第69話「魔王軍と帝国部隊、共闘する(1)」
──数時間前、北東の森の奥で──
「この
副官マリエラは、配下の兵士たちに告げた。
森の奥には、山岳地帯につながる岩山があり、その
軍務大臣ザグランの書状にあった通りだ。
だとすれば、眠れる魔獣もこの奥にいるはず。
『謎の剣』の
その後、
「やはりザグラン閣下は偉大ですね。その場にいなくとも、国境の様子など見抜いてしまわれるのだからな。すぐに調査にかかりましょう」
「洞窟の位置はわかったのです。少なくとも、アイザック部隊長に報告すべきでは……」
「必要ありません」
マリエラは切り捨てた。
「我々は帝国の強さを示すために、軍事訓練を行ってきました。ですが、ソフィア皇女とアイザック・ミューラは、魔王領との会談に応じることを決めたのです。すでに軍事訓練の目的は失敗したと言えましょう。我々は失敗した兵団とは別の、独立部隊だと考えてください」
「は、はい……」
「それに、この奥にいるのは『グレート・ダークベア』です。ザグラン
マリエラを先頭に、兵士たちは洞窟に向かって歩き出す。
馬は、近くの木に
魔獣を見つけ次第、『ノーザの町』に戻る。そしてソフィア皇女を連れてきて、魔獣討伐を行う。
それでザグランに与えられた命令は達成される。
ソフィア皇女とアイザック・ミューラをどうするかは、ザグランの考えることだ。
マリエラはザグランが求める
「殿下と魔王との会談を、帝都の高官会議がどう評価するのはわかりません。それなら、私が関わっていないことにした方がいいでしょう。この調査はそのための口実に──」
「マリエラさま。奇妙な音が聞こえます」
不意に、兵士のひとりが足を止めた。
「熊の声ではありません。なにか、大きな虫がはいずっているような。もしや、魔物が我々が近づいていることに気づいたのでは……?」
「おや、
「そうではありません! ですが──」
兵士はためらいながら、考えを口にする。
「『魔獣ガルガロッサ』もそうでしたが……元々の魔獣が住んでいた場所に、新種の魔獣が現れたという話を聞いたことがあります。元いた魔獣を倒して、居場所を奪うのだと。そのナワバリを侵すものを、許さないのだと──」
その兵士は、少し間をおいてから、
「アイザック・ミューラの味方をするわけではありません。ですが、一度町に戻って、大勢で調査をした方が……」
「わかりました。臆病者は、ここに残ってください」
「マリエラさま!?」
「新種の魔獣がいるなら、その存在を確認するべきでしょう。それもわからずに、ただ恐れるだけとは……帝国の兵士として恥を知りなさい!!」
がりんっ。
マリエラの叫びに応えるように、洞窟の奥から、なにかを砕くような音がした。
兵士たちは、反射的に武器を構える。
洞窟から、なにかが出て来ようとしている。
『グレート・ダークベア』──熊の
聞こえるのはガサガサというと、まるで虫がはいずるような音。
それと、なにかを
まるで長い眠りから覚めたように、ゆっくりと、なにかが近づいてくる。
「──迎撃用意!」
マリエラは指示を出す。
連れてきたのは精鋭の兵が10人。
大抵の魔獣なら倒せるはずだ。たとえ相手が新種の魔獣でも──
『────グガ、ァ』
ぐしゃり、と音がして、洞窟の入り口に、真っ黒な熊が姿を現した。
ただし、毛皮だけだ。中身はすでに食い尽くされている。
黒い毛皮を口にくわえているのは──虫型の魔獣だった。
しかも、大きい。頭だけでも、人の背丈の半分くらいはあるだろう。
さらに洞窟から、無数の脚のついた胴体が姿を現す。
体長は数メートル。いや、十数メートルはあるだろう。
動きは鈍いのは、やはり眠っていたからだろうか。
だが、魔獣はマリエラたちを見ると、すばやく首をもたげた。
まるで、冬眠から目覚めた獣が、久しぶりの獲物を見つけたかのように。
「新種の──魔獣!? ムカデ型の!?」
『グガアアアアアアアア!』
マリエラの声が不快だったのか、巨大なムカデが首を振って、吠えた。
それで、この魔獣が音に
マリエラは──動けなかった。
こんな事態は、ザグランの指示書にも書かれていなかった。
