第110話「大公カロンの話を聞く(模擬戦編(1))」

錬金術師れんきんじゅつしさまと護衛の方ですね。お待ちしておりました」


『ノーザの町』の入り口では、大公カロンの副官が待っていた。

 前にリアナ皇女と一緒に、ソフィア皇女を訪ねてきた人だ。

 名前は確か、ノナさんと言ったっけ。


「お出迎えありがとうございます」

「ありがとうございます」


 俺とアグニスはノナさんに会釈えしゃくする。


「時間より少し早く着いてしまいました。大公さまには、もうお会いできますでしょうか」

「申し訳ございません。カロンさまは、リアナ殿下と共に町の外に出られております」

「町の外に、ですか?」

「リアナ殿下からのご依頼で、剣の指導をされているのです」


 なるほど。

 大公カロンは元剣聖で、剣の達人だからな。

 この機会にリアナ皇女は、彼から剣を教わっているらしい。


「よろしければ、ご案内いたしましょうか?」

「いいのですか?」

「カロンさまからも、そのように仰せつかっております」


 副官ノナさんは言った。


「今回の『魔獣調査』で、錬金術師さまは私たちを助けてくださいました。このくらいの恩返しは問題ないと、カロンさまもおっしゃっております。もちろん、錬金術師さまが興味がおありなら、ですが」

「あります。ぜひ、案内してください」


 元剣聖の剣術指導だ。せっかくだから見てみよう。

 それに、大公カロンは反りの入った片刃の剣を使っていたはず。

 ルキエ用の魔剣も似たかたちにするつもりだから、扱い方を見れば参考になるはずだ。


「承知いたしました。では、錬金術師さま……護衛の方も、こちらへどうぞ」


 そう言って副官ノナさんは、俺とアグニスを町の外へと案内したのだった。






 大公カロンとリアナ皇女は、『ノーザの町』近くの森にいた。


「それでは参ります。大公さま!」


 リアナ皇女が練習用の剣を手に、大公カロンに向かって走り出す。

 大公カロンは動かない。

 右手に──同じく練習用の剣を提げたまま、リアナ皇女を見ている。


 リアナ皇女が剣を振り下ろす。

 すると、大公カロンは軽く剣を挙げて──


「打ち込みの勢いは素晴らしい。だが、殿下の剣は素直すぎるな」


 しゅる。


「──あ」


 打ち込みをあっさりと受け流されて、リアナ皇女がたたらを踏む。

 そんな彼女を見ながら、大公カロンは、


「殿下は、目標に視線を向けすぎなのです。それに剣を振りかぶるのが早すぎる。どこを狙っているのか、すぐにわかってしまうのですよ」

「は、はい! 大公さま」

「視線をやや下向きにすると良い。あとは、剣を振りかぶるのを、数秒遅らせるべきでしょうな」

「わかりました。視線をサッ、剣をグッ、シパーンということですね」

「殿下のよろしいように」

「では、もう一度参ります!!」


 リアナ皇女が再び、大公カロンに向かっていく。


 しゅるんっ!


「今のは良かった。ですが、力を入れすぎですな!」

「……はい!」


 また、剣を受け流された。


 リアナ皇女は体勢を崩し、荒い息をついている。

 対照的に大公カロンは平然としている。しかも、まったく息を乱していない。

 立ち位置も変わっていない。さっきからずっと同じ場所に立ったままだ。

 それでいて、四方から打ち込まれる剣を受け流している。


 リアナ皇女が手にしているのは、刃を潰した練習用の剣だ。

 大公カロンは刃を潰した、反りのある剣を使っている。


 リアナ皇女は剣を両手で握っているのに対して、大公カロンは右腕しか使っていない。

 威力に差がありそうに見えるけれど、それはまったく意味がない。リアナ皇女の剣は大公カロンの剣に触れた瞬間、その威力を失ってしまう。力を逸らされ、いなされて、気づくとリアナ皇女の首筋には、大公カロンの剣が当てられている。


