【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
第144話「帝国領での出来事と、『ノーザの町』での出来事」
第144話「帝国領での出来事と、『ノーザの町』での出来事」
──十数日前、帝国の首都で──
「国境付近に『例の箱』の調査隊を派遣することになった」
ドルガリア帝国の宮廷。
その執務室で、第一皇子ディアスは言った。
目の前にいるのは、高位の継承権を持つ皇子と皇女が1名ずつ。
彼らは椅子に座ったまま、ディアスの話を聞いている。
「調査に
「私たちが呼ばれたのだね。ディアス
「そうだよ。リカルド」
背の高い皇子に向けて、ディアスは言った。
彼の名前はリカルド。第3皇子だ。魔術に長けていて、部隊を率いての魔獣討伐を担当している。
隣にいる小柄な少女は、第2皇女のダフネだ。
彼女は長い黒髪を無造作にまとめて、きつい目で兄のディアスを見据えている。
「では、訊ねよう。『例の箱』の調査隊を指揮したい者は?」
ディアス皇子は
リカルド皇子とダフネ皇女は、同時に手を挙げた。
お互いを挑戦的な目でにらみつける。
そんな2人をたしなめるように、ディアス皇子は、
「言っておくが、今回の役目は調査だよ。戦うことではない」
「そうなのか? ディアス兄」
リカルド皇子がつぶやいた。
彼は興味をなくしたように手を下ろして、
「それはつまらない。とてもつまらないぞ、ディアス兄」
「大公カロンや高官たちが、『
皇太子ディアスは肩をすくめた。
「あの事件の黒幕は魔術大臣のアジム・ラジーンだというのに……大公カロンが妙なことを言うものだから、高官たちもそれに惑わされているのだ。困ったものだね」
「……兄上を負かした大公カロンの言うことだから、仕方ない」
ダフネ皇女が、ぽつり、とつぶやいた。
「大公カロンは両腕が使えるようになり、再び最強になったもの。その人の意見なら、みんなが耳を傾けるのは当然じゃない?」
「今だけだよ。いずれ大公カロンも老いる。大公国が
「話が
ささやくような声で、ダフネ皇女は続ける。
「次期皇帝は落ち着いているべき。そのようなことでは、心配」
「私は落ち着いているよ。同腹の兄のことは信じて欲しいものだね」
皇太子ディアスは続ける。
「話を続けよう。
それを上司である魔術大臣に報告していなかったことも。
ゲラルトは言った。
「箱の中身を確認してから、魔術大臣に報告するつもりだった」
──と。
「変な箱を見つけた」「中身はわからない」では、無能だと思われてしまう。
だから『巨大サソリの魔獣』のコントロールに成功した後で、その
「その結果、『例の箱』は持ち去られた。行方を捜さなければいけなくなったわけだ」
ディアスは
「今回、調査を担当するのは帝室直属の部隊だ。あの者たちは陛下の血を引く者にしか従わない。2人のどちらかに指揮を執ってもらいたいのは、そういうわけだ」
「ダフネは、ひとつ質問があります。兄上」
漆黒の髪の皇女、ダフネは告げる。
「『例の箱』を、魔王領の者が手に入れていたら?」
「その時は手を引いて構わない。
皇太子ディアスは苦いものを
数ヶ月前まで、魔王領は謎の国だった。
帝国にとっては『可能な限り関わるべきではない国』で『人質を送り込むことで、おとなしくさせる国』でもあったのだ。
だが、この数ヶ月で、状況は大きく変化した。
魔王領はその技術と、おそるべき魔術の技を見せるようになったのだ。
彼らは強力な魔術で『魔獣ガルガロッサ』を即座に
魔王とその配下は、皇女リアナや軍務大臣ザグランと交渉し、有利な条件を引き出した。
知恵の冴えと、気品に満ちた対応で、文化力の高さを見せつけた。
さらにその後、魔王領は謎の言葉『オマワリサン』で、巨大ムカデの魔獣の動きを封じた。
謎の使い魔を使役して、魔獣召喚の実行犯を見つけ出した。
ゲラルト・ツェンガーが召喚した魔獣に至っては、『メテオ』の魔術で倒したそうだ。
そんな魔王領の働きを見て、国境地帯の人間も、考えを変えた。
魔王領の者たちに『魔獣から守ってもらった』と思い、魔王領が自分たちの味方だと感じ始めたのだ。
すかさず魔王領は『交易所』を作り、帝国民との商売を始めた。
高官会議が対応を検討している間に国境地帯は大公領になり、手出しするのは難しくなった。
もはや、魔王領は『帝国より劣る謎の国』ではない。
強力な技術と文化を持つ、魔術大国と考えるべきなのだ。