一匹なら──洞窟から出てくる前なら──そんな思考が頭を
だが、身体は完全に硬直している。声を出すこともできない。
どうすればいいのか、わからない。
戦うこと、逃げること──どちらが自分とザグランの利益になるのか──
『ギギギギギィィィィ!!』
さらに、2匹目のムカデが姿を現した。
赤い目ににらまれて、マリエラの硬直が解ける。
「に、逃げなさい! 今すぐ!! 帝都まで──いや、『ノーザの町』に連絡を──!!」
マリエラは、馬を繋いでいた紐を切り、大慌てで
彼女はそのまま、森の出口に向かって馬を走らせる。
仲間は──ついてきている。音だけでわかる。全員であって欲しいが、確認する余裕もない。
『グゥオオオオアアアアアアアアア!!』
『グガラァアアアア!!』
魔獣が、追ってきている。
当然だ。ナワバリを侵された魔獣が、
「どうして……どうしてこんなことに!!」
マリエラは心の中でソフィア皇女とアイザック・ミューラをののしる。
あの者たちが余計なことをしなければ、自分が魔獣調査に来る必要などなかった。
じっくりと時間をかけて、あの剣を調べることだってできたのだ。あれが本当に聖剣なら、こんなムカデごとき、一振りで倒すこともできただろうに。
「どこまでも閣下の邪魔をする! アイザック・ミューラめ!!」
「マリエラさま! 前方を──!」
「──え?」
考えに沈んでいたせいで、前を、よく見ていなかった。
一瞬、衝撃が来て、マリエラは宙に投げ出される。そういえばここは森の中。地面には木の根もあれば──森を流れる川もあるのだ。
背後の魔獣に気を取られて──忘れていた。
「……ザグラン閣下……マリエラにご加護を──」
衝撃が来て、マリエラは意識を失った。
最後に思ったのは、自分が軽装の鎧を着ていたこと。
そのせいで、たぶん、川で沈まずに済むだろうこと。
(さすがはザグラン閣下……あなたのご判断は正しい)
そんなことを思いながら、副官マリエラは目を閉じたのだった。
──数時間後 (トールとソフィアが話をしているころ)──
「だれか来ますよー?」
フクロウに化けて
4人は顔を寄せて、ひそひそと話し合う。
「あれは、帝国の
「……ぼろぼろです」
「どうします?」
「難しいです。ソレーユとルネに聞いてみるですー!」
「「「「ソレーユ! ルネ! 来て来てー!」」」」
しばらくして、羽妖精のソレーユとルネがやってくる。
周囲に人気がないのを確認して、ふたりは、馬上の騎兵に近づいていく。
騎兵は目を閉じて、馬にしがみついていた。
武器と盾は持っていない。どこかで落としてきたのだろう。
本人は手足から血を流しながら、荒い呼吸を繰り返している。
「なにがあったのよ?」
「けがをされておりますね」
「……う、うぅ」
兵士はうつろな目で、ソレーユとルネを向けた。
フクロウがしゃべっていることに気づくこともなく、彼は、
「自分は……副官マリエラどのの部下……だ」
かすれる声で、そう言った。
「……マリエラどのと共に……休眠中の魔獣の調査を行っていのだ……だが、予想外の……ことが」
「予想外、ですの?」
「なにがあったのでございますか?」
「国境地帯にいるのは、ただの熊──『グレート・ダークベア』だと聞いていたが……違う。奴はすでに死んでいた……あの場所にいたのは……巨大な長虫で……ああ、あああっ!」
騎兵は馬にしがみついたまま、震え出す。
「あんなものは……知らない! あんな魔獣がいるなんて……あれは……あれは!!」
「お馬さん。この人をあっちの方向に連れて行って欲しいのよ」
「あちらに帝国兵がいますので、合流してくださいませ」
ソレーユとルネは馬の耳元に近づき、声をかける。
ふたりの声を聞いて、馬は帝国兵がいる方へ走り出す。
「
「恩人さまのためにも、安全確認いたしましょう。ソレーユ」
白と黒のフクロウは高度を上げる。
騎兵が来た方角をじっと見る──そして、見つける。
岩山の向こうに見える、巨大な影を。
それは土ぼこりを巻き上げながら、まっすぐにこっちに向かってきている。
「──すっごくおっきなムカデなのよ。ルネ」
