【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
第117話「番外編:メイベルとアグニスと、秘密の『リバーシ』」
第117話「番外編:メイベルとアグニスと、秘密の『リバーシ』」
「創造錬金術」書籍版発売1ヶ月前記念の番外編、第4弾です。
書籍版発売日まで1ヶ月を切りました。
カドカワBOOKさまのホームページでは、表紙やキャラクターデザインの他に、画像つきのちょっとした作品紹介も公開されています。
ぜひ、見てみてください。
さてさて。
今回、トールは勇者世界のゲームに興味を持ったようですが……。
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「あのさ、メイベル」
「どうされましたか? トールさま」
「実は『通販カタログ』に載っていた、勇者世界のゲームを再現してみたんだ」
「ゲームですか?」
「うん。片面が白で、片面が黒い石を使う『リバーシ』というものなんだけどね」
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『リバーシ』
誰もが知っている定番ゲームをご自宅で!
『リバーシ』は白と黒、どちらかの色を選んで戦うゲームです。
相手の石を挟み込んだら、ひっくり返し、自分の色に染めることができます。
盤面をたくさん自分の色で染めた方の勝ちです。
勝ったと思ったら大逆転。
めまぐるしく変わる白と黒の戦いに、みんなハラハラドキドキ。
ルールは簡単なのに先が読めません。
シンプルなゲームで、予想外の結末を!
魔法のような魅力があるこのゲームを、ぜひ、お楽しみください!
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「これは交互に石を置いて、はさんだ石を自分の色に変えていくゲームだね」
「最終的に、自分の色が多い方が勝ちなのですね?」
「そうだね」
俺はうなずいた。
「それで、メイベルに質問だけど。これがただのゲームだと思う?」
「まったく思いません」
「気が合うね」
「勇者世界のアイテムですからね」
「勇者世界のアイテムじゃ、しょうがないよな」
かつて、異世界から呼び出された勇者は、桁外れな力をふるって世界を変えた。
そんな勇者の世界のアイテムが、ただのゲームのはずがない。
「俺は、ゲームに使われている色に意味があるんじゃないかと思うんだ」
俺は『リバーシ』用に作った石を手に取った。
石を円盤型にして、片面を白く、片面を黒く塗ってある。
「ゲームをするだけなら、白と黒にこだわる必要はない。赤と青、緑と黄色でもよかったはずだ。でも、勇者は白と黒の石にした。この意味はなんだろう?」
「塗料が安かった。あるいは、わかりやすかったという理由じゃないでしょうか」
「メイベルはそれを信じてる?」
「いいえ」
メイベルは笑って、首を横に振った。
「勇者世界の人たちが、そんな単純な理由で色を決めるとは思えません」
「ヒントは『勇者は人間──光の魔力が強い側で戦っていた』だね。そうして『アルティメット・ヴィヴィッドライト』のように、純白の光を生み出す魔術を使っている者もいた」
「つまり、白は光を現しているということですね」
「うん。そして黒は闇と考えると……この『リバーシ』は、光と闇の、果てしない勢力争いをイメージしているのかもしれない」
白が優勢のときは、光の勢力範囲が広い。
黒が優勢のときは、闇の勢力範囲が広い。
つまり、この盤面は世界を。
白と黒の石は、互いの勢力を表していると考えられる。
最終的には、光と闇──勢力の強い方が勝者となる。
いわば、これは勇者により、光と闇の代理戦争のようなものだ。
そうして、ゲームが終わった後──
