第112話「大公カロンの話を聞く(伝承編)」
その後、俺たちは『ノーザの町』に戻った。
向かった先は、ソフィア皇女がいる宿舎だ。
俺たちはその控えの間に案内された。ちょうどお昼時だからか、休んで食事を取るように、とのことだった。
ちょうどよかった。
俺もアグニスも着替える時間が必要だったからね。
休憩したあとで正装に着替えた俺とアグニスは、改めて大公カロンとソフィア皇女に面会した。
ちなみにリアナ皇女は、汗を拭いて身だしなみを整えているとのことだった。
俺とアグニスは魔王領の使者として、会談の機会をもらったことにお礼を述べた。
大公カロンとソフィア皇女は、異国から来た俺たちを歓迎してくれた。
短い面会を終えたあと、アグニスはまた、控えの間へ。
入れ替わるように、身支度を整えたリアナ皇女がやってきた。
それから俺たちは、この会談のために用意された別室へと移動した。
最初にお茶とお菓子が運び込まれ──そして、人払いがされた。
部屋の扉は固く閉ざされ、この階の廊下からは人が消えた。
窓のカーテンも引かれて、灯りはソフィア皇女が作り出した、魔術の灯りだけ。
すべての準備が整ってから──
「さて、話をはじめるとしようか」
剣の修練をしていたときとはうってかわって、気の進まない表情で、大公カロンはつぶやいた。
「面白い話でも、楽しい話でもないがね。私が知っている限りのことをお伝えしよう。帝国がなにを間違えたのか、なにを失ったのか。若い者に、情報を引き継ぐために」
そうして、大公カロンは話をはじめたのだった。
「ドルガリア帝国の基礎が、3つの国によって作られたことは知っているかな?」
最初に大公カロンは、そんなことを口にした。
初耳だった。
俺が読んだ歴史書では、帝国は、この大陸にあったドルガリア王国が元になって作られたと書いてあった。
初代皇帝は、勇者と共に魔王軍と戦った剣士で、王国の英雄だった。
その人は王に認められて皇女を
その後、王国は力を増して、周辺国家がその
そうして生まれたのが、ドルガリア帝国。
帝国の歴史では、そうなっているはずだ。
「ここで言う3つの国とは、後に傘下に加わった国のことではないよ。ドルガリア王国と、それに協力した、ふたつの小さな国のことだ」
大公カロンは俺たちを見回して、そう言った。
「知らぬのも無理はない。皇帝の子孫でも一部の者しか知らぬことだ。だが実際、『勇者召喚』の時代には、ドルガリア王国に協力した2つの小国があったのだよ」
「……存じませんでした」
リアナ皇女が言った。
ソフィア皇女は俺の方を見て、首を横に振っている。彼女も知らなかったらしい。
「別に不思議な話ではないよ」
大公カロンは続ける。
「建国に協力した2国は、すすんでドルガリア帝国の礎となったのだ。目的は、勇者がいなくなったあとの時代で、人間の勢力をひとつにまとめること。だからあの2国は、自分たちの国を記録から消したのだ」
「異世界勇者と魔王軍が、まだ存在していた時代の話ですね」
「そうだな。魔王軍に対抗し、勇者に『人間の代表として戦う』という説得力を与えるため、人間の国はひとつでなければならなかったのだ」
「質問をしてもよろしいですか?」
俺はふと、訊ねた。
「その2国は、40数年前にあった内乱に関わっているのでしょうか?」
ルキエは、40数年前にメイベルの祖母が、魔王領に逃げてきたと言っていた。
だとすると、そうしなければいけないほどの混乱が、帝国の中にあったということだ。
話を聞いたあとで記憶をたどってみると……以前読んだ歴史書の内容を思い出した。わかったのは、内乱の原因になった家の名前だけだったけど。
「……ほぅ」
俺の言葉を聞いて、にやりと笑う大公カロン。
「さすが錬金術師どの、鋭いな」
「大公さまは『私が子どもの頃』とおっしゃいましたから」
俺は答える。
「となると、40数年前の出来事だとわかります。俺は帝国にいたころ、よく歴史書を読んでいましたから、がんばってその内容を思い出してみました」
