第30話「魔王ルキエから話を聞く」

 ──魔王ルキエ視点 ──





 ライゼンガ将軍が辺境伯ガルアを追い返した数日後。

 魔王ルキエは、玉座の間で、宰相ケルヴと話をしていた。


 玉座の間には机が置かれ、その上には、二通の書状がある。

 一通は、ライゼンガ将軍が送ってきた、今回の交渉についての報告書。

 もう一通は、ドルガリア帝国皇帝の名で送られてきた書状だった。


「『──ゆえに、ドルガリア帝国は魔王領と共同で、「魔獣ガルガロッサ」の討伐を行うことを願う』──か」


 魔王ルキエは、書状を机の上に戻した。


「これが、帝国から来た書状の中身か」

「はい。ライゼンガ将軍の報告書がこちらに着いた数日後に、魔王領へと届いております」

「対応が早すぎるのが気になるな」

「おそらく、ガルア辺境伯へんきょうはく一行の中に、帝国高官の部下がまぎれこんでいたのでしょう。その者が早馬を走らせたのだと思われます」

「書状には『あの提案は、辺境伯とその仲間が暴走したもので、帝国の総意ではない』とあるな……」

「トール・リーガスどのの件ですね」

「……ああ。そう、じゃな」


 魔王ルキエは、静かにうなずいた。

 それから彼女は、ライゼンガからの報告書に視線を移す。

 こちらには、ガルア辺境伯の言動について、事細かに記してあった。


(『帝国に銀を送る期間を延ばす代わりに、このライゼンガに賄賂わいろを送るとの提案がありました』──か)


 読むのは5回目くらいだ。内容はほぼ、覚えている。

 辺境伯ガルアが、ルキエの友人になにをしようとしたのかも、すべて。


(『辺境伯めは、そのころが明るみに出たときには、責任をすべてトール・リーガスどのに押しつけるようにと。トール・リーガスどのが帝国に戻るための裏工作をしていたことにして──あのお方を……闇にほうむれと!!』──)


 報告書に書かれたライゼンガの文字がゆがんでいる。

 おそらく、必死に怒りを抑えながら書いたのだろう。


 魔王ルキエの手も震えていた。

 中でも怒りを覚えるのは、帝国からの書簡に書かれた一文だ。


『この件は辺境伯ガルアと、リーガス公爵こうしゃく独断どくだんにつき──』


(リーガス公爵──トールの父親が自分の息子を、利用して、闇にほうむれと言っただと!? 父親が息子を!? トールは一体……帝国でどのように扱われていたというのじゃ……)


 これが帝国の総意そういでなくてよかったと思う。

 そうでなかったら魔王ルキエは、トール以外の人間すべてを嫌いになっていたかもしれない。


 彼女も、帝国がトールを捨てたことは知っていた。

 トールは使者ではなく、人質──いけにえとして魔王領に送り込まれたのだと、彼自身が話してくれた。

 ルキエはトールを信じている。だから、その通りなのだろうとは思っていた。



 だが彼が、これほどまでにひどいあつかいを受けているとは思っていなかったのだ。



「……これが……こんなことが……公爵とやらは自分の子を……トールを!!」

「陛下……」


 宰相ケルヴが心配そうにつぶやく。

 それを聞いた魔王ルキエは、胸を押さえて深呼吸する。

認識阻害にんしきそがい』の仮面に触れて、自分が魔王であることを再確認する。


(……、ルキエ・エヴァーガルドは魔王じゃ)

(この仮面をつけている間は、魔王らしく振る舞わなくてはならぬ……)


