第107話「魔王陛下を出迎える(2)」


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『ICレコーダー (ボイスレコーダー)』



 嫌な上司も、これでノックアウト!

 当社のICレコーダー (ボイスレコーダー)で、理不尽な相手に一撃を食らわせましょう!


 無理難題を押しつけてくる上司や取引先はいませんか?

 反撃したいけれど、力の差があるために手を出せない相手は?

 仕事上の悩みは、誰にでもあるものですよね?


 そんな方におすすめなのが、当社の『ICレコーダー』です!


 当社の『ICレコーダー』は超高機能。

 どんな言葉でもクリアに記録し、本人そのままの声で再生します。

(当社独自の品質保証試験をクリア済)。


 倍速。2倍速。4倍速・16倍速での再生も可能。

 倍速にしても音声はクリアです。

 歪みなく再生される声は、大きな効果をもたらすでしょう。

 あなたからの予想もしない反撃に、相手は驚き、うろたえるに違いありません!


 強力な相手から身を守るためにも、ぜひ、当社の『ICレコーダー』をご利用ください!



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「……こんなアイテムがあるのじゃな」

「……びっくりですね」


 ルキエとメイベルは俺の説明を聞いて、ため息をついた。


「『ICレコーダー』とやらの能力はわかった。つまり、トールはこのアイテムが『即時詠唱者インスタント・キャスター』の力の源じゃと考えておるのじゃな?」

「はい。なにしろ『どんな言葉でも記録』『本人そのままの声で再生』ですからね」

「しかも16倍の速度で再生できるのじゃからな……」


 さらに『嫌な上司』を──つまり、上位の勇者もノックアウトできるらしい。

 相手の防御を貫けるのか、相手の隙を突けるのか……おそらくは後者だろう。


 たぶん、この『ICレコーダー』は、魔術の詠唱をあらかじめ記録しておいて、好きなときに再生できるのだろう。

 しかも4倍速から16倍速での再生だ。

 そんな速度で魔術を詠唱・発動できるなら、強いのなんて当たり前だ。

 16倍の速度で魔術が飛んできたら、対処できるわけがない。 


「つまり……これは勇者が、『即時詠唱者インスタント・キャスター』になるためのアイテムなのでしょうか……」

「メイベルの言う通りじゃと思うぞ。『Instant Caster』も『Interrupt Caster』も『Infinite Caster』も、頭文字は『IC』じゃからな」

「『ICレコーダー』とは『即時』『割込』『無限』を象徴するアイテムということですね」

「ゆえに『ICレコーダー』という名前がついておるのじゃろうな」


 メイベルとルキエは、ためいきをついた。


「正式名称は『ICインスタント・キャスター用のレコーダー』なのかもしれませんね」


 俺が言うと、ルキエとメイベルがうなずく。

 2人とも、緊張した表情だ。無理もない。


 魔王領にだって、『即時詠唱者インスタント・キャスター』が、無詠唱で魔術を連発したという伝説が残ってるはず。実際に戦った魔王軍にとっては、あの勇者はおそるべき脅威だっただろう。

 その『即時詠唱者』の強さを象徴するアイテムが、この『ICレコーダー』なんだから。


「私は……『即時詠唱者』の伝説を読んだときに、思ったのです」


 メイベルが、ぽつり、とつぶやいた。


「あの勇者は、名乗りを上げた直後に大量の氷結魔術を放っていたと書いてありました。ずっと疑問だったんです。どうしたらそんなことができるのか……って」

「その話は知っておる。『我は最強の魔術師! 魔王軍よ我が名を恐れ、たたえるがいい、と、言いつつ「ギガンティック・ブリザード」!!』のくだりじゃな?」

「そ、それです」

「そのとき、奴は大量の亜人を、巨大な吹雪で吹き飛ばしたのじゃよな……」

「呪文を唱えることもなく巨大魔術を放つなんて、不可能なはずなのに……」

「それが『ICインスタント・キャストレコーダー』の力だったのじゃろう」


 ルキエは『通販カタログ』をのぞき込みながら、うなずいた。


「奴はあらかじめ詠唱しておいた呪文を『ICレコーダー』に取り込んでいたのじゃろう。戦闘時はそれを、名乗りを上げながら再生していたに相違ない。声にまぎれて、詠唱が聞こえぬようにな」