「なんという内乱だったか覚えているかね?」
「……『ティリクの内乱』でよかったですか?」
「正解だ。錬金術師どの」
大公カロンはうなずいた。
それから彼は、苦いものを飲み込んだような顔になり、
「内乱を起こした
大公カロンは続ける。
「200年前、ドルガリア王国、ティリク王国、ミスラ公国は協力して勇者召喚を行い、魔王軍を撃退した。その途中で人間の勢力をまとめるために、ひとつの国を作った。それがドルガリア帝国だ」
「ドルガリア王国は2つの国の領土を手に入れて、大きな帝国となったのですね……」
ソフィア皇女が口を開いた。
「そしてティリク王国とミスラ公国は領土を与えられて、帝国の高位の貴族となった。そういうことなのでしょう? 大公さま」
「その通りだよ。殿下」
「私も『ティリクの内乱』については、本で読んだことがあります」
ソフィア皇女が言った。
「ティリク侯は、帝国内の視察に行かれた皇帝陛下を襲撃するという計画を立てていた。計画を事前に知った当時の皇帝陛下──私とリアナのおじいさまはティリク侯を討った。大きな自治権を与えられていた侯爵領は荒れ果て、民は別の土地に移された……そういう話を聞いております」
「……皇帝襲撃の疑いあり、か」
嫌な話だった。
ティリク侯爵が皇帝を襲おうとしたことじゃない。
そういう話を元に、ひとつの領地が消されたことが、だ。
「
「当時、私はまだ子どもだったからな……
俺が聞くと、大公カロンはため息をついて、
「侯爵の部下が、帝国の大臣に直訴したそうだ。『ティリク侯に謀反の疑いあり。我らが巻き添えにされてはたまらないから、侯を討ってください』と」
「その言葉だけで領地の討伐を?」
「いや、実際にティリク侯は兵を集めていたらしい。だが、それは魔獣を討ち、土地の開拓を進めるためだったという話もある」
「大公さまがおっしゃっていた『失ってはならぬ者』というのは、そのティリク侯のことだったのですね……」
リアナ皇女が、ぽつり、とつぶやいた。
「帝国の基礎を作った貴族を、帝国は疑いだけで滅ぼしてしまった。それは取り返しのつかない過ちだったと、そうおっしゃるのでしょう?」
つらそうな顔をするリアナ皇女。
その彼女を、大公カロンとソフィア皇女は、優しい目で見ている。
なんと言ったらわからないんだろうな。
俺も同じだ。
過去の出来事を
「──違いますよ。リアナ」
ソフィア皇女が困ったような顔で、妹姫の肩を突っついた。
「ティリク公の事件も確かに、痛ましいものではあります。けれど、大事なことを忘れていませんか?」
「え? でも、姉さま。帝国はティリク侯という協力者を失って──」
「よくお考えなさい。『ミスラ』という家名の貴族が、今の帝国におりますか?」
「……あ」
ソフィア皇女の言う通りだ。
今の帝国内に、ティリク侯爵領は存在しない。
同じように『ミスラ』という家名の貴族もいないんだ。
ということは──
「ミスラ侯爵家は、ティリク侯をかばった罪で領地を没収された」
大公カロンは言った。
「侯爵一家は別の土地へと追放になったが……途中で盗賊に襲われたようでな。行方知れずになったそうだ。当時は『ティリクの内乱』により、あちこちで争いが起こっていた。それに巻き込まれたというのが公式見解だが──」
「大公さまは、それを信じていらっしゃるのですか?」
俺の問いに、大公は無言で首を横に振った。
大公も、ミスラという貴族が内乱のどさくさで滅ぼされたのだと思ってるらしい。
帝国は3つの国の集合体だった。
でも、それを嫌う者もいた。だから元々別の国だった2つの貴族を消した。
……普通にありそうな話だ。
「大公さまはこの話が、俺にも関わりがあるものだとおっしゃいました」
俺は訊ねる。
「ということは祖父──ヴォイド・リーガスが、ふたつの貴族を滅ぼすのに手を貸したということですか?」
「いや、逆だな。関わらないようにされたのだ」
「関わらないように?」
