第34話「『魔獣ガルガロッサ』討伐作戦(1)『準備』」

 それからしばらくの間は、魔獣討伐まじゅうとうばつの準備が続いた。

 鉱山地帯にいるという『魔獣ガルガロッサ』については、メイベルが教えてくれた。

 あの魔獣は突然、配下を引き連れて魔王領に現れ、巣を作ったらしい。

 話を聞いただけで脅威きょういだってわかる、凶悪な魔獣だ。


──────────────────



魔獣まじゅうガルガロッサ』


 魔王領南方、火炎将軍ライゼンガが治める山岳地帯に現れた魔獣。

 超大型の蜘蛛くもで、足を伸ばしたときのサイズは十数メートルにおよぶ。


 身体は金属のように堅い。

 打撃系の武器や、魔法剣が有効。


 口から糸を吐く。からめとられると動きを封じられるため、大変危険。

 糸の排除には炎が有効。

 ただし配下の小蜘蛛こグモも糸を吐くため、焼き尽くせないことがある。


『ガルガロッサ』本体ほどではないが、小蜘蛛も皮膚が硬い。

 小蜘蛛は『ガルガロッサ』のまわりで群れを作っていて、攻撃する者を取り囲み、攻撃する。


『ガルガロッサ』と小蜘蛛に囲まれ、糸で拘束された者に待っているのは、死である。


──────────────────



 基本的に魔獣まじゅうとは、意志の疎通そつうができず、人間や亜人、魔族を襲う者を指す。

 種類はけものだったり、巨大な虫だったり、トカゲだったり、様々だ。

 勇者時代からの伝統で、一括して『魔獣』と呼ぶようになっている。

 その中でも、こいつは本当にやばい部類のものだ。


 巨大蜘蛛っていうだけでも脅威きょういだし、なおかつ、大量の配下を連れているという時点で怖い。糸でこっちの動きを止めるというのもすさまじい。というか、蜘蛛の糸は粘つきがあるから剣じゃ切れないし、魔術を使おうにも、口を封じられたら詠唱えいしょうができなくなって終わる。

