第211話「錬金術師トール、新たな目標を見つける」

 今回のお話で、本編は最終話になります。



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 ──数ヶ月後。魔王領で──



「す、すごいです! 荒れ地がサクサクずんずんサクサクずんずんです! これが魔王領の最新技術……!!」


 ここはライゼンガ領にある農業開拓地かいたくち

 農業体験中のリアナ皇女は歓声を上げた。


 リアナ皇女は『聖剣の姫君』だから、農作業をするなんて初めてのはず。

 そんな彼女は、遠隔操作えんかくそうさできるくわで地面を耕すのが、楽しくてたまらないらしい。


「本当にサクサクです! 農作業とは、こんなサクサクどんどんずんずんどこどこサクサクなものだったのですか……」

「調子に乗ってはいけませんよ。リアナ」


 そんな妹の様子を見ながら、ソフィアは、


「あなたが使っているのは、だんなさまが作られた『超高振動鍬ちょうこうしんどうくわ装備型・ロボット掃除機』なのです。気をつけなければ怪我をしてしまいます」

「大丈夫です! 義兄にいさまの『汎用はんようコントローラー』を使っておりますから!」


 リアナ皇女は『汎用はんようコントローラー』を振り回しながら答えた。


 ライゼンガ領の開拓地では、いくつもの『超振動鍬装備型・ロボット掃除機』が動いている。

 箱形はこがたの『ロボット掃除機』だ。

 内部には、高速振動するくわが組み込まれている

 これを『汎用コントローラー』で動かしながら、みんなどんどん地面をたがやしてる。本当に早い。思ってたより効率よく、開拓は進んでいるみたいだ。


「本当は勇者世界の『超高振動ブレード』を作るつもりだったんだけど……いつの間にか、農作業用のアイテムになっちゃったな」


 国境地帯で見つけた『例の箱』──『耐火金庫たいかきんこ』。

 その中には、勇者世界のロマン武器について書かれたメモがあった。


『刀身を振動させることで、硬いものを切断する剣』──『超高振動ブレード』

『装着者の思考を読み取って動くよろい』──『思考制御パワードスーツ』

『持ち主が望んだ場所に攻撃する小さな魔術師』──『精神感応砲台』


 それらは勇者世界の『ハード・クリーチャー』への切り札として、考え出されたものだった。

 そんなアイテムを作るために俺は『精神感応素材せいしんかんのうそざい』を手に入れたんだけど……でも、『カースド・スマホ』のこともあったからね。あんまり強力すぎるアイテムを作るのは危ない、って考えるようになったんだ。特に武器は。

 争いを好まなかったエンシェント・ドラゴンの骨を、戦いに使うのもどうかと思うし。


 だから、日常的なアイテムを作ってみた。

 それが『超高振動鍬ちょうこうしんどうくわ装備型・ロボット掃除機』だ。


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超高振動鍬ちょうこうしんどうくわ装備型・ロボット掃除機』

(属性:地地地・水水・風風風・宙宙そらそら

(追加属性:精神感応せいしんかんのう

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆)


 強い地属性により、すさまじい強度を持つ。

 地属性と風属性により、内部に搭載されたくわが超振動して、地面を耕す。

 そら属性により、浮遊能力ふゆうのうりょくを持つ。

 水属性により、くわ冷却れいきゃくを行う。

 風属性により、空気を噴射ふんしゃして前後左右の移動を行う。

 精神感応素材により、使用者が『かたそう』と思った場所では、出力が上昇する。


 農地開拓のうちかいたく用に作られた最新型の『ロボット掃除機』

 2メートル4方の立方体で、つるりとした箱形。

 内部には超高振動と高速回転するくわが組み込まれている。

 それにより、固い地面を耕したり、岩を砕いたりすることができる。


 埋め込まれた隕鉄いんてつの効果により、浮遊能力を持つ。

 浮遊することにより地面のデコボコの干渉を受けずに移動できる。


 移動は『隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』と同様に、風を噴射ふんしゃして行う。

 脚がついているので、それを使って素早い移動や方向転換も可能。


 近づくと危険なので、操作は『汎用はんようコントローラー』で行うこと。


 物理破壊耐性:★★★ (魔術で強化された武器でしか破壊できない)

