第121話「番外編:トールとルキエとメイベルと『異世界のビジネス書』」

「創造錬金術」書籍版発売記念の番外編、第7弾です。


 書籍版発売日まで、あと2週間前になりました。

 カドカワBOOKさまのホームページでは、表紙やキャラクターデザイン、画像つきの作品紹介も公開されています。

 ぜひ、見てみてください。


 さてさて。

 今回もトールたちは、倉庫で奇妙な紙を見つけたようですが……。



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「トールさま。難しい顔をされていますね」

「どうしたのじゃ、トールよ」


 ある日の午後。

 俺たちは『簡易倉庫』の中でお茶会をしていた。

 メイベルとルキエはお茶とお菓子を楽しみ、その間に俺は、とある資料を見ていたのだけど──


「実は、勇者世界の『ビジネス書』について調べていたんです」


 俺はテーブルの上に、一枚の紙を置いた。

 隣の部屋──というかガラクタ置き場で見つけたものだ。

 かなり古いものらしく、文字や写真も薄くなっている。注意すればなんとか読み取れるというレベルだ。

 そして、そこには勇者世界で出版された『ビジネス書』の情報が書かれていたんだ。


「トールよ。『ビジネス書』とは、どういうものなのじゃ?」

「効率的な仕事のやり方や、出世の方法が書かれているようです」

「ふむ。興味深いな」

「ただ、ここに書かれているのは、ほんのさわりの部分だけですね。どんな内容なのか、ぼんやりとわかるようになっています。要は、本を紹介するための文章のようです」

「つまり、宣伝用ということじゃな」


 ルキエは俺の手元をのぞき込みながら、うなずいた。

 メイベルはその隣で、ふと、首をかしげて、


「でも、トールさま。勇者世界の『仕事』とは、どういうものなのでしょうか?」

「魔獣の討伐だろうね」

「間違いないのじゃ」


 俺とルキエはうなずいた。

 するとメイベルは、


「では『出世』とは?」

「最強になることだろうね」

「他に考えられないのじゃ」

「納得です」


 俺とルキエとメイベルは、顔を見合わせてうなずく。

 勇者世界の『ビジネス書』がどんなものなのか、詳しくはわからない。

 でも、召喚された勇者たちがこの世界でなにをしていたのか、俺たちはよく知ってる。


 召喚された勇者たちが仕事としてやっていたのは『魔獣退治』と『魔王軍との戦闘』

 そして、彼らにとって出世とは『最強になること』だった。


 現に勇者同士の間でも『俺が最強だ!』『なにをー。やんのかこら!』『どっちが王家に認められるか勝負だ!』──なんてことが行われてたからな。

 彼らは強さを競うことで、どちらが上かを決めようとしていた。

 そのやり方は今の帝国にも受け継がれている。

 そんな勇者にとっての『出世』といえば、『最強になること』以外にはあり得ない。


「ということは、ここに書かれていることはすべて『戦闘』に関するものということじゃな」

「そう考えて間違いないと思います」

「ふむ。では、お茶のついでに読んでみるとしよう」


 焼き菓子をほおばりながら、ルキエは言った。


「トールよ。その『ビジネス書』とやらには、どんなことが書かれておるのじゃ?」

「そうですね……」


 ここに書かれているのは、本の写真。

 あとは内容が箇条書きになっているだけだ。


 最初に書かれているのは──


「『まわりの空気を読むことが、基本中の基本です』ですね」

「目に頼るなということじゃな。敵の呼吸音や、移動による空気の流れによって、その行動を把握せよ、と」

「風の魔術に剣撃けんげきを加えての高速攻撃を意味しているのかもしれません」

「ありえますね」


 そういうことやってたからな、異世界勇者。

 後ろから襲ってきた魔獣を、振り返ることなく切り捨てたり。

 空気の流れに、自らの風魔術を加えて剣の速度を上げたり。

 文字通りに『空気を読んで』戦っていたんだ。


「勇者はこういう本を読んで、戦いのヒントを得ていたんですね」

「これが基本中の基本とは、おどろきじゃ」

「空気を読んで敵を斬るのが当たり前なのですね……なんと恐ろしい」


 思わず背筋が寒くなる。

