精さんサイズの服ならすぐに作れると思います。でも、『光の魔織布』で作ると、服が透明になってしまいますが……」

「布を重ねたり、間に空気を入れるようにしたらどうかな」


 前に『光の魔織布』で天幕テントを作ったとき、布が重なったところは透明度が落ちて、白っぽくなっていた。

 何枚か重ねたり、間に空気を入れたりすると、光が通りにくくなるみたいだ。


「なるほど……布を折りたたんでひだを作ったり、布を何枚か重ねたりすればよいのですね!」

「あとは、シワのある部分も、光が通りにくいと思うよ」


 そう言ってから俺はアグニスの方を見た。

 彼女は目を輝かせて、すごく、なにか言いたそうな顔をしてたから。


「アグニスさんはどう思いますか?」

「帯をつけるのも良いと思います! あとはえりを付けたり、スカート部分を折りたたんでたくさんブリーツを作るのもいいので。厚みが増えますので」

「うん。じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「わかりました。アグニスも、人形の服を作ったことがありますので!」

「ご一緒に作りましょう。アグニスさま」

「うん。メイベル」


 メイベルとアグニスはすっかりやる気だ。

 ここは2人に任せよう。

 俺は魔織布を作ることはできても、それを服にすることはできないからね。


「じゃあ、よろしく頼みます」

「承知いたしました!」

「やってみるので!」


 そう言って、メイベルとアグニスは馬車に戻って行った。


「……光の属性を備えた布があったなんて……」


 気づくと、地面の近くでかすかな声がした。

 羽妖精のルネが切り株に座って、震えてた。


「現在の魔王陛下……ルキエ・エヴァーガルドさまの元で、魔王領はこれほどの進歩をとげていたのでございますね……」

「いえ、ああいう布を作ったのはつい最近なんです」

「最近でございますか?」

「俺が魔王領に来てから……10日ちょっとですからね」

「……そ、そうだったのですか」


 羽妖精のルネは目を見開いて、俺を見た。

 それから、ゆっくりと羽を広げて、身体を浮かべて──


「わたしも、森を出て……世界を見てみたくなりました」

「世界を?」

「はい。錬金術師さまが変えていく世界を見て、変わっていく世界に関わりたいのです。お力を貸していただけませんか?」

「そうですね。じゃあ、光・闇・地・水・火・風の魔織布を──」


 と、言いかけて、止めた。

 そういえば宰相さいしょうケルヴさんに言われてた。個人的に渡すのはいいえけど、たくさんの相手にマジックアイテムを渡すときは、許可を取るようにって。


「ちょっと時間をもらえますか? たくさんの魔織布をあげるには、宰相閣下の許可が必要なんで」


 俺は言った。

 ルキエやケルヴさんとの約束を破るわけにはいかないからね。


「屋敷に戻ったら申請書を魔王城に送りますから、それが戻ってくるまで待ってください。許可がもらえたら、他の属性の魔織布も、羽妖精さんたちに差し上げます」

「しょ、承知いたしました!」


 羽妖精のルネはそう言って、ふわり、と飛び上がる。

 俺の目の前までやってきて……そのまま彼女は、俺の額に口づけた。


「羽妖精を代表してお礼を申し上げます。羽妖精の生き方を変えてくださる方に、最大限の敬意と忠誠を。羽妖精の力が必要なときは、いつでもおっしゃってください。あなたの羽として、大陸のどこへでも飛びます」

「それは、光の羽妖精さんの問題が解決してからでいいですよ」

「はい。錬金術師さま」


 真面目な顔で、なんどもうなずく羽妖精のルネ。

 距離が近すぎて、俺の額に頭突きをする感じになってる。痛くないけど。

 それがなんとなくおかしくて、思わず笑みがこぼれてくる。


 本当に生真面目で義理堅い種族なんだな。羽妖精って。





 それからしばらくして、メイベルとアグニスが馬車から出て来た。

 ふたりが作った『それほど透けない光の魔織布の服』は完璧だった。

 てのひらに載せて透かしてみても、ぼんやりと手のかたちがわかるだけ。

 これなら、着ても恥ずかしくない……と、思う。たぶん。


「同じ属性ならば……ソレーユも魔力を通せると思います」


『それほど透けない服』を手にしたルネは、笑ってた。


「あの子は、木の葉の服を着るのがつらそうでしたから。もしかしたら光の魔力がとどこおりやすい者は、普通の服を着るのはよくないのかもしれませんね。かといって今の時代、羽妖精といえども、裸で飛び回るわけにもまいりませんので……」

「神話の時代の羽妖精は、服を着てなかったんでしたっけ」

「はい。服を着るようになったのは、異世界勇者が現れてからです。あの人たちは強力な魔術をどっかんどっかん放っていましたので、飛んでくる火の粉や石のかけらがこわくて……羽妖精も服を着るようになったのでございます」


 そういういきさつがあったんだね……。

 やっぱり勇者は、桁外れの存在だったんだな。

 強い光の魔力をあつかっても、体調が悪くならなかったらしいし。そのあたりは異世界の超絶アイテムで体調管理してたんだろうな。


 そんなことを話しながら、俺たちは『フットバス』と『それほど透けない服』を、森の入り口に運んだ。

 ついでに、予備の『光の魔織布』も渡しておいた。

『それほど透けない服』を見本にすれば、羽妖精たちで服を作れるはずだ。


 もちろん、おみやげに持って来た木の実とミルクと、魔石も渡した。

 これからご近所さんになる種族への贈り物と、光の羽妖精ソレーユへのお見舞いだ。


「ありがとうございました。錬金術師さま。皆さま」


 森の入り口で、羽妖精のルネはぺこり、と頭を下げた。


「このご恩は忘れません。ソレーユの具合がよくなったら、一緒にあいさつにうかがいます」

「うん。待ってます」

「もしも羽妖精に命令されたいときは、切り株に書状を置いてくださいませ」


 羽妖精のルネは宙を舞い、俺の正面に来て、そう言った。


「わたしたち羽妖精は、錬金術師さまの命に従うでしょう。なにかして欲しいことがありましたら、遠慮なくおっしゃって欲しいのでございます! 羽妖精は義理堅く、恩を返すのをよろこびとする種族でございますから……」


 空中を飛び回りながら、ぶんぶん、と手を振るルネに、別れを告げて──

 俺とメイベルとアグニスは馬車に乗り、次の場所へと向かったのだった。

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