第206話「空飛ぶ魔王、帝国皇太子と会談する」

 ──数分前。トール視点──



 俺はルキエと一緒に、地上へと向かっていた。


 空中に浮かんでいる間、ルキエは楽しそうに景色を眺めていた。

 でも、俺はそんな余裕はなかった。

 手元の『コントローラー』を操るのに精一杯せいいっぱいだったからだ。


「やっぱり思考で操作するより、操作用のアイテムを使う方が安全だな」


 思考は、自分でも操作できないことがあるもんな。

『コントローラー』の『ボタン』で操作した方が確実だ。


『ボタン』なら、押した通りに飛べるし、押さなければその場に浮いたままだ。

 俺もルキエも安心して空中を移動できる。

 そのためのアイテムが、『通販カタログ』には用意されていたんだ。


 やっぱり勇者世界はすごいな。

 魔術を操る『コントローラー』なんて、普通じゃ思いつかないよな……。


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『レトロコントローラー』


 古いハードを手に入れたのに、コントローラーがなくて使えない。

 そんなことはありませんか? ありますよね?


 当社の『レトロコントローラー』があれば、問題解決です!


『レトロコントローラー』は、昔ながらの十字キーとAボタン、Bボタンを装備。

 連射装置も備えています。


 これさえあれば、あなたも撃墜王げきついおう間違いなし!

 当社の『レトロコントローラー』を手に、いにしえの戦いに向かいましょう!


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『コントローラー』系のアイテムは、たくさんの種類があった。

 ボタンがたくさんついたものや、手袋のようなものも。


 でも、初めて作るわけだからね。

 一番ボタンの少ないものを選んで、コピーすることにしたんだ。


 その結果できあがったのが、この『汎用はんようコントローラー』だ。


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汎用はんようコントローラー』

(属性:地・水・火・風風・光・闇)

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★)


 全属性の魔力より、トール・カナンが作ったすべてのマジックアイテムに接続することができる。

 全属性の魔力により、あらゆるマジックアイテムを操作する力を持つ。

 強い風属性により、離れたところにあるマジックアイテムにも、魔力で繋がることができる。


 勇者世界の『レトロコントローラー』を参考に作られたアイテム。

『十字キー』『Aボタン』『Bボタン』、およびその他のボタンを備えている。

 謎の連射装置がついているため、高速でボタンを叩くこともできる。


 トール・カナンがこれまで作った全アイテムに接続可能。

 アイテムの効果に対応するボタンは、自由に設定できる。


 例えば飛行用アイテムの『隕鉄いんてつサークレット』に接続すれば、Aボタンで上昇、Bボタンで下降、十字キーで前後水平移動することができる。

(トール・カナンはAB同時押しで、緊急安全降下するように設定している)


 物理破壊耐性:★★

(精密機器せいみつききです。高いところ (500メートル以上)から落としたり、氷結系・火炎系の魔術をぶつけるのはやめましょう)


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『レトロコントローラー』はおそらく、戦闘用のアイテムだろう。

 説明文に『撃墜王げきついおう』って書いてあるからね。

 勇者たちは、これで空を飛ぶ魔獣を撃ち落としていたんだろうな。


 現に魔術詠唱まじゅつえいしょうアイテムの『ICインスタント・キャストレコーダー』に、『汎用コントローラー』を接続したら、とんでもない効果を発揮したからなぁ。


 連射装置が強すぎたんだ。

 まさか1秒間に、20発近くの魔術が連射されるとは思わなかった。

 試してくれたライゼンガ将軍も、一瞬で魔力が尽きてヘロヘロになってた。


火炎巨人イフリート』の眷属けんぞくで、強力な火の魔力を持つ将軍でさえこれだ。

 他の者に使えるわけがない。

 まさにこれは、勇者専用のアイテムなんだ。


 ちなみに、将軍が魔術の標的にしてた岩壁は穴だらけになり、溶けてドロドロになってた。

ICインスタント・キャストレコーダー』と『汎用はんようコントローラー』の組み合わせは危険すぎる。

 それが俺と、宰相ケルヴさんの判断だった。


 でも、飛行の制御には使うのは許可が出た。

 飛行制御のためなら、魔力の消費も少ない。

 逆に安定して、上昇・下降したり、水平移動したりできる。


 だから俺も、ルキエの『隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』にコントローラーを接続して、一緒に空を飛ぶことができたんだ。