 戦闘能力のない俺なんか、遭遇そうぐうそく、死だ。


 こんなのが近くに巣を作っていたら、鉱山の開発なんかできないよな。

 いつ採掘拠点を襲われるかわからないし、坑道こうどうに潜っている間に襲われたら逃げ場がない。

 魔王領が全力で討伐とうばつしようとしてるのもわかる。

 こいつの糸は……できれば採集して研究してみたいんだけど。


「魔王領からは陛下と宰相のケルヴさま。それと数十名の兵士が向かうそうです」

「ルキエさま自身が?」


 そういえば魔獣討伐は、帝国と共同で行うって言ってたな。

 魔王であるルキエがそれに同行するということは、もしかして──


「帝国からもそれなりの地位の人間がやってくるってことかな?」

「鋭いですね。トールさま」


 メイベルは感心したようにうなずいた。


「陛下のお話では、帝国からはリアナ皇女という方がいらっしゃるそうです」

「第3皇女かー」

「らしいですね。今回の討伐は、剣士である皇女さまの腕試しも兼ねているという話です」

「そっか」

「トールさまは、帝国の皇女さまにご興味はおありですか?」

「ないなぁ」

「そうですか。トールさまは……帝国には、あまり良い思い出がないですものね」

「特に皇帝陛下の一家には関わり合いたくないってのもあるからね。あそこは、帝国の『強さこそすべて』の総本山だから」

「お気持ちはわかります」

「できれば俺も戦場まで同行して、『レーザーポインター』を使うところを見たかったけど、帝国の皇女が来るなら、やっぱり別行動を取った方がいいかもな」

「そうですね。では予定通り、兵団に途中まで同行して、ライゼンガ将軍閣下の領地に入ったら別行動、ということになさいますか?」

「そうだね。他に帝国の情報はある?」

「帝国の皇女殿下は『聖剣』というものを使われるそうです」

「聖剣」

「はい。帝国からの書状には『魔王領の皆さまに、魔獣を打ち破る聖剣の光をお目にかけよう』と書かれていたと、うわさに聞いております」

「聖剣。勇者が残していったという超絶レアなマジックアイテムを……」


 そっか。帝国の皇女が、聖剣を持って魔獣討伐に来るのか。

 聖剣か。あれ、見たことないんだよな……。

 そういえば俺、ルキエ用に魔剣を作ろうとしてたな。聖剣を超える魔剣を。

 その聖剣を使うのか。そっか……ふーん。


「あのさ、メイベル」

「はい。トールさま」

「やっぱり俺には錬金術師れんきんじゅつしとしての責任があると思うんだ」

「は、はい?」

「今回、魔王領では『レーザーポインター』と『魔織布ましょくふ』を使うんだよね。『健康増進ペンダント』と『超小型簡易倉庫』も持っていくよね。となると、うまく動作するか、チェックする必要があるよね?」

「あ、あの。トールさま?」

「そういうわけだから、やっぱり俺も戦場まで同行した方がいいと思うんだ」


 帝国にはまったく興味はない。

 でも、聖剣が使われるなら、近くて見てみたい。

 俺はいつか、魔王ルキエのために、聖剣を超える魔剣を作るつもりでいる。

 そのためには本物の聖剣の強さを、この目で確認しておきたいんだ。


「急に気が変わったみたいで、ごめん」

「いいえ。トールさまがマジックアイテムに興味を持たれるのは、わかりますから」

「……見抜かれてた?」

「はい」


 そう言ってメイベルは、優しいほほえみを浮かべた。


「でも私は、そんなふうに夢中になられているトールさまを見るのも、好きですから」

「……えっと」

「す、すいません。変な意味ではないですよ! ただ、高みを目指してマジックアイテムを研究されているトールさまを見てると……いいなぁ、って思うのです。ずっとお側で、お手伝いしていたいって……そんなふうに」

「ありがとう。メイベル」

「そ、それでは魔獣討伐に同行されるということで、手配してまいりますね!」


 メイベルは照れたみたいに、勢いよく一礼。


「よ、よろしく」


 俺も同じように頭を下げる。

 つられるみたいに再びお辞儀じぎをしてから、メイベルは部屋を出て行った。


 いつの間にか、メイベルには俺の考えてることを見抜かれるようになっちゃってる。

 俺がこの魔王領に来てからまだ1ヶ月も経ってないのに、すごいな。

 でも、メイベルと一緒にいると、すごく落ち着く。

 一緒にいるのが自然な感じがして安心する。本当に、メイベルが俺のお世話係で良かった。

 あとでメイベルに……それからルキエにもお礼を言わないと。


 そんなことを考えながら、俺は旅の準備を続けたのだった。






 それから──


 数日後『魔獣ガルガロッサ』討伐部隊とうばつぶたいは、魔王城を出発した。

 目指すは、魔王領南方にある山岳地帯だ。


 討伐部隊は長い行列を作って、街道を進んでいった。

 魔王ルキエは行列の中央にいて、沿道で見送る人たちに手を振ってる。

 俺とメイベルはその後ろで、馬車に乗ってついていく。


 行列を構成しているのはミノタウロスの歩兵部隊、工作兵を含めたドワーフ部隊、魔術兵のエルフ部隊、それに食料や武器と防具、生活必需品を積んだ輜重部隊しちょうぶたいが続く。


 食料や必需品を『簡易倉庫』で運ぶのは、宰相さいしょうのケルヴさんに却下された。


 理由は──

兵糧ひょうろうを運ぶのは、ちゃんと食料その他を準備してることを、兵士に示す意味もあるんです。馬車に「簡易倉庫」だけを乗せて行ったら兵士が不安になります。士気が下がってしまうかもしれないのです』

