第145話「交易所について会議をする」

 ──トール視点──





「では、会議をはじめよう」


 ライゼンガ将軍は宣言した。


 将軍の屋敷の大広間で、会議が行われようとしていた。

 集まっているのは交易所と関わりのある、文官や武官たち。

 議題は『交易所の拡大と外交機関の設置について』だ。


 俺とアグニスも同席してる。

 俺たちは魔王領と『ノーザの町』を行き来する使者のような立場だ。

 情報共有をしておく必要があるからね。


「今回の会議のために、文官のエルテどのに来ていただいた」


 将軍は皆に向かって宣言した。

 名前を呼ばれたエルテさんが、慌てて立ち上がる。

 エルテさんは広間にいる人々を見回して、


「ライゼンガ領の皆さま、はじめまして。文官のエルテと申します」


 そう言ってエルテさんは、深々と頭を下げた。


 エルテさんは宰相ケルヴさんの姪で、俺が作るマジックアイテムの評価もしてくれてる。

 そのえんで、交易所に設置される外交拠点の担当者になったらしい。


若輩者じゃくはいものではありますが、精一杯勤めさせていただきます。どうか、お力をお貸し下さい!」

「無論だ。我らも協力させていただくとも」


 ライゼンガ将軍は言った。


「血縁の方を寄越よこされたということは、宰相閣下も新たな交易所に期待を寄せているということだからな。その思いに背かぬよう、皆も協力してくれることを願う」

「「「承知いたしました!!」」」


 広間に集まっている人たちが、一斉に声をあげる。


 もちろん、俺もできる限りのことはするつもりだ。

 エルテさんにはお世話になってるからね。


「皆も知っての通り、これから交易所を拡大することとなる。そこには魔王領の外交拠点が設置される。その運営を担当されるのがエルテどのだ」


 ライゼンガ将軍は説明を続ける。


「交易所拡大の目的は、魔王領を経済的に発展させることにある。国境地帯の町、あるいは大公国との交流を深めれば、得られるものも多いだろう。評判を聞きつけて、別の国が魔王領との交易を望むかもしれぬ。そうだな。エルテどの」

「は、はい。そのようなこともあるかと」

「ゆえに、我々は宰相府さいしょうふと力を合わせて、交易所を運営してきた。無論、交易所を作ることになったのは、錬金術師トールどのとメイベル、アグニスの功績でもあるがな」


 え?

 ……あの、将軍。なんでこっちに話を振るんですか。

 俺たちは質問されたら答えるだけって言ってませんでしたか……?

 しかも、どうして目を輝かせてるんですか?


「トールどのがソフィア皇女と交流を深めてくれたことで、国境地帯に交易所──つまり、魔王領の出先機関を作ることができた。大公国の信頼を得て、交易所の拡大を行うこととなったのだ。そうだな。エルテどの」

「は、はい。将軍のおっしゃる通りで……」

「ゆえに、トールどのの功績は大きい。交易所が出来たのは、まさにトールどのとアグニスの、はじめての共同作業と言っても過言かごんではなく──」

「お父さま」


 不意に、アグニスがぽつり、と、つぶやいた。


「今は会議中なので。本題から逸れずに、お話を続けた方が良いと思うので」

「……う、うむ!」


『健康増進ペンダント』を握りしめるアグニスに、将軍は慌ててうなずき返す。


「す、すまぬな。皆。親心のせいで……いや、つい話が逸れてしまった! 我が言いたかったのは、今回の件についてはトールどのの貢献が大きいということだ。それが言いたかったのだ。た、他意はないのだからな!」


 そう言ってライゼンガ将軍は、エルテさんの方を見た。


「で、ではエルテどの。交易所の件については、魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下から書状を頂いておるだろう? まずはそれを、皆に公開していただけないだろうか。た、頼む。エルテどの」

