第10話「収納と作業場について考える」

 ──トール視点──




「トールさま。お口を開けてくださいませ。はい、あーん、です」

「大丈夫ですメイベルさん。自分で食べられますから」


 夕方。

 俺は部屋で食事を取っていた。


 帝国にいた頃、『魔王領の連中は魔獣まじゅうを生のまま食べてる』なんてうわさを聞いたことがあるけど……実際は、そんなことはまったくなかった。


 メイベルが持ってきてくれたのは、焼きたてのパンと、熱々のスープと肉料理だ。

 パンは少し固いけど、中に甘い木の実が練り込んである。スープもコクがあるし、肉料理は上にった香草が肉の味を引き立ててる。

 というか、帝都で食べてたのより美味おいしい。


 目の前にはエルフのメイベルがいて、俺が食べるのをうれしそうに眺めている。

 食べ始めは緊張したけれど、もう慣れた。メイベルがいい人なのはわかってるから。

 ただ──


「私はトールさまに恩がございます。それを返させてください」


 隙を見て俺に「あーん」しようとするのは困るんだけど。

 切り分けた肉を俺の口元に運ぼうとするたび、大きく開いた襟元が目に入るから。

 とにかく、エルフの肌がすごくきれいなのはわかったけど。


 でも、メイベルは真剣な表情で、


「トールさまのおかげで、わたくしは魔術が使えるようになったのです。母のペンダントも直していただきました。一方的にご恩を受けたままでは、ほこり高きエルフの名がすたります。どうか、恩返しをさせてください」

「どうしても?」

「どうしてもです!」

「わかりました。そのうち返してもらいます」

「そのうち、ですか?」

「俺はまだ、魔王領のことをなにも知りません」


 俺は言った。


「だから、時間が空いたときに、城の中や領内を案内して欲しいんです」

「承知いたしました。恩返しの第一歩ですね」


 ゴールまでは何歩あるんですかメイベルさん。


「魔王さまの許可を取り、近日中に城内と領内を案内いたしますね」

「やっぱり、魔王さまの許可はいるんですね」

「最初だけですよ。魔王さまは、おおらかなお方ですから」


 ……そうなの?

 玉座の間で見たときは、かなり偉そうな感じだったけど。

 それに、かなり「できる権力者」だと感じた。


「その他に、なにかご希望はございますか?」

「もしも俺が、もう一部屋欲しいと言ったら?」

「やはり、魔王さまの許可が必要になりますね」

「ですよね」


 ここは魔王城にある、俺の自室だ。

 部屋にベッドとテーブル、椅子と机がある。入り口の他にも、壁にドアがふたつある。

 片方は隣の倉庫に通じていて、もう片方はトイレに繋がっている。

 ちなみに風呂はない。

 城には大浴場があるらしいけど、魔王城のみなさんと一緒に湯船に浸かるのは、まだ抵抗がある。


 ベッドの近くには大きな窓がある。

 窓からは俺が通ってきた森と、魔王領の首都の風景を見ることができる。

 いい環境だと思う。実際、帝都で住んでた部屋よりもずっといい。

 ただ、錬金術れんきんじゅつの工房にするために、もうひとつ、部屋が欲しいと思ってる。


 魔王陛下は倉庫の方を工房にさせるつもりだったらしいけれど、あっちは貴重なものが多い。異世界の本や、素材になりそうなものが山のようにある。

 そして、錬金術の『錬成れんせい』や『加工』には火や薬品を使うこともある。うっかりすると、異世界の本や、素材を傷めるかもしれない。

 それを避けるためには、作業専用の部屋があった方がいいんだけど……。


「いかがいたしましょうか、トールさま。お部屋をご希望なら、これから魔王さまのところに行って、許可をいただいてまいりますよ」

「部屋の方はまだいいです。それよりも先に、城の案内の方をお願いします」

「わかりました」

「早い方がいいので……明日にでも、お願いできますか」

「もちろんです。トールさまとご一緒できるのは、私としてもうれしいですから……」


 そう言って、メイベルは俺に向かって頭を下げた。


「他にもなにかご希望があれば、なんなりとおっしゃってくださいね。このメイベル・リフレイン、一命をかけてトールさまのご希望に添うようにいたしますので」

「命はかけなくていいですからね?」


 俺は言った。

 でも、メイベルはやさしい微笑みを浮かべただけ。

 ──本当にわかったのかな?


