第12話「魔王の話を聞く」

「……事情はわかった。許そう」


 魔王ルキエは言った。

 俺は、正座してた。


『正座』は勇者の世界では由緒ゆいしょ正しい、『反省』を意味する座り方らしい。

 その俺の前で、素顔をさらした魔王ルキエは、何度もため息をついている。


 魔王ルキエの仮面とローブを奪ってしまったのは、俺のミスだ。


 異世界風『簡易倉庫』に、アイテム自動整理機能があるのを忘れていた。

 この倉庫は、レアアイテムを見つけると、自動的に集めて整理する機能がついていたんだ。

 それは大量のアイテムを収納する『簡易倉庫』には必要な機能なんだけど……そのせいで、中に入ってきた魔王ルキエの『仮面』と『ローブ』まで、自動的に回収してしまったんだ。


 そのあとは大騒ぎだった。

 魔王ルキエは両手で顔をおさえてうずくまるし、メイベルはあわあわと走り回っていた。

 俺が事情を説明して、謝って、ふたりはやっと落ち着いた。


 そうして、事情を聞いた魔王ルキエは、俺を許してくれたんだ。


「お主に悪気がないことは理解した。許すので、普通にしておれ」

「申し訳ありませんでした。魔王陛下」


 ……なんてことだ。

 俺はまだ、勇者の世界のアイテムを甘くみていた。

 異世界から来た勇者は超絶の力をふるって、いにしえの魔王と戦い、魔族たちを北の地に追い払った。彼らは間違いなく、世界を変えた。

 その勇者たちの世界のアイテムなら、予想外の効果があってもおかしくはないはずなのに。


「そ、そこまで落ち込まずともよい。もういいのだ、トール・リーガスよ」


 魔王ルキエは困ったように、そう言った。

 仮面とローブは、床に置いたままだ。

 正体を隠すのはあきらめたらしい。


 俺の隣では、メイベルも正座している。

 彼女は、魔王ルキエの素顔を知っていたそうだ。

 他に素顔を見たことがあるのは、宰相さいしょうのケルヴ、身の回りの世話をするメイド。あとは魔王ルキエの家族だけらしい。



 魔王ルキエは、自分が正体を隠していた理由を教えてくれた。

 その理由は──


『魔王とは強力な闇の魔力を持ち、皆に恐れられる、謎めいた存在でなければいけないから』


 ──それだけだった。


 魔王領の南には、軍事大国のドルガリア帝国がある。

 不戦条約を結んでいるとはいえ、それもいつまで続くかわからない。

 帝国という脅威きょういがある以上、魔王が弱そうな少女だと知られるわけにはいかない。

 だから魔王ルキエは、顔と体格がわからなくなるように、『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブをつけていたんだそうだ。


「……それで、どうじゃった?」


 魔王ルキエは横を向いたまま、言った。


「魔王領の支配者が、こんな貧相ひんそうな小娘でがっかりしたか? まぁ、仕方あるまい。こんな小娘が『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブで正体を隠し、魔王を名乗ってふんぞりかえっていたのじゃからな……」

「ルキエさま、そのようなことは……」

「ごまかさずともよいのだ、メイベル。すでにこの者には素顔を見られてしまったのだからな。どうじゃ、トール・リーガスよ。この小さな、たよりない姿こそが魔王の正体じゃぞ」


 魔王ルキエはそう言って、俺を見た。

 確かに、小さな姿だった。

 年齢は15歳だそうだけど、それにしても小柄だ。

 身長も低いし、手足も細い。抱きしめたら折れそうだ。


「魔王がこんな姿では、帝国と張り合うことはできぬ。だから余は認識阻害にんしきそがいのアイテムを使って、魔王っぽい姿に見せかけておったのじゃ」


 魔王ルキエは話を続ける。


 父である先代魔王が、若いうちに死んでしまったこと。

 その娘であるルキエが、魔王の位についたこと。

認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブをつけているのは、彼女が成長するまでの措置そちであること。


