第106話「魔王陛下を出迎える(1)」
ソフィア皇女たちと別れたあと、俺たちはしばらく買い物を続けた。
いつもとは違う服を着たメイベルやアグニスと、休日を楽しみたかったからだ。
ちなみに、ふたりが交易所で買ったのは食品と
メイベルは珍しいお茶が手に入ったといってよろこんでいた。
アグニスは甘い果物を買っていた。明日のおやつにするそうだ。
ただ、ここでふたりへのプレゼントを買うことはできなかった。
メイベルもアグニスも、特に欲しいものはない、って言って譲らなかった。
結局、俺が買ったのはお菓子だけ。
お菓子やドライフルーツなど、魔王領では手に入らないものもあったからね。
プレゼントの方は……あとでこっそり希望を聞いて、俺が作ることにしよう。
そういえば交易所で見つけた妙な商人だけど、あの後、店をたたんで南の方へ去って行ったらしい。『ノーザの町』とは別方向だから、ソフィア皇女をつけていったわけじゃないようだ。
もしかしたら一風変わった、ただの商人だったのかもしれない。
一応「そういう人がいた」という情報は、
取り越し苦労なら、それでいいんだけど。
そうして俺たちが買い物を終え、ライゼンガ領に戻ると──
「錬金術師さま! すぐに将軍の屋敷に来てください。魔王陛下がいらしてます!」
──文官のエルテさんが、森の出口で俺たちを待っていた。
俺は即座に『超小型簡易倉庫』から着替えを出した。
今、着てるのは移動用の、汚れてもいい服だからだ。メイベルはかわいいワンピースだし、アグニスなんかメイド服だ。
幸い、3人とも『超小型簡易倉庫』の中に着替えを入れてある。
だから、ルキエを迎えられるような、ちゃんとした服に着替えることにしたんだ。
そんなわけで俺たちは、ふたたび森の中に。
本当に大急ぎだったから、3人で1本の木を背中にして着替えた。
お互い色々見えてたかもしれないけど、気にする暇なんかなかった。というか開き直って、お互い着替えを手伝ってた。冷静になったのは森を出てからだった。
それから俺たちはエルテさんが用意した馬車で、ライゼンガ将軍の屋敷へ。
そうして、大広間に入ってみると──
「おお。トール、メイベルにアグニス。戻ったか」
用意された椅子に、魔王ルキエが座っていた。
宰相ケルヴさんや、護衛のミノタウロス部隊も一緒だ。
広間にはライゼンガ将軍の副官や、主立った部下が並んでいる。
みんな緊張した顔でルキエと、その側近を見つめている。
俺もびっくりだ。
予告もなしに来るなんて、ルキエになにがあったんだろう……?
「ライゼンガより『魔獣調査』と、魔獣を召喚した連中の尋問が終わったとの連絡があった」
俺たちを見回して、仮面姿のルキエは言った。
「今回の事件は帝国とも関わりのある、とても重要なものじゃ。直接報告を聞き、今後のことを決める必要がある。それで余は、この地に来ることにしたのじゃ」
膝をつく俺たちの前で、魔王ルキエは言った。
今の彼女は『
見た目の身長は2メートル前後。
背の高い椅子に座り、俺やメイベルやアグニス、ライゼンガ領の者たちを見回している。金色の仮面に隠れて、表情はまったくわからない。
でも、魔王スタイルのルキエもいいな。
普段より大きく見える角は迫力があるし、揺れる黒いローブもかっこいい。
金色の仮面も神秘的だ。
素顔のルキエが美の極致なら、魔王スタイルのルキエは神秘の極地と言えるかもしれない。
……この姿のルキエに似合うのは、どんな魔剣だろう?