 耐用年数:1年 (ただし、こまめに整備をすれば、長く保つ)

 備考:『汎用コントローラー』は別売りです。


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「農地開拓用の試作品だけど、うまく動いてるみたいだ」

「さすがは、だんなさまですね」


 俺とソフィアは肩を並べて、農地開拓の様子を見つめていた。


「『超高振動鍬』は、地面に触れた瞬間、すさまじい振動を発生させるからね。だから固い土でも岩でも砕けるし、サクサク耕すことができるよ。しかも『汎用コントローラー』で操れるから──」

「離れたところから、安全に操作できるのですね」

「うん。でも、離れて操作する分、扱いが難しいはずなんだけど……」

「リアナったら、普通に操作していますね」


 ソフィアの言う通りだ。

 リアナ皇女は楽々と『超高振動鍬装備型・ロボット掃除機』を操ってる。


 あらかじめ区分けされた開拓地を、素早く、しかも、ムラなくたがやしてる。『ロボット掃除機』がエリアの端まで言ったら素早く反転ターンさせてるから、移動にも無駄がない。

『ロボット掃除機』が動くたびにリアナ皇女が身体をくねらせたり、『汎用コントローラー』を左右に振ったりしてるのが気になるけど。


「楽しいです。魔王領に留学生に来てよかったです。義兄にいさま、ねぇさま!」


 魔王領のみんなに見守られながら、リアナ皇女はぶんぶん、と、コントローラーを振り回してる。


「本当に楽しそうだね」

「あの子には、思いのままに振る舞う時間と場所が必要だったのでしょう」


 ソフィアは遠い目をして、そんなことを言った。


格式張かくしきばった皇帝一族の中で、感覚派で天才肌のリアナは窮屈きゅうくつそうに過ごしていました。そんなあの子に、教育係のザグランは『皇女としての仮面』をかぶせたのです」

「皇女らしく振る舞うための技術みたいなもの?」

「はい。ですが、それはあの子の才能を封じ込めるものでもありました。ですが……ごらんください。自由になったリアナを。あれが本当のリアナなのです。あの子には、ああやって思ったままに振る舞う時間が必要で──」



「魔王領は素敵なところです。私も義兄にぃさまのところにお嫁に──」



「……と、思ったのですが限度がございますね。ちょっと話をしてまいります!」


 そう言って、ソフィアはリアナ皇女の方へと歩き出した。


 ひとりになった俺は、ぼんやりと開拓の様子を眺めていた。


 ルキエは『隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』を使って、空から、開拓の様子を見ている。

 そのとなりでサークレットをコントロールしてるのはメイベルだ。

 おっかなびっくり、『汎用コントローラー』を操作してる。


 縄で区切られた開拓予定地では、複数台の『超振動鍬ちょうしんどうくわ装備型・ロボット掃除機』が走り回ってる。うなりを上げる『ロボット掃除機』に、ミノタウロスさんやエルフさん、ドワーフさんたちも注目してる。