「この『リバーシ』は、魔術的な儀式として完成するんじゃないかな?」
俺は『超小型簡易倉庫』から『リバーシ』の盤面を取り出して、テーブルに置いた。
金属製で、表面は緑に塗られている。
そこに黒い線が引かれて、8×8のマス目が形作られている。
これが『リバーシ』の戦いの舞台だ。
「『通販カタログ』にも『シンプルなゲームで、予想外の結末を!』って書いてあるからね。盤上で光の魔力と闇の魔力をぶつけ合うことで、勇者は魔術の儀式を行っていたのかもしれない」
「あり得る話ですね……」
「勇者の『強さ』へのこだわりってすごいからね」
「魔獣との戦いを『ゲーム』と呼んでいた人もいましたから」
「逆にリバーシという『ゲーム』が、魔術的な儀式、あるいは戦いであってもおかしくはないよな」
「そうですね」
「だよね」
俺とメイベルはうなずき合う。
「問題は、俺たちがどうやって、その魔術儀式を見つけ出すか……だけど」
勇者たちにとっては常識でも、こっちの世界では違う。
しかも俺たちはただの人間とエルフだ。
異世界勇者みたいな膨大な魔力を引っ張り出せるわけじゃないんだ。
というか『通販カタログ』、儀式の説明くらい書いておいて欲しい。
説明がなければ、手探りでやるしかないんだから。
おかげで、こっちは試行錯誤をするはめになってる。ひとつひとつ実験して、どうすれば魔術が発動するか考えなきゃいけないじゃないか。
手間がかかるよ。いやぁ、まいったなぁ。困るなぁ。
「トールさま。楽しそうですね?」
「そんなことないよー?」
「そうですか?」
「……それはともかく、実験を手伝ってくれる?」
俺はテーブルの上にある盤面を指し示した。
「このゲーム盤には光と闇の魔石を仕込んであるんだ。白黒の石にも魔石のかけらを埋め込んである。ゲームを進めていけば、色々な反応があると思うよ」
「面白そうですね。やってみたいです!」
「うん。試行錯誤しながら、勇者世界の魔術儀式を探ってみよう」
俺たちは盤面を挟んで、向かい合わせに腰掛ける。
盤面には初期配置として、白と黒の石がそれぞれ2つずつ置かれている。
おそらくこれは、世界の始まりを示している。
白黒同数ということは、光と闇が均衡しているということだ。
俺たちはその均衡を崩して、盤上の
……緊張するなぁ。
「それじゃメイベル。石を置いてみて」
「は、はい」
メイベルの指が、袋に入った石をつまんだ。
彼女が、白い面を上にして盤面に置き、白石ふたつに挟まれた黒石をひっくり返すと──
ふわり。
盤面から、光の球体が浮かび上がった。
数は3つ。大きさは、人の頭くらいはある。
それはメイベルのお腹と背中と太股にくっつき、そのまま、光を放ち続ける。
「これは……ライトの魔術ですか?」
「そうだよ。この『リバーシ』は石の数に応じて、光と闇の球体が飛び出すようになってるんだ」
俺は盤面に黒い石を置いた。
ふたつの黒石の間にある白い石を、指でくるりとひっくり返す。
すると──メイベルの身体にくっついていた光の球体がひとつ消えて、今度は盤上から、黒い球体が浮かび上がる。数は3つ。
それはメイベルの時と同じように、俺のお腹と背中、太股にくっついた。
「そちらはダークネスの魔術ですね?」
「うん。黒石が増えると、闇の球体がプレイヤーを包むようになってるんだ」
ライトとダークネスは初歩の魔術だ。
魔石と、簡単な仕掛けがあれば発動できる。
この『リバーシ』は石の数に応じて、ライトとダークネスを生み出すようになっている。
盤面は8×8だから、最大で64個。
それぞれの勢力が強まるほど、光と闇も強くなる。
白──光の勢力は、ゲームが進むごとに大量の光の球体に包まれて──
黒──闇の勢力は、闇の球体に包まれる。
それぞれのプレイヤーが光と闇になりきることで、なんらかの魔術儀式が成立するんじゃないかな──って、作ってるときに思いついたんだ。
