第194話「『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』を試す」

 ──トール視点──




「これが『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』の力だというのか……」


 魔王スタイルのルキエが呆然とつぶやいた。

 メイベルも目を見開いてる。


 ここは、魔王城の近くにある平原。

 そこで俺は『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』の実験をしていた。

 このアイテムは3点セットなんだけど、完成しているのはまだひとつだけ。

 だから、これは実験の第1段階ということになる。


 アイテムを作ったのは、『カースド・スマホ』対策のためだ。

 俺はソフィア皇女と話をして、『カースド・スマホ』が伝える『軍勢ノ技ぐんぜいのわざ』は、人を強化・変化させる魔術だという推論すいそくを立てた。


 だから、強化を無効化するアイテムが作ってみたんだ。

 それが『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』、その1なんだけど……。


「まさか……これほどの効果があるとは思わなかった」


 草原では、さっきまでミノタウロスの兵士さんたちが行軍訓練をしていた。

 でも、今はもう誰ひとりとして、動く者はいない。


 なぜなら──



「…………すぅ」

「…………すぴー」

「………… (すやすや)」



 ──みんな草原に横たわって、眠っちゃってるからだ。

 これが『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』の効果だった。


 ミノタウロスさんたちには行軍訓練をお願いした。

『軍勢ノ技』は人を強化して、戦いに向いた状態にするものらしいから、ミノタウロスさんたちを同じ状態にする必要があったんだ。

 彼らは指示通りに、行進したり、仲間同士で模擬戦闘をしてくれた。


 でも、『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』その1を使ったら、すべての動きが止まった。

 みんな、その場で気持ちよさそうに眠ってしまったんだ。

 訓練を指揮していたケルヴさんも一緒に。


 ケルヴさんは軍事訓練に参加する必要はなかったんだけど、本人が──


「最近の私は『ぬいぐるみスマホケース』のせいで、『かわいい』と言われ続けているのです。宰相さいしょうとしての威厳いげんを取り戻すため、行軍に参加させていただきます!」


 ──そう言って、強引に行軍に参加しちゃったんだ。


 そのケルヴさんも、今は身体を丸めて、気持ちよさそうに眠ってる。

 かわいいドラゴン型の『ぬいぐるみスマホケース』を枕にしてる。あれはいつ情報を開示するかわからないから、手放せないのはしょうがないよね。頑丈がんじょうだから枕にしても問題なしだ。


「おそろしいものじゃな。『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』とは」


 ルキエが、ぽつり、と、つぶやいた。


「しかも、これは3点セットのうちのひとつなのじゃろう?」

「そうですね。本当は『その2』の効果も見たかったんですけど、まだ完成してなくて……」

「逆に良かったのではないか? ふたつも使ったら、ケルヴたちが起きなくなってしまったかもしれぬ」

「そうかもしれませんね」

「まぁ、勇者を止めるためのアイテムなら、これほどの効果があるのも、理解できるのじゃが」


 ルキエは草原に置かれていた円盤えんばんを拾い上げた。


 これは勇者世界の『CDシーディー』──正確には、そのコピー品だ。

 金属製の円盤で、風の魔石を溶け込ませてある。

 さっきまで、これが振動しながら、『アルファー波』を発生させていた。


 軽くてあつかいやすく、しかも丈夫だ。

 薄いから、草むらに隠せば発見されにくい。

 ケルヴさんも、ミノタウロスの兵士さんたちも、周囲に配置された『アルファー波・超絶ちょうぜつリラックスCD』に気づかなかった。

 そのまま『アルファー波』の結界に包み込まれ、眠ってしまったんだ。


 このアイテムの正式名称は『アルファー波・超絶リラックスCD』。

『アルファー波』によって、対象に『究極のリラックス』という状態変化を与えるものだ。


 ちなみに『通販カタログ』には、こんなことが書かれていた。


────────────────


 最近、よく眠れない。

 家に帰っても、仕事の緊張が抜けない。そんなことはありませんか?


『アルファー波・超絶リラックスCD』で、究極のリラクゼーションを体験しましょう!

『アルファー波』には、人をリラックスさせる効果があると言われております。

 当社は独自の技術により、それを最大限に増幅することに成功しました。


 この『アルファー波・超絶リラックスCD』を使えば、仕事の緊張や日々のストレス、時間に追われる日々から、感覚的に自由になれます。

 寝室で使えば、子どものように安らかな眠りにつくことができるでしょう。

(当社独自の調査によるものです。医師の診断を受けたものではありません)


 どんなにがんばり屋さんでも、緊張状態をずっと続けることはできません。

 たまには明日の仕事を忘れるのもよいものです。


『アルファー波・超絶リラックスCD』で、ふにゃーっとした究極のリラックス状態を体験しましょう!


