第31話「快適な寝具をつくる」
「今回作るのはこれです」
俺はルキエとメイベルに、『通販カタログ』のページを開いた。
そこに
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『最新型 抱きまくら』
最近枕が合わない、寝付きが悪い、そんなお悩みはございませんか?
それなら最新型の抱きまくらで、優しい眠りを体験しましょう!
この抱きまくらは、魔法のような新素材で作られています!
表面はなめらかに、内部は、包み込むようにやわらかく。
まるで大事な人を抱きしめているような感覚を実現しました!
布地は人肌のように優しく、きめ細かに、自由に伸び縮みします!
内部の特殊ビーズによって、お客さまの好きなように形を変えることもできます。
形状は自由自在。あらゆるかたちに変化します。
毎日違う姿にするもよし、お気に入りの姿にするもよし。
どんなふうに抱きしめるかは、あなた次第です!
あなたの心配ごとも悩みも、この抱きまくらがいやしてくれます。
大事な人が側にいないとき、どうぞ、この抱きまくらをお側においてください。
大好きな人と繋がっているような感覚を、いつでも実感できます!
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「「「……おおー」」」
俺とルキエ、メイベルは感心しながら『通販カタログ』を見つめていた。
「なぁ、トールよ」
「はい。ルキエさま」
「これがどうして、余とトールが手を繋いで眠ることの代わりになるのじゃ?」
「俺はこの『抱きまくら』が、人の姿に変身すると思っているからです」
「──な!?」
ルキエが目を見開いた。
「いや……確かに『大事な人を抱きしめているような感覚』、『大好きな人と繋がっているような感覚』とあるが、この『抱きまくら』が変身するというのは考えすぎでは……」
「でも、この『抱きまくら』を見ていると、俺はある勇者の伝説を思い出すんです」
「勇者の伝説だと?」
「魔力を操り、自由に姿を変化させていた……『
「「──あ」」
ふたりとも、気づいたようだ。
かつて異世界から召喚された勇者の一部に、自由に姿を変える魔術を使える者がいたことに。
「おった。確かにおったぞ。あやつは姿を変えて、魔王軍に潜入したのじゃった」
「正体がばれたら、ドラゴンに変身したんですよね……。私も知っています」
「その勇者が使っていたのが『
俺は『通販カタログ』を指さして、続ける」
「つまり『好きな形にできる特殊ビーズ』ですよね?」
「……た、確かに」
「言われてみれば……おっしゃる通りです」
伝説を思い出しているのか、ルキエとメイベルは真剣な顔でうなずいてる。
「あの勇者は正体がばれたあと、偽りの身体が
「トールさまはこの『抱きまくら』が、それと同じ能力を持っているとお考えなのですね?」
「うん。だから『通販カタログ』には、『
変身勇者の伝説は、帝国でもさんざん聞かされた。
その勇者が使っていた『魔力の粒』と同じように、この『抱きまくら』にも魔力で自由に配置を変えるビーズ──細かい粒が入っているんじゃないかと思う。
だから、このカタログには『大事な人を抱きしめているような』って書いてあるんだ。
勇者の変身能力は、家族でも見破れなかったって伝説があるからね。
「……確かに、勇者世界のアイテムが、ただの『抱きまくら』とは思えぬ」
「……では本当に、この『抱きまくら』には変身能力が……?」
「それは作ってみればわかるよ。成功すれば、この『抱きまくら』を俺の形に変形させて、ルキエさまは俺の手を握ったまま眠ることができますから」
「……ううむ」
「私は賛成です! ぜひ、お手伝いさせてください!」
ルキエは難しい顔。
メイベルはやる気十分だ。
「陛下がご不要というなら……この『抱きまくら』はぜひ、私が使わせていただきたいです。トールさまがどんな抱きごこ──いえ、この枕がどんな抱き心地なのか、気になりますから」
「いやいや、トールの手を握って眠りたいと言ったのは余じゃから!」
なにか決心したように顔を上げるルキエ。
「なんだか当初の目的と違うような気もするが……許す! 寝心地のいい枕ができれば、魔王領のものたちもよく眠れるようになるじゃろう! そうすればみんな快適に過ごせるはずじゃ!」
「はい。ルキエさま」
「必要な素材は余が準備させる。やってみよ、トール!」
よっしゃ。許可が出た。
さっそく作り始めよう。
俺は必要な素材について、ルキエとメイベルに伝えた。
「持って来たのじゃ。取り出すぞ、トール……よいしょ」
しゅる、と、『超小型簡易倉庫』から、真っ白なシーツが飛び出した。
