第195話「錬金術師トールと皇太子ディアス、対峙する」

 俺とアグニスは『ノーザの町』に行くことになった。

 帝国の皇太子、ディアス皇子に会うためだ。


 彼は大公カロンの副官のノナさんと一緒に、ソフィアの元にいる。

 正体がばれると大騒ぎになるから、フードで顔を隠して、旅をしてきたらしい。


 帝都ではなく『ノーザの町』に来たのは、大公カロンの『魔王領の錬金術師れんきんじゅつしどのを頼るのだ』という言葉があったから。あとは単純に『ノーザの町』の方が近かったからだと、ソフィアは教えてくれた。


 帝国内で皇太子と大公が襲われるなんて、普通に考えたらありえない。

 それを元剣聖の大公が撃退できずに、俺を頼るなんてことも、考えられないはずだ。


 とにかく、異常事態だった。

 状況を確かめて、対策を練る必要がある。


 だから俺はアグニスを連れて、皇太子ディアスに会いに行くことになったのだった。







「よく来てくれた。錬金術師どの。アグニスどの」


 宿舎で俺たちを出迎えてくれたのは、部隊長のアイザックさんだった。

 緊張した表情だった。気持ちはわかる。

 皇太子が突然、国境地帯の町を訪ねてきたらびっくりするよね。


『オマワリサン部隊』も、ピリピリしてた。

 いつも以上に気合いを入れて、『オマワリサンは町を守る!』と声を上げていたからね。

 町の人たちも、なんとなく空気が違うのを、察していたようだった。


「両殿下がお待ちだ。どうぞ、上の階へ」

「その前に、身支度みじたく調ととのえてもいいですか?」


 俺は言った。


「帝国の皇太こうたい……いえ、初対面の方と会うのですから、失礼がないようにしたいのです」

「う、うむ。もっともだ。では、部屋を用意しよう」

「ありがとうございます」


 そうして、俺とアグニスは空き部屋へと入った。

 そして──


────────────────────


「それじゃ『超小型簡易倉庫』から、例のものを出しますね」

「は……はい」

「どうぞ着替えて……って、あの、アグニスさん?」

「ト、トール・カナンさま! あまり見ないで欲しいので」

「いえ、そういう格好になるとは思ってなかったですから……つい」

「は、恥ずかしいので」

「あの……アグニスさん」

「はい」

「これを着るのに、そこまで脱ぐ必要はないですよ」

「え?」

「発火能力は『健康増進ペンダント』でコントロールできてますから、別にその……これの下は、普通に服を着ていても」

「────!?」


 そんな感じで──

 俺とアグニスは、身支度を調えたのだった。


────────────────────



 ──その頃、二階の部屋では──



「身体の調子はいかがですか? ディアス兄さま」


 椅子に座った兄に向けて、ソフィアは訊ねた。


 ここは、ソフィアの屋敷の応接間。

 ソフィアとディアスは椅子に座り、トールたちが来るのを待っていた。


 副官のノナも同席している。

 彼女はディアスの護衛という立場だ。

 大公カロンに厳命されたからだ。『皇太子殿下を守れ』と。


 彼女は、この部屋に来てからは一言も口をきかない。

 護衛の仕事にてっしようとしているのだろう。


 それでもノナが、大公カロンを心配しているのがわかる。

 彼女はずっと、真っ青な顔をしている。時折、腕をつかんで、身体の震えを抑えている。

 大公カロンの元に向かうのを、必死にこらえているのがわかる。


 ソフィアも、できればノナの思いを叶えてあげたい。

 けれど、今は無理だ。


『皇帝一族の狩り場』で起きた事件は、明らかな異常事態だ。

 現場を見ているのは、ディアスとノナだけ。

 ふたりには、トール・カナンに対して、状況を説明してもらう必要があるのだ。


(……でも、まさかリカルド兄さまとダフネが、大公さまをおそうなんて)


