【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
第209話「帝国領での出来事(16):皇太子と大公の新体制」
第209話「帝国領での出来事(16):皇太子と大公の新体制」
──十数日後、帝都で──
「さすがは魔王領。こちらの意図に気づいたようだ」
皇太子ディアスは苦笑した。
ここは、帝都の高官会議。その会議場。
ディアスは高官たちに、魔王領から届いた書状を示していた。
『魔王領の錬金術師トール・カナンと、大公国の領主であるソフィア・ドルガリアどのには、以前より
大公カロンどのに婚儀について相談したところ、大いに賛同してくださった。
直接の
なお、魔王領でのソフィア・ドルガリアどのの身分は、魔王ルキエ・エヴァーガルドの義理の姉妹となる。
これは、ご本人の意思を尊重し、大公カロンどのの許可を得た結果である。
ソフィアどのは
ゆえに、書状でのご報告とさせていただいた。
若き者たちの
魔王ルキエ・エヴァーガルド』
──書状には、そのようなことが書かれていた。
「ソフィアがトール・カナンの妻となり、魔王ルキエ・エヴァーガルドの義理の姉妹となる……つまり、トール・カナンは魔王とも結婚するということだ」
皇太子ディアスはため息をついた。
「これはもう、手の出しようがないね。作戦は失敗だ。魔王領には、よほどの切れ者がいるようだ」
ディアスの目的は、トール・カナンを帝国に取り込むことにあった。
リアナ皇女を留学生として、魔王領に送り込むのはそのためだ。
魔王領にいる人間はトール・カナンだけ。
リアナは彼を頼るようになるだろう。
自然と、ふたりは親密になっていくはずだ。
その後は、リアナを通じてトール・カナンを説得する。
あるいは策を
そうすれば魔王領の者たちも、彼を疑うだろう。
トール・カナンは魔王領に居づらくなるはずだ。
そうすれば帝国は、トール・カナンを取り戻すことができる。
魔王領を発展させた技術を、手に入れることができるのだ。
それがディアスの、ひそかな策だったのだが──
「魔王の夫となるトール・カナンには、手の出しようがない。まったく、彼はとんでもない出世をしたものだね。魔王ルキエ・エヴァーガルドと、その臣下の発想にも恐れ入るよ」
皇太子ディアスは肩をすくめた。
「帝国より追放した錬金術師が魔王の夫となり、帝国が『不要姫』と判断した姫君が魔王の義理の姉妹となるのだからね。まったく、魔王領は本当に予想のつかない国だ」
「感心している場合ではありませんぞ! 皇太子殿下!」
高官のひとりが声をあげた。
「皇帝陛下のご息女が魔王領に嫁がれるなど──」
「ソフィアに
皇太子ディアスは淡々と告げる。
「そのソフィアが魔王領に嫁いだからといって、文句を言うわけにはいくまい」
「では、帝国と魔王領との政略結婚にするのはいかがでしょうか」
別の高官が異論を述べる。
「ソフィア殿下の
「
「……ですが」
「今さら取り戻せはしないのだよ。錬金術師トール・カナンも、妹のソフィアも」
皇太子ディアスは宣言した。
晴れ晴れとした口調だった。
(わかっていたのだ。この程度の策が通じないことは)
帝国は『強さ至上主義』のせいで、錬金術師トール・カナンを失った。
今さら小細工したところで、取り戻せるはずがない。
けれど、ディアスは帝国の皇太子だ。
通じない策だとわかっていても、試さずにはいられなかった。
その理由は──
「この失敗は、後世への
皇太子ディアスは高官たちを見回して、告げた。
「我々が不要だと判断した者たちを、他国が得た。彼らを取り込み、大きな力としたのだ。帝国はそのことを忘れずに、常に
『強さ至上主義』を改める。
高官たちの意識を変える。
ディアスが行ったのは、そのための策だった。
成功すれば、帝国はリアナを使って、トール・カナンを取り返すことができる。
失敗すれば、帝国はトール・カナンを失ったことを思い知ることになる。