「──あんな魔獣は存じ上げませんね。ソレーユ」
わかるのは、あれが危険だということと。
このままだと魔獣は町を襲うか、帝国と魔王領の会談の場に突入するだろう。
「「ご主君と恩人さまに連絡をします──っ」」
ふたりはくるりと、空中で方向転換。
そのまま一直線に、トールたちのいる方向へと飛んでいったのだった。
──トール視点──
「聞いての通りじゃ、トールよ。巨大なムカデ型の魔獣が2体、こちらに近づいておる」
ふたりとも、ここで打ち合わせをしていたようだ。
「じゃが、このあたりにいる魔獣といえば、休眠中の『グレート・ダークベア』のはず。巨大なムカデの魔獣など聞いたことがないのじゃが……」
ルキエの言葉に、宰相ケルヴさんはうなずきながら、
「おそらく新種だと思われます。陛下」
「すぐに
「うむ。すぐに手配を進めよう」
ルキエとケルヴさん、ライゼンガ将軍が、兵士の方に歩き出す。
魔王領にはルキエの『闇属性魔術』がある。『レーザーポインター』もある。
大抵の魔獣ならそれで片が付くはずだけど……相手は新種か。心配だな。
「馬鹿な! 魔獣を呼び寄せたのは、マリエラの部下だと言うのか!?」
少し離れたところでは、アイザック・ミューラが叫んでいた。
「休眠中の魔獣の調査に行き……ナワバリに入り込まれた魔獣を怒らせた……なんと、愚かなことを。それで、マリエラ本人はどうしたのだ!?」
「逃走中に川に落ち、流されていったそうです」
「……話を聞くこともできぬのか」
「マリエラどのと部下数名の行方はわかりません。どうされますか」
「捜索隊を出す余裕はない。その前に、魔獣を迎え撃つ!」
アイザック・ミューラは剣の柄を握りしめ、兵士たちを見た。
視線を受けた兵士たちは姿勢を正し、剣を
さすが。訓練されてるな。帝国の兵士たちは。
「魔獣を町に近づけるわけにはいかぬ」
アイザック・ミューラは叫んだ。
「重装騎兵を前衛として陣を敷く! 歩兵はその後方で壁となり、魔術兵を守れ。魔獣はここで倒す! 町に近づけるわけにも、魔王領に入らせるわけにもいかぬ。マリエラが呼び出した魔獣で被害が出たら、帝国の誇りもだいなしだ。これは非常事態と心得よ!!」
「「「承知しました!!」」」
「……マリエラには後に責任を取ってもらう。ザグランどのも──ああ、もう敬語など要らぬ! 軍務大臣のザグランめにも、部下の行動の責任を取ってもらうぞ!!」
そう言って、アイザック・ミューラは、こっちを向いた。
「非常事態です。トール・カナンとのお話はまた後ほどということで。よろしいですな。ソフィア殿下」
「承知しました」
ソフィアは真剣な顔でうなずいた。
「休んだおかげで体調も回復しました。民を守るため、私の力を使わせてくださいませ」
「……それについては後ほど。参りましょう。殿下」
「はい。アイザック・ミューラ」
それから、ソフィア皇女は俺を見て、
「色々とありがとうございました。トール・カナンさま。またお会いしましょう」
「はい。ソフィア殿下。それと、これを持っていってもらえますか?」
俺はポケットから、小さなコインのようなものを取り出した。
それをソフィア皇女に向かって差し出そうとする──けれど、
「話は終わりといったはずだ! 殿下も、お急ぎください」
「……申し訳ありません。トール・カナンさま」
アイザック・ミューラに急かされて、ソフィアは俺の前から立ち去った。
……アイテムを出すのが遅かったか。
『簡易倉庫』の中にいる間に渡すべきだった。
「トール、話は終わったか」
「お話してもよろしいですか? トールさま」
入れ替わるように、ルキエとメイベルがやってくる。
「迎撃準備の方はよろしいのですか。ルキエさま」
「ケルヴとライゼンガが進めておる。余は戦いの前に、お主と話をしておきたいのじゃ」
「ちょうどよかったです。じゃあ、これを差し上げます」
俺はルキエに向かって、円盤状のアイテムを差し出した。
メイベルはそれを見て、なにかに気づいたように、
「それは私にくださった『護身用アイテム』ですね?」
「護身用のアイテムじゃと?」
