第222話「錬金術師トールと魔王ルキエ、『プレ結婚式』を実行する(3)」

 ──トール視点──





『プレ結婚式』が進行していくのを、俺とルキエは空から見下ろしていた。


「さすがは宰相閣下さいしょうかっか。完璧な司会進行です」


 ケルヴさんの声は威厳いげんがあるからね。

 それを『拡声マイク』で聞いた人々は、みんな指示に従ってる。

 ドラゴンに乗る俺とルキエを、拍手で迎えてくれてるんだ。


 司会を終えたケルヴさんが舞台から降りて行く。

 みんなの注意が俺とルキエに向くように、身を引いてくれたんだろう。気が利いてる。


「し、しかし、これはなかなか恥ずかしいのじゃ」


 俺の隣で、ルキエが照れ笑いしてる。


「余がドレス姿で、しかもドラゴンに乗って舞い降りるとは……」

「魔王らしくていいと思いますよ?」

「そうじゃろうか?」

「あ、訂正します。ルキエさまらしくていいと思います」

「むむ? どういう意味じゃ?」

「はい。ルキエさまは魔王領と帝国との交流を成し遂げた名君です。その名君が金色の髪をなびかせて漆黒しっこくのドラゴンに乗っているわけです。あ、もちろん、ドラゴンの色を漆黒にしたのは金色の髪が目立つようにです。純白のドレスや、ルキエさまのきれいな白い肌と、ドラゴンの黒いうろことの対比も意識しています。あと、ドレスの帯を長くしているのはメイベルのアイディアです。ドレスの帯が、風を受けて翼みたいに広がるようになっています。つまり、地上からはルキエさまが自らの翼を広げて、空を飛んでいるように見えるわけです。だから、漆黒のドラゴンに乗って降りるというのは、ルキエさまの威厳と美しさを最高に引き立たせる効果があるわけで──」

「やめやめやめやめやめやめるのじゃ────っ!!」


 ルキエは真っ赤になって、ドラゴンの上でうずくまった。

 あれ?


「余はこれから人前で話をするのじゃぞ! その前に動揺どうようさせてどうするのじゃ!?」

「え、だって、どういう意味かって聞いたのはルキエさまで」

「だからといって語りすぎじゃろう!? まったく、お主という奴は、まったく……」


 ルキエはじーっと俺をにらんだ。

 それから彼女は、細い腕を伸ばして、俺の腕にからめる。


「話はここまでじゃ。皆が待っておる。ゆくぞ!」

「はい。ルキエさま」

「まずはスピーチじゃな! トールよ。『拡声マイク』を」

「承知しました」


 俺はルキエに『拡声マイク』を手渡す。

 地上は静まり返っている。みんな、ルキエに注目してる。

『私語禁止システム』は必要ないな。声を大きくする機能だけにしておこう。


 マイクをルキエに渡してから地上を見ると、舞台の側でメイベルが手を振ってる。

 彼女の手の中にあるのは『汎用はんようコントローラー』。

 スピーチの準備をしてくれているみたいだ


 魔王ルキエのスピーチだもんな。

 勇者世界の結婚式に負けないように、印象的なものにしないと。


「──集まってくれた者たちに告げる。魔王ルキエ・エヴァーガルドである!」


 マイクを手に、ルキエは宣言した。

 同時に、地上で音楽が流れ始める。

 風の魔石を利用した『スピーカー』が生み出すものだ。


 勇者世界の結婚式の紙には『スピーチには、そのときに合った音楽を』と書いてあった。

 だから、音を鳴らすアイテムを制作しておいたんだ。

 意外と簡単だった。

『防犯ブザー』を作ったこともあるからね。風の魔石を使えば、大抵の音は再現できるんだ。

 ちなみに操作はメイベルが『汎用コントローラ』で行っている。

 音楽開始は上プラスAボタンだ。うまくやってくれたらしい。


「まずは『プレ結婚式』に出席してくれたことに礼を言いたい。魔王領の者、また、帝国の者もこの場には来てくれておる。魔王領の者には時間を見つけてきてくれたこと、帝国の者には長旅をいとわずに来てくれたことに感謝しておる」


 ルキエのスピーチを、優しい音楽が彩る。

 地上のみんなは呆然ぼうぜんとしてる。

 ルキエの声と、流れる音楽のハーモニーに魅了みりょうされているみたいだ。



「──ふむ。魔王領にこのような文化があったとは」

「──感動されている場合ですか。叔父上。魔王とドラゴンが頭上にいるのですよ」

「──落ち着かれよディアスどの。魔王どのに害意があるのであれば、とっくに我らはやられておるよ」

「──で、ですが」

「──今は魔王どのの声を聞くがいい。音楽も、実に風流ではないか」

「……はぁ」



 大公カロンや皇太子ディアスも喜んでくれてる。

 よし、ここでさらに盛り上げよう。


 俺は地上のメイベルに合図した。


「────の通り、『すぱ・りぞーと』は順調に発展しておる」


 ルキエのスピーチは続いている。


「むろん、魔王領と帝国の間には、まだ精神的な壁があろう。しかし、余は平和な世の中と、おたがいの友好関係を望んでおる。いずれ、両国をへだてる壁もなくなることであろう」



 ズガガガガ────ン!!



