第114話「番外編:トールとルキエと『禁断のドレス』」

「創造錬金術」書籍版発売 (だいたい)1ヶ月前記念の番外編、第2弾です。

 各書店さまで表紙が公開されたので、「創造錬金術 表紙公開記念SS」でもあります。

 書籍版は5月8日発売です。

 トールとメイベル、ルキエの表紙が目印です。書店で見かけたときは、ぜひ、手に取ってみてください。


 さてさて。

 今回はトールの元に、とある服が届いたのですが……。



──────────────────




「おお、トールよ。ついにあの服ができあがったのじゃな!?」


 俺の部屋に入ってきたルキエは目を輝かせた。

 彼女が見ているのは、テーブルの上に置いたドレス。

魔織布ましょくふ』で作ったもので、ルキエが個人的に着て楽しむための服だ。


 ルキエは『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブを脱いで、少女の姿に。

 それから、テーブルの上のドレスを手に取った。


「楽しみにしておったのじゃ。まさか2着も作ってくれるとは……なんと素晴らしい」

「ありがとうございます。ルキエさま」

「では、さっそく──」

「2着とも燃やしましょう」


 俺は言った。

 ルキエの目が点になった。


「……トールよ。お主は今、なんと申した?」

「このドレスは失敗作です。2着とも燃やしましょう」

「待て待て待て待て!」


 慌てたように手を振るルキエ。

 気持ちはわかる。

 でも、これは仕方のないことなんだ。


「トールよ。落ち着いて話をしよう」

「はい」

「このドレスは、お主が余のために用意してくれたものじゃよな?」

「そうです。こっそり、城の服職人さんにお願いしました」

「メイベルが余のサイズに合うように採寸して、服職人に依頼したのじゃな?」

「その通りです。メイベルの仕事ですから、間違いないと思います」

「その上、お主は服職人に疑われないように『丈の短い服をメイベルに着てもらいたいんです。趣味です』とまで言ったのじゃろう!?」

「あれは恥ずかしかったです」

「おそらく服職人は、お主がメイベルに小さめサイズの服を着せて楽しんでると思っておるぞ」

「しょうがないですね」

「しょうがなくはない。余の服はケルヴが独自ルートで作っておると申したじゃろうに。そっちに頼めばよかったのじゃ」

「それじゃ俺からルキエさまへのプレゼントにならないじゃないですか」

「うむ。お主はそう言って押し切った。で、その服を、お主はどうすると?」

「2着とも燃やしましょう」

「だから! どうしてそうなるのじゃ!?」

「……わかりました。説明します」


 これは俺のミスだから、本当は話したくないんだけど。

 でも、やっぱり『服を作りました。燃やします』じゃ、納得してもらえないか。

 仕方ない。ちゃんと説明しよう。


「この服には、ルキエさまに似合うように『闇の魔織布』が使われています」

「うむ」


 ルキエはテーブルの上に置かれた服に触れた。

 彼女が魔力を注ぐと──白かった服が、一瞬で黒く染まる。

 2着とも、反応は同じだ。


「こういうことじゃな。余の魔力でこのドレスは黒くなる。強い『闇の魔力』を持つ余にはふさわしいと、お主はそう申したであろう?」

「はい。でも、片方は『闇の魔織布』じゃないんです」

「……なんじゃと?」

「片方は『光・闇の魔織布』でできてるんですよ」


『闇の魔織布』は触れたものの魔力に反応して、黒く染まる。

 でも『光・闇の魔織布は』、魔力に反応して黒く染まるか、あるいは透明になるんだ。

 その順番はランダムで、作った俺にも計算ができない。

 つまり、このドレスは、着ると一定確率で透明になってしまうんだ。


「いや、おかしいじゃろ? どちらも黒にしかならぬぞ?」


 ルキエは2着のドレスに触れて、放してを繰り返してる。

 そのたびにドレスは白から黒へ変化する。透明にはならない。

 まぁ……そうなんだけどね。


「それに、お主のスキル『鑑定把握』なら、『闇の魔織布』と『光・闇の魔織布』を見分けられるはずじゃ。なのに──」

「実は……この布を作るときに、とある実験をしまして」

「実験じゃと?」

「はい。普段だったら『光の魔石』と『闇の魔石』を半分ずつ使うんですが、それを『闇の魔石』が99.9%、『光の魔石』が0.1%の割合で作ってしまったんです」

「なんと!?」

「そうすることで確率が操作できないかな……と思いまして。でも、そのせいで、俺の『鑑定把握』でも区別がつかなくなってしまったんですよ」

「そ、そうなのか?」