 部屋には宰相さいしょうケルヴしかいない。

 だが、ドアの外には警備のミノタウロスがいる。廊下にはメイドたちもいる。

 彼らを不安にさせるわけにはいかない。

 仮面を着けている間は、できるだけ落ち着き、威厳いげんたもたなければいけないのだ。


「……すまぬな、ケルヴよ。もう落ち着いた」

「いえ、お気持ちはお察しいたします。私も、この件については予想外でしたので」

「……じゃろうな」

「それで、トールどのの今後についてですが──」

「なにも変わらぬ!」


 魔王ルキエは宣言した。


「帝国貴族のしたことなどで、トールの扱いが変わってたまるか。あの者は帝国からの使者で、魔王領の賓客ひんきゃくであり、余の直属の錬金術師じゃ。なにも変わらぬ!」

「私も、異存はございません。トールどのは、すでに魔王領の重要人物ですからね」


 宰相ケルヴは一礼し、それから、目を伏せて、


「ですが今回の件について、他の者にはどこまで伝えますか?」

「交渉の結果については伝えてもよい。じゃが、トールの件については、できれば余となんじだけの秘密としたい」


 トールは魔王領の賓客だ。それは変わらない。

 だが、彼が実の父に利用されようとしていた事実は──あまりにもつらすぎる。

 魔王領の皆に、知られたくはない。

 皆が気を遣うことで、トールが引け目を感じるかもしれないからだ。


(トールには、のびのびと研究をして欲しいのじゃから)


 そう考えて、魔王ルキエはうなずいた。


「ライゼンガも、この件は極秘ごくひにしたいと書いてある。余も賛成じゃよ」

「トールどのご本人には、どうされますか?」

「……それは」

「将軍はトールどのには、辺境伯が言ったことについて伝えるべきではないと書かれております。ですが、私はそうは思いません。今後、帝国からトールどのに手紙が来ることもありましょう。その際、今回の件を知っているかどうかで対応が変わります。情報がなければ、間違った対応をしてしまうかもしれません」


 宰相ケルヴはうつむいたまま、そう言った。


「ですから、私はありのままを、トールどのに伝えるべきだと思います」

「……そうじゃな」

「城内でこの件を知るのは陛下と、このケルヴとのみ。ならば、私がトールどのに──」

「トールは余の錬金術師れんきんじゅつしじゃ」


 魔王ルキエは、ゆっくりと首を横に振った。


「今回のことは、余からトールに伝える」

「よろしいのですか、陛下」

「これは余の責任じゃ。鉱山の開発に許可を出したのも余であり、帝国との交渉を許したのも余じゃ。ならば、その結果についても……余が責任を取らなければなるまい」

「……陛下」

「ちょうどトールの部屋を訪ねようと思っておったところじゃ。その席で伝えよう」


 魔王ルキエは、玉座から立ち上がった。

 顔半分を覆う仮面の下、口元だけで笑ってみせる。


「なぁに……余は、魔王じゃぞ。これくらいのこと、普通に、なんでもないことにように、トールに伝えてみせるのじゃ」

「……承知いたしました。お願いいたします。陛下」

「うむ。任せておけ」


 うなずいて魔王ルキエは歩き出す。

 膝をついたままの宰相ケルヴの横を通り過ぎる。


「──私は、トールどのに感謝しているのです」


 ふと、宰相ケルヴがつぶやいた。


「ライゼンガ将軍の『原初の炎』の誓いがあったからこそ、私は将軍の報告がすべて事実だと信じることができました。将軍はなにも隠さず、ありのままを伝えてくれたのだと、心から信じることができたのです」


 宰相ケルヴは正面を見据えたまま、告げる。


「帝国貴族の陰謀いんぼう巧妙こうみょうでした。もしも、私たちが将軍を完全に信じることができなければ……将軍が少しでも事実を隠していたら……私たちと将軍の間には、埋められない溝ができていたかもしれません」