例えば──魔王としての力強さを示すためには、両刃の大剣がいいかもしれない。長さは、1.5メートルくらい。刃を分厚くして、鋼鉄も断ちきれるくらいの威力にすれば──って、それだとルキエが真の姿になったときに扱えないか。
素顔のルキエはかなり小柄だし、体重も軽い。
となると……反りをつけた片刃の魔剣がいいだろうか。それなら、背負うことで抜きやすくなる。
魔王スタイルのときは腰につけて、真の姿のときは背中につければいい。
それならどちらのルキエにもぴったりだ。
よし。コンセプトは決まった。
リアナ皇女から聞いた聖剣の使い方を活かして、ルキエ用の魔剣を作ろう。
まずは素材を用意して……いや、その前に、大公の話を記録するためのアイテムを作らないと。水回り改善用のアイテムもあったな。
でも、聖剣の知識を活かしたいから、やっぱり魔剣が先かな。
困った。
作りたいアイテムが多すぎる。どうしよう……。
「錬金術師トールよ。なにを考え込んでおる?」
気づくと、魔王スタイルのルキエが俺を見下ろしていた。
「失礼しました。魔王陛下」
いけない。ルキエの前だっていうのに、考えに沈み込んでた。
ここは工房じゃないし、『簡易倉庫』の中でもない。
俺がルキエと親しく話せる状態じゃない。みんなの前だ。ちゃんと部下としての態度を取らないと。
「なにか気になることでもあるのか? 錬金術師トールよ」
魔王スタイルのルキエが俺に問いかける。
「お主は
「お気遣いありがとうございます。陛下。ですが、大丈夫です」
ひざまずいたまま、俺は答えた。
「久しぶりに魔王陛下にお目にかかれたので見とれていました。申し訳ありません」
「──!?」
「以後気をつけますので、どうか、ご容赦をお願いいたします」
「い、いや……構わぬ。それは別によい」
魔王ルキエは、仮面の下で咳払いをした。
それから広間に集まっている人たちを見回して、
「突然この地に参ったのは、余とケルヴたちの方じゃ。ライゼンガ領の皆がとまどうのも無理はない」
ルキエはゆっくりと、威厳に満ちた声で話し始めた。
「先に申した通り、ここに来たのは火炎将軍ライゼンガより『魔獣調査』についての報告を聞くためじゃ。それに、これからは帝国と様々な交渉をする必要がある。ライゼンガと書状で相談した結果、この地に対策本部を作ることにしたのじゃよ」
「「「おお……」」」
ルキエの言葉に、ライゼンガ領の人たちがため息をついた。
それが治まるのを待ち、ルキエは続ける。
「国境近くのこの地であれば、何事にも素早く対処できるであろう。また、新種の魔獣の出現で動揺している民を落ち着かせる必要もある。ゆえに、余とケルヴはしばらくこの地に滞在することとする」
魔王ルキエが宰相ケルヴさんの方を見て、うなずく。
それを合図に、ケルヴさんは羊皮紙を手に話し始める。
「対策本部には文官を常駐させ、分析と対応を行います。具体的には『ノーザの町』や帝国の都、あるいは大公カロン・リースタンとの交渉を担当いたします。それが落ち着き次第、対策本部は解散する予定です」
俺を含めた屋敷の人たちを見回し、ケルヴさんは続ける。
「ライゼンガ領の皆にも協力してもらうことになります。協力をお願いしますよ」
「「「承知いたしました!」」」
屋敷の人たち、ミノタウロスの兵士たちが一斉に声をあげた。
「しかし宰相閣下、できれば、もう少し早めのご連絡をいただきたかったですな」
赤いヒゲの男性──ライゼンガ将軍の副官が手を挙げて、発言する。
「さすれば、領地をあげての歓迎の準備ができましたものを」
「連絡が遅くなったことはお詫びします。ですが、急ぐ必要があったのですよ」
宰相ケルヴさんは言った。
「魔王領で多数の兵を動かすには、今がよいタイミングじゃからな」
さらに、魔王スタイルのルキエが言葉を引き継ぐ。
