第35話「『魔獣ガルガロッサ』討伐作戦(2)『帝国側の出来事』」

 ──約1時間前、帝国からやって来た兵士たちは──





「作戦の目的は魔王領の者たちに帝国の強さを示すことにある」


 兵団の本陣で、軍務大臣のザグランが叫んだ。


 ここは、魔王領山岳地帯の近くにある岩場。

 なだらかな平地になっていて、南に下ると帝国との境界地域に入る。

 魔王領との合流地点からは、かなり離れた場所だ。


 帝国の兵団は、ここに陣地を作っていた。

 彼らが到着したのは数時間前。

 駐留ちゅうりゅうのための天幕テントを張ることもなく、魔王領に到着の知らせを告げることもなく──帝国の兵団はすでに、魔獣討伐まじゅうとうばつ作戦を開始していたのだった。


「魔王領での魔獣討伐まじゅうとうばつは得がたい経験でもある。帝国の強さを見せつける他にも、魔王領に恩を売る意味もある。また、今回の戦術は勇者が行っていた通り、敵を包囲ほういしての各個撃破かっこげきはだ。魔獣討伐の良い訓練となろう」

「「「はっ!!」」」

「それではリアナ殿下、お言葉をお願いいたします」


 軍務大臣ザグランにみちびかれ、第3皇女リアナ・ドルガリアが前に出る。

 リアナ皇女は15歳。やや細身で、小柄な少女だ。

 彼女がかぶとを脱ぐと、長いプラチナブロンドが現れ出る。

 身にまとっているのは、銀色の鎧。この戦いのために作らせた一級品だ。

 帝国の紋章もんしょうが刻まれた美しい鎧に、兵士たちは感嘆かんたんのため息をつく。


 だが、よろいの美しさも、彼女が両手で握りしめている大剣には敵わない。

 リアナ皇女が手にしているのは『聖剣ドルガリア』。

 かつて、異世界からやってきた勇者が使っていた剣だ。


 この剣の能力を引き出すためには、強力な『光の魔力』を必要とする。

 そして、リアナ皇女は、それにふさわしい魔力の持ち主だ。

 彼女の強すぎる『光の魔力』によって、崩壊ほうかいしてしまった魔法剣もあるほどだ。


 だから、帝国と魔王領が共同で魔獣討伐をするという話が来たとき、帝国の首脳部は考えた。『これは魔王領のものたちに帝国の強さを見せつける好機だ』──と。


 魔王領が手こずる魔獣を、大兵力をもって一蹴いっしゅうする。

 さらに魔王領の者たちに、偉大なる聖剣の光を見せつける。

 それが、帝国首脳部の計画だった。


 その結果、リアナ皇女は教育係であるザグランや兵士たちと共に、魔王領の山岳地帯までやってきたのだった。


「火山からは距離があるが、ここはまだまだ暑い場所です。皆は、疲れてはおりませんか?」


 リアナ皇女が声をかけると、兵士たちから声が返ってくる。



「──いな!」

「──我らは力に満ちている!」

「──皇女殿下はわれら兵士の力をお疑いか!?」



 ──と。

 軍事大国ドルガリア帝国にふさわしい、勇猛果敢ゆうもうかかんな兵たちだ。

 その意気はうれしく思う。が、この地はとにかく暑い。

 リアナ皇女もよろいの下は汗だくだ。


 だが、着替えをする時間はない。すでに作戦は始まっているのだ。

 それに、条件は魔王領の兵団も同じはず。

 だからリアナ皇女は兵に向かって声をあげる。


「帝国の実力を、魔王領の者たちに示しましょう。かつての勇者と魔王がそうであったように、魔王領の者たちは、勇者を国のいしずえとするドルガリア帝国には勝てないのだと。悪の魔獣を倒すのは、勇者を崇める帝国の使命であることを」


 リアナ皇女は兵たちに示すように、高々と聖剣を掲げる。

 すべての兵たちは地面にひざをつき、異世界勇者が残した剣に敬意を示す。

 そうして帝国の兵団は次の行動に移ったのだった。

 





「こちらの兵数は300名。兵力としては十分でしょう」


 軍務大臣ザグランはヒゲをなでながら、つぶやいた。


 作戦はすでに開始された。

 今は『先遣部隊れんけんぶたい』の連絡待ちだ。

 その間に軍務大臣ザグランとリアナ皇女は、最後の打ち合わせをしていた。


「魔王領からの情報では『魔獣ガルガロッサ』の配下の小蜘蛛は、20から30匹。小蜘蛛といえども人間サイズです。やつらには1匹につき、兵10人で当たることにします」


 そう言って、軍務大臣ザグランはにやりと笑う。


「これで勝てるでしょう。もっとも、これは魔王領には不可能な戦術ですが」

「魔王領はそれだけの兵を出せないと?」

「あちらは人口が少ないですからな。それに、多種族の寄せ集めでもあります。統一した行動は取れないでしょうな。でなければ、共同作戦の提案など受け入れるはずがありますまい」