「そのときは、16倍速くらいで再生していたのかもしれませんね」

「おそろしい早口じゃったろうな。『ICレコーダー』を知らぬ者には雑音にしか聞こえまい」

「でも、陛下。16倍速の詠唱でも、魔術は発動するのでしょうか?」

「この世界でも、早口で詠唱する者はおるからな」

「そうですね。それに、勇者のやることですからね」

「そうじゃな。勇者のすることなら仕方あるまい」

「あの勇者が自信たっぷりに『インスタント・キャスター』『インタラプト・キャスター』と名乗っていたのは、『ICレコーダー』の機能に自信があったからなのですね」

「でなければ、わざわざ名乗る意味はないからな」

「本当に、勇者世界の技術ってすごいですね……」


 ルキエとメイベルは『通販カタログ』を見ながら、真剣な表情で話し続けている。


「……本当に、恐ろしい存在だったのじゃな……『即時詠唱者』は……」

「……陛下?」


 よく見ると、ルキエの身体が小さく震えていた。

 もしかして……『即時詠唱者』が怖いのかな。


 ……そうだよな。あいつはルキエの祖先が戦った相手だ。

 魔王のルキエは、奴の強さや能力を家族からじかに聞いているのかもしれない。

 その『即時詠唱者』が使っていたマジックアイテムを見たら、怖いのも無理はないよな。


「お茶が冷めてしまいましたね。温かいものに交換いたしましょう」


 ふと、メイベルが席を立った。


「ほかほかのお菓子も用意します。それでお身体を温めてください。ルキエさま」

「じゃあ、それまではこれを使ってください」


 俺は『超小型簡易倉庫』から布を出して、ルキエの膝にかけた。

 裁断前の『水の魔織布ましょくふ』だ。湯浴み着を作ったときの余りだけど、身体にぴったりと張り付いて、体温が逃げるのを抑えてくれる。


「う、うむ。済まぬな。トールよ」


 ルキエは俺を見て、笑った。


「余は……『即時詠唱者』のおそろしさを、小さい頃にさんざん聞かされていたものでな。つい、震えてしもうた」

「無理もないです。あの勇者はびっくりするくらい戦闘的でしたからね」

「『魔術バーサーカー』とも呼ばれておったようじゃな」

「この『ICレコーダー』は、そんな勇者が使っていたアイテムなんですよね……」


 俺はルキエの方を見て、つぶやいた。


「となると、これは作らない方がいいかもしれません」


 便利なアイテムだけど、ルキエを恐がらせてまで作りたいとは思わない。

 大公カロンの話は別のアイテムで記録すればいいんだから。


 俺は、そんなことを思ったんだけど──


「いや、トールが作るアイテムなら話は別じゃ」


 不意に、ルキエが俺の手に、自分の手を重ねた。

『魔織布』に包まれた、膝の上。

 そこでルキエは俺の手を、ぎゅ、と握りしめてる。


「トールのアイテムが悪しきもののはずがあるまい。それに余は魔王として、勇者の力についてよく知らねばならぬ。彼らの技術を学び、新たな魔獣や、遠い未来に再び現れるかもしれぬ勇者に備えるためにな」