 ……すごいな。

 どうなっているのかはさっぱりわからないけれど、技としての美しさはわかる。

 大公カロンは最小限の動きで、リアナ皇女の剣に対応している。

 まったく無駄がない。まさしく、『機能美』の極地だ。

 マジックアイテムもこうあるべきだな。メモしておこう。


「殿下。ここまでとしておきましょう」

「……はぁはぁ。いえ、ま、まだ続けられます!」

「殿下は少し休まれた方がよい。それに、客人が来たようだ」


 大公カロンが、俺たちの方を見た。

 俺もアグニスもノナさんも、木の陰に隠れてたんだけど、気づかれてたらしい。


 ここは『ノーザの町』近くの森。

 その中に作られた、兵士たちの訓練場だ。

 森の中央部を切り開いて作られた平地で、外からは見えないようになっている。

 国境地帯の兵士が、他国の目に気にせずに訓練できるようにするために作られた場所らしい。

 だから、大公カロンとリアナ皇女がこっそり訓練をするのに使われているわけだ。


「錬金術師さま。いらしていたのですか……!?」


 座り込んでいたリアナ皇女が、顔を上げた。

 俺たちは木の陰から出て、一礼する。


「ごぶさたしております。リアナ殿下。訓練中に申し訳ありません」

「い、いえ。こちらこそ、みっともないところをお目にかけてしまい……恥ずかしいです」


 リアナ皇女は照れたように、額の汗をぬぐってる。

 彼女が着ているのは訓練用の革鎧だ。肘当てと膝当てがついている。

 服に土がついているのは、何度も転んだからだろう。


「以前、錬金術師さまからうかがったアドバイスを活かそうと、大公さまに訓練をお願いしたのです。けれど……私ではまったく相手にもならなくて……」

「大公さまは元剣聖です。仕方ないですよ」


 リアナ皇女が落ち込むのも無理はない。

 大公カロンは、右腕しか使っていないんだから。


 古傷のせいで、大公カロンは左腕がうまく動かないらしい。

 だから右腕一本でリアナ皇女の剣を受けていた。リアナ皇女も遠慮なく、大公の左腕側から攻撃していた。それでも相手にならなかった。

 桁外れの強さだ。

 両腕が使えたころは、一体、どんな戦い方をしていたんだろう。


「リアナ殿下は十分にお強い。落ち込む必要はないでしょうな」


 訓練場の中央で、大公カロンは笑った。


「ただ、先に申し上げたように、リアナ殿下の剣は素直すぎるのです。もう少しフェイントを入れるようにすればよいでしょう」

「は、はい」

「聖剣使いの殿下には『聖剣の光刃』という切り札がある。それゆえに、殿下の剣は手数ではなく、確実な一撃を当てるように心がけるべきでしょう。フェイントを交えることで、いつ『光刃』を使うのか、相手に読ませないようにするのです。それは敵にとって、大きなプレッシャーになりましょう」

「わかりました! 大公さま、ありがとうございます」

「では、殿下との修練はこれにて終了とします」


 大公カロンはそう言って、練習用の剣をさやに収めた。

 本当に、汗ひとつかいていなかった。


「……ふわり、シュッ、シュッ……確実にズバババーンということですね。大公さま」


 リアナ殿下の方は……地面に座り込んだまま、汗だくで、教わったことの復習をしてる。

 しばらくは立ち上がれないみたいだ。


「お待たせしてしまったようですな。錬金術師トールどの」

「いいえ。貴重なものを拝見させていただきました」

「そう言っていただけるとうれしいが……おや?」


 大公カロンはふと、俺の隣に視線を向けた。


「そちらの方は、ライゼンガ将軍のご息女ですかな?」

「はい。アグニス・フレイザッドさまです。今回、町までの護衛をお願いしました」

「アグニス・フレイザッド……です」


 一礼するアグニス。


 大公カロンもアグニスも『魔獣調査』に参加している。

 でも、その時は顔を合わせる機会がなかった。今回が初対面みたいなものだ。


「帝国の大公さまのご高名は存じ上げております。お目にかかれて、光栄です。『魔獣調査』の際には、父がお世話になりました」

「これはご丁寧なごあいさつ、いたみいる」


 大公カロンはうなずいて、


「こちらこそ、魔王領のライゼンガ将軍には大変お世話になった。彼の人望と統率力、それに、我らを信じて犯人への尋問を任せてくれたことにも感謝している。あのような方がいるとは、魔王領おそるべし、と、考えを新たにしたところでもある」

「ありがとうございます。お父さまにもお伝えいたします」

「もちろん、ご息女であるアグニスどのこともうかがっておるよ」

「……え?」


 アグニスが、ぽかん、とした顔になる。


 ライゼンガ将軍が大公カロンに、アグニスのことを話した?

