第209話「帝国領での出来事(16):皇太子と大公の新体制」

 ──十数日後、帝都で──




「さすがは魔王領。こちらの意図に気づいたようだ」


 皇太子ディアスは苦笑した。

 ここは、帝都の高官会議。その会議場。

 ディアスは高官たちに、魔王領から届いた書状を示していた。



『魔王領の錬金術師トール・カナンと、大公国の領主であるソフィア・ドルガリアどのには、以前より婚儀こんぎの約束があった。


 大公カロンどのに婚儀について相談したところ、大いに賛同してくださった。

 直接のあるじである大公カロンどのの許可を得て、ソフィアどのは魔王領に嫁がれた。


 なお、魔王領でのソフィア・ドルガリアどのの身分は、魔王ルキエ・エヴァーガルドの義理の姉妹となる。

 これは、ご本人の意思を尊重し、大公カロンどのの許可を得た結果である。


 ソフィアどのは皇位継承権こういけいしょうけんを持たず、皇籍こうせきからも外されるとうかがっている。

 ゆえに、書状でのご報告とさせていただいた。


 若き者たちの門出かどでを、どうか、祝福していただけるように願う。



 魔王ルキエ・エヴァーガルド』



 ──書状には、そのようなことが書かれていた。


「ソフィアがトール・カナンの妻となり、魔王ルキエ・エヴァーガルドの義理の姉妹となる……つまり、トール・カナンは魔王とも結婚するということだ」


 皇太子ディアスはため息をついた。


「これはもう、手の出しようがないね。作戦は失敗だ。魔王領には、よほどの切れ者がいるようだ」


 ディアスの目的は、トール・カナンを帝国に取り込むことにあった。

 リアナ皇女を留学生として、魔王領に送り込むのはそのためだ。


 魔王領にいる人間はトール・カナンだけ。

 リアナは彼を頼るようになるだろう。

 自然と、ふたりは親密になっていくはずだ。


 その後は、リアナを通じてトール・カナンを説得する。

 あるいは策をろうして、トール・カナンが帝国と通じているように見せかけてもいい。

 そうすれば魔王領の者たちも、彼を疑うだろう。

 トール・カナンは魔王領に居づらくなるはずだ。


 そうすれば帝国は、トール・カナンを取り戻すことができる。

 魔王領を発展させた技術を、手に入れることができるのだ。


 それがディアスの、ひそかな策だったのだが──


「魔王の夫となるトール・カナンには、手の出しようがない。まったく、彼はとんでもない出世をしたものだね。魔王ルキエ・エヴァーガルドと、その臣下の発想にも恐れ入るよ」


 皇太子ディアスは肩をすくめた。


「帝国より追放した錬金術師が魔王の夫となり、帝国が『不要姫』と判断した姫君が魔王の義理の姉妹となるのだからね。まったく、魔王領は本当に予想のつかない国だ」

「感心している場合ではありませんぞ! 皇太子殿下!」


 高官のひとりが声をあげた。


「皇帝陛下のご息女が魔王領に嫁がれるなど──」

「ソフィアに皇位継承権こういけいしょうけんはない。帝国が彼女を離宮りきゅうに閉じ込めていたのは周知の事実だ。その上、高官会議は彼女を『不要姫』だと判断して、大公国の預かりとしたのだろう?」


 皇太子ディアスは淡々と告げる。


「そのソフィアが魔王領に嫁いだからといって、文句を言うわけにはいくまい」

「では、帝国と魔王領との政略結婚にするのはいかがでしょうか」


 別の高官が異論を述べる。


「ソフィア殿下の皇籍こうせきを戻し、改めて皇位継承権こういけいしょうけんを付与するのです。その上で魔王領の錬金術師と、帝国皇女の結婚とすれば──」

一蹴いっしゅうされるだろう。今さら、と」

「……ですが」

「今さら取り戻せはしないのだよ。錬金術師トール・カナンも、妹のソフィアも」


 皇太子ディアスは宣言した。

 晴れ晴れとした口調だった。


(わかっていたのだ。この程度の策が通じないことは)


 帝国は『強さ至上主義』のせいで、錬金術師トール・カナンを失った。

 今さら小細工したところで、取り戻せるはずがない。


 けれど、ディアスは帝国の皇太子だ。

 通じない策だとわかっていても、試さずにはいられなかった。


 その理由は──


「この失敗は、後世へのいましめとすべきだろう」


 皇太子ディアスは高官たちを見回して、告げた。


「我々が不要だと判断した者たちを、他国が得た。彼らを取り込み、大きな力としたのだ。帝国はそのことを忘れずに、常にいましめとしなければならない。さもなければ、また同じことを繰り返すことになるだろう。有用な人材の流出が続けば、帝国が誇る『最強』も、いずれは崩れ落ちるかもしれないからね」