────────────────


 そして、これを参考に作ったマジックアイテムは──


────────────────


『アルファー波・超絶リラックスCD』

(属性:火火・風風風風・光光)(レア度:★★★★★★★★★★★★)



 強力な風属性と風の魔力で、優しい『心音』を作り出し、周囲に伝える。

 火属性と火の魔力により、優しい、人肌の温度を作り出し、周囲に伝える。

 光の魔力により『優しく抱きしめてくれるようなものの存在感』を作りだし、対象を包み込む。


 究極のリラクゼーションアイテム。

『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』その1。


心音アルファー波』を利用して、強力なリラックス効果を生み出す。

 優しい心音と、胎内にいるような優しい温度が対象を包み込む。

 それにより、魔力的な共鳴が起こり、対象は問答無用でリラックスしてしまう。

 この『アルファー波・超絶リラックスCD』の対象となったものは、まるで母親の胎内にいる赤子のように、安らいだ気持ちになる。


 形状は、勇者世界の『CD』に似た円盤形。

 その円盤が振動し、音声を発生させる。

 対象の周囲にばらまくことで、『アルファー波結界』を作り出すことができる。


 軽くて扱いやすいのが特徴。


 物理破壊耐性:★★

 耐用年数:半年


────────────────


 これは『防犯ブザー』とは真逆のコンセプトで作られている。

 あれは巨大な存在感を作り出して、相手を威嚇いかくするものだけど、これはその逆だ。

 光の魔力で『優しく包み込んでくれる存在感』を作り出して、対象を安らいだ気持ちにする効果がある。そのために勇者世界のアルファー波……心音が使われている。

 その力で対象を、問答無用でリラックス状態に落とし込む。

 それが勇者世界の『アルファー波・超絶リラックスCD』だ。


「アイテムの効果はわかったのじゃが……」


 ルキエは、安らかに眠るケルヴさんたちを見ながら、つぶやいた。


「『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』は、これひとつで十分なのではないか?」

「いえいえ、セットですから。他の2つも作るべきだと思います」

「じゃがなぁ……」


 魔王スタイルのルキエは、困ったように頭をいて、


「『アルファー波・超絶リラックスCD』だけでも、すでに軍勢をリラックス状態に導いておるのじゃ。3つのアイテムがそろってしまったら、一体なにが起こるのか……」

「でも、勇者世界の魔術を打ち破れるとは限りません」


 うまくいったのは、ケルヴさんたちの不意を突けたからだ。

 もしも『CD』の存在に気づかれたら、排除されていたかもしれない。

 それに、素早い敵が『アルファー波結界』の外に逃げることもあり得る。


「相手は勇者世界の『カースド・スマホ』です。警戒に警戒を重ねるべきです」

「わかった。トールの思うようにするがよい」

「ありがとうございます」

「ところで、気になっておったのじゃが」

「はい」

「『アルファー波・超絶リラックスCD』の『CD』とは、どういう意味じゃ?」

「『呪いを破壊するもの』──つまり『Curseカース Destroyerデストロイヤー』の頭文字だと思います」

「『カース』は、呪いという意味じゃったな」

「『デストロイヤー』の方は、勇者の言葉として残っています。『俺は常識の破壊者! コモンセンス・デストロイヤーだ!』とか『正義のための破壊者。フォージャスティス・デストロイヤー』とか」

「つまりこのアイテムには、呪いを破壊する効果があるのじゃな」

「『通販カタログ』には、音楽CDというものもありました。音楽は人の心を癒やすことができますよね。おそらく勇者たちは、戦いにあけくれる日々の癒やしとして、音楽を楽しんでいたのでしょう」

「ゆえに『CD』……『Curse Destroyer呪いの破壊者』か」

「さすが勇者世界ですね」

「戦いのさなかにも、自らをやそうとする考えるその姿勢、敬意に値する。帝国にも教えてやりたいものじゃな」

「帝国は戦うことしか知りませんからね……」


 帝国の人たちは『勇者のようになる!』という呪いに取り憑かれているようなものだからなぁ。

 それも『アルファー波・超絶リラックスCD』でなんとかできればいいんだけど。


「トールの考えはわかった。『人生と仕事がどうでもよくなるアイテム』の、残り2つの開発を進めるがいい。この『アルファー波・超絶リラックスCD』は魔王領の標準装備としよう」