ルキエにお願いした、布の素材だ。
彼女はメイドたちに命じて、余ったシーツを準備してくれたんだ。
「こちらも準備できました。トールさま!」
続けてメイベルが取り出したのは、
これはスララ豆と言って、軽くて中身はスカスカで食べられない。
代わりに豆の
魔王領にもあったみたいだ。よかった。
「ありがとうございます。ルキエさま。メイベル」
「他に必要なものはあるか?」
「なんでもおっしゃってください。トールさま」
「残りの素材はこっちで用意しました。あとは見てて。それじゃ……魔石を用意して、と」
俺は宰相さんから準備してもらった魔石を、テーブルの上に並べた。
これらの魔石に、魔力は含まれていない。
魔力を使い切ったからっぽの魔石だ。今回はこれを使おう。
「それじゃはじめます。発動──『
俺はスキルを起動した。
まずはテーブルの上にシーツを広げる。
その上に、魔石を並べていく。
シーツと魔石を合成して、魔力に反応する布を作ろう。
「──『
ふるん。
スキルを発動すると、シーツに乗せた魔石が震え出す。
氷が溶けるみたいに、薄く、広がって、シーツに溶け込んでいく。
よし。『素材錬成』成功だ。
『
魔力に反応して『自由に伸び縮みする布』の完成だ。
次にスララ豆の
こっちも同じく『素材錬成』して、っと。
「ルキエさま。ちょっとこの豆に手をかざしてみてください」
「う、うむ。こうか?」
「はい。それで、好きなかたちになるように念じて──たとえば、丸とか三角とか」
「丸と三角? 丸と三角………おおおおおおっ!? な、なんじゃこれは!?」
「豆の
よし。できた。
小さな豆の
「いいみたいです。じゃあ、仕上げをしますね」
俺は『通販カタログ』の『抱きまくら』のページをじっと見つめる。
頭の中にイメージを焼き付けて──
「『抱きまくら』のイメージ図を展開!」
宣言すると、空中に半透明の『抱きまくら』が浮かび上がった。
大きさは、俺の身長と同じくらい。太さも、俺の胴回りと同じくらいでいいだろう。
俺はイメージ図を、テーブルの上に移動させる。
置いておいたシーツと豆の
シーツは抱きまくらの外側に、豆の
それと、『抱きまくら』がやわらかくなるように、水属性を付加しよう。
水はなめらかで、どんな形にもなることができる。
水属性を付加することで、同じような特性を与えることができるから。
続けて通気性が良くなるように、風属性も付加。
これで暑くて寝苦しい夜も安心だ。
ついでに抱きまくらカバーも作っておこう。
カバーには魔力を
魔力には、その人ごとの特性があるからね。誰かがカバーに魔力を注入して『抱きまくら』にかぶせることで、形が変わるようになるはずだ。
最後に『創造錬金術』で、これでいいか再確認。
うん……よさそうだ。じゃあ、仕上げといこう。
「実行。『
ふわさっ。
テーブルの上に、長さ約2メートルの『抱きまくら』が出現した。
「おおおおおおおおっ! す、すごいのじゃ……」
「これが勇者世界の……『抱きまくら』なんですね……」
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『抱きまくら (本体)』(レア度:★★★★★★★★★★★☆)
(属性:水水・風)
魔力に反応する布と、魔力に反応する豆の
強い水属性により、なめらかな肌触りと、自由な変形能力を持つ。
風属性により、すばらしい通気性を持つ。
使用者の魔力や思考に反応して、形を変えることができる。
最高クラスの抱きまくらであり、普通の枕としても使用可能。
頭の下に敷けば首のかたちに沿って変形し、背中に敷けば、背骨のかたちに沿って変形する。
物理破壊耐性:★★★★★ (あらゆる衝撃を吸収してしまうため、とても壊しにくい。
耐用年数:5年
備考:丸洗いOK。
・オプション
『抱きまくらカバー』(レア度:★★★★★★★★★★★★★☆)
(属性:水水・風・光)
強い水属性により、なめらかな肌触りと、自由な変形能力を持つ。
風属性により、すばらしい通気性を持つ。
光属性により、表面の色や模様を自由に変えることができる。
『抱きまくら』専用のカバー。
本体よりも、魔力を溜める能力が高くなっている。
『抱きまくら』本体にかぶせることで、抱きまくらそのものを、好きな姿かたちに変えることができる。
・使い方
(1)対象者がこのカバーに触れて、魔力を注入します。
(2)使いたくなったときに、カバーを『抱きまくら』にかぶせます。
(3)カバーと本体が、魔力を注入した人そのものに変わります。
変形持続時間:1時間。
魔力を注入した人が近く (同じ建物の中くらい)にいて、本人が同意した場合のみ、枕と本人の感覚共有が可能です。
