第6章

第126話「番外編:トールとルキエと『1万年記録できるペン・改』」

「創造錬金術」書籍版発売記念の番外編、第9弾です。


 5月8日の書籍版発売まで、1週間を切りました。

 カドカワBOOKさまのホームページでは、表紙やキャラクターデザイン、画像つきの作品紹介も公開されています。


 YouTubeで「創造錬金術」のCMが公開になりました。

 作品の概要欄と近況ノートに、リンク先のアドレスを貼ってあります。

 ぜひ、見てみてください。


 さてさて。

 今回のトールは、とある問題の解決法を考えたようですが……。



──────────────────




 とある日の昼食後。

 俺は魔王ルキエと一緒に、魔王城の近くにある岩場に来ていた。


「こんなところまで来ていただいてすいません。ルキエさま」

「構わぬ。新しいマジックアイテムの実験をするのじゃろう?」

「はい。以前お見せした『万年筆』の改良版です」

「……『万年筆』の」


 ルキエは首をかしげた。

 以前のことを思い出しているようだ。


「あれは失敗作でしたからね。ルキエさまが呆れるのも無理はないと思います」

「まぁ、そうなのじゃが。しかしあの『万年筆』はケルヴの命を救っておるからな」

「役に立ってよかったです」

「あれの改良版──つまりは、新たな筆記用具の実験をするのじゃろう? どうしてこんな岩場に来る必要があるのじゃ?」


 ルキエが不思議に思うのも無理はない。


 ここは魔王領の人たちが使っている採石場だ。

 目の前には、大きな岩壁がある。

 高さは魔王城と同じくらい。表面は平らで、登るにもとっかかりがまったくない。

 ここで『筆記用具の実験をします』といっても、意味がわからないよな。


「聞いてください。ルキエさま」

「うむ」

「前回の『万年筆』は、携帯性と長時間記録を両立させようとしたのが、失敗の原因でした」

「そうじゃな」

「羊皮紙に書くときの使いやすさと、岩を穿うがつことによる長時間記録の、どちらかを取るべきでした。その反省を活かして、今回は長く記録を残すことに特化した『筆記用具』を考えてみたんです」

「読めたぞ。トールよ」


 ルキエは仮面の奥の目を光らせて、


「お主は、巨大な『万年筆』を作ったのじゃな? そうして超強力な水流を生みだし、ここにある岩壁を削り、文字を描こうというのじゃろう?」

「さすがルキエさま。半分正解です」

「半分じゃと?」

「はい。俺もそこまでは考えました。でも、水を使うのは効率が悪すぎるんです」

「そうじゃな。超強力な水流を生み出すには、『水の魔石』が大量に必要になる。その上、屋外では風の影響も受ける。岩壁に字を書くのは難しいじゃろう」

「はい。ですから俺は、もう一段階、発想を飛躍ひやくさせてみたんです」

「飛躍はよいが、着地点は考えておるのじゃろうな? 明後日の方向にすっ飛んでも困るのじゃぞ?」

「もちろんです。今回は、これを使います」


 俺は『超小型簡易倉庫』から黒い筒を取り出した。

 勇者世界の『通販カタログ』を参考に作った、『レーザーポインター』だ。


「これは、放った魔術を収束させて、命中率を高めることができる『レーザーポインター』です」

「知っておる。余も『魔獣ガルガロッサ』戦で使ったのじゃからな」

小蜘蛛こぐもの群れを一掃されたお手並み、まさに魔王の名にふさわしいものでした。近くで見られなかったのが残念です」

「せ、世辞はよい。じゃが、文字を書くのに『レーザーポインター』が必要なのか?」

「はい。ご覧下さい」


 俺は『レーザーポインター』を起動して、岩壁に向ける。

 赤い点が、黒い岩壁に浮かび上がった。

 それを素早く動かすと赤い点は、まるで線を描くように移動をはじめる。


「このように『レーザーポインター』なら、風の影響を受けずに、文字を書く位置を決めることができます」

「……うむ」

「そして、ルキエさまの『闇の魔術』は、物質を消し去ることができますよね?」

「……む?」

「ルキエさまが岩壁に低出力の『闇の魔術』を放てば、岩にくぼみができるわけです。さらに『レーザーポインター』は『闇の魔術』を、発動状態のまま移動させることが可能です」