 彼女には強力な闇の魔力があるが、なぜか身体の成長が遅かった。

 身長もなかなか伸びないし、体重も増えない。身体の起伏も少ない。


 強力な魔術を使うことはできても、身体的には強くない。

 もちろん、あと2年か3年もすれば、闇の魔力による『身体強化』魔術にも耐えられるようになる。そうすれば魔術的にも、物理的にもルキエは強くなる。

 仮面とローブをはずして、真の魔王として君臨くんりんすることができる。


 それまでは帝国に対する備えとして、また、魔王領にもいる『強さしか信じない』者たちへの対策として、『認識阻害』の仮面とローブをつけることになっている。


 ──そんなことを、魔王ルキエは、ぽつりぽつりと話してくれた。


「昔は魔王が死ぬと、次の魔王は戦いで決めることになっておった。だが、ドルガリア帝国という脅威きょういが生まれてからは、魔王領内で争いを起こすのは得策ではないということになってな。そのため、今は世襲制せしゅうせいとなっているのだ」

「ルキエさまは魔王にふさわしい魔力をお持ちなのです。ただ、お身体の成長が遅いだけで」

「なぐさめはいらぬぞ。メイベル」


 魔王ルキエは自嘲じちょうするように、


「それに、余に正体を隠すように言ったのは宰相のケルヴじゃ。あの者も、この貧相な姿では、魔王領をまとめられぬと思っているのであろうよ」

「……ルキエさま」

「どうだ? トール・リーガスよ」


 魔王ルキエはワンピースの胸に手を当て、俺を見た。


「余のこの姿を見てどう思う?」


 彼女の細い手が、かすかに震えていた。


「余は、外から来た者の意見が聞きたい。遠慮えんりょなく申すがいい。魔王ルキエ・エヴァーガルドの姿を見て、お主はどう思った?」

「神の造形美ぞうけいびを見た思いです」


 俺は言った。


「魔王陛下のお姿を見た瞬間、俺は自分の価値観をゆさぶられました。俺は錬金術師として、優秀な機能を備えたマジックアイテムこそが美しいものだと思っていたんです。いわゆる『機能美きのうび』というやつですね。

 でも、魔王陛下のその姿を見て間違いに気づきました。魔王陛下とメイベルさん──魔王領の自然が生み出した美しさの前には、俺の作るアイテムの機能美きのうびなど足元にも及ばないんですね。錬金術師れんきんじゅつしとして、力不足を恥じるばかりです……」


「な、な────っ!?」


「魔王陛下の美しさ、そして、勇者の世界のアイテムの機能美。その両方を魔王領で学ばせてもらえればと思います。どうか、よろしくお願いします」

「な、なにを言っておるのだ、お主は!?」

「思った通りのことを言っているだけですが」

「ちょ、調子のいいことを言いおって……」


 魔王ルキエの赤色の目に、涙が浮かんでいた。

 彼女は両手のこぶしを、ぎゅ、と握りしめて、


「お主のように優秀で、神にも等しい錬金術の力を持つ者に、なにがわかる!? 仮面を被り、自分をいつわってきてきたもののことが──」

「すいません俺もいつわってました。実は俺は客人じゃないんです。帝国は魔王領への人質──にえとして、俺をここに送り込んだんです」


 俺は言った。

 魔王ルキエと、メイベルの目が点になった。


「ついでに言うと、俺はリーガス公爵家こうしゃくけの恥さらしだそうです。父には『死んでこい』と言われました。しょうがないですね。帝国は強さがすべてですから。戦闘能力がなくて、攻撃魔術も使えない俺には、存在価値はないですから」

「な、な、な……」

「でもまぁ、魔王領に来られたのは幸運だったと思いますよ。錬金術師れんきんじゅつしとして仕事ができるようになったんですから。自分で好きなアイテムを作る幸せと、それを使ってもらうよろこび、それを俺は魔王領で知ることができて──」

「お待ちください、トールさま!!」


 不意にメイベルが声をあげた。

 俺の手を握りしめて、ぐい、と顔を近づけてくる。


「今の話は本当なのですか!? トールさまが魔王領に送り込まれた人質……いけにえ……なんて」

「本当ですよ。嘘だと思ったら、帝国に問い合わせてみてください」

「いえ、そこまではしませんが……でも、理解できないです」

「というと?」

「トールさまが人質として、この魔王領に送り込まれたのが事実だとして……どうして、それを打ち明けられたのですか? ご自分が帝国からの使者だと思わせておいた方が有利ではありませんか。そうすれば帝国の力を後ろ盾として、無茶な要求を通すこともできたはずなのに……いえ、もちろん、トールさまがそんなことをする方でないのはわかっています……でも……でも!」


