第127話「メイベルを守るアイテムを考える」
数日後。
俺たちが魔王城に戻ると、すぐに俺とメイベルの婚約発表が行われた。
発表の場所は玉座の間。
列席者は俺とメイベル、宰相ケルヴさんにライゼンガ将軍。
ミノタウロスの兵士さんに魔術部隊のエルフさん。
その他にも、魔王城に勤める服職人さんや厨房係のドワーフさん。
魔王領に来てから関わった人たちが、玉座の間に集まっている。
「──ということじゃ。錬金術師トール・カナンは、メイベル・リフレインとの婚約を望み、余──魔王ルキエ・エヴァーガルドは、これを許した」
みんなの前で、仮面の魔王ルキエは宣言した。
それが魔王領の公式見解だった。
裏の事情──メイベルが『ミスラ侯爵家』の関係者であることと、婚約には彼女を守る意味があることを知っている者は、数少ない。
この場では俺とルキエとメイベル、宰相ケルヴさんとライゼンガ将軍、アグニスくらいだ。
ライゼンガ将軍にはケルヴさんが伝えた。アグニスには、俺から話をしてある。
そのあとでメイベルも、アグニスと話をしたようだけど。
──とにかく魔王領公式には、俺とメイベルのめでたい話になってるんだ。
「皆も知っての通り、すでにトール・カナンは、元の家名であった『リーガス』の名を捨てておる。『魔獣ガルガロッサ』討伐の折に、帝国の者に向けて、そう宣言しておるのじゃ」
ルキエは列席者を見回しながら、続ける。
「そのトールが魔王領の少女と婚約する意味、理解できるであろう?」
「つまり、トールどのは、公私ともに魔王領の住人となった、というわけです」
ルキエの言葉を、宰相ケルヴさんが引き継いだ。
「トールどのは帝国と、貴族としての家名を捨て、魔王領のメイベルを
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
玉座の間に、歓声が上がった。
ミノタウロスさんたちもエルフさんたちも手を叩いてる。
窓の外からも、ぱちぱちぱち、って音がする。
みんなが祝ってくれるのはうれしいけど──
「……むちゃくちゃ恥ずかしいね」
「……は、はい」
俺とメイベルは小声で言葉を交わす。
メイベルはエルフ耳の先っぽまで真っ赤になってる。
メイベルが着てるのは、ルキエが用意してくれたドレスだ。
『風の
ただでさえ可愛いメイベルが、いつもより神秘的に見える。すごくいい。
ちなみに俺は貴族としての正装をしてる。
帝国を出たときに着ていたもので、上着だけ新しく『闇の魔織布』で仕立ててもらった。闇を使っているのは、俺が『魔王領の色に染まった』ことを表してる。
この上着には俺が帝国の衣を捨て、魔王領の衣をまとったという意味があるんだ。
そんな俺とメイベルを見ながら、玉座の間にいる人たちは──
「おめでとうございます! トールさま、メイベルさま!」
「とぉるどのはすでに、魔王領の仲間、です」
「トールどののマジックアイテムに、どれだけ助けていただいたことか!」
「みんなを幸せにするお方が、次はメイベルを幸せにするわけですな!!」
「こんなめでたいことはありません。この話を、魔王領全体にも広めなくては!!」
──力一杯、祝福してくれた。
恥ずかしいけど……やっぱり、うれしいな。
メイベルと婚約したこと。俺が正式に帝国を捨てて、魔王領の者になったこと。
みんながそれを祝福してくれてるのが、すごく嬉しいんだ。
「……むちゃくちゃ恥ずかしいけどね」
「……そ、そうですね」
婚約発表の間、俺とメイベルはずっと手を握ってた。
それを見たルキエは、苦笑いしてるみたいに見えた。
列席者の方を見ると……ライゼンガ将軍は、満足そうな笑みを浮かべてる。
となりでアグニスがうなずいてる。ふと横を見ると、メイベルがアグニスに応えるみたいに……やっぱりうなずいてる。おや?