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隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』

(属性:火・風風風・宙宙宙宙そらそらそらそら

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★)


隕鉄いんてつ』によって生み出された宙属性そらぞくせいにより、使用者を浮遊させる。

 強力な風属性により、使用者を前後左右・上下に移動させる。

 強力な風属性により、使用者を空気のクッションで包み込み、保護ほごする。

 火属性により、使用者の体温を一定に保つ。


 使用者に飛行能力を与えるサークレット。

 宙属性そらぞくせいと風属性により、浮遊と移動の能力を持つ。

 使用者の周辺に『浮遊フィールド』を作り出すため、数人をまとめて浮遊させることもできる。


 くさりの部分には魔力を宿した魔石が溶け込んでいる。

 使用者自身からも魔力を補給できるので、使用時間は恐ろしく長い。


 宙属性は、一度起動してしまえば常に効果を発揮するので、魔力が尽きても使用者が落下することはない。


 物理破壊耐性:★★★★


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 これが、ルキエの『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブの代わりになるアイテムだ。

 この『隕鉄浮遊サークレット』があれば、ルキエは自由に空を飛べる。

『認識阻害』で姿を隠す必要なんてない。

 空中から堂々と登場すれば、みんな度肝どぎもを抜かれる。

 そう考えて、俺はこのアイテムを作りあげたんだ。


 もちろん魔王領内でも実験してある。

 城のミノタウロスさんも、エルフさんも、ドワーフさんもリザードマンさんも、みんなびっくりしてた。ひざまづいて、ルキエをおがむ人もいた。


 そりゃそうだ。

 魔王が空中浮遊して、城の上空から登場するんだから。

 素顔をさらしたときよりも、インパクトがあったんじゃないだろうか。


「……本当に、すごいものを作ってくれたな。トールよ」


 俺の耳元で、ルキエがささやく。


「『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブの代わりになるものを……とは言ったが、これはやりすぎじゃ。皇太子も大公も、帝国の高官たちも呆然ぼうぜんとしておるぞ」

「それは、空飛ぶルキエさまがかっこいいからですね」


 ルキエは今、金色の髪を揺らして、マントをひるがえして飛行してる。

 そんなの、かっこいいに決まってる。


 でも、俺はまだ、地上から『空飛ぶルキエ』を見たことがないんだよな。

 毎回、一緒に飛んでるから。

 地上から見上げたルキエの姿って、かっこいいだろうな……。


「時間があるときでいいから、空飛ぶルキエさまを見せてくれませんか?」

「そんなものは、いつでも見せてやるのじゃ」

「そうなんですか?」

「うむ、余はもはや、お主に対して隠すところなどなにもない。こうして……高所にいる余が震えておるところも、緊張しておるところも、トールだけは知っておるのじゃから」


 そう言ってルキエは、笑ってみせた。


「お主にはもう……隠すことなどなにもない。そういうことじゃ。ふふっ」


 ささやいてから、ルキエは帝国の使節団に向き直る。

 俺は最後に1回だけ、ボタンを押した。

 俺とルキエはゆっくりと降下する。足の裏が、地面に触れる。


 それを確認してから、ルキエはゆっくりと、俺の手を放した。


「待っておったぞ。帝国の方々よ。余が、魔王ルキエ・エヴァーガルドじゃ!」


 ルキエは高らかに宣言した。


「よくぞ魔王領に参られた。歓迎しよう。さぁ、おたがいの国の今後について、会談を始めようではないか!」

「う、うむ。承知した。魔王どの」

「「「……お、お願いいたします。ディアス殿下」」」


 皇太子ディアスが声を上げ、高官たちが唱和しょうわする。

 