 メイベルは、理解できない、というようにかぶりを振って、


「使者の立場であれば、帝国がトールさまの後ろ盾になっていると主張できます。皆にそう思わせておけば、あなたの身は安全のはずです。なのに……ご自分が人質としてここに来たことを話してしまったら、後ろ盾を失ってしまうではありませんか……」

「はい、そうですね。だから、秘密にしていてくれませんか?」

「……はい?」

「俺が魔王領に送り込まれた人質や生け贄だということがばれたら、魔王領の人たちからの扱いが変わりますよね? 帝国との関係も悪化するかもしれない。だから、秘密にしていてくれませんか? 代わりに・・・・俺は・・魔王陛下の・・・・・秘密を・・・誰にも・・・言わないと・・・・・約束します・・・・・

「……あ」


 メイベルが口を押さえた。

 俺を見つめながら、何度もうなずく。

 後ろにいる魔王ルキエも、信じられないものを見るような顔をしてる。


 ふたりとも、俺の言いたいことをわかってくれたみたいだ。


 俺に、他人の秘密をばらすような趣味しゅみはない。

 だけど、魔王ルキエにそれを信じてもらえるかどうかはわからない。

 だから俺は自分の秘密と、弱みを明かすことにした。


 ──魔王ルキエの秘密は守ります。だからこっちの秘密も守ってください。


 その条件なら、魔王ルキエが俺を信じてくれるかな、って、思ったんだ。

 まぁ、なんとなくだけど。


 魔王ルキエは、小柄な女の子だった。

 自分に自信がなくて、仮面とローブで本当の自分を隠していた。

 それが……帝国にいたときの自分と重なるような気がしたんだ。


「俺が帝国から送り込まれた人質だってこと、秘密にしていただけますか、魔王陛下」

「……ふ」

「秘密にしてくれたら……そうですね。陛下の秘密を守るのはもちろんですが、陛下直属の錬金術師アルケミストとして、力を尽くすことを約束します。陛下のために、マジックアイテムをどんどん作りますよ」

「…………ふ、ふふっ。くくく」

「しょうがないですよね。陛下は俺の秘密を知っているんですから。もちろん、マジックアイテムを作るのは俺の趣味と実益を兼ねてますけど。どうですか? 俺の秘密を、守ってくださいますか?」

「ふ……はは、ははははははっ!」


 いきなりだった。

 魔王ルキエは、お腹を抱えて笑い出した。


 子どものような、甲高い笑い声で。

 赤みがかった目から涙をこぼしながら、魔王ルキエは笑い続ける。


「は、はははははは! トール・リーガス! お前は、はははははっ! な、なんとばかなことを。自分から正体を明かしておいて……それを秘密にするのと引き換えに『陛下の秘密を守る』とは……ははっ! はははははっ! ははっ……なにを考えているのだ! お主は!!」

「笑いすぎですよ魔王陛下。ひどいな」

「ひどいのはお主の方だ! ばかもの!!」


 魔王ルキエは涙をぬぐいながら、俺を見た。


「余の仮面とローブをはぎ取るのもひどいが、自分の正体の明かし方もひどい。ひどすぎる! そんなやりかたをされたら……余は、お主を信じるしかないではないか」

「信じてもらえるんですか?」

「今さらなにを言うか」


 そう言って魔王ルキエは、ゆっくりと、俺の方に近づいてくる。

 それからめいっぱい背伸びして、人差し指で、俺の額を、突っついた。


「信じるよ。お主は余を信じて、秘密を打ち明けてくれたのだ。そんなお主を疑うようでは、余に人の上に立つ資格などないじゃろ?」

「魔王陛下は、立派な支配者だと思ってますけどね」

「またそのようなことを、お主はまったく……まったく!」


 魔王ルキエはにやりと笑って、メイベルの方を見た。


「メイベルよ。お主もよいな。ここでの話は、外では一切、口外無用こうがいむようじゃ! トール・リーガスは帝国から来た賓客ひんきゃくであり、余の直属の錬金術師である。粗略そりゃくに扱うことなきよう、城の者に徹底てっていさせるのじゃ!」