「……メイベル、どうしたの?」
「……なんでもありません」
メイベルはごまかすみたいに、笑ってみせた。
「……後でお教えしますね。その前に……女の子同士で、打ち合わせしなければいけないこともありますので」
「……そうなの?」
「そうなのです」
「…………そっか」
女の子同士の秘密なら、仕方ないな。
メイベルのことだから、ちゃんと後で教えてくれるだろう。
納得して、俺はまた、ルキエの方を見た。
ルキエは歓声が止むのをまって、まわりを見回す。
彼女の視線を受けて、列席者がまた、静かになる。
「トールとメイベルの婚約については、帝国のソフィア皇女にも伝えてある」
しばらくして、ルキエはまた、話を続けた。
「いずれは帝国からも反応があるじゃろう。じゃが、トールはもはや、魔王領の人間じゃ。彼は魔王ルキエ・エヴァーガルド直属の錬金術師トール・カナンである! 皆もそれを忘れぬように。よいな!!」
「「「承知いたしました!」」」
「うむ。では改めて、トールとメイベルの婚約を祝することとしよう」
また、みんなが祝いの声をあげてくれる。
そうして、魔王領のみんなに祝福されながら、婚約発表会は終わり──
俺とメイベルは、部屋へと引き上げたのだった。
「……やっと落ち着いたね」
「……は、はい」
俺とメイベルは部屋に戻ってきた。
二人きりだった。
いや、今までだって、錬金術師の作業をするときは部屋で二人きりだったんだけど。
婚約発表をしてから……なんだか、部屋の空気が変わったような気がする。
メイベルとの婚約は、『ミスラ侯爵家』の関係者である彼女を守るためでもある。だけど、俺がメイベルを家族だと思ってるのも確かだ。だからずっと一緒にいる。そう決めた。
これからメイベルは俺の婚約者で、お世話係で、錬金術の助手ってことになる。
新しい関係に、ゆっくりと慣れていかないとね。
「……不思議な感じがします」
隣の椅子で、メイベルがそんなことをつぶやいた。
「こうしてトールさまと一緒にいるのはいつものことなのに……なんだか、顔が熱いです……あれ。あれれ?」
「……そうだね」
俺とメイベルは、じっと視線を交わす。
やっぱり、落ち着かない。
婚約発表の式典の
困ったな。
しょうがない。こういう時は──
「とりあえず、メイベル用のアイテムを作る準備をしようよ」
「そ、そうしましょう」
──俺たちは錬金術の作業をはじめることにした。
「今日は婚約発表会で疲れてるから、予定を決めるだけってことで」
「はい、トールさま」
「それで、メイベルの『水霊石のペンダント』についてだけど」
俺はメイベルの胸元で輝くペンダントを見ながら、言った。
「俺は、メイベルの出生の秘密がばれないように、ペンダントを隠すためのカバーを作ろうと思ってる。重要なものだから、使える素材はすべて使うつもりだよ」
メイベルが持つ『水霊石のペンダント』は、彼女が『ミスラ
だから、俺はペンダントを隠すためのカバーを作る。
カバーには、メイベルを守るためのマジックアイテムを仕込む予定だ。
「というわけだから、カバーにはルキエさまからもらった『虹色の魔石』を使おう」
「い、いいのですか? あれは貴重なものなのに……」
「もちろん。あの魔石を使ったアイテムなら、確実にメイベルを守ってくれると思うから」
俺は『超小型簡易倉庫』から『虹色の魔石』を取り出した。
『虹色の魔石』は全属性を持ち、変化するという特性を持っている。
この『全属性』と『変化』という特性を利用すれば、かなり強力なマジックアイテムが作れる。メイベルを守るにはちょうどいいな。
「メイベルのペンダントには『防犯ブザー』の能力を持たせようと思ってる」
俺は言った。
「あれは敵の動きを止めることができるからね。ペンダントに仕込んでおけば、いざというときに役に立つはずだ」
「『防犯ブザー』は、巨大ムカデの動きを止めていましたからね……」