「錬金術師どのの祖父は内乱の間、南方の魔獣討伐を命じられていた。ヴォイドどのはティリク侯爵と親しかったからな。侯爵を助けぬように、という措置だろう」
大公カロンはため息をついた。
「ヴォイドどのが不在の間に事件は起こり行われ、あの方が戻ってきたときにはすべてが終わっていた」
「……その後、祖父は?」
「後悔されていたよ。私はヴォイドさまに剣を教わっていたからな。あの方がどれほど動揺していたのかわかる。そのときに木剣で撃たれた跡が、今も残っているからな」
剣を教えるときに生徒をぶったたくのは、祖父の代からの伝統だったらしい。
当時の大公カロンはまだ子どもだったはずなのに。なにしてるんだよ。
……でも、わかったこともある。
俺が物心ついたとき、祖父はすでに酒浸りになっていた。
俺にも、うちの親父にも関心を持つこともなかった。
「わしは昔は強かった」「最強だった」「機会さえあれば、力を振るえたのだ」
──そんな言葉を、ただ、繰り返していた。
祖父が酒浸りになったのは、侯爵家を救えなかったことを後悔が理由なんだろうか。
あの人が繰り返していた言葉も、自分を納得させるためのものだったのかも。
……祖父も色々あったんだな。
だからって、息子の教育を放棄するのはどうかと思うけどさ。
そのせいで、孫の俺が虐待を受けていたわけだし。まったく。
「帝国は自らの慢心により、失ってはならぬ2家を失った。私は、そう思っている」
大公カロンは続ける。
「特にミスラ侯爵家を失ったのが痛かった。『勇者召喚』の正しい術式がわからなくなったのだからな」
「「「……え?」」」
その言葉を聞いて、俺とソフィア皇女とリアナ皇女が目を見開く。
ひとつの貴族が消えたことで、『勇者召喚』の術式が失われたって……まさか。
「『勇者召喚』の中心になっていたのは、その……ミスラ侯爵家だったのですか?」
「その通りだよ。錬金術師どの」
うなずいて、大公カロンは俺の方を見た。
「正しい『勇者召喚』の術式には、ミスラ侯爵家──いや、ミスラ公国の魔力が必要だった。高度な魔術には、属性ごとの魔力の配分が重要であり、ただ属性をそろえるだけでは駄目なのだ。錬金術師のトールどのならおわかりだろう?」
「はい……わかります」
俺の『創造錬金術』も、6属性すべての魔力が揃ったから覚醒したわけだし。
『簡易倉庫』も、ルキエの強い『闇の魔力』がなければ作れなかったからな。
儀式やアイテム作成に、正しい配分の魔力属性が必要だってのはわかるんだ。
「つまり『勇者召喚』の魔術には、ミスラ侯爵家の魔力が必要だったということですね」
「正確にはミスラ侯爵家の魔力と、あの家が所有していた『強力な水属性を持つペンダント』だがね」
大公カロンは言った。
「そのペンダントは鎖が
「…………」
「一説では、内乱の最中にミスラ侯爵はペンダントの石を傷つけ、使えないようにしたとも言われている。
「…………ソウダッタンデスカー」
「……錬金術師どの?」
「いえ、なんでもないです」
ミスラ侯爵家が持ってた宝玉を、俺は知っている。
というか、壊れかけてたのを、俺が直した。
魔王領に来てすぐのことだ。
俺は『水霊石のペンダント』を『創造錬金術』で修復したんだ。
持ち主の名前はメイベル・リフレイン。
彼女は人間の祖母の血を引いている。
その祖母は、内乱に巻き込まれて魔王領に逃げて来た。
時期はちょうど『ティリクの内乱』があったころだ。
つまり──ミスラ侯爵家はメイベルのご先祖の可能性がある。
ルキエの話によると、メイベルの祖母は2人の兵士に連れられて、魔王領に亡命してきたらしい。その兵士たちは身体に矢を受けながら、命がけでメイベルの祖母を守っていたそうだ。
彼女がミスラ侯爵家の生き残りなら、兵士たちの行動にも納得がいく。
兵士たちが彼女の正体について、なにも語らなかったのも当然だ。ミスラ侯爵家は勇者召喚に関わっている。仮にその情報が魔王領に伝わっていた場合、メイベルの祖母が危ない、と思ったのかもしれない。