ルキエは興味深そうに、俺の手の平にある円盤を見てる。
「指を当てて魔力を注げば発動します。ちょっと大きな音が出ますけど」
「うむ……いや、すまぬが今回は、使うのをやめておこう」
そう言って、ルキエは首を横に振った。
「これから兵を率いて魔物を迎え撃つことになる。大きな音を出すアイテムを使うと、兵が動揺するじゃろう。それに……身を守るものなら、トールが持っていて欲しい」
「わかりました。陛下」
残念だけど、しょうがないな。
これから始まるのは集団戦だ。
説明不足のアイテムで、みんなをびっくりさせるわけにはいかない。
「余はこれから兵を率いて東に向かう。帝国兵と
「ソフィア皇女なら、一緒に戦ってくれると思います」
「余も、そう願っておる」
それからルキエは、俺の手を握って、
「トールは陣の後方にいるように。メイベルはトールの護衛を頼む。ソフィア皇女が『光の攻撃魔術』を使ったときは、絶対にこやつの手を放すな。『UVカットパラソル』を持って突進していかぬように」
「わかりました。陛下!」
「戦闘中に『UVカットパラソル』の実験なんかしませんよ?」
「そうか。ならば余の目を見て誓うがいい!」
「……」
「いや、だから、目を見て誓えと」
「…………」
「メイベル。絶対にトールの手を放すでないぞ?」
「はい。陛下」
笑いながら、俺の服の袖を掴むメイベル。
いや、だから『光の攻撃魔術』の中に飛び込んだりしないって。たぶん。
「それより陛下。ひとつ提案があるんです。みんなをびっくりさせない作戦について」
敵は動きの速い大ムカデらしい。
だから、その動きを封じる作戦を考えてみたんだ。
こっちは見慣れたアイテムを使うから、みんなもびっくりしないと思う。
「なるほど。うまくいけば、魔獣を楽に倒せそうじゃ」
「問題は、帝国に俺のアイテムを見せてしまうことなんですけど……」
「そこは余がうまくごまかす。心配することはない」
「
「うむ。それから、別の話じゃが──」
ルキエは仮面をつけたまま、うなずいた。
「ソフィア皇女がいることで、これから、魔王領と帝国の関係も変わると思う」
「はい。陛下」
「『ノーザの町』と交流が始まれば、余たちの世界も広がるじゃろう。こんなところで、魔獣などに邪魔されるわけにはいかぬ。それに、余には『スペシャル開運リング』がついておるからな」
ルキエは手袋を外して、指輪を俺に示した。
メイベルも隣で同じようにしてる。
「この指輪をつけている限り、私たちは不幸にはならないんですよね? トールさま」
「余たちが不幸に見舞われてしまえば、トールがうそつきになってしまうからの」
「だから、魔獣もすぐに片付きますよね。陛下」
「うむ。メイベルは、トールをよろしく頼む!」
そう言って、ルキエは宰相ケルヴさんとライゼンガ将軍が待つ場所に向かった。
俺とメイベルは、兵士さんたちの後をついていくことになる。
2人だけでじっとしてたら、他の魔獣に襲われるかもしれないからだ。
「私たちも参りましょう。トールさま」
「そうだね。ちょうど、ソレーユたちも戻って来たから」
頭上を見ると、数羽のフクロウたちが飛んでくるところだった。
フクロウたちは一斉にフードを外して──ぽん、と、羽妖精の姿になる。
「偵察してきたの」
「小耳に挟んだところでは、わたくしたちにお願いがあるとか」
「うん。
俺はみんなに説明した。
目的は、ルキエやソフィア皇女たちが、魔獣と戦いやすくすること。
そうして、彼女たちの魔術が、ちゃんと命中するようにすることだ。
「まぁ、この作戦なしで倒せれば、一番いいんだけどね」
「そうですね。トールさまが作られた、この『ブザー』も。使ってみたいですけど……使う機会がない方が、本当はいいのですよね」
メイベルは手の平に載せた、円盤状のアイテムを見てる。
今、このアイテムを持ってるのは、俺とメイベルだけ。
射程が短いから、あんまり使い道はないと思うんだけど……。
「とにかく、俺たちは支援の準備をしよう。メイベルは、念のためいつでも魔術が使えるようにしておいて」
「はい、トールさま」
