第141話「すべすべローションの素材を集める」
──トール視点──
「それじゃ『敏感肌対策のローション』を作るよー」
「はーい! トールさま」
「お手伝いしますのでー!」
ここは、ライゼンガ領にある俺の家。
交易所から帰ってきた次の日、俺はドロシーさん用の敏感肌対策アイテムを作りはじめることにした。
まずは、すぐにできる対策を考えた。
そしたら、肌を保護するローションが頭に浮かんだんだ。
「でも、トールさま。
「作れるよ。錬金術師だからね」
メイベルの問いに、俺はうなずいた。
「それにほら、前に『UVカットローション』を作ろうとしたこともあったし」
「そういえばそうでした」
「あのときも、普通のローションを作る自信はあったんだ。錬金術師の基本スキルとして、必要なハーブや薬草の配分くらいはわかるからね」
「……錬金術ってすごいものなのですね」
「錬金術は様々なものを進化・発展させるための技術だからね」
錬金術は様々な素材から、金を作りだそうとするところから始まっている。
それが転じて、錬金術には人や亜人、魔族を、よりすごい存在に変化させることも含まれるようになった。
要は、鉄を光り輝く黄金に変えるように、人や亜人や魔族をより優れた存在にしようってことだ。
俺が勇者世界のアイテムを作ろうとしてるのも、その一環だ。
まぁ、俺が単純にマジックアイテム大好きってのもあるんだけど。
そして──おそらく勇者世界は、人をより上位の存在に変化させることに成功している。
それは異世界から来た勇者が超絶スキルを持つ存在だったことと、『通販カタログ』に桁外れのマジックアイテムが載っていることから推測できる。
勇者世界では『人間を進化させる』という錬金術の目的を、ある程度達成してるんだと思う。
『フットバス』も『健康増進ペンダント』も、メイベルやアグニスを強化して──ある意味、進化させてしまっているんだから。
俺はまだまだ、勇者世界の技術には及ばない。
だけど……少しでもいいから、錬金術でみんなをより快適な状況に変化させたい、そんなふうに思ってるんだ。
「──だから、『ドロシーさんの敏感肌を治して、より能力を発揮できる状態になってもらう』のも、錬金術師の仕事のうちってことだよ」
そう言って、俺は説明を終えた。
「わかりました!」
「すごく納得できますので」
メイベルとアグニスは、力強くうなずいてくれた。
「そういうことなら、ぜひ、お手伝いさせてください」
「アグニスを実験台にしてくれて構いませんので!」
「ありがとう。それじゃ、まずは普通のローションを作るところからはじめよう」
一般的なローションは、ハーブを原料にしている。
ハーブにはそれぞれ『うるおい成分』『血液循環』『血行促進』なんかの効果があるから、それを利用する感じだ。
ハーブのエキスを取り出して、色々と混ぜて作り出すのがローション……いや、今回は肌専用だから、正確には化粧水と呼ぶべきだろう。
ハーブは庭で栽培しているから、すぐに用意ができる。
ただ、問題は──
「普通のローションで、ドロシーさんの悩みが解決できるかというと……難しいな」
帝国にだって、化粧水くらいはあるはず。
となると、ドロシーさんも使っている可能性がある。
でも、まだ彼女の敏感肌の問題は解決していない。
……となると、もっと高機能の化粧水が必要になる
スキルで属性を付与すれば、かなり良いものができるとは思うけど……せっかく依頼を受けたんだから、やっぱり最高のものを作りたい。
となると、勇者世界のものを参考にした方がいいな。
とりあえず俺は肌に優しいハーブをリストにした。
メイベルとアグニスはリストを受け取ると、外に出ていった。庭の菜園に対応するハーブがあるかどうか、確認するためだ。
ふたりを見送ってから、俺は『通販カタログ』を開いた。
「勇者世界なら、ドロシーさんの敏感肌に効くものがあるかもしれない」
ただ、化粧水は直接肌に塗るものだ。
グリフォンの爪攻撃に耐える勇者の肌と、ドロシーさんの肌を同一に考えていいものだろうか。あまり変な成分が使われてるものだと、かえって悪影響が出るかもしれない。
十分に注意して、なるべくお肌に優しいものを選ぼう。
となると……これかな。
「最高にお肌に優しい──『MAXスベスベ化粧水プレミアム』か」
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「──というアイテムなんだけど、どうかな?」