 リカルドとはつい最近、顔を合わせたばかりだ。


 あの時、ソフィアは彼に『例の箱』を渡した。

 代わりに、ソフィアは国境地帯の領主となり、終生、この地を治めることを望んだ。

 それで話はついたはずだった。


 リカルド皇子は『例の箱』を手に入れるために、無茶な手段を使った。

 部下を国境地帯の交易所や、ソフィアの宿舎にまで侵入させたのだ。

 そんな人には、さっさと帰って欲しかった。

『例の箱』を彼に渡したのは、そのためだ。


 けれど──


(こんなことになるのなら、もっと話をするべきだったかもしれません)


 ソフィアはため息をついた。


「……敗北感はいぼくかん、か」


 不意にディアスが、ぽつり、と、つぶやいた。


「うっとうしいものだな。気にしないようにしても、まとわりついてくる」

「なにかおっしゃいましたか、ディアス兄さま」

「お前も聞いているのだろう。私が、大公カロンに敗れた話を」

うわさ程度ですが」

「ああ。十分だ。このディアスは大公カロンに敗れた」


 椅子の背もたれに身体を預け、ディアスは天井をあおぐ。


「必勝を期して立ち向かい。無様に敗れたのだ。片腕が使えぬ大公カロンに対して、双剣を使ってな。片腕を封じれば勝てると、浅はかな考えで」

「……浅はかではないと思いますが」

「だが、両腕を使った大公カロンに敗れた」


 ソフィアの言葉を、皇太子ディアスは聞いていない。

 彼は独り言のように続ける。


「ここままでは次期皇帝の名折れと、何度も再戦を申し出た。やっと再戦の機会を得たのが、今回の狩りだった。獲物の数で勝てば、再戦を受けてくださると言った……だが、結局、私は大公どのに敗れてしまった」

「再戦はされなかったのでしょう?」

「私はあの方に助けられ、おめおめと逃げたのだ。これが敗北でなくてなんだ!?」


 皇太子ディアスは叫んだ。

 彼は頭を抱えながら、


「私はなにもできなかった! 状況が理解できず、帝国兵を切り伏せることもできず、呆然ぼうぜんとするだけだったのだ! 大公どのが逃げ道を作ってくれなければ、私も捕らえられていただろう」

「大公さまは、皆に情報を伝えるために、ディアス兄さまを逃がしたのでしょう」


 ソフィアはディアスの視線を受け止めながら、答える。


「狩り場で起きた件について、私たちに伝えるために」

「だが、この敗北感はどうすればいい? 私はまた、大公どのに敗れた。乗り越えるべき相手に救われ、ここにいる。それを──」

「ディアス殿下! 落ち着いてください!」


 不意に、副官のノナが叫んだ。


「おみ足から血が出ております。リカルド殿下にられた傷が……」

「…………あ、ああ」


 痛みに気づいたかのように、ディアスが顔をしかめる。

 彼の両足には、包帯が巻かれていた。

 逃げるとき、リカルドに斬られたのだ。


 そのこともディアスにはショックだったのだろう。

 まさか弟が自分に刃を向けるとは。しかも、背後から切りつけるとは思っていなかったのだ。


「……リカルドには、しかるべきばつを与えなければならない」


 ディアスは歯がみしながら、そう言った。


「だが、あいつのことはどうでもいい。私は大公カロンに勝ちたいのだ。そのためには、あの人には無事でいてもらわなければならない。なにがあっても、どのような犠牲を払っても、大公どのは助け出す! そうだな。ノナ」

