第210話「錬金術師トール、妻にアイテムを渡す」

 ──帝国で会議が行われる十数日前。ソフィアが魔王領に到着した頃──




「ようやく来たな。ソフィア皇女よ」

「お待ちしていました。殿下」

「到着を楽しみにしてましたので!」


『ノーザの町』を出発して、数日後。

 俺とソフィアとエルテさんは、魔王城に到着した。


 ルキエもメイベルもアグニスも、ソフィアを大歓迎してくれた。

 もちろん、魔王領の人たちも同じだ。

 

 ソフィアはアグニスの親友で、メイベルとも仲がいい。

 交替で交易所の警備をしているミノタウロスさんにも、いい話し相手だ。


 だから魔王領のみんなにとってソフィアは、理解者で友だちでもあるんだ。

 そんなわけで、魔王城は歓迎一色となり──



「「「ようこそいらっしゃいました。ソフィアさま!!」」」

「ありがとうございます! 皆さま!!」



 ソフィアはうれしそうに、皆の歓迎を受け入れたのだった。

 俺が初めて見るような──無邪気な、子どものような笑顔で。




 それから、歓迎パーティが行われた。

 その場で、ソフィアは改めて、魔王領に来ることになった経緯けいいを伝えた。

 もう、皇女ではないのだから『ソフィア』と呼んで欲しいことも。

 もちろん、留学生としてやってくるリアナ皇女の事も話していた。


「妹がご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」


 ソフィアのその言葉に、みんなは拍手で応えた。

 すでに魔王領にとってリアナ皇女は、『帝国からの留学生』じゃなくて『ソフィア皇女の妹』というイメージみたいだ。


 そうして、俺たちは楽しいひとときをすごして──

 その後はルキエが用意した部屋で、俺とルキエとソフィアの3人が集まり、これからについての話をすることになったのだった。





「しばらくは慣れないこともあるじゃろう。ソフィアよ」


 ルキエは言った。


「必要なものがあったら遠慮なく、余やトールに伝えるがよい」

「ありがとうございます。魔王陛下」

「俺も全力で、ソフィアをサポートするからね」

「はい。だんなさま」


 椅子に座ったソフィアは、すごくリラックスしてる。

 不思議だった。

 ソフィアは『ノーザの町』にいた時よりも、安らいでるように見える。


「……私は、魔王領に来ることが、夢でした」


 俺の視線に気づいたのか、ソフィアはそんなことを言った。


「だんなさまと魔王陛下、メイベルさまやアグニスさまをながめながら……ずっと、そのお仲間に入れていただくことを夢見ていたのです」

「そうじゃったのか……」

「夢が叶ってしまいました。もう望むことはありません」

「いやいや。これからだからね」


 ソフィアは健康になったんだからね。

 そんな『思い残すことはない』みたいなことを言わないでね。


「大丈夫だよ。ソフィアもすぐに、次にしたいことが見つかるから」

「……だんなさま」

「うむ。そう思うぞ」

「こんなこともあろうかと、ソフィアの『したいこと』を見つけるアイテムを作っておいたからね」

「はい。だんなさま……って、え?」

「む、むむ?」


 ソフィアとルキエが不思議そうな顔になる。

 俺は続ける。


「ソフィアは魔王領に来たばかりだからね。俺の方で至らないところもあると思うんだ。でも、口にしづらいこともあるよね? だからソフィアの『したいこと』を感知するアイテムを作っておいたんだ」


 そんなにすごいものじゃない。

 以前マジックアイテムを改良して、『精神感応素材』を組み合わせただけだ。


「それがこの『精神感応型せいしんかんのうがた・ロボット掃除機』だよ」


────────────────────


『精神感応型・ロボット掃除機』

(属性:光・闇・地・水・火・風)

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆)