「というか『鑑定把握』でも区別がつかないような『魔織布』にしたかったんですけどね」

「……どうしてそのようなことを」

「錬金術師として、自分を鍛えるためです」


 でも、そのせいで『光・闇の魔織布』は『闇の魔織布』と区別がつかなくなった。

 しかも、そのまま『闇の魔織布』と一緒に、服職人さんに渡してしまったんだんだ。

 そうしてできあがったのが、この2着のドレス。

 つまり──


「この2着のドレスのうち1着は『魔力を注ぐと真っ黒に染まるドレス』で、片方は『魔力を注ぐと黒か、ごくごくまれに透明になるドレス』なんです」

「ぶっそうなものを作ったものじゃな……」

「夕べ一晩かけて、魔力を注いだり、注ぐのをやめたりしてみたんですけどね。どちらも、1度も透明にならなかったんですよ」

「それで眠そうなのじゃな?」

「200回くらい試しました。でも……」

「それでも区別がつかなかったのじゃな」


 ルキエはあきれたような顔で、俺を見た。


「じゃが、そこまでしても透明にならなかったのなら、それはもう『闇の魔織布』ということでいいのではないか?」

「ルキエさま。よくお考えください」

「なんじゃ?」

「例えばコイントスを200回するとします」

「ふむ」

「すべて裏が出たとして、それは裏しか出ないコインと言えるでしょうか?」

「……言えぬな」

「それと同じです。たとえて言うならこのドレスはどちらも、200回振ってすべて裏──つまり、黒い面が出たドレスなんです。でも、表──透明な面が出ないとも限らない。でも区別はつかない。だから、処分するしかないかな、と思ったんですよ」


 残念だけど、しょうがない。

 錬金術師として、透明になるかもしれないドレスを、ルキエに渡すわけにはいかない。

 人でも魔神でも亜人でも、普通に生活してれば魔力を発する。

『魔織布』はそれに反応してしまうんだ。


 もちろん、個人的に着て楽しむドレスなら透明になっても構わないかもしれないけど……でも、俺には錬金術師とし、ちゃんとしたものを渡す責任がある。

 それに、ルキエはドレスを着ているところを、俺やメイベルに見せたいはず。

 というか、俺が見たい。

 だから、ルキエに危険なドレスを渡すわけにはいかないんだ。


「……ふむ」


 ルキエはしばらく、考え込んでいるようだった。

 2着のドレスを順番に手に取り、手触りを確かめている。

 それから強い視線で、俺を見て、


「トールよ」

「はい。ルキエさま」

「どちらのドレスが、余に似合うと思うか」

「……え?」


 あの……説明しましたよね? ルキエさま。

 そのドレスは危険だって。透明になるかもしれないって。


 でも、ルキエは、じっと俺を見つめたまま。


「構わぬ」

「ルキエさま?」

「透明になるかどうかは別の話じゃ。余は、どちらのドレスが似合うと思うか聞いておるのじゃ」

「……えっと」


 ドレスは、ほとんど同じかたちをしている。

 両方とも肩紐がないタイプで、スカートも短い。

 ただ、片方は胸のあたりに装飾が多くて、もう片方は裾にリボンがついている。

 どちらかというと、ルキエに似合うのは前者だと思うんだけど……。


 そう思って、俺は胸に飾りがついた方を指さした。


「わかった。では、こちらをもらおう」


 ルキエはにやりと笑って、俺が指さしたドレスを手に取った。


「では、着てみるとしよう。倉庫を借りるぞ」

「お待ちください。ルキエさま」

「お主の心配はわかる。じゃが、ドレスを作るのは、余が依頼したことじゃ」


 ルキエはドレスを胸に抱いたまま、宣言した。


「たとえ多少の失敗があったとしても、余が依頼したものであれば受け入れよう。それに、お主の考えでは、透明になるのは1000回に1回なのじゃろう?」

「そうですね。魔石の割合としてはそうなりますけど……」

「ならば、このタイミングで透明になることもなかろう?」

「……ですが」

「では別の質問をしよう。錬金術師の直感として、お主はどちらが『闇の魔織布』じゃと思う?」


 再び聞いてくるルキエ。

 俺の直感か……自信はないけど。


 俺は、ルキエが手にしているドレスを指さした。

 ルキエは、満足そうにうなずいて、


「では、問題はないな。着替えるゆえ、そこで待っておれ」


 ぱたん、とドアを閉じて、倉庫に入って行ったのだった。






「……着てみたが。どうじゃ。感想を聞かせよ」

「最高ですね」


 ドレスは、ルキエにぴったりと合っていた。

 倉庫の中でルキエは、髪をおろしてきたらしい。そのせいで胸元の花飾りに、金色の髪がからみついている。それだけでただの飾りが、まるで名工が作った装飾品のように見える。