 現在稼働中の『お掃除ロボット』は5台。

 そのうち2台はすでに、定められた区画の8割をたがやし終えてる。


 先頭を走っているのは青色の『ロボット掃除機』。

 それに続くのが桜色の──リアナ皇女が操る機体だ。



「──桜色の機体が少しずつ、青色に近づいていくぞ! すごい追い上げだ!」

「──あんな無茶な動きをしてるのに……なんで倒れないんだ? 桜色の『ロボット掃除機』は物理法則を無視してるのか? ああ、また、転がりそうになってる……」

「──だが、起き上がったぞ! 本能で操作してるのか!? 帝国の皇女さまは!?」

「──やはり『汎用コントローラー』を振り回すことに意味があるのか?」



 ──開拓地にいるエルフさんたちは、リアナ皇女の『ロボット掃除機』を見つめてる。



「──青色の機体は、動きがぶれていない、です」

「──でこぼこした地面を、なめらかに進んで、います」

「──隅から隅までたがやしているのに、リアナ殿下の機体より速いなんて……」

「──やっぱり叔父おじさまはすごいです!!」

「「「──がんばれー! 宰相閣下!!」」」


「……どうして私はこんなことを?」


 ──ミノタウロスさんと、文官のエルテさんは、青い『ロボット掃除機』を応援してる。

 彼らの視線の先にいるのは、宰相さいしょうケルヴさんだ。


 ケルヴさんは淡々たんたんと『汎用コントローラー』を動かしながら、「え? え? え?」って顔をしてる。

 それでも『ロボット掃除機』を操る指は止まらない。


 ケルヴさんの機体は圧倒的な安定感で走り続けてる。

 桜色の『ロボット掃除機』が追い上げるけど……届かない。

 このままでは追いつけないと思ったのか、リアナ皇女は速度を上げる。

 だが……そのせいで大きな石に気づくのが遅れた。


超高振動鍬ちょうこうしんどうくわ』でも拳大こぶしだいの石を一瞬で砕くことはできず、機体が傾く。それでも、感覚派のリアナ皇女は即座に機体を立て直す。


 そして──


「残念です。魔王領の宰相閣下にはおよびませんでした……」

「「「ゴ──────ル!!」」」


 歓声の中、ケルヴさんの機体は最速で農地を耕し終えた。

 みんながケルヴさんのまわりに集まっていく。「宰相閣下さいしょうかっか!」「叔父さま!」「我ら文官たちの誇りです!!」「さすがは魔王領が誇る宰相閣下だ!」の声とともに、ケルヴさんの胴上げ (勇者世界の栄誉をたたえる儀式)を始める。


「あ、あの。これは『高振動鍬こうしんどうくわ装備型・ロボット掃除機』の実験であって、競争ではないのですよね? ど、どうして私を胴上どうあげしているのですか? 魔王陛下にリアナ殿下、トールどのにメイベルまで、どうして拍手をしているのですか? 皆さま、私をどこに運んでいくのですか────っ!?」


 開拓地は、不思議な感動に包まれていた。

『ロボット掃除機』を競争させるのは、こんなに楽しいことだったんだね……。


 今後は魔王領の公式イベントにするのもありだな。

 みんなで初代チャンピオンのケルヴさんに挑戦するのも面白そうだ。


 でも、ケルヴさんに『ロボット掃除機』を操る才能があったなんて、意外だった。

 あとで秘訣ひけつを聞かせてもらおう。



「……どうしてわれの機体はまっすぐ走らぬのだ。どうして同じところをぐるぐる回るだけなのだ…………あぁ」

「がんばってください! お父さま!」



 ちなみにライゼンガ将軍の『ロボット掃除機』 (真っ赤な機体)は同じところをぐるぐる回るだけで、初期位置から5メートルも進んでない。

 あれもひとつの才能なのかもしれないな。

 将軍は涙ぐんでるし、アグニスはなぐさめてるけど。


 ちなみに、ルキエはゴールの上空で旗を振ってた。

 空を飛ぶのは耕作の状況をよく見るためって言ってたけど、作業が盛り上がったのはルキエのせいだろう。

 元々は、リアナ皇女をみんなに紹介するためにみんなを集めたはずだったんだけど。


「姉さま! ごらんになりましたか!!」


 当のリアナ皇女は満面の笑みを浮かべて、手を振ってる。


「2位です! 宰相閣下さいしょうかっかには敗れてしまいました。やはり魔王領は底知れない場所です。姉さまの妹として、次は1位を目指します。そうすれば義兄にぃさまに私のことを、もっと見ていただくことが……」