 あれ……妙な予感がするな。

 将軍が言いそうなことといえば、まさか……。


「『魔獣調査』の間、ライゼンガどのから繰り返し聞かされたのだよ。ご息女の美しさと一途さ、それと、父であるライゼンガどのを圧倒するほど強いということを」


 ……うん。そうじゃないかと思った。


「……お、お父さまったら」


 アグニスは顔を真っ赤にしてる。

 そんなアグニスを見ながら、大公カロンは笑顔で、


謙遜けんそんすることはないぞ、アグニスどの。貴公はライゼンガどのを力で圧倒し、その動きを封じ込めたそうではないか。どうすればそんなことが可能だったのかは、聞かされておらぬが……その若さですごい能力だと感心していたのだよ」

「「…………」」

「ライゼンガどのは言っておられたよ。『アグニスは素晴らしい才能がある。それを伸ばしていくのが親のつとめだ』と。錬金術師どのも人が悪い。それほどの人材が側にいるのならば、紹介してくれればいいものを」


 俺の方を見ながら何度もうなずく大公カロン。

 話を聞く俺とアグニスは、呆然としてた。


 ライゼンガ将軍……あなたって人は。

 娘自慢をするのはいいですけど、相手は選んでください。


 そりゃ、将軍の言葉に嘘はないですけど。

 アグニスは『健康増進ペンダント』で将軍の動きを封じてましたけど。


 でも、大公カロンだって武人なんだから。

 そんな話を聞いたら『アグニスはライゼンガ将軍以上の武人』って誤解しかねませんよ。

 というか、たぶん誤解してますよ?

 俺がそんなことを考えていると──


「アグニスどのに頼みがある。私と、剣の手合わせをしていただけないだろうか?」


 不意に大公カロンが、そんなことを言い出した。

 すごく、わくわくした顔で。


「私はライゼンガどのと模擬戦もぎせんをする約束をしたのだが……その時間がなさそうなのだ。代わりに、アグニスどのとの手合わせをお願いできないだろうか」

「…………え」

「もちろん、炎を使ってもらって構わぬ。『火炎巨人イフリート』の子孫の戦い方とは、そういうものだからな。なぁに、多少の火傷ならノナが治してくれるだろうし、私にも炎を斬るくらいの技はある。遠慮はいらぬよ」

