【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
第111話「大公カロンの話を聞く(模擬戦編(2))」
第111話「大公カロンの話を聞く(模擬戦編(2))」
──アグニス視点──
アグニスは、頬が熱くなるのを感じていた。
ついさっき、トールに本音を伝えてしまったからだ。
うっかりしていた。
気がついたら『トール・カナンさまにかっこいいところを見せたい』なんて口走っていたのだ。
(……恥ずかしいことを、言ってしまったので)
トールがどう思ったかを想像すると、なおさら頬が熱くなる。
ずっと抱えていた想いが、ふいに口をついて出てしまったのだ。
アグニスはずっと、トールに助けられてきた。
出会った後すぐに『健康増進ペンダント』で、火の魔力を制御できるようにしてもらった。
おかげで、鎧を着なくても出歩けるようになった。
アグニスの世界は、ずっとずっと広くなった。
昔のように、メイベルの親友になれた。
傷つけることなく、色々な人と触れ合えるようになった。
すべて、トールが与えてくれたことだ。
でも、彼のすごさはそれだけじゃない。
アグニスが一番すごいと思うのは──トールが、彼女を普通に受け入れてくれたことだ。
はじめて出会ったときから、そうだった。
トールは、鎧を着たアグニスに「鎧を直しましょうか」と、言ってくれた。
すごく、びっくりした。
あの頃は、誰もがライゼンガをおそれて、アグニスに声をかけることもなかった。
なのにトールは当たり前のように、アグニスの鎧──唯一、着ていた服のことを気に掛けてくれた。
まだ、アグニスの顔も知らかったのに。
お風呂の、湯沸かし場で再会したときもそうだった。
裸で、炎をまとって踊っていたアグニスのことを、きれいだって言ってくれた。
発火能力を知ったあとも「なんとかします」と言ってくれた。
アグニスのことも、父であるライゼンガのことも、まったくおそれていなかった。
トールはアグニスのことを「ちょっと変わった症状に悩む女の子」として扱ってくれたのだ。
アグニスにとって、それは初めての経験だった。
うれしかった。
鎧の中に隠れていたちっぽけな自分を、見つけ出してもらったような気がした。
『
火炎将軍ライゼンガの娘でもなく──
アグニスがただの、怖がりで臆病な女の子だということをわかってくれた。
──そんな気がしたのだ。
今だってそうだ。
トールはいつも当たり前のように、アグニスの側にいてくれる。
それがとても心地よいということを、アグニスに教えてくれる。
でも、アグニスは彼に、まだ恩返しができていない。
トールは「アグニスはいつも護衛してくれてる」と言ってくれるけれど、まだ足りない。
もっともっと……自分のすべてを差し出すくらいじゃないと。
そんな想いが、アグニスの中ではくすぶっている。
(だから……せめてトール・カナンさまのアイテムの実験の、手助けをするので)
『健康増進ペンダント』が、元剣聖にどれだけ通用するのか。
例のアイテムを組み合わせると、どうなるのか、この場で試してみせる。
それはトールの役に立つはずだ。
「では……参ります!」
アグニスは大公カロンと向かい合い、片手で剣を握りしめる。
左手を空けてあるのは、大公に遠慮したわけじゃない。
アイテムの実験のために、そうすることが必要だからだ。
どうやって戦うかは、もう決まっている。
久しぶりに自分の中の炎と向き合う、覚悟も。
「うむ。来るがいい。アグニス・フレイザッドどの!!」
帝国の大公カロンが、練習用の剣を構える。
それを見た直後、アグニスは──
──左手で『健康増進ペンダント』を
直後──身体が、熱を帯びたような気がした。
ずっと自分を悩ませてきた、強力すぎる火の魔力だ。
それが暴走する前に、アグニスは──同じく左手で握ったままの『ICレコーダー』に魔力を注ぐ。
『──たえほいぶきぐれやき!』
倍速詠唱の甲高い声が、響いた。
アグニスの眼前に、巨大な炎の球体が生まれる。
魔術の名前は『フレイム・ブラスト』
正式な呪文は『妙なる炎よ。その息吹によって紅蓮の火球を
それが『ICレコーダー』の4倍速再生で発動したのだ。
「おお! これが『火炎巨人』の力か──!」
大公カロンが声をあげる。
アグニスの──『ICレコーダー』の詠唱は止まらない。