「は、はい。承知いたしました」


 エルテさんは懐から1通の書状を取り出した。

 彼女は、それをゆっくりと読み上げていく。



「『魔王ルキエ・エヴァーガルドより、「交易所の拡大」について、皆に告げる。


 大公国のソフィア皇女より、交易所の拡大についての提案があった。

 熟慮じゅくりょの結果、余はそれを受け入れることにした。


 交易所を拡大する目的は、魔王領を発展させることにある。

 帝国の産物を購入し、かの国の技術や文化を学ぶことにはメリットがある。

 有用な文化は取り入れ、研究する。

 技術を学べば、よりよい商品を生み出すこともできるであろう。


 だが、人間たちとの交流が深まることで、トラブルが増える懸念けねんもある。

 解決のために、交易所には外交拠点を設置することとした。

 その場所には、文官エルテとライゼンガ領の者に常駐してもらうこととなる。


 無論、大きな問題が起きたときは、魔王城で対応する。

 エルテたちには、その場で解決できるような小さなトラブルを担当してもらう。

 現場の者でしか分からぬことや、すぐに解決するべきこともあるじゃろうからな。


 余は交易所の拡大が、魔王領のさらなる発展のきっかけになると信じておる。

 金や資材が必要な場合は申請するがよい。皆の働きに期待しておる』


 ──以上です」



 そう言ってエルテさんは、書状をたたんだ。

 広間にはしばらく、沈黙が落ちた。

 みんな、ルキエの書状の内容をかみしめているようだった。

 やがて──



「国境地帯の発展。経済の発展。ひいては魔王領のためか。さすがは陛下だ」

「責任は重大だな……」

「陛下は我々を信頼されているのだ。お気持ちに応えねば『火炎巨人イフリート』の眷属けんぞくの名がすたる!」



 ライゼンガ領の武官・文官の皆さんが声をあげる。

 みんなルキエの書状に感動してるみたいだ。


 やっぱりルキエはすごいな。

 書状ひとつで、みんなの心をつかんじゃってる。さすが魔王陛下だ。


「皆の気持ちはわかった。われも、今回の計画には大いに期待している」


 その後、ライゼンガ将軍は周囲を見回し、宣言した。


「だが、すぐにというわけにはいかぬ。交易所の拡大は、『ノーザの町』の『オマワリサン部隊』と協力しながら行うこととなるのだが……今は先方が取り込み中のようなのでな」


 今は、帝国の調査部隊が『例の箱』を手に入れるために動いている。

 ソフィア皇女や『オマワリサン部隊』は、その対応をしなきゃいけない。

 だから、『交易所拡大計画』は、それが終わった後になるはずだ。


「先方の問題が片付いたらすぐに動けるように、こちらで計画を立てることとしよう。交易所の見取り図を作り、外交の拠点をどこに設置するか、警備をどうするかを決めておくのだ。資材も用意しなければならぬだろうからな」