「リアナ」

「はい! ソフィア姉さま!!」

「とりあえずそこにお座りなさい」

「…………はい」


 リアナ皇女は素直に、土の上で正座をした。

 これからお説教かな。リアナ皇女、はしゃぎすぎてたからね。


 そんなリアナ皇女を、魔王領の人たちが見守ってる。

 みんな、優しい表情だ。


 いつの間にかみんなは、リアナ皇女を皇帝の子ではなく、ソフィアの妹だって認識したみたいだ。

 きっとリアナ皇女は、普通に、魔王領に受け入れられていくんだろうな。

 これから彼女が魔王領でなにを学んで、どんな体験をするのかは未定だけど──帝国に戻ったあとも、リアナ皇女はいい友だちでいてくれると思う。


 ちなみに、護衛やおつきの人も帝国から同行してるんだけどね……。

 彼女たちは俺やソフィア皇女の近くで、おびえたような顔をしてる。

 元帝国民と、元帝国皇女の側が落ち着くんだろう。リアナ皇女みたいに、魔王領の人々の中に入って行くのは怖いみたいだ。仕方ないね。


「いやはや、なんとも楽しいイベントじゃったな。トールよ!」

「リアナ殿下も、すっかり魔王領になじまれたみたいですね」


 ルキエとメイベルがやってくる。

 近くにいたリアナの護衛と侍女が、身体を震わせる。

 魔王と、その側近が来たからおどろいたらしい。まじまじと俺の方を見てるのは、俺が魔王とメイベルの婚約者だということを思い出したんだろうな。


「緊張せずともよい。お主たちも、大切な客人なのじゃから」


 ルキエはおだやかな表情で、そう告げた。


「あちらに歓迎の席を用意しておる。リアナ皇女は……まだ、しばらくは動けぬじゃろうが、先に酒食を楽しむがよい」


「……よ、よろしいのですか?」

「……我々は……リアナ殿下の従者なのですが」

「……私どもまで、このような歓迎を受けるとは……」


「気にするな。ほれ、お主らの主人は、すっかりくつろいでおるようじゃぞ?」


 ルキエが指さす先では、ソフィアとリアナ皇女が笑い合ってる。

 お説教は終わったみたいだ。


 それを見た従者の人たちは、目を丸くしてる。


 腰に手を当てて、困ったような顔で笑ってるソフィア皇女。

 姉の身体に寄りかかって、くつろいだ表情のリアナ皇女。


 そんなふたりを見るのは、従者の人たちも初めてだったのだろう。


「気兼ねはいらぬ。お主たちはリアナ皇女の従者として、しばらくの間、魔王領に滞在することとなるのじゃ。今から気を張っていては疲れてしまう。気楽にするがよいのじゃ」

「「「……は、はい。魔王陛下」」」


 従者と護衛たちは、リアナ皇女の方へと歩き出した。

 そうしてリアナ皇女と、ソフィアも一緒に、歓迎の席へと向かっていく。

 ソフィアも、リアナ皇女も、まだ話し足りないみたいだからね。


「魔王領の皆も、リアナ皇女も、楽しそうじゃな」


 ルキエは、ぼんやりとつぶやいた。


「帝国の留学生を受け入れておるというのに、皆、安らいでおる。こんなおだやかな日々が来るとは、余は……思っておらなかったのじゃ」

「これもルキエさまのお力ですね」


 俺が言うと、ルキエは俺の膝を、ぱちん、と、叩いて、


「ばかを申すな。これらはすべて、トールのおかげじゃろう?」

「部下の功績こうせきは主君の功績ですよね?」

「そうかもしれぬが……う、ううむ」

「ご夫婦の功績でよろしいのではないですか? トールさま。陛下」


 そう言ってメイベルは、笑った。


「でも、私たちを結びつけてくださったのは、トールさまです。それは間違いありませんよね。陛下」

「そうじゃな。余とメイベル……メイベルとアグニスが親友に戻れたのも、トールのおかげじゃ。ソフィアが魔王領に来ることになったのもそうじゃな」

「はい。私たちはトールさまを中心にして……その……つながっているようなもの……です」

「なんで赤くなってるの? メイベル」

「いえ……あの、その……」


 俺の隣にいるメイベルは両手で顔をおおってしまった。

 それから、かすかな声で、


「私たちとトールさまが……その……繋がったときの……あのその」

「…………あー」

「…………えっと」


