第14話「魔王領での最初の夜」

 ──トール視点──





 俺が魔王ルキエ、メイベルとお茶会の約束をしたあと──メイベルは部屋にテーブルと椅子、ティーセットを持って来た。


 テーブルと椅子はかなり大きなものだった。

『簡易倉庫』に入るかどうか心配だったけど、さすがは勇者のアイテムだ。しゅるん、という感じで、入り口より大きなテーブルと椅子を吸い込んでしまった。


 その後、俺たちは『簡易倉庫』の中で、お茶会の準備をした。

 テーブルは桜色のテーブルクロスで飾り、椅子にはクッションを並べた。

 メイベルは、お茶の葉を持って来て、テーブルの脇に保管用のスペースを作成。

 満足そうなため息をついたあと、汗ばんだメイド服の胸元をゆるめて──


「……あ」


 俺の視線に気づいて、真っ赤になった。


「す、すいませんすいません! 私、夢中になっちゃって……」

「い、いえ……」


 メイベル、だんだん俺の前では気がゆるんできてるような気がする。


「あんなに楽しそうなルキエさまを見たのは初めてでした」


 ふと、メイベルがつぶやいた。


「ルキエさまは小さいころから、魔王の後継者として育てられて来ました。先代の魔王さまはお強い方でしたが……ルキエさまには厳しかったんです。先代の魔王さまは数十体の魔獣とも対等に戦えるお方で、ルキエさまにも、同等の力を求めていらっしゃいましたから」

「俺の家と似てますね」


 俺は小さい頃から、父親に鍛えられてきた。

 というよりも、あれはただの虐待ぎゃくたいだったと思う。


 戦闘スキルがない俺に、父親はいらだちを隠さなかった。

 父である自分と同じ戦闘能力を手に入れるまでは許さない、と、無理な訓練を続けた。

 俺が動けなくなるまで木剣を振らせ続けたり、本職の剣士と手合わせをさせたりしていたんだ。

 だから俺は公爵家こうしゃくけを出るしかなかった。


 でも……魔王ルキエは、戦闘力を持たない俺とは違うはずだ。


「魔王陛下には、強力な闇の魔力があるんですよね?」

「もちろんです。魔術では、誰もルキエさまには敵いません」

「だったら、本当の姿を隠す必要はないんじゃ?」

「魔王領にも、物理的な強さしか信じない方もいるのです。そういう方にとっては、魔王さまのお姿は、やはり弱々しく映ってしまうのでしょう」

「そういう人は、どこにでもいるんですね」

「でも、いずれはみんな変わっていくと思います」


 メイベルは少し考えてから、


「人間が召喚した勇者には敵わなかったっていう歴史がありますからね。力だけではどうにもならないことは、本当は、みんなわかっているんです」

「勝った帝国の方は、逆に力がすべてになっちゃってますけど」

「どこも、思うようにはいかないんですね」


 俺たちは、なぜか同時にためいきをついた。


「俺も弱いですからね。『物理的な強さしか信じない』人には、気をつけることにしますよ」

「ふふっ。そうですね」

「ちなみに、宰相の方は違うんですよね?」

「ケルヴさまはルキエさまの味方です。気をつけた方がいい方は、そうですね……火炎将軍のライゼンガさまでしょうか」

「どんな方ですか?」

「身長は2メートル半。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした体格です。髪は炎のように赤く、怒ると口から火を噴きます」


 見てみたいけど怖いな。


「ライゼンガさまの一族は、火炎巨人イフリートの血を引いていて、魔王城でも武闘派ぶとうはとして有名なんです」

火炎巨人イフリートというと、大昔の魔王から火炎山の砦を任されて、異世界の勇者と激闘を繰り広げたという、あの?」

「『火炎山7日間の攻防戦』ですね。ライゼンガさまはその砦を守っていた火炎巨人の子孫です」

「もしかして、先祖をすごく尊敬している、とか」

「だから、強さを尊重されているのです」

「……俺は近寄らない方がいいですね」

「そう……ですね」


 メイベルは口ごもった。

 なにか言いたそうにしているけれど、途中で止める。


「でも、ライゼンガさまの一族すべてが、強さを重視しているわけではないのです……優しい方も、いらっしゃいます。優しすぎる方も、ですね」


 メイベルは頭を振ってから、そう言った。

 それから、なにか思いついたように、


「そうでした。それよりも、トールさまに魔王城をご案内しなければ」


 ぱん、と手を叩いて、そう言った。


「そういう予定でしたよね。明日で大丈夫でしょうか?」

「はい。お願いします」


 俺はこれから魔王領で暮らすことになる。

 まずは城の中くらい、自分で歩き回れるようにしておきたいんだ。


「はい。よろこんで!」


 メイベルは銀色の髪を揺らして、ぺこり、と頭を下げた。


 それから、俺とメイベルは倉庫から出た。

 あれこれ作業しているうちに、大分遅くなってしまった。


「いろいろとありがとうございました。メイベルさん」

「トールさま?」

「はい?」

「以前、言いましたよ。『メイベル』と呼び捨てにしてください、と」

「そうでしたっけ?」

「そうです。それと、敬語も必要ございませんよ」


 メイベルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ルキエさまから私は、トールさまを賓客ひんきゃくとして扱うように命じられています。帝国ではどうか知りませんが、魔王さまにとっての賓客とは、宰相や大臣と同等のもの。つまり、トールさまは私よりずっと上の地位にいらっしゃるのです」

「そう言われても、実感がないんですけど」

「その上、トールさまは陛下直属の錬金術師れんきんじゅつしでしょう?」

「でも、俺はメイベルさんには世話に──」


 ぴたり。


 気づくと、メイベルが白い指を、俺の唇に当ててた。

 それを彼女は、自分の唇に触れさせて、


「ですから、敬語も不要です。どうか、普通に話してください」

「……わかった。メイベル。これからよろしく」

「はい。トールさま!」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。

 俺がこの魔王領に来て、今日が1日目。


 なのに昔からここにいたように落ち着いてる。

 帝都ではこうはいかなかった。貴族たちが「誰が強いか」で、いつも武を競っていた。文官や庶民しょみんたちもそれにならって──誰が偉いか、誰が威張っていいのかを競っていた。

 そういうのはひどく疲れるんだって、魔王領に来て気がついたんだ。


「……どうか、ずっとこの地にいてください。トールさま」


 不意に、床に膝をつき、メイベルは言った。

 俺の手を捧げ持ち、それから、


「それが叶うなら、メイベル・リフレインはこの身をもって、全力であなたにお仕えすることを誓います」

「……メイベル?」

「そ、それではおやすみなさいませ、トールさま!」


 それからメイベルは立ち上がり、一礼して、部屋を出て行った。

 びっくりした。

 あんな誓いをされたのなんて初めてだ。

 帝国では、あれは忠誠を誓うときのやり方だけど、魔王領ではどうなんだろう。あとで確認してみよう。


「……今日はまだ、魔王領に来て1日目なんだけどな」


 色々あった。

 異世界の本も見つけたし、マジックアイテムも作れた。満足だ。

 魔王領に来て良かったな。

 メイベルは『ずっとこの地にいてください』と言ったけど、多分、そうなると思う。俺はもう帝国に帰るつもりはない。というか、帝国には俺の居場所はない。

 だから、この魔王領をもっと便利な場所にしていこう。

 魔王ルキエに仕える錬金術師トール・リーガスとして。


 ──勇者の世界を超えるために。


 そんなことを考えながら、俺は眠りについたのだった。



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