「今回の『魔獣召喚』には、帝国の者が関わっておった。帝国の大公もそれを確めておる。このタイミングならば、多数の兵を動かしても帝国は文句を言えぬ。余たちが兵を動かすのは、帝国のせいで動揺した民を落ち着かせるためなのじゃから」
「……そういうことでしたか」
「多くの兵がここにおれば、民も安心するじゃろう。鉱山の開発にも力を貸すことができる。新種の魔獣の件で動揺する民にとっては、心の支えとなるじゃろうよ」
そう言って、ルキエはうなずいた。
さすがは魔王ルキエ。的確な対処だ。
普段なら、魔王領が大勢の兵士を国境地帯に配置することは、帝国の警戒を招いてしまう。兵士を集めて、帝国に侵攻しようとしてるんじゃないか、と。
だけど今回の『魔獣調査』で、帝国の人間が魔獣を召喚していたことがはっきりした。それはライゼンガ将軍と、帝国の大公カロン・リースタンが確認してる。
大公自身が魔獣と戦い、帝国の兵士が魔王領に被害を出したことを認めたんだ。
その状態なら、兵士を動かしても帝国は文句を言えない。
魔獣のせいで動揺している民を落ち着かせるために兵を動かしたなら、その責任はすべて帝国側にあるんだから。
さすがは魔王ルキエ・エヴァーガルドだ。
的確に判断を下し、素早く行動する王様って、本当に頼もしいよな。
「……ところで、ライゼンガが戻るには、まだ時間がかかるようじゃな」
ふと、魔王ルキエがつぶやいた。
「確かライゼンガは、帝国民を警戒させぬよう、ゆっくりと進んでおるのじゃったな?」
「はい。国境までは大公国の兵が同行するとのことでした。おそらく、今ごろ彼らと今後どのようなやりとりをするか、話し合っているのでしょう」
「そうか。じゃが、時間は有効に使わねばならぬな」
宰相ケルヴさんの話を聞いたルキエは、俺の方を見た。
「では、余はこの時間を利用して『魔獣調査』に参加した者から話を聞くとしよう。この中に『魔獣調査』に参加した者はおるか? できれば、ライゼンガと大公の交渉の場に同席した者がよいのじゃが?」
「……はい。魔王陛下」
俺は手を挙げた。
というか、それって俺を名指ししてるのと変わらないような……?
「俺……いえ、錬金術師トール・カナンは、将軍閣下と帝国大公との交渉に同席していました」
「そうか。ならば別室で話を聞くとしよう」
魔王ルキエは少し考えてから、そう言った。
「すまぬが、部屋を用意してもらえるか。できれば厨房に近いところがよい。メイベルも同席するがよい。久しぶりに、お主の淹れてくれた茶が飲みたい」
「はい。陛下」
メイベルが俺の隣で答える。
そうして、すぐに準備が始まった。
俺がルキエと話をしている間、アグニスはライゼンガ将軍の名代として、魔王一行の歓迎準備をすることになった。ついでに『魔獣調査』についての話もするらしい。
もちろん、交易所でのことは秘密だ。
そのためにさっきルキエは俺たちが『交易所を視察した』と言ってくれたんだ。
ソフィア皇女とリアナ皇女のことは、俺とメイベル、アグニス──それと、ルキエだけの極秘事項ということになる。
「アグニス・フレイザッドよ。お主の気持ちをありがたく受けよう。父ライゼンガの名代として、皆を歓迎してやってくれ」
「は、はい。魔王陛下!」
「鎧を脱ぎ、活き活きしているお主を見て、余もうれしく思っておる」
緊張するアグニスに向かって、ルキエは言った。
「そのお主がライゼンガの名代として仕事をしたいというのであれば、なんの遠慮があろうか。しばらく世話になるぞ。アグニスよ」
「そ、そのお言葉、うれしく思いますので」
アグニスは深々と頭を下げた。
「で、でも、アグニスが自由になれたのは、すべて……トール・カナンさまのおかげなので」
「そうじゃな。ならば余は、この者が今回どんなはたらきをしたのか、根掘り葉掘りたずねるとしよう」
あの、魔王陛下。
もしかして仮面の下で、不敵な笑みとか浮かべてませんか。
なんだか妙な圧力を感じるんだけど……?