「……む、むむむ?」

「つまり、発動状態の『闇の魔術』を『レーザーポインター』で移動させれば、岩壁に簡単に線を引くことができるんです。動かし方によっては文字も書けるはずです」


 俺は、びしり、と岩壁を指さした。


「つまり『闇の魔術』と『レーザーポインター』を組み合わせれば、ルキエさましか使えない筆記用具ができるんです!」


 ルキエの『闇の魔術』は物質を消滅させることができる。

 岩に穴を開けるのなんか簡単だ。

 その魔術を『レーザーポインター』で移動させれば、岩壁に線が引ける。

 さらに動かせば、文字を書くことだってできるはずだ。


 もちろん、岩壁は時とともに削れていく。

 勇者世界の『万年筆』と比べれば、文字の劣化は早いだろう。

 残るのは数百年──状態によっては、100年を切るかもしれない。

 それでも『魔王ルキエにしか使えない筆記用具』というのは、ロマンがあると思うんだ。


 ──と、そんなことを俺はルキエに説明したのだけど。


「ロマンは大事じゃな」

「はい。大事です」

「じゃが……実用性はどうなのじゃろうか?」


 ルキエは首をかしげた。


「確かに『レーザーポインター』と『闇の魔術』なら、岩壁に文字を彫ることもできよう。じゃが、そうすることに、どんなメリットがあるのじゃ?」

「そうですね……」


 実用性か。それも重要だよな。

 岩壁に文字を描くメリット……それは。


「大勢の民に、ルキエさまのお言葉を伝えることができます」


 俺は言った。


「例えばこの岩壁を、ルキエさま専用の掲示板ということにしますよね? で、ルキエさまがここに文字を書けば、たくさんの者が同時に見ることができます。魔王のご意志を伝えるのに最適ではないでしょうか!」

「意外と実用性があったのじゃ!?」

「しかも、このやり方で文字を書けるのはルキエさまだけです。つまり、岩壁に文字がある時点で、それはルキエさまの直筆だと証明したことになります。みんな安心して、ルキエさまご自身のお言葉だと知ることができます」

「筋が通っておる!?」

「やがて、この岩壁は魔王領の観光名所となるかもしれません。そうすれば人の行き来も多くなります。経済も発展して、みんなが豊かになるんじゃないでしょうか」

「……むむ。確かに。トールの言う通りかもしれぬ」


 ルキエは考え込むような顔で、


「じゃが……なんだか言いくるめられておるような気もするぞ」

「気のせいです」

「そうじゃろうか?」

「そうです」

「…………」

「…………」

「と、とにかく、実験してみてはいかがでしょうか」


 俺はルキエに『レーザーポインター』を差し出した。


「実際に字が書けるかどうか、試してみていただけませんか? 書きにくいようでしたら、持ちやすい『レーザーポインター』を作ってみますから」

「……そうじゃな」


 ルキエは小さな手で『レーザーポインター』を受け取り、うなずいた。


「やってみなくては話にならぬな。よかろう。実験してみるのじゃ」


 そう言ってルキエは、呪文の詠唱を始めた。

 最も強力な『闇の魔力』を持つ魔王、ルキエ・エヴァーガルドの得意技『虚無の魔炎ヴォイド・フレイム』だ。


 ルキエは歌うように詠唱を続ける。

 細い指先が、天を指す。

 その腕を振り下ろし、ルキエは魔術を発動する。


「現れよ、我が漆黒の炎! 『虚無の魔炎』!!」


 しゅぼっ。


『レーザーポインター』の光に乗り、黒い炎が岩壁に着弾した。

 炎はそのまま岩を消し去り、こぶし大の穴を空ける。


 ルキエはすかさず『レーザーポインター』本体を動かしていく。

 ゆっくりと、真横に。

 すると炎も移動して──岩に一本の線が引かれた。


「……やればできるものじゃな」


 楽しそうな声でつぶやきながら、さらにルキエは『レーザーポインター』を動かす。

 縦に、横に、斜めに。

 そうして、岩壁に文字が書かれた。


「ふむ。試し書きとしてはこんなものじゃな」

「お見事です。ルキエさま」


 すごい。

 ちゃんと読み取れる。


 文字を書いている間は『レーザーポインター』も『闇の魔術』も発動しっぱなし。つまり、ルキエは文章を一筆書きすることになる。だから文字同士は線でつながってるし、かたちも少し崩れてる。