 ──ということ、だった。もっともな意見だ。


 便利アイテムでも、使い慣れていないと思わぬ混乱を招くこともあるからね。

 特に、危険な魔獣討伐や、戦争なんかでは気をつけないと。


 だから今回は、ちゃんとテストして、問題なく使えそうなアイテムだけを運用してもらうことにしたんだ。俺が同行して、ユーザーサポートつきで。


 そんなわけで、一見、当たり前の装備を身につけた魔王領の兵団は、街道をゆっくりと進み──

 数日かけて、ライゼンガ将軍の屋敷に到着した。


 それからルキエたちは将軍と合流して、作戦の打ち合わせをした。

 翌日、兵をまとめて、再び俺たちは出発。


 魔王領の兵団は、帝国の兵団との合流地点に向かったのだった。






「ライゼンガ将軍の兵士から報告がありました。将軍は十数分前に『魔獣ガルガロッサ』の巣が見える位置に到着されたようです」


 偵察ていさつに出ていた兵士が言った。

 報告を聞き、仮面の魔王ルキエがうなずく。


 ここは、魔王領の南東部にある山岳地帯。

 その山のふもとに作られた天幕テントの中だ。


 魔王領の『魔獣ガルガロッサ討伐部隊』は、現在この付近に集まっている。

 魔王直属のミノタウロスたち。

 火炎将軍ライゼンガ配下の、巨人族 (の子孫)たち。

 宰相ケルヴが集めたエルフたち。

 それら魔王領の精鋭を集めた、数十人の部隊だった。


 天幕の中にいるのは、その代表者たちだ。

 魔王ルキエと宰相ケルヴ。

 ミノタウロス部隊、ドワーフ部隊、エルフ部隊、それぞれの隊長。

 それと、俺とメイベルもいる。


 ちなみにライゼンガ将軍と配下の火炎巨人イフリート眷属けんぞく部隊は、『魔獣ガルガロッサ』の巣の近くに偵察ていさつに行っている。

 魔獣に動きがあったら、すぐに対応できるようにという考えからだった。


「帝国の兵団と合流するまで、しばらく休憩きゅうけいとする。皆、ご苦労だった」


 天幕の中で、ルキエは言った。

 椅子に腰掛けながら、安心したようなため息をつく。

 まわりの人たちも同じだ。

 ここまで行軍してきて、やっと一息ついたみたいだ。


「それにしても予想外じゃったな」

「はい。陛下。思ってもみませんでした」

「われわれも、同感、です」


 ルキエと宰相ケルヴさん、ミノタウロスの隊長さんは、うっとりした顔で、


「「「……天幕の中にいるのに、涼しくて快適 (なのじゃ)(ですねぇ)」」」


 俺の方を見て、そんなことをつぶやいた。


 うん。俺もまさか、風の『魔織布ましょくふ』の天幕テントが、こんなに快適だとは思わなかった。

 天幕の布は、まったく揺れていない。

 でも中には風が通ってる。

 火山が近いから熱気があるはずなんだけど、それもあっというまに流れ出て行くんだ。

 おまけにみんなは、同じく風の『魔織布』で作った服と下着を身につけてる。

 そのせいで汗が蒸発して、清涼感を感じるらしい。

 みんな水分補給しながら、スッキリした顔で作戦会議をしている。


「風の『魔織布』の服は、兵士たちの評判も上々ですぞ。トールどの!」

すずしい、れない、いつもさわやか──こんな行軍は初めてです」

「エルフの魔術兵には体力がないものもいるので、このような装備は助かります。ありがとうございます……トールどの」


 評判は上々だ。よかった。

 風の『魔織布』は使える、っと。


「俺の方は……そろそろフードを下ろした方がいいな」