もちろん、ただの推測だ。証拠はなにもない。
……この話をメイベルに伝えるかどうかは、まだ決めていない。
彼女は「自分は魔王領のエルフで、祖母のことはあまり知りたくない」と言っていたから。
俺はメイベルの気持ちを尊重する。
でも……仮にこの話を聞かせることになったとしたら──
──俺がすることは決まってる。
俺はメイベルに、全面的に協力する。
仮に彼女が、祖母については興味がないというならそれでいい。
でも、もしも祖母の故郷を見たいというなら……なんとかしてつれて行く。
皇帝をぶんなぐりたいというなら、俺がそのためのアイテムを作る。
……でも、これは魔王領に帰ったあとの話だ。
今は、大公カロンが知ってることを、できるだけ聞いておかないと。
「大公さまは、帝国が今のようになってしまった理由を話す、とおっしゃっていました」
俺は言った。
「『失ってはならぬもの』というのはミスラ侯爵家とティリク侯爵家で、帝国が今のようになってしまったのが、その両家を滅ぼしたことにあると──大公さまはお考えなのですか?」
「そうだな。錬金術師どのの言う通りだ」
大公カロンはうなずいた。
「ミスラ侯爵家は勇者召喚の術式に関わる家だった。それと同時に、ティリク侯爵家は魔獣使いであったのだよ」
「……魔獣使い」
「だから私は『魔獣召喚』の話を聞いたとき、最初に東の砦を調べたのだよ。魔獣を使役するのはティリクの得意技だ。その残党が関わっているのではないかと思ったからね」
「でも、『魔獣召喚』に関わっていたのは、帝国の高官でした」
「うんざりする話だがね」
そう言って大公カロンは肩をすくめた。
「話を戻そう。ふたつの家が消えたことで、それらの技術は失われた。帝国は切り札を失ってしまったのだ」
長いため息が、聞こえた。
それから、
「だが、帝国は『勇者のような最強』を目指すことを止められぬ。止めたら、自分たちが間違っていることを認めることになる。ゆえに、帝国は拡大を続け、新たな切り札を求めている。そうして、今のような国になってしまった……私はそう考えているのだよ」
「でも正しい『勇者召喚』の儀式では、誰も来なくなったんですよね?」
俺は訊ねる。
「今さら『勇者召喚』の術式を失ったことをくやんでも、意味はないと思いますけど……」
「私もそう思うよ」
肩をすくめる大公カロン。
「だが、武器が使えぬことと、その武器が手元にないことでは意味が違う。少なくとも、帝都の高官たちはそう考えている。もしかすると、皇帝陛下もな」
「大公さまが何度も皇帝陛下をお
ソフィア皇女が、ぽつり、とつぶやいた。
「『拡大政策には限界がある、と。力だけですべてを変えることは不可能だ』と。大公さまが父皇帝と親しかったころ、そういうお話をされていたと聞いたことがあります」
「聞き入れてはもらえなかったがね」
「私の目に写る父……皇帝陛下は、なにかにおびえているように見えました」
目を伏せて語る、ソフィア皇女。
「もしかしたら陛下は、勇者のような強さを持たないことを恐れ……だから、身体の弱い私を視界から遠ざけていたのかもしれません。帝国には弱点も欠点もないのだと、そう思い込むために」
「……姉さま」
「……決めました」
ソフィア皇女が、俺を見た。
なにかを訴えるようにうなずいて、それから、
「私は帝都には戻りません。可能な限り、この国境地帯にとどまることといたします」
「姉さま!?」
「これは、ずっと考えていたことです」
リアナ皇女をいさめるように、ソフィア皇女は、
「帝国の拡大政策も、いずれ限界が来るでしょう。それに……強さのみを求める帝国では、住みにくいと考える者もいるはず。そんな者たちが安心して住める居場所を作りたいのです。そのためには、帝都の目が届きにくい場所が良いでしょう」
そう言って、ソフィア皇女は俺の方を見た。
「これが私の考えです。トール・カナンさまは、どう思われますか?」
「尊いお考えだと思います」
俺は答えた。