だから、実現してみた。
もちろん、ライトやダークネスが全身を包み込んでしまったら盤面が見えなくなるから、くっつくのは鎖骨の下くらいまでだけど。
「こうすれば、光と闇の勢力図が
「確かに……そうですね」
ぱちん、と、メイベルが白い石を置く。
光の球体が飛び出して、彼女の身体にまとわりつく。
「こうしていると、自分が光を召喚しているみたいです」
「光と闇の戦士って、こんな気分なのかもね」
俺は黒い石を置いて、メイベルの側の白石をひっくり返す。
メイベルの光が消えて、再び闇の勢力が強くなる。
……なかなか面白いな。これは。
「ライトとダークネスに包まれることで、各プレイヤーは『光の勢力』と『闇の勢力』になりきることができるのですね」
メイベルは石を手に、ぽつり、とつぶやいた。
「そうやって光と闇の戦いを疑似体験することが『リバーシ』の目的ですね?」
「さすがメイベル。鋭いな」
「トールさまのことですから、わかります。それにこうして『ライト』の魔術に包まれていると、自分が光の一部になったように感じますから」
「そうだね。俺も闇に包まれていると、闇の一部になったような気分になるよ」
俺を取り囲んでいる闇の球体は、全部で5個。
右膝から腰までを包み込んでいる。
確かに、闇の勢力になったような気分にはなるけど──
「でも……ひとつ問題があるんだ」
「問題ですか?」
「光と闇に包まれると、俺やメイベル──つまり、各プレイヤーの姿が隠れてしまうんだよ」
「それは仕方がないのではないでしょうか? だって、光か闇と一体化して、それぞれの勢力として戦うゲームなのですよね?」
「うん。でも、それは勇者のやり方じゃない」
俺は言った。
「メイベルも知ってるだろ? かつてこの世界に召喚された勇者たちが、自分をさらけ出して戦ってた……ってことを」
「……あ」
メイベルが目を見開いた。
俺の言いたいことがわかったみたいだ。
異世界勇者たちは、すごく自己主張が強かった。
派手好きな人も多かった。
ピカピカに磨き上げた金属製の鎧や、宝石のついた鞘や杖を好んでいた。ビキニアーマーなんてものを着ていた者もいた。金や銀の刺繍をほどこしたマントをつけて、高いところで勝ち名乗りを上げる勇者もいた。
そんなふうに彼らは、自分をさらけだしていたんだ。
「でも、この『リバーシ』で遊ぶと、光と闇の球体で自分を隠すことになるよね?」
「そうですね」
「そんなふうに自分を隠すことと、勇者の『自分をさらけ出すこと』は矛盾する。魔術儀式としては、なにかがおかしいんだ。その矛盾を解決する方法があればいいんだけど……」
……難しいな。
さすが勇者世界のゲームだけのことはある。
『通販カタログ』にあるように『ルールは簡単なのに先が読めず。奥が深い』
まだまだ、分析する必要がありそうだ。
「とりあえず、このまま続けてみてはいかがですか?」
メイベルは、むん、と拳を握りしめて、言った。
「トールさまがお作りになるものに間違いはありません。ゲームを進めていけば、きっとなにかのヒントが得られるはずです!」
「そうだね。じゃあ、続けようか」
「はい!」
そうして、俺とメイベルが『リバーシ』を続けようとしたとき──
こんこん、こん。
「アグニスです。トール・カナンさま。入ってもいいですか?」
ノックの音と、アグニスの声がした。
「入っていいよ。アグニス。どうかした?」
「し、失礼いたしますので……」
ドアが開いて、緊張した表情のアグニスが入ってくる。
彼女は俺に向かって、深々と頭を下げて、
「お父さまから、トール・カナンさまをお呼びするように言われました。一緒に魔王陛下のお話を聞いて欲しいそうです」
「わかった。すぐに行くよ」
俺は席を立った。
ルキエに呼ばれたんじゃしょうがないな。
でも『リバーシ』はどうしよう?
