第207話「魔王と宰相と錬金術師、留学生の受け入れで悩む」

 ──数日後──




 魔王ルキエと皇太子ディアスの会談は無事に終了した。

 魔王領と帝国の友好関係も成立し、必要書類への署名しょめい調印ちょういんも行われた。

 皇太子ディアスは満足そうに、高官たちは震えながら、帝都へと戻っていった。

 大公カロンとリアナ皇女は、しばらく『ノーザの町』に滞在するらしい。


 これで正式に、魔王領と帝国は友好国になった。

 これからは交易も盛んになるだろう。

 帝国につられて、諸外国も魔王領との友好関係を希望するかもしれない。

 皇太子との会談は、それだけ大きなことだったんだ。


 だけど、問題は──


「リアナ皇女を留学生として、受け入れるかどうかじゃな……」


 玉座の間で、ルキエは考え込んでいた。

 皇太子ディアスとの会談が終わって、数日が過ぎている。

 彼の『リアナを魔王領に留学させたい』という提案については、保留にしてある。


 あまりにも突然過ぎたからだ。

 だから、魔王領で話し合って、あとで結論を伝えるということにしたんだ。


「魔王領と帝国は正式に国交を開いた。留学生くらいは受け入れてもよいと思う」


 ルキエは言った。


「問題は、留学生がリアナ皇女ということじゃな。彼女は帝国の皇子皇女の中でも、極めて高い地位におる。そのような人物を受け入れるとなれば、細心の注意が必要じゃ。民も緊張するであろう」

「リアナ皇女自身は、悪い人じゃないんですけどね」

「それはわかる。じゃが『魔獣ガルガロッサ討伐戦』の時のこともある。魔王領の者たちは、あのときのリアナ皇女しか知らぬ。彼女を見恐れている者もおろう」

「……そうですね」


『魔獣ガルガロッサ討伐戦』の時、リアナ皇女の部隊は魔王領軍を出し抜き、勝手に魔獣に戦闘を仕掛けた。そのせいで危機に陥り、結局、『レーザーポインター』を装備したルキエたちに助けられたんだ。


 リアナ皇女の行動は軍務大臣ザグランの指示によるものだった。

 当時の彼女は、教育係のザグランに逆らえなかったんだ。

 それであんな結果になったわけだけど……今はもうザグランはいないし、リアナ皇女も変わってきている。


 俺も、リアナ皇女自身は不器用な、感覚派の女の子だって知ってる。

 それがわかったのはソフィアのおかげだ。

 そのソフィアはアグニスの友だちで、人間以外の人々にもわけへだてなく接している。魔王領のみんなも、ソフィアのことは気に入っている。

 だから──


「リアナ皇女のことを『聖剣の姫君』ではなく、『ソフィア皇女の妹』として紹介すれば、みんなも受け入れてくれると思います」

「……そうじゃな」


 ルキエは口を押さえて、笑った。


「ソフィア皇女は交易所に来るたび、皆に優しい言葉をかけてくれる。魔王領の商人にも、当たり前のように、商品について訊ねたりしておる。彼女はすでに交易所の名物となっておるようじゃ」

羽妖精ピクシーのみんなも、ソフィアとは仲良しです」

「そんなソフィア皇女の妹としてならば、皆も受け入れてくれるじゃろう」

「……はい。それは陛下と、トールどののおっしゃる通りだと思います」


 不意に、ケルヴさんが声をあげた。


「問題は帝国側の思惑おもわくです。なぜ、このタイミングでリアナ皇女を魔王領に派遣しようと思ったのか、それについても考えるべきかと」

「そうじゃな。皇太子ディアスは優秀な人物じゃ。友好関係を結んだとはいえ、油断すべきではないな……」


 ルキエはうなずいた。


「今回の件について、ケルヴはどう思う? リアナ皇女が留学生に選ばれた理由について、どう考えておるのじゃ?」

「おそらくは……リアナ皇女が『聖剣の姫君』であるから、留学生に選ばれたのだと考えております」


 ケルヴさんは俺とルキエを見て、


「皇太子ディアスが述べた『自分の側近を育てたい』というのは真実でしょう。彼が帝位に就くことも間違いありません。高官たちが旧態依然きゅうたいいぜんとしている現状を考えれば、次期皇帝として、自分の考えに共感してくれる側近を欲するのは当然のことかと」