 でも、まだ1行目だ。

 研究のためにも、勇者世界の『ビジネス書』をもっとよく調べないと。


「次は『相手があなたをきつい言葉で叱咤激励しったげきれいするのは、嫌っているからではありません。物事は好意的にとらえましょう』です」

「わかる。勇者はよく『どうした俺! 本当の力はこんなもんじゃないだろう!』などと叫んでおったからな」

「仲間に『立てよ! おまえはもっとやれるはずだろ!』『真の力を覚醒してみろ。弱虫!』なんて言っていた記録が残っていますね」

「あれも『ビジネス書』を参考にしたものだったんですね」


 魔王軍だったら、怪我をした仲間にはすぐ、治癒魔術ちゆまじゅつを使っていたもんな。

 勇者が傷ついた状態で戦う理由が、ずっと謎だったんだ。


 あれはもしかしたら仲間に『叱咤激励しったげきれい』してもらうためだったのかもしれない。

 そうすることで、お互いの好意を確認してたのだろう。

 パーティの仲間が信用できるかどうかというのは、とても重要なことだから。


「次は……『型を壊すことを恐れないように』と書いてあります」

「それもわかる。戦闘に関係する『型』じゃものな」


 ルキエは、ふーむふむ、という感じで、うなずいた。


「確か……勇者が召喚された当時は、人間の側にも魔王軍にも、決まった武術の型があったのじゃったな」

「ありました。『戦王流』『聖光流』など剣や槍の流派が、様々な武術の型を編み出したと聞いております」

「帝国のリアナ皇女が使う『聖剣の光刃』も、その名残じゃな」

「ですが勇者には通じず……ほとんどの武術は、流派も型もすたれてしまったのですよね……」


 ルキエとメイベルはため息をついた。


 そうだった。

 異世界から来た勇者に、この世界の武術は通じなかった。

 人間の剣士にも勇者に反感を持つ者がいて、さまざまな流派を使って対抗した。

 でも、彼らの武術の型は敗れ、多くの道場が潰れていった。この時代まで残っているものは、ほとんどない。

 文字通りに、勇者たちは武術の『型を壊して』しまったんだ。


「当時は、勇者たちがどうして武術家の心をへし折ってるのかが謎だったんですよね……」

「『ビジネス書』の通りにしておったのじゃな」

「そういう風習だったのなら、仕方がないのでしょうね」


 なるほど。この『ビジネス書』の情報は貴重だ。

 これを読めば、勇者たちの考え方が、もっと詳しくわかるかもしれない。


 一冊欲しいところだけれど、残念ながら、手に入れる手段がない。


 勇者世界の本を取り寄せることはできないし、そもそもこの紙の下の方に『広告です。当社とは一切関係がありません。当社へのお問い合わせはご遠慮ください』とある。

 問い合わせても応えられないということだろうか。

 つまり、これはそれほど……特別な本なのかな。


「……確かに、特別かもしれないな。『上司や部下を思い通りに操る秘策』なんてのも載ってるんだから」

「な、なんじゃと!?」

「そんなものがあるのですか!?」

「はい。まずは『思い通りにしたい相手の正面に立ちましょう』だそうです」

「うむ! ではメイベル、やってみよ」

「は、はい。陛下!」


 ルキエとメイベルが席を立つ。

 それから、ふたりは正面から向かい合う位置に移動する。


「『目に力を入れて、まずは上司のネクタイ──首の下のあたりを見ます』」

「首の下あたりじゃな」

「わ、わかりました。はい。見ております」

「『そうしたら、相手と呼吸を合わせます』」

「すぅ……はぁ」

「せ、正確にしますので、もうちょっと近づきますね。陛下」

「うむ。すぅ……はぁ……すぅ」

「……すぅ……はぁ……すぅ」


 呼吸を整え、見つめ合うルキエとメイベル。

 距離が近い。

 なんだか、見てるこっちがドキドキしてくる。


「……ト、トールよ」

「……つ、次はどうすればよいのですか。トールさま」

「……次は……えっと」


 俺はページを読んでいく。

 文字がかすれていて読みづらい。

 上司の正面に立って、呼吸を整えて、シンクロさせて──それから、



「『体験版はここまでです』」

「「え、えええええっ!?」」


「『ここから先は有料版を買って、君自身で確かめてみてくれ!』……だそうです」

「「……えー」」