「……ルキエさま」

「だから、許可するぞ。トールよ」


 ルキエは俺に肩を寄せて、歯を見せて、笑った。


「この『ICレコーダー』を作るがよい。大公の音声を記録し、その内容を余に聞かせよ。余たちが人間について知り、学ぶためにな」

「わかりました。ルキエさま」

「それにしても……勇者はどうして、こんなアイテムを作り出したのじゃろうな」


『ICレコーダー』の写真を指でなぞりながら、首をかしげるルキエ。


「勇者は十分に強い。詠唱用のアイテムなど必要あるまい。それに、上司や取引先と争っていたというのもわからぬのじゃが……」

「勇者の上司というからには、大勇者か神話勇者でしょうね」

「より強き勇者か。その者たちは、最強を求める勇者を管理していたのじゃろうか」

「取引先というのは、魔獣の素材をやりとりする別の勇者かもしれませんね」

「ありうる話じゃ」

「それと争っていたということは……もしかしたら勇者世界は、真に最強の勇者を作り出すために、勇者同士を争わせていた可能性がありますね」

「なるほど! それならば『ICレコーダー』が必要なのもわかるのじゃ」

「となると……いかに上司に気づかれずに、『ICレコーダー』を持ち込むかが、戦術の決め手になりますね」

「かもしれぬ。しかし、勇者は自分の世界で、常にそんな息詰まる戦いを繰り広げておったのか……」

「そうやって強さや功績を競っていたのかもしれません」


 帝国でも、貴族は魔獣と戦って、その成果を競ってたからな。

 あの国の礎を作った勇者の世界なら、同じことをしていてもおかしくはない。

 そういう世界なら『ICレコーダー』は重要なキーアイテムになる。


 俺はそんな話を、ルキエに伝えた。


「……勇者同士が最強をめざして争い合う、か。それでは疲れて倒れる者も出るじゃろう。それが可能なほど、勇者世界は人材が余っておるのじゃろうか」


 ルキエは、納得したようにうなずいた。


「人口の少ない魔王領から見れば、うらやましい話じゃ」

「……うらやましくは、ないですね」


 思わず、言葉が口をついて出た。


「そういう国では、俺は生きていけないですから」


 強力なマジックアイテムがあふれている勇者世界に、錬金術師は必要ない。

 かといって、俺が勇者のように戦えるはずもない。

 俺が勇者の世界に生まれていたら……たぶん、生きていけなかったんじゃないかな。


「ルキエさまが勇者世界をうらやましがる必要なんて、ないと思います。勇者世界の人口が多くても、人々が才能にあふれていても関係ないです。えっと……つまり、なにが言いたいかというと」


 ……うまくまとまらないな。


 でも、ルキエは不思議そうな顔をして、俺の言葉を聞いている。

 わかるように伝えよう。

 つまり、俺が言いたいことは……えっと。


「──俺はルキエさまがいる魔王領が好き、ということです」


 俺は言った。


「──!?」


 ルキエの目が点になった。

 わかりにくかったかな。

 もう少し噛み砕いて言うと……。


「俺は魔王領の……ルキエさまの近くにいられて嬉しい、ということです。魔王領では、みんな活き活きと仕事をしています。みんなルキエさまを尊敬しているのがわかります。俺はそんなルキエさまにお仕えできることを、とても幸運だって思ってるんです」

「…………ト、トール? お主はいきなりなにを?」

「いえ、勇者世界より魔王領が好きだ、という話です」

「そ、そ、そうか」

「そんな魔王領だから、俺は楽しくマジックアイテムを作れるんです。俺が魔剣にこだわるのは、ルキエさまに恩返ししたいというのもあります、もちろん、魔剣を手にしたルキエさまがすごくかっこいいだろうな、というのもありますよ?」

「……う、うむ? むむむ?」

「いいですよね。『認識阻害』の仮面とローブをまとって、闇の刃を『シュズヴァドバーン』と飛ばすルキエさまって」

「…………」

「しかも、俺はルキエさまの素顔を知ってますから、『認識阻害』の状態で剣を振ってるルキエさまを見ながら、素顔のルキエさまが剣を振ってるところを想像できるわけです。二度美味しい……というか、素顔のルキエさまをひとりじめできているようですごく──」