「じゃが、側近ならばソフィア皇女でも良いはずじゃ。リアナ皇女が選ばれる理由にはならぬ」

「ソフィア皇女は魔王領に近すぎます。あの方は、トールどのの側室希望と明言しておりますからね」


 ……そんなこともあったね。

 だからそれに対抗するために、メイベルが俺の婚約者になったんだけど。


「帝国においてソフィア皇女は、すでに魔王領の側の人間として捉えられているでしょう。そのような方が皇帝の側近になるのは不可能かと」


 ケルヴさんは続ける。


「ですが、リアナ皇女ならば、どれほど魔王領の者と仲良くなったとしても問題ありません。帝国側の者として扱われるはずです。彼女は『聖剣の姫君』なのですから」

「……そういうことか」

「……なるほど。聖剣に選ばれていることが、リアナ皇女が『帝国側の人間』であることの証明になるわけですね」

「少なくとも高官会議は、それを否定できないでしょう」


 さすがはケルヴさん。すごい着眼点だ。


 リアナ皇女は『聖剣ドルガリア』の適格者だ。

 そして、聖剣は帝国の力の象徴でもある。


 その聖剣がリアナ皇女を認めている以上、彼女は『帝国の力の象徴が認めた者』としてあつかわれる。

 彼女がいくら魔王領と親しくても関係ない。

 リアナ皇女が、自分が帝国側の人間だと証明するのは簡単だ。

 魔王領に留学して、帝国に戻ったあとで、宝物庫にある『聖剣ドルガリア』に触れればいい。それで聖剣が彼女を認めれば『帝国の力の象徴が、リアナ皇女を認めた』ことになる。

 皇太子ディアスは堂々と、リアナ皇女を側近にすることができるんだ。


「──これが、私の考えです」

「納得できるのじゃ」

「さすが宰相閣下。ご賢察です!」


 本当にすごいな、ケルヴさんは。

 皇太子ディアスの思惑を完全に読んでいる。


「つまり、皇太子ディアスは本心から、側近を育てようとしているということですか。リアナ皇女を選んだのはそのためで、特に企んでいることはないと?」

「……いいえ」


 俺の問いに、ケルヴさんは首を横に振った。


たくらみはあると見るべきでしょう」

「リアナ皇女にそのようなことが可能じゃろうか?」


 ルキエは首をかしげた。


「トールとソフィア皇女の話を聞く限り、リアナ皇女は不器用で、感覚派の天然であろう? 仮に皇太子ディアスが策を考えていたとしても、リアナ皇女に実行は不可能ではないのか?」

「だからこそ、できることはあるのです」

「と言うと?」

「おそらく、狙いはトールどのでしょう」


 ……え? 俺?

 思わず俺は自分を指さした。

 皇太子ディアスが俺を狙う? え? なんで?


「トールどのは凄まじい力を持つ錬金術師です。帝国が取り戻そうと考えてもおかしくはありません」

「いや、俺は帝国に戻る気はありませんけど」

「わかっております」

「俺は魔王陛下やメイベル、アグニスがいる魔王領が好きです。宰相閣下もライゼンガ将軍も、エルテさんのことも尊敬しています。魔王領にいるみんなのために、もっとマジックアイテムを作りたいと考えています」

「も、もちろん、わかっております!」

「お疑いなら、信じていただくためのマジックアイテムを作ります。10個でも100個でも作ります。それを宰相閣下にチェックしていただけば、俺の思いもわかって──」

「わかっております! わかっておりますから作る必要はありません!! ないですから!!」


 ケルヴさんは慌てたように叫んだ。

 それから、咳払いして、


「トールどのを疑ってはおりません。問題は、リアナ皇女の方にあるのです」

「もしや……魔王領に来たリアナ皇女が、トールを頼るということか?」


 ふと、ルキエが口を開いた。


「留学生のリアナ皇女は、間違いなくトールを頼り、親しくすることになる。トールべったりになるかもしれぬ。ケルヴは、そこに問題があると考えておるのか?」

「ご明察です。殿下」


 ケルヴさんはルキエに一礼して、


「リアナ皇女が魔王領に派遣された場合、まず頼るのはトールどのです。同じ帝国出身であり、双子の姉のソフィア皇女とも親しい。となれば、リアナ皇女は魔王領での生活指導を、トールどのに頼ることになります」