 ルキエもメイベルも、ぽかん、としてる。

 でも、すぐにルキエは興奮した口調で、


「き、気になるのじゃ。有料版は手に入らぬのか? トールよ」

「お願いしますトールさま」

「……無理です。勇者の世界に注文を出す方法はないですから」


 しかも、この紙には切り取った跡がある。

『ご注文の方は、下記のハガキをお送りください!』とある文章のすぐ下だ。

 おそらく勇者は、ここにある『ハガキ』というものを、すでに使ってしまったんだろう。


 考えてみれば、当然の話だ。

 異世界勇者たちはこの世界で、すでに『ビジネス書』の技を使っていた。

 きっと本を注文して、熱心に勉強していたんだろう。

 さすがに『上司や部下を思い通りに操る秘策』まではマスターしてなかったと思うけど。

 その技は本を注文して、初級編をマスターして、さらにその上の本を買わないとわからないらしい。勇者世界のシステムは複雑だ。なんだか、怖くなってきた。


「おそるべきは勇者の力ではなく、その向上心かもしれませんね」


 俺はルキエに向かって、そう言った。


「元々めちゃくちゃ強いのに、修行や勉強をして、もっともっと強くなろうとする……その思いこそが、勇者の力の源だと、俺は思います」

「……そうかもしれぬな」

「……重要なのは本そのものではないということですね」


 ルキエとメイベルは納得したように、うなずいた。


「俺は……ルキエさまとメイベルの向上心も、すごいと思ってますよ」


 気づくと、俺はそんなことを言っていた。


「ルキエさまは立派な魔王になろうと、毎日努力されています。メイベルだって、魔王領のことがまだよくわからない俺のために、色々とがんばってくれてる。そういうふたりの向上心は、勇者には負けない、って、俺は思うんです」

「……こら、トールよ」

「……ト、トールさま。いきなりそんなことを言われたら、照れてしまいます」


 ルキエとメイベルが真っ赤になって視線を逸らした。

 気持ちはわかる。俺も照れてるから。


「『ビジネス書』の話はここまでにしましょう。そういえば、俺は錬金術で作りたいものがあったんですけど、いいですか? ちょっと効果が大きいものなんですけど」

「許可する。まぁ、トールなら大丈夫じゃろう。むむ?」

「私もお手伝いいたします……あら?」


 うなずいたルキエとメイベルは、ふと、なにかに気づいたように視線を交わした。

 それから、じーっと俺の方を見て、


「トールは今、余に自然と言うことを聞かせたのじゃ……」

「私もそうです。ということは、トールさまは……」


「「もしかして『ビジネス書』の『上司や部下を思い通りに操る秘策』を読んだのでは?」」

「……え?」



 その後、俺たちは再び『ビジネス書』の広告を読み直した。

 ルキエもメイベルもその中に『上司や部下を思い通りに操る秘策』が載っていないことを、わかってくれた。

 でも、結局──



「危険だから、この紙は封印しましょう」

「そうじゃな。それがよかろう」

「悪い人の手に渡ったら大変ですからね……」



『ビジネス書』の広告は魔王領の、特別封印書物として、地下倉庫に封印されることになり──

 俺たちは『ビジネス書』を読んだ勇者が再び現れないことを、祈るばかりだった。



「世の中には、触れてはならぬ書物があるのじゃなぁ」



 ルキエがつぶやいたそれが、今回の事件を締めくくるのにもっともふさわしい言葉なのだった。



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【お知らせです】

 いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!


 書籍版「創造錬金術」の情報が、カドカワBOOKSさまのホームページで公開中です。

 表紙の画像やキャラクターデザイン、キャラ紹介など、さまざまな情報がアップされています。ぜひ、見てみてください!


 書籍版の発売日は5月8日です。

 書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!

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