第71話「魔獣の住処を調査する」

 それから俺たちは北東にある森に向かった。

 巨大ムカデたちが、そこから来たという情報があったからだ。


 あの巨大ムカデたちが襲ってきた理由は、ソフィア皇女から聞いた。

 兵団の一部の者が、無断で『眠れる魔獣』の調査に行き、そこで巨大ムカデと遭遇そうぐうしてしまったらしい。

 そして、 ナワバリを侵された巨大ムカデは、逃げた帝国兵を追って森を出た。

 その後はエサを求めて、人のいる方へとやってきたそうだ。


 これは、完全に帝国側のミスだ。

 ソフィア皇女は『責任は自分にある』と明言しているけれど──彼女がつい最近まで病弱で、他人を指揮できる状態になかったことは、俺もルキエも知ってる。

 だから責任の所在については、改めて話をする、ということになったんだ。


 それに、ルキエも宰相のケルヴさんも『今は責任追及よりも、巨大ムカデについて調べるのが先』だと考えている。

 魔王領の部隊が、巨大ムカデが現れた森に来たのも、原因究明のためだ。


 ちなみにアイザック部隊長が率いる帝国兵たちは、先に森の中に入っている。

 あちらはあちらで、別に調べることがあるそうだ。


 そんなわけで、俺は魔王領の兵士たちと一緒に、北東の森へと入ったんだけど──


「巨大ムカデたちがどこから来たかは、地面を見るとわかるな」


 ひどい有様だった。

 木がなぎ倒されて、地面がえぐれている。

 巨大ムカデたちは盛大に暴れ回っていた。森がこうなるのも当然だ。

 あいつらは本当に強敵だった。できればもう、出て来て欲しくない。


「その強敵をひるませてしまったのであろう? この『防犯ブザー』は。まったく、すばらしいものを作られたな。トールどのは!」


 俺のとなりを歩きながら、ライゼンガ将軍は言った。

 将軍は『防犯ブザー』をてのひらにのせて、興味深そうに眺めている。

 まるで、新しいおもちゃをもらった子どもみたいだ。


 メイベルも「あんまりはしゃいでると、あとでアグニスさまに笑われますよ」ってたしなめてる。

 でも将軍は笑いながら、『防犯ブザー』をひっくり返したり、握ったりしてる。


「こんな小さなもので、魔獣の動きを封じられるのですからな。たいしたものだ」

「魔力消費が大きいのが弱点ですけどね。今は魔力を使いきってるから、音が出るだけです」

「ふむ。魔力を込めると音が鳴るのだな?」

「そうですよ。でも、今は鳴らさないでくださいね」

「わかっている……おっと」


 ライゼンガ将軍は『防犯ブザー』に指を当てたまま、倒木を乗り越えた。

 そのとき、妙な力が入ってしまったみたいで──




『──オマワリサーン』


『防犯ブザー』に魔力が入り、音が鳴った。




 ぱからっ、ぱからっ。




「なにがご用だろうか。トール・カナン。それと、ライゼンガ将軍どの」


 アイザック部隊長がやって来た。


「え? え? な、なぜだ?」

「……だから、今は鳴らさないでください、って言ったんです」


 そりゃ来るよな。

 アイザック部隊長は『アイザック・オマワリサン・ミューラ』って、改名しちゃったもんな。

『オマワリサーン』って声がしたら、呼ばれたと思ってきちゃうよね。


「お忙しいところすいません。お呼びしたのはこちらのミスです。アイザック部隊長どの」


 俺はアイザックさんに頭を下げた。


「実は、あれから他の巨大ムカデが発見されたか気になっていて……それと、帝国兵の方々が森に入られてから大分立ちますが、大丈夫でしょうか?」

「4匹目のムカデは出てきていない。森の中も、特に魔獣は出現していないようだ」


 アイザックさんは馬から降りて、そう言った。


「ご心配には感謝する。だが、あまりうかつに小官の名を呼ばないでいただきたい。呼び出すときは使者を通すようにお願いする。こちらも忙しいのでな」

「申し訳ありませんでした。アイザック部隊長」

「いや、わかってもらえればいいのだ」


 うなずいて、アイザック部隊長はまた、馬にまたがった。