どちらにしても、ディアスにとっては問題ない。
ソフィアまで失ってしまったのは、手痛い誤算ではあったのだけれど。
「……確かに、皇太子殿下のおっしゃる通りかもしれません」
「……我々は、空飛ぶ魔王を見ております。その隣にいた、トール・カナンも」
「……あれがトール・カナンの力だとしたら、我々は、とんでもないものを失ったのでは……」
「これが結果だ。今後はトール・カナンにもソフィアにも、手出しすべきではない」
呆然とつぶやく高官たち見ながら、皇太子ディアスは宣言した。
「繰り返す。今回の件を
「失礼する。高官の方々」
会議室の扉が開き、大公カロンが姿を現す。
大公カロンは、皇太子ディアスを守るように、その背後に立ち、
「カロン・リースタンである。これより私は、皇太子ディアス殿下の相談役を務めることと相成った。共に、帝国の発展に尽くしていきたいと考えている。皆さま、よしなに」
「大公どのには私の補佐役として、様々な相談に乗ってもらうことになる」
皇太子ディアスは続ける。
「ソフィアは魔王領に嫁いだが、国境地帯が大公領であることは変わらない。ゆえに、魔王領との外交についても、大公どののお力を借りることになる。むろん、帝国の軍事的な面でも」
「
「それを言うなら私は
「ならば、私は殿下に
「「「…………元剣聖の大公どのが、殿下に……忠誠を」」」
皇太子と大公の親しげな様子に、高官たちがため息をつく。
新しき帝国を作ろうとする皇太子と、元剣聖である大公。
そのふたりが強く結びついている様子に、国の変化を感じたようだ。
「……確かに、帝国は変わるべきかもしれない」
「……皇太子殿下と大公どのが共に並んで進んで行くのが、新たな帝国の姿か」
「……これまで通りには行かぬ、ということか。やむを得ぬな」
高官たちは口々に、
皇太子ディアスは『強さ至上主義』を捨てると宣言した。
その方針に不満を持つ高官もいる。
だが、ディアスをサポートするのは最強の元剣聖、大公カロンだ。
『強さ至上主義』は捨てても、帝国が『最強』を従えていることに変わりはない。
それが高官たちの不満を打ち消したのだろう。
「では皆の者。今後ともよろしく頼むよ」
皇太子ディアスは安心したように、うなずいた。
大公カロンが補佐に入ることは、以前から決まっていたことだ。
けれど、まさか忠誠を誓ってくれるとは思わなかった。
これは、ソフィアの婚礼を、ディアスが認めたことへの礼だろうか。
だとすれば、ディアスはソフィアに助けられたことになる。
(結局、ソフィアは帝国の中に収まる人材ではなかったということか)
ならば、魔王領で幸せになればいい。
ディアスはソフィアに借りがある。彼女が魔王領と親しくなっていたからこそ、ディアスは魔王やトール・カナンの力を借りて、リカルドたちの暴走を止めることができたのだから。
そんな彼女が幸せになるのを、邪魔するわけにはいかない。
兄としても、皇太子としてのプライドにかけても。
(だからといって、魔王領に
そのための新体制だ。
今は、魔王領の方が強くとも、10年先……100年先はわからない。
魔王領という強国の存在を意識しながら、緊張感を持って、帝国を発展させる。
それが、皇太子ディアスの方針だった。
「今後とも、よろしくお願いします。大公どの」
「御意。私と殿下の方針が一致する限り、お仕えすることを誓います」
「相変わらず食えないお方だ」
「おほめの言葉として受け取りましょう。それより、早急にお決めになるべきことがあるのでは?」
「……そうでしたな」
皇太子ディアスは、高官たちに向き直る。
「それでは、新体制での最初の議題だ。妹が
皇太子ディアスは次の議題を告げる。
大公カロンはディアスを守るように、背後に立つ。
堂々とした皇太子と大公の姿に、高官たちが一斉に頭を下げる。
こうして、帝国の新体制はスタートしたのだった。
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