これは魔術儀式のためのアイテムだから、途中で止めるのはよくないよな。
……となると。
「アグニスは、今、時間は大丈夫?」
「は、はい。大丈夫なので」
「それじゃ俺の代わりに、この『リバーシ』を遊んでみてくれるかな?」
「『リバーシ』? おふたりにくっついている、ライトとダークネスの球体が関係しているもの、ですか?」
「そうだよ。これは勇者世界の、光と闇の勢力争いを模したゲームなんだ」
「……すごい」
アグニスは目を輝かせてる。
興味があるみたいだ。
「ルールは、メイベルが説明してあげて。このまま続けてもいいし、やり直してもいいから」
「わかりました。トールさま」
「じゃあ、俺は玉座の間に行くね」
そうして俺は、魔王ルキエの元に向かったのだった。
──メイベルとアグニス視点──
「それではゲームを続けましょう。アグニスさま」
「……責任重大なので」
メイベルとアグニスは盤面を挟んで向かい合う。
白と黒の勢力範囲は、どちらも半分ずつ。数は一桁。
戦いはまだ、序盤だった。
「トールさまから任された、大切なお役目です。なんとしても、勇者世界の魔術儀式の手がかりを見つけださなければいけません」
「アグニスも、なんでもする覚悟なので」
「次の手を打つ前に、トールさまのおっしゃっていたことを説明しますね」
メイベルはアグニスに『リバーシ』のルールについて説明した。
「──以上のように、自分の勢力が増えるごとに、ライトとダークネスの数も増えます。それによってプレイヤーは、光に包まれる、あるいは闇に包まれることになります」
「なるほど……わかったので」
アグニスは真剣な表情でうなずく。
「そして、このゲームは『光と闇の代理戦争』だから、魔術儀式の可能性があるということなので」
「最終的になんらかの魔術が発動すると、トールさまは考えていらっしゃいます」
「……すごいので」
「ただ……トールさまは、『光と闇が増えると、プレイヤーの姿が隠れてしまうのが問題』だともおっしゃっていました」
メイベルは自分の身体にまとわりつく、ライトの球体に触れた。
すでに光は彼女のお腹から、膝上くらいまでを
ゲームが終わるころには、鎖骨の下あたりまでが光に包まれることになるだろう。
「現に、私もアグニスさまも、ふともものあたりが隠れていますからね」
「そうなので」
「でも、勇者は自分をさらけ出す者たちでした。勇者のその性質と、こうやって姿を隠すのは矛盾すると、トールさまはお考えのようです」
「確かに、隠れて戦うのは、勇者らしくないので」
「もしかしたら、その
メイベルはそう言って、『リバーシ』の石をつまみ上げた。
円盤形で、片面には白、片面には黒い石が使われている。中には少量の魔石が溶け込んでいるようだ。
これが盤面と反応して、ライトとダークネスの魔術を発動しているのだろう。
すでにメイベルの身体には、8個の光がくっついている。アグニスも同じだ。
メイベルから見ると、アグニスのお腹まわりが闇に溶け込んでいるように見える。
アグニスからは、メイベルが光の中に隠れているように見えるだろう。
この『隠れる』という効果と、勇者の『自分をさらけだす』という性質をどのように両立させるか──それが、メイベルとアグニスに与えられた課題だった。
「私はいつもトールさまには助けられてばかりですから」
メイベルは、真面目な顔でうなずいた。
「お世話係として、たまにはお役に立たなければいけません。このメイベル・リフレイン。この身を捨ててでも、『リバーシ』の秘密を解き明かす覚悟です!」
「ア、アグニスも同じなので! なんでもするので!」
「がんばりましょう。アグニスさま!」
「うん。がんばるので!」
メイベルとアグニスは視線を合わせて、うなずく。
トールはふたりを信じて、マジックアイテム『リバーシ』を預けてくれたのだ。
その期待には、なんとしても応えなければ。
そう思い、覚悟を新たにするふたりだった。
「問題は、どうやって『光や闇の中に隠れる』と『自分をさらけだす』を両立させるかです」
「難しい問題なので……」
「光や闇の中で、自分をさらけ出す方法があればよいのですが」
「あの……メイベル」
「なんですか、アグニスさま」
「メイベルの身体を包む光って、なにかに似てると思うので」
「似てる、ですか?」
「前に話してくれた……えっと『しゅわしゅわ風呂』?」
「わかりました。トールさまがお作りになった『貴人用・しゅわしゅわ風呂』ですね」
「そう! それなの」
「あれは湯気と謎の光で身体を隠すものですから、確かに似てますね」
「これは光の球体と闇の球体で、身体を隠すものなので」
「光と闇の球体か、湯気と謎の光かの違いですね。でも、似てるのは仕方ないです。『貴人用・しゅわしゅわ風呂』も勇者世界のアイテムで──」