「トール・カナンには皇女殿下を助けていただいた恩義がある。それと──ライゼンガ将軍どの」

「う、うむ」

「貴公の率いるミノタウロス部隊は、実に勇猛果敢ゆうもうかかんであった。あの巨大ムカデに対して一歩も退かぬ勇気は、尊敬に値する」

「こ、こちらも、今回の戦いで帝国兵の強さをあらためて確認させていただいた」

「お互い、いい関係でありたいものですな。では!」



 ぱからっ。ぱからっ。



 アイザック部隊長は帰っていった。


「…………はぁ」


 俺はため息をついた。

 アイザック部隊長はソフィア皇女の部下だ。彼女が信用してるんだから、悪い人じゃない。

 でも、帝国の武官と話すのは……まだ苦手なんだよな。


「気をつけてくださいね。ライゼンガ将軍」

「トールさまのアイテムをむやみにいじったら駄目です。将軍さま」


 俺とメイベルは、じーっと、ライゼンガ将軍をにらんだ。


「い、いや! 申し訳ない。まさか、このようなことになるとは」

「むやみに『防犯ブザー』を鳴らしたら駄目なんです。オマワリサンが来ちゃいますから」


 俺はライゼンガ将軍から『防犯ブザー』を回収した。


 ソフィア皇女に『防犯ブザー』を渡せなかった理由がこれだ。

 帝国内であれを鳴らすと、アイザック部隊長が来てしまう。

 あとで、ソフィア皇女専用の『防犯ブザー』を作らないといけない。『アイザックジャナイオマワリサーン!』って鳴るタイプを。


「……いや……本当にすまなかった。帝国の部隊長には、後で我から、正式に謝罪しゃざいの使者を送ろう」


 ライゼンガ将軍は、がっくりと肩を落とした。


「あまり落ち込まないでください。俺の説明不足のせいでもありますから」

「……う、うむ」

「それより、部隊の先頭で陛下へいか宰相閣下さいしょうかっかが呼んでいますよ。行かれた方が」

「わ、わかった。トールどのにも迷惑をかけた。話は後でしよう」


 そう言ってライゼンガ将軍は、部隊の先頭の方へと走っていった。

 魔王領の部隊は、森の奥へと進んでいる。


 ふと見ると、森の中を流れる川のほとりに、帝国兵が集まっていた。

 ……川岸に、馬が倒れてる。鞍は帝国兵のものだ。

 ということは、巨大ムカデを刺激した兵士たちの馬だろう。他にも何頭か、馬が倒れてる。でも、乗っていた者の姿は見えない。川岸で、必死に帝国兵が呼びかけてるけど──返事はないみたいだ。


「ここで、帝国の兵士さんが襲われたのですね……」


 隣を歩くメイベルが震えている。


「私も……あの魔獣を近くで見たから、恐ろしさがわかります。新種の巨大ムカデ……でも、あの魔獣はどこから来たんでしょう」

「『魔獣ガルガロッサ』も、どこから来たのかわからないんだよね?」

「はい。新種の魔獣です……なんだか、怖いです」


 メイベルは俺の手を、ぎゅ、っと握ってる。

 俺たちは歩きやすい道を選んで、森の奥へと進んでいく。

 しばらく進むと、高い岩壁が見えてくる。山岳地帯に繋がる岩山だ。


 そしてそのふもとには、大きな洞窟の入り口があった。


「──到着いたしました。陛下。ここが『眠れる魔獣』の住処すみかのようです」


 部隊の先頭で、ライゼンガ将軍が言った。

 同時に、魔王領の兵団が足を止める。


 目の前の岩壁に、ぱっくりと、大きな穴が空いているのが見えた。

 あれが『眠れる魔獣』の住処らしい。


 その近くで、帝国の兵士たちが打ち合わせをしている。

 アイザック部隊長も兵士たちも、ちらちらと、こっちを見てる。

 自分たちの話を、魔王領の者たちにも聞かせようとしているみたいだ。


「これより、部隊を分ける。騎兵は、副官マリエラとその部下の捜索そうさくを頼む。日没までに戻って来るように。残りは『眠れる魔獣』の洞窟へと向かう。それから──」


 そう言ってアイザック部隊長が、魔王領の方にやってきた。

 魔王ルキエの前にひざをつき、告げる。


「帝国の国境部隊を預かるアイザック・オマワリサン・ミューラと申します。提案があります。魔王領の方々も、小官の部隊と共同で『眠れる魔獣』の洞窟の捜索をしてはいただけないでしょうか」