「……確かに、そうかもしれませんね」


 それはあり得る。

 逆の立場だったら、俺でもそうするかもしれない。


「トールどのも、感覚派のリアナ皇女が困っていたら助けるでしょう?」


 ……うん。たぶん助ける。


 というか、リアナ皇女と魔王領の人たちが、いきなり話を通じ合わせるのは難しいだろう。

 リアナ皇女は会話中、突然、擬音ぎおんが飛び出すし。

『お風呂はこの階段をシューンと進んでギュインとですね?』とか言いそうだ。

 それを魔王領のみんなが理解するのは無理だろう。


 リアナ皇女は『正しい皇女』の役になりきれば、普通に会話ができる。

 でも、慣れない魔王領で、ずっとそれを続けるのは難しい。

 それに、その状態のリアナ皇女は偉そうだから、魔王領の人たちは近寄りにくくなる。となると結局、俺やメイベル、アグニスとしか話ができなくなる。

 それじゃ留学生として来た意味がない。

 

「リアナ皇女が魔王領に来たら……助けますね。というか、俺が側で彼女を補助するかもしれません」

「はい。そして魔王領の者たちは、その光景を目の当たりにすることになります」


 ケルヴさんは真剣な表情で、


「もちろん、私や陛下はトールどのことをよく知っています。トールどのとリアナ皇女が親しくしていたとしても、気分を害することはありません。ですが、魔王領の民はどうでしょうか?」

「俺がリアナ皇女と親しくしているのを見て、嫌な気分になるということですか?」

「あくまでも、その恐れがあるということです」


 言いにくそうに、ケルヴさんは告げる。


「リアナ皇女は次期皇帝の側近となる人物です。そのような方と、トールどのが常に側にいては……やはり、いい気分はしないでしょうね。トールどのは帝国に心を残しているのか……あるいは、リアナ皇女はトールどのを帝国に連れ帰るのか……そんなふうに思う者も現れるでしょう」

「……あり得る話ではありますけど」

「そうなれば、トールどのは魔王領に居づらくなり……帝国に引き戻すことが可能になると、帝国側は考えているのかもしれません」


 そういうことか。


 俺は魔王領に骨を埋めるつもりでいる。

 ルキエやメイベル、アグニスなどの親しい人たちは、それを理解してくれている。

 でも、一般の民はわからない。


 帝国皇帝の側近となるリアナ皇女と親しくしている俺を見て、『トール・カナンはいつか帝国に帰るのかもしれない』と思う者も現れるかもしれない。

 その声が高まれば、俺は魔王領に居づらくなる。

 リアナ皇女も同じだ。彼女も魔王領で針のむしろのような状態に──なるかもしれないけど、リアナ皇女本人は気づかないような気がする。うん。


「皇太子ディアスはそこまで考えて、リアナ皇女を留学生にしようとしているわけですか? 俺を魔王領に居づらくするために、そんな策を?」

「策ではなく『そうなっても構わない』程度のものだと思います」


 ケルヴさんはうなずいた。


「ただ、帝国は力を重視する国です。トールどのを魔王領から取り戻す道があるなら、それを選ぶでしょう。また、留学生となったリアナ皇女が魔王領で悪意にさらされたとすれば、帝国は魔王領を非難できます。立場上、優位に立てるのです」

「いくら友好的とはいえ、相手は帝国ですからね……」

「油断はできない、ということです」


 ……そういえば皇太子ディアスは大公カロンに勝利するため、双剣での戦い方を学んだって、ソフィアが言ってたっけ。

 それは、片腕が不自由な大公カロンの弱点を突くためだったらしい。


 結局、大公カロンは『しゅわしゅわ風呂』のおかげで両腕が使えるようになり、皇太子ディアスを一蹴したそうだけど。

 つまり、皇太子ディアスは、そんなふうに策を練る人でもあるんだ。


「……今にして思えば、ソフィア皇女がどれだけ我々に気を遣ってくれていたかわかりますね」


 ケルヴさんは遠い目をして、そんなことを言った。


「ソフィア皇女は『トールどのの側室希望』と告げることで、自分の立場を明らかにしました。いずれはトールどのの元に嫁ぐと、我々にわかるように伝えたのです。ですから、トールどのとソフィア皇女が親しくしていても、我々は安心していられます。いずれはトールどのの妻となり、メイベルの……身内のようになるのですからね」

「……確かに、そうですね」

「それでもソフィア皇女は自身の立場が決定するまで、魔王領に入ろうとはしません。『立場が決定し、明らかになること』──それこそが皆を安心させるのだと、気づいていらっしゃるのでしょう」