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「それじゃメイベル。実験につきあってくれる?」
「はい。トールさま。どうすればよろしいですか?」
「この『枕カバー』を持った状態で、魔力を注いでくれればいいよ」
俺は無地の『枕カバー』を、メイベルに手渡した。
「そ、それでは、やってみますね」
メイベルはそれを、ぎゅ、っと抱きしめる。
彼女が目を閉じると──『枕カバー』が白く光り始める。
「トールよ。なにが起こっておるのじゃ?」
「布地に溶け込んだ魔石が反応してるんです」
「そうか! 魔石には、魔力を吸収する能力があるから──」
「はい。カバーがそれを吸収してるんです」
「魔力には個人の情報も含まれている。だからメイベルの魔力を吸い込んだカバーをかぶせれば……『抱きまくら』がメイベルの姿になるということか……?」
「……うまくいくといいんですけど」
やがて『枕カバー』の光が消えた。
十分にメイベルの魔力を吸収したみたいだ。
俺はそれを受け取って『抱きまくら』にかぶせる。
カバーの口を閉じると──
ふるふる。
『抱きまくら』が震え始めた。
光を放ちながら、ゆっくりと、かたちを変えていく。
所要時間は、数十秒。
光が消えると『抱きまくら』は、メイド服を着たメイベルに変化していた。
身長も、流れる銀色の髪も、本人そっくりだ。
真っ白な手足を伸ばして、曲げて、テーブルに腰掛けてる。
「わ、私がいます! 陛下……私が、もうひとりいますよ」
「す、すごい。メイベルそのものじゃ。これが勇者世界の『抱きまくら』か……」
「しかも、私が思った通りに動きます。右手を挙げて、左手を挙げて──すごいです。本当に、私にそっくり……」
「おそるべきは勇者の力──いや、すごいのはそれを実現してしまうトールか……」
「大成功ですよ! トールさま。すばらしいです!!」
メイベルは目を見開いて、自分そっくりの抱きまくらを見つめてる。
ルキエも感動してる。彼女から見ても、『抱きまくら』はメイベルそっくりに変形してるみたいだ。
目の前にいるのは、メイベルそっくりの
しかも魔力を与えたメイベルの意志の通りに動いてる。座ったり、両手を挙げたり。
『抱きまくら』は完成した。
これを俺の姿に変えれば、一緒に手を繋いで眠るというルキエの願いも叶えられるはず。
だけど──
「──失敗だ」
「「えええええええっ!?」」
俺は敗北感に打ちひしがれていた。
だめだ。
完成はしたけれど、これは勇者世界の『形態変化』スキルの足元にも及ばない。
「ど、どうしたんですかトールさま! ちゃんと『抱きまくら』は私になってますよ!?」
「そうじゃ。これはメイベルそのものになっておる。なにが不満なのじゃ!?」
「……これは、メイベルのかわいさの半分も表現しきれてないんです」
確かに、外見はメイベルそのものだ。
でも、なにかが違う。
製作者である俺には、それがわかってしまうんだ。
「トールさま……? な、なにをおっしゃっているのですか!?」
「メイベルのかわいさの半分も……? え、え、えええっ?」
「俺は……初めてメイベルに出会ったとき、森の妖精が現れたんだと思ったんです。こんなきれいな人が、この世界にいたのか。自分はまだまだ知らないことがいっぱいだ、って。それまで十数日間、馬車に閉じ込められていたことも忘れて、世界が広がったような気がしたんですよ」
「あ、あのあの。トールさま!?」
「い、いきなりなにを言っておるのじゃ!?」
「きらめく銀色の髪と、白い肌。きれいな長い耳。でも、メイベルの魅力ってそれだけじゃないですよね?
魔王領の森の中で、俺が転ばないように手をさしのべてくれたやさしさとか、大事なペンダントがこわれても、俺を心配させないように笑ってくれるけなげさとか、そういうものもメイベルの
そんなメイベルが側にいたから、俺は魔王領でもやっていけるかな、って思ったんです」
「──え、えっと。えっと。あのあの……!」
「う、うむ。むむむ」
「メイベルはいつも俺を支えてくれて、俺の実験にも付き合ってくれてます。喉がかわいたな、って思ったらお茶を出してくれて──いつも、俺を気遣ってくれて。そういうところなんですよ。メイベルの魅力って。そこにいてくれるだけで安らげるような……いてくれるだけで、うれしいなって思うようなところですね」
「……トールさま。も、もう、やめて。ゆるしてくださいぃ」
「……メイベルが照れてもだえるのは初めて見たぞ。貴重な経験じゃ……」
「で、そのメイベルの魅力が、この『抱きまくら』からは、あんまり感じられないんです。
勇者世界のアイテムであるからには、やっぱりそういうところも表現されるべきですよね?