「そうだね。それに『ノーザの町』で使えば、アイザックさんたちを呼ぶこともできるよ。ソフィア皇女はこっちの味方だから、力を貸してくれると思うよ」
「身を守るのには最高のアイテムですね」
「それじゃ、ペンダントのカバーには『防犯ブザー』の機能をつけるってことでいいかな?」
「はい。お願いします。トールさま」
「わかった。それじゃ、もうひとつの能力は──」
「……ちょ、ちょっとお待ちくださいトールさま」
不意に、メイベルが手を挙げて、俺を止めた。
彼女は不思議そうな顔で、俺を見てる。
「どしたのメイベル」
「ペンダントカバーにいくつもの機能を持たせると、大きくなってしまうのではないでしょうか? というよりも、ペンダントは『超小型簡易倉庫』にしまっておきますから、あんまりすごい機能は必要ないと思うのですが……」
「え? ペンダントは普通にメイベルが身につけられるようにするけど」
「そ、そうなのですか」
「だって『水霊石のペンダント』はメイベルにとって、家族の形見なんだよね。だったら、いつも身につけておきたいのは当然じゃないか」
俺は錬金術師だ。
メイベルを守ることと、メイベルが家族の形見を身につけること、どちらも両立させる。俺の目的は勇者世界を超えることなんだから、それくらいできないと。
「で、でも、『防犯ブザー』を作るだけでも、たくさんの魔石が必要なのですよね? その上、新たな機能を付け加えるなんて……」
「それができるように、ルキエは『虹色の魔石』をくれたんだと思うよ」
俺は『虹色の魔石』を手に取った。
『虹色の魔石』は数秒ごとに、白・黒・黄・青──と、色を変えていく。
この魔石には光・闇・地・水・火・風、すべての属性が宿っている。
錬金術師が加工することで、好きな属性を引き出すことができるんだ。
「『虹色の魔石』には、ふたつ、特別な機能があるんだよ」
「ふたつ、ですか?」
「ひとつは、『虹色の魔石』はすべての属性を備えているということ。だからこの石は、光・闇・地・水・火・風すべての魔力を吸収することができる。そして、錬金術を使えば、それを『ある属性の魔力』として放出することが可能なんだ」
「……え?」
メイベルが目を見開いた。
「ということは……『虹色の魔石』には、魔力変換機能があるのですか?」
「そういうこと。つまり、とんでもなく大量の魔力を使えるってことだね」
普通の魔石は、それぞれの属性の魔力しか吸収できない。
たとえば『火の魔石』は、自然界にある火の魔力だけを吸収する。
魔石に宿った魔力を使い切ると、ふたたび、周囲から火の魔力を吸収する。
だけど『虹色の魔石』は全属性を持っている。
だから、自然界に存在する、すべての属性の魔力を同時に吸収できる。
その上『虹色の魔石』は、好きな属性の魔石に変化する。『火の魔石』として、自分が吸収した魔力を放出できる。
それはつまり『光・闇・地・水・火・風』の魔力を、火の魔力として放出できることを意味する。あらゆる魔力を吸収して、ひとつの魔力として放出する。それが『虹色の魔石』の第一の特性なんだ。
「すごいです。だから『虹色の魔石』は秘宝なんですね」
「すごいのはここからだよ『
「自由にかたちを変えるということですか?」
「そうだよ。だから『虹色の魔石』を使うと、『変化する』という特性を、素材に加えることができるんだ。ほら『虹色の魔石』は、粘土のような姿をしてるだろ?」
俺は『虹色の魔石』を指でつまんで、メイベルに見せた。
「『変化する』という特性を加えた金属を、メイベルのペンダントカバーに使ったら、どうなると思う?」
「えっと……ペンダントカバーが変化するわけですから……。え……まさか!?」
「うん。ペンダントカバーが『防犯ブザー』に変形するんだ」
これが『虹色の魔石』の特長だ。
・魔力吸収率が高く、様々な魔力を扱える。
だから、マジックアイテムを小型化できる。
・素材の形を変えることができる
だから、マジックアイテムに複数の機能を持たせられる。
──すごい能力だけど、もちろん、限界はある。