「殿下……」

「魔王領の錬金術師とやらは、まだ来ないのか」


 ディアスは応接間の扉に視線を向けた。


「今日の約束なのだろう? 帝国の皇子皇女を待たせるとは無礼な──」

「あの方は魔王領の高官です」


 ソフィアの鋭い視線が、ディアスを射た。


「他国の高官を、私たちの自由にはできません。それに、今回は私たちが来訪を願い出たのです。それをとやかく言うことの方が無礼では?」

「だが、あやつは元帝国貴族で──」

「関係ありません。あの方を侮辱ぶじょくすることは、このソフィアが許しません。たとえ皇太子殿下でも同じです。それを、お忘れなきよう」

「……あ、ああ」


 ソフィアの迫力に、ディアスはたじろぐ。

 久しぶりに会った妹姫の様子に、とまどいを隠せない様子だった。


 ディアスの知るソフィアは、病弱で、離宮から出ることもない、忘れられた皇女だ。

『不要姫』などと呼ぶ者もいた。


 けれど、今のソフィアは別人のようだ。

 健康的で、堂々とディアスと渡り合っている。

 そんな彼女だから頼りになると、大公カロンは考えたのだろう。


「──失礼いたします。両殿下」


 ドアの向こうで、部隊長アイザックの声がした。


「魔王領からの客人がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいでしょうか」

「トール・カナンさまとアグニス・フレイザッドさまですね」

「はい……ただ……」


 アイザックはとまどうように、


「アグニスどのは普段と違うお姿のようですが、いかがいたしましょう」

「構いません。お通ししてください」

「……はい」


 がちゃり、と、ドアが開いた。


 その向こうにいたのは、錬金術師のローブをまとった少年、トール・カナン。

 それと──深紅のよろいを身にまとった、アグニス・フレイザッドだった。





 ──トール視点──




「いらっしゃいませ。トール・カナンさま。アグニスさま」

「お招きに預かり、参りました」

「失礼いたす」


 俺は応接間に足を踏み入れた。

 後ろにいるアグニスは、よろいを身にまとっている。


『火炎耐性の鎧』とは違う。

 ライゼンガ将軍がアグニス用に、新たに作らせたものだ。


 金属製の胸当てに、深紅のマント。

 炎をかたどった装飾のついた膝当て。

 胸元では『健康増進ペンダント』が光っている。


 これがフレイザッド家の正装だ。


「お忙しいところ申し訳ありませんでした」


 ソフィアは、まったく動じていなかった。

 でも、皇太子ディアスは、気圧された様子で、


「そちらの方は、火炎将軍ライゼンガどのの……ご息女か」

「アグニス・フレイザッドと申す。帝国の皇太子殿下がいらしたということで、『火炎巨人』の眷属としての正装でうかがった。以後、お見知りおきを」


 ライゼンガ将軍っぽい口調で、アグニスは言った。

 今のアグニスは兜をつけていないから、表情がよくわかる。


 まゆを上げて、ちょっと怒ったような表情をしている。

 アグニス、がんばってる。

 来る前に何度も練習してたからね。ライゼンガ将軍っぽく話ができるように。


 皇太子ディアスは、帝国の重要人物だ。

『強さ』を最重要視する国の中枢にいる人物でもある。

 だから、それに対抗する権威として、アグニスに同行してもらったんだ。


 もっとも、着替えるときが大変だったけど。

 アグニスはずっと『火炎耐性の鎧』を着るとき、他になにも身に着けないようにしてたから、その時のくせで──いや、これは思い出さないようにしよう。

 今は、交渉の場だからね。


「錬金術師トール・カナン──いや、トール・カナンどのにたずねる」


 皇太子ディアスが、俺の方を見た。


「高名な火炎将軍ライゼンガどののご息女そくじょが、貴公の護衛を?」

「そうです。それと、アグニスさまはカロンさまと縁があるので」

「大公どのと?」

「あの方が国境地帯にいらしたとき、アグニスさまは手合わせされているのです。それで、アグニスさまも、カロンさまの身を案じていらっしゃるのですよ」

「────!?」


 皇太子ディアスが目を見開いた。


「大公カロンどのと、手合わせを? 勝敗は?」