「「おお────っ!!」」
戻ってきたメイベルとアグニスが、目を輝かせた。
「そのアイテムは、私もすごく気になります。全力でお手伝いさせてください!!」
「アグニスも欲し……いえ、協力しますので!!」
ふたりともやる気十分だ。
この『MAXスベスベ化粧水プレミアム』なら、ドロシーさんの敏感肌に役立つかもしれない。
これには肌を保護する力がある。
肌に塗っておけば、触れられてもくすぐったさは抑えられるはず。
つるんとした、引っかかりのない肌になれば、くすぐるのも難しくなるからね。
「問題は、これにどんなハーブが使われているかだけど──」
ハーブのリストは……うん。載ってる。
この世界にはないものばかりだけど、『創造錬金術』スキルで分析すると……効能がわかる。この世界のハーブでも作れそうだ。
「必要なのは『ロズマリア』『セイジア』『マロニャーン』……あとは『オオタネバネバニンジン』で……ん?」
「どうしましたか、トールさま」
「いや、この『MAXスベスベ化粧水プレミアム』の写真の隅に、小さく『秘密の成分でMAXスベスベ』って書かれているんだけど……」
「『秘密の成分』? もしかして、それが必要なのですか?」
「うん。それがないと……『MAXスベスベ』にはならないみたいだ」
写真の文字は、本当に小さい。
俺でも読むのに時間がかかるくらいだ。
そこまで隠さなければいけない成分ってなんだろう。
「えっと『……さまざまな伝説が残る地方から極秘に取り寄せた、本当に希少な素材です。おそらくこの素材を手に入れられるのは、当社だけでしょう。これを購入できる方は本当にラッキーです』……か」
勇者世界の
しかも、この『通販カタログ』の担当者しか手に入れられないもの。
どうしよう……。
そんなもの、俺たちの世界にあるわけないんだけど。
「困ったな。これじゃ化粧水が『MAXスベスベ』にならない。どうすれば……」
「……トールさま」
「一体、どんな素材が必要なので?」
「……うん。読み上げてみるから、メイベルもアグニスもよく聞いて」
写真には、森が写ってる。きれいな湖も。
俺はそこに書かれている説明文を読み上げる。
『秘密の成分とは……幻想的なこの国の、きれいな泉で採れるもので──』
「『現地の人からは
「……え」
「……それが、秘密の成分なので?」
「う、うん」
ちゃんと書いてある。
『
──って。
きれいな泉。そして、妖精か……。
……そういえばソレーユと初めて会ったのも、森の中のきれいな泉だったっけ。
そして、この『
ということは……勇者世界にも、妖精が住んでいるのか。
……そりゃそうか。
妖精がいない世界なのに、素材名に『妖精の涙』なんか付けるわけがないもんな。
その『
俺は『通販カタログ』の解読を進めていく。
説明文はまだ続いてる『この水の採取はとても難しく、現地の人の許可がなければ不可能』って。
これも、この世界の羽妖精の状況と一致してる。
羽妖精のいる西の森は、彼女たちの案内がなければ通れない。
その羽妖精本人の涙なんて、さらに手に入れるのが難しいものだ。
なるほど。
勇者世界の人たちは、妖精を仲間にするか捕まえるかして、その涙を材料に化粧水を作っていたのか。すごい発想だ。
となると……。
「ソレーユかルネ。それか他の
「「「はーいっ!!」」」
窓の外から羽妖精たちが飛び込んできた。
3人。地と水と風の羽妖精だ。
「ちょっと教えて欲しいんだけど……羽妖精の涙に、なにか特殊な効果ってあるの?」
「「「さー?」」」
羽妖精たちは首を横に振った。
「申し訳ないのですが、存じ上げません」
「……羽妖精は…………日々の生活を楽しむ種族」
「泣いたこと、あんまりないですー。ふわふわー」
そりゃそうか。
羽妖精たちはずっと森で、のんびりと暮らしてたんだもんな。
涙を流すようなことは、めったにないのかもしれないな。
勇者世界の人たちは現地の妖精さんの許可を得て、涙を採取してたのかな。
そんな妖精たちの涙なら……そりゃ貴重品にもなるよな。
「……羽妖精の涙には、特殊な魔力があるかも、しれません」
不意に、水の羽妖精が言った。
「大事な人を思うとき、羽妖精は強い魔力で満たされます。その状態で涙を流せば……特殊な魔力の成分ができるのかも……しれないです」
「おおー」
「水の子が、長々としゃべってるですー」
「……恥ずかしい」
無口な水の羽妖精は、照れくさそうに……って、なんで俺の頭の後ろに隠れるの?
