第118話「番外編:トールとルキエ、古文書を解析する」

「創造錬金術」書籍版発売1ヶ月前記念の番外編、第5弾です。


 書籍版発売日まで1ヶ月を切りました。

 カドカワBOOKさまのホームページでは、表紙やキャラクターデザインの他に、画像つきのちょっとした作品紹介も公開されています。

 ぜひ、見てみてください。


 さてさて。

 今回、トールとルキエは、とある古文書を読み解くようですが……。



──────────────────




「あのな、トールよ」

「どうされましたか、ルキエさま」

「先日の『リバーシ』は面白かったのじゃ」

「ソウデスネ、スゴク白熱シマシタ」

「どうして片言なのじゃ?」

「色々ありまして」


 メイベルとアグニスの前では『リバーシ』は禁句になってるからな。

 ルキエが来たときだけ、『簡易倉庫』から取り出して遊ぶことになっているんだ。


「それでじゃな。他にも、勇者世界のゲームがないか、聞いてみたかったのじゃよ」

「勇者世界のゲームですか」

「面白そうなものはないか?」

「そうですね。どんなものがいいですか?」

「やはり、王にふさわしいものがよいな」


 ルキエはそう言って胸を張った。


「余は王として民を導く責任がある。となると、王が登場するような知的なゲームがよいと思うのじゃよ」

「そうですね。この間見つけた紙に、王さまが関係するゲームがあったような気がします」


 倉庫の隅っこで見つけたものだ。

 本の切れ端で、文字も消えかけてた。写真や図もない。

 一応、保存はしておいたけど、残りの部分が見つかるまで使い道がないんだ。


「ふむ。面白いな。どのようなものじゃ?」

「『将棋』というゲームについての紹介でした」


 確か『初心者向け』と、書いてあったような気がする。

 読みとれるのは、ほんの一部だけ。

 古文書のようなものだから、時間があるときに調べようと思っていたんだけど。


「わかった。では、その『将棋』のことを教えてくれぬか?」


 でも、ルキエはやる気みたいだ。

 楽しそうに目を輝かせて、何度もうなずいてる。


「ふたりで調べれば、やり方もわかるじゃろう」

「本当に断片的なことしかわかりませんよ? それに、俺もまだタイトルしか見ていないんですから」

「古文書を解析して、ゲームのやり方を調べるのも楽しかろうよ」


 そう言ってルキエは、にやりと笑い、


「トールは、そういうのは嫌いか?」

「いえ、大好きです」


 そりゃそうだ。

 勇者世界の古文書を使ってゲームのやり方を探るなんて、楽しいに決まってる。


「いつもは『通販カタログ』のような、保存状態のいい書物を読んでますからね。たまには断片的な古文書から、勇者世界の文化を調べるのもいいと思います」

「決まりじゃな。ふたりで試行錯誤しながら、その『将棋』とやらについて調べるとしよう」

「はい。やってみましょう」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、保存しておいた紙を取り出した。