 しばらくすると食事は終わり、メイベルは部屋を出ていった。

 俺は倉庫から『通販カタログ』を持ってきて、机の上に広げた。


「……工房を作るマジックアイテムって、あるかな?」


 そんなことを考えながら、俺はページをめくっていく。

 カタログの最初のページには目次がある。

 工房になりそうなアイテムといえば……『収納しゅうのう』の項目だろうか。


 ……『収納』か。

 そういえば異世界から来た勇者は、アイテムを収納する能力を持っていたんだっけ。帝国にいたころ、歴史書で読んだことがあるけど。


 その能力は『収納ボックス』『収納スキル』『アイテムボックス』など、さまざまな名前で呼ばれていた。

 別空間に大量のアイテムを収納できる能力で、収納したものは、いつでも自由に取り出すこともできたらしい。

 おそらく、内部でアイテムが自動的に整理されていたのだろう。


 それは勇者独自の能力だった。

 今の帝国には、同じ能力を持つ者はいない。


 そもそも、あれがスキルだったのか、アイテムによる能力だったのかもわかっていない。

 まさに、勇者時代の『失われた技術ロスト・テクノロジー』だ。


「あの『収納ボックス』は、勇者が強い理由のひとつだったんだよな……」


 アイテムを大量に持ち歩いても荷物にならない。

 しかも、好きなアイテムをいつでも取り出すことができる。

 旅をするにも戦闘にも、すごく便利な能力だ。


 もしも『収納ボックス』の代わりになるものを作り出せたら、勇者の『強さ』を超えるための手がかりになるかもしれない。

 やってみる価値はありそうだ。

 うまくいけば、収納空間の中に『工房』を作ることもできるかもしれないし。


 俺は『通販カタログ』の、『収納』アイテムのページを開いた。

 これが勇者の世界の本なら、『収納ボックス』と似た感じのものがあると思うんだけど。


「……これかな?」


 俺は本の途中で手を止めた。

 そこに掲載されていたのは、金属製の倉庫だった。

 説明文があるな。これは──



『見た目はコンパクト、中は信じられない広さ! あらゆるものが収納できます! 整理もラクラク! 取り出すときも思いのまま!!』



 ──勇者の『収納ボックス』そのままの能力だ。

 すごいな。本当にあったよ……。


 アイテムの名前は『簡易倉庫』。

 高さ2メートル、横幅3メートル、奥行き3メートル。

 金属製で、大きな引き戸がついている。


 写真には、倉庫の外観がいかんしか写っていない。

 説明文には『今までの常識を越える、別次元の広さ・・・・・・! 実際にお使いになり、その広さをご確認ください!』とある。『別次元』──つまり『広い別空間』があるってことか。


 となると、これは内部に『収納ボックス』用の別空間を作り出すものなのかもしれない。


 かつてこの世界にやってきた勇者は、別空間にアイテムを収納していた。

 そして、この本は勇者の世界のものだ。

 同じ能力を持つアイテムが掲載されていてもおかしくはない。


「……やってみるか」


 俺の目的は、勇者を超えることだ。

 勇者の世界にあったような便利アイテムを作って、この魔王領に普及させる。

 魔王領を、帝国よりもはるかに暮らしやすい場所にする。


 俺の『創造錬金術』は、そのために使うって決めたんだ。

 だから、この『簡易倉庫』が作れるかどうか、試してみよう。



「発動『創造錬金術オーバー・アルケミー』」



 俺はスキルを起動した。

『通販カタログ』のページをじっくりと見て、『簡易倉庫』の能力とパラメータを確認。俺のスキルでコピーできるか確認する。

創造錬金術オーバー・アルケミー』の答えは──



──────────────────



『簡易倉庫 (『創造錬金術オーバー・アルケミー』で作成は可能。ただし、現在は魔力不足)


・必要な魔力

 地の魔力 (作成条件を満たしています)

 風の魔力 (作成条件を満たしています)

 闇の魔力 (不足しています)