 ……ソフィアが『精神感応型せいしんかんのうがた・ロボット掃除機』を使ったときのことかな。

 あの日、俺は蛇型『ロボット掃除機』のせいで、動けなくなって、それから……。


「……うん。そういうこともあったね」

「…………そうじゃな」

「…………そうですね」


 しばらく、沈黙があった。


「私は、トールさまの家族です」


 不意に、メイベルはぽつりと、そんなことを言った。


「そして……いつか、トールさまの家族を、増やして差し上げたいと思っております」

「いや、これ以上、側室を増やす予定はないのじゃが?」

「……子ども、です」

「…………あ」

「……そうなんです」

「……そうだね」

「……そうじゃなぁ」


 俺たちは、なんとなく、顔を見合わせた。


「確かに、魔王領と帝国の関係も落ち着いてきておる。そろそろ……次の世代のことを考えてもよいのかもしれぬ」

「……はい。陛下」

「また、なにか事件が起きぬとも限らぬ。その前に……その」


 俺の手に、温かいものが触れた。

 ルキエとメイベルの手だ。

 気づくと、俺たちはぎゅっ、と手を握り合って、ぼんやりと空を見上げていた。


 空は快晴。

 俺たちのまわりを、羽妖精ピクシーたちが飛び回ってる。

 耳を澄ますと、ソフィアやリアナ皇女の楽しそうな声が聞こえる。帝国の人たちもとまどいながら、話をしているみたいだ。


 ざくざくと地面をたがやす音は、『超高振動鍬ちょうこうしんどうくわ装備型・ロボット掃除機』のものだろう。


 ライゼンガ将軍の声が聞こえる。

宰相さいしょうどのにおくれを取るわけにはいかぬ。どちらが素早く土地を耕せるか勝負だ! 勝つまで退かぬ!!」って。

 でも……それは無茶が過ぎるんじゃない?

 ケルヴさんは応じちゃってるみたいで、アグニスが「す、すごいので。宰相閣下さいしょうかっかは『ロボット掃除機』を滑らせることで、高速反転を!?」って叫んでる。


 ケルヴさんは『精神操作型・隕鉄浮遊いんてつふゆうブレスレット』を使ったときに、なにかに覚醒かくせいしちゃったみたいだ。

 もう、ケルヴさんに勝つのは不可能じゃないかな。

 本人は「あ……あぁ。どうして私はこんなことを……」って、つぶやいてるけど。


「……みんな、楽しそうですね」


 俺はずっと、錬金術れんきんじゅつを極めようとしてきた。

 魔王領を豊かにして、勇者世界を超えるために。


 そして、魔王領は豊かになった。

 勇者世界を超える方は……たぶん、まだ実現していない。

 もしかしたらあの世界を超えるのは、俺の世代では無理かもしれない。


 だから、次世代のことを考えても……いいのかな。

 ルキエやメイベルと子どもを作って、その子が望むなら、錬金術を伝授して……望まないなら、ただ、仲良く一緒にいる。そんな未来を望んでもいいのかな。


 魔王領と帝国の関係が落ち着いている、今のうちに──




「「「錬金術師れんきんじゅつしさまーっ!」」」



 ──そんなことを考えてたら、羽妖精のみんなが、俺のところに降りてきた。

 ソレーユにルネ、地・水・火・風の羽妖精さん。

 みんな揃ってる。すごく真面目な顔をしてる。どうしたんだろう。


「ソレーユから、ご報告があるのよ」

「ライゼンガ領の……この近くの山で、おどろくべきことがおきたのでございます」


 ソレーユとルネは話し始めた。


「国境付近の山では、ただいま鉱山こうざんの開発が行われているのよ」

「その際に、とんでもないものを見つけたのでございます」


「……とんでもないもの?」

「なんじゃ、それは?」

「まさか、事故でもあったのですか?」


 俺とルキエとメイベルは訊ねる。


「あれ? でも、ライゼンガ領で事件があったのなら、将軍に報告するのが先だよね? どうして俺たちのところに?」


「過去の魔王陛下に関わることなのでございます」

「……洞窟どうくつの奥に、隠し部屋を見つけたの」

「情熱的に隠されていたガラクタなのでございます!」

「昔の魔王さまなの! わくわくー!」


 地・水・火・風の羽妖精さんたちが口々に話し始める。


 ……過去の魔王陛下に関わること? 隠し部屋? ガラクタ?