 それが、軍務大臣ザグランの予想だった。

 魔王領が連れてくる兵力は、おそらく100名にも満たないだろう。

 こちらがその3倍以上の兵力で魔獣を圧倒すれば、帝国の強さも伝わるはずだ。


「ですがザグラン。魔獣は本当に、ここまで来るのですか?」


 軍務大臣の横で、リアナ皇女がつぶやいた。


「ずいぶんと時間がかかっているようです。先遣部隊は命令通りに動いているのでしょうか」


 彼女の表情に不安げな様子はない。

 ただ、作戦通りに事が進まないのが不快なのだろう。


「ご安心ください。今、数名の者が魔獣の巣に近づき、奴らを挑発ちょうはつしているはずです」

先遣部隊せんけんぶたいの者たちの腕は確かなのですか?」

「部隊には罪を受け、ばつを待っている貴族も含まれております。今回の戦いで功績こうせきを立てれば、罰を軽減する約束です。おそらくは、必死に使命を果たそうとするでしょう」


 帝国の兵団は陣を敷き、魔獣が来るのを待ち受けている。

 彼らは数名の兵士を使い、『魔獣ガルガロッサ』と小蜘蛛を、ここまでおびき出そうとしていた。


 魔王領の内部に大兵力を送り込むわけにはいかない。

 あちらはどうか分からないが、帝国側に魔王領に攻め込む意志は──今のところは、ない。『侵攻の意志あり』と誤解されても困る。

 そもそも、魔獣の巣のあたりは岩だらけで、大兵力は展開できない。

 だから彼らは自分たちが有利な地点まで、魔獣をおびき出す作戦に出たのだった。


「殿下、今後の手順はおわかりですね?」

「兵士たちが小蜘蛛こぐもを取り囲み、動きを封じる。そのすきにわたくしが『魔獣ガルガロッサ』に聖剣の一撃を浴びせる、ですね?」

「本体を倒せば、残るは小蜘蛛のみ。兵士たちは自身の訓練──レベリングに努めることができるでしょう」


 ささやくような声で、軍務大臣ザグランは言った。


「殿下は特に、魔力残量にご注意を」

「わかっています。ザグラン」

「また『聖剣ドルガリア』の発動には多くの魔力を必要とします。『聖剣の光刃フォトン・ブレード』を発動できるのは2度……いえ、最大威力なら1度とお考えください──」

「何度も言われずともわかりますよ。ザグラン」


 プラチナブロンドをひるがえして、リアナ皇女は声をあげた。


「今回の戦いには魔王も来るのでしょう? 魔族の王の前で、わたくしがぶざまな姿をさらすわけにはいきませんからね。帝国の名において『聖剣ドルガリア』を使いこなしてみせましょう」