 古い紙だ。あちこち傷んで、破れかけている部分もある。

 書かれている文字は薄れていて、すごく読みにくい。

『通販カタログ』に比べると、保存状態が悪すぎるんだ。


 ……いや、逆か。『通販カタログ』の保存状態が良すぎるんだ。

 本当の古文書というのは、こういうものかもしれない。

 錬金術師として、なんとか解読してみよう。


「えっと、『将棋』とは──」

「うむ。『将棋』とは?」


 ルキエの声を聞きながら、俺は古文書に目をこらす。

 ……よし、読み取れた。

 勇者世界の将棋とは、えっと──


「将棋とは『王さまを裸にして、逃げ道がなくなるまで追い詰めるゲーム』です」

「──がはごほがはがはごほんごほんっ!」

「わぁっ。ルキエさま。大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫じゃ……げほがほ」


 ルキエは飲んでたお茶を噴き出しそうになってる。

 それとなんとか押さえてから、ルキエは、


「よ、余のような王を!? 一国を治める王を裸にして、逃げ道がなくなるまで追い詰めるじゃと!? 本当にそんなことが書いてあるのか!?」

「……書いてあります」


 文字は薄れているけれど、間違いなく書いてある。

『──の局面では──をがして──王さまを裸にして、逃げ道がなくなるまで追い詰めましょう』って。

 何度読んでも変わりはない。

 将棋とは、そういうゲームみたいだ。


「本当に一国の王を裸にして追い詰めるゲームなのか? トールの願望ではないのか?」

「俺がそんなことをすると思いますか?」

「余の仮面とローブをぎ取ったじゃろう?」

「あれは事故です。ゲームでやったりしません」

「じゃろうな……王を裸にするなど冗談では済まぬ。責任を取ってもらわねばならぬからな」


 ルキエはため息をついて。


「本当に勇者世界ではそんなことが、しかも、ゲームとして行われておったのか? 油断できぬ世界じゃな……」

「あ、でも、裸にするというのは間違いかもしれません」

「そうなのか?」

「はい。ここに『王さま一枚になって決着がつくことも』と、あります。下着は身につけていても大丈夫なようですね」

「ちっとも安心できぬ!!」

「……ですよね」

「だいたい、下着一枚とはなんじゃ!? どっちじゃ!? 上か下か!?」

「えっと『──の場合、一般的には先手が下、後手が上』と書いてあります。つまり、先に攻撃するプレイヤーは下半身に一枚、後攻のプレイヤーは上半身に下着が一枚だけということですね」

「そんな格好でゲームをするのか!?」

「さらに『ゲーム終了時は「投了」』──つまり、投げて終わりになるようです」

「投げる? なにをじゃ?」

「その時点で王さまが所有しているのは、下着だけですから……」

「負けたことを示すために最後の一枚を投げろと!? 結局、丸裸になるのではないか!!」


 ルキエは真っ赤になって声をあげた。


「一国の王を、下着一枚になるまで追い詰めて、最後には下着を投げさせて終わりとは……どういうゲームなのじゃ!! 勇者の世界の連中は一体なにを考えておるのじゃ──っ!!」