「そうなの。『貴人用・しゅわしゅわ風呂』は、あらわになった肌を隠すもので──」
「「──あ」」
不意に、メイベルとアグニスは目を見開き、顔を見合わせる。
『自分をさらけだす』
『「リバーシ」にはしゅわしゅわ風呂の謎光線と似た効果がある』
それが、2人がたどりついたキーワードだった。
そこから導かれる解答に、ふたりの顔が真っ赤になる。
メイベルは思わず頬を押さえ、アグニスは『健康増進ペンダント』の反応を確かめる。
どくん、どくん、と、ふたりの鼓動が激しくなる。
「いやいやまさか、それはないと思いますよ?」
「そ、そうなので。ただのゲームに、そこまでするはずないので」
「トールさまだったら、もっと別の答えを導き出されるはずです」
「当然なので。アグニスたちの考えは、きっと間違ってると思うので」
「…………」
「…………」
「「でも、やってみる価値はあるかもしれ (ません) (ないので)」」
ふたりは覚悟を決めたように、つぶやいた。
そしてゲームの続きと──魔術儀式のための行動を開始したのだった。
──十数分後、トール視点──
「どうぞ、陛下。こちらです」
「うむ。勇者世界のゲームとやら、見せてもらおう」
俺は部屋に戻ってきた。魔王スタイルのルキエも一緒だ。
玉座の間では、ライゼンガ領について話を聞かれた。
将軍の領土がどんな様子が、俺の目から見た意見を聞かせて欲しいということだったんだ。
話はすぐに終わり、それから、雑談になった。
その後、ルキエは『リバーシ』を見に来ることになったんだ。
「メイベル、アグニス。調子はどう……って、もう終盤かな?」
部屋の奥でテーブルを挟んで、メイベルとアグニスが対峙してる。
ふたりとも真剣な表情だ。
まるで命がかかっているかのように、盤面を見つめている。
ゲームが終盤だってわかるのは、ライトとダークネスの球体が、ふたりを取り囲んでいたからだ。
数はそれぞれ、30個を越えているだろう。
それがメイベルとアグニスの鎖骨から下と、膝上までを隠してる。
ふたりの身体はほとんど、光と闇の中に隠れている状態だ。見えるのは鎖骨から上と、膝から下だけ。まるで身体が、光と闇に飲み込まれているようにも見える。
すごいな……ゲーム終盤だと、こんな状態になるのか。
「おぉ。白熱しておるようじゃな」
ルキエは興味深そうにつぶやいた。
「メイベルもアグニスも、次の一手を迷っておるように見えるな」
「真剣そのものですね」
「余が来たことも気づかぬようじゃな」
「ふたりとも『リバーシ』の実験に集中しているようです。お出迎えのあいさつができないことをお許しください」
「構わぬよ。実験中に踏み込んだのは、余の方なのじゃから」
さすがルキエだ。心が広い。
これならメイベルとアグニスも、安心して実験の続きを──
「…………困りました」
「…………こ、ここから……どうすれば」
──いや、安心した様子はないな。
ふたりとも真っ赤な顔で、額に汗をかいている。
なにが起こっているんだろう……?
「……魔王陛下。ごあいさつできないことをお許しください」
メイベルが、ゆっくりとこっちを見て、頭を下げた。
「私は今、この場から立ち上がることができないのです。申し訳ありません」
「気にせずともよい。マジックアイテムの実験中ならば、そのようなこともあろう」
「……はぃぃ」
つぶやきながら椅子の下で、もじもじと足をこすり合わせるメイベル。
「……陛下。トール・カナンさま」
アグニスは、震えながら俺たちの方を見て、
「非礼をお許しください。今はどうしても、動けないので……」
「わかっておる。それで『リバーシ』の様子はどうじゃ?」
アグニスの言葉に、首をかしげる魔王ルキエ。
「なにか魔術的な反応はあったのか? また、勇者世界の儀式の手がかりは?」
「え、えっと……ドキドキしますので」
「なるほど。体温上昇効果があるのか」
「こうしてると……肌寒いはずなのに……ほかほかするので」
「興味深いな。他にはどうじゃ?」
「……早まったような気がするので」
「……早まった?」
「次の一手を指したら、大変なことになるような気がする……ので」
アグニスはそう言って、『リバーシ』の石を手に取った。
腕を挙げて、盤面にそれを置こうとして──止めて。
そのまま、アグニスは凍り付いたように、動かなくなってしまった。
「どうしたの、アグニス?」
「白黒が半分ずつになっておるな。次の手で、大勢が決まるのではないか?」
「「…………」」
俺とルキエが声をかけても、アグニスは動かない。メイベルも硬直してる。
ふたりとも額に汗をかいたまま、ふるふると震えてる。
……一体、なにが起きてるの?