『──たいぶぐれ!』『──たいぶぐれ!』『──たいぶぐれ!』『──たいぶぐれ!』
『──た──れ』『──た──れ』『──た──れ』『──た──れ』『──た──れ』『──た──れ』
倍速から4倍速。さらに8倍速。
『ICレコーダー』は高速詠唱を続ける。
アグニスの身体が炎を発するより早く──強すぎる火の魔力を、
その結果。
「おおおおおおぉぉぉ!? し、信じられぬ! いくら『火炎巨人』の子孫でも……こんな!?」
「に、24個の火炎!? あ、ありえません!!」
「同時詠唱!? 火炎巨人の子孫は『インスタント・キャスター』のような超高速魔術発動ができるのですか!?」
大公カロンとリアナ皇女と副官ノナが叫ぶ。
だが、その声は、アグニスの耳には届かない。
彼女が意識しているのは、戦闘エリアの外で見守ってくれているトールだけだ。
昨日、工房で『ICレコーダー』を渡してくれたとき、彼は言った。
『このアイテムなら、炎を暴走させることなく、アグニスは火の魔力を使いこなせるかもしれない』
──と。
やり方も教えてくれた。
とても、シンプルな話だった。
「アグニスの火の魔力が、勝手に火を生み出すなら──その前に魔力を、魔術で消費してしまえばいいので!!」
『健康増進ペンダント』は火の魔力を、他の属性の魔力に変換することで発火を防いでいる。
『ICレコーダー』は火の魔力が勝手に炎を生み出す前に、魔術として消費している。
やっていることは違うが、目的は同じ『火の魔力の消費』だ。
今までそれができなかったのは、呪文の詠唱に時間がかかるから。
普通に詠唱していては、魔術が発動する前にアグニスの服が燃えてしまう。
それに、自分がいつ裸になるかわからない状態で、落ち着いて魔術を詠唱するのは無理だ。
けれど『ICレコーダー』なら、数秒で詠唱を完了することができる。
元々録音してあるものだから、とちって呪文を間違えることもない。
アグニスは自由に、あふれだす火の魔力を消費することができるのだ。
「行きます。帝国の元剣聖さま!」
ずどどどどどどどどっどっ!!
「う、うぉおおおおおおおお!?」
巨大な火球が、大公カロンのいる方へと殺到する。
もちろん、直撃はさせない。
狙っているのは彼の周辺の地面だ。
火球は周囲を飛び回り、大公カロンの視界を塞ぐ。それだけでいい。
そのはずだったが──
「想像以上に素晴らしい! これが『火炎巨人』の子孫の力か!!」
大公カロンは剣を振り──アグニスの火球を、両断した。
ふたつになった火球は、直後に消滅する。
カロンは片刃剣に魔力を込めているのだろう。それが魔術を両断し、破壊したのだ。
「さすが、帝国の大公さまなので」
「いや、アグニスどのこそ。すさまじい力だ。だが
大公カロンは目にも留まらぬ速度で剣を振り続ける。
彼の剣は正確無比。
『魔獣ノーゼリアス』戦では巨大サソリの関節部分を狙い、その脚を両断している。
大公カロンの剣が狙いを外すことはない。
アグニスが放った24の火球はすべて両断され、かき消された。
だが──
『──た──れ!』
『──た──れ!』
『──た──れ!』
『──た──れ!』
アグニスの魔術は止まらない。
『火炎巨人』の血筋だけが持つ、常に火炎を生み出すほどの、火の魔力。
それを火炎魔術に注ぎ込めば──火球が止まることはない。
「もう一度、行きます!!」
『────!』
『────!』
『────!』
『────!』
『────!』
アグニスの合図で、再び火球が動き出す。
彼女が『ICレコーダー』に録音しておいたのは、魔術の詠唱だけではない。
『火炎巨人』には、魔術で生み出した炎を操るための言葉がある。
『
それらの言葉は8倍速で、『ICレコーダー』から発せられている。
詠唱には1秒もかからない。
アグニスが生み出した8つの火球は、それぞれバラバラの軌道を描いて、大公カロンに向かっていく!
「──う、うぉおおおおおおおお!?」
大公カロンが叫んだ。
「なるほど! 火炎を手足のように操るとはこういうことか! さすがはライゼンガどののご息女だ!!」
軌道は不規則。速度は高速。
それでも大公カロンは、火球を斬り続ける。
8つの火球のうち、4つが両断される。
5個目に剣を向け──直後、大公カロンは身を
そして、次の瞬間──
がぎぃぃぃぃぃん!