「まったく理解できませんねー」

「そう言いながら目を輝かせておらぬか?」

「……輝かせてません。ほんとです」

「とにかく! 前言撤回ぜんげんてっかいじゃ! 余はこんなゲームはやらぬ! 絶対にやらぬのじゃ!」

「お気持ちはわかります」


 俺はうなずいた。


「ですが、この『将棋』とはルキエさまを裸にするようなゲームではないと思います」

「そ、そうなのか?」

「よく読めばわかります。いくら勇者世界でも、ルキエさまのような一国の王を裸に──いえ、すいません。イメージはしてないです。真っ赤にならなくていいですから!」


 勇者世界の書物は危険だ。

 内容をよく読まないと、とんでもない誤解をすることになる。

 うっかり、魔王のルキエを丸裸にして、逃げ場がなくなるまで追い詰めるところを想像して……いや、想像しそうになったじゃないか。

 とんでもないトラップだ。まったくもう。


 それはさておき。



「ここで言う『王さま』とは、実際の王や皇帝ではなく、それに見立てたものだと思うんです」



 俺は言った。

 ルキエは首をかしげてる。

 俺は続ける。


「よくお考えください。いくら勇者でも、国を治めている王さまを丸裸にしたり、逃げ道がなくなるまで追い詰めたりするわけがないですよね?」

「……確かに」


 ルキエはうなずいた。


「そんなことをしてしまったら、ゲームでは済まぬ。ゆえに、ここで言う『王さま』は現実の王ではなく、『王に見立てたもの』ということか」

「そうです。これは、あくまでもゲームなんですから」

「……そういうことか」

「ご安心いただけましたか?」

「うむ」


 照れたような顔で笑うルキエ。


「いや、恥ずかしい。『王を裸に』などと言うから動揺してしもうた。そうじゃな。いくら異世界の勇者でも、そこまでするはずがないな」

「はい。ルキエさま」

「ならば、トールは勇者世界の『将棋』とは、どのようなものだと考える? この古文書から、どのようなゲームを読み取るのじゃ?」

「『将棋』とは、勇者が王の権威に対抗するためのゲームだと思います」


 俺は言った。

 ルキエは顎に手を当てて、考え込むような仕草をして、それから、


「なるほど! そういうことじゃったのか!」


 納得したように、ぽん、と、手を叩いた。

 さすがルキエだ。理解が早い。

 俺の言いたいことを、わかってくれたみたいだ。


「ルキエさまもご存じですよね。異世界から来た勇者の中に、この世界の王や貴族の権威をものともしない者がいたということとは」

「存じておる。自分たちを召喚した王や皇帝に、友人相手のような口を利いておったそうじゃな」

「貴族相手にもそうでした。もちろん、ほとんどの勇者は礼儀正しい者たちでしたけど」

「中には、『よっ。あんたが王さまかい』なんて言ってた者もいたのじゃよな……」

「まわりの貴族がドン引きしてたって記録がありますからね」

「そんな者たちだからこそ、初代魔王さまを恐れず、立ち向かうことができたのかもしれぬな」


 ちなみに当時の皇帝や貴族たちは、勇者たちを丁重に扱った。

 礼儀知らずな勇者たちがいても、とがめたりしなかった。

 それは勇者たちがすさまじい力を持っていたからと、彼らの力が、魔王に対抗するために必要だったからだ。



『皇帝や貴族の権威が通じないのは、勇者たちがそういう世界から来たからだ。仕方ない』



 当時の皇帝や貴族たちは、そんなふうに納得していたそうだ。


「勇者が皇帝の権威をおそれなかった理由は、この『将棋』にあると?」


 そう言ってルキエは、不敵な笑みを浮かべた。

 俺はうなずいて、


「はい。勇者たちはこの『将棋』で、王の権威に対して、抵抗レジストする訓練をしていたんだと思います」

「訓練か。だから『丸裸にされる王』は実際の王ではなく、『王に見立てたもの』なのじゃな?」

「ルキエさまのおっしゃる通りです」


 考えてみれば当然の話だ。

 本物の王さまを丸裸にして追い詰めるなんて、できるわけがない。

 となると、この『将棋』で使うのは、王さまに見立てた、別のもの。

 勇者が『皇帝や王、貴族の権威におびえないようにするためのなにか』だ。

 ということは──



「この古文書から読み取れる『将棋』とは──実際の国の王さまを丸裸にするゲームではなく、勇者たちがお互いを『王さま』に見立てて追いかけっこをするゲームだと考えます」

「うむ! 納得できるのじゃ!」



 ルキエは、ぱん、と膝を叩いて、うなずいた。


「勇者はすさまじい強さを誇るが、皇帝や王もまた、その地位に応じた権威を持つ。生まれながらか、あるいは訓練されたものかは別として、それもまた、力じゃ」

「でも、勇者には力はあっても、権威はありません」

「彼らは『自分たちは異世界の民であり、王ではない』と言っておったからな」

「なのに勇者たちは、皇帝や貴族の権威をものともしませんでした。その理由は──」

「将棋で王に見立てたものを追い詰める──つまり、王の権威を恐れぬための訓練をしておったからじゃな」


 腕組みして、感心したような息を吐くルキエ。

 それから、彼女は俺の方を見て、


「じゃがトールよ。疑問があるぞ」

「どうぞ、ルキエさま」

「『将棋』が『王の権威を超越するための訓練』ならば、服を剥ぎ取る必要はあるまい? 王を剣で斬るふりをしたり、武術で無力化するふりをすればいいのではないか。どうしてわざわざ……その、丸裸にする必要があるのじゃ?」

「そこが、このゲームの重要なところだと思います」


 俺が『将棋』を『王の権威を無効化するゲーム』だと考えた理由はそれだ。


「召喚された勇者たちが皇帝や貴族を恐れなかった理由──その秘密が『王を裸にする』ことにあると、俺は考えています」

「……なんと」

「皇帝や王は、王冠や豪華な服で着飾る者です。また、多くの人たちにかしづかれています」

「……うむ。そうじゃな」


 ルキエはため息をついた。


「余もそういう王じゃからな。余も魔王として、常に『認識阻害』の仮面とローブで姿を隠すことで、権威を身にまとっておるのじゃから」

「ルキエさまは別です」

「なんでじゃ!?」

「だって、ルキエさまは常に、自分の殻を破ろうとされているじゃないですか。ルキエさまが、魔王として魔獣討伐の前戦に立っているのも、王としてみんなを守るためですよね? そうして自信をつけて、最終的に『認識阻害』の仮面とローブを外そうとなさっているんですよね?」

「……う」

「それに、権威を振りかざしている者は、自分が『権威を身にまとっている』なんて言いません。そういう人は自分が権威そのものであり、権威を振るって当然だって思ってるものです。でも、ルキエさまは自分自身と権威を分けて考えていらっしゃいます」

「…………むむ」

「そういうルキエさまは権威におぼれることのない、立派な王だと俺は思って──」

「お主というやつは──っ!」


 ぺちぺち、ぺち!


