第25話「魔王ルキエと宰相ケルヴ、ライゼンガ将軍の報告を受ける」

 ──魔王ルキエ視点──




「お主の方から謁見えっけんを求めるとは。どういう風の吹き回しじゃ? ライゼンガ・フレイザッドよ」


 魔王ルキエは言った。


 ここは、魔王城の玉座の間。

 玉座には魔王ルキエが座り、その横には宰相さいしょうケルヴが控えている。

 その正面でひざをついているのは、火炎将軍のライゼンガだ。

 彼が自分から、魔王に謁見えっけんを求めるのは珍しい。

 ライゼンガは物理的な強さこそを重視している。

 それだけに、まだ若い魔王ルキエのことを軽んじるところがあったのだった。


 そんなことを考えながら、魔王ルキエが彼を見ていると──


「この火炎将軍ライゼンガ、改めて、魔王ルキエ・エヴァーガルドさまに忠誠を誓います!!」


 ──ライゼンガ将軍は床につきそうなほど頭を下げて、宣言した。


「我が忠誠は未来永劫みらいえいごう、陛下のものであります。それを違えた場合は、この命と魂を差し出すと──我が主君の前で誓います。『原初げんしょの炎の名にかけて』!!」

「は、話が見えぬぞ、ライゼンガ……」

「『原初の炎の名にかけて』ですと!?」


 とまどう魔王ルキエの隣で、宰相ケルヴが声をあげた。


「ライゼンガ・フレイザッドどの。あなたはご自分の言葉の意味がわかっているのですか!?」

「どういうことじゃ、ケルヴよ!」

「『原初の炎の名にかけて』とは、火炎巨人イフリートの血を引くものが絶対の誓いを立てるときに述べる言葉なのです。陛下」


 宰相さいしょうケルヴは語り始める。


『原初の炎』とは、火炎巨人イフリートの炎の源であり、生命力の源でもあるとされている。

 だから『原初の炎の名にかけて』誓った言葉は、彼らにとって重大な意味を持つ。


 火炎巨人の血を引くものがその誓いを破ったときは『命を取られても文句は言わない。抵抗もしない』とされている。

 彼らの中にある炎が、そうさせるのだ──と。


火炎巨人イフリートの血族がこの言葉で忠誠を誓ったのは、初代の魔王さまに対してだけです。『原初の炎の名にかけて』初代魔王さまと共に戦うことを誓った火炎巨人イフリートは、文字通りに命の炎が燃え尽きるまで初代魔王さまに付き従い、守り続けたと言われております」

「……そ、そのようなことが……」

「陛下がご存じないのも無理はありません。この誓いが公式の場でなされたのは、魔族の歴史上、今回が二度目ですからな。しかし……」

「ライゼンガよ。なぜ、急にそのようなことを……?」


 魔王ルキエは仮面の奥で、驚きに目を丸くしていた。

 絶対の忠誠を捧げられるのは有り難い。主君として、ほこりに思う。

 けれど、どうして突然そんなことになったのか、さっぱりわけがわからないのだ。


「そちの忠誠はうれしく思う。だが、まずは理由を聞かせてくれぬか」

「我は自分のおろかさゆえに、恩人に無礼なことをしてしまったのです」

「無礼なこと、じゃと?」

しかり。その方は我を許してくださったのですが、その方は、魔王陛下直属の錬金術師れんきんじゅつしでもあるのです。ならば、陛下にもお詫びしなければ、と」

「待て」


 魔王ルキエは、火炎将軍ライゼンガの言葉を頭の中で繰り返す。

 今、彼は「恩人は魔王陛下直属の錬金術師」だと言った。

 ということは──


「トールか!? あやつとお主の間に、一体なにがあったのじゃ!?」

「はい。トール・リーガスどのは、アグニスの発火体質を治してくださったのです」

「なんじゃと!?」

「なのに我は、トールどのがアグニスをだまして、よからぬことをしようとしていると思い込んでしまったのです……」


 ライゼンガはため息をついた。


「そうして我はおろかにも、トールどのを炎でおどして、捕らえて、領地へと連れ帰ろうとしたのです。正直、あのときは怒りに目がくらんでおったのですが……アグニスが我のあやまちを正してくれました」

「アグニスがお主を止めたということか?」

「はい。アグニスは発火に使っていた火の魔力で、おそるべき身体強化を行ったのです。そうして片腕で我が動きを封じ、両腕で我を完全に拘束して、頭上へと持ち上げてしまったのです。いや、まったく驚きましたぞ!」