『スピーカー』から、岩がくずれる音が響いた。

 ルキエのスピーチの内容は知っていたからね。

 壁を崩すような音を流せるように準備しておいたんだ。

 メイベルのことだから、指示通りに効果音を入れてくれるはず。



「…………こほん」


 ルキエは俺を見て、咳払せきばらいいした。


「それに、種族の壁など、たいしたものではない。魔王である余と、帝国の錬金術師れんきんじゅつしであったトール・カナンは、こうして結婚することになったのじゃからな。強いおもいがあれば、壁などは──」



 ズガガガガ────ン!!



「……壁などはズガガガガーンと……ではなく! 乗り越えられるものなのじゃ。トール・カナンが魔王領に来たときのことは、今でも覚えておる。彼は帝国を──」



 ヒューン。ポイッ。



「ヒューン、ポイと追放……追放されて! 魔王領にやってきた。初めは余も、人間である彼に対して警戒心── (ピリピリピリッ)ピリピリとした警戒心があった。だが、そんなものはすぐに (ドロドロドロドロ)──ドロリと溶けてしもうた。人同士の関わりとはそういうものじゃ。この『プレ結婚式』 (ジャジャーン!)──ジャジャーント行うことにしたのも、皆に魔王領のことを (ピキーン!)とひらめくように知ってもらうため。どうか、今日はゆっくりと (わくわくわくわく)わくわく楽しんでいって欲しい。魔王ルキエ・エヴァーガルドからの願いじゃ!」


 そう言って、ルキエはスピーチを終えた。


「……ふぅ」


 ルキエは『拡声マイク』の機能を無効化してから、短いため息をつく。

 それから……俺の肩を引っ張り寄せて、


「あのな。トール」

「はい。ルキエさま」

「まずはドラゴンを降ろして地上に行くとしよう」


 ……あれ?

 なんだか、ルキエの笑みが怖いんだけど……。


「地上に着いたら、まずはお説教じゃ。スピーチの盛り上げ方について話がある。というか、お主はやっぱり限度というものを知るべきなのじゃ──!」







 怒られた。

 勇者世界ではスピーチに音楽を流してるから、それに負けないように効果音を追加してみたんだけど。

 ちょっとやりすぎたかもしれない。反省しよう。


「次は、ケーキ入刀となります」


 進行役のメイベルの声がした。

 声に合わせて、厨房ちゅうぼうから巨大なパンケーキが運ばれてくる。

 勇者世界では結婚式にケーキを食べるらしい。

 でも、肝心のケーキの写真は見つからなかった。

 だから厨房係さんにお願いして、大きめのパンケーキを作ってもらったんだ。


 パンケーキの直径は90センチ以上。

 ハチミツとクリームがかかっていて、まわりを果物がいろどってる。

 ドワーフの厨房係ちゅうぼうかかりさんが作ってくれた逸品いっぴんだ。


 それが3皿。俺とルキエを囲むように配置される。

 俺たちはこれを『ケーキ入刀』して、8分割することになる。

 それでちょうど、全員に配れる数になるからね。



「──魔王陛下がわたしたちのためにケーキを切ってくださるのですか……?」

「──あれを8等分にされるのでしょう? 大変です」

「──そこまで手間のかかることをなさらなくても……」


「──ふむ。これが魔王どののもてなしということか」

「──魔王ルキエ・エヴァーガルドが切り分けてくれたケーキですか。確かに、後世までへの語り草になりましょう。ですが、叔父上」

「──なにかな?」

「──魔王どのの剣技は見られぬのですか?」

「──いやいやディアス殿下。ケーキを切るのに剣技は必要あるまいよ」

「…………残念です」



 出席者たちから声がする。

 エルフさんも、ミノタウロスさんもドワーフさんも俺たちを気づかってくれてる。

 狼の『ご先祖さま』も、おどろいた顔をしてるくらいだ。


 皇太子ディアスは、ルキエの剣の技を見たかったみたいだけど。

 でも、大丈夫。

 勇者世界風の結婚式にするために、ちゃんと準備をしておいたからね。


「行きましょう。ルキエさま」

「うむ。ついに、あの剣をおひろめする時が来たのじゃな!」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、用意しておいた剣を取り出す。

 そしてルキエと一緒に、その剣を握りしめる。


「「ケーキ入刀をはじめ (ます) (るのじゃ)。この『魔剣ウエディングブレード』で!!」」


 並んだパンケーキの前で、俺たちは片刃剣を高々とかかげた。



──────────────────────


『魔剣ウエディングブレード』(属性:風風風風・地地地地)(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★)