 それでも、しっかりと文章になってる。


『レーザーポインター』で文字を書くのは初めてのはずなのに。

 さすがルキエだ。


「ふむ。なかなか面白い」


 ルキエは興奮した顔で、壁の文字を眺めている。


「確かに、これは余にしか使えぬ筆記用具じゃな。しかも、書くのに力がいらぬ。消費する魔力も少ない。なかなか、実用性があるのではないか?」

「そうですね。このまま使っていただければうれしいです」

「うむ。あとでちゃんと書き直したものを、皆に見てもらうとしよう」

「これは試し書きですからね」

「そうじゃな。これは、他人にはあまり見せられぬ」


 岩壁には、大きく名前が書かれている。


 正面には『ルキエ・エヴァーガルド』

 その下には『トール・カナン』


 ──ルキエと俺の名前だった。


「べ、別に深い意味はないのじゃぞ。試し書きということで、つい思いついたものを書いてしまったのじゃ」

「わかります」

「……あっさりわかられてしまっても困るのじゃが」


 ルキエは、むー、と、ほっぺたを膨らませた。


「とにかく、試し書きは終わりじゃ。皆に見せられる文章を書くとしよう」

「そうですね」

「それで、トールよ」

「はい。ルキエさま」

「あの文字を破棄はきしたいのじゃが、どうすればいいのじゃ?」

「できません」


 俺は言った。

 ルキエの目が点になった。あれ?


 ちゃんと説明したよね?

 これは『万年筆』の改良版で、数百年文字を残すのを目標にしてるって。

 そんな筆記用具で書いた文字が、簡単に消せるわけないじゃないか。


「……できぬ、じゃと?」

「はい。あの文字は、数百年は残ります」

「……この岩壁は、魔王直筆の掲示板にする予定なのじゃよな?」

「そうですねぇ」

「余の名前と、トールの名前が、ずっと残るのか?」

「そうですね……それじゃ、ルキエさまの名前の下に、『魔王の配下』って書くのはどうでしょうか。さらに宰相ケルヴさんやライゼンガ将軍、メイベルやアグニス、それにミノタウロス部隊やエルフ部隊の人たちの名前も書けば、まったく違和感はないと思います」

「いやいや、魔王の臣下の名前すべてを書いた掲示板はおかしいじゃろ! 王と臣下すべての名において掲示される文章など、民にとっては命令にも等しい。うかつに文章を書けなくなってしまうではないか!」

「──あ」


 そうだった。

 この岩場は、ルキエの言葉をみんなに伝える掲示板にするつもりだったんだっけ。

 なのに臣下すべての名前を書いちゃったら……掲示板に書かれた文章は、魔王領の民への重要事項になってしまう。いや、そもそも、臣下全員の名前を書くようなスペースはないんだけど。


 もっとちゃんと、他の場所で練習してから、この岩場を使うべきだった。

 ……俺のミスだ。反省しよう。


「どうすればよいのじゃろう。余の名前とトールの名前が並んでいるのは……冷静に考えると……すごく恥ずかし──いや、なにか勘ぐる者もおるかもしれぬ! な、なんとか消す方法はないか? トールよ」

「ご安心ください。ルキエさま」

「なんじゃと?」

「こんなこともあろうかと、対策を用意しておきました」

「おぉ! さすがトールじゃな!」

「さきほどはできないと申し上げましたが、それは通常のやり方では消せない、という意味です。非常手段を使えば、跡形もなく、文字を消し去ることができるんです」

「うむ。やはりトールは、用意周到じゃな!」

「錬金術師ですから」

「で、どうやって消すのじゃ」

「はい。では……『隕鉄いんてつアロー』!」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、一本の矢を取り出した。

 アグニスからもらった『隕鉄』を素材にして作った『隕鉄アロー』だ。


「最終手段ですが……これを使えば、書き損じを跡形もなく消すことができます」

「……」

「ルキエさまもご存じの通り、この『隕鉄アロー』は『メテオモドキ』を召喚します。巨大な魔獣2体を跡形もなく消し去る、隕石落としの魔術です」

「……む?」

「これを使えば、ルキエさまの書き損じを、跡形もなく消し去ることができるでしょう……って、そういえば、勇者世界にも、文字を消すアイテムがあるんですよね。万年筆の文字さえ消し去ることができるらしいんですけど、やっぱり『メテオ』を使ってたんですかね?」

「……むむむむ?」

「話がそれました。とにかく、これを使えば書き損じは消せます。ルキエさまが消したいというのなら、あの文字は跡形もなく消して飛ばしてしまいましょう。ところで、ルキエさまは弓矢は使えますか? 難しいようでしたらメイベルを呼んで──」