「はいっ! 陛下!」

「それからトール・リーガスよ」

「はい。魔王陛下」

「繰り返すが、余の正体とお主の正体については、この場だけの秘密であるぞ?」

「わかりました……って、あれ?」


 なにか妙な言葉を聞いたような気がした。

 魔王ルキエはにやりと笑って、


「つまり『この場・・・』は例外ということじゃ」

「あ、そういうことですか……」


 つまり、この『異世界風簡易倉庫』の中では、お互いの正体をばらしていい、ということだ。

 ここは外部からは隔絶された、俺の結界みたいなものだ。

 魔王ルキエが仮面をはずしてくつろぐには、もってこいの場所ということか。


「わかりました。ここでは、別の話ですね」

「うむ。代わりに、余は全面的にトールの味方となろう」


 そう言って魔王ルキエは、俺の手を握った。

 俺が思わず膝をつくと、金色の髪を揺らして、笑う。


 まるで主従の誓いみたいだな……って、思った。


「まったく、笑いすぎて喉がかれたぞ。メイベル、お茶をもらえるか?」

「はい。すぐに準備します……あ、そうです。トールさま」


 名案を思いついたように、メイベルが、ぱん、と手を叩いた。


「この収納空間に椅子とテーブル、それと茶器を持ち込んでもいいですか?」

「いいですよ。スペースはありますから」

「ありがとうございます!」

「保管しておきたい茶器でもあるんですか?」

「いえ、ここでお茶会が開けたら素敵だな、って思いまして」


 メイベルはメイド服のエプロンを握りしめて、ためらうように、


「この場所なら、魔王陛下もトールさまも、ご自身のことを隠さずにお話できますよね? でしたら、ここの一角を、そのための場所にできたら……って。もちろん、トールさまのお邪魔はいたしません。この広い『収納空間』の、ほんの片隅かたすみをお借りできたら……って」

「……そうじゃな。そうできたら、楽しいじゃろうな……」


 困った。

 そんな訴えかけるような目をされたら断れない。


 まぁ、確かに俺も自分のことを気兼ねなく話せる場所は欲しいし、一緒にいるのがメイベルと魔王ルキエなら問題ない。

 それに、俺には魔王ルキエの正体をあばいた弱みもある。

 ふたりにはお世話になってるし……しょうがないか。


「いいですよ。この『収納空間』を、お茶会の場所にしてください」

「ありがとうございます!」

「うむ! 感謝するぞ、我が錬金術師トールよ!」


 メイベルと魔王ルキエは俺の手を握って、笑った。

 まぁ、マジックアイテムは、使ってもらわないと意味がないからな。

 ふたりがこの『収納空間』を活用してくれるなら、それでいいか。

 もしも自分だけの空間が必要になったら、また作ればいいし。


「可愛いテーブルクロスもいいですね。あとは、お湯を沸かすかまどですけど」

「トールはここを工房にするのであろう? であれば、炉くらいは作るであろうに」

「そうですね。では、その火をお借りいたしましょう」

「クッションとベッドも欲しいのう。メイベル、予備はあるか?」

「あるはずです。すぐに手配いたしますね」


 ──でも、ふたりともちょっと盛り上がりすぎじゃないかな?


「……あの。魔王陛下。メイベルさん」

「どうした、トール・リーガスよ」

「どうなさいました? トールさん」

「あ、それから、余のことはルキエでよいぞ。もちろん、この場だけのことだが」

「私のこともメイベルと呼び捨てにしてください」

「それはいいんですけど……ふたりとも」


 この工房を、ふたりがくつろぐための隠れ家にしようと思っていませんか?

 そんなことを訊ねようとしたのだけれど──


「「ん?」」

「そんなに収納空間が欲しいなら、魔王陛下とメイベルさんの分も作りますよ?」

「なにを言うか。余は、トールをもてなしたいだけじゃぞ」

「そうです。私もこの場所で、陛下とトールさまにリラックスしていただいて、おいしいものを食べて欲しいだけです」

「収納空間があったところで、トールとメイベルがいなければ意味はなかろう?」

「私が欲しいのはアイテムではなく、おふたりとの時間ですから」


「……降参です」


 すごく「いい笑顔」の魔王ルキエとメイベルに、俺は白旗を揚げたのだった。




──────────────────



 なお、この場所でのお茶会は『魔王城最高茶会キングダムズ・ティータイム』と名付けられ、魔王領を大きく動かしていくことになるのだが──


 ──それはまだ、誰も知らないお話なのだった。


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