「ありがとうございます。陛下」

「ところで……ケルヴたちは、いつ目覚めるのじゃろうか」

「疲れを取るためのアイテムですからね。じっくり眠ってスッキリしたら、目を覚ましますよ」

「ではそれまで、余たちも休むこととしよう」

「そうですね」

「うむ」


 うなずいたルキエは、魔王のローブをひるがえし、皆の前に出て、


「皆の者! ご苦労じゃった! アイテムの実験は成功した!」


 護衛の兵士たちに向かって、声をあげた。


「『カースド・スマホ』対策の第一段階は終了じゃ。第二、第三のアイテムが完成した際には、再び、実験に協力してもらうこととなろう。今日はこれまでじゃ。ケルヴたちが目覚めるまで休憩とする! 食事の用意はしてある。じっくりと、日々の疲れをやすがよい!」


「「「おおおおおおおおおおっ!」」」


 護衛の兵士さんたちが歓声を上げた。

 それでもケルヴさんとミノタウロス部隊の人たちは目覚めない。

 やっぱりすごいな。勇者世界の『アルファー波・超絶リラックスCD』って。


「心音と体温に、こんなにすごい力があるんですね」

「そうじゃな。余も体験してみたいものじゃ」

「わかりました。では、予備の『アルファー波・超絶リラックスCD』を──」

「実際に、体験してみたいものじゃな!」


 ……あれ?

 どうしてルキエはあさっての方向を見てるの?

 ちらちら横目で俺の方をうかがってるのは、どうして?


「陛下は、トールさまの心音でリラックスされたいのですよ」


 不意に、俺の耳にメイベルがささやいた。

 その声はルキエにも聞こえたみたいで、彼女は両手で仮面を押さえてる。表情を隠そうとしてるみたいだ。『認識阻害にんしきそがい』の仮面があるから、顔は見えないんだけどね。


「『アルファー波・超絶リラックスCD』は、心音と体温を表現してくれるものですよね?」


 メイド服姿のメイベルは、いたずらっぽい表情で、


「ですが、魔王陛下ほどのお方ならば、オリジナルの心音と体温を確認して知っておきたいと思うのは自然なことではないでしょうか。その方が『アルファー波・超絶リラックスCD』の機能を理解しやすいでしょうから」

「メイベルの言う通りじゃな!」


 ルキエは腰に手を当てて、じっと俺を見てる。


「余は魔王じゃからな。『CD』の元になった、本物の『心音アルファー波』がどのようなものか、体験しておく必要がある。そうでなければ、自信を持って使用許可を出すことはできぬからな」

「陛下のおっしゃる通りです!」


 なぜかルキエの隣で胸を反らしてるメイベル。


「それで……私もトールさまの助手として、正しい『心音アルファー波』を体験するべきだと思うのですが……陛下はどのようにお考えですか?」

「立派な考えだと思うぞ。メイベル」

「ありがとうございます」

「実に都合が……いや、覚悟があって良い言葉じゃ。ところで、メイベルよ」

「はい。ご指示の通り、天幕テントを用意しておきました」

「うむ。ケルヴたちはまだ起きぬようじゃし、余たちもそこで休むとしよう」

「……あの、ルキエさま、メイベル」


 ふたりに『心音アルファー波』を体験してもらうのはいいんだけど。

 準備が良すぎない?

 休憩きゅうけいのタイミングに天幕の用意に──ふたりとも、どこまで計画してたの?


 でもまぁ……別にいいか。

『アルファー波』を体験してもらうのは、確かに大切なことだ。

 俺も色々な人の『心音』を聞いておく必要がある。

 そうすれば『アルファー波・超絶リラックスCD』も、さらに強化できるだろう。


「わかりました。ルキエさまとメイベルにも『アルファー波』を体験してもらいます」

「う、うむ」

「よ、よろしくお願いします。トールさま」

「だから、おふたりも俺の研究に協力してください」

「……協力?」

「……トールさま。それって……」


 首をかしげるルキエと、なにかに気づいたようなメイベル。


 いい機会だからね。

 俺もルキエとメイベルの『アルファー波』を体験させてもらおう。


 そんなことを考えながら、俺はふたりと一緒に天幕に入ったんだけど──





「ほ、ほれ。仮面とローブは外したぞ。いつもの姿じゃ。

 それでは、ゆくぞ。トールの心音を確認する。う、うむ。トールは両腕を広げて、いつでも大丈夫という姿勢じゃな。で、では、まいるぞ。ていっ」


 ぽふん。


「ふ、ふむ……これがトールの『心音アルファー波』か……。確かに、こうしていると安心するのじゃ。温かくて、落ち着く……じゃが、どきどきもするな。む? 誰もが落ち着く普遍的な『心音』があるはず? それを探している? なるほど。『アルファー波』とは奥が深いのじゃな……。

 ん? どうしたメイベル? 交替? そうじゃな。余がトールの『心音』を独り占めするわけには……え? 違う?


