第108話「魔王ルキエと宰相と将軍、会議をする」

 ──翌日、ライゼンガ将軍の領地で──




 翌日、火炎将軍ライゼンガは領地に到着した。

 魔王領の旗を掲げ、整然と列をなしての帰還だった。

 領民は歓声を上げて、将軍の凱旋がいせんを出迎えていた。


『魔獣調査』は大成功だった。

 ライゼンガの部隊は『ノーザの町』の部隊と協力して、新種の魔獣を操っていたものを突き止め、捕らえた。

 巨大なサソリ『魔獣ノーゼリアス』を、剣を交えることもなく倒した。

 帝国の大公と皇女も助けた。

 その上、元剣聖の大公カロンとよしみを結ぶことができたのだ。

 火炎将軍ライゼンガと、配下の兵士たちの功績は計り知れない。


 魔王ルキエ・エヴァーガルドも、ライゼンガ将軍と兵士たちをたたえるためにやってきた──民は皆、そう考えていたのだった。



「魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下、ばんざい!」

「ライゼンガ将軍の功績に賞賛を!!」

「魔王領に栄光あれ!!」



 民の歓声に包まれながら、ライゼンガは進んでいく。

 キリリとしたその表情からは、疲れた様子はまったくない。

 配下の兵士たちもまた、民に手を振りながら、ゆっくりと足を進めている。


 やがて、屋敷が見えてくる。

 ライゼンガはまっさきに2階に視線を向ける。

 そこは愛娘アグニスの部屋だ。


 部屋のバルコニーにはアグニスの姿がある。トールがくれた『地の魔織布ましょくふ』で作られたドレスを身にまとっている。

『地の魔織布ましょくふ』には耐火性がある。アグニスが炎を発しても焼けることはない。

 もちろん『健康増進ペンダント』のおかげでアグニスの発火能力はコントロールされている。それでも長年の習慣からか、アグニスは普通の服を着ることに不安がある。トールはそれを考えて、『地の魔織布』を作ってくれたのだ。

 そんなトールに、ライゼンガは心から感謝している。


 だから屋敷には、トールがいつでも滞在できるように部屋を用意してある。もちろん場所は、アグニスの部屋の隣だ。

 ふたつの部屋はバルコニーでつながっている。気持ちが盛り上がったアグニスが、トールの部屋に忍び込むのはたやすい。


 そして今は、魔王ルキエや宰相ケルヴが来ている。

 ならばトールも魔王ルキエへの礼儀として、1日くらいは屋敷に滞在するはず。


『魔獣ノーゼリアス』との戦いで気持ちが盛り上がったアグニスとトールの心が、この機会に近づくこともあるだろう。

 だが、親の自分がいてはアグニスも落ち着くまい。

 そう思ったライゼンガは部下の休息も兼ねて、のんびりと戻ってきたのだった。


「お帰りなさい! 父さま!」


 アグニスは笑顔で、ライゼンガに手を振っている。

 隣にはトールとメイベルがいる。

 アグニスとトールとの距離を見る限り──関係に変化はなさそうだ。


(うむ! ならば次回の機会を待つとしよう!)


 ライゼンガは気持ちを切り替えた。

 彼は表情を引き締め、屋敷の前にいる人々に視線を向ける。


 玄関前には、魔王ルキエと宰相ケルヴが立っている。

 仮面を被った主君を見て、ライゼンガは思わず背筋を伸ばす。


 魔王ルキエはまだ若年ではあるが、その能力と成果はすさまじい。

 ライゼンガ領を荒らす『魔獣ガルガロッサ』と巨大ムカデ──砦の指揮官は『魔獣バズラフッド』と呼んでいた──を一瞬で倒し、さらには帝国の皇女と相談して、国境地帯に交易所まで作ってしまったのだから。

 短期間でこれほどの功績を挙げた魔王は初めてだ。

 今後の治世が楽しみ──そう思いながら、ライゼンガは魔王ルキエの前に進み出る。


「お出迎えありがとうございます。魔王陛下! 火炎将軍ライゼンガと部下一同、ただいま帰還いたしました!!」

「うむ。帝国領内での調査、ご苦労であった」


 地面に膝をついたライゼンガに、魔王ルキエ・エヴァーガルドは言った。


「兵士たちも、慣れぬ土地での作戦行動は大変だったであろう」


 魔王はライゼンガと兵士たちを見回しながら、続ける。


「じゃが、お主たちのおかげで新種の魔獣の問題は解決した。魔獣召喚の首謀者を捕らえることもできたのじゃ。この功績は大きい。魔王領の王として、この魔王ルキエより礼を言わせてもらおう」