「──理由をうかがってもよろしいか」


 応えたのは宰相さいしょうケルヴさんだ。

 ルキエは馬上で、静かに部隊長アイザックを見下ろしている。


「帝国よりそのような依頼を受けるのは初めてなので、ぜひとも、理由を」

「小官たちにはわからないことが、魔王領の者──いえ、魔王領の方々にはわかるかもしれないからです」


 部隊長アイザックは言った。


「あの巨大ムカデは新種。発生理由もわからない。手がかりが洞窟どうくつ内にあるのであれば、多くの者の目で確認した方がいい」

「我々を信用してくださると?」

小官しょうかんはソフィア殿下の部下です。あの方をサポートすることが、小官の使命なのです。まして殿下が魔王領を信用している現在、小官がそのご意志に従うのは当然のこと」

「お話はわかりました。少々お待ちください」


 宰相ケルヴさんはルキエの所へ戻った。


「承知した、と、答えるがよい」


 ルキエはすぐに決断を下した。

 それから短い話し合いのあと、洞窟探索どうくつたんさくの手順が決まった。


 洞窟に入るのは、魔王領と帝国側、それぞれ数名。

 危険を察知した場合は、すぐに戻ってくること。

 魔獣を迎え撃てるように、洞窟の前には兵士たちを配置することになった。


「トールさまは……やっぱり、参加されるのですね?」

「うん」


 俺はメイベルの問いにうなずいた。


「魔獣発生の原因がわかれば、俺の『創造錬金術オーバー・アルケミー』で対処できるかもしれない。手がかりがあるなら、確認しておきたいんだ」

「わかりました。では、私もご一緒いたしますね」

「ありがとう。その前に……」


 俺はルキエの許可を得て、魔王領の列から離れた。

 メイベルと一緒に木陰に移動して……羽妖精ピクシーたちを呼んだ。


「はいー。恩人さまー。ソレーユが参りましたのよ」

「ルネもおります。なにか、ご用でしょうか」


 ソレーユとルネ、他の羽妖精たちは全員『なりきりパジャマ』でフクロウに化けてる。

 あれからずっと、隠れてついてきてもらったんだ。

 帝国兵に『チェーンロック』を使うところを見られちゃったからね。

 あとでパジャマも作り直さないと。


「あの洞窟付近の魔力を調べてくれないかな。外からでいいから……強い魔力を持つ魔獣がいそうか。あるいは、洞窟のまわりにどんな属性の魔力があるかとか。できそう?」


「「「「もちろんですー」」」」


 ひゅーん、と、羽妖精たちは飛び上がる。

 それからすぐに、洞窟の近くまで行って──戻って来た。


「感じる魔力は、闇が少しと、あとは地と水ですのよ」


 ソレーユの言葉に、他の羽妖精たちが、こくこく、とうなずく。


「それほど強い魔力は感じません。魔獣がいるとは思えないのよ」

「わかった。ありがとう」

「でもついていきますのよ!」「行くのでございます!」


 ソレーユとルネは、フクロウの羽を広げて宣言した。


「ソレーユは光の攻撃魔術が使えますので、恩人さまをお守りいたしますの!」

「ルネも、同じ気持ちでございます」

「うん。それじゃ、お願いするよ」


 洞窟の中にはなにがあるかわからない。

 ふたりがついてきてくれたら安心だ。


「それなら、ソレーユとルネにあげたいものがあるんだけど、いいかな?」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、アイテムを取り出して、ふたりに渡した。