 え、え、ええええ? トールが余の『心音』を体験するのか?

 いや、確かに研究に協力すると言ったな。わかった。魔王に二言にごんはない! さぁこい、トールよ……って、少しは躊躇ちゅうちょせよ……むむ? 落ち着く? 眠たくなってきた? また睡眠時間を削って作業をしておったか……っと、眠ってしもうた。まったく。


 ……本当に、ぐっすりと眠っておるな。

 トールの髪は……うむ。少し硬いな。じゃが、なでていると安心する。

 しかも……こうしていると、余の方が落ち着いてくるぞ。


『アルファー波』とは奥が深いものじゃな……。ほれ、メイベルよ。今のうちにトールの『心音』を堪能たんのうせよ。余が許す。照れることはない……いや、余も照れておるがな。こうやってふたりでトールを抱くのも……慣れねばならぬことで。


 そうそう、トールが眠っているうちに伝えておくが……余の誕生日にな……余は……メイベルも…………そう…………。





 ──俺は……ルキエの『心音』と体温を確認しているうちに、いつの間にか意識が遠くなり……そのまま、熟睡じゅくすいしてしまったのだった。






 ──数十分後──


「ふわぁ…………久しぶりに、ぐっすり眠った気がします」

「そ、そうか」

「それはよかったです……トールさま」


 あれ?

 どうしてルキエもメイベルも、真っ赤な顔してるの?

 ふたりであさっての方向を見てるのは、どうして……?


 俺は天幕の中で眠っていただけだよな。別におかしなことはしていないし。

 時間もそれほど経ってない。

 服もそのままだ。というか、眠る前より整ってる。あれ?


「……あの、ルキエさま。メイベル」

「さ、さぁ、そろそろ休憩も終わりじゃな!」

「宰相閣下も目を覚まされたかもしれません。参りましょう!」


 ふたりは視線をらしたまま立ち上がる。

 そうして、3人で天幕を出ようとしたとき──



「錬金術師さまー! 緊急きんきゅうの伝令でございますーっ!!」



 突然、天幕に羽妖精ピクシーのソレーユが飛びこんできた。

 大慌てだった。

 俺を見つけると、まっすぐに飛んで来て──力尽きたみたいに……って、ちょっと。


「大丈夫? ソレーユ!?」


 俺はあわてて、ソレーユの身体を受け止めた。

 腕の中で、ソレーユは荒い息をつきながら、


「だ、大丈夫なのよ」

「どうしたの。そんなに急いで」

「す、すぐにお伝えいたします。落ち着くために、最近流行のあれを……錬金術師さまの……」

「『アルファー波』?」

「は、はい。ソフィアさまも体験されたという、それを」


 あ、こら。ソレーユ。

 それは秘密にしといて欲しかったんだけど……。


 ほら。ルキエは俺をじーっと見てるし。

 メイベルは予想通りだったみたいで、納得したようにうなずいてるし。


 俺はソレーユを抱えたまま、その頬を、俺の胸の辺りに触れさせる。

 体温と心音に安心したのか、ソレーユがほっと息をつく。

 羽妖精は自然発生するはずなんだけど、なぜか心音で落ち着くらしい。不思議だね。


「それで、伝令って?」

「は、はい。ソフィアさまのもとに、帝国からお客人がいらしたのよ」

「客人というと、リアナ皇女? それとも大公さま?」

「大公さまの副官のノナさまなのよ」

「ノナさんか。久しぶりだね」


 大公カロンの副官のノナさんは、前にリアナ皇女と一緒に『ノーザの町』に来たことがある。

 親切な人で、ソフィアからも信頼されてる。

 ソフィアの話によると、大公カロンにひそかな恋心を抱いているらしい。

 その人がソフィアの元を訪ねたってことは──


「もしかして、また大公カロンが来るの?」

「違うの。ノナさまは、別の方を連れて来たの」

「別の方。誰?」

「お名前はディアス・ドルガリア。ソフィアさまの兄君なのよ」

「……え?」

「「────!?」」


 一瞬、天幕に沈黙が落ちた。

 ソフィア皇女の兄ディアス?