「俺も、殿下が近くにいてくれるのはうれしいです」
「そうなのですか?」
「殿下のことは俺も──魔王陛下も信頼しています。魔獣調査もそうですけど、殿下やオマワリサンとなら協力できますからね」
「……よかった」
「あ、あのあの。姉さま!?」
慌てたように姉の手を取るリアナ皇女。
「ね、姉さまがずっと国境地帯にいる……って。帝都には戻られないのですか!?」
「戻ったところで、私の居場所はありません」
「わ、私がおります! 姉さまの居場所は、私が守ります!!」
「……リアナ」
「姉さまの敵は、私がやっつけます! もしも父上──皇帝陛下が悪いことをしているなら、聖剣の力を見せつけて差し上げます! 私の聖剣がさらに高出力になったのをわからせれば、父上や高官たちも……」
「政治とは、そんな簡単なものではありませんよ。リアナ」
たしなめるように告げる、ソフィア皇女。
「父上や高官たちは、いつでもあなたから聖剣を取り上げることができます。あなたのまわりに見張り役を送り込むこともできましょう。離宮に押し込められて監視を受け、暗殺や誘拐に怯える生活を送りたいのですか?」
「…………姉さま」
「リアナの気持ちは立派です。けれど、力だけで国を変えることはできないのです」
ソフィア皇女は、妹姫の頭をなでた。
「あなたには選択肢があります。なにも聞かなかったことして、帝都で姫君を続けるか、大公さまのお手伝いをするか、皇女の衣を脱ぎ捨てる覚悟をするか」
「……選択肢が」
「すぐに決めなくても構いません。ゆっくり選びなさい。リアナ」
「…………はい」
リアナ皇女はうなずいた。
ふたりの考えはわかった。
ソフィア皇女は、この町に残る。
リアナ皇女は帝都に戻る。たぶん、そこまでは大公カロンと一緒だろう。
となると、ソフィア皇女を守るための対策が必要だな。
帝都がちょっかいを出してきた時のためにも、脱出ルートも確保しなきゃいけない。
あとは、万が一のときは姿を変えて、魔王領に亡命することも考えた方がいいだろう。皇女の立場を捨てるなら、俺と同じただの客人だ。ルキエの許可さえ取れれば問題ないだろう。脱出のためには……『なりきりパジャマ』を使えばいいな。動物の姿になれば見とがめられることもない。あとは魔王領まで一直線だ。
「トール・カナンさま」
「はい。殿下。猫と犬とフクロウ、どれがいいですか?」
「……? はい。猫ですけど、それにどんな意味が……?」
「……すいません」
いかん、話を進めすぎた。
「申し訳ありません。殿下、お話をお続けください」
「はい。では……トール・カナンさま。私の考えを、魔王ルキエ陛下にお伝えいただけないでしょうか」
ソフィア皇女はまっすぐに俺を見て、そう言った。
「私は任期が許す限り、この地と魔王領とのよしみを深めようと考えております。仮に任期が終わったとしても、帝都に戻るつもりはありません。その覚悟を、良き隣人である魔王陛下にお伝えいただきたいのです」
「わかりました」
「国境地帯の民の平和のため、私はこの身を差し出す覚悟がございます。それが、魔王陛下が信頼し、私も信頼している方との政略結婚であっても受け入れましょう」
「……政略結婚であっても」
「……そうです」
ソフィア皇女はなぜか、横を向きながら答えた。
「もちろん、魔王ルキエ陛下との交渉にもよりますし、正室であることにもこだわりはないのですが……と、とにかく、覚悟を伝えていただきたいのです」
「わ、わかりました。確実にお伝えいたします」
「よ、よろしくお願いいたしますね」
そう言ってソフィア皇女は──膝の上で小さな手を握ったまま、うつむいてしまった。
「俺は可能な限り、ソフィア殿下をお助けするつもりです。それに、ソフィア殿下のご覚悟は、魔王陛下にも伝わると思います」
ソフィア皇女の言葉は『ボイスレコーダー』で、そのままルキエに伝わる。
必死の思いも、言葉も、ルキエならわかってくれるはずだ。
俺からもルキエに、ソフィア皇女の考えを伝えよう。ちゃんと。