 それからルキエのところに行って、羽妖精に聞いた情報と、洞窟探索に同行したいことを伝えた。


「わかった。トールの希望とあらばやむを得まい」


 ルキエは、少し考えてから、うなずいてくれた。


「ただし、危ないと思ったらすぐに戻るのじゃぞ」

「はい。陛下」

「メイベルも、トールの護衛を頼む。それから──ライゼンガよ」

「はっ。陛下」

「洞窟の探索部隊はお主に任せる。不審なものがあったら、トールに見せるがよい。きっといい知恵を出してくれるじゃろう」

「かしこまりました。我もトールどのが一緒なら安心です。ところで」

「なんでしょうか。将軍」

「トールどのとメイベルの肩に乗っている子猫は……一体なんでしょうか?」

護衛ごえいです」


 俺が言うと、俺とメイベルの肩に乗っていた子猫が空を飛んで・・・・・、地上に降りた。


「にゃーんですのよ?」

「にゃんにゃ、でございます。陛下」

羽妖精ピクシーのソレーユとルネか!?」

「はい。護衛をしたいと言うので、猫型の『なりきりパジャマ』で変身してもらいました」


『ノーザの町』に潜入してもらうときに、フクロウ型と猫型のパジャマ、両方を作っておいたんだ。

 結局は、空を飛びやすいフクロウ型が採用になったんだけど。

 だけど今回、ふたりも一緒に来たいというので、猫型のパジャマを使ってもらうことにした。

 狭い場所はこっちの方がいいし、なにより、目立たないから。


「初おひろめなのよ」

「似合うでございますか?」

「もちろんです。トールさまの作られたパジャマなのですから」


 メイベルは子猫になったソレーユたちののどでてる。

 ルキエは──


「……かわいい」


 ぽーっとした顔で、子猫ソレーユとルネを見てた。


「…………かわいい。なんと……愛らしい」

「陛下?」

「い、いや、なんでもない。こほん」


 ルキエは慌てたように、咳払せきばらい。


「と、とにかく気をつけていくように。トールやメイベルはもちろん、ライゼンガも、兵士たちに怪我がないようにするのじゃぞ。よいな!」

「はい」

「お言葉の通りにいたします」

「承知いたしました。陛下!」

「「にゃーん」」


 そんなわけで俺とメイベル、ライゼンガ将軍、ソレーユとルネ──それとミノタウロスの兵士さんたちは、『眠れる魔獣』の洞窟に入ることになったのだった。






 洞窟の奥には、巨大な空洞があった。

 広さは、城の大広間くらい。片隅に枯れかけた草が積み上げてある。

 たぶん、そこが『グレート・ダークベア』の寝床だったんだろう。


 他には『グレート・ダークベア』の毛皮があった。

 それも巨大ムカデに食い散らされて、ボロボロになっていた。

 念のため切れ端だけもらったけど、素材にできるかは微妙だ。


 あとは『グレート・ダークベア』が暮らしていた痕跡こんせきがあるだけだ。


「参ったな。ムカデどもの手がかりがなにもないぞ……」


 ライゼンガ将軍は頭を掻いた。

 まわりのミノタウロスさんたちも、困ったように首をかしげている。


 俺もあちこち『鑑定把握かんていはあく』で調べてみたけど、気になるものはなかった。

 あの巨大ムカデは別の場所から来て、ここには『グレート・ダークベア』をエサにするために立ち寄っただけなのか……?

 となると、他に発生源があるんだろうか?


 そんなことを考えていたら──


「にゃーん」「にゃ、にゃーん」

「……ソレーユ? ルネ?」


 ──猫の姿のソレーユとルネが、俺の靴を引っ掻いてた。


「……ふたりとも、どうしたの?」

「…………地面に、なにか描いてあるのよ」

「…………消えかけてて、よくわからないのでございます」


 帝国の人たちに気づかれないように小声でたずねると、ささやき声が返ってくる。

 猫ソレーユとルネは、小さな足で地面を指し示してる。

 そこになにかあるみたいだ。


「メイベル。ちょっと足元を照らしてくれる?」

「は、はい。トールさま」


 メイベルは『魔力ランプ』を、洞窟の床に近づけた。


 顔を近づけてみると、確かに、なにか描いてある。

 線や図形のようなものだ。

 もしかして、これは……儀式魔術に使う魔法陣か?


「誰かがここで、大規模な儀式魔術を使ったってことか?」


 元々ここを住処にしていた『グレート・ダークベア』は休眠中だった。

 そこに眠りの魔術を重ねて、魔獣が目覚めないようして、それから魔法陣を描いて魔術を発動させたのか? その魔術に反応して、巨大ムカデがやってきた……? 


 わからない。

 そもそもこの魔法陣が、巨大ムカデに関係しているとは限らない。

 ……うーん。


「ライゼンガ将軍。メイベルも、ちょっと話を聞いてもらえますか?」


 俺はライゼンガ将軍とメイベルに、魔法陣のことを伝えた。


「もちろん、これが魔術に関わるものとは限りません。でも、誰かがここに入り込んでいた可能性はあると思うんですよね。メイベルはどう思う?」

「……私の知っている魔法陣ではないですね」

「我の知識の中にも、このような図形はないな」


 メイベルとライゼンガ将軍は、首を横に振った。

 ふたりとも、心当たりはないらしい。

 まぁ、魔法陣と言ってもほとんど消えかけてるし、わかるのは一部だけだから、しょうがないか。


「これは書き写しておいて、宰相さいしょうケルヴさんに見てもらうことにします」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、羊皮紙ようひしとペンを取り出した。