「そ……そこまでじゃ、トールよ!」


 ばっ。


 ルキエが俺の手を放した。

 それから彼女は両頬を押さえて、後ろを向いた。


「……すいません。ルキエさま。つい……」


 いかん。夢中になって語りすぎた。


「とにかく、俺は勇者の世界よりも、ルキエさまが治める魔王領が好きだということです」

「わ、わかった。お主の気持ちはよーくわかった」

「すいません。一方的に話しすぎてしまって……」

「それはよい。よいのじゃ……じゃから」


 ルキエは胸を押さえて、うなずいた。

 それから、なにか決意を込めたように、深呼吸して、


「と、とにかく『ICレコーダー』の話じゃな!?」

「そ、そうです。『ICレコーダー』の話でした」

「作るのは構わぬ。トールのことじゃから、作り方は考えておるのじゃろう?」

「そうですね。『改良型・抱きまくら』を参考にしようと思っています」


 魔力に個人の情報が含まれていることは、『改良型・抱きまくら』を作ったときにわかっている。

 それを応用すれば、『個人がその場で詠唱したように』音声を再生することもできるはずだ。


「時間はかかるかもしれませんが、『ICレコーダー』で魔術を発動させるのは、技術的には難しくはないと思います」

「そうか」

「まぁ、音声を記録再生するだけなら、すぐにできるんですけどね」


 俺は『創造錬金術』を起動した。


 さらに『超小型簡易倉庫』から、『風の魔石』と『水の魔石』を取り出す。

 音声のみを再生するアイテムなら、この場で作れると思う。


 声は空気の振動だから、『風の魔石』で記録と再生ができるはずだ。


 そうだな……『風の魔石』に魔力を注ぎながら話すようにすればいいかな。そこに『水の魔石』を追加すれば、長期保存できるようになるかもしれない。

 風の魔力には『循環じゅんかん』の意味がある。つまり声の振動を保存して、水中でぐるぐる循環させるようなイメージだ。必要になったら、また『風の魔石』を通して、空気の振動に変換すればいい。


 うん。理論上は、これでいけると思う。

 あとは外装だけど……試作品だから『地の魔織布』で包むだけでいいな。

『地の魔織布』は丈夫だし、声も魔力も通してくれる。

 袋状にして包み込めば、試作型の完成だ。


「──できました。これが試作品の『ボイスレコーダー』です」



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『ボイスレコーダー (試作品)』

(属性:風風・水)

(レア度:★★★☆)


 複数の『風の魔石』により、音声を記録・再生する。

『水の魔石』の能力により、音声を長期保存する。


『ボイスレコーダー』は簡易型の音声記録用アイテムである。

 手に持ち、声を出しながら魔力を注ぐだけで、音声を記録してくれる。

 再生するときは「再生したい」と思って魔力を注げばいい。


 ただし、できるのは声を記録・再生することだけ。

『ICレコーダー』とは違い、声によって魔術を発動することはできない。

 ゆえに名称は『ICインスタント・キャスターレコーダー』ではなく『ボイス音声レコーダー』である。


 物理破壊耐性:★☆ (布製なので、耐久性は低め)