「それは、今は関係のない話かと」

「……う、うむ」

「帝国内で異常事態が起こったとうかがいました。それでお呼び下さったんですよね。ソフィア殿下」

「そうです」


 俺の正面の席で、ソフィアがうなずいた。


「事情を聞かせていただけますか?」

「……承知いたしました。では、わたしが……」

「いや、ノナはひかえているがいい。私から話そう」


 皇太子ディアスは手を挙げて、話し始めようとしたノナさんを止めた。


 彼の後ろでノナさんは、真っ青な顔をしてる。

 カロンさんのことが心配で仕方ないんだろうな。


「最初に言っておく。私は、大公どのに救われた。あの方が『魔王領の錬金術師を頼れ』と言ったのだ。その意思には従う。あくまで、大公どののために」

「承知しております」

「そして、貴公のことは知っているよ。錬金術師トール・カナン」


 皇太子ディアスは、まっすぐ、俺を見た。

 俺も、その視線を受け止める。


 なんだか、不思議な感じだ。


 数ヶ月前までは俺も帝都にいた。

 皇帝一族の姿を目にすることもあった。

 毎年、新年になると、皇帝と皇太子は宮殿のバルコニーに姿を現したからだ。

 そこで、広場に集まった民に向けて、新年の言葉を述べるのが皇帝一族のならわしだった。


 俺も出向いたことがある。

 そのときは、皇帝一族から、すごい権威と威圧感が伝わってきた。

 でも、今はなんとも思わない。

 目の前に帝国の皇太子がいて、俺を見ている。ただそれだけだ。


 俺が変わったんだろうか。

 それとも、皇太子って、元々こういう人だったんだろうか。


「それでは、大公どのの願い通り、貴公にはすべてを伝えよう」


 俺をまっすぐに見据みすえたまま、皇太子ディアスは話し始めた。








「まるで、兵士たちがひとつの生き物になったようだった」


 最初に異常を感じたのは、大公カロンだったという。

 あの人は、四方八方から届く視線に気づいていたそうだ。

 まるで、大勢の人間が同時に、自分を見ているように感じたらしい。


 さらに、その場にいたリカルド皇子も、奇妙な行動を取っていた。

 彼は森から現れた獲物を、出現と同時に矢で射貫いぬいた。


 まだ、カロンもディアスも、獲物の存在にさえ、気づいていなかったのに。


 その上リカルド皇子は、手から血が出るほど勢いよく、矢を連射していた。

 痛みは、感じていないようだった。


 不気味な気配を感じた大公カロンは、森へと向かった。

 そこには獲物を追い立てるために、大公領の兵と、皇太子の兵がいるはずだった。

 大公カロンは彼らを連れて、狩り場から引き上げるつもりだったのだ。


 だが、そにはダフネ皇女と、リカルドの兵士たちがいた。

 ダフネ皇女は、ソフィアの妹姫にあたる人らしい。

 彼女は兵を指揮して、ディアスとカロンを拘束こうそくしようとした。


 兵士たちの動きが、おかしかった。

 ダフネ皇女は、なにも指示はしていなかった。

 なのに兵たちは、連携の取れた動きで大公領の兵士と、ディアスの部下たちを拘束していた。


「……信じられない光景だった。手練れの兵士たちが、次々と無力化されていったのだ」


 まるで悪夢のようだったと、ディアス皇子は言う。


「右から兵士の手が伸びてくる。それを払いのけようとした瞬間、反対側から身体を押さえられる。詠唱えいしょうをしようとすれば口をふさがれる。連携れんけいなどという、生やさしいものではない。敵兵十数人が、ひとつの生き物になったようだった」

「それでも大公さまは抵抗していました。けれど……」


 耐えきれなくなったように、ノナさんが口を挟んだ。

 許可を求めるように、皇太子ディアスを見る。ディアスがうなずく。


「……けれど、相手は帝国兵です。問答無用で斬り殺すわけにはまいりません」


 ノナさんは、話を続けた。


 大公カロンは帝国最強だ。

 だからこそ、彼は兵士たちを斬り伏せることに抵抗があった。

 殺さずに無力化しようとしたのだと、ノナさんは言う。


「大公さまには『豪剣閃ごうけんせん』という技がありました。魔力を込めて剣を振ることで、巨大な衝撃波を生み出す技です。さやをつけたままなら、他者を殺すことはありません。ですが──」