「国境地帯の平和のため、俺も力を尽くさせていただきます。殿下」
「ありがとうございます。トール・カナンさま」
「それで……大公さま」
俺は大公カロンの方を見た。
大公は……なんだかにやにやしてるね。
困ったような顔で、リアナ皇女を見ているのは、なんでだろう。
「大公さまが俺や殿下にこの話をされたということは……帝都に戻られたあと、なにかされるおつもりなんですか?」
「やはり
大公カロンは苦笑いした。
「貴公を他国に流出させたのは、ミスラとティリクの2家を失ったのに匹敵する失態かもしれぬ」
「そのお言葉には感謝いたします。それで──」
「私も大公家を預かる者だ。元剣聖である前に、政治家でもある。無茶はせぬよ」
「……そうですか」
「若い者の手助けをするのが私の趣味だ。ゆえに、これからソフィア殿下の手助けをさせていただく。そのために、皇帝陛下やディアス殿下と、少し話をするだけだ。『魔獣調査』の功労者となれば、それくらいの機会はいただけるだろうよ」
そう言って大公カロンは、冷めた茶に口をつけた。
話したいことを話して、すっきりしたような表情だった。
とにかく、俺のやるべきことは決まった。
魔王領に戻ったら、メイベルに会う。
彼女に会って……それから、祖母の話を伝えるかどうか、決める。
メイベルが話を聞いたあと、なにかしたいと思うなら、手伝う。
不安になるなら側にいる。
彼女のしたいことを聞いて、手助けする。
その後は、ソフィア皇女と連携を取って──それから、兼ねてからの計画だった『水回り改善アイテム』と『ルキエ用の魔剣』を作ろう。
忙しくなりそうだけど、基本的に、やるべきことは変わらない。
俺は魔王直属の錬金術師で、勇者世界の技術を学ぶ者だ。
マジックアイテムをじゃんじゃか作って、みんなを平和に、幸せにすればそれでいいんだから。
「……うぅ」
かわいいうなり声が聞こえた。
見ると、リアナ皇女が椅子の上で、頭を抱えていた。
「どうされたのですか? リアナ殿下」
「大公さまの話をうかがい、考えこんでしまったようですね。これから自分がどうするか、悩んでいるのでしょう」
「悩んではおりません。私には自分にとってなにが大切なのか、もうわかっております」
不意に、リアナ皇女が顔を上げた。
「私にとって大切なのは姉さまと、信頼できるお友だちです。それがわかっている限り、以前のような過ちをおかすことはないでしょう。私は……自分の心に従います」
そう言って、俺の方を見るリアナ皇女。
「俺が口を出すのは
意見を求められていると思ったから、俺は答えた。
すると、リアナ皇女は安心したような笑みを浮かべて、
「──ありがとうございます。錬金術師トールさま」
俺に向かって、頭を下げた。
それから大公カロンは俺たちを見回して、部屋のカーテンを開けた。
話は終わり、ということらしい。
緊張が解けたのか、肩をぐるぐると回している。素早く動く右肩に比べて、左肩の動きはすごくゆっくりだ。古傷で、うまく動かないんだろうな。俺はひとつ、ルキエから許可をもらってることがあるから、あとで提案してみようかな。
「年寄りの繰り言に付き合わせて済まなかった。だが、話せて良かったよ」
そう言って大公カロンは、長い息をついた。
「この情報をどう使うかは任せる。記録も残っていない昔の話だからな。証明する方法もないのだがね。ただの……まぁ、大公が気まぐれに伝えた、口伝だと思ってくれればいい」
「……そうですね」
「錬金術師どの? どうした? 考え込まれているようだが」
「いえ、貴重なお話を聞かせていただいて、ありがとうございました」
俺は大公カロンに頭を下げた。
「おかげで、自分にとってなにが大切なのか、わかったような気がします」
「そうなのか?」
「はい」
「貴公は帝国を恨んでいるかと思っていたよ。勝手な都合で魔王領へと送り込まれ……実の父から、陰謀の道具にされようとしたのだからな。怒って当然だ」