「……陛下。トールさま」
「なんじゃ?」
「どうしたの、メイベル」
「アグニスさまが石を置くと、盤面の3分の2が黒になります。白は、3分の1に減ります。ライトの球体も、今の3分の1になります」
「そうだね」
「でも、次に私が石を置くと、ほとんどが白に染まってしまうんです。黒は、たぶん、3個くらいになります。ダークネスの球体も、3個だけになります」
「メイベルの勝ちってことだね?」
「いいえ、この戦いに勝者はいません」
メイベルはきっぱりと宣言した。
「次の石を置いた瞬間に私が、その次の石でアグニスさまが敗北します。この戦いに、勝者はいないのです」
「そうなの?」
「……そうなんです」
震える声でつぶやくメイベル。
アグニスは相変わらず、硬直したままだ。
もしかしたらふたりは、俺が知らない『リバーシ』の秘密に気づいたんだろうか。
「……お願いがあります」
「……陛下。トール・カナンさま。お願いなので」
「「今回のゲームは、ここで引き分けとさせて欲しいのです」」
メイベルとアグニスは、涙目になって、そう言った。
「いや、でも、あと2手で決着が付くのじゃろ?」
「はい。陛下」
「ならば、指せばいいのではないか?」
「できません」
「なぜじゃ?」
「陛下とトールさまに、恥ずかしい姿をお見せするわけにはいかないからです!」
「そこまで勝敗にこだわっておるのか!?」
ルキエがおどろいたように声をあげた。
俺もびっくりだ。
メイベルが「負けた姿を見せるのが恥ずかしい」……って。
まさかふたりが、ここまで勝負に夢中になるなんて思わなかった。
これが『リバーシ』の魔力なんだろうか……。
「そういうことなら、今回は引き分けにしようよ。ルキエさまも、いいですよね?」
「そ、そうじゃな。終わりにするがよい」
「「…………はいぃ」」
俺とルキエの言葉に、メイベルとアグニスは安心したようなため息をついた。
そして、せーのっ、で、立ち上がる。
ふたりがかりで『リバーシ』の盤面を水平に保ったまま──持ち上げながら。
「では、失礼いたします」
「隣の部屋で、『リバーシ』を初期状態に戻しますので」
「……ここで戻してもいいんだよ?」
別に難しいことはないからね?
盤面を傾けて、石をすべて袋の中に戻せばいいだけなんだから。
でも、メイベルとアグニスは首を横に振って、
「「……おふたりに恥ずかしい姿をお見せするわけにはいかないので」」
そう言って、光と闇に包まれたメイベルとアグニスは、一礼。
椅子の上からなにかを抱え上げるような動きをしたあと──
やっぱり盤面を水平に保ったまま、光と闇に包まれながら、ふたりは隣の部屋に入っていったのだった。
数分後、メイベルとアグニスは、大慌てで部屋に戻ってきた。
ふたりはルキエと俺に、深々と頭を下げて、
「失礼をいたしました。陛下、トールさま」
「お出迎えできずに、大変申し訳ありませんでした……ので」
──そんなことを言った。
もちろん、俺は全然気にしてない。
『リバーシ』の実験をお願いしたのは俺の方だからね。
ふたりが真剣にやってくれてたのはわかるから。
「それでふたりとも、なにか気づいたことはあった?」
「……ドキドキしました」
「……自分をさらけ出しながら、光と闇に隠れることの、危険性に気づいたので」
「「このゲームは、普通に遊んだ方がいいと思います」」
メイベルとアグニスは、声をそろえて、そう言った。
ふたりの言うこともわかる。
魔術儀式の再現にこだわると、純粋にゲームを楽しめないもんな。
無理して『リバーシ』の秘密を探るより、普通に遊んだ方がいいのかもしれない。
回数を重ねるうちに、自然と魔術儀式が発動するかもしれないからね。
「ではメイベルにアグニスよ。余に『リバーシ』の遊び方を教えてくれるか?」
「はい! 陛下」
「ごくごく安全な遊び方をお教えしますので」
それから、メイベルとアグニスは、ルキエに『リバーシ』の説明をはじめた。