 そうして、魔王と、帝国高官たちによる会談が始まったのだった。






 それから、ルキエと皇太子ディアスは、会談用の天幕てんまくに入った。


 天幕の入り口は解放されている。

 皆が、話を聞くことができるように。

 それと、帝国側を警戒させないためだ。


 中にいるのは数名だけ。


 魔王領側は、魔王ルキエ、宰相ケルヴ、錬金術師トールの3名。

 帝国側は、皇太子ディアス、大公カロン、リアナ皇女の3名。


 ちなみにソフィア皇女は、天幕の入り口の一番近いところに立って、会談の様子を見つめている。帝国側の高官たちとは、距離がある。

 高官たちは魔王領側を恐れているのか、天幕を遠巻きにしているからだ。


 ──皇太子と皇女の護衛は、元剣聖の大公カロンが側にいるから大丈夫。


 会談の前に、高官たちはそんなことを言っていた。


 でも、危険なんかなにもない。

 会談の議題は決まっている。内容も、書状をやりとりして、まとめてある。


 会談の目的は、皆が見ている前で調印し、条約を公式のものにすること。

 それだけだ。


「魔王どのと、魔王領の方々には、改めてお礼を申し上げます」


 会談の口火くちびを切ったのは、皇太子ディアスだった。


「私の弟妹であるリカルドとダフネを止めてくれたことと、ダリル・ザンノーの一味を捕らえてくれたことに、心から感謝しております」

「感謝されるほどのことはしておらぬよ。帝国の皇太子どの」


 ルキエはゆったりとした口調で答える。


「今回の事件は、勇者世界から送り込まれた『カースド・スマホ』が原因じゃ。我らはそれを止めるようにと、勇者世界から依頼を受けておる。余たちはそれに同意しただけじゃ」

「勇者世界からは、『正義のスマホ』なるものが送られてきたと聞いています」

「うむ。今は宰相ケルヴが管理しておる」

「もしや、宰相閣下が腕につけられている、かわいいぬいぐるみとなにか関係が?」

「そうじゃな。『正義のスマホ』はあの中にある。ぬいぐるみは『正義のスマホ』を保護するためのものじゃよ」

「かわいいですね」

「うむ。かわいいものだな」

「キュンキューンですね」


 皇太子ディアス、大公カロン、リアナ皇女の視線がケルヴさんに集中する。

 ケルヴさんは苦いものを飲み込んだような顔で、視線を受け止めてる。


「話を戻します。『カースド・スマホ』と『軍勢ぐんぜいわざ』がまつわる事件を解決していただいたことで、帝国は……少なくともこのディアスは、魔王領を味方だと考えるようになりました。だから、正式な友好関係と国交を結びたいと考えているのです」


 皇太子ディアスは、天幕の外にも声を届かせようとするように、宣言した。


「『不戦協定』ではなく、正式な友好条約を締結したいのです。いかがでしょうか」

「ディアス殿下の提案に感謝する。魔王領の王として、快くお受けしよう」

「感謝する。ですが……」

「これが恒久的こうきゅうてきなものになるかどうかはわからぬ、ということじゃな?」


 ディアスの言葉を先読みして、ルキエは言った。

 皇太子ディアスは、痛いところを突かれたのか、苦々しい表情で、


「おっしゃる通りです。魔王領との友好関係は……条約締結の時点より、皇帝となった私が退位するまで、ということになっております。これは、私の力不足によるものですが……」

「十分じゃよ。先のことなどわからぬのじゃから」


 ルキエは、からからと笑ってみせた。


「帝国の使節団も、魔王がこんな姿で、空を飛んで現れるとは思わなかったじゃろう? そういうものじゃ。余たちにわかる未来など、ほんの一握りのことじゃよ。先のことなど……わからぬものなのじゃ」

「同感です。魔王どの」


 皇太子ディアスがうなずく。


「私は……皇帝陛下の長子ちょうしとして生まれました。帝国のあり方についても、これがずっと続くのだと、信じて疑いませんでした。つい最近までは、魔王領に足を運ぶなど、想像もしていなかったのです」