たとえば、素材そのものの大きさは変えることはできない。
小さなペンダントカバーとして作ったものを、大きな『簡易倉庫』に変化させるのは無理だ。
それを可能にするためには『簡易倉庫』と同等の金属を使う必要がある。
そんなことしたら、ペンダントカバーが重くなっちゃうわけだけど。
さらに、変化も無限にできるわけじゃない。
実際にやってみないとわからないけど、『虹色の魔石』で付与できる機能は、2つくらいだと思う。
今の『虹色の魔石』は、全属性を持つけれど、なんの機能も持っていない。
なんにでもなれるけれど、今は、何者でもない。
錬金術師はその可能性を狭める代わりに、機能を与えることができる。
例えば『防犯ブザー』に。たとえば『レーザーポインター』に。
──それが『虹色の魔石』の使い方だ。
その『虹色の魔石』を使って、俺はメイベルのペンダントのカバーを作る。
そこに『防犯ブザー』と、もうひとつの機能を付与する。
必要になったときに、メイベルを守れるように。
「……やっぱり、トールさまはすごいです」
メイベルはそう言って、俺の手を握った。
「私も……本当は母のペンダントを、身につけていたかったです。それをわかってくださるなんて……」
「メイベルのことだからね。俺だってたくさん考えるよ」
「……トールさま」
「それで、ふたつめの機能だけど。それはメイベルに選んでもらおうと思う」
俺はテーブルの上に『通販カタログ』を広げた。
「私に、ですか?」
メイベルがびっくりした顔になる。
「で、でもでも。私はこの本の文字を読むことができないのですが……」
「うん。だから、写真を見て、直感で選んでみてほしいんだ」
メイベルの思いつきには、いつも俺は助けられてる。
今回はそれに任せてみたい。
このペンダントカバーは、メイベルの家族の形見につけるものだ。
機能を頼りに選ぶより、メイベルの気分で選んでみるのもいいかもしれない。
どのみち『防犯ブザー』の機能があれば、メイベルを守るのには充分で──ふたつめの機能を付けるのは、俺の趣味みたいだものだからね。
「わ、わかりました」
「ゆっくり見ていていいよ。急いで作るわけじゃないんだから」
「……はい」
そう言って、メイベルはページをめくりはじめた。
しばらく、間があった。
俺はお茶を飲みながら、『虹色の魔石』を、改めて『
この『虹色の魔石』には6つの属性をセットできる。『防犯ブザー』を作るには充分だ。カバーの素材は軽くて、肌に優しいものがいいかな。あとは──
「……トールさま。これはいかがでしょうか?」
不意に、メイベルが俺の手を突っついた。
そのまま俺の手を握って、『通販カタログ』の上へと導く。
なんとなく、それが当たり前のことのように思えて、俺はメイベルが見ているものに視線を向ける。
そこに写っていたのは──
「『ドライヤー』?」
「はい。髪をきれいにするマジックアイテムのようです」
『通販カタログ』には、お風呂上がりっぽい女性が写っている。
長い髪をふわりとなびかせて、気持ちよさそうに目を閉じている。
彼女が持っているのは、奇妙なかたちの筒だ。そこから風が出て、髪を乾かしているらしい。
「身を守るためのアイテムは、トールさまが選んでくださいましたから。私は……きれいでいるためのアイテムが欲しいのです」
「メイベルはもう十分きれいだけど?」
「で、でも、この写真の女性の髪は、とてもきれいで──」
「メイベルの銀色の髪の方がきれいだけど?」
「……トールさまって、ときどき……真顔でそういうことをおっしゃいますよね……」
「え? だって事実だから」
「………………あ、ありがとうございます」
「でも、メイベルの髪がもっときれいになるなら、『ドライヤー』を作るのもいいよね」
メイベルの読み通り、この『ドライヤー』は、女性の髪をきれいにするためのものだ。『通販カタログ』にも「最新型ドライヤーで、なめらかでつややかな髪を」って書いて──ん?