 ソレーユとルネに確認しながら、地面の模様を書き写していく。


「帝国の軍人ならば、この魔法陣の正体がわかるかもしれぬな」


 不意に、ライゼンガ将軍が言った。


「ここは帝国の領土内だ。ならば、これを描いたのも人間であろう。あの部隊長どのに聞いてみたらどうかな?」

「俺は構いませんが……将軍はそれでいいんですか?」

「構わぬよ。人間にも良い者がいることは、トールどのが教えてくれたからな」


 ライゼンガ将軍は笑った。


「それに、あの部隊長は洞窟で共同調査をすると言った。こちらを信じたからこそ、そう言ったのであろう。ならば、こちらも向こうを信用しなければならぬだろう」


 ライゼンガ将軍には迷いはないようだった。

 やっぱりすごいな。将軍は。


 俺はそこまで帝国を信じ切れていない。

 今のところ、信じられるのはソフィア皇女くらいだ。

 でも、アイザック部隊長は、ソフィア皇女の側近で、彼女のことを大事にしてる。だったら……あの人に情報を伝えるのは構わないかな。


 ただ、部隊長アイザックは別の場所で、多くの兵士に囲まれている。

 近づいて呼び出したら、他の兵士もついてくるかもしれない。


「しょうがないな。二度も同じことをするのは気が引けるけど……」


 俺は『防犯ブザー』を取り出した。


 ぽちっ。




『…………オマワリサーン』




 たったったったっ。


「なにかご用だろうか」


 アイザック部隊長だけがやってきた。


「用もないのに、何度も呼び出されては困るぞ? トール・カナン」

「すいません。アイザックさまに見ていただきたいものがあったんです」

小官しょうかんに?」

「これです」


 俺は地面に描かれた魔法陣の跡を指さした。

 アイザック部隊長は、地面に顔を近づけて、


「……う、うむ。確かに、魔法陣が描かれた跡のようだ。どこかで見たような気はするが……」

「どんなものかわかりますか?」

「いや……わからない。小官は武官で、魔術師ではないからな……」

「そうですか。残念です」

「だが、ソフィア殿下なら、おわかりになるかもしれぬ。会って話してみてはどうだろうか」

「……え。いいんですか?」

「構わない。貴公と殿下なら、魔法陣の正体を突き止められるかもしれない。一度、『ノーザの町』に来てもらえないだろうか」


 それから、アイザック部隊長は首を振って、


「それに……小官はこの魔法陣のことを、知らない方がいいような気がする。情報を渡したくない相手もいるのでな。小官はなにも見ていないことにしたいのだよ……」

「わかりました」


 俺はうなずいた。

 帝国側にも、色々な勢力がいるのはわかる。

 アイザック部隊長は、ソフィア皇女の敵に情報を渡したくないんだろう。


「俺が間違えて、アイザック・オマワリサン・ミューラさんを呼び出したことにします」

「そうしてくれると助かる」

「メイベルも、将軍も、それでいいですか?」


 俺はメイベルとライゼンガ将軍の方を見た。

 ふたりはうなずいてくれた。


「では、後ほどソフィア殿下に、こちらから書状をお送りします。その後、面会にうかがうことにします」

「承知した。では、小官は調査に戻らせてもらう」


 アイザック部隊長は手を振りながら、部隊の方に戻っていった。


 それからしばらくして、調査は打ち切られた。

 結局、見つかったのは『グレート・ダークベア』の毛皮のみ。

 魔法陣の痕跡こんせきのことは、帝国兵には伏せられることになった。


 俺たちは洞窟の前で、アイザック部隊長たちと別れた。

 彼らはこのまま、行方不明になった仲間の捜索そうさくを続けるそうだ。

 俺とメイベルを含めた魔王領の部隊は、そのまま森を出て、



「皆の者! ご苦労じゃった! 帝国側との会談は──無事にとは言わぬが、完了した。これも皆の働きのおかげじゃ!」



 魔王ルキエのねぎらいの言葉をもらうことになった。


「これより、ライゼンガの屋敷やしきへと帰還する。その後、数日間は休暇とする。皆、自由に過ごし、英気を養って欲しい。今回はご苦労じゃった!」

「「「おおおおおおおおおぉ!」」」


 こうして魔王ルキエとソフィア皇女の会談は、大きな成果を出して終了となり──

 その日の夕方、俺たちは魔王領へと戻ったのだった。

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