 ソフィア専用に作られた『蛇型・ロボット掃除機』

『精神感応素材』が組み込まれているため、考えるだけで操作することができる。

 オプションとして三角帽子が作られており、使用者はそれを頭に乗せることで、『ロボット掃除機』と接続する。


 金属と『魔織布ましょくふ』によって作られている、全長2メートル弱の蛇。

 どんな形にもなることができる。

 自在に変形する『線』なので、文章をかたちづくることも可能。


 魔王領に来たソフィアのために、トール・カナンが作ったアイテム。

 思考するだけで操れるので、言いにくいことや、やりたいことを、簡単に皆に伝えることができる。

 仮に変なことを伝えてしまったとしても、「いえいえロボット掃除機の暴走です。本心じゃありません」と『ロボット掃除機』のせいにすることもできるため、気軽に使える。


 もちろん、掃除機としても優秀。

 尻尾のところに『超小型簡易倉庫』がついているので、部屋いっぱいの荷物を吸い込める。

 まさに最強無敵の『ロボット掃除機』である。


 物理破壊耐性:★★★

(攻撃されたとしても、使用者の思考に応じて素早く避けることができる)

 耐用年数:5年以上。


────────────────────


「言葉にしにくいことも、この『精神感応型・ロボット掃除機』なら、ソフィアの意思をさっして、表現してくれるよ」

「「…………」」

「そうすればみんなも『ロボット掃除機』の動きを見るだけで、ソフィアがなにをして欲しいのか『なんとなく』感じ取ることができるよね? それでソフィアの意を察して動くこともできるから、魔王領でのコミュニケーションもうまくいくと思うよ」

「「………………」」

「まずは使ってみてくれないかな? この三角帽子を被れば『精神感応型・ロボット掃除機』と接続できるから。それで動かしてもらえば、どんなものかわかると──」

「……だんなさま」

「……トールよ」

「はい」


 あれ?

 なぜかソフィアが、きらきらした目で俺を見てる。

 ルキエは額を押さえてる。困ったような顔をしてる。

 どうしたんだろう。

 もしかして、このアイテムには、俺の気づかない欠点があるのか?


「トールよ。精神でアイテムを操作するのは、やめたのではなかったのか?」


 ルキエは目を怒らせて、


「ケルヴが『精神感応型・隕鉄浮遊いんてつふゆうブレスレット』で大変なことになったのを忘れたわけではあるまい」

「もちろん、覚えています」


 考えただけで空を飛ぶアイテムを身につけたケルヴさんは、飛行能力をまったくコントロールできなかった。

 縦横無尽じゅうおうむじんに飛び回った後で、氷の柱にぶつかって止まってた。

 だから──


「そんな宰相閣下さいしょうかっかの努力を無駄にするわけにはいきませんよね?」

「えー」

「『隕鉄浮遊いんてつふゆうブレスレット』は、飛びながら自分の動きをコントロールするのが難しかったんです。自分が止まった状態で、他のアイテムを動かすのなら問題ないと思います」

「……確かに、そうかもしれぬが」

「それに、魔王領で暮らすソフィアをサポートするためのアイテムは必要になります。俺たちが、ソフィアの側にいられないこともありますからね。そんなときも、俺の作ったアイテムが、ソフィアの意を察する『使い魔』として側にいれば、ソフィアも安心するんじゃないでしょうか」

「…………う、うむ。そこまで考えておったのか」


 ルキエは感心したように、


「トールのことじゃから、思考でアイテムを操作することに妙なこだわりを持ってしまったのかと思ったぞ。『思考での操作はロマン』とか言ってな。じゃが、そんなことはなかったのじゃな。トールは純粋にソフィアのことだけを思って、これを作ったのじゃなぁ」

「……ルキエさま」

「いや、悪かった。誤解しておった。トールは『思考での操作はロマン』などということを、かけらも考えてはおらなかったのじゃな。思考でのコントロールに、こだわりを持っているわけではなかったのか」