「だが、帝国が魔王領となれ合うわけにはいかない」
帝国には勇者の正当な後継者としての誇りがある。
魔族や亜人となれ合うなどあり得ない。
「君たちのどちらが調査を命じられるかはわからない。だが、皇帝陛下もおっしゃるはずだ。決して魔王領に手を出してはいけないと」
「……わかりました」
「ではディアス兄。大公国の領主となった不要姫──病弱なるソフィアはどうする?」
皇子リカルドは手を挙げた。
「あの者に命令するのは構わないだろう? あの者は大公カロンに認められ、領主となり、思い上がっているかもしれない。役立たずの皇女に、立場をわきまえさせるのは構わないだろう?」
「調査に必要ならね」
「承知」
ディアスの言葉に、リカルド皇子はうなずいた。
顔を伏せて、押し殺した笑い声を漏らしている。
その態度に不穏なものを感じるディアスだが、リカルドを作戦から外すことはできない。
『例の箱』の調査についての決定権を持つのは、父皇帝だ。
ディアスに命じられたのは、調査担当の皇子皇女に指示内容を伝えることだけ。
すでにこの件は、ディアスの手を離れている。
それが皇太子に傷をつけないための配慮なのか……それとも別の理由があるのか、ディアスにはわからない。
(父上は歴代皇帝の中でも……群を抜いてお強い方だ。きっとお考えがあるのだろう」
そんなことを思いながら、ディアスは弟妹に向かって説明を続けるのだった。
──現在 (トールがソフィアを訪ねた翌日)ソフィア皇女視点──
「『例の箱』の調査に、私も同行したいと考えております」
ソフィア皇女は言った。
ここは屋敷の応接室。
部屋にはソフィアの他に、部下のドロシーとアイザックがいる。
おどろいたように目を見開く二人に向けて、ソフィアは続ける。
「私には領主として、民を守る義務があります。得体の知れないものが領地の中にあるのなら、放置するわけには参りません。帝国から調査隊が来るとなればなおさらです。皇帝の血を引く者として、その調査隊に釘を刺しておかなければ」
「お待ちください。殿下!」
「どうぞ。アイザックさま」
「『例の箱』の調査はドロシーどのたち『レディ・オマワリサン部隊』の担当です。殿下自ら出向かれる必要は……」
「申し訳ありません。これは、私のわがままです」
ソフィアはアイザックに
「私は異世界から召喚されたという『箱』をこの目で見てみたいのです」
「……殿下」
「私は離宮にいたころ、勇者について書かれた本をたくさん読みました。そこで得た知識が、『箱』の分析に役立つかもしれません。少なくとも勇者世界から来たものであれば、なんらかの特徴を見い出せるでしょう」
「殿下は、その『箱』を入手されたいのでしょうか?」
ドロシーが訊ねた。
「あの『箱』は、開くことができないものだと聞いております。仮に勇者世界のものだとわかったところで、中身を確認できなければ、その価値はさほどのものではないと思います。正直、わたくしには皆さまが『例の箱』を欲しがる理由がわからないのですわ……」
「『例の箱』の価値は、はっきりしておりますよ、ドロシーさま」
ソフィアは首を横に振った。
「だって『例の箱』は、これほど多くの人を動かしているのですから」
「──あ」
ドロシーが驚いたような顔になる。
アイザックも同じだ。彼も納得したように、何度もうなずく。
「た、確かに。帝国の調査隊や我々、それに『例の箱』を奪った連中もおります。その『箱』は中身を見せることもなく、多くの者を動かしていますな」
「そうです。異世界から召喚されたものというだけで、『例の箱』は注目を集めております。それを手に入れようとする者が集まることで……国境地帯で、騒動が起こる可能性もあります」
ソフィアはドロシーとアイザックを見つめながら、言った。
「私はこの地の領主として、民の平穏を守る義務がございます。『例の箱』が手に入るかどうかは別として、情報をできるだけ集めておきたいのです」
「お気持ちはわかります。殿下」
「わたくしも……殿下のお考えは尊いと思います」
アイザックとドロシーはうなずいた。
「ですが……仮に『例の箱』を入手できた場合、殿下はそれをどうされるおつもりなのですか?」
「そうですね。仮の話になりますが──」
ソフィアは首をかしげて、少し考えるようなしぐさをした。
それから、いたずらっぽい笑みを浮かべて、
「『例の箱』を複製して、本物は封印してしまおうかと考えております」