「このページ……あちこち文字が消えてるね」
「そうですね。紙を削り取ったような跡があります」
「古いせいで、ページ同士がくっついちゃったみたいだ。前の所有者が、それを無理にはがしたんだな。それで文字が欠けてるんだ」
読める部分だけ読んでみよう。えっと──
────────────
当社の最新技術のドライヤーで、つややかでなめらかな髪を!
最近、髪が──むことはありませんか?
このドライヤーが、あなたの──を解決します。
お風呂あがりに使うだけで、長い髪もすぐに乾燥。当社独自の──製法で、髪を守ります。
特に優れているのが、最高級のマイナス──オンです。
皆さまご存じの通りマイナ──オンとは、様々な機器に搭載されているものです。
──を高め、身体を守──。
──つるつる──つやつや。
──────安心。
ぜひ────
────────────
「……なるほど」
これが髪にいいマジックアイテムだってことは間違いなさそうだ。
それは読み取れる部分だけでもわかる。
ただ──
「この『マイナス──オン』ってなんだろう?」
「『マイナス──オン』ですか?」
「そういう単語があるんだよ。ただ、途中が欠けていてわからないんだ」
しかも、単語が行の折り返しの部分にかかってる。
そのせいで、何文字欠けているのかわからない。
『ご存じの通り』って書かれているから、有名な単語だとは思うんだけど。
「鍵になるのは『マイナス』って言葉だね」
「異世界勇者のセリフにありましたね。『マイナス』……って」
「俺も知ってる。だけど、彼らはあれを戦闘用の言葉として使ってたんだよなぁ」
『
『空気を凍らせるマイナスの低温。それが我が前に氷の壁を作り出す!』とか。
このセリフを参考にすると──
「この『マイナス──オン』の正体は、『マイナスのテイオン』だと思う」
「同感です」
マイナスのテイオン──『低温』。もちろん、低い温度のことだ。
『低温』じゃなくて『テイオン』と書かれているのは、攻撃魔術をイメージしているからだろう。
つまり、この『ドライヤー』は髪を乾かすだけじゃなくて、『アイスストーム』のような冷気を生み出す機能も備えてる、ってことか。
「でも、トールさま。これは、髪を乾かすアイテムなのですよね?」
「そうだね。普通に考えれば、『アイスストーム』のような機能は必要ない」
「はい。髪を洗うためには裸になるか、薄着になる必要があります。そういう姿になれるということは、そこは安全な場所のはずです。なのにどうして、攻撃するための機能が……?」
「メイベルが疑問に思うのもわかるよ」
だけど、この『ドライヤー』は勇者世界のアイテムだ。
最強の戦闘種族が住む、あの世界の常識に照らして考える必要があるんだ。
「でも、逆に考えてみたらどうかな?」
「逆に、ですか?」
「『ドライヤー』を使うのは髪を洗ったあとだから、裸か薄着になってる。つまり、無防備な状態だよね? だからこそ、万が一の時のために、身を守るための機能が必要なんじゃないかな?」
「──あ」
メイベルが目を見開いた。
納得したように、こくこく、と、うなずいてる。
「た、確かに、おっしゃる通りです。髪を洗うときは無防備ですから……その状態でも身を守れるように『ドライヤー』には、戦闘向けの機能が!?」
「勇者世界のアイテムだからね。そういう対策も必要だったのかもしれない」
「それが『マイナスのテイオン』ということですか」
「そうだね。俺はそれが『マイナス──オン』の正体だと思ってる。だけど……もう少し確証が欲しいな」
俺は『通販カタログ』のページをめくっていく。
「他にも『マイナス──オン』が書かれているページがないか、探してみるよ。そうすれば欠けた文字の中身がわかるかもしれない」
「承知しました。では、私は──」
「メイベルはお茶を淹れてくれるかな? 根を詰めすぎるとルキエさまに怒られるからね。のんびり、お茶を飲みながら探すよ」
「わかりました。少々お待ち下さいね」
そう言ってメイベルは部屋を出て、
俺は『通販カタログ』をじっくりと調べることにしよう。
他のアイテムにも『マイナス──オン』という単語があればいいんだけど。
