第26話「お茶会を開く」
──トール視点──
翌日、アグニスとライゼンガ将軍は、領土へと帰っていった。
将軍は最後に「我が領土に、お主の工房と住居を用意する」と言ってくれた。今回の件へのお詫びとお礼も兼ねて、そういうことになったらしい。
そのうち下見に行っていいか聞くと、ライゼンガ将軍はうなずいてくれた。
アグニスも「楽しみにしてるので」って言ってた
アグニスの方は、私服姿で人前に出るのは初めてなのか、すごく照れた様子だった。
ちなみに彼女が着てたのは、メイベルが渡した空色のワンピースだ。まだアグニスは私服を持ってないから、メイベルが貸してあげたらしい。
将軍は「領土に戻ったら、アグニスに似合う服を仕立てるつもりでおります。楽しみにしてください」と言ってたっけ。
俺もそのうち、工房用の土地の下見に行くことになる。
そのときは、アグニスの私服姿を見せてもらうことにしよう。楽しみだ。
そうして俺はアグニスと将軍を見送って──
部屋に戻り、
「アグニスがくれたこの石は……『
俺は『簡易倉庫』の中で、黒い石の
アグニスはメイベルを通して、俺に錬金術の素材をくれた。
黒い、小指くらいの大きさの石だ。
高温でも変化しない石で、鉱山の近くに落ちていたらしい。
『
──────────────────
『
暗い
地上にある物質とは別の属性・組成を持つ。
属性:
──────────────────
「『
そう思ったら『
『隕鉄の鑑定に成功したことにより「宙属性」に覚醒しました』
『作成したアイテムに「宙属性」を付加することが可能です』
……魔王領に来てから、新しい属性がどんどん、使えるようになってきた。
『木・火・土・金・水』の、異世界の5行属性。
空から来た隕鉄に宿った『
どれも、帝国にいたら知らなかったものばかりだ。
なんだか、わくわくする。
素材と居場所をくれた魔王ルキエに感謝しないとな。
彼女のためにも、新しいアイテムをどんどん作ろう。
『簡易倉庫』の中には、
ミノタウロスさんたちが部屋に届けてくれたのを収納したものだ。
『簡易倉庫』のアイテム整理機能を利用して、いい具合に配置してある。
小さなかまどとテーブルは、メイベルが持ってきてくれた。
横には茶器が
こっちは俺とメイベル、魔王ルキエのためのお茶会スペースだ。
今日も午後3時ころに、みんなで集まることになっている。
「陛下も、楽しんでくれればいいけど」
俺は工房を出た。
適当なものを、隣の部屋の倉庫で見つけるつもりだったんだけど──。
「こっち部屋は、もうちょっと整理しないとなぁ」
自室の隣にある倉庫は、床が見えないくらい、様々なものが散らばっている。
魔王とメイベルは『ガラクタ』と言ってたけど、俺にとっては宝の山だ。
「とりあえず分類しよう。『簡易倉庫』に入れておくものと、部屋に置いとくものを分けておかないと」
まずは本から。
勇者の世界の本は貴重だ。今後のアイテム作りのヒントになる。
濡らしたり破いたりしないように、自室の方に置いておくべきだろう。
「まずはどれから片付けようかな」
まず重要なのは『通販カタログ』のように、異世界のアイテムがたくさん載った本だ。
探すと……同じようなものがもう一冊あった。
念のため、内容を確認してみよう。
「……なるほど。興味深いな」
座ってみた。
読み始めた。
1時間が経過した。
「──はっ! いかんいかん」
早く片付けないとお茶会の時間になってしまう。
やっと魔王ルキエの予定が合って、初めての3人でのお茶会だ。
その前に片付けないと。
次の本は……これは、こっちの世界の本か。
魔王領ができたころの記録だ。書いたのは、初代魔王さまかな。
この地に住む魔族や亜人の種類、その特徴や生活環境なんかが書かれている。
「……興味深いな」
座り直した。
読み始めた。
2時間半が経過した。
「いかん。片付けが進まない……」
もう本は読まない。集めるだけにしよう。
そんなことを考えていると──
「トール。部屋におるのかー?」
ノックのあと、隣の部屋のドアが開く音がした。
「──なんだ。おらぬではないか」
「ルキエさま……勝手に入られては……」
「トールは、お茶会の時間になったら、部屋に入って良いと言っておったではないか。余は、待ちきれぬのじゃ」