──────────────────



 作れる。

 ただし、今は闇の魔力が足りないらしい。


『簡易倉庫』に必要なのは、地の魔力と風の魔力、それと闇の魔力だ。

 地の魔力で空間を囲み、風の魔力で、空間を大気で満たすらしい。

 でも、十分な闇の魔力がなければ、収納用の別空間を作り出すことはできないのか。


『闇の魔力』は、言葉通りの闇、あるいは空白や無を意味する。

 帝国ではマイナスイメージしかない魔力だけど、空白や無は必要なものなんだ。

 まわりに空白からっぽの空間がなければ、人は動くことができないから。

 桶だって部屋だって、中になにも無いから物を入れられるわけだし。


 だから『簡易倉庫』の中になにも無い収納空間を作るには、闇の魔力が大量に必要ってのもわかる。

 でも、俺が使える闇の魔力は、まだ少ない。

 俺がつい最近まで帝国にいたからだ。あっちは光の魔力が強くて、闇の魔力が弱い場所だったから。


 となると……どうしようかな。

 闇の魔力を十分に吸収するには、時間がかかりそうなんだよな。


「近くに、たくさんの『闇の魔力』を持ってる人がいればいいんだけど」

「失礼する。トール・リーガスはおるか?」


 不意に、ノックの音がした。

 ドアの隙間すきまから、『闇の魔力』が流れ込んできた。



『──必要な「闇の魔力」を吸収しました。「簡易倉庫」を作成可能です』



 頭の中で声がした。


「あれ? なんで?」

「魔王ルキエ・エヴァーガルドである! トール・リーガス。おるのじゃろう!?」

「あ、はい」


 ドアを開けると、魔王のルキエ・エヴァーガルドがいた。

 玉座の間で見たのと同じ姿だ。

 黒いローブをまとって、顔には銀色の仮面を着けている。

 隣にはメイベルが控えている。魔王ルキエを、ここまで案内してきたみたいだ。


「話があって参った。入ってもよいか?」

「は、はい」

「いや、ひざまずかずともよい。お忍びで来たのじゃ、楽にせよ」


 言われて俺は立ち上がる。

 正面から、魔王を見る。


 魔王ルキエを、こんなに近くで見るのは初めてだ。

 やっぱり魔王だけあって、その姿は威厳いげんに満ちてる。

 仮面のせいで表情はわからない。身長は……なんとなくだけど、俺より高い……ような気がする。

 仮面も、漆黒のローブも、マジックアイテムだろうな。

『錬金術師』としての本能が、あれは強力なものだとささやいている。

 興味はあるけど、うかつに触れるのは危険そうだ。


 フードからは金髪がはみだしている。

 女性だろうけど、声からは性別を超越したプレッシャーを感じる。

 俺が反射的に膝をついたのはそのせいだ。


「まずは礼を言わせてもらおう。トール・リーガスよ」


 魔王は、こほん、とせきばらいしてから、そう言った。


「メイベルが魔術を使えるようにしてくれたこと、ありがたく思う。この者は余のおさななじみでな、とても大切な存在なのだ。彼女の悩みを解決してくれたこと、感謝している。ありがとう、トール・リーガスよ」

「もったいないお言葉です。魔王陛下」


 俺は軽く頭を下げたまま、答えた。

 元々は俺も貴族だからな。こういうときの対応は身についている。


「俺も、魔王領に来てからメイベルさんにはお世話になりっぱなしですからね。俺の錬金術が、メイベルさんの役に立ったのならうれしいです」


 本心だった。

 俺は帝国に捨てられて、むりやり馬車に乗せられて、ここに来た。

 温かく迎えてくれたメイベルには、本当に感謝してる。


「……お主は、変わっておるな」

「そうでしょうか?」

「余の父──先代の魔王の在位中に帝国から来た者は、おびえてまともに話もできなかったらしいぞ。まぁ、すぐに、あいさつもなしに帰ってしまったそうだが」

「……人それぞれですね」

「お主は実に落ち着いておる。ふむ。面白いな。面白い……が」


 魔王は興味深そうに俺を見てる。


「うたがわしくもある。なにかたくらんでおるのではないか、とな」

「わかりますか」

「たくらんでおるのか!?」

「実は、これを作ろうかと考えているんです」


 俺は『通販カタログ』のページを、魔王に示した。


「『2時間で組み立て完了。羊が50匹乗ってもこわれない簡易倉庫』です。作ってもいいですか? この中を作業場にしたいんです。寝室と錬金術れんきんじゅつの工房が一緒だと、どうも落ち着かなくて」

「……ほんっとに変わっておるな」


 魔王ルキエはため息をついた。


「ひとつ聞いてもいいか。錬金術師アルケミストトールよ」

「はい魔王陛下!」

「なんで目を輝かせておるのじゃ?」

「国のトップから公式に錬金術師って認められたのがうれしくて、つい」

「……お主はなにが目的なのだ?」


 魔王ルキエは言った。


「お主は帝国の使者としてここに来ている。使者の役割は交流じゃ。じゃが、お主はメイベルのペンダントを修理した上に、あやつの体質まで改善してしまった。お主がそこまでする理由──目的はなんじゃ? 聞かせてくれ」