「ケルヴや他のものは、対策本部設置の準備をするように。文官エルテはケルヴや他の兵たちに、この地について説明をしてやるがいい。地形を把握しておくことも重要じゃからな」
「陛下のご厚意に感謝いたします」
宰相ケルヴさんは一礼した。
「それでは私どもは、アグニスどのから『魔獣調査』についてお話をうかがうこととしましょう」
「は、はい。アグニスが詳しく説明いたします!」
アグニスはまた、緊張した顔でうなずいた。
「我々も、アグニスどのの活躍。ぜひ、聞きたい」
「将軍のご息女が、どのようにがんばったのか、楽しみ」
「トールどののマジックアイテムが、すごく役に立ったというお話、聞いてる」
アグニスの言葉に、ミノタウロスさんたちが歓声をあげる。
それを聞いたアグニスは、真っ赤になって、
「か、活躍されたのは、トール・カナンさまの『お掃除ロボット』なので。そちらをお見せした方が早いと思うので!」
「あ、はい。そうですね」
確かに『魔獣調査』の説明をするなら、『お掃除ロボット』があった方がいいな。
実際の動きをみれば、みんなも機能や効果がわかるだろうし。
俺は『超小型簡易倉庫』から、球体型の『お掃除ロボット』を取り出した。
「どうぞ、アグニスさま」
「あ、ありがとうございます」
アグニスは『お掃除ロボット』を宰相ケルヴさんに差し出して、
「では。この子の活躍を、詳しく説明いたしますので」
「………………よろしくお願いします」
宰相ケルヴさんが、重々しい口調でつぶやいた。
そういえば球体型はケルヴさんがデザインしてくれたものだっけ。
ケルヴさんがどんよりした目をしてるのは……自分が考えたものがちゃんと働いたのかどうか、心配してるのかもしれないな。
他の人たち──ミノタウロスさんも文官のエルテさんも、球体型をデザインしたのがケルヴさんだってことは知ってるからね。
だからみんな目を輝かせて、ケルヴさんを見てるんだ。
「では、余はトールとメイベルから話を聞くとしようか」
魔王ルキエはつぶやいた。
やっぱり、仮面の下で笑っているような、そんな感じがした。
「話したいことが山のようにあるのでな。余が満足するまで、色々と聞かせてもらうのじゃ」
そんなわけで俺は魔王ルキエと一緒に、客間に向かうことになったのだった。
「ふふ。やはりトールの『簡易倉庫』の中は落ち着くのぅ」
魔王ルキエは言った。
ここはライゼンガ将軍の屋敷の一角にある客間──に置かれた『簡易倉庫』の中だ。
ここにいるのは、俺とルキエとメイベルだけ。
部屋のまわりは人払いがされて、廊下には警備兵が立っている。
ルキエは、俺たちが心置きなく話ができるようにしてくれたんだ。
当然、今のルキエは素顔のままだ。
というか『簡易倉庫』に入った瞬間、自分から仮面とローブを脱ぎ捨ててた。
「どうせすぐに脱がされるのじゃから」ということらしい。なんかごめん。
メイベルは、買ったばかりのお茶を淹れてくれた。
お茶を出した後は「キッチンでハチミツをもらってきます。焼き菓子にかけると美味しいんです」と言って、外に出ていった。
彼女も、久しぶりにルキエを交えてお茶会をするのがうれしいみたいだ。
もちろん、俺もうれしい。
ルキエには話したいことがたくさんあったからね。
でも──
「さて、トールよ。話を聞かせてもらおうか」
──ルキエが、すごくいい笑顔なのが気になるんだけど。
仮面を被ってるときよりプレッシャーを感じるのはどうしてだろうね。
「『魔獣調査』の報告は後でよい。その前に聞かせよ。お主は交易所で帝国の皇女と会ったのじゃな?」
「はい。ソフィア皇女と、ただ話をするだけのはずだったんですけど」
「ふむ……話をするだけではなかった、と?」
ぐい、と、テーブルに身を乗り出すルキエ。
「答えよ、トールよ。帝国のソフィア皇女と話をすると言って、お主は交易所に向かったのじゃよな。実際はなにがあったのじゃ?」
「実は……ソフィア皇女だけじゃなくて、リアナ皇女もいました」
