第163話「会談の準備をする」
──リカルド皇子視点──
リカルド皇子と兵士たちは、森で野営をしていた。
今日は、ソフィア皇女との会談の前日。
だから彼らは『ノーザの町』にすぐ行ける地点で、最後の打ち合わせをしていたのだった。
「殿下。発言をお許しいただきますか?」
打ち合わせの途中で、調査兵の隊長が
「ああ。構わぬ。言ってみるがいい」
リカルド皇子は力強くうなずいた。
許可を得た隊長は、ためらいがちな口調で、
「明日、殿下はソフィアさまと会談されるのですが、他に方法はないのでしょうか」
「何故そのようなことを?」
「ソフィアさまは陛下のご一族とはいえ、現在は大公国の領主です。力を借りるのは、大公国に借りを作ることにはなりませんか?」
「ならぬよ。このリカルドは兄として、家族と交渉するのだから」
隊長の心配を笑うように、リカルドは告げた。
「そうだな。今はそれしかない。名を失って実を取るということだ」
「名を失うとは、『不要姫』と呼ばれるソフィア殿下のお力を借りるということですね」
「帝都に戻り、金を用意するのは間に合わないからな」
『例の箱』を奪った者は、リカルド皇子に交渉を持ちかけてきた。
『箱が欲しいなら金を払え』と。
箱を所有している証拠として、謎の紙束を見せられた。
『例の箱』と同時に召喚されたもので、箱を開く方法が書かれているそうだ。
ちらりと目にしただけだが、この世界のものには見えなかった。
だから、リカルドは交渉に応じることにした。
犯人を捕らえるためには、再び接触しなければならないからだ。
だが、金を用意するには時間がかかる。
相手と接触するための見せ金も必要になる。だが、リカルドの手持ちでは足りない。
だから『ノーザの町』の領主である、妹ソフィアの協力を得ることにしたのだ。
「ソフィアに会ったら、兵をあの者の宿舎に送り込んだことを認める。あの者をみくびっていたことも謝罪しよう」
リカルドは言った。
「そうして、金と兵を借りるのだ。皇帝陛下の命を受けたこのリカルドが頭を下げれば、ソフィアも悪い気はしないだろう。その後、ダリル・ザンノーとやらに手付金を払い、交渉を長引かせる」
「交渉が長引けば、接触の機会も増えますな」
「ソフィアから借りた兵で
リカルド皇子は不敵な笑みを浮かべた。
「ソフィアには、皇帝の勅命である極秘任務に協力した、という
「ソフィアさまが帝都に戻れるように……ですか?」
「そうだ。ソフィアに感謝の心があるなら、このリカルドに協力するようになるはず。兄弟姉妹に協力者ができるのは悪くない。
「ですが……」
「どうした?」
「いえ、リカルド殿下のお考えを否定するようなことは、申し上げるべきではないかと」
「なにを言う。このリカルドの
リカルド皇子は気安い口調で、調査部隊隊長の肩を叩いた。
「人を率いる者が、部下の言葉に耳を傾けないことがあるものか。そうだろう?」
「「……おぉ。殿下」」
まるで友人に対するような行為に、周囲の兵士が声を漏らす。
この数日間、リカルド皇子は兵士と同じように野営し、同じ天幕で休み、同じものを食べてきた。
まるで、兵士の苦労を分かち合おうとしているように。
リカルド皇子は失敗には厳しいが、働きには正当な評価をくれる。
その上、彼はソフィア皇女に膝を屈して、捕らえられた兵士を助けようとしているのだ。
兵士たちが忠誠を感じるには十分だった。
「では、申し上げます。ソフィアさまが『ノーザの町』に居続けることを望まれた場合は、どうされますか?」
「そんなはずはない。それはありえないぞ」
部隊長の言葉を、リカルド皇子は笑い飛ばした。
皇位継承権を失っているとはいえ、ソフィア皇女も皇帝の娘だ。
ならば強さを求めているはず。戦闘力がないならば、権力を。そうでなければいけない。
それが、リカルドの判断だった。
「自分自身に戦闘能力がなくても、やりようはある。たとえばソフィアが兵を連れて帝都に戻り、その指揮能力を示すという手段もあるのだ。そうすれば、多少は大事にされるようになるだろう。このリカルドの
リカルドはソフィアに、その権利を与えようと考えている。
それは『不要姫』と呼ばれた妹にとって、感謝すべきことのはずだ。
「それを断るなど、ありえるはずがない。ないのだ。そうだろう?」
「はい。おっしゃる通りです。殿下」
兵士たちは、奇妙な感動を覚えていた。
リカルド皇子の、自信たっぷりの言葉を聞いていると、すべてが上手くいくような気がする。
捕らえられた仲間のことも、いまだ『例の箱』が手には入っていないことも忘れそうになる。