「な、なんでテーブルを叩いてるんですか? ルキエさま」

「どうしてそういう恥ずかしいことを真顔で言えるのじゃ! もーっ!」

「いえ、思っていることを言っただけです」

「そういうところじゃ! まったく……」


 ルキエは、テーブルをぺちぺちと叩く手を止めて、


「話の腰を折ってしもうたな。それで『皇帝や王は、王冠や豪奢な服で着飾る者です』の続きは?」

「そうですね……」


 俺は少し、考えてから、


「『将棋』で王さまの役を務める者は、実際の王と同じように、着飾っていると思われます」

「かもしれぬな」

「すると、対戦相手は、その服をはぎとっていくことになります」

「最終的には丸裸にするわけじゃからな……むむ。まさか!?」

「そうです。王さまだろうと皇帝だろうと、中身はひとりの人間であり、亜人であり、魔族です。それを丸裸……つまり、生まれたままの姿にすることにより、王も自分たちと対等の存在であることを確認する。それが『将棋』の目的なんですよ」


 おそらくはこうだ。

『将棋』がスタートすると、勇者は着飾った『王さま』を追いかけ始める。

 逃げる王さまは豪華な衣をまとって、王冠をかぶっている。


 周囲には、王を守る者もいるのだろう。歩兵か槍兵か、騎兵だろうか。

 勇者はそれらを排除して、王の衣をはぎとっていく。

 王を追い詰め、下着一枚の姿にしていく。

 逃げ場をなくした王は、最後の一枚を勇者に投げつけ、負けを認めて、ゲームは終了となる。


 そして、下着一枚の王を追い回し、最終的に丸裸にした勇者は知るはずだ。

 王や皇帝といえども、中身──生まれたままの姿は、ただの人間や亜人、魔族と変わらないのだと。

 中身は、普通の民と同じなのだと。

 彼らを王たらしめているのは、豪華な衣であり、部下であり、その権力だと。


 もちろん、ルキエのように統治能力があり、皆からの信頼を受けている王もいるけど、『将棋』の中ではそれは排除される。ただの王という記号になる。


 それは『将棋』が勇者にとって、王や皇帝の権威を乗り越えるための儀式ゲームだからだ。


「おそらく、勇者たちは納得ずくで、交互に王さまや、それを追い詰める者の役を務めていたと思われます。この紙にも『王さま一枚で逃げ切ることもある』と書いてありますからね。勇者から逃げられるのは、勇者だけでしょう」


 俺は説明を続ける。


「王さま役になりきることで、勇者は王になった気分を味わうことができます。その王の衣を剥ぎ取ることで、王がただの人や亜人や魔族であることも確認できます。そういうゲームを繰り返すしていたからこそ、勇者たちは、皇帝や貴族を恐れなかったんですよ」

「理解できる話じゃな」


 いつの間にかルキエは椅子に身体を投げ出して、ぼんやりと宙を見つめていた。


「王の権威をレジストするためのゲーム、それが『将棋』か」

「あくまで仮説です」


 俺は言った。


「断片的な古文書から読み取っただけのものですからね。他の資料には、別のことが書いてある可能性もあります」

「例えば、どのようなものじゃ?」

「そうですね……『リバーシ』のような、盤上のゲームとか」

「だとしたら『王を裸に』の意味が通らぬじゃろう?」

「ですね。ただ、この古文書が完全に読み取れるようになれば、正しいこともわかるかもしれません」

「それまではトールの仮説が、魔王領の定説じゃな」

「『将棋とは、勇者同士が王になりきって追いかけっこをするゲーム』ですね」

「『その果てに、互いの服を剥ぎ取って丸裸にするゲーム』じゃな」


「「…………ふぅ」」


 俺とルキエはため息をついた。

 それから、しばらくして──

 