 そんなこと言われても困る。


 俺は帝国に捨てられてここに来た。

 公爵こうしゃくも、自分を連れてきた兵士も、俺を魔王領へのいけにえとして扱っていた。


 だけど、それを説明するのは難しい。

 下手にこじれて、俺の扱いが変わっても困る。

 だから、素直に答えるとしたら──


「勇者をえることですね」


 俺は言った。

 魔王が絶句した。


「勇者を超える……じゃと?」

「あ、はい。正確には、勇者の世界を超えるマジックアイテムを作ることですけど」

「馬鹿な! 勇者は大いなるスキルを持ち、この世界よりはるかに進んだ世界から来た者たちじゃ! その勇者の世界を──超えるじゃと!?」

「幸い、資料はありますから」


 俺は『通販カタログ』を示した。


「勇者の世界のマジックアイテムのかたちと能力については、これに書いてあります。それとまったく同じとはいかなくても、似せたものなら作れると思うんです」

「…………」

「あれ? もしかして魔王陛下は、勇者の力の源についてご存じですか? もしかしてこの本にある『必要電力』というやつでしょうか? でも勇者の力の源が『必要電力』なら、この世界では使えませんよね? ということは、やっぱり魔力になるんでしょうか。陛下はどう思います?」

「…………」

「あ、すいません。話がそれました。なんで勇者の世界を超えるマジックアイテムを作りたいかというとですね。勇者とは俺にとって超越存在なわけで、まったく理解できないわけですよ。でも、彼らの世界のアイテムを作って、それを実際に使ってみれば、勇者を理解することができるかもしれないんです。勇者を超えたいというのは、勇者を理解したいという意味もあってですね……」

「トール・リーガスよ」


 不意に、魔王が重々しい口調でつぶやいた。

 仮面の向こうから、じっと俺を見ている。


 まずい。調子に乗って話しすぎた。

 錬金術の話題になると、すぐ夢中になるのは悪いくせだ。

 相手は魔族の頂点に立つ、魔王ルキエ・エヴァーガルド。

 本来なら、俺が気安く話せる相手じゃないっていうのに……。


「我が魔王領はかつて、異世界から来た勇者に敗れた、それは知っておるな」


 魔王ルキエ・エヴァーガルドは言った。


「トール・リーガス。お主はその勇者を超えたいと思っておる。それに相違そういないか」

「……はい。その通りです」

「そうか」


 魔王ルキエはひとつ、深呼吸をしてから、


「ははっ。面白い。面白いぞお主! 帝国から来た者が魔王領で、勇者を超えるアイテムを作る──か、実に面白い! やってみるがいい。トール・リーガスよ!」

「いいんですか?」

も魔王と呼ばれる身じゃからな。それくらいの器量はあるつもりじゃ。お主の野望、しかと受け止めよう!」


 魔王は胸を張って宣言した。

 よかった。怒ってなかった。

 しかも、俺の目的をそのまま受け入れてくれた。

 メイベルは『魔王さまはおおらかな方』って言ってたけど、本当だったみたいだ。


「先ほど倉庫を作りたいと申していたな。許す。やってみるがいい」

「え? それも許可していただけるんですか?」

「作業場を作るだけであろう。構わぬよ」

「ありがとうございます。で、こちらが準備した素材になります」

「待て待て待て!」

「どうされましたか。陛下?」

「今からか!? 今すぐに作り始めるのか!?」

「いいっておっしゃったじゃないですか」

「言ったけど! 確かに言ったけど!?」


 俺は「こんなこともあろうかと」用意しておいた素材を取り出す。

 倉庫にあった盾と鎧をやわらかくした、金属塊きんぞくかいだ。


 簡易倉庫は金属製だ。この金属塊を素材にできる。

 倉庫の大きさは、高さ約2メートル。幅3メートルで奥行き4メートル。

 でも、それに合わせる必要はない。


 異世界の勇者が使っていたのは、容量無限の『収納ボックス』だ。

 倉庫そのものの大きさには意味がない。

 重要なのは内部の空間だ。


 空間をつかさどるのは『無』や『空白』を意味する闇の魔力。

 倉庫の本質は壁じゃない。

 中のなにもない空間だ。からっぽだから物が入る。

『闇の魔力』が強ければ強いほど、内部が広い倉庫になるはずだ。


 必要な『闇の魔力』は、もう取り込んである。

 この魔王領でも最も強い魔力を持つ、魔王ルキエがすぐそばにいるのだから。

 彼女の身体からあふれだす魔力があれば、収納空間を作ることもできるはず。


 魔王陛下の許可も得たことだし、さあ、錬金術を始めよう。


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