「……え。ええええっ!?」

「我はアグニスに感謝しております。われが、恩人に害をなすのを止めてくれたのですからな……あんなに怒ったアグニスは初めて見ました」


 ライゼンガはトールへの感謝と、アグニスの成長とかわいさについて語り続ける。

 魔王ルキエは、それに答えることができなかった。

 予想外すぎる展開に、頭が真っ白になっていたのだ。


 トールがまたなにかやらかしたのだとは思っていた。

 けれど、アグニスの魔力を改善したという事実は、魔王ルキエの予想をはるかに超えていた。


 ライゼンガの娘、アグニスは火炎巨人イフリートの血が強く出た、いわゆる先祖返りだ。

 強すぎる火の魔力を制御できない彼女は、発火体質に悩んでいた。


 だから、主君として魔王ルキエも手を貸した。

 城内での『耐火たいかよろい』の着用を許し、炎が他の者に影響を与えないように、専用の区画も与えたのだ。


(そのアグニスの発火体質を治したじゃと!?)


 しかもアグニスは火の魔力で、身体を強化できるようになったという。

 ライゼンガの言葉によると、片手で彼の動きを封じ、両手で彼を拘束して、頭上に持ち上げたらしい。そんなこと、通常の身体強化の魔術でできるはずがない。


 身体強化の魔術は力や素早さなど、ひとつのパラメータに限って上昇させるものだ。

 上昇率も、せいぜい1・5倍から2倍。

 だが、少女であるアグニスがライゼンガの動きを封じるには、4倍……あるいは5倍の強化が必要だ。

 さらに、力だけではなく、身体能力すべてを全体的に強化しなければいけない。

 それはまさに、勇者に匹敵ひってきするほどの強化魔術だ。


「正直に申し上げて……我は現在の魔王領の『人間に学ぶ』という方針に疑問を持っておりました」


 ライゼンガ将軍の話は続いていた。


「だが、トール・リーガスどのことを知り、陛下の方針は正しかったと理解いたしました。陛下がトール・リーガスどのを重用されたのは、すばらしいことだったのです。ですから感謝の意味も込めて、我は陛下に忠誠を誓うこととしたのです」

「……そういうことであったのか」

「我が忠誠はすでに陛下のもとにございます。どうか、我が失態に対してばつを下すよう、お願いいたします」


 がん、と、ライゼンガは床に額を打ち付けた。


「……先祖返りした火炎巨人イフリートの発火能力を押さえて、火の魔力を身体強化に変換……将軍の動きを封じるほどの力を与える……ないない。あり得ない……あり得ないことが……」


 横を見ると、宰相ケルヴが柱に頭を打ち付けていた。

 トールが来てから魔王領の高官は、建築物への頭突きが趣味になったらしい。


「陛下の客人に無礼を働いた罪がどれほどのものか、理解しております。すでに我は、将軍の職を辞する覚悟でおります。陛下、どうか、存分になされよ」


 やがて、火炎将軍ライゼンガは顔を上げて、魔王ルキエを見た。


「……ライゼンガの罪、か」


 魔王ルキエは玉座の肘掛けを握りしめた。

 ライゼンガは自分の知らないところでトールをさらおうとした。これは確かに許しがたい。

 魔王として、ライゼンガには罰を与えるべきだろう。


 だが、ライゼンガは『原初の炎の名にかけて』魔王ルキエに忠誠を誓っている。

 初代魔王が当時の火炎巨人イフリートからもらったという、最高位の誓いだ。

 それを魔王ルキエが受けたということは、大きな意味をもつ。


 さらに、そこまでしてくれたライゼンガを処分してしまえば、魔王領の民も不満を持つだろう。

 処分のその原因がトールにあるとわかったら、彼を悪く言う者も出るかもしれない。

 それはルキエも、嫌だった。


「トールは、なんと言っておる?」


 ふと、魔王ルキエは訊ねた。


「あやつは、お主にどのような罰を望んでおったのじゃ?」

「あの方は……我にいかなる罰を与えることも望みませんでした」

「……まぁ、あやつなら、そうかもしれぬな」

「ですが、われがどうしてもとお願いしたところ、錬金術の素材が欲しいと言われました」


 ライゼンガはうなずいた。


「我が領土は山岳地帯にあり、これから鉱山の開発が始まる予定です。それを知ったトールどのは、山にある珍しい石が欲しいと申されました。そのうちに我が領土を訪ねて、錬金術の素材を探してみたい、と」