「ソフィアは……これまで苦労してきてますから」

「わかります。あの方が我々の味方でよかったと考えております」

「はい。それで、リアナ皇女の件ですけど──」


 俺はケルヴさんを見て、


「魔王領の迷惑になるようなら、リアナ皇女を受け入れるのはやめた方がいいんじゃないでしょうか?」

「それは難しいでしょう」


 ケルヴさんはかぶりを振った。


「せっかく帝国と友好関係を結んだのに、水を差すようなことはしたくありません。リアナ皇女を受け入れた上で、対策するしかないでしょう」

「俺以外に、魔王領側でガイド役を用意するとか。ガイド役用のマジックアイテムを作るとか、ですね」

「そのような対応になりますね」


 うなずくケルヴさん。


「とにかく、トールどのは、リアナ皇女とあまり親しくしないようしてください。リアナ皇女の応接は、アグニスどのにお願いしましょう」

「アグニスなら、うまくやってくれると思います」

「もちろん、そこまでする必要はないかもしれません。私が心配しすぎている可能性もあります」

「宰相閣下が魔王領のことを心配するのは当然でしょう」

「これはあくまでも念のための措置そちです。私たちはトールどののことを知っています。例えばトールどのがリアナ皇女と一緒に歩いていても、親しく言葉を交わしていても、動揺どうようすることはありません。感覚派で有名なリアナ皇女が、うっかりトールどのとくっついても、魔王領での生活の間ずっと側にいても……トールどののことを知る我々が動揺どうようすることは──」



 べきっ。



 ……ん? なにか、妙な音がしたような。

 というか、さっきからルキエが妙に静かなような。


「……あれ? ルキエさま。どうして『認識阻害にんしきそがい』の仮面を被っているんですか?」


 ふと見ると、玉座には『魔王スタイル』のルキエがいた。


 それに……なぜか玉座の肘掛ひじけがこわれてる。

 根元の方を、闇の魔術で削り取ったように見えるけど……?


「……なんでもない。なんでもないのじゃ。ただの気分転換じゃ……」


 魔王スタイルのルキエは言った。


「それで……リアナ皇女の件じゃが、ケルヴの懸念けねんは正しいと思う。我らのトール……いや、魔王領の重要人物であるトールとリアナ皇女が親しくしていたら、不安な気持ちになる者もおるじゃろう。うむ。おるじゃろうな」

「はい。陛下。ですから私はアグニスどのを応接役に……」

「いや、それはよくない」

「え?」「そうなんですか?」

「それは……なんというか……逃げているような気がするのじゃよ」


 ルキエは重々しい口調で、


「トールとリアナ皇女の接触を避けるのは……なにかこう、もやもやするのじゃ。そういう解決方法を採るのは、自分に自信がないことを認めておるようで。決断を後回しにしている結果を、見せつけられているようで……」

「は、はぁ」「……えっと」

「じゃから、リアナ皇女が来る前に、色々とはっきりさせようと思う」


 胸を反らして宣言するルキエ。


「ケルヴが言ったであろう? 『立場を決め、それが明らかになることが重要』じゃと。ならば、魔王領の体制を整えるのがよかろう。帝国から留学生が来たとしても、びくともせぬようにな」

「いえ、そこまでする必要は……」

「ケルヴよ」

「は、はい。陛下」

「ここで手をこまねいていては、大変な事態を招くかもしれぬぞ?」

「……と、おっしゃいますと?」

「例えばトールが錬金術れんきんじゅつの研究をしているところに、リアナ皇女が居合わせたらどうなると思う? 暴走しがちなトールに、感覚派のリアナ皇女が加わったら?」

「────!? そ、それは!?」

「作りかけのマジックアイテムに対して、リアナ皇女が『もっとガルルルルーしましょう!』『ここはドギュギューンした方がいいと思います』と言ったら? それをトールが変な感じに理解してしまったら? きっととんでもないアイテムが生まれるじゃろうな……」

「すぐに対策をいたしましょう! 陛下のおっしゃる通り、魔王領の体制を整える必要があります!!」


 ケルヴさんは背筋を伸ばして、宣言した。


 いや、そんな心配はいらないと思うよ?

 俺が錬金術の研究をしているところにリアナ皇女が居合わせても、たいしたことにはならないはずだよ?

 例えばリアナ皇女が『もっとシュババババーンしましょう!』と言ったとしても……ちょっとアレンジが加わるだけだと思うよ?