 耐用年数:6ヶ月。

 1年間のユーザーサポートつき。ただし記録した音声データは保証対象外。



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「──と、いうものです」

「本当に、あっという間に作りおったな……」


 ルキエは俺が渡した袋型の『ボイスレコーダー』をじっと眺めている。

 手の平にのせて、転がして、大きさと感触を確かめているみたいだ。


「試しに、なにか話してみてください。ルキエさま」

「…………う、うむ。そうじゃな」


 ルキエは、すぅ、と、深呼吸。


「で、では、話すぞ」

「どうぞ」

「…………むむむ」

「ルキエさま?」


 試作品の『ボイスレコーダー』を前に、ルキエは黙りこくってる。


「……自分の声が記録されるというのは、緊張するものなのじゃな。」

「そうですね。この世界にはない技術ですから」

「……う、うむ」


 ルキエは袋状の『ボイスレコーダー』に魔力を注ぐ。

 それから深呼吸して──口を開けて──


「不思議じゃ……うまく言葉が出ぬ」

「もしかしたら、ルキエさまが王さまだからかもしれませんね」


 ルキエは魔王だ。その言葉は、他人に対して力を持つ。

 誰かに命令をすることもできるし、誰かを裁くこともできる。

 魔王という立場のルキエは、言葉を記録するのに抵抗があるのかもしれない。


「……そうじゃな。トールの言う通りじゃ」


 ルキエは『ボイスレコーダー』をテーブルに置いた。


「魔王である余の言葉には意味がある……か。さすがトール。よく見ておるな……」

「とりあえず、俺が実験してみますね」


 俺は『ボイスレコーダー』を手に取った。

『風の魔石』に魔力を注いで、録音状態へ。

 それから──


「……俺は、魔王領に来て良かったと思っています」


 さっき口にした言葉を、繰り返した。

 これなら誰に聞かれても問題ないからね。


「魔王領はみんな活き活きと仕事をしています。俺はそんな魔王領の一員になれたことをうれしく思っています。つまり、ルキエさまが治める魔王領が好き、ということです」


 これでいい。

 次は『水の魔石』に魔力を入れて、保存状態にしよう。

 それから再び『風の魔石』を起動すれば──



『……俺は、魔王領に来て良かったと思っています』



 音声が再生された。

 よし。成功だ。


『──ルキエさまが治める魔王領が好き、ということです』


 俺の言葉が終わると『ボイスレコーダー』は停まった。

鑑定把握かんていはあく』すると──音の振動が、『水の魔石』の中でぐるぐると循環しているのがわかる。記録した音はしっかり維持されているようだ。


 ただ、録音できる時間は短い。せいぜい数分というところか。

 これは魔石を増やすか、保存のやり方を調整するかして伸ばすしかないな。


 でも、試作品としては十分だ。

即時詠唱インスタント・キャスト』機能はないけれど、音声の記録と再生はできるからね。


「このような機能になります。いかがですか? ルキエさま」

「…………」

「……どうして後ろを向いてるんですか?」

「……なんでもないのじゃ」


 ルキエは俺に背中を向けて、冷めたお茶をすすってる。

 おかしいな。

『ボイスレコーダー』は無事に作動したはずだけど……。


「……トールよ」

「はい。ルキエさま」

「この『ボイスレコーダー』の声は、長時間保存できるものなのか?」

「そうですね。定期的に『水の魔石』に魔力を注ぐようにすれば、数ヶ月は」

「もうひとつ訊ねるのじゃが、この試作品は……余がもらってもよいのか?」

「はい。もちろん」

「そ、そうか。では──」

「それじゃ、すぐにルキエさま用のものを作りますね」


 俺は『創造錬金術』を起動した。

 今作ったのは、『地の魔織布』で包んだだけの、飾りっ気もなにもないものだ。

 ルキエ用ならもうちょっと持ちやすく、手触りのいいものに──


「い、いや。そこまでせずともよい!」


 ──と、思ったら、ルキエが手を挙げて、俺を止めた。


「余は機能を確認したいだけじゃからな! この試作品でよい。この試作品がよいのじゃ!」

「いえいえ、ルキエさまに差し上げるからには、ちゃんとしたものを──」

「お主のこだわりは理解しておる!」


 びしり、と、ルキエは俺を指さした。


「なればこそ、余はお主が最初に作ったものを使い、意見や感想を伝えたいのじゃ! お主自身が少しずつ改良するよりも、他の者の意見も取り入れて、一気に改良した方がよかろう!? そうであろう!? そうではないか!?」

「た、確かに!」

「で、あろう?」

「そうですよね。他の人の意見も重要ですよね。うっかりしていました」


 俺が直したい部分だけ直していたら、独りよがりになる可能性がある。

 他の人が気づくような欠点を、見逃すこともあるかもしれない。

 ルキエはそれを防ぐために、試作品を使ってくれるつもりなのか。すごいな。


「ありがとうございます。ルキエさま」

「では、この試作品は、余がもらってよいな?」

「どうぞ。お持ちください」


 俺はルキエに『ボイスレコーダー』を差し出した。

 ルキエはそれを受け取り、大事そうに両手で包み込む。

 気に入ってくれたみたいだ。


「う、うむ。では、この『ボイスレコーダー』を使ってみて、あとで感想を──」




「え? トールさま。もうマジックアイテムを作られたのですか?」




 気づくと、トレーを手にしたメイベルがいた。

 トレーの上には湯気が立つお茶と、ほかほかの焼き菓子が載っている。

 メイベルはキッチンに寄って、追加のお菓子を持ってきてくれたみたいだ。


「うん。試作品はできてるよ」


 俺は答えた。


「魔術発動用の『ICインスタント・キャストレコーダー』じゃなくて、音声記録・再生用の『ボイスレコーダー』だけどね。『ICレコーダー』は、もうちょっと仕組みを考えたいから」