火球を突き抜けてきたアグニスの剣を、大公カロンの剣が、受け止めた。
アグニスの胸では『健康増進ペンダント』が光を放っている。
『ICレコーダー』で火球を放ったあと、アグニスは再び『健康増進ペンダント』を装着。
火の魔力を再び『身体強化』に使い、高速移動。
数秒で大公カロンの背後へと回ったのだった。
「言葉通り、火球はすべて目くらましであったな」
ぎりりと剣を受け止めながら、大公カロンは不敵な笑みを浮かべた。
「現役時代でもこれほどの危機を感じたことはない。火球がこの身を狙っていたら、敗れていたかもしれぬ」
「ごめんなさい。アグニスには、まだ、力押ししかできないので」
「これだけの威力なら小細工も必要あるまい? 力押しで十分だ。実に見事!」
「ありがとうございます……なので」
そう言ってアグニスは、剣を引いた。
少し遅れて大公カロンも、剣を収める。
その額に、汗が伝っていた。
いつの間にか彼の立ち位置が大きく動いていた。
アグニスの剣を受け止めるために、大公カロンは数メートル以上、後退しなければいけなかったのだ。
「すさまじい力であったぞ。アグニス・フレイザッドどの」
大公カロンは深呼吸して息を整え、それから、
「ライゼンガどのが自慢されるだけのことはある。『火炎巨人』の力、見せていただいた。感謝する」
「ありがとうございます。帝国の大公さま」
「教えてくれぬか。貴公はその若さで、どうやって、それほどの力を手に入れたのだ」
「……アグニスが強くなれたのは、大切な人が見ていてくれるから」
アグニスは澄んだ笑みを浮かべて、つぶやいた。
「あの人が見ていてくれるだけで力がわいてくるので。あの人を傷つける人をアグニスは、許さないの。あの人の側にいるためなら……アグニスはこの身が炎に包まれても、力を振るうので」
「……う、ううむ」
大公カロンは剣を置き、腕組みをした。
「魔王領おそるべし……いや、おそるべきなのは、貴公にそこまで言わせてしまう者がいること……か。まいったな。国境地帯の平穏に、魔王領の強力なマジックアイテム、さらに血縁の娘の将来と……課題が山積みだ」
「……?」
「アグニス・フレイザッドどの」
「は、はい」
「大公国に来ぬか?」
いきなりだった。
長身の大公カロンは、アグニスを見下ろしながら、告げた。
「貴公なら、我が剣術のすべてを受け継ぐことができるかもしれぬ。無論、貴公を魔王領から引き抜こうとは思わぬ。留学というかたちでもよい。大公国に来てもらえぬか?」
「光栄です。でも、駄目なので」
「で、あろうな」
「アグニスはもう、この生命を誰のために使うか、決めてしまっているので」
アグニスは言った。
大公カロンは肩をすくめた。
最初から、断られるのがわかっていたかのようだった。
アグニスはもう、大公カロンを見ていない。
彼女の視線の先にいるのは錬金術師トールだ。
彼は無邪気な表情でアグニスに手を振っている。隣で呆然としているリアナ皇女とは対照的だ。
模擬戦が終わっても、リアナ皇女は放心したままだった。
無理もない。
リアナは大公カロンの呼吸を乱すこともできず、汗をかかせることさえできなかった。
なのに、アグニスはあと一歩のところまで、大公カロンを追い詰めたのだから。
「……そ、そんな。大公さまが……剣を、受け流すことができなかったなんて」
「……信じられません。自分が放った魔術よりも素早く動く術者なんて……どう対応すればよいのですか……」
リアナ皇女も副官ノナも、信じられないものを見たような顔をしていた。
「すごいよアグニスー」
そのリアナの隣で、錬金術師トールが無邪気に手を振っていた。
模擬戦の結果には、まったく驚いていないようだった。
「……左腕が使えぬことを悔しく思ったのは久しぶりだな」
大公カロンは左肩を押さえて、苦笑いした。
「繰り返しになるが、言わせてくれ。アグニス・フレイザッドどの。お見事だった」
「は、はい」
「伝説の『インスタント・キャスター』を思わせる素早い詠唱に、一瞬で私の背後に回る体術──どれも素晴らしいものだ。この齢にして、良い経験をさせてもらったよ」
「ありがとうございました。大公さま。それでは!」
アグニスは大公カロンに向かって一礼。
すぐに
模擬戦を見守っていたトールの元へ、まっすぐに。
「トール・カナンさま! 見ててくれましたか!?」
「見てたよ。アグニス。すごくかっこよかった」
「……えへへ」
「おかげで、勇者世界の『ICレコーダー』がペン型の理由がわかったよ」
「そうなのですか?」
「うん。たぶん勇者は胸ポケットに『ペン型ICレコーダー』を入れたまま、
「なるほど、わかりましたので!」
「俺に同じことはできないかもしれないけど……ただ、首に掛けられるようにすることはできるかな? そうすればアグニスも、アイテムの切り替えが楽になると思う。帰ったら実験してみようよ」
「はい。トール・カナンさま!」
満面の笑みを浮かべて答えるアグニス。
トールはその笑顔が眩しいかのように、目を細めている。
こうして、大公カロンとアグニス・フレイザッドの模擬戦は終わり──
「それじゃ、町に戻って着替えよう。それから──」
そう言って錬金術師トールは、大公カロンを見た。
「ソフィア殿下もお待ちだと思います。町に戻って一休みしたら──約束のお話を、お願いできますか? 大公カロン・リースタンさま」
「む、無論だ。錬金術師トール・カナンどの。お待たせして申し訳なかった……」
──彼らは『ノーザの町』に戻り、会談を行うことになるのだった。
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・お知らせです
書籍版「創造錬金術」の発売日が決定しました。
カドカワBOOKSさまより、5月8日発売です!
改稿の上、書き下ろしエピソードもしっかり追加していますので、ぜひ、読んでみてください!
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