【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
第20話「アグニス、錬金術師トールのことを考える」
第20話「アグニス、錬金術師トールのことを考える」
──アグニス視点──
「どこに行っていたのだ。アグニス」
アグニスが城の──将軍一家に与えられたエリアに戻ると、父ライゼンガが待っていた。
「我らは明後日、
「申し訳ありません。お父さま」
アグニスは
「お城にいるのもあと少しなので、色々と見て回っていました」
「そうか。ならばよい」
「ご心配をおかけして……すいません」
「いや、別に責めているわけではないぞ。うん」
ライゼンガはこほん、とせきばらいをした。
「それに……お前には申し訳ないと思っている。お前が炎を制御できないのは、祖先である
「わかっています……お父さま」
「魔王陛下への報告は終わった。我らはこれから領地に戻り、
「アグニスたちの領地は南方の山岳地帯。帝国とは、仲良くしなければいけません……から」
「そうだ。だから帝国から来たという客人の顔を見にいったのだが、いやはや。あんなものが帝国の貴族とはな」
「お父さま……」
「聞けば戦闘スキルを持たぬというではないか。どうりでひ弱そうに見えたものだ。帝国貴族というから、わしと剣を交えるほどの勇者を想像していたのだがな。まったく情けな──」
「お父さま!」
アグニスは父を見つめたまま、思わず声をあげていた。
「トール・リーガスさまは、いい方だと……思います」
「お前はあやつと話したのか?」
「はい。会って話をしました。あの方は、これをくださったのです」
アグニスは、トールからもらった『超小型簡易倉庫』を、父に見せた。
「炎を制御できないアグニスを案じて、余分な炎を、これで吸い取るようにと……貴重なアイテムを下さったのです! 悪く言うのはやめてください!!」
「余計なことを!」
「お父さま!?」
「こんなものがあっても、お前が
「でも! あの方はアグニスのために!!」
「……わかってくれ。アグニスよ」
将軍ライゼンガは、手甲に包まれたアグニスの手を取った。
「わしはなによりも、お前のことを考えている。今回の鉱山開発も、お前のためを思ってのことだ。だから、わしは帝国の辺境伯と書状のやりとりをしているのだよ」
「アグニスのことを考えてくださっているのは……わかっています」
「帝国との交渉が成功すれば、我が領土で鉱山の開発が行われるだろう。そのためには、邪魔な魔獣を討伐せねばならぬ。そこで、お前の出番だ。お前の『火の魔力』が役に立つことを、皆に示すのだ!」
「……お父さま」
「お前の炎は、鉱山のまわりに巣くう魔獣を、たやすく討伐できるだろう。帝国の者たちもおどろくはずだ。将軍ライゼンガの娘アグニスの名は、魔王領と帝国に広がるだろうよ!」
「……わかって……いるのです。父さま」
父が自分のことを思ってくれていることは、わかる。
アグニスの炎は、誰かを傷つけることにしか使えない。
使い道といったら、邪魔な魔獣を討伐するくらいだ。
(……本当は、もっと優しい生き方が……あるはずなのに)
アグニスには、どうしたらいいのかわからない。
小さいころもそうだった。
はじめて『火の魔力』に
彼女は許してくれたけれど……あれからアグニスは彼女の目を見ることができずにいる。
せめて誰も傷つけないように、家宝の『火炎耐性の鎧』を着るようになったのはそれからだ。他に着るものもないし、あれを着ていれば、誰も傷つけずに済む。
『火炎耐性の鎧』を着て歩くことについては、宰相ケルヴの許可を得ている。届けも出している。だから、アグニスに近づくと火傷すると、みんなわかっているのだ。
(……それでも、アグニスと話そうとしてくれる……優しい人もいるのだけど……)
ふと、今日出会った錬金術師トールのことが頭に浮かんだ。
あの人は、アグニスの炎を恐がらなかった。
ちゃんと話を聞いて、解決方法を考えるとまで言ってくれた。
(……本当に、不思議な人です)
メイベルが、あの人の側にいるのもわかる。
優しい人同士、気が合うのだろう。
だけど、アグニスはその中には入れない。
炎は誰かを傷つけることしかできない。それが辛かった。
「アグニスには……父さまの娘としての、自覚は、あります」
アグニスは父の方を見て、そう告げた。
「できることは、するので。火炎将軍の名を汚すようなことは……しないです」
「う、うむ。わかっているのなら、いいのだ」
父ライゼンガは、気分を変えるように
「領地への出発は明後日だ。それまでは、自由にしているがいい」
「はい……父さま」
アグニスはうなずき、自室に戻った。
最近少しゆるくなってしまった留め金を外して、鎧を脱ぎ捨てる。
彼女が鎧を脱げるのは、自室にいるときだけだ。
自室は彼女が過ごしやすいように、燃えにくいもので作られている。
壁も家具も石造り。食器や水差しはすべて金属製。
唯一、布団だけは代々アグニスの家に伝わる、火炎耐性を持つものだ。これがなければ、アグニスは床の上で寝ることになっていただろう。
「……ふぅ」
アグニスはため息をついた。
それから、枕元に『超小型簡易倉庫』を置いて、横になる。
「……トール・リーガスさま」
不思議な人だった。
アグニスのことを、少しも警戒していなかった。
自分が発する炎を、きれいだ……って言ってくれた。
「トールさまはおっしゃってました。魔王領にいる者には──のんびりと穏やかに暮らして欲しい──って。それには……アグニスも、入っているのでしょうか……」
とくん。
トールの顔を思い浮かべると、鼓動が早くなる。
生まれた炎が、『超小型簡易倉庫』に吸い込まれていく。
「……困りました」
アグニスは、ため息をついた。
『超小型簡易倉庫』は炎を吸収してくれる。
でも、これを見ていると、トールの事を考えてしまう。
鼓動が早くなり、炎が生まれてしまう。終わらない
でも、今はそれが心地いい。
「明後日には……アグニスは、領土に帰らなければ……いけないので」
アグニスは、ぽつり、とつぶやいた。
トールは炎を抑える手段を考えてくれると言ったけれど、無理だろう。時間がなさすぎる。
「……明日、お風呂場に行ったら、お別れのあいさつを……しないと」
トールは十分すぎるほど、アグニスを助けてくれている。
「この『超小型簡易倉庫』だけで──ううん。あの人のくれた言葉だけで……もう、アグニスは……十分なので」
だから……もういい。
アグニスの炎を、1日でなんとかするなんて、できるわけがない。
「明日会ったら、トール・リーガスさまにお礼を言わないと。アグニスのことを考えてくれて……ありがとうございました……って」
そんなことを思いながら、アグニスは目を閉じたのだった。
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