第223話「錬金術師トールと魔王ルキエ、『プレ結婚式』を実行する(終)」

 その後も『プレ結婚式』は続いていく。



 キャンドルサービス──新開発の『魔剣キャンドルサービス』 (発火能力を持つ、浮遊移動能力ふゆういどうのうりょくを持つダガー。『汎用コントローラ』で動かせる)で、客席に設置したローソクに火を点けて。


 家族のスピーチ──これから家族になる人 (メイベルとアグニスとソフィア)に、俺たちのなれそめについて話してもらって。


 友人代表のあいさつ──リアナ皇女が、ソフィアへの愛情を語って。気分が乗ってきたせいで剣舞けんぶをはじめて。本人のリクエストで『スバババーン』『ドガーン』というエフェクトを付け加えて。やり過ぎる前にソフィアに舞台から引きずり下ろされて。



 ──『プレ結婚式』は、最高の盛り上がりを見せたのだった。



 そして、式も終盤しゅうばんになったころ、


「では最後に、余の夫となるトール・カナンよりあいさつをするのじゃ」


 ルキエは『拡声マイク』を手に、そんなことを宣言した。

 ……って、え?


 いや、聞いてないんだけど。

 俺のあいさつって、そんな予定あったっけ?


「予定にはなかった。じゃが、最後はお主がめるべきじゃろう」

「そうなんですか?」

「『プレ結婚式』は、余とお主の結婚のおひろめなのじゃぞ?」


 ルキエは細い指を伸ばして、俺の鼻先を、つん、と突っついた。


「それに、『プレ結婚式』を提案したのはお主なのじゃから、最後にまとめるのもお主であるべきじゃ。違うか?」

「……確かに……そうですね」


 これは俺とルキエの結婚式だ。俺が新郎でルキエが新婦なんだから。

 最初にルキエがあいさつをしたなら、最後は俺があいさつをするのが自然だろう。


「わかりました」

「うむ。存分に言いたいことを言うがよい」


 俺は『拡声マイク』を受け取り、舞台へと上がった。

 隣にはドレス姿のルキエ。

 俺たちの後ろには、メイベルとアグニスとソフィアがいる。

 めのあいさつだから、家族全員で舞台に上がることにしたんだ。


 すぐ目の前には、たくさんの列席者がいる。

 みんな楽しそうだ。

 俺の作ったマジックアイテムと、みんなで考えたイベントを楽しんでくれてる。


 自分の作ったものが、人を喜ばせる。

 それが錬金術の醍醐味だいごみだって、ずっと思ってた。


 でも、錬金術がくれたものはそれだけじゃない。

 ルキエやメイベル、アグニスやソフィアとの縁をくれたのも錬金術だ。


 俺はこれからも錬金術師として生きていく。

 魔王領で、そして、大切な家族のもとで。

 そう考えると……心の中から、言いたい言葉がどんどんとあふれてくる。


 うん。この思いを、みんなに伝えよう。


「お集まりのみなさま。魔王領の錬金術師れんきんじゅつし、トール・カナンです」


 俺が声を上げると、みんなが一斉にこっちを見た。


 魔王領の人たちがいる。

 帝国の人たちも、少数だけど、いる。


 エルフさんたちは『魔剣キャンドルサービス』が気になるのか、手元のローソクを分析してる。

 ミノタウロスさんたちは姿勢を正して俺の方を見てる。

 ドワーフさんたちは酒を片手に楽しそうだ。

 タライに入った人魚たちは、拍手のかわりに水音をさせてる。

 狼の『ご先祖さま』は舞台の前にやってきて、じっと俺を見ている。


 後ろの席には大公カロンがいる。俺が尊敬する、数少ない帝国貴族だ。

 隣で俺を凝視しているのは皇太子ディアスだ。次期皇帝の彼が魔王領まで来てくれている。

 大公カロンと皇太子ディアスがいる限り、帝国と魔王領が敵対することはないと思う。

 後ろに控えているアイザックさんは、魔王領の良き隣人りんじんだ。


 魔王領の人々と帝国の日々、みんなに伝えたい。

 俺が魔王領に来て、どれだけ幸せになったのか。


 ──居場所を与えられて、自由を許されて。

 ──仕事を評価してもらって、作ったアイテムを使ってもらって。

 ──大切な人ができて、側にいたいと思って。

 ──自由を謳歌おうかする、世界で一番幸せな錬金術師になったことを。


「俺が魔王領に来たとき、最初に出会ったのは、俺の世話係だったメイベルでした」


 どれだけ俺が魔王領のみんなに──ルキエやメイベルやアグニスに感謝してるか。

 この機会に、思いのたけを伝えよう。



 だから俺は、舞台の上で、心のままに語ることにしたのだった。




(数分後)