「殿下。くどいようですが、御身おんみを大切に──」


 軍務大臣ザグランが話を続けようとしたとき──



「来たぞ!! 巨大魔獣きょだいまじゅう小蜘蛛こぐもの群れだ────っ!!」



 兵士たちの叫び声があがった。

 反射的に、リアナ皇女と軍務大臣ザグランが、それぞれの剣を構える。

 ふたりは緊張した顔で、うなずきあう。

 戦闘が始まれば、話は終わり。

 ただ戦い。目的を果たす。強者を目指す。それがドルガリア帝国のやり方だ。


「来ました。『先遣部隊せんけんぶたい』の者たちと、魔獣たちです!」

「──見えておりますよ。ザグラン」


 山の方から帝国の陣地に向かって、歩兵と弓兵が走ってくる。

 魔獣の巣に送り込んだ先遣部隊だ。

 それを追いかけて、大量の魔獣たちがやってくる。


 最初に見えたのは、人間サイズの蜘蛛だった。

 銀色の手足。甲羅のようなものにおおわれた胴体。複数の、真っ赤な目。

 魔獣の配下の蜘蛛くもたちだ。


 小蜘蛛たちの後ろから、小山のような影が、ゆっくりとこちらに向かって来る。

『魔獣ガルガロッサ』だ。


 胴体までの高さは数メートル。

 すべての脚を伸ばせば、その幅は数十メートルを超えるだろう。

 赤い目玉の直径は人は手脚の長さくらい。その口は岩をも砕くと言われている。

 なによりおそろしいのは、奴が飛ばしてくる糸だ。

 あの魔獣どもは勢いよく発射した糸を、そのまま獲物に巻き付ける。

 そうして動きを封じた上で、引き寄せて殺すのだ。


「あれが『魔獣ガルガロッサ』……」


 リアナ皇女は聖剣を握りしめた。


「先遣部隊は無事──いえ、数が少ないようですが……?」

「魔王領に迷い込んだか……それとも、単独で小蜘蛛を倒して功績こうせきを挙げるつもりか……」


 軍務大臣ザグランは歯がみした。


「……面倒ごとを増やした者がいるようです。あとで救援きゅうえんを出しましょう」

「彼らは大丈夫なのですね?」

「弱きものは貴族にはなれませんよ。それより殿下、前線に向かいますぞ!!」


 リアナ皇女と軍務大臣ザグランが走り出す。護衛の兵士たちも一緒だ。


 前線では、すでに兵士たちが小蜘蛛と戦っている。

 作戦通り、10人ひとかまたりで小蜘蛛に立ち向かい、素早く取り囲んでいく。


 帝国の作戦はシンプルだ。


 最初に、後衛の魔法兵と弓兵が、遠距離から敵を攻撃する。

 敵がひるんだ隙に、歩兵たちが小蜘蛛を集団で取り囲む。

 その後、弓兵と魔法兵は『魔獣ガルガロッサ』本体に攻撃を集中させる。


『魔獣ガルガロッサ』の動きを止めたあとは、リアナ皇女と軍務大臣ザグランの出番だ。

 皇女が魔獣を倒せなくてもいい。聖剣で、大ダメージを与えさえすればいい。

 目的は『魔王がてこずる魔獣を、皇女の聖剣が切り裂いた』という事実だ。


 その後、精兵が魔獣を倒そうと、魔王領の兵団がとどめを刺そうと、どうでもいい。

 重要なのは聖剣の力を示すこと。

 帝国が強力な力を持つことを、魔王領の者にわからせることなのだから。


「うおおおおおおおっ!!」

「皇女殿下のために。帝国のために!!」

「魔族の連中に、帝国の強さを見せつけてやれ──っ!!」


 兵士たちが叫んでいる。

 おそらく彼らは、戦闘経験の少ない者たちだ。

 彼らには小蜘蛛にとどめを刺すことでレベルアップしてもらわなければいけない。



「──防御。『ノックバックキャンセル』。続けて防御。支援をどうぞ」

「──凍結魔術で糸の動きを停止。攻撃どうぞ」

「──包囲に成功。剣士部隊は攻撃を続行!!」



 熟練じゅくれんの戦士たちは、淡々たんたんと戦闘を続けている。

 小蜘蛛たちは包囲されつつある。

 奴らの数は20弱。1匹を10人で囲んでも、兵力には余裕がある。


「蜘蛛どもの動きが止まりました。魔獣本体への攻撃に向かいますぞ、殿下!!」

「わかりました!!」


 リアナ皇女は聖剣を手に走り続ける。

 兵士たちは彼女の周囲を守りながら、小蜘蛛の群れの間を進んでいく。

 小蜘蛛はすでに4匹以上が倒されている。残りも、兵士たちが動きを抑えている状態だ。

 リアナ皇女が『魔獣ガルガロッサ』に一撃を与えるにはちょうどいいタイミングだった。



「────が、すでに戦闘を──」

「────共同作戦──で──なかったのか?」



 不意に、声が聞こえた。

 一瞬だけ振り返ると、斜面に多数の人影が見えた。



「あちらにいるのは……?」

「魔王の軍勢です。我々の動きに気づいたのですな」

「予定通りですね」

「あそこからなら、魔王領の者たちにも、聖剣の光が見えるでしょう」