 そう言って将軍はエルテさんの方を見た。

 エルテさんはみんなに会釈して、テーブルの上に見取り図を広げる。

 ここからは文官の仕事だ。


「では、ここからは私は説明します。まず、必要な資材の手配ですが──」


 ──そうして、会議は続いていく。


『交易所の拡大』といっても、課題は山のようにある。


 人材の配置。資材の手配と運搬方法。

 工事についての『ノーザの町』への周知方法。その時期と期間。

 外交拠点の役割。

 トラブルがあったときの対処方針。

『オマワリサン部隊』との連携について。


 エルテさんはひとつひとつ確認しながら、皆の意見を聞いていく。

 ライゼンガ領の人たちも、積極的に意見を出してる。


 魔王領のこういうところはすごいと思う。

 帝国にいたころは、基本的に上意下達だったからな。

 上の意見が下によく伝わるのはいいけど、下の意見は上に届かない。

 そのせいでトラブルも多かったんだけど……。


「……トール・カナンさま」


 ふと、アグニスがつぶやいた。


「アグニスたちの役割は、『ノーザの町』への使者……なのですよね。そのための『滞在許可証』なので」

「そうだね。一番多く国境地帯の町に出入りしてるのは俺たちだから」

「それは納得しているので。でも……」


 アグニスはうつむいて、


「メイベルも一緒に行けたらいいのに。あの子も『滞在許可証』をもらってるので……」

「わかるけど、今は無理かな」

「はい。エルフの耳は目立つので。でも、なんとかしてあげたいので……」

「まぁ、対策は考えてあるんだけどね」

「え?」

「え?」


 あれ? 言わなかったっけ。

 メイベルが気軽に『ノーザの町』を歩けるようなアイテムを開発してるって。

 まぁ、その話は後でいいか。今は会議中だからね。


 俺とアグニスは唇に指を当てて「しーっ」のポーズ。

 みんなの議論に意識を戻す。


 そうして、会議は進んでいき、俺やアグニスが発言する機会もなく、終了した。

 やがてみんなが退出を始める。

 俺も部屋を出ようと立ち上がったんだけど──


「トールどの。すまぬが、少し時間をいただいてもよいだろうか」


 ──ライゼンガ将軍が俺を呼び止めた。


「『三角コーン』を用いた交易所の警備について、意見をうかがいたいのだよ」

「マジックアイテムの話ですね?」

「……マジックアイテムの話だな」

「わかりました。うかがいます」


 そうして俺は将軍と、ふたりで話をすることになったのだった。







 その後、俺たちは別室に移動した。

 屋敷のメイドさんからお茶をもらって、俺たちはひとやすみ。

 それから──


「トールどのが作られた『三角コーン』だが、あれは交易所の警備に使うことになる」


 ライゼンガ将軍は言った。


「だが、我には『三角コーン』の効果範囲がよくわからぬのだ。それでトールどのの助言が欲しいのだよ」

「そういうことだったんですか」


『三角コーン』の効果範囲か。

 厳密な実験はまだだから、推測になるけど──


「効果を発揮するのは、半径十数メートルです。ただ、強烈な殺気を発するのは、1メートル前後ですね」

「距離によって効果が変わるのだな?」

「はい。『三角コーン』が視界に入ると、少しだけ威圧感があります。1メートル以内に近づくと、それが強烈な殺気になります。生命の危機を感じるので、普通の人は触れることもできないはずです」

「なるほど。それならば交易所の警備に使えそうだな」


 ライゼンガ将軍は腕組みをして、


「それをどのように配置するか、トールどのに意見はあるだろうか?」

「そうですね。交易所が開いているときは、人の誘導に使えます。人は意識せず、『三角コーン』から距離を取ることになりますから、うまく並べれば人に列を作らせることもできます。あとは、立ち入り禁止にしたい場所に設置したりですね」

「なるほど」

「問題は、交易所が閉じているときにどうするか、ですね」

「うむ。その間は、できるだけ警備の兵士を減らしたいのだよ」


 交易所が休みの間は、エルテさんの外交拠点だけが稼働かどうすることになる。

 お客は少なくなるから、大量の警備兵はいらない。

 でも、それなりの守りは必要になるから……難しいな。


「交易所が開くのは数日に1度だ。それ以外の期間は外交拠点のみが稼働することになる。今の広さならば、少数の兵でも警備できよう。だが、拡大した後は……」

「広くなった分だけ、兵士さんたちの目が届きにくくなるということですね」

「うむ。その隙間をどうやって『三角コーン』に埋めてもらうかが問題だな。帝都から来るという調査部隊のこともあるからな。警備は厳重にしたいのだよ」


 交易所が拡大すれば、その分、目が届かない場所が増えてしまう。

 その穴を『三角コーン』に埋めて欲しいってことか。

 帝都から来る、『例の箱』の調査部隊の問題もあるからな。セキュリティは強めにしておいた方がいいよね。

 

「それなら、『三角コーン』で陣を敷くのはどうでしょうか?」

「陣を敷く? つまり、『三角コーン』を兵に見立てるということか?」

「将軍なら、敵を囲んだり、迎え撃つための陣形をご存じのはずです。それを参考にすればいいんじゃないでしょうか。そうすることで『三角コーン』も、侵入者を効率的に阻止できると思います」