「怒ってはいます。正直、父親が目の前に来たら……文句のひとつくらい言ってやりたいですけど、でも」
少し考えてから、俺は続ける。
「俺にとって重要なのは、身近にいる大切な人たちを幸せにすることと、勇者世界を超えるマジックアイテムを作り上げることです。正確に言うなら、勇者世界を超えるマジックアイテムで、大切な人たちを幸せにすることですね。うちの親父のような人がその邪魔をするなら、全力で排除します。それくらいですね」
「……そ、そうか」
「だから、大公さまからうかがったお話も、大切な人を幸せにするための、参考とさせていただきます」
『記録も残っていない昔の話だから、証明する方法もない』と大公カロンは言った。
でも、それは違う。
メイベルがミスラ侯爵家の関係者の子孫だということを証明する方法はある。
彼女の手元には『水霊石のペンダント』があるんだから。
でもなぁ。
メイベルがミスラ侯爵家の子孫だと証明するには『水霊石のペンダント』で、勇者召喚の術式を実行しなければいけない。
術式が成功して初めて、『水霊石のペンダント』が本物だって証明できるわけだし。
もちろん、召喚術式をやったって勇者は来ないけど……万が一来たら大変なことになる。
それに、メイベルがなにを望むかどうかという問題もあるんだ。
とにかく、一刻も早く帰って、メイベルと話をしよう。
ルキエも交えて、『簡易倉庫』の中で。
「それでは、これで解散としよう」
大公カロンのその一言で、会談は終了となった。
ソフィア皇女はリアナ皇女と一緒に、自室へ。これから姉妹で話をするようだ。
大公カロンは帝都に帰る支度をすると言っていた。その前に、国境地帯の交易所を見学したいらしい。魔王領の許可が欲しいと言っていたから、あとで宰相ケルヴさんに話を通しておこう。
それから、俺は控えの間でアグニスと合流した。
アグニスは、大公の副官ノナさんと、お茶を飲みながら話をしていた。
尊敬の目で見てくるノナさんに、アグニスは戸惑っていたようだった。大公カロンに一撃を入れる強さの秘密を聞かれてたけど、さすがに答えられなかったそうだ。『健康増進ペンダント』と『ICレコーダー』のことは話せないもんな。
ただ、ノナさんはアグニスのことを気に入ったようで「機会があればぜひ、大公国へ来てください」と誘ってた。
その後に「剣術を引き継ぐ方がいらっしゃれば、大公さまも身を固める気になるかもしれませんから」──と言ってたのが気になるけど。
そうして俺とアグニスは身支度を調えて、宿舎を出た。
入り口ではノナさんが、二階の窓からは、ソフィア皇女とリアナ皇女が見送ってくれた。
その後、町を出た俺たちは──
「アグニス。お願いがあるんだ」
「はい。トール・カナンさま」
「俺を背負って、大急ぎで国境地帯まで走ってくれないかな?」
「承知しましたので!」
理由は聞かれなかった。
人目につかない場所へ移動してから、アグニスは俺を背負ってくれた。
そうして『健康増進ペンダント』の強化を最大限に利用して、
「参ります! しっかり掴まっていてください!!」
「お願いするよ。アグニス」
俺たちは大急ぎで──メイベルの元へと向かったのだった。
──────────────────
いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!
お知らせです。
「創造錬金術」のコミカライズが決定しました!
詳しいことは後ほどお知らせしますので、続報をお待ちください。
それと「創造錬金術」の発売日まで、あと大体1ヶ月となりました。
そこで発売日まで、「1巻発売記念」として、SSをアップすることにしました。
本編の「番外編」として、不定期にアップする予定です。
書籍版の発売日は5月8日です。
書き下ろしエピソードも追加してますので、ぜひ、読んでみてください。
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