第20話「アグニス、錬金術師トールのことを考える」

 ──アグニス視点──





「どこに行っていたのだ。アグニス」


 アグニスが城の──将軍一家に与えられたエリアに戻ると、父ライゼンガが待っていた。


「我らは明後日、所領しょりょうに戻る。準備をしておけと行っていたはずだが」

「申し訳ありません。お父さま」


 アグニスはよろいをまとったまま頭を下げた。


「お城にいるのもあと少しなので、色々と見て回っていました」

「そうか。ならばよい」

「ご心配をおかけして……すいません」

「いや、別に責めているわけではないぞ。うん」


 ライゼンガはこほん、とせきばらいをした。


「それに……お前には申し訳ないと思っている。お前が炎を制御できないのは、祖先である火炎巨人イフリートの血が強く出たためだからな。感情のままに炎を操るのは、火炎巨人の本性のようなもの。こればかりは、わしにもどうにもできないのだ」

「わかっています……お父さま」

「魔王陛下への報告は終わった。我らはこれから領地に戻り、鉱山こうざんの開発を始めることになる。帝国との共同作戦についても、許可はもらっている」

「アグニスたちの領地は南方の山岳地帯。帝国とは、仲良くしなければいけません……から」

「そうだ。だから帝国から来たという客人の顔を見にいったのだが、いやはや。あんなものが帝国の貴族とはな」

「お父さま……」

「聞けば戦闘スキルを持たぬというではないか。どうりでひ弱そうに見えたものだ。帝国貴族というから、わしと剣を交えるほどの勇者を想像していたのだがな。まったく情けな──」

「お父さま!」


 アグニスは父を見つめたまま、思わず声をあげていた。


「トール・リーガスさまは、いい方だと……思います」

「お前はあやつと話したのか?」

「はい。会って話をしました。あの方は、これをくださったのです」


 アグニスは、トールからもらった『超小型簡易倉庫』を、父に見せた。


「炎を制御できないアグニスを案じて、余分な炎を、これで吸い取るようにと……貴重なアイテムを下さったのです! 悪く言うのはやめてください!!」

「余計なことを!」

「お父さま!?」

「こんなものがあっても、お前がよろい以外の服を着られないのは同じだろうに」

「でも! あの方はアグニスのために!!」

「……わかってくれ。アグニスよ」


 将軍ライゼンガは、手甲に包まれたアグニスの手を取った。


「わしはなによりも、お前のことを考えている。今回の鉱山開発も、お前のためを思ってのことだ。だから、わしは帝国の辺境伯と書状のやりとりをしているのだよ」

「アグニスのことを考えてくださっているのは……わかっています」

「帝国との交渉が成功すれば、我が領土で鉱山の開発が行われるだろう。そのためには、邪魔な魔獣を討伐せねばならぬ。そこで、お前の出番だ。お前の『火の魔力』が役に立つことを、皆に示すのだ!」

「……お父さま」

「お前の炎は、鉱山のまわりに巣くう魔獣を、たやすく討伐できるだろう。帝国の者たちもおどろくはずだ。将軍ライゼンガの娘アグニスの名は、魔王領と帝国に広がるだろうよ!」

「……わかって……いるのです。父さま」


 父が自分のことを思ってくれていることは、わかる。

 アグニスの炎は、誰かを傷つけることにしか使えない。

 使い道といったら、邪魔な魔獣を討伐するくらいだ。


(……本当は、もっと優しい生き方が……あるはずなのに)


 アグニスには、どうしたらいいのかわからない。

 小さいころもそうだった。

 はじめて『火の魔力』に覚醒かくせいしたとき、アグニスの炎は暴走して、大切な友だちに火傷を負わせてしまった。

 彼女は許してくれたけれど……あれからアグニスは彼女の目を見ることができずにいる。


 せめて誰も傷つけないように、家宝の『火炎耐性の鎧』を着るようになったのはそれからだ。他に着るものもないし、あれを着ていれば、誰も傷つけずに済む。


『火炎耐性の鎧』を着て歩くことについては、宰相ケルヴの許可を得ている。届けも出している。だから、アグニスに近づくと火傷すると、みんなわかっているのだ。


(……それでも、アグニスと話そうとしてくれる……優しい人もいるのだけど……)


 ふと、今日出会った錬金術師トールのことが頭に浮かんだ。

 あの人は、アグニスの炎を恐がらなかった。

 ちゃんと話を聞いて、解決方法を考えるとまで言ってくれた。


(……本当に、不思議な人です)


 メイベルが、あの人の側にいるのもわかる。

 優しい人同士、気が合うのだろう。


 だけど、アグニスはその中には入れない。

 炎は誰かを傷つけることしかできない。それが辛かった。


「アグニスには……父さまの娘としての、自覚は、あります」


 アグニスは父の方を見て、そう告げた。


「できることは、するので。火炎将軍の名を汚すようなことは……しないです」

「う、うむ。わかっているのなら、いいのだ」


 父ライゼンガは、気分を変えるように咳払せきばらいをした。


「領地への出発は明後日だ。それまでは、自由にしているがいい」

「はい……父さま」


 アグニスはうなずき、自室に戻った。

 最近少しゆるくなってしまった留め金を外して、鎧を脱ぎ捨てる。


 彼女が鎧を脱げるのは、自室にいるときだけだ。

 自室は彼女が過ごしやすいように、燃えにくいもので作られている。

 壁も家具も石造り。食器や水差しはすべて金属製。

 唯一、布団だけは代々アグニスの家に伝わる、火炎耐性を持つものだ。これがなければ、アグニスは床の上で寝ることになっていただろう。


「……ふぅ」


 アグニスはため息をついた。

 それから、枕元に『超小型簡易倉庫』を置いて、横になる。


「……トール・リーガスさま」


 不思議な人だった。

 アグニスのことを、少しも警戒していなかった。

 自分が発する炎を、きれいだ……って言ってくれた。


「トールさまはおっしゃってました。魔王領にいる者には──のんびりと穏やかに暮らして欲しい──って。それには……アグニスも、入っているのでしょうか……」


 とくん。


 トールの顔を思い浮かべると、鼓動が早くなる。

 生まれた炎が、『超小型簡易倉庫』に吸い込まれていく。


「……困りました」


 アグニスは、ため息をついた。

『超小型簡易倉庫』は炎を吸収してくれる。

 でも、これを見ていると、トールの事を考えてしまう。

 鼓動が早くなり、炎が生まれてしまう。終わらない循環じゅんかん

 でも、今はそれが心地いい。


「明後日には……アグニスは、領土に帰らなければ……いけないので」


 アグニスは、ぽつり、とつぶやいた。

 トールは炎を抑える手段を考えてくれると言ったけれど、無理だろう。時間がなさすぎる。 


「……明日、お風呂場に行ったら、お別れのあいさつを……しないと」


 トールは十分すぎるほど、アグニスを助けてくれている。


「この『超小型簡易倉庫』だけで──ううん。あの人のくれた言葉だけで……もう、アグニスは……十分なので」


 だから……もういい。

 アグニスの炎を、1日でなんとかするなんて、できるわけがない。


「明日会ったら、トール・リーガスさまにお礼を言わないと。アグニスのことを考えてくれて……ありがとうございました……って」


 そんなことを思いながら、アグニスは目を閉じたのだった。

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