それができない俺はまだまだ
思わず『失敗』って言っちゃったのはそういうわけなんです。あ、でも『抱きまくら』のメイベルが可愛いことには変わりないですよ? ただ、本人の足元にもおよばないってだけで…………って、あれ?」
「………… (ぴくぴく。ぴくぴく)」
「……トール。もう許してやれ。メイベルが限界じゃ」
気づくと、メイベルがテーブルにつっぷしていた。
ルキエは片手で俺の肩を叩いて、片手で俺の口をふさごうとしてる。
それで俺も、自分が語り過ぎてたことに気づいた。
「……ご、ごめん。メイベル。つい……語りすぎたら止まらなくなったんだ……」
「…………は、はい。だいじょぶ、です。ドキドキしてる、だけです」
でも、メイベルはまだ顔を上げない。
テーブルにつっぷしたまま、片手で胸を押さえてる。
隣で『抱きまくら』のメイベルも同じようにしてる。
そっくりだけど、やっぱり違いは一目で分かる。本物の方がかわいいからね。
やっぱり俺はまだ勇者には及ばない。
『形態変化』能力を使ってた勇者は、ドラゴンそのものにさえ変身したことがあるらしいから。
そのときは、鱗の一枚一枚まで完全に再現して、その正体をまったく気づかれなかったという。
それに比べれば、まだまだ俺は及ばないんだ……。
「というわけです。ルキエさま」
「なんの話じゃったっけ」
「いえ、この『抱きまくら』を使えば、ルキエさまは俺の手を握ったまま、自室で眠れるんじゃないかと」
「そういえばそうじゃった。そのために作ったのじゃよなぁ」
「どうしますか? 『枕カバー』をつけなくても、枕としてはかなり高機能だと思いますけど」
「……せっかくトールが作ったのじゃ。使わせてもらおう。でも!」
ルキエはなぜか、じっと俺の方を見て、
「『抱きまくら』とお主とでは、やっぱり違うのじゃからな! 本物の方がずっと……その……余にとっては大事で、重要人物なのじゃ。わ、忘れるでないぞ!」
「……は、はい」
俺は思わずうなずいた。
「……面と向かって言われると、恥ずかしいですね」
「メイベルの気持ちがわかったか」
「わかりました。じゃあ、次は『抱きまくら』をルキエさまの形にして──」
「また語るつもりじゃろう!? お主は余の心臓を止める気か!?」
そんなわけで、ルキエは『抱きまくら』『枕カバー』のセットをもらってくれた。
とりあえずは『メイベル型』になってたのを元に戻して、代わりに俺の魔力を注入。
あとは、寝る前に『枕カバー』をつければ、俺のかたちになるはずだ。
「……陛下。お願いがあるのですが」
「よいぞメイベル。今夜は一緒に寝るか?」
「わ、わかっちゃいましたか?」
「うむ。右手と左手、どちらが良いか決めておくがいい」
「はい。陛下」
「余も……久しぶりにメイベルとゆっくり話がしたかったからの。ちょうどよい」
「ありがとうございます。陛下!」
こうして、俺が製作した『抱きまくら』『枕カバー』の2点セットは、無事、ルキエに引き取られていった。
カバーをかけるまでは、ただの無地の『抱きまくら』だから、ルキエが自室に持ち込んでも問題なしだ。
メイベルがルキエの部屋に泊まるのも、メイド長に申請を出せば可能らしい。よかった。
ふたりとも、よろこんでくれてよかった。
作ったマジックアイテムをよろこんでくれるのは──うれしいな。
帝国や親父がなにをしようと、これが俺の仕事だ。
魔王領にこういうアイテムを普及させていって、ここをもっと快適な場所にする。
それが俺の仕事で、やりたいことだ。
帝国のことは、もう関係ない。
俺は自分の仕事ができて、それをよろこんでくれる人がいればいいんだから。
「さてと」
夜までにはまだ時間がある。
それまでに何枚か、魔石を溶かした布を作っておこう。
この素材は、抱きまくら以外にも使い道があるかもしれないからね。
そんなことを考えながら、俺はまた素材の
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