「それでも、です。こんなにすぐに作ってしまわれるなんて……さすがトールさまです」

「そうじゃろ? 余の錬金術師はすごいのじゃ!」

「では、試しに使っていただけますか?」


 メイベルは目を輝かせて、そう言った。


「トールさまのことですから、もう実験はされたのですよね? 記録した音声がどのようになるのか、このメイベル・リフレインのエルフ耳で確認させてください」

「いいよ。じゃあルキエさま、試作品を──」

「…………」

「ルキエさま?」

「………………わ、わかったのじゃ」


 ルキエは、試作品の『ボイスレコーダー』を差し出した。

 でも、なんで手が震えてるんだろう?

 目を伏せて、メイベルを見ないようにしてるのは、どうして……?


「で、では、再生するのじゃ!」


 ルキエは『ボイスレコーダー』に魔力を注ぎ──後ろを向いた。

 そうして、俺が記録した音声が流れ出して──






「と、いう感じで、音声を記録・再生できるんだ」

「…………」

「…………」


 あれ?

 なんで黙ってるの? ルキエも、メイベルも。


「……トールさまにお願いがございます」

「うん」

「交易所でおっしゃいましたよね? なにか欲しいものはないか……って」

「そうだね」

「私も『ボイスレコーダー』をいただいてもいいですか? いえ、ルキエさまがお持ちのこれではなく、同じ形のものを。トールさまが実験されたあとで、ですけど」

「もちろん。構わないですよね? ルキエさま」

「…………う、うむ」


 ルキエは──なぜか視線を逸らしながら、うなずいた。

 メイベルはそんなルキエを優しい目で見ながら、


「それから……ですね、陛下」

「う、うむ? なんじゃ?」

「私も、ルキエさまが治められている魔王領が大好きですよ?」


 メイベルは優しい笑みを浮かべて、そう言った。


「ルキエさまが治められている、穏やかな魔王領が好きです。トールさまがいらっしゃる魔王領が大好きです。こうしておふたりの側で一緒にいられるだけで、幸せだって感じます。だから私は、トールさまと同じくらい、ルキエさまの魔王領が大好きなんです」