俺の部屋から、メイベルと魔王ルキエの声がした。
お茶会の時間になったみたいだ。俺もあっちの部屋に移動しよう。
読みかけの本は……この木箱にでも入れておこうかな。
そう思って、俺が適当な木箱を持ち上げると──
「──あれ?」
木箱の下に、
見覚えのある形をしていた。
「玄関の
よく見ると、違う。
長さが短すぎる。彫像が持っているのは長さ1メートル強の大剣だけど、これは長さ1メートルもない。
柄と鞘の模様も違う。彫像の魔剣は複雑な模様が刻まれているが、これは簡略化されたものだ。
「『
俺は『
魔剣について調べてみると──
──────────────────
『魔剣 (レプリカ)』
能力:強度アップ。
属性:特になし。
──────────────────
「なるほど。魔剣のレプリカか」
「トール。そちらにおるのか?」
「魔王陛下ですか。どうぞ」
ちょうどいいや。魔王ルキエに聞いてみよう。
「俺も陛下に会いたいと思ってました。ちょっと話をうかがってもいいですか?」
「う、うむ。では、失礼する」
壁側のドアが開き、金髪の魔王が顔を出す。
彼女は俺を見て、うれしそうに笑った。
今の魔王ルキエは仮面もローブも身に着けていない。素顔のままだ。
リボンがたくさんついた、
視線に気づいたのか、彼女は俺の前で、くるり、と回ってみせる。
「お似合いですよ。魔王陛下」
「……ルキエでよい」
魔王ルキエは
「お主はすでに、余の素顔を知っておる。そういう者に陛下と呼ばれるのは……よそよそしくて嫌なのだ」
「いや、さすがにそういうわけにも」
「ならば命令する。我を友と思うのであれば、このルキエを名前で呼ぶのだ」
「そんな命令ありなんですか?」
「帝国では、魔王は
「まぁ、そうですけど」
「で、あれば、わがままを言っても構うまい」
にやり、と、白い歯を見せて笑う魔王ルキエ。
俺は両手を挙げて降参のポーズ。
「わかりました。ルキエさま」
「素直でよい。ところで、倉庫でなにをしておったのじゃ?」
「こんなものを見つけました」
俺は鞘に入ったままの剣を差し出した。
「これは、魔剣のレプリカですかね?」
「魔剣のレプリカじゃと?」
「付加されている効果は、強度アップだけですけど」
俺は魔剣を見つけた経緯と、その能力について説明した。
「あの彫像が持っているものとは長さが違いますけど、なんなんでしょう?」
「トールはどう思うのだ?」
「素材がただの鉄ですし、付加も強度アップだけなので、おそらくは試作品ですね。失われた魔剣を再現しようとした
「すごいなお主は。正解だ」
ルキエは苦笑いした。
「余のおじいさまの時代に、魔剣を復活させようという計画があったのだ。そこでエルフとドワーフが協力して魔剣を作ったのだが──」
「実際は、強度アップが限界だった、というわけですか」
「うむ。お主の見立て通りじゃ」
「この剣、もらってもいいですか?」
俺が聞くと、ルキエはきょとん、とした顔で、
「なぜ聞くのだ? ここはお主の部屋だぞ。いいに決まっているだろう」
優しい笑みを浮かべながら、当たり前のようにうなずいた。
年相応──15歳の少女の顔で。
そういうのはずるいと思う。
友だちとして、色々してあげたくなってしまう。
「ルキエさま」
「どうした。トールよ」
「ルキエさまはとてもかわい──」
いや、魔王陛下に対して「かわいい」は失礼か。
いくら友と呼ばれたからといって、最低限の礼儀はわきまえないと。
「ルキエさまは大変に
「──な!?」
ルキエが目を見開いた。
「な、なにをいきなり!?」
「いえ、思ったことを言っただけですが」
「お、お主、そういうことをすぐ口にするのはどうかと思うぞ!!」
「あー、それはですね。俺は帝国では戦う力のない
「お主も苦労していたのだな……」
「でも、気になるなら直します」
「……直さなくてよい。率直なのは、お主の
「優しいのはルキエさまの美徳ですよね。そういうところ、いいと思います」
「おーぬーしーはっ!」
「だからなんで怒るんですか陛下!?」
「怒っておらぬ! それと、ルキエと呼べと言ったであろう! お主はまったく──」
「お茶が冷めてしまいますよ? 陛下。トールさま」
気づくと、ドアの向こうからメイベルがこっちを見ていた。