 帝国の皇太子・・・・・・──次期皇帝が『ノーザの町』に?


「帝国の皇太子が『ノーザの町』に、じゃと?」


 ルキエが緊張した声をあげる。


「となると、護衛部隊も来ておるはずじゃな。帝国の皇太子の護衛ともなれば、数十人……いや、百人を超えるかもしれぬ。それが国境地帯に来たというのか!?」

「違うの。来たのはノナさまと、ディアス皇子だけなの」


 ソレーユはかぶりを振った。


「異常事態が起きたらしいの。大公さまとディアス皇子、その部下が悪者たちに襲われて……大公カロンさまが、ノナさまとディアス皇子を逃がしたらしいの」

「……なんじゃと?」

「大公さまはノナさまに『魔王領の錬金術師どのを頼るのだ』と命じたの。ディアス皇子は……怪我をしていたから、護衛なしで動くわけにはいかなくて、一緒に」


 大公カロンが悪者に襲われた?

 しかも、自分は逃げることができず……ノナさんとディアス皇子だけを逃がした?

 そんなことがあり得るのか?


 大公カロンは元剣聖だ。帝国では、最強に近い。

 ディアス皇子が一緒なら、護衛の兵士もいたはずだ。

 なのに、ディアス皇子とノナさんを逃がすので精一杯だった……って。


 それは大公カロンが、相手を倒せなかったということだろうか。

 襲ってきた連中が強かったか、あるいは、攻撃できない相手──同じ帝国兵か、帝国の偉い人だったか──そういう可能性もある。

 でも、帝国兵や帝国の偉い人が、大公カロンを襲うことは考えづらい。

 そもそも勝てないし、勝ったとしても、大公国と帝国との間で問題になる。


 それでも大公カロンを襲う者がいるとしたら──まさか。


「大公カロンを襲った者が『カースド・スマホ』を手に入れていた、とか?」


『カースド・スマホ』は2つある。

 そのうちのひとつを、帝国内の誰かが手に入れていてもおかしくない。

 そして『カースド・スマホ』に入っているのは、勇者世界の魔術だ。

 それを使って大公カロンを圧倒したと考えれば、つじつまが合う。


「すまぬ。トールよ。『ノーザの町』に行ってくれるか?」


 ルキエは即座に判断を下した。


「『カースド・スマホ』が関わっているかどうかはわからぬ。じゃが、異常事態なのは間違いない。魔王領に火の粉がふりかかる可能性もあるゆえ、話を聞いてきて欲しいのじゃ」

「承知しました!」


 俺は答えた。


「でも、相手が皇太子なら、強い人に同行してもらった方がいいですね」


 ソフィアなら、知ってることすべてを教えてくれるはずだ。

 でも、ディアス皇子はわからない。

 相手は帝国の皇太子だからな。『戦えない錬金術師と話はしない』とか言うかもしれない。


「ライゼンガ将軍に同行してもらうのはどうでしょうか?」

「難しいな。万一のときに軍を動かせるように、ライゼンガは待機させておいた方がよかろう」

「わかりました。では、アグニスさんに同行してもらいます」

「アグニスは以前、大公カロンと手合わせをしておったな」

「そうです。いい勝負をしてました。そのアグニスさんが一緒なら、帝国の皇太子も強くは出られないでしょう」

「じゃが……アグニスは優しい性格じゃ」


 ルキエは少し、考えるしぐさをした。


「そこのところを、トールがフォローしてやってくれ。よいな」

「承知しました」


 よし。アグニスには、ライゼンガ将軍を真似してもらおう。

 俺が初めて出会ったときのように、かなり強そうな感じで。

 相手は帝国の皇太子だ。強さを最重視している国の総本山。その中枢にいる人だからね。

 向こうが強く出たときのために、対策を立てておいた方がいいだろう。


 そんなことを考えながら、俺とメイベルは旅の準備を始めたのだった。

 




 



────────────────────


【お知らせです】


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」4巻の発売日が発表になりました。

 7月8日です!

 4巻は全体的に改稿を加えた上に、後半が新たに書き下ろした、書籍版オリジナルのお話になっています。


 WEB版とは少し違うルートに入った、書籍版『創造錬金術師』4巻を、よろしくお願いします。

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