「……なんじゃ」
ルキエは肩をすくめて、椅子に座りなおした。
「なるほど。わかる話じゃ。『魔獣調査』にはリアナ皇女も参加しておったからの。双子の姉のソフィア皇女がトールと会うのであれば、同席することもあろう。なんじゃ、そういうことか」
「はい。リアナ皇女には、聖剣の使い方を教えてもらいました」
「そうか。聖剣の使い方を──って、待て。トールよ」
「なんでしょうか?」
「皇女は、お主に聖剣の使い方を教えるために呼びだしたのか? 帝国の皇女は、それほどトールに親しみを感じておると……?」
「いえ、話してたらリアナ皇女が『魔獣調査で助けられたお礼がしたい』と言い出したんです」
俺は言った。
「お礼は必要ないって言ったんですけどね。でも、リアナ皇女はそれじゃ気が済まないみたいだったんです。だから、聖剣の使い方を教えてもらうことにしました」
「リアナ皇女とは……意外と義理堅い人物なのじゃな」
「以前、俺を道具扱いしたことを悔やんでました」
「あの時は、軍務大臣のザグランというものが一緒であったな。リアナ皇女とあの者は、やけに親しい様子であった。もしかしたら、あの者の影響を受けていたかもしれぬな」
「これからはソフィア皇女が、ちゃんとリアナ皇女を教育するそうです」
「ふむ。ならば、お手並み拝見といくか」
ルキエは、にやりと笑ってみせた。
「ところで、お主はなんでわざわざ聖剣の使い方など聞いたのじゃ?」
「錬金術師ですから」
「いやいや、皇女からのお礼じゃろ? もらうならもっと価値のあるものがよかったのではないか?」
「んー。でも、特に欲しいものはないんですよね。給与はルキエさまからもらってますし、必要なものは自分で作れますからね」
「……錬金術師にプレゼントをするのって難しいのじゃな」
「それに以前、約束しましたからね。ルキエさまに魔剣を贈るって」
「……え?」
ぽかん、と、口を開けるルキエ。
それから、目一杯に目を見開いて、
「そ、そんなことのために聖剣の使い方を聞いたのか!? 帝国の皇女がお礼をすると申しておったのじゃろう!? 自分のための願い事をするべきじゃろうに!」
「自分のためですよ。だって、魔剣を作るのって楽しいじゃないですか」
作るだけでも楽しい。
かっこいいものができれば、さらにうれしい。
それをルキエが装備してくれれば、見てるだけでわくわくする。
魔剣を使ってもらって、欠点を指摘してもらって、改良を加えるのも楽しみだ。
その上、魔剣がルキエの役に立つなら最高だ。
「ほら。1回で5度おいしいじゃないですか」
「……トールよ」
「聖剣の魔力運用がわかれば、魔剣づくりの参考になりますからね。こんな機会を逃すなんてありえません。なのにリアナ皇女から別のお礼を引き出せばいいだなんて……ルキエさまは俺をなんだと思ってるんですか」
「びっくりどっきり錬金術師以外のなんじゃと言うのじゃ?」
「……それは置いておくとして」
「……う、うむ」
「すいません。魔剣作りには、すぐには取りかかれないようです」
俺は言った。
「先行して作らなきゃいけないアイテムがあるんですよ。だから、魔剣作りはもうちょっと先になるかもしれません。本当は最優先で、ルキエさまに魔剣を贈りたいんですけどね」
「別に構わぬよ。トールのペースで作るがよい」
「そうですね。ルキエさまに時間の余裕があるときにします」
「時間の余裕があるときに?」
「魔剣を作るとき、ルキエさまに手伝ってもらう必要があるからです」
「手伝いか。構わぬぞ」
「ありがとうございます。ルキエさま専用の魔剣ですからね。魔力の通し方をチェックしながら作業を進めないと」
「……む?」
「リアナ皇女が聖剣の振り方や魔力の通し方を実演してくれましたからね。体内魔力の流れについてはだいたいわかりました。同じようにすれば、ルキエさまにもぴったりの魔剣が──」
「──!? がほがほげほげふんっ!」
「ル、ルキエさま!?」