 間もなく、帝国の兵団との合流時間だ。

 人間がいると目立つからね。フードで顔を隠しておこう。


「でも、本当に涼しくていいな。このローブとフード」

「トールさまのローブも、風の『魔織布』で作られているのですよね?」

「うん。念のため他の属性の『魔織布ローブ』も持ってきてあるよ」


 俺は腰につけた『超小型簡易倉庫』を叩いた。

 他の属性のローブはこの中に入ってる。

 状況に応じて、いつでも使えるようになってるんだ。


「報告します! 食料と武器、その他装備の点検をお願いいたします!!」


 天幕の入り口が開いて、輜重隊しちょうたいの兵士さんが現れる。

 ルキエと宰相ケルヴさんはうなずいて、天幕を出た。

 念のため、俺とメイベルもついていく。


 幹部用の天幕の隣には、白い布で覆われた大きな天幕がある。

 こっちは武器や食料を保管するためのものだ。


「で、では、内部をご確認くださいっ!」


 輜重隊しちょうたいの兵士さんが天幕に触れた。

 天幕が透明になった。

 中の状態が、すごくよく見えた。


「こ、このように。移動中に失ったものもなく、すべて揃っております。魔獣討伐に数日かかったとしても、十分に兵をやしなう食料はございます……あの、宰相閣下さいしょうかっか

「なにかな?」

「……この新型天幕テントについてなのですが」

「便利でしょう?」

「便利ですね」

「じゃあ、いいではないですか」

「……そ、そうですね」


 宰相さいしょうさん。押し切った。


「念のため、袋の中身も確認されますか?」

「そうだな。お願いしましょう」

「……承知いたしました」


 輜重隊しちょうたいの兵士さんが天幕の中に入った。

 麦の袋に触れた。

 袋が透明になった。


「こ、このように! すべての袋がいっぱいになっているのを確認しましたぁ!」

「便利ですね」

「べんりですぅ!」

「と、いうことです。よろしいでしょうか、陛下」

「……うむ。よいのではないかな?」


 なんで俺の方を見るんですか、ルキエ陛下。宰相閣下も。

 だって宰相閣下さいしょうかっかは、「兵糧ひょうろうを準備してることを兵に示すのが大事」って言ってたじゃないですか。


「では、管理をよろしく頼むのじゃ」

「ご苦労さまです」

「「「はっ! 了解いたしました!!」」」


 兵士さんたちがルキエと宰相ケルヴに向かって一礼する。

 そうして、俺たちは元の天幕に向かって歩き出す。


「光の『魔織布』が役に立って良かったです」

「まさか、こんな使い方があるなんて思いませんでした……」


 俺の言葉に、メイベルがうなずく。

 光の『魔織布』は魔力を通すと透明になる。

 服に使うと大変なことになる。着た瞬間、下着姿になっちゃうからだ。


 だけど、それは逆に言うと、中身を簡単に確認できるという意味でもあるんだ。

 たとえば水袋に使えば、残りの水の量がすぐにわかるし、倉庫の天幕に使えば、食料や武器がちゃんとそろってるかどうか、簡単に確認できる。

 そんなわけで、俺はルキエと宰相ケルヴさんに進言して、天幕テントに使ってもらうことにしたんだ。


「このやり方を思いついたのはメイベルのおかげだよ。ありがとう」


 俺はメイベルに向かって言った。


「『部下の体調を確認するために、光の「魔織布」で服を作るのはどうでしょう』って言ってくれたよね。あれで、こういう使い方もあるって思いついたんだ。すごいよ。メイベル」