「ありがとうございます。陛下!」

「「「ありがとうございます!!」」」


 ライゼンガの言葉に、配下の兵士たちが唱和する。

 魔王ルキエはうなずいて、


「報酬と特別手当については、後ほど宰相のケルヴより話があろう。じゃが、まずは身体を休めるがいい。食事も用意しておる。皆、存分に飲み食いし、旅の疲れをいやすのじゃ」


 それから、魔王ルキエは楽しそうな口調で、


「ふふ。本来ならばお主たちの功績をたたえるために、花火でも上げたいところじゃがな。残念ながら用意が間に合わなかった。代わりに、料理と酒は十分に揃えてある。旅の汚れを落としてから、存分に飲み食いするがよい!!」

「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」


 その言葉を聞いて、兵士たちが歓声を上げる。

 屋敷の前に集まっていた民たちも拍手している。


 民のまわりには即席の天幕があり、料理や飲み物が並んでいる。ライゼンガたちが戻るのに合わせて、準備していたのだろう。

 これからは兵士と民とが混ざっての、無礼講ぶれいこうの祭りになるはずだ。


 ライゼンガも参加したいところだが──


「すまぬが、ライゼンガよ」

「はっ。魔王陛下。報告でございますな」

「そうじゃ。首謀者を尋問じんもんした結果や、大公との話について、お主自身の口から伝えて欲しい。身支度が整い次第、来てもらえるじゃろうか」

「承知いたしました!」


 ライゼンガは声をあげた。


「陛下に失礼がないように、旅のホコリを落としてからうかがいます」

「うむ。それでよい。では、今一度言う、ライゼンガ領の兵たちよ、ご苦労であった! 皆の者よ、偉大なる兵士たちの帰還をたたえるがよい!!」

「「「おおおおおおおおおおお────っ!!」」」


 魔王ルキエの言葉に兵たちが、そして、ライゼンガ領の民たちが再び歓声をあげる。

 その後、兵士たちは湯浴みをして、旅の汚れを落とし──



 用意された天幕で、民と一緒に食事を楽しむことになるのだった。







 1時間後、広間に魔王と宰相ケルヴ、火炎将軍ライゼンガが集まっていた。

 目的は『魔獣調査』の報告と、その後の対応を決めるためだ。


 広間には大きなテーブルと、椅子が用意されている。

 扉は閉ざされ、緊急時意外の出入りは禁止とした。情報流出を避けるためだ。


「では、報告をお願いいたします。ライゼンガ将軍」


 はじめに、宰相のケルヴが口を開いた。


「将軍は帝国の大公とともに、魔獣を召喚した者の尋問じんもんに立ち会ったそうですね。帝国の大公が、それを望んだと」

「そうですな。帝国の大公カロンは、我らに情報をすべて開示してくれたのです」


 尋問じんもんの結果だけを大公から聞かされた場合、どうしても疑いの余地が残る。

 同じ帝国民同士、かばいあったのではないか──と。

 それを避けるために、大公カロンはライゼンガを同席させたのだろう。


 そして、大公カロンは言っていた。



『貴公らを敵に回したくない』

『リアナ殿下も、貴公らとの友誼ゆうぎを望んでおられる』

『なにより、魔獣の情報を伝えてくれた貴公らを裏切りたくはない』

『貴公らが「魔獣ノーゼリアス」を2体まとめて吹き飛ばしたのを知った今なら、なおさらだ』


 ──と。



「その大公が、首謀者をかばったり、口裏合わせをするようなことはなかったと思われます」


 大公カロンの言葉を伝えたあと、ライゼンガは魔王ルキエに告げた。

 魔王ルキエは無言でうなずく。

 隣にいる宰相ケルヴもまた、納得したように「将軍のご意見を信じます」と答える。


 ふたりの反応を確認してから、ライゼンガは、


「その上で報告いたします。魔獣召喚の実行犯は砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーであり、奴に指示を出したのは──帝国高官である魔術大臣の配下とのことでした。大公は魔術大臣の名を教えてくれましたぞ。アジム・ラジーンと申す者だ、と」