「……メイベルよ」

「はい。陛下」

「最近、トールに似てきておらぬか?」

「うれしいことをおっしゃいますね」

「ほめてはおらぬのじゃが……まぁよい」


 ルキエは真剣な表情になり、俺の方を向いた。


「そういえば……重要なことを忘れるところじゃった。この『ボイスレコーダー』は、大公カロンの話を記録するために作ったのじゃったな」

「そうですね。それまでには『ICレコーダー』にできると思います」


 まぁ、大公の話を聞くだけなんだから、戦闘能力はいらないと思うんだけど。

 そもそも『ICレコーダー』があったって、俺自身は攻撃魔術が使えないし。使えても、接近戦で元剣聖の大公に勝てるわけがないし。

 でも、完成はさせるつもりだ。


「それを使って大公カロンの話を記録し、ルキエさまにお伝えするつもりです」

「うむ」

「もちろん、内容は極秘とします。記録はルキエさまにお預けします。他の人に聞かせることはしません」

「うむ。ただし、例外を許そう」


 ルキエは『ボイスレコーダー』を手に、メイベルを見た。


「大公からの話は、メイベルにも聞かせてやるがよい」

「……陛下?」


 メイベルがルキエの言葉を聞いて、首をかしげている。


「私が帝国の情報を聞いても、お役に立てることはないと思うのですが……?」

「大公カロンは『かつて帝国は大切なものを失った』と言ったのじゃろ?」


 ルキエはまっすぐ、メイベルの目を見つめて、


「そして、それは大公が幼いころの話でもある。ならば、メイベルの祖母が魔王領に来た時期と近いのではないか?」

「……あ」

「そういえばメイベルのおばあさんは、帝国の人でしたね」


『フットバス』を使ったときに、メイベルのおばあさんが人間だったことは聞いた。

 でも、いつごろ魔王領にやってきたのかは知らなかったんだ。


「メイベルの祖母は、若いころに魔王領へとやってきた。すべての記憶を失っておったがな。時期は確か、40年くらい前じゃな」

「40年くらい前ですか」


 その頃の帝国って、どうだったんだろう。

 あの国は結構、内乱とかをやらかしてるからな。

 どれがメイベルのおばあさんと関係しているのか、俺にはわからない。


「その頃にも帝国では紛争や内乱はあったと思いますけれど……歴史書には、詳しいことは書いていなかったです。記録されていたのは、首謀者の名前くらいですね」

「その中に、大公が語るべき事件があったのかもしれぬな。その影響で、どこかの村人が国を追われた可能性もあるじゃろう」


 そう言ってルキエは、メイベルの方を見た。


「余はメイベルに、祖母が何者じゃったのかを教えてやりたいのじゃ。自分がどこから来たのか、祖先がどんな人間じゃったのかは気になるものじゃからな」

「お気持ちは、ありがたく思います。陛下」


 メイベルはルキエに向かって、深々と頭を下げた。


「けれど……私は祖母のルーツについては、あまり興味がないのです」


 そう言って、メイベルは俺の手を取った。

 以前は少しひんやりしていた手は、『フットバス』と『しゅわしゅわ風呂』を使い続けたせいで、ぬくぬくになっている。

 その細い指を俺の指にからめて、メイベルはまた、ほほえむ。


「私は魔王領で生まれたエルフで、トールさまをお世話する者です。幸運にも陛下の幼なじみとなり、アグニスさまともお友だちになれました。それで十分です。それが、私のすべてなんです。私の大切なものは、すべて、魔王領にあるのですから」

「……メイベルよ」

「失礼いたしますね。陛下」


 メイベルは空いてる方の手で、ルキエの手を取った。

 俺とルキエの手が宝物でもあるかのように、胸に抱いて──


「私──メイベル・リフレインの居場所はここです。陛下とトールさま、アグニスさまのいらっしゃる場所が、私の居場所です。ここがいいんです。私の祖母がどんな人間だったかは……あまり、知りたくないのです。それを知ったことで……今の自分が揺らぐことが……少しだけ……こわくて」

「わかったよ。メイベル」


 俺はうなずいた。

 手を差し伸べると、メイベルはなぜか、撫でて欲しいみたいに頭を下げた。

 導かれるみたいにして、俺はメイベルの髪に手を乗せる。


 銀色の、やわらかい髪が手に触れた。

 それをほんの少しだけなでると、メイベルは気持ちよさそうに目を細めた。


「……えへへ。トールさまに、なでていただきました」

「えっと、ルキエさま。大公カロンの話ですけど」

「う、うむ」


 ルキエはメイベルに手を預けたまま、うなずいた。

 俺は続ける。


「大公カロンに、こちらから質問する機会はないと思うんです。俺はあくまでも、ソフィア皇女とリアナ皇女が話を聞くときに、同席するだけですから」

「う、うむ。そうじゃな」

「なので、メイベルの祖母について、その場で口に出すことはできないと思います」

「そうじゃな。トールの言う通りじゃ。それに、帝国側にメイベルの情報を漏らすのは得策ではないな。大事な幼なじみのプライバシーじゃものな……」


 それから、ルキエはごまかすように手を振って、


「言っておくが、余はメイベルの祖母の情報を政略に使おうと思ったわけではないぞ。ただ、メイベルのルーツがわかるなら……教えてやりたかっただけじゃ。他意はない」

「わかっております。陛下は、お優しい方ですから」

「……そうじゃろうか?」

「そうでなければ、私に手を預けてはくださいませんでしょう?」

「メイベルの手の手触りが良かっただけじゃ」

「ありがとうございます。陛下」

「う、うむ」

「ところで陛下。私は今、陛下のお手とトールさまのお手を重ねているのですが……トールさまのお手の方の感想はどうですか?」

「……さっきも感じたのじゃが、やはり、男の子の手じゃな。意外とごつごつしておる。この手から、さまざまなアイテムが生まれてくると思うと不思議じゃな。じゃが、手触りは悪くない。むしろ落ち着く──って、なにを言わせるのじゃ!?」