 トールらしい、と、魔王ルキエは思う。


 彼のことだから、きっと魔王領のことと、アグニスの立場を考えたのだろう。

 将軍であるライゼンガに大きな罰を加えることは、魔王領を動揺させてしまう。

 せっかく発火体質が治ったアグニスの立場も悪くなる。


 だから、トールはライゼンガをばっすることを望まなかった。

 ならばその意を汲んだ上で、魔王としてライゼンガをどうするか考えるべきだろう。


 そして、魔王ルキエは心を決めた。


「ならば火炎将軍ライゼンガに、魔王ルキエ・エヴァーガルドが命じる」


 魔王ルキエは立ち上がり、ライゼンガを見据えた。


「誤解があったとはいえ、余の大切な客人であるトール・リーガスをおどし、己の領土へと連れ去ろうとしたことは許しがたい。よって、お主の領地を一部、取り上げることとする」

「承知いたしました!」


 わずかな迷いもなく、ライゼンガは答えた。


「ということは、我が領地の一部を魔王陛下の直轄地ちょっかつちにされる、と?」

「そうなるな。じゃが、それほど広い土地をもらっても仕方がない。また、管理も大変じゃ。土地の広さは、大きな家が建てられるくらいでよい。近くに街道があり、水場もあれば言うことはないな。まぁ、お主の領土に別荘地をよこせ、ということじゃ」

「……は、はい。それは喜んで」

「そうか」

「ですが陛下、それでは罰になりませぬ。陛下がご希望なら、別荘地を用意するのは当然のことで……」

「我の別荘ではないよ」


 魔王ルキエは、口元だけで笑ってみせた。


「お主が用意するのは、鉱山に近い土地じゃからな。具体的にはすぐに採掘さいくつに行けて、素材集めもできる場所じゃ」

「陛下!? も、もしやそれは──」

「うむ。そこにあやつのための・・・・・・・家を建ててやれ。住まいと、工房を兼ねた、広い家をな」

「──はい!」


 魔王ルキエの意図がわかったのだろう。

 ライゼンガは目を見開いて、うなずいた。


「わかりました。素材の採掘さいくつがしやすい場所で、心置きなく錬金術れんきんじゅつの実験ができるように、広い庭がある家がよいのですな!」

「そうだ。屋敷の建築費はお主の個人的な出費となる。土地と、屋敷と工房の建築予算の提供、トールが不在の間の建物の管理──それがお主へのばつじゃ」


 そうして、魔王ルキエはライゼンガを見た。


「この罰について、なにか不満はあるか、ライゼンガよ?」

「ございません。むしろ、望むところです!」

「あやつの──トールの家はこの魔王城じゃ。じゃが、時には別の場所で研究をしたくなることもあろう」


 魔王ルキエは仮面の下で、おだやかな笑みを浮かべた。


「トールは、皆に自分が作ったマジックアイテムを使ってもらうことを望んでおる。ならば魔王城の中だけではなく、誰もが気軽に訪ねられる場所にも工房を持つのがよかろう」

「そのばつ、よろこんでお受けいたします!!」


 ライゼンガ将軍は再び、床に額を押しつけた。


「トールどのに恩返しをする機会を下さったこと、感謝いたします。我が主君、ルキエ・エヴァーガルド陛下!」

「あまり喜んでもらっては困る。お主は領地の一部を失い、私財を使うのじゃ。これは罰なのじゃぞ?」


 そう言いながら苦笑する、魔王ルキエ。 


「とにかく、トールに迷惑をかけた分だけ、もてなしてやるがよい」

「承知いたしました!!」


 火炎将軍ライゼンガは顔を上げ、うなずいた。


「以上じゃ。ケルヴよ、なにか意見はあるか?」

「……魔力の変換……あり得ない。そんなことは……」

「こら、柱が傷むじゃろうが。いいかげんに頭突きはやめよ」

「…………話は、聞いておりました」


 宰相ケルヴは額を押さえながら、魔王ルキエの方を見た。


「陛下の判断こそ最善と考えます。ライゼンガ将軍は帝国と交渉をしている最中でございます。対外的に大きな罰を与えては、向こうにつけ込まれる隙を作ってしまうかと」

「帝国との交渉か……」


 魔王ルキエは、以前受けた報告を思い出す。

 火炎将軍ライゼンガの領地では、鉱山の開発が行われている。そのため、現在は山に巣を作った魔獣を討伐する準備の真っ最中だ。

 討伐のためには兵を集める必要があるのだが、場所が帝国との境界に近い。

 帝国側に『魔王領より侵攻の意志あり』と、誤解されても困る。

 そのため、ライゼンガは帝国の辺境伯と交渉を行っている。

 その中で、帝国と魔王領で共同して魔獣を討伐するという話が進んでいるのだ。


(……じゃが、帝国はトールを捨てた国じゃからな……)