「……なんと」

「……黒幕が帝国民だとはわかっていましたが、帝都の高官が関わっていたとは」


 宰相ケルヴ、そして魔王ルキエが息をのむ。

 さらに、ライゼンガは報告を続ける。



 尋問が行われている間、ライゼンガの部下と大公の部下は協力して、砦の家捜しを行った。

 その中で、帝国高官からの書状が出てきたのだ。

 そこには間違いなく、魔術大臣のサインが記されていた。

 書状を見せたとき──砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーは喉元に刃を突きつけられたように、うなだれた。

 その書状が、彼らの悪事の証拠だったのだ。



「書状には──帝国領の国境付近で召喚魔術の実験をするようにと書かれておりました。目的は魔獣を使役し、帝国が南方で行っている戦に使うことのようですな」

「長期化している南方戦線の打開策、ということですか」

「然り。小国相手に手こずっていては最強の名が汚れる。帝国は最強でなければならない。そう考えて、魔獣の使役化を試みたのかと」

「魔獣を戦の切り札にしようとは……」

「本来は、勇者召喚を再現するつもりだったと、実行犯は申しておりました」


 ライゼンガとケルヴは、情報交換を続ける。


 今回の事件は、帝国の研究者が『勇者召喚』を再現しようとしていたことがはじまりだった。

 彼らは異世界勇者を再び呼び出すために、召喚魔術の研究をしていた。

 今までの召喚魔術の効果がなくなったことから、術式を一部変更し、触媒しょくばいを利用した召喚魔術を開発した。


 しかし、異世界勇者は現れなかった。

 実験の結果として現れたのは、今まで見たこともない魔獣だった。

 もちろん、その魔獣は滅ぼされた。だが、研究者たちは魔獣を使役することを考えた。

 ゲラルト・ツェンガーたちに指示が下されたのは、その実験のためだ。


「以上が、一連の事件の真相かと思われます」


 そう言って、ライゼンガ話をしめくくった。


「……なんとも、面倒な話じゃな」


 ルキエは言った。

 帝国にとって異世界勇者は切り札だ。

 再びこの世界に呼びたいというのもわかる。

 だが、そのために新たな召喚魔術を開発するとは、思ってもいなかったのだ。


「魔法陣は以前の召喚魔術と同じ……術式を変更し、触媒を追加したか。おそらく、術を強化しようとしたのじゃろうな」


 ルキエは、トールが回収した金属板のことを思い出す。

 おそらくはあれが、新たな召喚魔術のキーアイテムだったのだろう。


「つまり、今回の事件は、新たなる召喚魔術の実験の結果ということじゃな」

「はい。新種の魔獣は危険なため、帝都からなるべく遠いところで実験を行いたかったとのこと」

「魔王領を狙っていたわけではなかったと?」

「その通りです。逆に、2度目の魔獣召喚が帝国内で行われたのは、魔王領を恐れてのことだそうです」


『魔獣ガルガロッサ』と小蜘蛛の群れを、魔王軍はあっさりと倒してしまった。

 というか、魔王ルキエが『闇の魔術』で一掃した。

 その時点で、彼らは魔王領を敵に回す危険性に気づいたのだそうだ。


「……しかし、実験を止めることはなかったのですね」


 宰相ケルヴは確認するように、つぶやいた。


「事情はわかりました。それで、今後は召喚実験が行われないという保証はあるのですか?」

「召喚には魔法陣と呪文、触媒しょくばいが必要とのこと。魔法陣と呪文が書かれた資料は、大公が封印を約束しました。触媒は我の目の前で回収され、炎の中で灰になりました」


 ライゼンガは答えた。


「大公は、魔王領を敵に回さぬように必死のように見えました。また、砦の指揮官とやらも、我らにおびえておりました。『メテオで魔獣を2匹まとめて吹き飛ばすなんて……』と」