「──あれ? どうしたのメイベル、真っ赤な顔して。なんで『拡声マイク』を取り上げるの? まだスピーチの途中だけど……え? アグニスはなんで俺を抱え上げてるの? 『健康増進ペンダント』の力で担がれたら抵抗できないんだけど。え? ルキエさまが『トールのスピーチは、自分あてのラブレターを人前で読まれるようなもの。聞いてると心臓が破裂しそうじゃ』って? わかった。そういうことならルキエさまを落ち着かせるマジックアイテムを……あの。ちょっと?」


「──魔王陛下のお言葉です。『以上で「プレ結婚式」を終了する』とのことです!」

「──ご出席の皆さま、ありがとうございましたなので!!」


 こうして、俺とルキエの『プレ結婚式』は、大盛況だいせいきょうのまま終了し──

 俺はアグニスに担がれたまま、ルキエのもとへ連行されることになったのだった。







 ──ルキエの部屋──



「トールには……色々とわかってもらう必要があるようじゃな」


 ベッドに腰掛けたルキエは、真っ赤な顔で俺を見てる。


「確かに、余はお主にめのスピーチをせよと申した。結婚式らしい言葉を述べるように頼んだ。だからといって……あんな……余やメイベルやアグニス、ソフィアが恥ずかしくなるような言葉を、人前で堂々と語るなど……」

「だから、わたしたちはトールさまにお返しをすることにしました」

「全会一致でそういうことになりましたので!」

「私も、協力させていただきます」


 メイベルとアグニスとソフィアは俺を取り囲んでる。

 えっと……。


「『プレ結婚式』の後片付けは──」

「ケルヴさまと文官の方々が引き受けてくださいました」

「力仕事とかは──」

「アグニスのお父さまと、ミノタウロスさまたちにお願いしました。お父さまは『がんばれ』と……アグニスに……おっしゃっていました」

「帝国の人たちへの対応は」

「リアナに任せました」


 退路はなかった。

 というか、4人ともいつの間にか着替えてる。

 寝間着姿で、じっと俺を取り囲んでる。


 よく見ると……部屋の様子がおかしかった。

 部屋の入り口と窓には『闇属性の魔織布ましょくふ』のカーテンがある。

 魔力を流すと一切の光を通さなくなるやつだ。

 それに魔石をくっつけることで魔力供給して、暗幕あんまく状態にしてる。


 部屋の四方には『拡声マイク』が置かれている。

 音が出ないモード……というか、あれは一切の雑音を消すモードになってる?

 部屋の外に音が漏れないようになってるんだ。どうしてそんなことに……?


「よく聞くのじゃ、トールよ」


 ルキエは耳たぶまで真っ赤になってる。

 なぜか俺から視線をらしながら、彼女は、ゆっくりとした口調で、


「お主は余たちに、恥ずかしい思いをさせた。だから、仕返しをしようと思うのじゃ。その……結婚式の後にふさわしい仕返しをな」

「えっと。それって」

「本来なら……トールが恥ずかしがるような言葉を聞かせるべきじゃと思う。じゃが、お主の言葉に匹敵ひってきするようなものは思い浮かばぬ。じゃから……その……じゃからの」

「……こ、行動で示すことにしたのです」


 メイベルがルキエのセリフを引き継いだ。


「これから、トールさまには、このお部屋で、わたしたちと一緒に……恥ずかしい思いをしていただきます」

「あんな言葉を聞いたら、ドキドキして眠れるわけがないので! アグニスたちがどれだけドキドキしてるのか……直接……わかって欲しいので」


 アグニスは胸を押さえてる。

 胸元では『健康増進ペンダント』が光ってる。寝間着が透けるくらい、激しく。


「『プレ結婚式』とはいえ、結婚式の後なので、だから……」

「私は、協力する側に回らせていただきましょう……今回は、ですが」


 なんでソフィアは不敵な笑みを浮かべてるの?

 そういえば、結婚式の前に『拡声マイク』のテストを担当したのはソフィアだったよね? 変わったドレスを作りたいと言って『闇属性の魔織布』を欲しがったのもソフィアだったね。

 もしかして、最初から作戦を練ってたの?