「…………え、えっと」

「どうだろうか。アグニスどの。無理にとは言わぬが……」

「………………しょ、少々お待ちください!」


 アグニスが俺の手をつかんだ。

 そのまま俺を引っ張って、木陰こかげへと駆け込む。


「ど、どうしましょう。トール・カナンさま」

「……困ったね」


 ライゼンガ将軍のことだから、めちゃくちゃ娘自慢をしたんだろうな。

 アグニスが強い炎の魔力を持ってるとか。

 力も強くて、自分の動きを封じて持ち上げたこともある、とか。

 それは嘘じゃないんだけど……模擬戦となると──


「アグニス、剣術は使える?」

「人並みには使えます。以前はよろいを着たまま、お父さまと訓練をしていたので」

「『健康増進ペンダント』を装備した後は?」

「領地でお父さまと、手合わせをしてたの。技術はまだまだだけど、『健康増進ペンダント』のおかげでスピードと力がすごいことになってるから……勝率は6割くらいなので」

「……なるほど」

「でも、帝国の大公さまは火炎巨人イフリートの子孫との模擬戦を望んでいるので……」

「炎を使うのが前提ってことだね」


 俺の言葉に、アグニスはこくり、と、うなずいた。


 現状を確認しよう。

 俺とアグニスは、魔王ルキエの許可を得てここに来ている。

 これは公式の会見と言ってもいい。

 その場で、大公カロンはアグニスに手合わせを求めてきている。

 しかも、大公自身の厚意で。


 魔王領からすれば、元剣聖の剣術を知る貴重な機会でもある。

 断る理由はない。むしろ断ったら失礼になるかもしれない。


 幸いにも、俺たちはまだ着替え前だ。

 服が汚れても問題ないし、アグニスは『地の魔織布ましょくふ』の服を着ている。

 炎の制御に失敗しても、まず、燃えることはない。


 そして、火の魔力の制御には、例のアイテムが使える。

 すでにアグニスも練習済みだ。問題ない。なにかあったら俺がサポートできる。


 となると、一番大切なことは──


「アグニスはどうしたい?」


 俺は訊ねた。


「嫌なら、俺が理由をつけて断るよ。もしも大公カロンと剣の手合わせをしてみたいというなら、俺は全力でサポートする。条件を整えて、なにかあったら絶対に助ける。それは約束する」

「……トール・カナンさま」

「どうする? アグニス」

「……帝国の大公さまと、手合わせを……してみたいので!」


 アグニスはまっすぐに俺を見て、そう言った。


「アグニスは魔王陛下の許可を得てここにいるので。護衛と、使者の役目はちゃんと果たしたいので。それに、お父さまの娘として、元剣聖の剣術にも興味があるので」

「うん。わかった」

「なにより、アグニスは……トール・カナンさまに、かっこいいところを見せたいの」


 胸元を飾る『健康増進ペンダント』を握りしめて、アグニスはうなずく。


「元剣聖の人と剣を打ち合わせて、トール・カナンさまのアイテムの実験することで……トール・カナンさまの役に立ちたい。かっこいいところ、見せたい。だから──」

「了解だよ。じゃあ、状況は俺が整えるから」

「よろしくお願いしますので!」


 それから細かい打ち合わせをして、俺たちは木陰こかげから出た。


「お待たせしました。大公さま」

「う、うむ」

「アグニスは、手合わせするのは構わないそうです。ただ、相手は元剣聖の大公カロンさまですし、慣れない場所での模擬戦でもありますから、ハンデをいただければと」

「ハンデか。構わぬよ」

「まずひとつ。アグニスは大公さまに接近して、一度だけ剣を打ち込みます」

「一度だけ?」

「そうです。炎を放ちながら剣を打ち込む感じですね。もちろん、大公さまに炎は当てません」

「炎をめくらましにするわけか。面白いな」

「ふたつ。アグニスはマジックアイテムを使います。アグニスの体調を整えるためのものです。構いませんか?」

「構わぬ。というよりも、面白いな」


 大公カロンはにやりと笑った。


「つまり、アグニスどのの剣と錬金術師どののアイテム──つまり、私は2人を相手にするようなものだな。これは愉快だ」

「いいのですか?」

「構わぬと申しただろう? 『魔獣調査』では錬金術師どのに驚かされっぱなしだったからな、ここで一矢報いるのもよかろう!」

「わかりました。それでは──」


 俺はアグニスにうなずきかける。

 同時に、大公カロンの副官、ノナさんが駆けよってきて、アグニスに練習用の剣と鎧を手渡す。

 それを受け取り、準備を整えてから、アグニスは前に出た。

 緊張した表情だった。

 小声で「お父さま……帰ったらおしおきなので」とつぶやいてる。気持ちはわかる。


 でもまぁ、将軍が娘自慢をしたがるのも無理はない。

 アグニスは真面目で、向上心もあって、常に努力をおこたらない。

 大公カロンからの突然の申し出も受け止めて、自分のやるべきことを決めて、動ける。

 こんなすごい子なんだから、自慢したくなるのは当然だ。

 俺だって自慢したい。


 今だってアグニスは、帝国の元剣聖を前に、おそれることなく剣を構えているんだから。


「では……参ります!」

「うむ。来るがいい。アグニス・フレイザッドどの!!」


 そして、大公カロンとアグニスの模擬戦もぎせんが始まった。




──────────────────


 1話が長くなってしまったので、2回に分けて更新することにしました。

 次回のお話は明日か、明後日にアップする予定です。



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 改稿の上、書き下ろしエピソードもしっかり追加していますので、ぜひ、読んでみてください!

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