そうして俺たちは、兵士たちの後について、歩き始めたのだった。
──帝国軍前線で──
「「「魔獣が来たぞ──っ!」」」
帝国の兵士が叫んだ。
東から、
速い。
最初に見えたのは、巨大な顔。
岩をも砕きそうな
頭部には4つの眼がついている。胴体は黒い殻に包まれ、腹から伸びる無数の脚が、高速で地面を掻いている。わきおこる土ぼこりは、奴が高速で進んでいる証だ。
「あんな魔獣は帝国の記録にもない。やはり新種か……」
馬上で、アイザック・ミューラはつぶやいた。
「マリエラがいなくて幸いだ。魔王たちと共闘するなどと言ったら、あやつは絶対に反対するだろうからな……」
アイザックは、陣の左翼に目を向けた。
そちらでは、魔王率いるミノタウロス部隊が列をなしている。
現在、魔王領との国境側に魔王軍が、帝国の領土側にアイザックたちの兵団が並んでいる。
互いに距離を置いて部隊を配置し、魔獣を1体ずつ倒そうという体制だ。
ミノタウロスたちと一緒に戦うのは前例がないが、帝国兵たちは怯えていない。
ソフィア皇女が魔王領の者たちに、敬意を払っているからだ。
なのに、武装した兵士たちが怯えているわけにはいかない。
その皇女が魔術兵に混じって、敵を迎え撃とうとしているならなおさらだ。
「誇り高き帝国の兵士たちよ! 我らの強さを、魔王領に見せつけるのだ!!」
アイザック・ミューラは叫んだ。
「間もなく、魔獣どもが射程距離に入る! 魔術兵は合図とともに放て! その後、重騎兵が突撃! 歩兵は殿下をお守りしろ!」
近づいてくる大ムカデを見つめながら、距離を測る。
魔術が届く距離まで、ゆっくりとカウントダウンをする──のだが。
「喰らうがいい! 『
『ギィアアアアアアアアアア!!』
(魔王領の魔術がすでに命中しているのは……どうしてなのだ)
魔王領の陣地からは赤い光が飛び出し、それが魔獣まで届いている。
光そのものに攻撃力はないようだ。
ただ、その光に沿って、魔王が放つ黒い炎が飛んでいくだけ。
そして黒い炎はありえない距離を飛んで、魔獣にダメージを与えているのだった。
(……魔王とは恐ろしいものだな。だが、今は心強い味方でもある!)
とにかく敵の1体は任せられる。
そう考えながら、アイザックは合図のために手を振り上げる。
「今だ、魔術兵は敵を撃て! その後、小官たちは突撃する!!」
「「「──放て! 『ファイア・ブラスト』!!」」」
「「「おおおおおおおおおっ!」」」
魔術兵たちの手から、大量の火球が飛び出す。
その直後、
先頭のアイザックは、槍に強化魔術をかける。これくらいできなければ、高位の武官は務まらない。槍が赤く染まったのを確認し、アイザックはさらに馬を走らせる。
火球が大ムカデの胴体に当たる。弾ける。
『ギシャシャシャシャ!!』
それを不快に思ったのか、巨大ムカデが地面を蹴る。
長大な身体がムチのようにしなり、跳ね上がる。
大量の火炎魔術をかいくぐり、そのまま騎兵の群れに向かってくる。
「──ぐぁ!」
「こ、こいつ……動きが、速い!!」
あおりを喰らった騎兵たちが地面を転がる。
体長十数メートルの大ムカデだ。
近くを通過しただけでも地面は揺れ、馬がパニックを起こす。
それでも帝国の騎兵たちは、槍と
「脚を狙うのだ!! 機動性を奪えば、こやつは動きの鈍い長虫になる!!」
「「「承知しました!!」」」
「歩兵は、ソフィア殿下の護衛を残して前進せよ! 大盾を並べて壁となれ。魔獣の動きを封じるのだ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
背後から、歩兵たちの叫び声が響き渡る。
すでに取り囲んでいるというのに、巨大ムカデの動きは止まらない。
このままでは、兵たちの体力が保たない。
アイザックがそう考えたとき──
「「「「お手伝いしますー!」」」」
ひゅー。
がっちゃん。
空から、黒い鎖が降ってきた。
数本の鎖をつなぎ合わせたような、長い長いその鎖は、魔獣の身体に絡みつく。
思わずアイザックが頭上を見ると──魔物の上を、数羽のフクロウが飛んでいた。
「「「「いきますー! 『
しゃきんっ!