今まで作ったアイテムの中には、なかった単語だからな。
すぐに見つかるといいんだけど──
「…………あれ?」
あった。
しかも『ドライヤー』の向かい側のページだ。
『空気清浄機』というアイテムらしい。
でも……困ったな。
このページは『ドライヤー』のページとくっついてた片割れだ。
だから、こっちも紙がはがれて、文字が消えてる。
『マイナス──オン』どころか『マイ────ン』だ。
ますますわかりにくくなってる。まいったな。
「しょうがない。この『空気清浄機』の機能から推測しよう」
俺は『空気清浄機』の説明文に視線を向けた。
詳しい情報は必要ない。
『マイ──ン』の能力だけわかればいいんだ。えっと……。
「……『空気清浄機』は『マイ──ン』の力で空気をきれいにするもの、か」
具体的には、『マイ──ン』を利用して、微生物への対策をするらしい。
そうなると……やっぱり『マイ──ン』の正体は、『マイナスのテイオン』の可能性が高いな。
『アイスストーム』は低温の嵐で、大量の虫や鳥を凍結させる。
同じ理屈でチリも、微生物──小さな生き物──を凍らせて、無害化することもできるはず。すさまじい低温の中で生きられる生物なんて、ほとんどいないんだから。
「……でも、本当に『マイナスのテイオン』でいいのか?」
どうするかなー。
『通販カタログ』を片っ端から確認すれば、『マイナス──オン』の正体もつかめるかもしれない。でも、それには時間がかかるからなぁ。
俺の目的はメイベルを守ることだ。
今回に限れば、勇者世界のアイテムに似せることは、それほど重要じゃない。
『水霊石のペンダント』に『防犯ブザー』と、『マイナスの低温』を操る『ドライヤー』の能力を加えれば、メイベルを守るという目的は達成される。
『オマワリサーン』の声で動きを止めて、『マイナスの低温』の風をぶつければ、大抵の相手は無力化できるからだ。
となると──
「作りながら考えよう。うん」
というか、早いところ『虹色の魔石』をいじりたい。
『変化』の属性がどんな効果を現すか……わくわくする。
もちろん『ドライヤー』には、優しい風を送る機能をつけて、メイベルの髪を乾かせるようにしよう。『虹色の魔石』を使えば、小さくて高出力のものができるはずだ。
俺は羊皮紙に『ペンダントカバー』兼『防犯ブザー』兼『ドライヤー』の設計図を書いていく。今回は携帯性を考える必要がある。じっくり設計しないと。
俺がそんなことを考えていると──
「ただいま戻りました。トールさま」
「お、お邪魔しますので……」
部屋のドアが開いて、メイベルと……あれ? アグニスが一緒だ。
メイベルは……真っ赤になったアグニスの手を引いてる。
着てるのはアグニスは『地の魔織布』で作ったドレスだ。ライゼンガ将軍が『かわいい服を着られるようになったアグニスを城の者に見せつけてやるのだ!』って言ってたからね。
そんなアグニスはうつむいて、ぎゅ、っと、メイベルの手を握ってる。
俺と視線を合わせようとしない。
メイベルはそんなアグニスの背中を押して、俺の前に立たせる。
「アグニスさまが、ライゼンガ将軍からご提案をお伝えしたいそうですよ?」
「メ、メイベル!?」
「遠慮することはありません。私も……確かに、将軍のご提案には賛成ですから」
「……も、もう。メイベルったら」
アグニスは、困ったようにメイベルを突っついた。
それから、俺の方を見て、せきばらいして──
「アグニスの父……ライゼンガ・フレイザッドからの提案を、トール・カナンさまにお伝えします」
緊張した声で、震えながら、
「気が進まないなら……断ってくださって構わないので。えっと──」
そうしてアグニスは、将軍からの提案を口にしたのだった。
──────────────────
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書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!
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