 まさか……。



「先々代の魔王陛下が隠していた雑貨やアイテムが、鉱山の中から出てきたとか?」

「「「「「「そうですー!!」」」」」」


「なんじゃと!?」

「先々代の魔王陛下といいますと、収集癖しゅうしゅうへきで有名な?」


 先々代の魔王は、収集癖しゅうしゅうへきがあった。

 なんでもかんでも『いつか使うかもしれない』と思って集めて、倉庫に放り込んでいたんだ。

 その倉庫で俺が見つけたのが、勇者世界の『通販カタログ』だ。


『通販カタログ』を参考に、俺はマジックアイテムを作り続けてきた。

 だから先々代の魔王は、俺の恩人でもある。


「その魔王陛下の隠し部屋が……ライゼンガ領にあったなんて」

「おじいさまは、城の外にもガラクタ置き場を用意しておったのじゃな」


 ルキエが震える声でつぶやいた。


「先々代の魔王は収集癖しゅうしゅうへきが過ぎて、妻や当時の宰相に怒られていたと聞いておる。だから、こっそりと、城の外にガラクタ置き場を作ったのじゃろう」

「陛下に進言いたします!」


 突然、メイベルが声をあげた。


「その隠し部屋は、魔王陛下の管理下におかれるべきではないでしょうか? そのような命令を出されるべきだと思います。できれば、すぐに」

「どうしてじゃ? メイベル?」

「事情はあとで説明いたします。お願いします。陛下!!」


 そんなルキエとメイベルの話を聞きながら、俺は──



羽妖精ピクシーのみんなに質問だよ。隠し部屋に、読めない・・・・文字で・・・書かれた本・・・・・はあったかな?」



 ──そんなことをたずねていた。


「……あ」

「ああああああああっ。その質問は……ト、トールさま」


 ルキエとメイベルは慌ててるけど、これは重要なことだ。

 俺は『通販カタログ』のおかげで、錬金術のスキルをみがくことができた。

 もしも、似たようなものが、その隠し部屋にあったのなら……。


 ──勇者世界を超えるための、新たなヒントが得られるかもしれない。


 そして、羽妖精たちの答えは──



「「「「「「ありましたー!」」」」」」

「すみませんルキエさま、メイベル。ちょっと行ってきます!」



「こら──っ!」

「お待ちくださいトールさま!」


「すぐに戻りますから! 待っててください──っ!」


 俺は国境地帯の山に向かって走り出す。

 ありがとうございます。先々代の魔王陛下。

 あなたの収集癖しゅうしゅうへきのおかげで、俺は勇者世界のアイテムを作れるようになりました。


 これからは新たな資料を元に、より高みを目指します。

 今すぐライゼンガ領に行って隠し部屋を訪ねて、勇者世界の新たな資料を──


「……あのな。トール」

「……トールさま」

「トール・カナンさま」

「だんなさまったら……もう」


 ──と、思ったら、まわりこまれてしまった。

 具体的には、前方にルキエたちが降り立った。


 ルキエの額には『隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』が、メイベルの手には『汎用コントローラー』がある。4人で空を飛んで、先回りしたらしい。


「…………えっと」

「まったく。お主はもう……」


 目の前には、腕組みした魔王ルキエ。

 苦笑いしながら、じっと俺を見つめている。


「なにも慌てることはなかろう? 余も、お主を止める気はないのじゃから」

「いいんですか? ルキエさま」

「勇者世界の資料じゃろ? ならば、余も調べておくべきじゃろうて」


 ルキエは、こほん、と咳払せきばらいして、


「一緒に行こう、トールよ。余たちは家族じゃ。これからは勇者世界の資料を見ながら、皆で新しいアイテムの話をするとしよう」

「勇者世界の資料に、トールさまを独占させるわけには参りません!」

「あ、あの……アグニスも同じ気持ちなので」

「私も、勇者世界の本には興味がございます」


 ルキエの言葉を、メイベルとアグニス、ソフィアが引き継いだ。


「ですね。みんなから意見をもらって、アイテムを作るのも楽しそうです」


 うん。きっと、その方が楽しいと思う。


 帝国にいた頃は、俺はひとりで錬金術を使っていた。

 でも、魔王領に来てからは、みんなと一緒に作るようになった。ルキエやメイベル、アグニスやソフィア……それに、宰相ケルヴさんにライゼンガ将軍。みんなの話を聞いて、みんなのことを考えながら、アイテムを作るようになったんだ。