『強さ至上主義』を改める。

 高官たちの意識を変える。


 ディアスが行ったのは、そのための策だった。


 成功すれば、帝国はリアナを使って、トール・カナンを取り返すことができる。

 失敗すれば、帝国はトール・カナンを失ったことを思い知ることになる。


 どちらにしても、ディアスにとっては問題ない。

 ソフィアまで失ってしまったのは、手痛い誤算ではあったのだけれど。


「……確かに、皇太子殿下のおっしゃる通りかもしれません」

「……我々は、空飛ぶ魔王を見ております。その隣にいた、トール・カナンも」

「……あれがトール・カナンの力だとしたら、我々は、とんでもないものを失ったのでは……」


「これが結果だ。今後はトール・カナンにもソフィアにも、手出しすべきではない」


 呆然とつぶやく高官たち見ながら、皇太子ディアスは宣言した。


「繰り返す。今回の件をいましめとして、我々は変わらなければならないのだ。その第一歩として、私は大公カロンどのを、相談役に任命することを決めたのだ。では……お入りください。大公どの」

「失礼する。高官の方々」


 会議室の扉が開き、大公カロンが姿を現す。

 大公カロンは、皇太子ディアスを守るように、その背後に立ち、


「カロン・リースタンである。これより私は、皇太子ディアス殿下の相談役を務めることと相成った。共に、帝国の発展に尽くしていきたいと考えている。皆さま、よしなに」

「大公どのには私の補佐役として、様々な相談に乗ってもらうことになる」


 皇太子ディアスは続ける。


「ソフィアは魔王領に嫁いだが、国境地帯が大公領であることは変わらない。ゆえに、魔王領との外交についても、大公どののお力を借りることになる。むろん、帝国の軍事的な面でも」

老骨ろうこつゆえ、お役に立てかどうかわからぬが」

「それを言うなら私は若輩者じゃくはいものだ。一人前になるまで、指導していただかなければ」

「ならば、私は殿下に忠誠ちゅうせいちかうといたしましょう」


「「「…………元剣聖の大公どのが、殿下に……忠誠を」」」


 皇太子と大公の親しげな様子に、高官たちがため息をつく。

 新しき帝国を作ろうとする皇太子と、元剣聖である大公。

 そのふたりが強く結びついている様子に、国の変化を感じたようだ。


「……確かに、帝国は変わるべきかもしれない」

「……皇太子殿下と大公どのが共に並んで進んで行くのが、新たな帝国の姿か」

「……これまで通りには行かぬ、ということか。やむを得ぬな」


 高官たちは口々に、感嘆かんたんの声を漏らす。


 皇太子ディアスは『強さ至上主義』を捨てると宣言した。

 その方針に不満を持つ高官もいる。


 だが、ディアスをサポートするのは最強の元剣聖、大公カロンだ。

『強さ至上主義』は捨てても、帝国が『最強』を従えていることに変わりはない。

 それが高官たちの不満を打ち消したのだろう。 


「では皆の者。今後ともよろしく頼むよ」


 皇太子ディアスは安心したように、うなずいた。


 大公カロンが補佐に入ることは、以前から決まっていたことだ。

 けれど、まさか忠誠を誓ってくれるとは思わなかった。


 これは、ソフィアの婚礼を、ディアスが認めたことへの礼だろうか。

 だとすれば、ディアスはソフィアに助けられたことになる。


(結局、ソフィアは帝国の中に収まる人材ではなかったということか)


 ならば、魔王領で幸せになればいい。

 ディアスはソフィアに借りがある。彼女が魔王領と親しくなっていたからこそ、ディアスは魔王やトール・カナンの力を借りて、リカルドたちの暴走を止めることができたのだから。

 そんな彼女が幸せになるのを、邪魔するわけにはいかない。

 兄としても、皇太子としてのプライドにかけても。


(だからといって、魔王領にひざを屈するかどうかは、別の話なのだが)


 そのための新体制だ。


 今は、魔王領の方が強くとも、10年先……100年先はわからない。

 魔王領という強国の存在を意識しながら、緊張感を持って、帝国を発展させる。

 それが、皇太子ディアスの方針だった。 


「今後とも、よろしくお願いします。大公どの」

「御意。私と殿下の方針が一致する限り、お仕えすることを誓います」

「相変わらず食えないお方だ」

「おほめの言葉として受け取りましょう。それより、早急にお決めになるべきことがあるのでは?」

「……そうでしたな」


 皇太子ディアスは、高官たちに向き直る。


「それでは、新体制での最初の議題だ。妹がれているものでな。早急に準備を進めたい。『聖剣の姫君』であるリアナの、留学準備について──」


 皇太子ディアスは次の議題を告げる。

 大公カロンはディアスを守るように、背後に立つ。

 堂々とした皇太子と大公の姿に、高官たちが一斉に頭を下げる。


 こうして、帝国の新体制はスタートしたのだった。




────────────────────




【お知らせです】


『ヤングエースアップ』でコミック版『創造錬金術師は自由を謳歌する』の第8話『健康増進ペンダント』が連載中です。

 本日、第8話−2がアップされました。

 ぜひ、アクセスしてみてください!


 ただいま書籍版5巻の作業中です!

 WEB版とはちょっと違ったルートに入った5巻はどんなお話になるのか……ご期待ください。

 公開できるようになりましたら、詳しい情報をお知らせします。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る