「な、なんと!?」
「複製を!? まさか、盗難対策ですか!?」
「ええ。そのために、
そうして、ソフィアはゆっくりと話し始める。
『例の箱』を手に入れて、それを元にレプリカを作ってもらう。
『箱』がまだ開かれていないなら、中身は誰も知らない。
からっぽでも問題ない。
仮に盗まれたとしても、中身はからっぽだ。
失うものはレプリカの箱の、制作費だけ。
そんなものは、国境地帯の平穏に比べれば安いものだ。
『レプリカの箱』は、フタが開かないようにしておけばいい。
盗んだものがそれを開けようとしているうちに、時が経つ。
その間は少なくとも、トラブルをひとつ減らせるはずだ。
「本物は……封印するなり、遺物として保管するなりすればよろしいでしょう。そのあたりは、大公カロンさまに相談して決めたいと思います」
「……な、なんと」
「……殿下は、そこまでお考えなのですね」
「もっとも、これは私たちが『例の箱』を入手した場合の話です。私としては、手がかりだけでもつかめれば十分、と考えています。争ってまで手に入れるつもりはありません」
問題は『例の箱』に強力な力があった場合だが……これは、考えても仕方がない。
封印するか、ソフィアの『光の攻撃魔術』で破壊するか、
ソフィアの目的は、国境地帯の平穏だ。
領主になったからには責任がある。隣国である魔王領──そこにいる大切な人に、みっともないところは見せられない。
そのために『例の箱』や帝国の調査隊、砦から箱を盗んだ者について、できるだけ情報を集めておきたいのだ。
「だからこそ、私は調査に同行したいのです。私の知識が『例の箱』を見つける助けになるかもしれませんからね」
「お話はわかりました。ですが……」
ドロシーは心配そうな顔だ。
気持ちはわかる。
実戦経験のないソフィアを連れて行くのが不安なのだろう。
それに、ドロシーはソフィアの腹心でもある。主君を心配するのは当然のことだ。
もっともソフィアの方では、ドロシーを友人のように思っているのだけれど。
「では、私は砦の調査にのみ同行するということでどうでしょうか?」
ソフィアは言った。
「ドロシーさまはおっしゃっていましたね。ゲラルトが指揮を執っていた砦の調査を行い、その後に周辺の町で聞き込みをされると。砦を調査し、町に泊まり、翌日に帰ってくる予定なのでしょう?」
「はい……そうですね」
ドロシーは少し考えてから、うなずいた。
「わたくしどもは、1泊2日で出向く予定でした。砦はアイザックさまの『オマワリサン部隊』が見張っていらっしゃいますからね。確かに……あの場所なら危険はないかもしれません」
「アイザックさまのご意見はどうでしょうか?」
ドロシーの言質を取ったソフィアは、ソフィアは目を輝かせてアイザックを見た。
「『オマワリサン部隊』がいらっしゃる場所ならば、それほどの危険はないと思います。また、私が部隊の皆さまを
「……そういうことでしたら」
アイザックはうなずいた。
「殿下が
「……そうなると、わたくしには反対できませんわ」
「……
「ありがとうございます。ドロシーさま。アイザックさま」
ソフィアは椅子から立ち上がる。
それから、ドレスのスカートをつまんで、二人に向かって一礼する。
そうして、会議は終わり──
数日後をめどに、ソフィア皇女とドロシーの部隊は、『魔獣召喚』が行われた砦の調査に向かうことになったのだった。
──その日の夕方。ソフィアの部屋で──
「殿下。錬金術師さまから、お届けものなのよ」
「ありがとうございます。ソレーユさま」
部屋の窓辺に、真っ白なフクロウがとまっていた。
ソフィアが窓を開けると、フードを外したフクロウは、
「こちらが『MAXすべすべ化粧水プレミアム』なの」
「原液でございますね」
「錬金術師さまは、10倍に薄めて渡すつもりだったみたいなのよ。でも、殿下は原液が良かったのよね?」
「はい。その方が、色々な使い方ができますから」
「お肌をつやつやにしたいのよね?」
「はい。つやつやのお肌をお見せしたいのです」
「…………」
「…………」
「わかったの。それと、錬金術師さまから伝言があるの」
「は、はい。おうかがいします」
「正座しなくてもいいのよ。えっと、錬金術師さまは『帝国から来る調査隊のこともあります。ぶっそうになるかもしれないので、町の外に出るときは「防犯アイテム」を忘れないようにしてください』と言っていたの」