「…………余は、勇者の時代に生まれなくて幸いじゃった」


 そんなふうにつぶやいて、ルキエは苦笑いした。


「あの時代に生まれていたら、ひとりの魔族として……下着一枚の姿で追いかけ回されておったかもしれぬ。いや、あっという間に丸裸にされておったじゃったろうな」

「…………」

「……こら、トール」

「はい。ルキエさま」

「……今、想像しなかったか?」

「………………してません」

「余の目を見て言ってみよ」

「それはさておき、勇者って怖いですねー」

「さておくな。まぁ、勇者が恐ろしいという意見には賛成じゃが」

「ですよね」

「皇帝や王におびえないように、権威をレジストする訓練までしておったのじゃからな」

「いわゆる状態異常、『畏怖いふ』にかからないように、ですね」

「目的は……状態異常で自分の強さがにぶらないように、じゃろうか」

「でしょうね。勇者は自分の『強さ』を邪魔するものを、徹底して排除していたんだと思います」

「勇者の……強さを求める心には際限がないのじゃな……」


 本当に異世界勇者はおそるべき存在だな。

 というか、普通は考えないだろ『王さまに見立てた誰かを追い回して丸裸にする』って。

 当然、王さま役も納得してやってたんだろうけど。


 でも、逆に考えると、勇者にはそういう訓練が必要だったということだ。

 無理もないよな。

 訓練なしで魔王ルキエを目にしたら、その美しさと権威に圧倒させて、剣なんか向けられなくなるもんな。そういう意味では、勇者は魔王の権威を恐れていたともいえるわけだ。


「……なにを考えておる? トールよ」

「ルキエさまは『あの時代に生まれていたら下着一枚』とおっしゃいましたけど、それはないな……って思ってました」

「そうか?」

「先ほども申し上げましたけど、ルキエさまは立場や地位を超えた威厳がありますから。それに、強力な闇の魔力も、仮面に隠れた美しさもあります」

「…………う、うむ」

「だから、ルキエさまが高貴な方だというのは、勇者にだってわかると思います。うかつに触れようとはしないでしょう。ルキエさまがそういう立場の方でいらっしゃるということは、俺も理解していますからね。もっとも、勇者がなにかしようとしたら、俺がなんとかマジックアイテムを──」

「…………むむ」


 俺の言葉を聞きながら、ルキエはなにか考え込むような様子だった。

 それからしばらく話をしたけど、上の空で──


 ──そのまま、その日の話は終わりになったのだった。




 ──その夜、ルキエの部屋で──




「よく来てくれた。メイベルよ」

「はい、陛下。なにかご用でしょうか?」

「お主に聞きたいことがあるのじゃ」


 ルキエは、こほん、と、咳払いしてから、


「余は、近づきにくい存在じゃろうか?」

「……は、はい?」

「いや、魔王としての余に対して、近寄りがたいというのはわかる。じゃが余は、『認識阻害』の仮面やローブを外して……素顔を知っている者でも、たやすくは触れられないと思ってしまうものじゃろうか?」

「そうですね。陛下は、魔王領の王さまでいらっしゃいますから」

「そうじゃな。だが……友にはもっと、親しくして欲しいと思うこともあるのじゃよ」

「わかります」

「メイベルならわかってくれると思っておった」

「陛下も女の子でいらっしゃいます。親しい方には、もう少し距離を縮めて欲しい……そうお考えになっても、無理はありません」

「そこでじゃ。勇者世界には『将棋』というものがあってな……」

「『将棋』ですか? どのようなものでしょうか?」

「うむ。勇者の世界で行われているもので、身分の差を、おそらくは種族の差をも乗り越えることができるもので……」

「身分の差と種族の差を!? い、一体どのような──」

「つ、つまりな。すべての虚飾きょしょくを剥ぎ取って── (ひそひそ)」

「へ、陛下、さすがにそれは (ひそひそ)は──」

「わかっておる! ただ、そういうものもあるという話じゃ!」

「な、なるほど。でしたら私が (ひそひそ)」

「い、いや、それはいくらなんでも…… (ひそひそひそ)」

「 (ひそひそひそ)」


「「 (ひそひそひそひそひそひそ……)」」


 こうして──

 魔王ルキエとメイベルは、異世界の『将棋』について、極秘に話し合ったのだけど──



 その結果、この世界で『将棋 (仮)』が実行されるか否か……それは誰にもわからないことなのだった。

 




──────────────────



 いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!


 書籍版「創造錬金術」の情報が、カドカワBOOKSさまのホームページで公開中です。

 表紙の画像やキャラクターデザイン、キャラ紹介など、さまざまな情報がアップされています。ぜひ、見てみてください!


 書籍版の発売日は5月8日です。

 書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!

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