 肩紐がないせいか、ルキエの白い肩と鎖骨がはっきりと見えている。

 彼女がくるりと回ると、背中の大きなリボンが羽根のように揺れる。


 黒いドレスとルキエは、セットでひとつの芸術品のようだった。

 正直、ため息しか出ない。


「……もうちょっと他に感想はないのか?」

「……素晴らしすぎて、最高以外の言葉が、すべて余計なもののように思えるのです」

「そ、そうか」


 ルキエは照れたように、頬を掻いた。


「余も気に入ったぞ。これは素晴らしいドレスじゃ。燃やすなど余が許さぬ」

「そうですね……」


 うん。これは燃やせない。

 これはルキエの魅力を引き立てるのに必要なものだ。もったいなくて処分なんかできない。

 それに──


「透明には、ならないような気がしますから」

「そうじゃな。お主の直感が当たっていたようじゃ」

「『光・闇の魔織布』は、もう片方のドレスだったんですね」

「間違いなかろう。本当は……あちらも着てみたいのじゃがな」


 ルキエが名残惜しそうな顔で、もう片方のドレスを見てる。

 裾にたくさんのリボンが施された、かわいらしいものだ。

 着たところを見たいけど……まぁ、透明になっても困るからな。


「やはり、トールと会うときはこの、胸に飾り物がついた方を着るのが良いようじゃな」

「はい。俺もうれしいです」

「ふふっ。そうか」


 ルキエがそんなふうに笑ったとき──




「あれ? 陛下、いらしていたのですか?」




 部屋のドアが開いて、メイベルが顔を出した。


「あ、服職人さんに依頼していたドレスですね。完成したのですか」

「うん。今、ルキエさまに試着してもらってるんだ」

「ええ、陛下もうれしそうでよかったです。でも、トールさま」

「どうしたのメイベル」

「ドレスのうちひとつを『光・闇の魔織布』で作られたのはどうしてですか?」


 ……あれ?

 なんでメイベルが、そのことを知ってるの?


「服職人さんからドレスを見せていただいたとき、私が触れたら、片方が透明になったのです。このドレスは私が着ることになっていましたので、先に見せてくれたみたいですね」


 メイベルは言った。


「それで、区別がつくように、『闇の魔織布』の方はスカートの裾にリボンを、『光・闇の魔織布』の方は、胸元に花飾りをつけるようにお願いしておいたのです」

「「……え?」」

「注意書きを付けておいたかと思うのですが……」


 メイベルの言葉に、俺とルキエはテーブルの方を見た。

 あった。小さな羊皮紙が。テーブルの下に落ちてる。

 ルキエがドレスを手に取ったときに落ちたんだね。きっと。

 俺は『魔織布』の問題で頭がいっぱいだったし、ルキエはドレスに夢中だったから……気がつかなかったみたいだ。


 で、テーブルの上に残っているのは、裾にリボンがついた方。

 さすがメイベル。気が利くな。

 間違えて『光・闇の魔織布』を着ることがないように、印をつけてくれたのか。


 ということは……ルキエが着ているのは……えっと。


「ルキエさま!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「……そのままゆっくりと、倉庫の方に移動してください」

