第13話「魔王ルキエと宰相ケルヴ、錬金術師トールのことで悩む」

 ──その夜、魔王城の玉座の間では──





「トールどのが『収納しゅうのうボックス』を作ったですと────っ!?」


 玉座の間に、宰相ケルヴの叫び声が響いた。

 仮面の魔王ルキエは、彼をたしなめるように、


「いきなり大声を出すな、ケルヴよ。びっくりするではないか」

「びっくりしたのはこちらです! 魔王陛下も、勇者が使っていた『収納ボックス』についてはご存じでしょう!?」

「存じておる。アイテムを大量に収納するスキルのことじゃ。『収納ボックス』『アイテムボックス』『収納空間』など、様々な名前で呼ばれておったそうじゃが」

「はい。あれこそが、異世界勇者が強い理由のひとつでした」


 ケルヴは、代々の宰相さいしょうが語り継いできた口伝を思い出していた。

 その中には当然、勇者の『収納ボックス』についての情報もあった。

 異世界から召喚された勇者は、空中や、小さなカバンから大量のアイテムを取り出すことができたのだ。


 彼らと戦っていた魔族にとって、それはおそるべき脅威きょういだった。


 素手だと思ったら、いきなり大剣が出てきたり、傷を負わせたと思ったら小さなバッグの中から大量のポーションを取りだしたりと、手に負えなかった。



『勇者を見たら、アイテムが100個は出てくると思え』


 これは今でも、魔王領に伝わることわざだ。



「そもそも『収納ボックス』とは、勇者でも所持していない者がいるほど、貴重な能力でした」

「知っておる。勇者全員があれを所持していたら、魔族は滅ぼされていたかもしれぬ……と、父上も申しておった」

「その恐るべき『収納ボックス』を……トールどのが作り出したとは……」


 宰相さいしょうケルヴは、顔から血の気が引くのを感じた。


「これはゆゆしきことですぞ、陛下! トールどのが『収納ボックス』を独占するという事態は、なんとしても防がねばなりません!!」

「それは大丈夫だと思うぞ。ケルヴ」

「どうしてですか!?」

とメイベルの分も作ってくれると言っておったから」


 ごすっ。


 宰相ケルヴは、思わず柱に額を打ち付けていた。


「ど、どうしたのじゃ! ケルヴ!」

「……作る。魔王陛下と、メイベルの分の……勇者の『収納ボックス』を。この世のレアアイテムの概念がこわれる……これから魔王領はどうなっていくのでしょう」

「まぁ落ち着け、ケルヴよ」

「すいません、取り乱してしまいました」

「いや、こちらこそおどろかせてすまぬ。トールから、ケルヴにも話を通しておくように頼まれておったものでな」

「私に?」

「トールは『魔王お抱えの錬金術師として、筋は通したいのです』と言っておった」


 魔王ルキエは、晴れ晴れとした表情で告げた。


「そして、トールは我ら魔王領の味方になると約束してくれた。それはとても重みのある言葉じゃったのだ。だから余は、彼を信じてみようと思う」

「はい。自分も、トールどのは信頼に値する方だと思っております」


 気を取り直すようにかぶりを振って、宰相ケルヴはうなずいた。


「あの方はご自分が作った『フットバス』を、素直に提出してくださいましたから」

「そうじゃな。あやつは……そういう奴なのじゃ」


 玉座でぱたぱたと両脚を揺らす魔王ルキエ。


「困ったものじゃよなぁ。あんな人間は見たことがないぞ。まったく、目が離せぬ。本当にあいつは困ったやつじゃな! うむ!」

「魔王陛下」

「なんじゃ、ケルヴよ」

「トールどのと、なにかあったのですか?」

「……なにもないぞ?」

「いえ、不思議なくらい、陛下のご機嫌がよろしいように思えましたので」

「ただ、トールとは当たり前の話をしただけじゃ」

「当たり前のお話、ですか」

「そうじゃな。おたがいの立場を超えて、わかりあうように話をした。それで、余はトールを信じることにした。それだけじゃ」

「わかりました」


 宰相ケルヴは姿勢を正し、魔王ルキエに一礼した。


「私は魔王ルキエ・エヴァーガルドさまに忠誠を誓っております。陛下がトールどのを信じると決められたのであれば、なにも申しません。私も、陛下を信じておりますので」

「うむ。ケルヴには、余も常に助けられておるよ」

「そう言っていただいてうれしいです。ところで、陛下」

「なんじゃ?」

「トールどのとメイベルを結婚させる話ですが」

「──な!?」

「やはり、お気は進みませんか。ですが、トールどのをこの魔王領に縛り付けておくには、政略結婚が一番だと思います。あれほどの人材を手放すのは危険すぎます。メイベルでも誰でもよろしいですが、婚姻こんいんを結ばせるべきかと」