「……そうだったのですか」

「……そうだったのだよ」

「帝国の大公が、将軍に協力的だったのも?」

「『メテオモドキ』が、『魔獣ノーゼリアス』を消滅させたのと無関係ではないでしょうな」

「そもそも魔王領と『ノーザの町』の部隊が砦にたどりつけたのも、魔獣の痕跡を追う『ロボット掃除機』の力でしたからね」

「そんなものを見せつけられては、おびえるのも無理はないかと」

「ふたたび『魔獣召喚』が行われた場合、犯人はすぐにわかるのですからね」

「あの2つのマジックアイテムが、抑止力となるでしょうな」

「…………」

「…………」


 ライゼンガとケルヴは、ふと、天井を見上げた。

 これらのアイテムを作り出した錬金術師は、屋敷の2階にいる。

 今ごろは、帰り支度をしているはずだ。


 彼を会議に参加させるという話もあったのだが、機密保持のためと、「またなんか妙なものを作ってそうだから邪魔しない方がいい」という文官たちの意見により、実現しなかった。

 一応、会議が終わったあとで話をすることにはなっているのだが。


「いずれにせよ、すべては魔術実験のミスによるものだった、ということですな」

「それは理解しております」


 ライゼンガとケルヴは話を戻した。


「ただし、実験が成功していた場合、その力が魔王領に向けられていた可能性は残ります」

「うむ。対策として、国境警備の兵を増やし、標準装備として『ロボット掃除機』を配置するべきでしょうな」


 ライゼンガはテーブルの上に羊皮紙の束を置いた。


「帝国領で得られた証言についてはこれに記録し、砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーにサインをさせております。証言を共に聞いたという証明として、大公カロン・リースタンのサインももらっております。ご確認ください。魔王陛下」

「承知した。ご苦労であったな、ライゼンガよ」


 話を聞き終えた魔王ルキエは、うなずいた。


「魔王領としては、帝国に正式に抗議をすることとなろう。帝国の砦を預かる者が魔獣召喚を行い、その背後に帝国の高官がいたのであれば、言い逃れはできぬ。証言を大公カロンが共に聞いたのであればなおさらじゃ」

「こちらの被害額を算出し、請求書を送りつけることにいたしましょう」


 魔王ルキエの言葉を、宰相ケルヴが引き継いだ。


「帝国には、自分たちのしでかしたことへの対価を支払っていただきます」

「うむ。帝都に書状を送るとしよう」

「また、この機に魔王領内の警戒を強めるべきかと」

「同感じゃ。余としては、国境地帯に砦を建設すべきと考える。ちょうど鉱山の開発が行われるところじゃ。作業の拠点としてもちょうどいいじゃろう」

「名案かと存じます」

「普段は国境地帯で兵を動かすと、帝国もそれに合わせて兵を増やして来るのじゃがな……今なら、それもやりにくかろう。ちょうどよい機会じゃ」

「加えて、帝国には魔獣および勇者の召喚を禁忌とすることを、文書で求めるべきと考えます」


 宰相ケルヴはきっぱりと宣言した。


「彼らは新種の魔獣を完全にコントロールできませんでした。そんなものを戦場で使われてはたまりません。暴走し、予想外の被害が出ることもあります。今回の失敗を帝国には正式に認めてもらい、その上で、魔獣と勇者の召喚を禁忌とするように求めます」

「うむ。余もケルヴと同意見じゃ」

「我も賛成ですな」


 魔王ルキエとライゼンガはうなずいた。

 それからライゼンガ将軍は手元の書類を引き寄せて、


「被害の補償については、大公カロン・リースタンが『仮に帝都からの補償がなかった場合、大公国から相応のものを差し出す』と明言しております。念書ももらっておりますよ」

「帝国の大公とは、義理堅い人間なのじゃな」

「あの者が皇帝であれば、このようなことにはならなかったでしょうな」

「帝国の大公は、他になにか言っておったか?」

「今後は魔王領と交流したいと申しておりました」


 書類を見ながら、ライゼンガは答えた。


「友好の証として、大公の血縁の者を使者として送りたいそうです。その者をしばらく滞在させることで、交流を深めたいと」

「一考の余地ありじゃな」

「……ただ、大公自身は、帝都の高官と対決するつもりのようですな」


 ライゼンガ将軍は続ける。


 帝国がこうなってしまったのには、現皇帝の血縁である自分にも責任がある。

 ゆえに、高官を問い詰め、皇帝たちに苦情を言う。

 それは大公である自分にしかできないことだ、と。


「──そんなことを、帝国の大公は申しておりました」

「大国の皇帝一族であるというのも、大変なものじゃな」


 ルキエはため息をついた。


「まぁよい。こちらは、対策本部を設けるという方針に変わりはない。しばらくはこの屋敷を本部とし、帝国との交渉を続ける。大公がこちらとの繋がりを持ちたいというなら、それも有利に働くじゃろう」