「それが『自然エネルギー』だと考えると……やっぱり
──森の中にある泉。
──
──現地の人の許可が必要。
多くのキーワードが『
だけど……このことは秘密にしておいた方がいいな。
羽妖精の涙に特殊な効果があることがわかったら、彼女たちを狙う者が出るかもしれない。ドロシーさんやソフィア皇女にも、成分は秘密にしておこう。
勇者世界ではどうしているのかはわからないけど、この世界ではその方が無難だ。
「というわけだから、このことは秘密で」
「わかりましたので!」
「「「了解なのですー」」」
「あの……トールさま」
アグニスはうなずき、羽妖精たちが手を挙げる。
でも、メイベルは、少し考え込むような表情で、
「ふと思ったのですが……トールさま。勇者世界で言う『妖精の涙』が、ただの泉の水という可能性はないのでしょうか?」
「ただの商品名ってこと」
「は、はい」
メイベルはうなずいた。
「たとえば、お店ではただの剣を『世界一の切れ味』と紹介することもあります。『妖精』の名を付けることで、化粧水に神秘的なイメージを与えることもあるのではないでしょうか」
「確かに、その可能性はあるね」
「……はい」
「でも、今回は違うと思う。だって、勇者世界のことだからね」
俺はメイベルの目を見て、そう言った。
「異世界勇者は超絶魔術で地形を変えて、剣の一振りで大岩をたたき切る人たちだよ? 彼らはそこにいるだけで、十分、神秘的な存在なんだ。その人たちが、化粧水に神秘的なイメージを与えるために『妖精』の名前を利用したりはしないと思うよ」
「……た、確かに、そうですね!」
「それに、異世界勇者たちは、この世界のエルフやドワーフ、ドラゴンなんかの存在を知っていた。となると、あちらの世界にもそういうものがいたんだろう。だったら、妖精がいてもおかしくない」
「ですよね。それに、泉の水に『妖精の涙』なんて名付けるのは不自然です」
「勇者世界なら『自然エネルギー・ハイ・ウォーター』とか名付けそうだからね」
「異世界勇者のセンスから考えれば、そうですよね」
やっぱり『
そして、この世界には
羽妖精が住んでいる場所は、勇者世界の妖精の生息地に近い。この2種族は、同じような存在だと推測できる。
だから『羽妖精の涙』を化粧水に使えば、『MAXスベスベ』の化粧水を作れるはずなんだけど──
「そのために羽妖精を泣かせるのは……どうなんだろう」
無理だな。うん。
涙が出るくらい笑わせるって手もあるけど……難しいな。
……しょうがない。
今回は『MAXスベスベ』なしの、普通にプレミアムな化粧水で我慢しよう。
「……錬金術師さまが、悩んでいらっしゃいます」
「……わたしたち、お役に立てない、ですか?」
「……せつない」
え?
あれ? なんで羽妖精たち、そんなに哀しそうな顔してるの?
いやいや、無理言ってるのはこっちなんだから、そんな顔しなくても──
「みんなで涙を流せるかどうか、試すといたしましょう」
「……泣けるように、イメージ、してみる」
「泣くこと? かなしいこと? どんなの」
「「「とっても悲しいことを、イメージするです」」」
額をくっつけて話し合う、羽妖精たち。
そして──
「「「たとえば……錬金術師さまが……魔王領からいなくなってしまったら……」」」
ぶわっ。
羽妖精たちの目に、涙が浮かんだ。
あっという間にあふれて……ぽろぽろぽろぽろこぼれだす。
「れ、錬金術師さまぁー。ど、どこにもいかないでくださいませ!」
「さみしい……です」
「うわーん。錬金術師さまがいない魔王領なんて、やだー」
「待って! 俺はどこにも行かないから! 想像して泣くことないから!!」
──って、あれ? 泣いてもらった方がいいのか?
と、とにかく、瓶を持ってきて、羽妖精たちの涙を集めて、と。
「「「うわあああああああん。錬金術師さまー。いなくなったらやだ────っ!!」」」
俺の服にしがみついて、涙を流し続ける羽妖精たち。
さすがに泣きすぎだ。なんだか、悪いことをしてるような気になってきた。
「大丈夫だから! どこにも行かないから、泣かないで!!」
「「「うわ────ん!」」」
「……メイベル。アグニス。手を貸して。この子たちをなだめて」
「み、みなさん! 羽妖精さんたち、泣かないでください!」
「トール・カナンさまはどこにも行ったりしないので! どこかに行ってしまうなら……な、なにもかも捨ててついていくので!!」
メイベルとアグニスは一生懸命、羽妖精たちをなぐさめてる。
でも、ふたりとも涙ぐんでるのはどうして?
羽妖精たちの涙が伝染したの!?
「「「れんきんじゅつしさまぁ────っ!」」」
「だ、大丈夫ですから! トールさまは……いなくなったりしませんから!」
「そ、そんな悲しいことは、想像したくもないので……」
こうして、羽妖精たちは、俺にしがみついて泣きじゃくり──
結局『一滴あれば十分』なはずの『羽妖精の涙』は、化粧水百本分くらい採れてしまって──
「「「すっきりしましたー。お風呂に入りたいですー」」」
「……わ、私もお付き合いします」
「……つられて泣いてしまったので……アグニスもお風呂に入って、落ち着くので……」
泣いてすっきりした羽妖精たちと、メイベルやアグニスは、お風呂へと向かった。
「えっと……ありがとう。なんか無茶させてごめんね」
俺は、羽妖精たちにお礼を言った。
それから、
「このお礼は必ずするから。俺にできることがあったら言って」
「承知いたしました。それでは」
「……お泊まり、したいです」
「みんな一緒。すやすやー」
羽妖精たちは楽しそうに、そんなことを宣言した。
そんなわけで、今日は俺たち6人そろって、一緒に眠ることになり──
みんながお風呂に入っている間に、俺は『MAXスベスベ化粧水プレミアム』の製作に取りかかったのだった。
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いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!
「ヤングエースUP」で「創造錬金術師は自由を謳歌する」のコミカライズがスタートしました。ただいま、第1話−1と、第1話−2が掲載されています。
次回の更新は7月6日です。
ぜひ、アクセスして、読んでみてください!
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書き下ろしエピソードも追加してますので、よろしくお願いします!
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