「あの……なんで二回も言うんですか?」

「そうかそうか。トールは『思考での操作はロマン』なんてことは、まったく、かけらも考えておらず──」

「………………ごめんなさい」


 俺は素直に頭を下げた。


 ……だって、ロマンがあるよね。『思考での操作』って。

『例の箱』に入ってた勇者世界の書物にも『思考制御パワードスーツ』と『精神感応式砲台』について書かれていたわけだし。


 俺はいつか、あのアイテムを再現しなきゃいけない。

 今回作ったアイテムはその練習でもあるんだ。

 もちろん、ソフィアが魔王領で暮らしやすくするためでもあるんだけど。


 でも『思考での操作はロマン』ってのも、確かに考えてた。

 まさかルキエにその考えを読まれるとは思わなかったよ……。さすが魔王陛下だ。


「ふふっ。やっぱり、魔王領に来てよかったです」


 気づくと、ソフィアが楽しそうに、笑ってた。


「魔王陛下も、だんなさまを怒らないであげてください。だんなさまは、私のことを考えて、このアイテムを作ってくださったのですから」

「う、うむ」

「それに、確かにこのアイテムにはロマンがありますものね」


 ソフィアはそう言って『精神感応型・ロボット掃除機』をなでた。

 それから彼女は、じっと、俺の方を見て、


「だんなさまは、この『ロボット掃除機』の動きを見て、私の気持ちを察してくださるのですね?」

「うん。まぁ、それなりには」

「私の想いを察して、それをかなえてくださるのですね?」

「……うん。できる範囲で」

「…………あ」


 どうしたのルキエ?

 なんで目を見開いてるの?

 すごくいいことを思いついた、みたいに手を叩いてるのは、どうして?

 

「トールよ!」

「あ、はい。ルキエさま」

「余に、予約をさせよ!」

「予約ですか?」

「そうじゃ! ソフィアの次は、余にこの『精神感応型・ロボット掃除機』を使わせるがよい」

「え? 欲しいなら、ルキエさまの分も作りますけど……」

「それでは間に合わぬ。今すぐに使いたいのじゃ!」


 ……そうなの?

 でも、これはソフィアのために作ったものだからなぁ。


「ソフィアがいいと言うなら、構いませんけど」

「もちろんです」


 ソフィアは『当然です』って感じで、うなずいた。


「よろしければ、先に陛下に使っていただいても……」

「それはできぬ。『精神感応型・ロボット掃除機』は、トールがお主のために作ったものじゃ。それを余が先に使うのでは道理が通らぬ。まずはお主が使うべきじゃ」

「魔王陛下はとても寛容かんような方なのですね」

「いやいや余の方こそ、お主の知恵には期待しておるのじゃよ」

「ご冗談を。陛下は私の意図に、すぐに気づかれたではありませんか」

「乙女じゃからな」

「同意いたします。私も、乙女ですから」


 ……あの、ふたりとも。

 なんだかすごく意気投合いきとうごうしてない?


 よく考えると、ルキエとソフィアって能力的に相性がいいよね。


 ルキエは闇属性の魔術が使えて、ソフィアは光属性の魔術が使える。

 相反する力だけど、だからこそ、おたがいの足りないところを補える。


 ルキエは魔王としての権力と国を動かす意思が、ソフィアにはずっと離宮で本を読んでいたせいで、膨大ぼうだいな知識と知恵がある。

 ふたりが組んだら、帝国をはるかに超越する力を発揮するんじゃないかな……。


「トールよ」

「だんなさま!」

「は、はい」

「では、ソフィアが『精神感応型・ロボット掃除機』を操れるようにするがよい」

「お願いいたします」

「…………はい」


 なんだか妙な予感がするけど。

 でも、このアイテムを使ってくれと言ったのは俺だからね。仕方ないよね。


「それじゃソフィア。この帽子を被って」


 俺はソフィアの頭に、三角形の帽子を乗せた。

『精神感応素材』を組み込んだものだ。


「ソフィアの思考を読み取るための帽子だよ。これを身につければ、考えた通りに『精神感応型・ロボット掃除機』を動かせるんだ」


 ケルヴさんの『精神感応型・隕鉄浮遊サークレット』が失敗したのは、あれは空を飛ぶアイテムだからだ。

 空を飛ぶことと、精神でアイテムを操作すること──慣れないふたつのことが組み合わせた結果、ケルヴさんは『アイス・ピラー』に頭から突っ込む結果になった。


 でも、今回は違う。

 ソフィアは地面に立って、落ち着いた状態で『ロボット掃除機』をコントロールできる。

 操作を誤ったところで落下するわけでもないし、失敗したらやり直しもできる。

 だからソフィアは自分の思い通りに『ロボット掃除機を』──って、あれ? どうして『蛇型・ロボット掃除機』が俺の方に向かってくるの? あの……俺の足に巻き付いてるのは、なんで? ちょっと? 服の隙間から入り込もうとしてるんだけど? 動けないんだけど……?