「……そうじゃな」

「将軍の『原初の炎』の誓いのきっかけになったのは、トール・リーガスどのです」


 玉座の間に、宰相ケルヴの声が響いていた。


「私は宰相さいしょうとして、トールどのに恩義おんぎがございます。もしもトールどのが望むことがあるならば、私はできる限りのことをするつもりです」

「そんなことを言って……トールが山のようにマジックアイテムを持ってきたらどうするのじゃ」

「そ、それは……」

「……お主の気持ちは伝えておくよ。ありがとう、ケルヴ」


 そう言って、魔王ルキエは玉座の間を出ていったのだった。







 十数分後。

 魔王ルキエはトールの部屋の『簡易倉庫』の中にいた。


 今日はお茶会の日だ。

 目の前には、メイベルが淹れてくれたお茶と、熱々の焼き菓子がある。

 トールとメイベルは新作アイテム『レーザーポインター』の話題で盛り上がっている。

 ルキエも話は聞いている。

 魔獣討伐の前に、一緒にあのアイテムの実験をすると約束していたのだ。


「ルキエさまも、あの『レーザーポインター』は気に入ってくれると思います」

「私の魔術の飛距離がすごく伸びたんですよ。自分でも信じられないくらいです」


 トールとメイベルは焼き菓子をつまみながら、笑っている。

 つられてルキエも笑顔になるが──それが微妙に、ひきつってしまう。


(──帝国との交渉の中で起きたことを……トールに伝えなければ)


 そう思いながら、魔王ルキエは焼き菓子をかじる。

 この焼き菓子を飲み込んだら──このお茶を飲み込んだら──

 トールとメイベルは笑っている。邪魔したくない。話をするのは、話題が途切れてから──

 せめてあと3分──1分。


 そんなことを繰り返しているうちに、ルキエは自分の失敗に気づいた。

 帝国のことを伝えるなら、玉座の間でするべきだったのだ。


 ルキエの手は無意識に、『認識阻害にんしきそがいの仮面』を探していた。

 あの仮面があれば、ルキエは魔王として話をすることができるからだ。

 仮面の魔王としてなら、部下に話をするのも、罰を与えるのも難しくはない。


 でも、ここは友人同士のお茶会の席だ。

 ルキエも仮面を外して、ひとりの少女──トールの友人としてここにいる。


 その席で、彼の父親がしたことについて話すのは、つらすぎた。

 そんな当たり前のことを、今になって気づいてしまったのだ。


(でも……言わなければならぬ。余の役目なのじゃ)

(トールは以前、『自分は帝国から送り込まれた人質でにえ』だと、なんでもないことのように話してくれた)

(同じようにすれば大丈夫じゃ……きっと大丈夫。トールは、わかってくれる)


 魔王ルキエは、ゆっくりと深呼吸。

 トールとメイベルが話を止めたタイミングで、口を開く。


「あ、あのな。トール。ライゼンガのところで行われていた、帝国との交渉についてなのじゃが」

「はい。ルキエさま」


 トールがお茶のカップを置いて、ルキエの方を見た。


「そ、その交渉で、ちょっとしたトラブルがあったのじゃ……ちょっとした、ことがな」


 自分の声が、震えているのがわかった。

 それでも必死に、ルキエは説明を続ける。


「こ、困ったものじゃよなぁ……その席で、帝国の辺境伯とやらが……とんでもないことを言い出してなぁ……」

「はい」

「まったく、ろくでもない貴族……が、いたものじゃ……こともあろうに…………ラ、ライゼンガを利用して…………奴に銀の横流しを……させてな……一部を賄賂わいろとして……ライゼンガに戻して…………り、りえきを……得て、な……それを……それを」

「ルキエさま!? どうしたんですか!?」

「陛下! 魔王さま!?」


(あれ?)

(どうしてトールとメイベルは、びっくりしているのじゃろう)


「……へんきょうはくは……いったのじゃ……鉱山から出る銀を……横流し、して……ライゼンガに……ライゼンガにな……わいろを…………おくってな。それが……魔王領にばれたときには…………」


 ぽた。

 ぽたり。


 目が熱いと思った。

 テーブルの上に、水滴すいてきが落ちた。


「…………こ、こともあろうに、トール……お主に罪を……なすりつけて……けして…………ひっく……けして……つまりは……ころ……して……それをしたのは……へんきょう、はくと……おぬしの…………おぬしの!」