「トールさま。聞きましたか?」

「うん。もちろん」


 俺とルキエは今、メイベルを間に挟んで、3人で手を重ねている状態だ。

 なんだか、すごく照れくさい。

 落ち着くけどくすぐったくて、すごく恥ずかしい。なんだろう。これ。

 えっと……。


「すいませんルキエさま。『ボイスレコーダー』を貸してください。あと、今のセリフをもう1回──」

「無茶を言うでない!」

「あれれ? 陛下、トールさまに『ボイスレコーダー』をお渡しするのが無茶なのですか? それとも、もう一度感想をおっしゃるのが……?」

「ええい! 乙女の内心に踏み込むでない!! トールもメイベルも、言葉で魔王を追い詰めるのはやめるのじゃ────っ!!」


『簡易倉庫』の中に、魔王ルキエの声が響き渡った。


 それから、俺たちはまた、お茶会を続けた。

 とりあえず『ICレコーダー』と『プロトタイプ魔剣』の製作許可は出た。

 どちらも魔王領に広めるものじゃないから、宰相ケルヴさんの決裁は必要ないそうだ。


 お茶会が終わると、ルキエは『簡易倉庫』を出て、屋敷の広間へと向かった。

 これから対策本部の設置準備をするらしい。

 俺たちは、屋敷で一晩お世話になることにした。

 アグニスが魔王一行の歓迎会をやるらしいから、念のため、残ることにしたんだ。


「それじゃ俺は、明日から『ICレコーダー』の製作に取りかかるよ」


 俺はメイベルに向かって言った。


「その間、メイベルにはひとつお願いがあるんだけど」

「はい。なんでもおっしゃってください」

「さっきルキエさまが、プロトタイプ魔剣の実験に付き合ってくれるって言ったよね」

「そうですね。おっしゃいました」

「そのときに着てもらう服を選んで欲しいんだ」


 俺はメイベルの前に『通販カタログ』を広げた。

 この本はマジックアイテムの宝庫だけど、ほんの少しだけ、服も掲載されている。

『季節用品』という項目があって、そこにいくつか、水着が載っていたんだ。


 湯浴み着は、動くとずれる危険があるけど、水着なら問題ない。

 しかも、ここに載っているのは、勇者世界の教育機関で使われているものらしい。

『公式』『認定』という言葉もある。

 ということは品質も良く、公式の場で着ても問題ないものなんだろう。


「このページに載っている水着の中から、ルキエさまに似合いそうな服を選んでくれないかな。動きやすくて、魔力の流れを把握しやすいものがいいね」

「そうですね。剣を振ってもずれたり落ちたりしないものがいいですね」

「? う、うん。そうだね」

「わかりました。このメイベル・リフレインにお任せください!」


 メイベルは、ぽん、と、胸を叩いた。

 これで安心だ。


 大公カロンの話を聞くまでには、数日くらいは間があるはず。

 それまでに『ICレコーダー』を完成させよう。


 とりあえずは録音機能だけでもいいけれど……やっぱり作るからには完璧なものでないと。

 詠唱再生機能と倍速機能もつけよう。

 そうすればルキエが魔剣を振りながら闇の魔法を放ったり、メイベルがお掃除しながら水を生み出したりできるもんな。かっこいいし、便利だ。


「それじゃ、明日からがんばろう。メイベル」

「はい。トールさま!」


 こうして、俺たちはライゼンガ将軍の屋敷で、魔王ルキエ歓迎の夕食会を楽しんで──


 翌日、工房に戻り、作業を始めることにしたのだった。

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