「うむ! ならば今すぐ準備を整えるとしよう。トールよ!」


 でも、ルキエの心は決まったようだ。

 彼女は仮面をつけたまま、まっすぐに俺を見てる。


「お主はメイベルとアグニスを呼んで来い。それと『ノーザの町』のソフィア皇女に書状を出すのじゃ」

「わかりました。それで、ソフィア皇女にはなんと?」

「『城に来い。魔王ルキエが、お主の望みを叶えてやる』と伝えるがよい。『やり方は任せる。お主の良いようにせよ』とな」

「……え」


 ソフィアの望みって……まさか。

 ルキエが叶えられそうなソフィアの望みって、ひとつしか思いつかないんだけど。


「あ、もしかして、大公カロンがいるからですか? あの人なら協力してくれるし、帝国側を説得してくれるから……」

「そうじゃ。それと、これを貸してやる。今すぐソフィア皇女を迎えに行くがよい」


 そう言ってルキエは、小さな鎖を俺に手渡した。

 飛行用のアイテム『隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』だ。

 このアイテムは『認識阻害』の仮面とローブの代わりに作ったもので、魔王の力の象徴でもある。

 それを俺に渡すってことは──


「これを使ってよいのは、魔王の家族だけじゃ」


 ルキエは『認識阻害にんしきそがい』の仮面を押さえながら、答えた。

 仮面の奥で、顔が赤くなってるのが、見えるような気がした。


「立場を明らかにする。お主を余の家族とする。これが余の決定じゃ」

「……は、はい。ルキエさま」

「どのみち誕生日を過ぎたら仮面を外し、魔王として新たな生活を始める予定じゃった。家族構成を変えるのも悪くない。今のところは、婚約者こんやくしゃじゃな。時間をかけて準備を整え、その上で婚礼……というのがよかろう」


 ルキエが俺を手招きしたから、俺は玉座に近づく。

 差し伸べた手を取って、膝をついて、


「俺に異存はありません。俺はずっと、ルキエさまを支えるつもりでしたからね」


 呼吸を整えて、俺はそんなことを答えた。


「いきなりだったので、びっくりはしてますけど」

「遅かれ早かれそうするつもりじゃった。リアナ皇女の件は、良い機会だったのじゃよ。それで……ケルヴよ」

「は、はい」

「異存はあるか?」

「……い、いえ。ただ、予想はしておりましたが、突然のお話ですので……どうしたものかと」

「リアナ皇女を受け入れる前に、新体制にしておくのは悪くあるまい?」

「……お話はわかりますが」

「トールが我が身内となれば、リアナ皇女と親しくしていても問題あるまい。それに、リアナ皇女も多少は気をつかってくれるはずじゃ」

「…………そうですが」

「さもないとリアナ皇女は気兼ねなくトールに近づき、一緒に新発明をズバババーン──」

「今すぐ手続きをはじめましょう!!」


 ケルヴさんは宣言した。


「このケルヴが、トールどのと陛下の縁組みを、問題なく進めてみせます。どのみち、覚悟はしておりました。早いか遅いかの違いです」

「頼むぞ。ケルヴよ」

「よろしくお願いします。ケルヴさん」


 俺とルキエは手を握り合ったまま、ケルヴさんに告げた。

 ケルヴさんは頭を抱えてはいたけれど、しっかりと、うなずいてくれた。


 その後、俺は『隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』を手に、玉座の間を出た。

 メイベルとアグニスに声をかけて、ルキエの元に行くように伝えた


「は、はい。トールさま!」

「すぐにうかがいますので!」


 ふたりはびっくりしたような表情だった。

 でも、俺が『隕鉄浮遊いんてつふゆうサークレット』を持っているのを見て、なにかを察したようだ。

 メイベルもアグニスも真っ赤な顔で、俺の手を握ってから、玉座の間へと走り出した。


 それから俺は城の出口へ。

 すると、すでに事情を聞いていたのか──エルテさんが待っていた。

 俺の護衛と、交渉役を務めてくれるらしい。

 今は『ノーザの町』にリアナ皇女も大公カロンもいるから、ちょうどいいよね。

 

「よろしくお願いします。エルテさん」

「承知しました。叔父さまの安心した生活のためにも、私が全力を尽くします!」


 俺とエルテさんはうなずき合って、馬車に乗り込む。

 そうして俺たちは、ソフィアを迎えるために、『ノーザの町』へと向かったのだった。




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 WEB版とはちょっと違ったルートに入った5巻はどんなお話になるのか……ご期待ください。

 公開できるようになりましたら、詳しい情報をお知らせします。



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