「ルキエさま! 落ち着いてください……」

「陛下……どうして……」


 トールとメイベルの声が、そろった。


「「……どうして、泣いているのですか……」」


「……あ」


 言われて初めて、ルキエは自分が泣きじゃくっていることに気づいた。

 声も震えている。顔を手でぬぐうと、涙でぐしゃぐしゃだ。


 魔王なのに情けない──そう考えて、ここがトールの作った『簡易倉庫』だということを思い出す。

 ここは素顔になって、一人の女の子になっていい場所。

 だったらいいか、と思って、ルキエは涙を止めるのをあきらめた。


「…………じゃ、じゃからな。ていこくの……ものが……トールを……トールを……」


 もう、無理だった。


「…………ひっく。うくっ。あのな。トール……お主はなにもわるくない……わるくないのに……ひどいことを言ったやつが……!! のだいじなトールに……あんなひどい、こと……を……うぅ」

「お、落ち着いてください、ルキエさま!」

「話はゆっくりうかがいますから。ね」


 優しい目で自分を見つめるトールとメイベル。

 それを見ても、ルキエの涙は止まらず。

 結局、涙声のまま、彼女は帝国とトールの父について、すべてを話し終えたのだった。





 ──トール視点──




「そんなことがあったんですか……」


 ルキエの話を聞き終えた俺は、ため息をついた。


「わかります。うちの父親のやりそうなことですから……」

「…………うぅ。ぐすっ」

「泣かないでください。お茶でも飲んで落ち着いて……って、冷めちゃってますね」

「すぐにれ直しますね。少々お待ち下さい。陛下」


 メイベルが急いでヤカンを火にかける。

 やがてお湯が沸いて、3人分のお茶がテーブルに並ぶ。

 それに口をつけて……ため息をついて、


「……取り乱して、すまなかった」


 ルキエはやっと、落ち着いたみたいだった。

 いつもの黒いワンピースの胸を押さえて、ルキエは、ほぅ、とため息をついて、


「……冷静に伝えるつもりじゃったのに……逆に……お主たちを困らせてしまった……」

「大丈夫です。ルキエさまのおっしゃりたいことは、ちゃんと伝わりましたから」


 いきなり泣き出してしまったのは、びっくりしたけど。

 ルキエの話の内容は、ちゃんと伝わってる。


 ライゼンガ将軍は予定通り、帝国のガルア辺境伯と会談をしたそうだ。

 その席でガルア辺境伯は、将軍に魔王ルキエをだまして、帝国に銀を横流しするように頼んだ。

 そして、それがルキエにばれたときには、俺に罪をなすりつけるようにと言ったらしい。


『トール・リーガスが帝国に戻る裏工作のために、将軍をだまして、銀を使っていたことにしましょう』とか。

 どう考えても通る理屈じゃないんだけど。


 そもそも俺は、帝国に戻る気はないし。ルキエもそれは知ってるし。

 ライゼンガ将軍がそんな話に乗るわけがないし。


 その辺境伯って、魔王領の人たちに興味がないんだな。

 少しでも将軍のことを知ってれば、そんな話が通じないってのはわかったはずなのに。


 で、その話を聞いたライゼンガ将軍は激怒げきどした。

 辺境伯を追い出して、あらいざらい手紙に書いて、ルキエに伝えた。

 帝国も辺境伯のミスに気づいて、謝罪しゃざいの手紙を送ってきた。

 その書簡に書いてあったそうだ。


 俺に罪をなすりつけようとしたのは帝国の総意ではなく、一部の貴族の暴走だと。

 その貴族とは、ガルア辺境伯とリーガス公爵──つまり、俺の父親だと。

 ルキエは、それを俺に伝えようとしてくれたんだ。


「……余は、信じられないのじゃ。どうしてこんなにひどいことができるのか」


 泣きはらした目をこすりながら、ルキエは言った。

 空いた手は、なぜか、ずっと俺の手を握ってる。

 ルキエが泣いてるとき、うっかり俺が頭をなでちゃったときからだ。

 それからルキエはずっと、俺の手を放さそうとしない。


「仮にも……リーガス公爵はトールの親じゃろう!? 人質……いけにえとして魔王領に追放しただけでなく、この期に及んでもお主を利用しようなどと……余には信じられぬのじゃ」