「なるほど! それは面白いな」


 ライゼンガ将軍は、ぽん、と手を叩いた。


「防御用の陣形なら、効率よく敵を迎え撃てる。それを応用すれば『三角コーン』で、無駄なく交易所を警備することができるかもしれぬ」

「なにかおすすめの陣形はありますか? よければ『三角コーン』を、それに合わせて調整しますけど」

「そうだな。異世界勇者が敷いたという陣形が良いかもしれぬ」

「異世界の勇者の陣形ですか。そういえば……ありましたね。『鶴翼かくよくの陣形』とか『魚鱗ぎょりんの陣形』とか」

「実際に陣を敷いたのはこの世界の兵士だったらしいが」

「勇者の方は、陣を敷いただけで満足して、魔王軍に突撃してきたそうですからね」

「うむ。だから、魔王領では勇者の陣形に詳しい者が少ないのだよ」


 ため息をつくライゼンガ将軍。


「だが、勇者世界に詳しいトールどのなら、『三角コーン』が効果を発揮する陣形がわかるのではないか?」

「……そうですね」


 帝都の役所にいたときに読んだ歴史書に、『自称軍師』の勇者の話があったっけ。

 彼は当時の人間たちに色々な陣形や計略を教えていたらしい。

鶴翼かくよくの陣形』とか『魚鱗ぎょりんの陣形』とか、今も記録に残っている。


 それだけじゃない。

『自称軍師』の勇者は、もっとすごい陣形を知っていたらしい。

 実際には使われなかったけど、『石兵八陣』という名前のものもあったそうだ。

 恐らくストーンゴーレムを使った陣だと思うけど、勇者はそういうものも使えるって豪語ごうごしていたんだ。


 それらの陣形を真似ることができれば、『三角コーン』をもっと上手く活用できるかもしれない。


「わかりました。では、なんとか考えてみますね」

「急がなくてもよい。交易所が拡大してからの話だからな。心に留めておいてくれればいいのだよ。無理はしないでくれ」

「はい。将軍」


 そんな感じで、俺は部屋を出たのだった。







「錬金術師さま。少しお時間をいただいてもよろしいですか?」


 廊下に出たところで、俺はエルテさんに呼び止められた。


「私が交易所の外交拠点に赴任するにあたって、お願いがあるのです」

「お願いですか?」

「はい。私の角のことです」


 エルテさんは耳の後ろにある角をでた。

 長さは人差し指くらい。

 ルキエほどは大きくないけれど、それなりに目立っている。


「普通の人間からすると、魔族の角は恐ろしいものでしょう?」

「俺はかっこいいと思います」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

「では、普通の人間から見たらどうでしょう?」

「…………」

「…………」

「そうですね。ちょっとびっくりするかもしれませんね」

「やはり、そうですか」


 エルテさんは肩を落とした。


「……人間の方と付き合うのは難しいものですね」

「もちろん、びっくりしない人もいると思いますよ?」

「それはわかります。ですが、それを当てにするわけにはまいりません」


 緊張した顔でうなずく、エルテさん。


「私は交易所に赴任した後に、人間の方々と顔を合わせることになります。そのときに怖がらせたり、びっくりさせたくないのです。私は魔王領と人間の世界の友好のために行くのですからね。できれば……仲良くしたいと思っております」

「……エルテさん」

「昔は人間を警戒していたこともありました。けれど、人間にも信頼できる方や、警戒しても仕方のない方がいることも知りました。ですから、私はもっと人間のことを知りたくなったのです」

「そうだったんですか」

「…………そうだったのです」


 あれ? どうしてじーっと俺を見てるんですか、エルテさん。

 なんだか優しい目をしてるのは、どうして?


「それはともかく、私は人間の方々と仲良くなり、外交官としての役目をよりよく果たしたいのです。そのために、錬金術師さまの力をお借りしたいのです」


 そう言って、エルテさんは説明を終えた。

 ちょっと引っかかるけど、言いたいことはわかった。

 角を見せることで、人を驚かせたくない、ということだな。となると──


「角を隠すアイテムを作りましょうか?」

「ありがとうございます。ですが……できれば、角を目立たなくするアイテムを考えていただけないでしょうか?」

「目立たなく、ですか」

「完全に角を隠してしまえば、人間の方々をだますことになってしまいますから」


 エルテさんはきっぱりと、そう宣言した。


「私はできるだけ公正でありたいと考えています。角がない魔族のふりをするのは、人をだますようで抵抗があるのです。ですから人間の皆さまがびっくりしないように、角を目立たなくできれば……と」


 さすが宰相ケルヴさんの姪御さん。真面目だ。

 人間をおどろかせたくない。でも、嘘もつきたくない……ってことか。すごいな

 そういうところは、素直に尊敬できる。


 だったら、協力しよう。

 ちょうどメイベルの変装用アイテムを考えていたところだ。

 それを応用すれば、自然にエルテさんの角を目立たなくすることができるかもしれない。


「わかりました。俺の方でも考えてみますね」

「急がなくてもいいのですよ。錬金術師さまには、他にも大事なお役目があるのですから。私のことは後回しでも──」

「わかってますわかってます」

「本当にわかっていらっしゃるのですか? あの、錬金術師さま──っ!?」


 俺はエルテさんの声を聞きながら、急いで工房へ向かったのだった。





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 次回更新は8月3日です!


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