「奴らはそれをけたのだ」


 皇太子ディアスは、苦々しい口調で、そう言った。


「まるで、大公どのが技を使うのが、わかっていたかのようだった」


 大公カロンが剣に手を掛ける。腕に力を込める。足を一歩、踏み出す。さやを払うべきか一瞬迷い、結局、鞘のまま剣を振り上げる。魔力を込める──


 そうした動きを、兵士たち全員が捉えていたようだと、皇太子ディアスは言った。


「兵士たちのうち、数名の者が盾となり、『豪剣閃ごうけんせん』をまともに受けた。後ろにいる者は左右に分かれ、威力の弱まった衝撃波しょうげきはを避けた。技を放ったあとのわずかな隙を捉えて、大公どのに飛びついたのだ。」


 大公は数名を殴り倒し、再び衝撃波を放った。

 同じ手で避けられた。けれど、これは大公の誘いだった。


 大公カロンは、敵を自分に引きつける目的で、大技を放ったのだ。

 即座に大公は副官ノナに、ディアスを連れて逃げるように指示を出した。

『魔王領の錬金術師を訊ねて、力を借りろ』──と。


 ディアスは、拒否した。

 他の兵士たちと協力すれば、包囲を突破できると考えたからだ。

 だが、配下の兵士たちは、すでに動きを止めていた。


 リカルドが持つ、奇妙な板の効果だった。


 板には、奇妙な絵が映っていた。

 人が、なにか体操をしているように見えた。

 リカルドはそれを、ディアスの部下や、大公の部下に見せていた。

 後ろから手足を掴み、絵の中の人物と同じ動きをさせていた。


 なにかの魔力運用のようだった。

 そうしているうちに、ディアスと大公の部下たちは、抵抗を止めた。

 呆然ぼうぜんと、動きを止めてしまったのだ。


 再び大公カロンの「逃げろ」という声が響いた。

 次の瞬間、飛びついてきたリカルドが、ディアスに向けて剣を振った。

 足の怪我だけで済んだのは、ノナさんのおかげだ。


 馬に乗ったノナさんが、ディアスを馬上へと引っ張りあげたからだ。

 彼女が乗ったのは大公カロンの馬だ。丈夫で、足も速い。

 彼女はそのまま森を脱出した。


 そうして、ふたりは『ノーザの町』へとやって来たのだった。





「皇太子殿下にうかがいます」


 話を聞いたあと、俺は懐から、1枚の羊皮紙ようひしを取り出した。


「リカルド殿下が持っていた『奇妙な板』とは、こういうものではなかったですか?」


 羊皮紙に描かれているのは、『正義の精神感応スマホ』の絵だ。


『通販カタログ』には『スマホ』は載っていない。

 でも、『スマホケース』はある。だいたい、似たような形をしていた。


 となると、『カースド・スマホ』と『正義の精神感応スマホ』が同じ形をしている可能性がある。


「…………貴公は、どこでこれを」


 予想通りだった。

 皇太子ディアスはおどろいたように、目を見開いた。


「やっぱり、同じ形をしているんですね?」

「どうしてこれを知っている!? まさか! 貴公もリカルドたちと同じように!?」

「落ち着いてください。ディアス兄さま」


 立ち上がろうとしたディアスを制したのは、ソフィアだった。


「ノナさまのお話にもあったでしょう。リカルドたちの手首には、鎖のような印があったと。トール・カナンさまの手には、そのようなものはありませんよ」

「……では、なぜ、貴公はこのアイテムのことを知っているのだ!?」

「お教えすることはできます。けれど、その前にひとつ、約束してください」


 俺は皇太子ディアスと視線を合わせたまま、告げる。


 ルキエは、『カースド・スマホ』について、帝国に伝えるのは構わないと言っていた。


 というか、すでにソフィアがリアナ皇女宛に書状を出しているはずだ。

 こういう危険なものがあるから、触れないように、と。


 リアナ皇女が、ソフィアからの手紙を無視するわけがない。

 書状を読んでいるなら、指示に従うはずだ。『聖剣の姫君』が「こういう危険なものがあります」と帝都に言えば、無視はできない。ある程度の情報は伝わっているはず。


 そうなっていないということは、リアナ皇女は今、帝都にいないのだろう。