「……た、ただの思いつきです。実行はしてないです。本当です」

「うん。わかってる。でも感謝してるから」


 おかげで光の『魔織布』にも使い道ができた。

 やっぱりいいな。自分の作った素材が役に立ってるのを見るのは。


 そんなことを話しながら、天幕に戻ると──


「……すまぬな、トールよ」


 不意に、ルキエがそんなことを言った。

 左右を見回して、まわりに控える隊長さんたちを見回しながら、


「本来なら、もっとたくさん、お主の作ったマジックアイテムを使ってやりたかった。『簡易倉庫』があれば、兵糧ひょうろう運搬うんぱんも楽になるはずだったのじゃ」

「陛下の責任ではありません。マジックアイテムの使用制限を提案したのは私です」


 宰相ケルヴさんが、俺に向かってうなずいた。


「効果が大きすぎるマジックアイテムは、一気に普及させるとトラブルの元になります。ですので、今回はトールどののアイテムの使用は、一部の者に制限いたしました」

「それは仕方がないと思います」


 俺は言った。


 まぁ、いきなり『錬金術師が収納空間を作ったので、兵糧運搬は手ぶらで』なんて言っても、みんなとまどうからね。

『通気性のいい服』くらいなら、そんなに気にならないんだろうけど。


「それに、隊長クラスの方々かたがたは、マジックアイテムを使ってくれていますから」

「そうじゃな。一部の者には訓練の上、装備させておる」

「錬金術師としては、それだけで十分です」

「うむ。それらは有効に活用させてもらう。それでは、皆の者──」


 仮面の魔王ルキエは俺から視線を外して、周囲の者たちを見回した。


「帝国の兵団と合流する前に、今回の作戦についての確認をする」

「「「はい! 魔王ルキエ陛下!!」」」

「作戦の目的は『魔獣ガルガロッサ』の討伐じゃ。魔王領の者だけでも討伐は可能じゃが、ここは帝国領の近くでもある。帝国を刺激せぬために、事情を話して共同作戦を行うこととなった。これは魔王領と帝国が、友誼ゆうぎを結ぶ意味もある」

「両国が共同作戦を行うのは初めてのことです」


 ルキエの言葉を、宰相ケルヴが引き継いだ。


「成功すれば、両国の友好も深まりましょう。鉱山を開発した後の交易も、スムーズに進むかと思われます。皆さんは、それを心に留めておいてください」

「「「承知しました!!」」」

「では、作戦についての説明をするとしよう。ケルヴよ、頼む」

「はい。陛下」


 宰相のケルヴさんが前に出た。

 テーブルの上の地図を指さして、説明を始める。


「偵察兵の情報によると『魔獣ガルガロッサ』と小蜘蛛こぐもたちは、山の中腹の岩場にすみついております。クモ型の魔獣だけあって、奴らが吐き出す糸は危険です。囲まれないように、近くの林までおびきだし戦うのがいいでしょう」

「糸への対策としては、ライゼンガ将軍が率いる火炎巨人イフリート眷属部隊けんぞくぶたいの、炎が重要になるのじゃな」


 魔王ルキエはうなずく。


「はい。ライゼンガ将軍と配下のサラマンダーたちには、前線に出ていただきます。強力な『火の魔力』による炎で、敵の糸を焼き払います」


 宰相ケルヴは説明を続ける。


「彼らにはトールどのが作られた『超小型簡易倉庫ちょうこがたかんいそうこ』を持たせてあります。焼き尽くせなかった糸は、その中に収納するように伝達しております」

「糸の対策は十分じゃと思う。なにか意見がある者はいるか?」


 反応なし。

 魔王ルキエは周囲を見回す、また、話し始める。


「糸を封じたあとで、ライゼンガ将軍の部隊と、ミノタウロス部隊が接近戦を行う。これについてはどうじゃ」

「はい。力と速度では将軍の部隊の方が上ですが、ミノタウロス部隊にはトールどのが作られた『健康増進ペンダント』を装備させております。彼らは『水の魔力』が使えます。それを変換することで、将軍の部隊と同等の力を出せることは確認済みです」

「う、うむ……これについても意見は……ないようじゃな」

「ないようですね」

「そ、そうか。最後に、遠距離攻撃じゃが」

「後衛はエルフ部隊が担当します。そこが、陛下のいらっしゃる本陣となります。本来ですと、魔獣に接近しなければ魔術攻撃は届きませんが、今回は試験的にトールどのの『レーザーポインター』を3個用意しております。射程距離が伸びるのは確認済みですので……問題はないかと……」