「では、闇を払い敵を撃つ『聖剣ドルガリア』の力を、彼らに示すといたしましょう。それがわたくしの役目なのですから!」


 リアナ皇女は、聖剣のさやを払った。

 黄金に輝く刀身が現れる。

 皇女が光の魔力を込めると、さらに刀身が輝きを増す。聖剣の刃が巨大化していく。


「魔王領の者たちもごらんなさい! 勇者が残した『聖剣ドルガリア』の力を──!!」


『聖剣ドルガリア』は『光の魔力』で巨大な刃を作り出すことができる。

 異世界の勇者が使っていたころは、刀身の長さが数十メートルにも達していたと言われている。

 今、リアナ皇女が生み出せる光の刃は、十メートル弱。

 それでも『魔獣ガルガロッサ』に大ダメージを与えるには十分だ。




「「「────おお!」」」




 ──聞こえた歓声は、兵士のものか、それとも山上でこちらを見ている魔王領の住人のものか。

 リアナ皇女はそれを背に受けながら、魔獣に向かって走り出す。


『魔獣ガルガロッサ』の全長は十数メートル。

 振り下ろしてくる脚は、ザグランと直属の兵士たちが剣で切り払う。

 リアナ皇女は問題なく、魔獣の正面へ。

 そうして彼女は聖剣を構える。


「わたくしの魔力に応えなさい。『聖剣ドルガリア』!!」

『グゥアアアアアアアアア!!』


 迫った脅威きょういに気づいたのか、『魔獣ガルガロッサ』が、後脚で立ち上がる。

 だが、すでにリアナは光の刃を生成していた。


「魔獣よ、喰らいなさい!! 『聖剣の光刃フォトン・ブレード』!!」


 リアナ皇女は下段から、聖剣を振り上げる。

 この距離だ。逃れるすべはない。

 リアナ皇女の『聖剣の光刃フォトン・ブレード』は、まっすぐに『魔獣ガルガロッサ』に届いて──


「──え」


 ──そのまま敵を両断する直前、リアナ皇女は目を見開いた。


『魔獣ガルガロッサ』の腹の下に・・・・無数の蜘蛛が・・・・・・隠れていた・・・・・からだ・・・


 リアナは、魔王領から届いた資料のことを思い出す。

『魔獣ガルガロッサ』の強さは未知数。ただ、配下の小蜘蛛が増えるのが早すぎる。急いで討伐とうばつしなければいけない。

 だが、奴はこれまで一度も現れたことのない新種の魔獣。討伐には慎重を期すべき。

 資料には、そう書かれていなかっただろうか──



「まさか配下の蜘蛛くもを……伏兵ふくへいとして隠して……!?」

『ギィアアア!』『ギィア!』『ギギィ!』



 腹の下にいた蜘蛛たちが、一斉にリアナ皇女めがけて糸を飛す。

 リアナ皇女は『聖剣の光刃フォトン・ブレード』を発動したまま、一瞬、動きを止めた。


 このまま剣を振り上げれば『魔獣ガルガロッサ』に大ダメージを与えられる。

 けれど、腹の下にいる蜘蛛たちをすべて消し去ることはできない。

 糸が彼女にからみつき、動けなくなったところに──大量の蜘蛛が押し寄せるだろう。


 リアナ皇女は、この時点で作戦が失敗に終わったことに気づいた。


 このまま『魔獣ガルガロッサ』を斬っても、致命傷は与えられない。押し寄せる糸と蜘蛛が彼女の体勢を崩し、光の刃の威力を削り取ってしまうからだ。


 さらに──残った伏兵蜘蛛たちは、他の蜘蛛を包囲している兵士たちを背後から襲う。そうなったら兵団は壊滅的かいめつてきな被害を受けるだろう。


「──っ!!」


 だからリアナ皇女は、光の刃のコースを変えた。

 同時に、魔獣の腹の下にいた小蜘蛛たちが飛んでくる。

 彼女は必死に、小蜘蛛たちを切り払う。


『ギギギ!』『ギィ──ァ』『 (ボシュ)』


 悲鳴をあげて、小蜘蛛たちが蒸発じょうはつしていく。

 さらに、光の刃は、『魔獣ガルガロッサ』本体も傷つけた。

 緑色の体液が噴き出し、リアナ皇女の身体に降り注ぐ。


 それだけだった。光の刃は、魔獣にかすり傷しか与えられなかった。

 大ダメージにはほど遠く、しかも──『魔獣ガルガロッサ』を怒らせた。


『グゥオアアアアアア!』


『魔獣ガルガロッサ』は巨大な脚を振り上げ、リアナ皇女に襲いかかる。

 皇女は後ろに下がろうとするが──その動きは鈍い。


 伏兵の蜘蛛たちを切り払うため、『聖剣の光刃フォトン・ブレード』にすべての魔力を注ぎ込んでしまった。

 だが、魔力消費の脱力感で、すぐに動くことはできなかったのだ。


「──殿下!」


 軍務大臣ザグランの声が聞こえた。

 彼は皇女に向かって駆け出す。

 だが、魔獣の糸と脚が邪魔をしている。


 怒った『魔獣ガルガロッサ』が大量の糸を飛ばし続けている。信じられない量だ。