エルフ耳をぴくぴくと動かして、なんだか、複雑そうな表情だった。
「ごめん。メイベル」
「う、うむ。今そちらに行く。ではトールよ、この剣はお主のものだ」
ルキエは、床に置かれた黒い魔剣を捧げ持つ。
「その証明として、ここで、正式に
「ありがとうございます。ルキエさま」
俺はルキエの顔を見上げて、それから、
「陛下──いえ、ルキエさま」
「なんじゃ、トールよ」
「このレプリカ魔剣を、本物の魔剣に作り替えてもいいですか?」
「なんじゃと?」
「俺の夢のひとつは『帝国にある聖剣を超える剣を作ること』なんです。でも、俺には戦闘能力がないですからね。すごい剣を作っても、宝のもちぐされになっちゃうんですよ」
「……なるほど」
「だから、すごい魔剣を作って、ルキエさまに使ってもらいたいんです。将軍から聞きましたけど、近々魔物の
「その気持ちはうれしいぞ。ありがとう、トールよ」
ルキエは、俺の頭に手を乗せた。
それから、すぐに優しい笑みを浮かべて、
「じゃが、そこまで気を遣う必要はないのじゃよ」
「気を遣う、というと?」
「余が自分自身の身体的な弱さを気にしていることを……お主は、考えてくれているのじゃろう?」
ルキエは両手で、俺の
息がかかるくらいの距離で、静かにつぶやく。
「だが、もういいのじゃよ。お主のおかげで、余はライゼンガ将軍より絶対の忠誠を得ることができた。そのことが広まれば、余の強さを疑っていたものたちも態度を変えるじゃろう。余は……近いうちに仮面を外すこともできるかもしれぬ」
「……陛下」
「じゃから、お主が急いで魔剣を作る必要などないのじゃ。お主は、自分の作りたいものを作るがいい」
「いえ。俺としては、ルキエさまが魔剣使ってるところが見たいだけなんですが。むちゃくちゃかっこいいと思うんで」
「──な!?」
「でも……そうですか。ルキエさまが仮面を外されるなら、それに見合った魔剣じゃなきゃいけませんね。いっそ、仮面を外すと同時に真の姿を現す魔剣とかどうでしょう? 『
「待て待て待て待て!!」
ぽんぽん、ぽん、と軽く叩いてから、俺の頬をふにふにする魔王ルキエ。
「おーぬーしーは! どうしてそうなのじゃ!」
「えー。だって普通は、親しい人にマフラーとか手袋とかプレゼントするじゃないですか。そういう時って、前もって似合うかどうかを考えるでしょう? それに、もらう方の意見も聞いておかないと」
「マフラーと手袋感覚で魔剣を
まったくもう、と、言って、ルキエは俺の顔を解放してくれた。
「それに、今回の魔獣討伐に魔剣は不要じゃ」
「そうなんですか?」
「兵を率いて行くのだ。
「確かに、そうですね」
「そうじゃ。今回必要なのは、安全に、遠距離から魔獣を攻撃できるものじゃろうな。しかも、誰でも使えるものが望ましい。武器ではなく、戦闘を支援するアイテムがよいな。それなら
「……なるほど」
いいアイディアをありがとうございます。陛下。
「攻撃支援のアイテム。遠距離から、ルキエさまたちが安全に魔獣を攻撃できるもの、ですね。わかりました。そういうものができないか、考えてみます」
「う、うむ」
俺の言葉に、魔王ルキエは少し考えてから、
「
「はい。魔王ルキエさま」
確かさっき読んだ本の中に、遠距離戦で使えるようなアイテムがあったような気がする。
あとで見つけて、使えるものに仕上げよう。
魔王ルキエや魔王領の人たちが、安全に魔獣討伐をするためにも。
「それではトールさま。お茶の時間といたしましょう」
「そうだね。じゃあ、隣の部屋へ……」
「こら、トールよ。アイテムが
ルキエが腰に手を当てて、あきれたように俺を見てる。
「お茶の時間に、大事な話をするつもりなのじゃ。ライゼンガに頼まれた書類を作るためにもな」
「書類、ですか?」
「というより、設計図じゃ。ライゼンガの領土に作る、お主のための工房と家の」
そう言って手を挙げるルキエ。
後ろに控えていたメイベルが、羊皮紙とペン、それとインクを取り出す。
「え? 工房と家って、俺の意見を取り入れて作るんですか?」
「当たり前じゃろう?」
「さっきトールさまもおっしゃったじゃないですか。プレゼントは、渡す相手の意見を聞いて選ぶものだと」
ルキエが笑い、メイベルは俺に向かって片目をつぶってみせた。