「……ちょっとそこに座るがいい、トール」

「はい」


 俺は言われるまま、地面に座った。

 ルキエは、がしっ、と、俺の両肩をつかんだ。

 そうして真っ赤な目で、じーっと俺の目を睨んで──


「…………もっと穏やかな消し方を考えよ。余も一緒に考えるから。まずはじっくり話し合おうではないか、トールよ」


 ──魔王っぽく怖い顔で、ルキエはそんなことを言ったのだった。




 結局、ルキエが書いた文字は、『レーザーポインター』と『闇の魔術』で消滅させた。

 意外と大変だった。

『闇の魔術』の出力を上げて、文字を書いた岩壁を陥没させる感じにしたんだけど、不自然にならないようにするのに時間がかかったんだ。


 結局、作業が終わったのは、日が暮れてから。

 くたくたになったルキエを、俺がおぶって帰ることになった。

 人に見られても大丈夫なように『なりきりパジャマ』を着せて。


「…………非常手段じゃぞ。普段は、こんなことしないのじゃからな」

「はい。ルキエさま」

「……背負ってもらうのは……途中までじゃぞ。城が見えたら、魔王スタイルに戻るのじゃ」

「わかってます」

「…………にゃー」


 とにかく、今回の『万年筆・改』は失敗だった。

『レーザーポインター』を使うと大がかりになりすぎる。

 そのせいで、うっかり書き損じもできない。これじゃ実用にはほど遠いよな。


「あの……ルキエさま」

「……にゃー」

「眠ってますか?」


『なりきりパジャマ』を着たルキエは、俺の背中で猫になってる。

 眠そうな声しか返ってこない。まぁ、いいか。


「『レーザーポインター』と『闇の魔術』を使って文字を書くのは、ルキエさまが安心して文章を書ける場所でやるのがいいかもしれません」


 俺は言った。


「好きな文章を書くことができて、書き損じを見られても平気な……そんな、安心できる場所でやってみてください。そうして慣れたら、公式に、ルキエさま専用の筆記道具にするのもいいんじゃないでしょうか」

「…………」


 やっぱり返事はない。寝ちゃったのかな。


「俺の協力が必要なときは言ってくださいね。手伝いますから」


 そんな話をしながら、俺たちは城に戻ったのだった。




 そうして、翌日。

 素材採取を終えて部屋に戻ったら──



『……ここでなら、内緒ないしょの言葉を書いてもよかろう。練習させてくれぬか、トールよ』



 ──壁際に立てかけられた大きな板に、文字が刻まれていた。

 ちゃんと保存すれば、100年以上は保ちそうな文章だった。


 なるほどー。

 昨日のルキエは、ちゃんと起きてみたいだ。

 そして『レーザーポインター』と『闇の魔術』で、この板に文字を刻んだのか。


『追伸:余にしか使えぬ筆記用具というのは、やはりロマンがあるのじゃ』


「わかります。ルキエさま。ロマンは大切ですよね」


 うんうん、と、俺はうなずく。

 それに……俺は昨日ルキエに『レーザーポインター』と『闇の魔術』で文字を書くのは『安心できる場所でやってみてください』って言った。

 ルキエにとっては、この部屋が、安心できる場所だったみたいだ。

 なんだか、照れくさいけど……うれしい。

 そう思って、ルキエが文字を刻んだ板を見ていると──


「……あれ? 下の方にも小さく文字が刻んである。えっと──」



『追伸その2:トールは規則正しい生活を心がけよ。徹夜てつやは禁止じゃ。メイベルを心配させるでないぞ』



 …………もう十分使いこなしてるじゃないですか、ルキエさま。

 


 こうして、ルキエは俺の部屋で『万年筆・改』の練習をすることになり──

 俺はしばらくの間、ルキエから秘密のメッセージを受け取ることになるのだった。




──────────────────



【お知らせです】

 いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!


 書籍版「創造錬金術」の情報が、カドカワBOOKSさまのホームページで公開中です。

 期間限定SSへのリンクの他、表紙の画像やキャラクターデザイン、キャラ紹介など、さまざまな情報がアップされています。

 YouTubeでは「創造錬金術」のCMが公開中です。この作品の概要欄と「近況ノート」にアドレスを貼ってありますので、ぜひ、見てみてください!


 書籍版の発売日は5月8日です。

 書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!

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