「承知いたしました。しばらくは国境地帯の警戒を強めることといたしましょう」

「鉱山地区に砦を作るのであれば、我の働き場所が増えるというもの。願ってもないことですな」


 ケルヴとライゼンガはうなずいた。

 それから、魔王ルキエは二人を見て、


「今回の『魔獣召喚』は魔王領にとっては迷惑な事件であった。じゃが、国境地帯の民の信頼を得ることもできた。それは不幸中の幸いじゃな」


 穏やかな口調で、魔王ルキエは言った。


「余は帝国のソフィア皇女と共闘し、巨大ムカデの魔獣──『魔獣バズラフッド』とやらを倒した。また、ライゼンガの部隊は『ノーザの町』と協力し、魔獣召喚の犯人を突き止めたのじゃ。国境の治安を魔王領が守った。その事実は、国境地帯の民も認めておるのじゃろう?」

「はい。おかげで国境地帯の交易所もにぎわっております」

「我の部隊も、『オマワリサン部隊』と親しくなりましたからな」

「それらは交易による魔王領の発展、それと──帝国の情報を得ることにも繋がるじゃろう。まさに、不幸中の幸いではあるが……この機を活かすとしよう」

「「承知しました!」」


 宰相ケルヴとライゼンガ将軍は、魔王に向かって一礼する。


 会議の結論は出た。


 新種の魔獣についての問題は、ひとまずは片付いた。

 国境地帯は落ち着き、付近の民も魔王領への警戒をゆるめている。

 今後は交流を深め、魔王領の発展を図るべきだろう。


 首謀者は拘束され、帝国の大公より処断されることが決まっている。

 そして、魔王領は黒幕の情報を手にしている。帝国が知らぬ存ぜぬで通すことはできない。


 さらに言えば、魔王領は魔獣調査の情報を利用できる。

 帝国は今、南方で戦争を行っている。

 そこに魔獣召喚の情報を流せば──大きな影響があるだろう。

 帝国と戦う兵たちは、魔獣に自分たちの国を踏み荒らされると思い、必死の抵抗を始めるはずだ。

 それに対する帝国兵たちも動揺するだろう。


 だから、今回の資料は、外交の切り札となる。

 そこで成果を引き出すのは、宰相ケルヴをはじめとする文官の役目だ。


「次に新種の魔獣が現れた場合、それはすべて帝国の責任となる。」


 話をしめくくるように、魔王ルキエは言った。


「証拠はすべてあがっておる。これらを用いて、各国に帝国の非を訴えることもできるであろう。もちろん、帝国も、それはわかっておるはずじゃ」

「召喚魔術の触媒も廃棄されたようですからね」

「そうですな。大公が触媒を燃やすのを、我も見ておりますからな」

「しかし興味があるな。ライゼンガよ。触媒とは、どのようなものだったのじゃ?」

「お聞かせください。将軍」

「珍しいものではなかったですな。ただの、古き布でした」


 ライゼンガは言った。


「勇者が持ち込んだという布……おそらくは、ハンカチのようなものでしょう。恐らくは勇者の世界と繋がるための鍵なのでしょう。それを触媒として召喚魔術を実行したのですな」

「ですが、来たのは新種の魔獣だった。召喚魔術とは不安定なものなのですね」


 宰相ケルヴは腕組みをしながら、つぶやいた。


「かつての勇者を触媒なしで召喚した魔術師は、どのような者だったのでしょうな。勇者召喚魔術をどのように開発したのか。どうして効果がなくなったのか。興味は尽きませんね」

「この世には2種類の召喚魔術がある、ということじゃからな」


 ケルヴの話を聞き、魔王ルキエがつぶやく。


「最初の召喚魔術は効果がなくなった。だから帝国の魔術師は、触媒を利用した召喚魔術を作り出した。今回、我々が手に入れたのは、新たな召喚魔術の魔法陣と術式ということじゃな」