「……ルキエさま」

「こ、この話をしたあと……トールがどんなに悲しむか考えてしまったら……な、泣けてきてしまって……トールが、気の毒で……どうしようもなくなってしまったのじゃ……」

「ルキエさまは、いい人ですね」


 俺は言った。


「こういったら失礼ですけど……ありがとうございます。俺のために、泣いてくれて」

「……う、うるさい。すごく恥ずかしかったのじゃぞ」


 ルキエは赤い目を細めて、俺を見た。

 それから、肩を落として、


は……魔王としては、まだまだじゃな。仮面を着けた状態なら冷静に……お主に事実のみを伝えることができたじゃろうに。仮面を外したとたん、泣き出すとはな……自分が情けないのじゃ」

「ここはお茶会の席ですよ。ルキエさま」


 俺は言った。


「『ここではルキエと呼べ』と言ったのはルキエさまじゃないですか。いいんですよ。ここは秘密の場所なんですから。そういうことにしておきましょう」

「……う、うむ……そうじゃな」


 ルキエはメイベルが差し出したハンカチで顔をぬぐい、うなずいた。


「トールは余の友じゃからな。友がひどい目にあったのに……泣けないようでは……それこそ恥ずかしいからな。トールが泣かない分、余が泣いた。それでいいのじゃ」

「俺としては、ルキエさまを泣かせた分、うちの親父をぶん殴りたいですけどね」

「そのためにお主を帝国に行かせる気はないぞ」

「わかってます。言ってみただけです」

「……じゃが、余はわからぬ。どうしてお主の父親は、ここまでするのじゃ? トールが邪魔だったのなら、魔王領に追放しただけで十分ではないか。どうして……罪をなすりつけて……利用して……」

「泣かないでください。ルキエさま」

「……泣いておらぬ」


 代わりにルキエは手に、ぎゅっ、と力をこめた。

 しばらくは俺の手を放す気はないみたいだ。

 そこまで心配させちゃったのか……。


「俺は、どこにも行きませんから」

「……ん」

「それと、俺の父親がここまでする理由ですけど……たぶん、帝国の方針が原因のひとつだと思うんです」

「帝国の方針じゃと?」

「ドルガリア帝国が、強さを至上としている……強さ第一主義だというのは話しましたよね。そのせいで、俺が追放されることになったってことも」

「……うむ」

「そのために、トールさまはお父さまにうとまれたと聞いております……」


 ルキエがうなずき、メイベルは心配そうに俺を見てる。

 俺は続ける。


「当然、父──いや、リーガス公爵も強い戦士です。そして公爵の父親は『剣聖』と呼ばれる剣の達人でした。俺の祖父です。でも祖父は……としを取ってからはお酒が大好きになって……酔ったところを盗賊に殺されちゃったんですよ」

「……え」

「……そうなのですか?」

「当時は俺も小さかったから、よく覚えてないんですけどね。ただ、子供心に思ったんです。いくら強くなったって、すきを突かれたら殺される。としを取って弱くなることもある。なのに強くなればなるほど、自分を倒して名を上げようとする者にぶちあたるんですよね……」