 生命の危機を感じて、後先考えずに攻撃しているのだろう。

 ザグランも、魔術で糸を焼き払うのが精一杯だ。


 魔獣の巨大な目が、皇女を見た。口が開いて、牙が見えた。

 その迫力に、皇女の身体が硬直する。

 彼女はじっと魔獣の顔を見つめて──不思議なものに気がついた。



「『魔獣ガルガロッサ』の頭に、あんな赤い光の点・・・・・がありました……か?」



 リアナ皇女は振り返る。

 彼女は赤い光がどこから来ているのかに気づいた。

 光からは赤い線が伸びて、魔王領の兵団に繋がっていたのだ。



「ドルガリア帝国の兵団を援護えんごする! あの光の点に向かってつのじゃ!!」



 声が聞こえた。

 けれど──無理だ。遠すぎる。

 魔王領の軍団からここまでは、魔術の射程距離をはるかに超えている。

 こんなに離れていては、攻撃魔術が届くわけ──



「放て────っ!!」



 ずどどどどどどどっどどどっどごおおおおおおおおおおおんっ!!



 大量の攻撃魔術が、赤い着弾に命中した。

『魔獣ガルガロッサ』の頭の一部が、吹っ飛んだ。


「……え」


 リアナ皇女は目を見開いた。

 自分が見ているものが、信じられなかった。


 魔王領の軍団がいる位置からここまでは、魔術の射程距離の倍以上ある。

 なのに、彼らが放った攻撃魔術はすべて、『魔獣ガルガロッサ』に命中したのだ。


 すべての魔術が・・・・・・・正確に・・・赤い光が・・・・示していた・・・・・場所へと・・・・



『グゥアアアアアア! グガァアアアアアア!!』



『魔獣ガルガロッサ』が地面に伏してもがいている。

 数十発の魔術を一点ピンポイントに喰らったのだから当然だ。

 頭の一部が吹き飛び、そこから大量の体液を噴きだしている。


「殿下! ここは退きますぞ。殿下!!」


 気づくと、ザグランがリアナ皇女の腕を引いていた。


「一旦退いて、陣形を立て直します! 立てますか、殿下!!」

「──ザグランじい……でも、ここで退くのは……」

「魔獣本体の怒りが伝染したのか、小蜘蛛どもが凶暴化しております。このままでは、戦線が維持できません……」


 ザグランの言葉に、リアナ皇女は兵士たちの方を見た。

各個撃破包囲陣かっこげきはほういじん』が、突破されようとしていた。


『魔獣ガルガロッサ』と同じように、小蜘蛛たちが大量の糸を飛ばしているからだ。

 魔術兵でも焼き尽くせず、凍り付かせることができないくらい量を。

 あんなものを処理できるのは勇者の極大魔術か、伝説に聞く『収納スキル』くらいだろう。

 兵士たちの包囲は、突破されつつあった。


「……魔王領の者たちの前で……なんと無様な……」


 リアナ皇女は聖剣を握りしめた。


「反撃を──このようなことでは、お父さまに申し訳が!」

「無理です! 今は引くしかありません」


 軍務大臣ザグランは叫んだ。


「兵士たちは大混乱になっております! しかも、魔王領の兵団も現れたのですぞ!! 彼らはぬけがけした我々に怒っているでしょう。前面に魔獣、後方に魔王がいては戦えません! ここは一旦退くべきでしょう。ご決断を!」

「……う、うぅ」


 リアナ皇女は唇をかみしめた。

 これは彼女の聖剣使いとしての、初めての戦いだった。

 それが見事に失敗した。

 聖剣を使いこなせず、こともあろうに魔王領の者たちに助けられてしまったのだ。


「わかりました……包囲陣形から、密集陣形に変更を。兵をまとめて『魔獣ガルガロッサ』から距離を取りましょう」

「承知いたしました。それに、戦いはまだ終わったわけではありませんぞ。殿下」


 軍務大臣ザグランは、リアナの耳元にささやいた。


「魔王領が『魔獣ガルガロッサ』を弱体化させた後で、とどめを刺すという方法もあります。その際には、ふたたび殿下の聖剣が必要となりましょう。ですから、今はお引き下さい」

「……わかっております」

「『魔獣ガルガロッサ』は我々でも手こずる相手です。魔王領の者が倒せるはずが……」



 ずどどどどどどどどっどぉん!



 魔王軍の攻撃魔術が続けざまに『魔獣ガルガロッサ』の脚に命中した。

 さらに2撃。3撃。

 赤い光・・・が示す一点・・・・・に攻撃が集中し、魔獣の脚を吹き飛ばす。


「──わかりません。彼らの使う魔術は……未知数みちすうです。とにかく今は撤退てったいを」

「……は、はい。参りましょう。ザグラン」


 兵士たちに守られながら、リアナ皇女は戦場から離れていったのだった。


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