 あの国が信用できるかどうか、魔王ルキエには確信がない。

 共同で魔獣討伐を行っても大丈夫か、不安なところがあるのだ。


「ケルヴよ。帝国の辺境伯との交渉は、ライゼンガに一任しておったな」

「はい。すでに何度か、書状をやりとりしております。近いうちに、将軍の領土に辺境伯が自らやってくるとか。そうですね、将軍」

「はっ。ケルヴどののおっしゃる通りです」

「そうか。ならば続けてその任に当たるがいい」


 魔王ルキエは続ける。


「ただ、無理に帝国との共同作戦を進めなくともよいぞ。魔獣討伐は、魔王領の兵だけでもなんとかなる。相手が信用ならぬと思ったら、交渉を打ち切っても構わぬ」

「陛下。それは……」

「なんじゃ、ケルヴよ」

「帝国との共同作戦が実現すれば、魔王領はじまって以来の快挙かいきょとなります。陛下の名声を上げるためには、進めた方がよろしいかと」

「わかっておる。可能ならば実現したい」


 不満そうな宰相に、魔王ルキエはうなずき返す。


「じゃが、無理をする必要もない、というだけじゃ。よいな。ライゼンガよ」

「承知いたしました。陛下」

「火炎将軍の忠誠も得られた、その娘も健やかに暮らせるようになった。余は、それで十分じゃよ。自身の名声など……」


 魔王ルキエはふと、顔の上半分をおおう仮面に触れた。

認識阻害にんしきそがい』の仮面は、今も効果を発揮し続けている。

 以前は大事に思えたその機能が、ここ数日で、あまり必要ではないと思えるようになった。


 トールが、魔王領に来てからだ。

 彼と一緒だと素顔をさらして、本音で話すことができる。

 それを楽しいと思っているうちに……いつの間にか、火炎将軍ライゼンガの忠誠まで手に入れてしまった。仮面は、彼のように力を重んじる武人に対抗するためのものだったのに。


(……余は近いうちに、この仮面を外せるようになるのじゃろうか)


 ──アグニスがよろいを脱ぎ捨てたように。

 ──自分も素顔で、みんなと向き合うときがくるのかもしれない。


 そんなことを思ってしまう魔王ルキエだった。


「……いや、話がれたな。ともかく、お主へのばつは下した。これから余はトールからも話を聞くこととするが、あやつも今以上の罰は望むまい。まぁ、工房についてリクエストはするかもしれぬが、それは覚悟しておけ」

「御意にございます。いかなる希望でさえも、お受けする所存です」

「うむ。お主の忠誠、ありがたく思う」


 頭を垂れるライゼンガ将軍に向けて、魔王ルキエは告げた。


「余も──お主の重大な誓いに値するような主君であるように務めよう。以上じゃ」


 魔王ルキエはうなずいた。

 それで、話は終わりになった。


 火炎将軍ライゼンガは一礼して、玉座の間から退出していく。

 廊下に控えていたミノタウロスたちがドアを開けたとき、ふと、将軍は振り返り、


「そういえば……陛下、ひとつ訂正させてください」

「なんじゃ? ライゼンガよ」

宰相さいしょうケルヴどのは火炎巨人イフリートの誓いについて、破った場合は『命を取られても文句は言わない』──という意味だとおっしゃいましたが、それは正確ではないのです」

「正確ではない?」

「最初に『我が主君の前で誓います』とつけた場合は、ケルヴどののおっしゃる通りの意味になります。それを付けずに、特定の相手を対象にして誓った場合は、違う意味になるのです」


 ライゼンガ将軍は、困ったような顔で、続ける。


「たとえば……思いを寄せた相手を対象にして、あの言葉を口にしたときは……『この誓いとともに、身も心もあなたに捧げます。この想いはこの生命の炎とともに燃え続けるでしょう』、という意味になるのです」

「ほぅ。興味深いな」

「重要な誓いですからな、めったに口にするものではないのですが」


 ライゼンガは遠い目をして、ため息をついた。


「本当に……子どもの成長は早いものですな。よろこんでいいやら、さみしいやら」

「──ん?」

「申し訳ございません。親のり言ですよ。それでは失礼いたします」


 そう言ってライゼンガ将軍は退出していった。

 玉座の間には首をかしげる魔王ルキエと、なにかを察して頭を抱える宰相ケルヴが残されたのだった。

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