もちろんルキエは黒──闇の方を選択。
対戦相手は俺が担当したのだけれど、普通に楽しかった。
白黒が半々になったとき、メイベルとアグニスたちのような現象が発生するかと思ったけど、それもなし。
緊張も、ドキドキもしなかった。
ただ、俺が光に、ルキエが闇に包まれただけだ。
ルキエは「これは愉快じゃ!」って、笑ってたけど。
ごく当たり前にゲームは進行して、ルキエの勝利で終わった。
というか、はじめてなのにめちゃくちゃ強いな。ルキエは。
「いや、面白かったぞ。なかなかに楽しい時を過ごすことができたのじゃ」
「楽しんでいただけたならなによりです。ルキエさま」
「ところでこれは、儀式用の魔術具の可能性もあるということじゃが……メイベルとアグニスよ」
魔王ルキエが、ふたりの方を見た。
「余とトールでは、お主たちのようにはならなかったのじゃが、なにかコツがあるのか?」
「……そ、それは」
「……あの、あのあの」
メイベルとアグニスは、真っ赤になってうつむいて。
それから──
「あれはもう少し、研究が必要なのです。陛下」
「安全な方法がわかりましたら、お伝えしますので」
「そうか。楽しみにしておるぞ」
そう言って、ルキエは部屋を出て行った。
メイベルとアグニスも、ついていった
出迎えができなかった代わりに、ルキエを廊下の先まで見送るらしい。
ふたりが戻ってくるまでの間、俺は部屋を片付けることにした。
『リバーシ』の石を袋に入れて、茶器は一箇所にまとめて、っと。
そうそう、予備の椅子を倉庫の方に戻さないと。
部屋に戻ってきたとき、テーブルの奥に予備の椅子が置いてあったんだよな。
たぶん、メイベルが出してくれたんだろう。
ふたりが対戦中は、なにかを載せていたみたいだけど──ライトとダークネスが邪魔で見えなかった。一体、何に使っていたんだろう?
そんなことを考えながら隣の部屋に入ると──
「……あれ? なにか落ちてる」
雑然とした、倉庫の隅。
そこに白い布が落ちていた。
下着だった。
……あれ?
…………なんでこんなものが落ちてるんだろう?
推測1:洗濯物が紛れ込んだ。
推測2:『リバーシ』の魔術儀式が呼び寄せた。
推測3:メイベルかアグニスが着ていたもの。
「……とりあえずメイベルとアグニスに聞いてみよう」
普通に考えれば「推測1」だろうな。
「推測2」だったら面白いけど。
メイベルとアグニスはあれだけ真剣勝負をしていたんだ。
その集中力が、魔術儀式を完成させていてもおかしくない。下着を呼び寄せる魔術って意味不明だけど。
「推測3」は……「推測2」以上に意味不明だな。うん。
まぁ、ふたりが戻ってくればわかるよね。
そんなわけで、俺は部屋に戻り、メイベルとアグニスを待つことにしたんだけど──
「た、ただいま戻りました。トールさま。それで──」
「ト、トール・カナンさまは隣の部屋には……倉庫には入ってない……ので?」
「その件で、ふたりに聞きたいことがあるんだけど──」
──その後、ふたりから聞き出した『リバーシ実験』の内容は、メイベルとアグニスの希望により、門外不出の極秘事項となったのだった。
──────────────────
【お知らせです】
いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!
書籍版「創造錬金術」の情報が、カドカワBOOKSさまのホームページで公開中です。
表紙の画像やキャラクターデザイン、キャラ紹介など、さまざまな情報がアップされています。ぜひ、見てみてください!
書籍版の発売日は5月8日です。
書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!
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