第115話「番外編:トールとルキエと『おそるべき寝袋』」

「創造錬金術」書籍版発売1ヶ月前記念の番外編、第3弾です。


 書籍版発売日まで1ヶ月を切りました。

 カドカワBOOKさまのホームページでは、表紙やキャラクターデザインの他に、画像つきのちょっとした作品紹介も公開されています。

 ぜひ、見てみてください。


 さてさて。

 今回は魔王ルキエが、トールにアイテム作製の依頼をするようですが……。




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「錬金術師としてのトールに頼みがあるのじゃが」

「わかりました引き受けましょう。すぐに取りかかります」

「待て待て。内容を聞いてからにせよ」


 ここは、魔王城の玉座の間。

 工房に戻ろうとした俺は、魔王スタイルのルキエに呼び止められた。


「申し訳ありません。つい……」

「仕事熱心なのは結構なことじゃ。で、依頼についてじゃが──」


 ルキエは国境近くで起きていることについて、話し始めた。


 魔王領の近くには、帝国貴族であるガルア辺境伯の領地がある。

 ちょっと前に、うちの親父と組んで色々と企んでいた奴だ。

 その後、そいつは帝都の高官会議の不興を買い、領地替えになったらしい。


「ケルヴが調べたところによると、あの地は色々とごたごたしているようじゃな」


 ルキエは話を続けた。


「ガルア辺境伯が没落して、部下も多く国を離れた。そのせいで治安が悪くなってな、盗賊が出没するようになった。その一部が、魔王領の近くにまでやってくるようになったのじゃ」

「そんなことがあったのですか……」

「無論、村や町、旅人を襲っているわけではない。畑の作物や、果樹園の果実を盗んでいく、という程度じゃ。じゃが、放置すれば次は家畜が、そのうちに人が襲われるかもしれぬ。今のうちに手を打たねばならぬ」

「わかりました」


 俺はうなずいた。


「現在、魔王領としてはどのような対応をされているのですか?」

「兵士を増やし、こまめに巡回させるようにしておる。じゃが国境地帯は広い。いくつかの砦はあるが、距離も開いておる。そのため、巡回を担当する兵士は野営することになるのじゃが……」

「……野営だと体力を消耗しますね」

「そこで、トールに頼みがあるのじゃ」


 ルキエは玉座から身を乗り出して、


「体力を消耗せず、快適に野営できるようなアイテムを用意してくれぬか?」

「それなら『寝袋』はどうでしょうか?」

「『寝袋』じゃと?」

「以前『通販カタログ』で、そんなアイテムを見つけたんです」


『寝袋』とは、袋状になった寝具だ。

『通販カタログ』には『ふかふかふわふわ。まるで宙に浮かんでいるかのような快適性』『桁外れの保温力で、あなたの快適な睡眠を約束します。横にしても縦にしても大丈夫!』『山でのキャンプに、非常用にぜひどうぞ』って書いてあった。


 写真も載っていた。

 山の斜面に設置した『寝袋』の中で、人が気持ち良さそうに眠ってた。

 足元に雲が見えるような高さだった。

『寝袋』とは、そんな状態でも快適に、安心して眠れるアイテムらしい。


「なるほど。そういうアイテムがあるのじゃな」


 ルキエは納得したように、うなずいた。


「それならば場所も取らぬ。地面に寝て、体温を奪われることもない。縦にできるのであれば、岩壁に寄りかかって眠ることもできよう」

「『宙に浮かんでいるかのような快適性』ですからね。岩壁に吊すのもいいかもしれません」

「悪くないアイディアじゃな」

「寝てる間に落ちたりしないように、『チェーンロック』で固定するのはどうでしょう」

「『チェーンロック』か。あれは岩場に食い込む鎖じゃったな?」

「そうです。『チェーンロック』を洗濯紐みたいに横に伸ばして、そこに『寝袋』を並べて吊せば、みんな一緒に眠ることもできます。なにかあったときに、整然と対応することもできるでしょう」

「うむ」

「あとは……『寝袋』は『闇の魔織布』製にします。装着者が眠ってる間の微細な魔力に反応するようにしておきますね。闇に溶け込むようにすれば、隠密行動もできますからね」