 だったら、これからもそうしよう。

 勇者世界の資料を見ながら、家族で話し合って、アイテムを作ろう。

 みんなの意見──新たな視点をもらえれば、きっと予想もつかないようなアイテムが作れるはず。

 それは、すごく楽しいことだと思うんだ。


「一緒に行きましょう。ルキエさま。メイベル、アグニス、ソフィアも」

「うむ。行くとしよう」

「はい。トールさま」

「ご一緒しますので!」

「私も、勉強させてくださいませ」


 そうして、俺は家族と一緒に、ライゼンガ領に行くことになった。


 俺が魔王領に来てから、1年足らず。

 その間に魔王領と帝国との関係も変わり、俺は、新しい家族を得た。


 俺は魔王領を豊かにして、勇者世界を超えるために錬金術を続けてきた。

 魔王領は、少しだけ、豊かになったと思う。

 でも、勇者世界を超えられるかどうかは、まだわからない。


 それでも、俺はこれからも、高みを目指す。

 いつか、勇者世界を超えるまで。


 勇者世界は『ハード・クリーチャー』におびやかされているらしいからなぁ。

 あの世界のことだから、きっとすごい『ハード・クリーチャー』対策とか、作り出しているはず。超絶の武器とかを、ポンポンと開発しているんだろう。


 だとすると『フットバス』や『しゅわしゅわ風呂』のような、生活関連アイテムを新規開発する余裕はないはずだ。

 つまり、俺が今のうちに超絶の生活関連アイテムを作れば、部分的に勇者世界を超えられる可能性もある。目指すのはそこだ。


 俺には、大切にしたい家族がいるからね。

 ルキエやメイベル、アグニスやソフィアが、もっともっと快適に過ごせるようなアイテムを作らないと。

 それが、今の俺の目標だ。


「トールさま」

「どうしたの、メイベル」

「私は今、すごく幸せです」


 ふと、メイベルは、そんなことを言った。


「私は……トールさまのお側にいられるだけで、幸せな気持ちになっちゃうんです。こうして陛下やアグニスさま、ソフィアさまと家族になれたこともうれしいですけど……それとは別に、トールさまと一緒にいることが、私の幸せなんです。だから……ですね」


 ぎゅ、と、メイベルが俺の腕を抱く。

 温かな身体をくっつけて、メイベルは、


「私もトールさまをすごく幸せにして差し上げたいです。トールさまが異世界の本を元に実験をされるなら……私に協力させてください。そうすれば、長い時間、トールさまと一緒にいられます。私はトールさまの妻ですけど、助手でもあるんですから」

「そっか」

「はい。トールさま」

「じゃあ、新たな勇者世界の資料を見つけたら、最初に作るアイテムはメイベルに試してもらおうかな」

「了解しました! 望むところです!」


 そんな話をしながら、俺たちはライゼンガ領に向かうのだった。


 ちなみに……ライゼンガ領の隠し部屋で発見したのは、間違いなく勇者世界の資料で──

 それを元に作ったアイテムで、メイベルは大変なことになるのだけど──



 それはまた、別のお話なのだった。





「創造錬金術師は自由を謳歌する」本編。おしまい。




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『創造錬金術師は自由を謳歌する』本編はこれでおしまいです。

 これからは番外編や後日談、本編では書けなかったお話などを、少しずつ更新していく予定です。


 第1話をアップしてから2年と3ヶ月になりますが、ここまで続けてこられたのは、応援してくださる読者の皆さまのおかげです。

 本当に、ありがとうございます。

 WEB版とは別ルートに突入した書籍版も、よろしくお願いします!


『ヤングエースアップ』でコミック版も連載中です。

 コミックス2巻は11月10日発売予定ですので、こちらもあわせて、よろしくお願いします!





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