「ご自分を卑下ひげすることはありませんぞ。皇太子殿下は、ご自身で魔王領におもむくご決断をされたのですからな!」


 不意に、大公カロンが口をはさんだ。

 彼は一礼して、勝手に発言したことをびながら、小声で、


「……そんな皇太子殿下を、私はほこりに思っております。事件解決後、即座に友好条約について打ち出した、その決断力も。もはや私がかなうものではありませぬな」

「大公どのが、私を認めてくださる!?」


 皇太子ディアスは目を見開いた。


「……そうか。私が求めていたのは……これだったのか。これでよかったのか……」


 感極まったように、皇太子ディアスはこぶしを握りしめた。


 皇太子ディアスはこれまで、何度も大公カロンに挑戦してたらしい。

 そんな大公カロンに認めてもらえたのが、嬉しくて仕方ないんだろうな。


「ともあれ、魔王領と帝国の間で、合意はなされた」


 皇太子ディアスが落ち着くのを待ち、ルキエは言った。


「あとは文書に調印するだけじゃな。ケルヴよ」

「はっ。こちらに用意してございます」


 ケルヴさんは羊皮紙ようひしを取り出した。


「内容をご確認ください。帝国の方々」

「感謝します。条約の内容はこれでよいのですが……ひとつ、項目を付け加えてもよろしいでしょうか」


 羊皮紙ようひしに目を通したディアス王子は、魔王ルキエを見て、


「実は……友好関係を深めるため、魔王領に留学生をひとり、派遣させたいのです」

「留学生をじゃと?」

「そうです。将来、このディアスを補佐ほさしてくれる者を。異国の文化に触れさせることで、その者の成長をうながせればと思っているのです」

「皇太子殿下の、将来の側近をか……」

「その者は、とても能力の高い人間なのです。ただ、不器用で世間知らずで……その上、言葉足らずなところがあります。このままでは持って生まれた才能を活かせずに、ひとりの剣士で終わってしまうかもしれません」


 皇太子ディアスは続ける。


「ですが、将来、皇帝となった私には、私の方針を理解した上で、補佐してくれる者が必要となります。大公どのも補佐役ほさやくいてくれると約束してくれたのですが……」

「私もとしだ。ディアスどのの御代みよに、最後まで付き合うことはできまい」


 残念そうにうなずく、大公カロン。


「私からもお願いする。留学生を受け入れていただけないだろうか。魔王陛下。宰相閣下」

「……魔王領に、ディアス殿下の側近となる者を留学させる……ですか」


 ケルヴさんがたずねる。


「確かに、おたがいを知るには、良いことだと思いますが……陛下のお考えは?」

「異論はない……と言いたいが、難しいな。どのような者が来るかわからぬからな。帝国出身者の知人は少ない。能力があって、不器用で世間知らずで言葉足らずと言われても……ん?」


 ルキエは不意に、俺の方を見た。

 なにかを確認するように、うなずく。

 皇太子ディアスの言葉が誰をしているのか、気づいたみたいだ。


 俺は他の者から見えないように、テーブルの向かい側を指し示す。

「え? え? え?」って感じで周囲を見回している、リアナ皇女を。


「私は、妹姫であるリアナを、魔王領に留学させたいと考えているのです」


 皇太子ディアスは続ける。


「リアナは、魔王領の方々と関わるようになってから、いちじるしく成長しています。ならば、魔王領で他種族と触れ合い、異なる文化を学ぶことで、リアナはより、その才能をばせると思うのです」

「……わ、私が、魔王領への留学生に?」

「そうだ。そして将来、皇帝となった私を、側で支えて欲しいのだよ」


 妹姫に向かってうなずきかける、皇太子ディアス。

 それから皇太子ディアスは、椅子から立ち上がり、


「いかがでしょうか、魔王領の方々。帝国と魔王領の友好を深めるためにも、留学生として、リアナを受け入れていただけないでしょうか」


 ──緊張した口調で、そんなことを宣言したのだった。





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