「わかった。残りの問題は……眠っている間の服じゃろうか」

「『なりきりパジャマ』を提供します。あれはとても着心地がいいですから」

「よかろう。では、錬金術師トール・カナンに命ずる」


 ルキエは玉座から立ち上がり、宣言する。


「兵士たちのため、人数分の『寝袋』と『なりきりパジャマ』を用意せよ! その後、ライゼンガの部下たちに、それらのアイテムの使い方を教えるのじゃ。よいな!」

「承知いたしました。魔王陛下!」


 そうして、俺はアイテムの準備をはじめたのだった。






 ──数日後の夜、魔王領の国境付近で──





「……おい。そろそろ魔王領に入っているんじゃないのか?」


 闇の中、戦士のひとりがつぶやいた。


 十数人の部隊だった。

 彼らは、元々ガルア辺境伯へんきょうはくの部下だった者たちだ。


 伯爵が左遷され、その結果、兵士たちの間で派閥争いが起きた。

 辺境伯にひいきされていた兵士たちと、比較的、民の味方をしていた兵士たちによるものだった。


 辺境伯がいなくなったことにより、前者の立場が悪くなった。

 特に、辺境伯の権威をかさにきて威張り散らしていた兵たちは、町にいられなくなった。

 だから彼らは町や村の近くをさまよい、作物を盗む生活を送っていたのだった。


 国境深くまで来ているのは、魔王領近くの森が豊かだからだ。

 特に、最近は岩山の近くに、果樹園ができたと聞いている。周囲は切り立った岩壁で、人目にもつきにくいらしい。

 その情報を得た彼らは、作物を盗むことにしたのだったが──


「や、やはり戻ろう。亜人や魔族に見つかったらまずい」

「いや、もう一度くらいなら大丈夫だろう?」


 彼らはひそひそと話し合う。


「魔王領にいるのは魔族や亜人だ。あいつらは強力な種族だが、人間ほど賢くはないだろう」

「すぐに対応はできないはずだ。奴らが動いたら、こっちも移動すればいい」

「それに、魔族や亜人が強いというのも、噂でしかないだろう?」

「人間と魔王の戦いは、200年前に終わっているからな」

「も、もう、それほど恐れなくてもいいんじゃないか……?」


 闇の中、小声で笑う戦士たち。

 それで気分が良くなったのか、彼らは先に足を進める。

 森の奥。

 魔王領が整備している、果樹園のある方向へ。


「魔王領の連中だってわかるはずだ。武力を重んじるドルガリア帝国には勝てないと」


 隊長らしき戦士が、笑った。


「魔族たちは人間に負けたんだ。もう、人間と戦う覚悟など──」


 つぶやきながら、彼らは森の奥へと進む。

 そのまま果樹園に足を踏み入れようとした彼らは、ふと足を止めた。


 岩壁が見えた。

 真っ黒な、天を突くような岩壁だ。

 そこに、なにかがあった。


 最初に見えたのは、真っ白の毛並みの虎だ。

 頭の大きさは、人のそれよりも一回り大きいだろう。額には、真っ赤な縞がついている。

 けれど、胴体がない。

 首の下にあるのは──真っ黒な闇だけだ。


 虎の、真っ白な頭だけが、ぼんやりと夜の闇に浮かび上がっていた。


 その隣にあるのは狼の首だ。目を閉じて、じっとうつむいている。

 さらにその隣には巨大なトカゲ。猫。犬。羊。山羊。

 すべて、あるのは頭部だけだった。



「「「──ひ、ひぃっ!?」」」



 戦士たちが悲鳴を漏らす。

 彼らの身体が、がたがたと震え出す。


「……け、獣の頭を並べているのか……ど、どうして!?」

「……これは……魔王領の連中が?」

「……獣を狩って、頭部だけを……我々の目につくように……?」


 そして、戦士たちは気づく。



 ──「これは警告だ」と。



 魔王領の者たちは、彼らがここに来ることを知っていた。

 だからこの場所に、獣たちの生首を並べたのだ。

 食い詰め者の戦士たちに、警告をするために。



『次は、お前たちがこうなる番だ』



 ──と。



「「「ひ、ひぃぃぃいいいいいいいっ!!?」」」


 戦士たちが絶叫した。


 甘かった。

 魔王領をなめていた。

 まさか、彼らがここまでするとは思っていなかったのだ。


 戦士たちは一目散に逃げて行く。

 足がもつれる。何度も転ぶ。地面に顔をこすりつける。

 震える手から、武器がすべり落ちたことさえも気づかない。


 とにかく、この場から離れることしか考えられなかった。

 だが──



 ──ガサ、ガサササササッ!