「トールよ! お、お主は余に、風呂場で剣を振るポーズを取れと言うのか!?」
……あ。
「い、いえ、そういう意味じゃないです!」
「そ、そうなのか!?」
「いくらなんでも、そこまでは……」
「そ、そうか。トールのことじゃから、余が皇女と同じようにすれば、魔剣の開発もスムーズにできると考えておるものじゃと──」
「──はっ」
「なんじゃ今の『はっ』は!? こら、こっちを向け。トールよ!」
さすが魔王ルキエ・エヴァーガルドだ。
その発想に間違いはない。
ルキエにも、リアナ皇女と同じようにしてもらえば、魔剣の開発が早くなる。
プロトタイプの魔剣を振ってもらって、身体のどこから魔剣に魔力を注いでいるのか、どんなふうに体内魔力の流れを感じるのか、事細かに教えてもらえば、作業もスムーズに進むはずだ。
なるほど──
「駄目ですよ。トールさま」
ことん。
メイベルが俺たちの前に、焼き菓子が載ったお皿を置いた。
いつの間にかキッチンから戻ってきたらしい。
メイベルは焼き菓子にハチミツをかけて──それから俺をじーっと見て、
「魔王陛下に、湯浴み着姿で剣を振っていただくなんて駄目ですよ。トールさま」
「……わかってるよ。メイベル」
俺はうなずいた。
わかってる。俺だって魔王ルキエの部下なんだから。
ルキエに湯浴み着を着せて、剣を振らせたりするわけが──
「……多少なら協力してもよいと思っておるのじゃが」
「え?」
「トールは余のために魔剣を作ろうとしておるのじゃから……の」
ルキエはそう言って、うなずいた。
彼女自身としては、別に抵抗はないらしい。
メイベルは、しばらく俺とルキエをじっと見ていたけれど──
「でしたら、湯浴み着以外の服を着られた方がよろしいと思いますよ」
少し考えてから、そう言った。
「湯浴み着はお風呂に入るときのためのものです。どうしても、布面積が少なくなってしまいます。大きく身体を動かしたら、ずり落ちてしまうことがありますから」
「うーん。でも、ゆっくり身体を動かせばいいんじゃないかな?」
「それでもです。夢中になって剣の型を実演するときには、事故が起こったりするものなのです」
「起こるのかー」
「起こっちゃうんです。たぶんですけど。実際に確認したわけじゃないですけど」
「そっか」
「特に、身体に巻き付けるタイプは危険だと思います。あれは紐がほどけやすいですから。湯気や光の隙間から、ほどけた紐が見えていたりしますから」
「見て来たように言うなぁ」
「……ただの予測です。本当です」
メイベルは横を向いて、そう言った。
なるほど。
となると、魔剣実験用の服を考える必要があるな。
身体の動きがよくわかって、ずれたり落ちたりしない服がいいな。
確か『通販カタログ』に、そういう服が載っていたようが気がする。
『季節商品』のところだったはずだ。あとで調べてみよう。
「ということです。ルキエさま。魔剣はルキエさまに時間ができて、実験用の服が完成してからにします」
「う、うむ。そうじゃな」
俺の言葉に、ルキエはうなずいた。
「トールの言う通りじゃ。魔剣を作るのは、他の問題が解決してからの方がよいじゃろうな」
「そうですね。大公さんからの話も聞かなきゃいけませんし、水回り用のアイテムを作らなきゃいけないですから」
「作るべきものがたくさんあるのじゃな」
「本当に、たくさんあって困りますね」
「……困っておるように見えるか? メイベル」
「いいえ。トールさま、目がすごくキラキラされていますから」
「じゃよなぁ」
ルキエとメイベルはお茶を飲んでから、笑った。
それから俺たちは、交易所であったことを話した。
ソフィア皇女とリアナ皇女の話。メイベルとアグニスがおしゃれをした話。買い物をした話。
そうして、一通りの話が終わったところで──
「ルキエさま。『ノーザの町』で大公さんの話を聞く件ですけど、許可をいただけますか?」
俺はルキエに訊ねた。
魔王直属の錬金術師が帝国の大公と接触するんだ。