「しかし、どちらの召喚魔術も失敗したのですね」

「不思議じゃな。どう思う、ケルヴよ」

「わかりません。私たちがそれを知るには、情報が少なすぎます」

「エルフ部隊に研究をさせることは?」

「難しいですね。結果を知るには、召喚魔術を行うしかありませんからね。その結果、勇者が来ても魔獣が来ても、魔王領としては害になります」

「確かに、難しいものじゃな」


 腕組みをする魔王ルキエと、宰相ケルヴ。

 それを見ていたライゼンガは、ふと、思いついたように、


「そうですなぁ。桁外れの錬金術師どのなら、召喚魔術を成功させるかもしれぬでしょうが」

「「──!?」」


 その言葉に、ルキエとケルヴが目を見開いた。

 それには気づかず、ライゼンガは続ける。


「触媒があれば魔術は発動できるのですからな。例えば異世界のアイテムや資料……そういうものがあれば──」

「申し訳ありません陛下! 確認したいことがございます! 会議を中座させてください!!」

「う、うむ」


 真っ青な顔で立ち上がるケルヴ。

 魔王ルキエは反射的にうなずく。

 それを許可と受け取ったのか、宰相ケルヴは素早く床に膝をつき、一礼。


「では失礼いたします! すぐに戻りますのでお許しを──!」


 そうして宰相ケルヴは広間を飛び出していったのだった。




 ──トール視点──




「召喚魔術の触媒? あの……宰相閣下。確かにこの『通販カタログ』は勇者世界のものですけど……それ以上に、俺にとっては大切な錬金術の資料なんですよ? 召喚魔術の触媒にして、傷んだり、読めなくなったらどうするんですか? わざわざ注意しなくても、そんなもったいないことしませんよ」

「…………」

「そりゃもちろん、勇者からは勇者世界のアイテムの話を聞きたいです。でも、結局あの召喚魔術は、魔獣を呼び出すだけなんでしょう? そんな危ないことできません。仮に勇者が来たとしても、戦闘スキルのない俺が勇者みたいな戦闘民族と話ができるわけがありません。俺は自分が弱いことを自覚してます。わざわざ異世界から、勇者を呼んだりしませんよ」

「……は、はい」

「つまり、俺がこの『通販カタログ』を触媒にする理由はないってことです。そもそも、こんな貴重なものを魔術の触媒に使うわけがないでしょう? そもそも召喚魔術は水回り改善のアイテムを作るのに使うって言ったじゃないですか。その俺が勇者召喚なんかするわけないでしょう? 宰相閣下は水回りの整備と、勇者召喚のどちらが大切だと思ってるんですか?」

「…………申し訳ありませんでした」


 宰相ケルヴさんは、がっくりとうなだれた。


 俺も、びっくりしてた。

 工房に帰る支度をしていたら、いきなりドアが何度もノックされて、開けたら真っ青な顔のケルヴさんが立ってたんだ。でもって、すごい早口で「召喚魔術について相談があります。変な実験についての釘を刺したいのです」とか言ったから。俺も思わず反論してしまった。


 まぁ、宰相ケルヴさんは文官の長だからな。

 民を治める者として、色々心配するのはしょうがないよな。


「私はなんと……失礼なことを……」

「いえ、わかってくれればいいんです」

「確かに、トールどのは勇者や魔獣を召喚するような方ではなかった。私はなにを勘違いしていたのだろうか……」

「宰相閣下は代々、勇者についての口伝を残している方ですからね。勇者を警戒するのも無理はありませんよ」

「そうかもしれません。いや、本当に申し訳ありませんでした」


 宰相ケルヴさんが頭を下げた。


「トールどのは魔王陛下直属の錬金術師だ。その方に非礼をしたからにはお詫びをしなければいけません。私にできることでしたらおっしゃってください」

「いえ、気にしなくても──」

「いやいや、私も魔王領の宰相の身の上ですからね。けじめは──」

「でも、どうしてもとおっしゃるなら、『マジックアイテム』の実験に協力してくれませんか?」


 俺は机の上に置いておいた、『試作型ICレコーダー』を手にとった。

 今朝、ふと思いついて開発したものだ。

『ボイスレコーダー』機能だけじゃなくて、簡易的な『インスタント・キャスト』機能を付与してある。

 形は大きくて不格好だけど、作動はするはずだ。


「これは魔術の詠唱を記録して、高速で再生するものです。これの実験に協力して欲しいんです」

「…………え」

「これは使用者が詠唱した呪文を記録することができます。で、詠唱した本人が手に持って再生することで、魔術が発動させるものです。これの耐久試験をやってみたいんです。せっかくですから。宰相閣下が協力してくださるなら、ぜひ」