「……トール・カナンさまが、私のことを心配してくださったのですね」
ソフィアは思わず頬を押さえた。
熱くなる体温を感じながら、ソフィアは、
「他に、トール・カナンさまは、私についておっしゃっていなかったでしょうか?」
「『滞在許可証をありがとうございました。今度は仕事ぬきで、遊びに行きますね』って」
「……うれしいです」
トールが『滞在許可証』を喜んでくれたこと。
仕事抜きで遊びに来ると言ってくれたこと。
それがうれしくて、ソフィアはおだやかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。トール・カナンさまに、よろしくお伝えください」
「わかったの。他にソフィア殿下から、お返事はあるの?」
「それでは……『次回お目にかかったとき、化粧水の実験に付き合ってくださいませ。原液の化粧水を使ったとき、10倍希釈の化粧水を使ったとき──両方の肌触りを、私とトール・カナンさまで、一緒に確認いたしましょう』と、お伝えください」
「………………本当にそのまま伝えていいの?」
「ごめんなさい駄目です。えっと……」
手を振って、口にした言葉を取り消すソフィア。
思わず本音が出てしまったことに気づいて、真っ赤になる。
実は前回、トールが「化粧水は10倍の水で薄める」と言ったとき、どうやってその比率を割り出したのか、ソフィアはすごく気になっていた。
しかもトールは、化粧水を原液で使ったドロシーの下着が落ちることを予測していた。
それは彼が以前にも、同じ現象を体験していたことを意味する。
でなければ、あれほど確信をもって断言することはできないからだ。
なので、ソフィアもトールと、同じ実験をしてみたいと思っていたのだけど──
(……あんまり変なことを言うと、遊びに来てくださらなくなるかもしれませんね)
口に出さずにつぶやくソフィア。
それから、彼女は気を取り直して、
「それでは……私も機会をみつけて、トール・カナンさまのおうちに、遊びに行きますとお伝えください」
ソフィアは言った。
「そのときは、私をアグニスさまやメイベルさまと、同じように扱ってくださいませ、と」
「わかったの。お伝えするのよ」
「それではソレーユさま、お茶を淹れますので、おやつにいたしましょう」
「いいの?」
「せっかく遠くから来てくださったのですからね。それに、こんなことあろうかと、メイドたちには3時のおやつを推奨しております。余りものがあるはずですよ」
以前は食が細かったソフィアを、みんなが心配していた。
でも『フットバス』と『しゅわしゅわ風呂』のおかげで、ソフィアはすっかり元気になり、たくさん食べられるようになった。
メイドたちもよろこんで、毎日、おやつを用意してくれるようになったのだ。
もともと身体が細い方だったから、太る心配は──今のところ、ない。
それに、どうもソフィアは栄養が胸に回る体質のようだ。
というか、リアナが訪ねてきたときに、そんなことを言っていた。
『双子なのに、そこだけ差がついているように思います』──と。
「……次にリアナが来たら、双子でどれだけ違うのか、トール・カナンさまに確認していただくべきかもしれませんね」
「双子の違い? ソレーユとルネも齢の近い姉妹だけど、かなり違ってるのよ?」
「では、ご一緒にトール・カナンさまに、違いを確認していただきましょう」
「賛成なのよ」
「どうやってそれを成し遂げるかは……お茶を飲みながら相談しましょうね」
そうしてソフィア皇女は、羽妖精ソレーユと一緒に、楽しいティータイムを過ごしたのだった。
──────────────────
【お知らせです】
いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!
書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」の2巻の発売日が決定しました!
9月10日発売です!
これも皆さまの応援のおかげです。本当に、ありがとうございます!
2巻ではリアナ皇女とソフィア皇女、それに羽妖精たちも登場します。
もちろん、今回も書き下ろしをエピソードを追加済みです。
ますますにぎやかになる書籍版2巻を、どうか、よろしくお願いします!!
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