念のため、許可を取っておかないと。
「むろん。許可する」
ルキエはあっさりと、うなずいた。
「帝国の貴重な情報を聞く機会じゃ。逃せまい」
「もちろん、聞いた話はすべて、ルキエさまにもお伝えします」
「承知した。余も心の準備をしておくとしよう」
「一字一句違えることなく、大公カロンの言葉通りにお伝えします」
「いや、さすがにそれは無理じゃろ」
「やってみます。それでいいですよね?」
「いやいや、無理をすることは」
「がんばります。ですから──」
「…………」
「…………」
「トールよ」
「はい」
「正直に申すがいい。今度はなにを作りたいのじゃ?」
「さすがはルキエさまです。俺の心を読みましたね」
「誰でもわかるじゃろ。なぁ、メイベルよ」
「そうですね。私は前もって、話をうかがっておりましたから。『聞いた話はすべて』とおっしゃった時点で察しました」
ルキエとメイベルは目を細めて、じっと俺を見てる。
ふたりとも勘が良すぎだ。
「実は『通販カタログ』で、戦闘と音声記録を兼ねたアイテムを見つけたんです」
「戦闘と音声記録を兼ねたアイテムじゃと!?」
「しかも、異世界勇者の中でも5本の指に入る、強力な魔術使いに関わるもののようです」
俺の言葉に、ルキエとメイベルは目を見開いた。
まぁ、メイベルにも、ここまでは伝えてなかったからね。
「ルキエさまとメイベルは知ってますか? 異世界勇者の中で、最速の魔術使いと呼ばれた『
「……知っておる」
緊張した声で、ルキエはうなずいた。
「無詠唱で魔術を発動させ、相手の魔術に割り込むことから『
「私も知っています。恐ろしい速度で大量の魔術を使っていた人で、『
「そうだね」
「知らぬものはおらぬじゃろうな」
「異世界勇者の中では有名な人です。なんといっても、自分から進んで異名を名乗っていたそうですからね」
そうなんだ。
あの勇者は当時、『名刺』というものを作り、配って回っていたらしい。
名刺には、彼の異名が書かれていたそうだ。
『即時詠唱者』──『Instant Caster』
『割込詠唱者』──『Interrupt Caster』
『無限詠唱者』──『Infinite Caster』
すべて、自称だ。しかも色々な言語で書かれていた。
名刺そのものは消失してしまったけれど、記録はちゃんと残っている。
その魔術師は無詠唱──あるいは数倍の速度で魔術詠唱を行い、相手の魔術に割り込むことができたらしい。魔術のレベルはそれほど高くはなかったけど、とにかく手数が多かった。だから『無限詠唱者』という名前が残っているんだ。
その能力の源について、俺はずっと疑問だったんだけど──
「『通販カタログ』には音声を記録して、相手にぶつけるアイテムがあったんです。名称から考えると、あの魔術師に関係するものかもしれません」
俺はルキエとメイベルの前で、『通販カタログ』を広げた。
「アイテム名は『ボイスレコーダー』──または『ICレコーダー』です」
「『ICレコーダー』じゃと?」
「それはまさか、『
「さらに……ここに書いてあります。『このボイスレコーダーで、嫌な上司もノックアウト』って。上司というのは、勇者の上に立つ者のことだと思うんですけど。それで──」
俺は説明をはじめた。
おそるべき戦闘アイテム『ICレコーダー』の効果と、その威力について。
──────────────────
・お知らせです。
書籍化に合わせて、タイトルを変更しました。
新しいタイトルは「創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-」です。
書籍版は、カドカワBOOKSさまから発売になります。
発売日などの詳しい情報は、間もなくお伝えできると思いますので、もうちょっとだけお待ちください。
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