 もしかしたら、書状は帝都に留め置かれているのかもしれない。


「約束していただけますか? リカルド殿下が手にしているアイテムを、破壊すると」

「……なんだと」

「皇太子殿下のお話をうかがってわかりました。リカルド殿下が持っているアイテムは人を軍勢に……いえ、人を個人ではなく、群体にしてしまうものです。身体強化と感覚同調、そういう効果を持っていると考えられます」


 リカルド皇子が持っているのは間違いなく『カースド・スマホ』だ。

 その中にあるはずの『軍勢ぐんぜいわざ』は、たぶん、もう発動している。

 リカルド皇子やダフネ皇女、兵士たちを取り込んでいる。

 下手をすれば、大公カロンさえも。


『軍勢ノ技』は『ハード・クリーチャー』対策のために作られたものだ。

 だとすれば……それにかかったものは『ハード・クリーチャー』を召喚してしまうかもしれない。

 自分たちの強さを試すために。


 でも、ディアス皇子とノナさんの話を聞く限り、『軍勢ノ技』にかかった者は、理性が吹っ飛んじゃってる。

 そうじゃなかったら、皇太子や大公に手を出したりはしないだろう。

 そんな連中が召喚を始めたら、ところ構わず『ハード・クリーチャー』を呼びだして被害を拡大……ってことも起こりうる。

 できるだけ早く、対処する必要があるんだ。


「今回、俺とアグニスさまは、魔王領の名代みょうだいとしてここに来ています」


 だから俺もアグニスも、正装している。

 魔王ルキエからある程度の権限も、預かってきてる。

 帝国の皇太子と、対等の立場で、交渉をするために。



「皇太子ディアス殿下にうかがいます。今回の事件を解決するために、魔王領と対等の立場で協力する気はおありですか?」

「──な!?」

「リカルド殿下が使っている術は危険です。すべての人間、亜人、魔族が協力して対処する必要があります。どちらが上とか関係ありません。差別感情を気にしている暇もないんです」

「…………う」

「すぐに対処しなければいけません。帝都に確認してからでは遅すぎるんです。そして、俺たちには現場を見ているディアス殿下と、ノナさんの力が必要です」


 俺は深呼吸してから、続ける。


「もう一度うかがいます。皇太子ディアス殿下は、魔王領と対等の立場で協力することはできますか?」


 俺の後ろには鎧姿よろいすがたのアグニスがいる。

『ライゼンガ将軍の代理』という権威けんいを示してくれている。


 正面には真剣な表情のソフィアがいる。

 彼女はこの場の立会人でもある。

 皇太子ディアスの言葉の、その証人となるために。


 皇太子の後ろにいるノナさんは、緊張した表情だ。

 彼女は魔王領の力を知っている。

 この交渉の結果によって大公カロンの運命も決まる。そう思っているのだろう。


 そして皇太子ディアスは、じっと俺をにらんでいる。


 彼は帝国の中枢にいる人間だ。

 そして、次期皇帝でもある。


 自分が発する言葉の重みを、わかっているのだろう。

 彼はまだ、なにも言わない。

 俺とアグニスに視線を向けながら、じっと、考え込んでいる。


 だから、俺はじっと、皇太子ディアスの答えを待つ。

 共闘するか。それとも、それぞれに『カースド・スマホ』に対処するか。


 その結論を、待っていたのだった。




 



────────────────────


【お知らせです】


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」4巻の発売日が発表になりました。

 7月8日です!

 4巻は全体的に改稿を加えた上に、後半が新たに書き下ろした、書籍版オリジナルのお話になっています。

(ただいま原稿チェック中です。WEB版を金曜日に更新したのは、土日にがっつりチェックするためでもあったりします……)


 WEB版とは少し違うルートに入った、書籍版『創造錬金術師』4巻を、よろしくお願いします。

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