「わ、わかったのじゃ」

「ドレスに強めの魔力を流したりしないようにお願いします。改めて魔力を流した扱いになって、色が変わるかもしれませんから」

「わわわ……わかった。そう急かすな」

「落ち着いて……落ちついて、ゆっくりと」

「だ、大丈夫じゃ。確率的には問題はないのじゃから……」


 俺は急いで倉庫を指さし、ルキエはおそるおそる、といった感じで歩を進める。

 メイベルは不思議そうに、


「トールさま、陛下。どうして慌てていらっしゃるのですか……? あれ? 陛下のドレスの胸元の飾りは……まさか!?」

「お、大声を出すでないメイベル! びっくりしてつまずいたらどうするのじゃ!?」

「ルキエさま! 後ろを見ないで、足元に注意してください!」

「……あ」


 ルキエが椅子の脚に、つまずいた。

 バランスを崩したルキエは倉庫のドアノブをつかんで、体勢を立て直す。

 でも──その瞬間、ドレスに魔力を込めてしまったらしく──



「────!?」



 ──と、彼女の声にならない悲鳴が響いた瞬間、俺はメイベルに両目をふさがれてた。

 勇者世界で言う『ぐっじょぶ』だった。


 本当に、危ないところだった。

 俺が魔王ルキエの肌や下着を見るわけにはいかないからね。

 うん。メイベルの目隠しは間に合った。だから俺は……なにも見てない。

 ……そういうことにしておこう。






「……本当に申し訳ありませんでした。ルキエさま」

「……トールさまに直接説明しなかった私のミスでもあります。申し訳ありません。陛下」

「…………もうよい」


 正座する俺とメイベルに、ルキエは照れたような笑顔を見せた。


「だいたい、謝ることなどないのじゃ。余は承知の上で、あのドレスを着たのじゃからな」

「……ルキエさま」

「言うたじゃろう? 多少の失敗があったとしても、余が依頼したものであれば受け入れよう、と。まぁ、実害はなかったのじゃ。気にするでない」

「ありがとうございます。ルキエさま」

「しかし……確率とは恐ろしいものじゃな」

「そうですね……」


 1000分の1の確率だからといって、1000回に1回しか起こらないとは限らない。

 コインが連続して100回、表を出すことがあるように、透明化が連続して起こることもあるんだ。

 確率を操るのは危険だ。十分、注意することにしよう。


「メイベルのおかげで、どちらが『闇の魔織布』のドレスかわかった。次回からは、そちらを着ることにしよう」

「それがいいと思います」

「『光・闇の魔織布』ドレスは、自室で着ることにするのじゃ」

「それなら、人目に付くこともありませんね」

「うむ。余が、信頼できぬ者を自室に入れることはないからな」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるルキエだった。

 ちなみに、メイベルは、


「……あの、陛下」

「なんじゃ、メイベル」

「実は服職人さんから、もらったものがあるのです」

「もらったものじゃと?」

「はい。ドレスの布が少し余ったので、服職人さんが下着を作ってくれまして」


 下着を?

 でも、余った布というと……まさか。


「でも、魔力を注ぐと、どちらも黒くなるのです。どちらが『光・闇の魔織布』か、区別がつかなくて……これ、どうしましょう」

「待てメイベル。その下着とは、誰のためのものじゃ?」

「トールさまはドレスを作るとき『メイベルに着せて楽しむ』とおっしゃいました。それと、服職人さんは私のメイド服を作ってくださいますから、サイズはご存じなのです」

「……ということは?」


 まさか、メイベルが持ってる袋の中に入っているものは……?



「……私のサイズに合わせた『闇の魔織布』の下着と、『光・闇の魔織布』の下着なのですけど……これは、どうしたらいいのでしょう……」



 難問だった。


 メイベルの下着を俺が預かるわけにはいかない。

 かといってメイベルが持って帰って、他の下着に紛れたら大変なことになる。

 つまり……。


「……仕方ない。余が預かることとしよう」


 ──そういうことになった。


「トールが素材を用意したものを捨てるわけにはいかぬ。それに……余もいつか、身体が成長するじゃろうからな。メイベルとサイズが同じになることも、ないとは言えぬのじゃからな! 言えぬのじゃから!!」

「そ、そうですね。陛下。おっしゃる通りです!」

「でもルキエさまが、『光・闇の魔織布』の下着を着けるのは……」

「わかっておる。余が成長するまでに一度くらい、どちらかが透明になるじゃろう。区別もつくはずじゃ。問題はないよ」


 そう言ってルキエは、照れくさそうに笑った。


 そういうわけで──

 俺は確率の怖さを知り、魔織布に変な改造を加えるのはやめようと心に誓ったのだった。





──────────────────


 というわけで番外編第2弾「創造錬金術 表紙公開記念SS」をお届けしました。

「創造錬金術」書籍版は5月8日発売です。

 書き下ろしエピソードも追加していますので、ぜひ、読んでみてください!

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