 祖父を殺した盗賊も、実は最強を目指していた戦士だったって話もある。

 剣聖になるために、祖父もたくさんの相手と戦ってたらしいからね。あり得ない話じゃないんだ。


「だったら、最強を目指すのはあんまり意味ないんじゃないか。錬金術スキルを活かして、頭脳労働をやった方がいいかなって、俺はそんなふうに思うようになったんです」

「トールらしい発想じゃな」

「目に見えるようです」

「だから、最初から俺は強者きょうしゃを目指すのをあきらめてたんです」


 でも、帝国の人々は、みんな強い者になろうとしてる。

 それは帝国のいしずえを作った勇者の強さが桁外けたはずれだったからだ。

 この世界の人の強さを100としたら、勇者の強さは100000くらい。

 隙を突かれても大丈夫だし、多少おとろえても問題ない。


 だから帝国の人たちは、勇者のような強さを目指してる。

 安定した、最強の状態でいるために。


「だから帝国の人たちは──うちの父も含めて──勇者のようになるために、権力や功績や……使えるものはなんでも道具として使おうとしてるんじゃないかと」

「それが……公爵がお主を犠牲にしようとした理由か……?」

「たぶん、ですけどね」

「余にはまったく理解できぬぞ」

「安心してください。俺にもできません」

「……良かった」

「なにがですか?」

「トールと同じ考え方を持っていることが、うれしいのじゃよ」

「はい。私もトールさまと同じです。まったく理解できません」

「そっか」


 俺とルキエとメイベルはうなずいて、また、お茶を飲んだ。


「ところで、ルキエさま」

「なんじゃ、トールよ」

「……そろそろ、手を放していただいた方が……」

「……う、うむ」


 ルキエは、真っ赤な顔でうつむいて、


「すまぬ。余は、トールが父親にひどいあつかいを受けたことを知って、すごくさみしくなったのじゃ。あんな父親のもとで暮らしていたことを考えてしまってな。そのとき、側にいられなかったことが、悔しくて、それでつい、手を握ってしまったのじゃ」

「そうだったんですか……」

「せめて今日はトールがさみしくないように……眠るまで手を繋いでいたいのじゃが……いや、さすがにそれはわがままじゃな」

「うれしいですけど。ちょっと難しいですね」


 俺は、誰かと手を繋いで眠ったことはないから……魅力的な提案ではあるんだけど。


「陛下は女の子なんですから。俺と一緒に眠るのは──」

「な、なにもせぬぞ! た、ただ、手を繋いで眠りたいだけじゃ」

「陛下。お気持ちはわかりますけれど……」


 メイベルが困った顔になる。


「眠るまでというのは無理だと思います。陛下がトールさまのお部屋に泊まるわけには参りませんし、陛下の自室は男子禁制です。別室にはメイドたちも控えております。トールさまをお部屋に入れるのは……無理だと思います」

「そうじゃな。わかっておるのじゃ」


 残念そうにつぶやくルキエ。

 彼女にも、無理なお願いだってわかってるんだろう。


 でも、俺は魔王陛下の錬金術師だ。

 なにか方法を考えてみよう。


 もちろん、難しいとは思う。

 ルキエが俺の部屋に泊まることもなく、ルキエの自室に俺が泊まることもなく。

 お互いが自室にいながら、手を繋いで眠る方法なんて──



「あった」



『通販カタログ』を開いてみたら、使えそうなものがあった。

 すごいな、勇者の世界の本!

 こんな事態にも対応できるようになってるのか……。


「あの、ルキエさま」

「うむ。トール」

「ルキエさまが『俺』の手を握って眠るか、俺が『ルキエさま』の手を握って眠ればいいんですね?」

「そうじゃな。それなら……おたがい、さみしくないからの」

「わかりました。では、これを作ってみます」


 俺は『通販カタログ』のページを指し示した。


「ちょっと変わった素材が必要なんですけど、手伝ってもらえますか?」

「これでなんとかできるのか? いや、いくらトールでも無理では……」

「大丈夫ですよ、陛下。トールさまが作られるものですから」


 笑みをうかべてうなずくルキエとメイベル。

 俺は『通販カタログ』を確認する。

 本当にこのアイテムなら、ルキエの願いを叶えることができるかもしれない。


 リーガス公爵のことは、もう、どうでもいい。

 でも、ルキエが喜ぶなら、マジックアイテムのひとつくらい作ってあげよう。

 俺は彼女直属の錬金術師だからね。


 そんなわけで、俺は安眠用のマジックアイテムを作ることにしたのだった。

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