 聞こえた音に、戦士たちが振り返る。



「「「……げぇっ!?」」」



 彼らの視線の先で──動物たちの目が、開いていた。

 ぎろり、と、動いて、戦士たちを捉えている。


 それは闇と、恐怖が見せた幻覚だったのかもしれない。


 いつの間にか、闇の中から動物たちの胴体が出現していたのだ。

 虎、狼、トカゲ、猫、犬、羊、ヤギ……それらがまるで寝起きのように、ゆっくりと動き出している。


 彼らは二本脚で……ゆらり、と立ち上がる。

 頭を動かして、戦士たちを視界に捉える。


 そして、短距離走者スプリンターのようなフォームで走り出す。

 まっすぐ、戦士たちに向かって。



「「「ぎぃああああああああああっ!!」」」



 パニック状態の戦士たちは、転がるように逃げて行く。

 彼らの絶叫が響く中、追いかけっこは続き──


「く、来るな、来ないでくれええええええええっ!」

「ゆ、許してくれ! もう二度と魔王領に入り込んだりはしない!」

「ひぃぃぃぃぃぃいいいいい! だ、だずげで! おかぁさあああああん!!」


 ──逃げ惑い、取り押さえられた戦士たちは、ただ許しを請うばかりだった。






 ──数日後──




「なるほど。闇の中に吊した黒い『寝袋』で寝てると、生首に見えるんですね」

「盲点じゃったな」

「闇の魔織布ましょくふの『寝袋』は、文字通り闇に溶け込んじゃうんですよね……」

「その上、兵士たちは『なりきりパジャマ』で動物に化けておったものじゃから、彼らが生きて、呼吸をしていることがわからず……」

「侵入者への警告として、動物の生首を並べていると勘違いされちゃったんですね……」

「盲点じゃったな」

「錬金術師としても予想外でした」


 もちろん魔王領の兵士さんたちは、侵入者を捕まえた。

 ただ、向こうは完全なパニック状態で、まともに口もきけなくなっていたそうだ。

 よっぽど怖いものを見たのだろう──と、ライゼンガ将軍は話していたっけ。


「ただ、『寝袋』の寝心地は上々だったようじゃぞ?」

「それはよかったです。結構、がんばって作りましたから」



──────────────────


『快適な寝袋』(レア度:★★★★★☆)

(属性:地・水・火・風・闇)



 魔織布ましょくふを5層重ねて作った、ぜいたくで快適な寝袋。

 地の魔織布は丈夫で刃物を通さない。寝袋を岩場に敷いても、中の人間はデコボコを感じない。

 水の魔織布は身体にフィットし、快適な寝心地を実現。

 火の魔織布は高い保温効果を持つ。吹雪の中でも体温を維持できる。

 風の魔織布は内側からの汗を逃がし、いつもサラサラ。

 最も外側にある闇の魔織布は、眠っている間の微量の魔力によって、闇に溶け込む色に変わる。夜間に寝袋が発見されるのを防ぐ効果がある。


 縦にしても横にしても使える、すばらしい寝袋。

 魔織布を大量に必要とするため、コストが高いのが難点。


 物理破壊耐性:★★★★ (魔獣の爪くらいなら防いでくれる)

 耐用年数:3年。

 備考:丸洗いするときは裏返しましょう。


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「余も試しに使ってみたが……実に寝心地がよかったぞ」

「勇者世界のアイテムとしては、少し物足りないんですけどね……」


 俺はカタログの内容を思い出していた。

 使用例として写っていたのが雪山だったということは、『寝袋』には、寒くて空気の薄いところでも生存できるような機能がついているんだろう。もしかしたら、周辺環境を快適に変える機能や、『寝袋』にくるまったまま、ふもとまで高速移動する機能なんてのも備わっているのかもしれない。


 そのあたりの機能も、実現できるか試してみたかったんだけど──


「今回は急ぎだったので、性能をシンプルにして、数をそろえるのを優先しました」

「……そ、そうか。じゃが、今のままでも、十分に使えると思うぞ」


 ルキエはそう言って、うなずいた。


「ただ、外で使うとき、闇に溶け込みすぎるのは困るな。眠る兵士たちを見た者が『生首が──っ』と、びっくりしても困るからのぅ」

「そうですね……」


 こういう意見をもらえるのはうれしい。

 欠点がわかれば、改良することもできるからね。


 今回の問題は簡単だ。

『寝袋』が、闇に溶け込まないようにすればいい。

 そのためには──


「では、『寝袋』に『なりきりパジャマ』と同じ効果を付与しましょう」

「どういうことじゃ?」

「動物っぽい寝袋にするということです」

「その中で寝ていると、動物の姿になるということか?」

「正確には、寝袋だけが動物のかたちになります」

「うむ。やってみるがいい!」


 やってみた。



「ト、トールさまが熊に食べられてます! し、しっかりしてください。傷は浅いです! とぉるさまああああああああ!! うわああああああああん!!」



 失敗だった。


「……ここまでリアルな熊にする必要はなかったのではないか?」

「……寝袋の入り口を、熊の口の部分にしたのも失敗でしたね」


 というわけで、俺は再び『寝袋』を改良することになり──


 魔王領の兵士たちに『寝袋』が正式採用されるには、まだまだ時間がかかりそうなのだった。




────────────────────────



 というわけで番外編の第3弾でした。

「創造錬金術」書籍版は5月8日発売です!

 書き下ろしエピソードも追加していますので、ぜひ、読んでみてください!

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