「……そうじゃな」

「そ、それではまとめに入ります」


 魔獣がはき出す糸への対策。

 対策:ライゼンガ将軍の部隊が焼き払う。焼き尽くせなかった分は『超小型簡易倉庫』に収納する。


 接近戦部隊の戦力のばらつきへの対策。

 対策:ミノタウロス部隊を『健康増進ペンダント』で強化する。


 魔術攻撃部隊の安全性の問題について。

 対策:『レーザーポインター』で魔術の射程距離を上げる。解決。


「……ここまで聞いて、なにか問題点に気づいた者はおるか?」

「「「「…………」」」」


 だからなんで俺の方を見るんですか、魔王領軍の隊長さんたち。



「……『魔獣ガルガロッサ』と小蜘蛛の糸攻撃への対策、できちゃいましたね」

「……われらミノタウロスと、将軍の火炎巨人イフリートの子孫部隊との戦闘能力の違いも……問題解決していますなぁ」

「……我らエルフは落ち着いて、安全なところから攻撃できる。陛下も安全でいられる、と」



 隊長さんたちはそろって、安心したような息を吐いた。


「皆の者。油断するでない!」


 不意に、魔王ルキエが声をあげた。


「戦場ではなにが起きるかわからぬのだ。いくらトールのマジックアイテムで戦力が底上げされたとはいえ、自分たちは勝てる、という思いは、認識をゆがめてしまう。思わぬ敗北に繋がるのじゃ。心せよ!!」

「「「は、はい!!」」」


 さすが、ルキエだ。

 彼女は『人間に学ぶ』ことを大切にしている。

 初代魔王が異世界の勇者に敗れたことから生まれたそのスローガンは、決して忘れることはないんだろうな。かっこいいな。


「それで、ケルヴよ。帝国との連携はどうなっておる?」

「申し訳ございません。陛下」


 宰相ケルヴが、重い口調でつぶやいた。


「いまだに帝国側からは、作戦についての連絡がないのです」

「まだじゃと?」

「使者のやりとりはしております。こちらの作戦も伝えました。ですが、帝国の兵団がどう動くのか、まったく言ってこないのです」

「……ううむ。なにを考えておるのじゃろうな」


 魔王ルキエは首をかしげてる。


 俺はふと、帝国の役所にいたときに読んだ歴史書を思い出していた。

 帝国の戦い方には、いくつかのパターンがある。


 帝国の兵団は、相手が強いときには、かなり慎重しんちょうに戦闘を行う。

 偵察ていさつを出して、少人数で様子を見て、奇襲きしゅうをかけて敵をゆさぶる。

 そうやって有利な状況を作ってから、全力をあげて敵を討つのがセオリーだ。


 逆に敵が弱い場合、話はまったく変わってくる。

「勝てる」と判断した場合、帝国側は時々、変な戦い方をすることがあるんだ。


 それは勇者時代から伝わる伝統的な戦い方『レベリング』だ。


 これは敵を集団で囲んで、味方の中で弱い者に攻撃させるというやり方で、兵士や冒険者が全体の底上げをするときに使われる。敵の攻撃は味方の強い者が防ぎ、弱い者がじわじわと敵を攻撃するというものだ。


 今回戦う『魔獣ガルガロッサ』は、配下の小蜘蛛こぐもを大量に連れている。

 小蜘蛛は数が多いけれど、そんなに強くない。

『魔獣ガルガロッサ』本体を抑え込む力があれば『レベリング』も可能だ。


 でも、まさか魔王領まで来て、そんなことしないよな。

 いくらなんでも考えすぎだ──


偵察ていさつに出ていたライゼンガ将軍の部隊から連絡がありました。緊急事態です!!」


 ──と、思っていたら、天幕に伝令の兵士が飛び込んできた。


「ドルガリア帝国の兵士たちは、すでに魔獣の配下と戦い始めています!! 場所は、山のふもとの岩場です! 帝国の兵士たちは『魔獣ガルガロッサ』と配下の小蜘蛛たちを挑発して、そこまで呼び寄せたようです。いかがいたしますか、魔王ルキエさま!!」


 真っ青な顔をした伝令兵は、そんなことをルキエたちに報告したのだった。

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