「ですので、お茶を飲みながらお話をしましょう。トールさまが近い未来、手に入れる工房とおうちについて」
「うん。そうだね」
「あ、でも、お主の本宅はここじゃからな。あちらの領土に行きっぱなしになるでないぞ? わかっておるじゃろうな」
「わかってます。陛下」
「……ルキエと呼べと言ったじゃろう?」
それから俺たちは『簡易倉庫』の中へ。
3人でお茶を飲みながら、将軍の領土に作る工房と家の間取りについて話をしたのだけど──
「トールよ。お主は工房の話ばかりではないか。少しは居住スペースにこだわったらどうなのだ?」
「うーん。そっちは、寝て起きる場所があればいいかな、と」
「いけません。住む場所は大切です。健康のことも考えてくださらないと」
そう言われても、居住スペースにあんまりこだわりはないんだけど。
帝国にいたころに住んでた役所の宿舎も、部屋にはベッドがあるだけだったからなぁ。
かといって
「居住スペースの方は、メイベルが考えてくれる?」
「いいのですか?」
「もちろん。向こうでも、身の回りの世話をしてもらうことになるだろうし、メイベルが使いやすいようにしてくれればいいよ」
「わかりました! お任せください!!」
「ずるいぞメイベル。余にも考えさせよ!」
「はい。ではふたりで考えましょう。陛下」
俺たちはそれぞれ、新居のアイディアを出すことにした。
──そして、みんながお茶を飲み終わったころ。
「よし。工房の方はこんな感じかな」
「居住スペースもできました。トールさま」
「確認してくれ。トールよ」
メイベルとルキエは、居住スペースの設計図を俺に見せてくれた。
結構、きれいに描かれていた。
かなり部屋数が多い。建てるのはライゼンガ将軍だけど、予算とか大丈夫かな。それに──
「寝室の部分を書いたのはメイベル?」
「はい!」
「なんでベッドが2つあるのかな?」
「トールさまのお世話をするためです」
「3人は入れそうなお風呂場は?」
「トールさまのお世話をするためです」
「もうちょっと詳しく」
「トールさまは錬金術のお仕事をされるのですから、お風呂のときは他の人の手で、すみずみまで身体を洗った方がいいと思うのです。たとえば身体に木片や金属片などがついていた場合、錬金術の作業中に落ちて混ざってしまうかもしれませんから」
理にかなってるな……。
まぁいいや。このまま将軍に渡そう。
おかしいところがあったら、ライゼンガ将軍が直してくれるだろ。
「……なぁ、メイベル」
「どうされましたか、陛下」
「お風呂場が広いのはよいとして、その隣の
「そ、それはですね……」
メイベルはなぜか、顔を真っ赤にして、
「トールさまが、ご自宅を錬金術で改造したくなることもあると思いますので、余裕をもたせた作りにしてみたのです」
「なるほど! さすがメイベルじゃ」
「うん。確かに、それはあるかもしれない」
勇者の世界の『湯沸かしアイテム』も、そのうち見つかるかもしれないからね。
そしたら俺も、自宅の湯沸かし場を改造したくなるだろう。
そうしやすいようにメイベルはスペースを取ってくれたってことか。
「ありがとう。メイベル」
「い、いえいえ。トールさまと私がこの家に住むことを考えたら……あの場所には、
「でも、コストがかかりそうだからね。ライゼンガ将軍が駄目だって言ったらあきらめようね」
「それは大丈夫だと思いますよ? トールさま」
そう言ってメイベルは、にやりと笑う。
「きっとアグニスさまが口添えしてくださいます。あの方なら、きっと
「……そうなの?」
「そうなんです」
とりあえず自宅と工房の図案は、このままライゼンガ将軍に提出することにした。
今ごろ、将軍とアグニスはどうしてるかな……?
帝国がなにか言ってきたときのために、『遠距離戦用のマジックアイテム』を作っておいた方がいいな。
帝国を警戒させることなく、魔王領が危険を冒すこともなく、魔獣を倒せるアイテム──そういうものがあれば、向こうとの交渉が
そういうものも『通販カタログ』にはあると思う。
なんたって、あれは勇者の世界のアイテムリストなんだから──
──そんなことを考えながら俺は、ルキエとメイベルとのお茶会を楽しんだのだった。
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