 強力な風属性と『風の魔石』により、真空の刃を生み出す。

 強力な地属性により、なにものも撃ち砕く強度をほこる。


 魔王ルキエ・エヴァーガルドとトール・カナンのプレ結婚式のために作られた魔剣。

 刀身の長さは1メートル半。

 ただし細身の剣のため、おそろしく軽い。

 強力な地属性で強化されているため、よろいを斬っても刃こぼれひとつしない。


 風属性と『風の魔剣』により、真空の刃を生み出すことができる。

 手元にダイヤルがついている。

 それを動かすことにより、自由自在に真空の刃を作り出せる。


 刃の数は、最大15個まで。

 真空の刃の効果範囲は、最大50センチまでとなっている。

(食品をカットするためのものなので、真空の刃の出力は弱い)



『魔剣ウエディングブレード』は、勇者世界の『ケーキ入刀』をイメージして作ったものである。


 異世界勇者は巨大な剣を一刀のもとに、人数分に分割してしまう (トール・カナンの推測)。

 おそらくはケーキを投げ上げて、異世界勇者が使った剣技『イアイ斬り』によって均等に分割するのだと考えられる (推測です)。

 それをこちらの世界でも再現するために作り上げられている。


 汎用性はんようせいも高く、強力な剣だが、あくまで結婚式用である。


──────────────────────



「魔王陛下と錬金術師トールどのによるケーキ入刀です。皆さま、拍手をお願いします」


 ケルヴさんの声を聞きながら、俺とルキエはパンケーキの前に進む。

 目の前には円形のパンケーキ。

 俺とルキエは重ねた手に『魔剣ウエディングブレード』を握り、ゆっくりと振り下ろす。


 狙い通りに、剣先はパンケーキの中央に。

 そして、俺たちが『魔剣ウエディングブレード』のダイヤルに触れると──



 シュパッ!



 剣先から飛び出した真空の刃が、パンケーキを8等分した。



「「「お、おおおおおおおっ!?」」」



 出席者から歓声が上がる。



「──い、一瞬でパンケーキを8等分に、だと?」

「──な、なんなのだ。あのゆっくりとした剣技は!?」

「──叔父上でも見えなかったのですか!?」

「──いや、真空の刃を生み出したのはわかる。剣技……いや、マジックアイテムの力だろうか」

「──真空の刃を生み出す剣なのですよね?」

「──そのようですな」

「──それでケーキを切っているのですか……」

「──これが魔王領のもてなしなのだろう。最先端のマジックアイテムを、ケーキカットに使う。並の文化国家にできることではあるまい」

「────な、なるほど……」




 シュパッ! シュパパッ!



 観客の声を聞きながら、俺とルキエは残りのパンケーキに剣を入れていく。

『魔剣ウエディングブレード』は便利だ。

 切っ先をパンケーキの中心に刺すだけで、正確に8等分にしてくれる。


 3皿をそれぞれ8等分だから、合計24ピース。

 出席者全員に行き渡るのに、十分な数だ。




「「「……………………」」」




 出席者はみんな目を見開いてる。

 そんな彼らを見回しながら、俺とルキエはふたたび『魔剣ウエディングブレード』を掲げた。


『魔剣ウエディングブレード』はケーキカット用に作成した魔剣だ。

 柄にはダイヤルがついている。

 これを動かすことで、発生する真空の刃の数がキリ変わる。

 パンケーキを2等分から15等分にまで切り分けることができるんだ。


 奇数で割れるようにするのは意外と苦労したけど。

 7等分とか、11等分とか13等分とか。


「そういえば、2等分から15等分まで調整できるようにしたのは、ルキエさまのリクエストでしたよね? なんでそこにこだわったんですか?」

「──────だからじゃ」

「え?」

「────────うま──から──ケンカ──せぬように」

「すみません。よく聞こえません」

「だーかーら、じゃな!」


 ルキエはぐいっ、と、俺の顔を引き寄せて、耳元で、


「子どもが何人生まれても……ケーキを均等に分けられるようにするためじゃっ!」

「……あ」

「余とメイベル、アグニスにソフィア……お主の妻は4人もいるのじゃからな。子どもが何人できるかわからぬじゃろ。それが何人になってもいいように。正室の子と側室の子で……ケンカせぬように……家族が仲良く暮らせるように……食べ物を公平に分けられる機能が、欲しかったのじゃ……」

「わ、わかりました」

「う、うむ。わかればよい」

「……はい」


 繋いだ手が、熱を帯びていた。

 俺たちは肩をくっつけながら、24等分になったパンケーキが配られていくのを見ていた。


 出席者のひとたちはびっくりしてる。

 大公カロンや皇太子ディアスなんか「今の繊細な剣技は」「勇者に匹敵ひってきを」とか言ってるし。いやいや、勇者には全然およばないからね。あっちの世界の人たちは本物のドラゴンに乗って降りてきて、巨大なケーキを小さなナイフで分割してるんだから。


 大公カロンも皇太子ディアスも「むむむ」ってうなりながら、パンケーキの切断面を観察してる。

 いや、剣技で斬ってるわけじゃないからね。

 観察してもなにも出てこないから。


 そんなことを思いながら、俺とルキエは『プレ結婚式』のイベントをこなしていくのだった。



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