「た、耐久試験、ですか?」

「そうです。連続再生して、何回魔術が撃てるかの試験です。自分でできれば一番いいんですけど、俺は魔術が苦手ですからね。メイベルにお願いするにも……彼女は魔術が使えるようになったばかりですから、あんまり負担をかけたくないんです」

「……は、はぁ」

「それに、魔術を乱射すると、エルテさんに怒られるかもしれないですよね? だから、宰相閣下を巻き込んでみようかと」

「……む、むむむ」

「もちろん、無理にとは言いません。宰相閣下がお詫びをしたいとおっしゃったので、お願いしてみただけです。耐久実験は羽妖精たちに依頼するつもりでしたから。だから、無理にとは……」

「…………むむ」

「あの、宰相閣下?」

「…………」

「うつむいてうなってますけど……どうされたんですか? 宰相閣下? ケルヴさん?」

「……わかりました」

「……はい?」

「わかりましたと申し上げたのです!」


 え? なんでそんなに必死な顔をしてるの?

 別に無理にって言ってないよ。できればってお願いしただけだよ?


「……あの、宰相閣下」

「トールどの」

「なんでしょうか」

「そういう実験は、目の届くところでやっていただきたい」

「……はい」

「それに、羽妖精たちを巻き込んだら『次は属性別の魔術実験だ。光・闇・地・水・火・風のみんなで順番に、ICレコーダーがこわれるまで』なんてことにもなりそうですからね」

「いえ、そこまでは」

「しないのですか?」

「ごめんなさい」

「ならば、私が協力して、目の届くところでやっていただいた方がいい、ということです」


 宰相ケルヴさんは俺の目をじっと見て、告げた。

 それから、


「私は会議に戻ります。夕方には終わると思いますので、実験はそれからといたしましょう。それまで、トールどのは部屋でおとなしくしていてください。いいですね」

「はい」

「では、失礼します!」


 ごんっ!


「宰相閣下、そちらは廊下ではありま──」

「し、失礼します!!」


 そう言って、宰相ケルヴさんは走り去っていった。


 よくわからないけど、宰相ケルヴさんは『ICレコーダー』の実験に付き合ってくれるらしい。

 やっぱり、いい人だな。

 責任感もあるし、言ったことは守ってくれる。

 あの人がいるなら、魔王領も安心だ。


「俺も期待に応えないとな」


 夕方までに『ICレコーダー』に倍速再生機能を追加しよう。

 せっかく宰相さんが耐久試験に付き合ってくれるんだ。

 限界まで機能を追加して、あとは魔力容量を増やして、形状も考えよう。


 いやぁ、困ったなぁ。

 もう工房に帰るつもりだったのに、仕事ができてしまった。

 忙しくなりそうだ。うん。困ったね。


 こうして、俺は宰相ケルヴさんの協力のもと、『ICレコーダー』の実験を行うことになり──





 そして、夕方になり、実験が始まると──






 ──ドガドガドゴンバコンズガンズキュキューン! ズガガドガガガ…………。






「おや、岩場の方で炎が上がってますな」

「宰相閣下が魔術の実験をされているそうですよ」

「魔王陛下は『花火の準備が間に合わなかった』とおっしゃっていましたが……なるほど、その代わりですか」

「すごい勢いで魔術を発動されていますな。2倍速か、4倍速か……」

「高位の魔術使いを総動員されたのでしょうよ。今回の『魔獣調査』は、それだけ功績が大きいということですね」

「魔王陛下や宰相閣下も、粋なことをなさるものだ」



「「「はーっはっはっはっ」」」



 ──その日、夜空に向けて乱射される魔術を見て、兵士さんとライゼンガ領の人たちは、大いに盛り上がることになったのだった。

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