「────」

「その後、生まれた子を母親の元にとどめておけば、トールどのに対する格好の人質となりましょう。あの方を疑いたくはありませんが、保険は必要だと考えます」

「人質……か」

「気が進まないのはわかります」

「ああ。気は進まぬ。というよりも、それはやってはならぬことじゃと思っておる」


 魔王ルキエは首を横に振った。


 彼女は、トールが使者ではなく、魔王領に人質──にえとして送り込まれたことを知っている。

 その彼を政略結婚させて人質を取るなど、できるわけがない。

 それはトールの主君として、お互いの秘密を知る友として、絶対にやってはいけないことだ。


「トールの意志を無視しての政略結婚など、許すわけにはいかぬ。本人が魔王領の誰かと結婚したいと言い出したなら……それは別の話じゃが、それでも人質を取るなどというやり方は絶対に許さぬ!!」

「ご気分を害されたのであればおわびいたします。陛下」


 宰相ケルヴは素直に引き下がる。


「ですが、これは陛下と魔王領のためを思ってのこと。それだけは、ご理解ください」

「わかっておるよ。ケルヴ」

「ありがとうございます」


 宰相ケルヴはまた、魔王ルキエに一礼した。


「トールどのの錬金術の技があまりにすごくて……私も、冷静さを失っていたようです。以後、気をつけます。もうしわけございませんでした。魔王陛下」

「う、うむ。冷静さを失ってはいかぬぞ。ケルヴよ。いきなりトールを結婚させるなど……まったく」

「ところで魔王陛下」

「今度はなんじゃ!?」

「どうして、真横を向かれているのですか?」

「……外の景色が気になっただけじゃ」

「こちらを向いて話していただけますか。できれば『認識阻害にんしきそがい』の仮面を外していただけると──」

「ええい! 乙女の内心へと、踏み込もうとするでない!」


 思わず、魔王ルキエは声をあげていた。

 不思議だった。

『認識阻害』の仮面の下で、ほおが熱くなっていた。


 それは宰相ケルヴの『トールとメイベルを政略結婚させる』という言葉を聞いてからだ。

 思わず、ふたりがそうなったあとの・・・・・・・・ことを想像してしまったのだ。


 夫婦となったトールとメイベルが仲良くお茶を飲んでいるところで、隣にひとりで座っている自分。3人そろってのお茶会のはずなのに、それはとてもさみしい光景だった。

 どうしてそう思うのかは……よくわからないのだけど。


「──すまぬ。余の方が冷静さを失ってしまったようじゃ」

「いいえ。私こそ、失礼なことを申し上げてしまいました」

「ケルヴが国のことを思ってくれているのはわかる。トールについては、余も気をつけておく。あやつが魔王領の利益をそこなうことがあれば、すぐに知らせよう」

「ありがとうございます」

「ところでケルヴよ」

「はい。魔王陛下」

「トールが魔王領の利益を損なうようなことをすると思うか」

「しないでしょうね」

「じゃよなぁ」


 それは意見が一致しているらしい。


(だってあやつ、マジックアイテムを作ることしか考えてないもの)


 本当に、こまった奴だと思う。

 だからこそ、側で見ていたい。

 それは──魔王ではなく、魔族の少女ルキエとしての想いだった。


「もう夜も更けてきた。そろそろ余は休むことにする」

「お疲れさまでした。陛下」

「ケルヴこそ疲れたじゃろう。今日は、色々あったからの」

「色々ありましたからねぇ」


 再びうなずきあう、魔王ルキエと宰相ケルヴ。

 ふたりが思い浮かべたのは『色々あった』の原因──トールのこと。


 宰相ケルヴは「とんでもない人物を帝国から迎えてしまった」と思いながら。

 魔王ルキエは「目を離せない人物と出会ってしまった」と思いながら。

 ふたりは玉座の間を出て行き、自室に戻ったあと──



「そういえば、メイベルはトールのことをどう思っているのじゃろう」

「政略結婚はともかく、メイベルの意思は確認しておく必要がありますね」


 

 ふと、同じことをつぶやいた。

 もう夜は更けている。メイベルは城の使用人室で休んでいるはずだ。

 話を聞くのは明日以降だろう。


 そんなことを、魔王ルキエは乙女な理由で、宰相さいしょうケルヴは実務家の事情で考えて──


 そうして、魔王城の夜は過ぎていったのだった。

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