フクロウたちが叫ぶと、黒い鎖から──大量の細い鎖が飛び出した。
それらは地上へと突き刺さり、巨大ムカデの動きを封じる。
『グゥオオオオオオオオ!!』
巨大ムカデがもだえる。が、鎖は外れない。
細い鎖なのに、千切れることも、ゆるむこともなく、完全に魔獣を固定している。
「あの鎖はまさか──聖剣 (仮)を
まさか、魔王領側にも同じ剣があったのだろうか。
そして魔王とその
「なんでもいい。今のうちだ! 魔獣を倒せ!!」
「「「うぅおおおおおおおお!」」」
雄叫びをあげて、兵士たちが魔獣に殺到する。
動きが止まればこちらのものだ。槍が、
一息ついたアイザックが横を見ると、魔王領と戦っている魔獣にも、同じ鎖が絡みついていた。
そこに魔王と宰相の魔術が着弾し、魔獣にダメージを与えていく。
あちらの魔獣はもう、
魔王領の兵団は間もなく敵を倒すだろう。
ならば、こちらも急がなければ。
『グガッ! ギギァ! グゥオオオオアアアアア!!』
帝国兵に囲まれた魔獣が叫び声を上げ、身をよじる。
ばきんっ!
耐えきれなくなったのか、細い鎖のうち数本が外れた。
だが、それで魔獣が自由になることはない。逆に鎖の本体が、魔獣を力いっぱい締め上げている。岩山の剣の時のようだ。
あの鎖はやはり、邪悪な者や、不適格な者を許さないのだろう。
「小官は勇者ではないが、勇者のサポート役だ。邪悪な者は許さぬ!」
アイザックは槍を手に、馬を走らせる。
とどめは自分が刺す。そう思ったとき、ふと彼は、足元の違和感に気づいた。
鎖が外れた場所──その周辺の地面が、奇妙に盛り上がっている。
まるで巨大なものが、その下を通っていったように。
一瞬、アイザックは、自分が聞いた報告を思い出す。
マリエラの部下は言っていた。複数の、巨大なムカデ型の魔獣が襲って来た、と。
そして、ムカデの中には、地面の下に潜る能力を持つものもいるのだ。
アイザック・ミューラが、それに気づいたとき──
「地面の下を、もう一匹が進んでいるのでございます! ご注意を!!」
空中から、叫び声が聞こえた。
「──歩兵は下がれ! 皇女殿下のところへ戻るのだ!!」
アイザックは反射的に馬首を返す。
3匹目のムカデは地中を進み、アイザックたちの背後に回ろうとしている。
背後にいるのは、ソフィア皇女と魔法兵、少数の歩兵だけだ。
「魔王領の方々に告げる! 魔獣が背後に回った。ソフィア皇女が危険だ。どうか──支援を──!」
アイザックの前方で、地面が割れ──3匹目のムカデが姿を現した。
土の塊が飛び散り、アイザックの馬をなぎ倒す。
馬から飛び降り──地面を転がりながら、アイザックは、現れた3体目のムカデを見た。
大きい。
他の2体の倍ぐらいはあるだろう。おそらくは、群れのボスだ。
そしてその巨大ムカデは、ゆっくりと、ソフィア皇女の方を向いたのだった。
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