「あの……ソフィア、これは……?」

「……私の、今の望みです」

「……やはり気づいていなかったようじゃな」


 真っ赤になって、両手で顔をおおってしまったソフィアと、同じくらい真っ赤な顔で、肩をすくめるルキエ。

 ルキエは俺に近づき、ぽん、と、肩を叩いて、


「ソフィアは異国から嫁いできたのじゃぞ。まずは、大切な者のぬくもりを求めるのは当然じゃ。だから『蛇型・ロボット掃除機』でトールを抱きしめたのであろう?」

「は、はい」

「嫁いで来る前は抑えがきいておったじゃろうがな。こうして嫁いできたからには、もう抑える必要もないのじゃからな」

「ご賢察けんさつです。魔王陛下」

「なんの。余もお主のおかげで、色々と覚悟ができたのじゃからな」

「全力で協力させていただきます」

「すでに3階のこのフロアは、トールと余、メイベルとアグニス、そしてソフィアのための場所とするように通達を出しておる」

「さすがは魔王陛下。用意周到よういしゅうとうですね」

「余たちのトールのためじゃからな」

「はい。私たちの、だんなさまのためです」


 がしっと手を握り合う、ルキエとソフィア。

 それからふたりは、俺の方を見て、


「それではトールに、余たちのおもいをたっぷりとわからせるとしよう」

「陛下。メイベルさまと、アグニスさまは?」

「隣の間で控えておる。いつ入ってくるかは、本人たちの意思に任せよう」

「さすがは魔王陛下です」

世辞せじはいい。では……」

「は、はい。失礼いたします。だんなさま」


 ゆっくりと近づいてくるルキエとソフィア。


「ちょっと待ってふたりとも。いや、なにをするかは予想がつくけど……なんでこのタイミングで?」

「トールにはいつも振り回されっぱなしじゃからな」


 ルキエは、にやりと笑って、


「たまにはお主を振り回してみたいのじゃ。お主は『精神感応型・ロボット掃除機』で、想いを察すると言ってくれたからの。この機会に──」

「錬金術ばかりではなく、一度、徹底的てっていてきに、私たちだけを見ていただきたいのです」


 覚悟を決めたような顔で答える、ルキエとソフィア。


 ふと横を見ると、続き間へのドアが少し開いていて、そこからメイベルとアグニスがのぞいてる。ふたりとも薄い寝間着姿で、そろって胸を押さえてる。


 俺の身体には『蛇型のロボット掃除機』が巻き付いてる。

 ソフィアのために作った新型だ。

 身体はやわらかく、その力は家具を傷つけないようにやさしく、かつ、力強く作られている。だから俺の身体はほどよく拘束こうそくされてて、動けない。


 もちろん『精神感応型・ロボット掃除機』には、暴走したときのための緊急停止スイッチがあるけど……俺はソフィアに『このロボット掃除機で、願いを伝えて』と言ってある。

 ソフィアはその言葉通り、『ロボット掃除機』で『したいこと』を俺に伝えてきたわけで、それをこばむのは間違ってる。そう思ってしまったせいで『ロボット掃除機』を緊急停止させることができずにいる。


 それに……俺も、みんなの想いを無にしたくない。

 と、そんなことを考えてるうちに、ルキエの手が服のボタンにかかっていて──


「それでは──」

「だんなさまに、色々なことを『わかって』いただきましょう」

「……失礼します。トールさま」

「わぁっ。メイベル。このタイミングで入るのは勇気がありすぎなので! アグニスはまだ準備が……わわっ。トール・カナンさまが……」


 こうして、ソフィアが嫁いできた最初の夜はけていき──

 俺は今まで知らなかった──ルキエたちの新たな一面を知ることになるのだった。




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