 でも、退路はすでに断たれている。

 それに『プレ結婚式』のスピーチで、みんなに恥ずかしい思いをさせちゃったのも事実だ。

 だからルキエとメイベルとアグニスとソフィアはドキドキして、それを俺にわからせようとしてる。直接……たぶん、わかりやすい方法で。

 

 もちろん、俺がスピーチで話したのは全部本心だ。

 今さらためらう理由はない。

 それにルキエはケーキ入刀のときに言ってた。


『…………子どもが何人生まれても……ケーキを分けるときにケンカしないように』


 ──って。

 つまりはそういうことだ。


 だから──


「うん。わかった。みんなにだけ恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないからね」


 ──俺の覚悟はとっくに決まっている。


 そんなわけで、『プレ結婚式』の夜。

 俺たちは完全防音・遮光しゃこうされた部屋の中で──ちょっとだけ恥ずかしい思いをしながら──おたがいの鼓動こどうを感じ合ったのだった。






 ──数日後──




「問い合わせが殺到さっとうしております」


 数日後、玉座の間で宰相さいしょうケルヴさんが言った。

 なんだかすごく、深刻そうな顔で。


「『プレ結婚式』の評判が周辺国にも広まったのでしょう。魔王領との友好関係を望む文書が大量に来ております。さらに、交易を望む者。魔王領への引っ越しを望む者もおります。もちろん、一番多いのは結婚式への問い合わせです」


 ケルヴさんは俺とルキエの前に文書を積み上げて、


「『プレ結婚式は素晴らしかった。本番はいつ行われるのか』『プレ結婚式なら、何度やってもいいのではないか』『もう一回見たい』『今回見損ねた』『あのドラゴンはどこで売ってますか?』『ぜひ、パンケーキ入刀の技の伝授を!』『ソフィア姉さまと一緒に剣舞けんぶをしたいです!』『魔剣キャンドルサービスは最強の武器では!?』『魔王陛下のファンになりました!』──など」

「「……あ」」

「すべて好意的なものです。ですが……あまりに大量に来ているもので、どうしたものかと」


 ……なるほど。

 みんなの好奇心を満たすために『プレ結婚式』をやったんだけど。

 それで逆に、みんなの好奇心を刺激しちゃったのか。


 それで、魔王領に興味を持つ国も出て来たんだろうな。

 だから友好関係や交易を望む国や、魔王領への引っ越しを望む人まで出てきたのか。


 全部が全部、好意的なものなのはいいことだ。

 でも──


「……問い合わせの量は、『プレ結婚式』を行う前の3倍となりました。このままでは私の部下の精神が保ちません。どうするべきでしょうか」


 ──ケルヴさんたちの負担は、前よりも大きくなってる、ということか。


 つまり、魔王領の人たちが困ってるわけだ。

 だったら、俺のやることは決まってる。


「わかりました。俺のマジックアイテムでなんとかしましょう」

「……トールどの」

「なんでしょうか。宰相閣下さいしょうかっか

「マジックアイテムで発生した問題を、マジックアイテムで解決できるものでしょうか?」

「大丈夫です。勇者世界のマジックアイテムですから」

「今度は大丈夫なんですよね? また、問い合わせが増えたりしないですよね?」

「問題ありません。こんなこともあろうかと、勇者世界の資料を読み込んでおきました」


 友好関係、交易、魔王領への引っ越し。そして『プレ結婚式』への興味。

 すべてを一気に解決するのは難しい。

 だから、ひとつひとつ片付けていこう。


 そうだな。まずは『プレ結婚式』を見たがってる人への対応だ。

 勇者世界には、それを解決するためのアイテムがあったはず。

 たとえば──



「────勇者世界には、こんなアイテムがありまして」



 俺はまた、説明をはじめる。


 魔王領の問題を解決して、みんながもっと、幸せに暮らせる場所にするために。

 大事な家族と仲間と、おだやかに過ごすために。


 ここは魔王城の玉座の間。

 魔王ルキエが座る椅子の隣には、俺のための椅子がある。

 俺が自作した椅子だけど、ルキエのとなりに並ぶことが許されてる。


『プレ』とはいえ、結婚式を済ませた身として。

 魔王ルキエ・エヴァーガルドのおっととして。

 肩を並べて、手が触れる距離で。


 ここが俺の故郷で、俺のいる場所だ。

 だから今日も俺はマジックアイテムを作り続ける。


 勇者世界を超えるために。

 魔王領の愉快な日々を、これからも続けるために。


「──というわけです。とりあえず、実験に付き合ってください。魔王陛下。宰相閣下!」


 こんな感じで、俺の錬金術師としての日々は続いていくのだった。






──────────────────────




 後日談・番外編は、とりあえずここまでです。

 このあとは本当に不定期で、ときどきSSなどをアップする予定です。

 ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


 コミック版はまだまだ続きます。

 これからもヤングエースアップで連載が続いていきますので、そちらもどうか、よろしくお願いします!


 

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【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました- 千月さかき @s_sengetsu

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