それは、リカルド皇子のカリスマによるものだったのかもしれない。
もちろん、それで事態が進展するかどうかは別問題だったが、盛り上がった空気に水を差すような者は、この場には存在しない。
「他に意見があるなら言って欲しい。
「で、では、申し上げます」
兵士のひとりが進み出る。
「今回の件に、魔王領が介入していた場合、どうなさいますか」
「魔王領か……」
「国境地帯の交易所は、魔王領の者も利用しております。兵士が帰って来ないということは、魔王領の者たちが我々の存在に気づいている可能性もありましょう」
「ディアス兄は『魔王領に手出ししないように』と言っていた」
「となると、その場合は──」
「ソフィアを通して介入すれば、ディアス兄も文句は言わないだろう」
リカルド皇子はうなずいた。
「問題は、ダリル・ザンノーが他の者とも交渉していた場合だ。あやつは『例の箱』を売り渡そうとしていた。ならば、最も高い値をつけた者に渡すはず。仮に魔王領や……ソフィアと交渉していた場合は──」
相手がソフィアなら、箱を譲り受けるのはたやすい。
『お前が帝都に戻れるように動いてやる』──これでいい。
それだけで、ソフィアは『例の箱』を譲るだろう。
箱が魔王領の手に渡っていた場合は、ソフィアを通じて交渉する。
仮に魔王領から箱を譲り受けるのに失敗したなら、それはソフィアの失敗にもなるはず。
大公国の領主の失敗だ。その傷口を広げれば、大公カロンの力を削ぐこともできる。
「リカルド殿下はそこまで考えて、ソフィアさまを巻き込むこととされたのですか」
「このリカルドはディアス兄とは違う。帝国が捨てたものであっても、使い道があるなら、拾って使う。ああ、使いこなしてやるとも」
模擬戦で皇太子ディアスは大公カロンに敗北している。
皇太子を倒した大公の力を削いだとなれば、相対的にリカルド皇子の名は上がるだろう。
ソフィアを巻き込むことは、リカルドにとって十分なメリットがあるのだ。
「今からソフィアの喜ぶ顔が見えるようだ。帝都に戻るきっかけがつかめるのだからな。双子の妹であるリアナのほかにも、自分を気に掛けている皇子がいる。それだけで、大いなる名誉を感じることだろう。うむ。間違いないぞ」
兵士たちに囲まれながら、リカルド皇子はそんなことを宣言したのだった。
──トール視点──
「繰り返しになりますが、私の目的は、この『ノーザの町』の領主を続けることにあります」
ソフィア皇女は言った。
「明日、リカルド皇子と会談するのはそのためです。皆さまの協力をお願いいたします」
「承知しています。ソフィア殿下」
俺は一礼してから、うなずいた。
ここは『ノーザの町』にある、ソフィア皇女の屋敷だ。
その奥にある応接間で、俺たちは打ち合わせをしていた。
この場所で明日、ソフィア皇女とリカルド皇子の会談が行われるからだ。
だから今日のうちに、捜索で得たものを交換することにしたんだ。
「では、魔王陛下から許可をいただきましたので、『耐火金庫』をお渡しいたします」
「ありがとうございます。こちらも『異世界の資料』を差し上げますね」
俺とソフィアは、あらかじめ決めておいた
部屋には俺とメイベル、ソフィアとアイザック部隊長がいる。
ここで行われるのは、魔王領と大公領との正式なやりとりだ。
だから俺もメイベルも正装してる。魔王領の代表だからね。
ソフィアの前だけど、少し緊張するな……。
「では、受け取りにサインをお願いします。ソフィア殿下」
「はい。こちらもお願いいたしますね」
そうして俺たちは、引き渡しの書類にサインをした。
これで正式に『耐火金庫』と『異世界の資料』の交換が成立したことになる。
「それでは、資料をお渡しいたします」
ソフィア皇女は木箱から紙束を取り出した。
分厚い紙束──『異世界の資料』だ。
名もなき異世界の研究者が記したもので、『超高振動ブレード』を初めとした武器について記されている。むちゃくちゃ気になる資料だ。
ソフィアはそれを手に取って俺に──って、あれ?
どうしてそのまま通り過ぎるの?
俺に渡すんじゃないの? どうして素通りしてメイベルに……?
俺が不思議そうな顔をしていると──
「実は……私の方に魔王ルキエさまから書状が参りまして、そこには『資料はメイベル・リフレインに預けるべし』と書かれておりました。トール・カナンさまには会談の立会人をお願いしておりますので、それに専念できるように、と」
………………ひどいです魔王陛下。
なんてことですか、陛下。
生殺しとはこのことです。魔王ルキエ陛下……。
目の前に異世界の資料があるのに、読むことができないなんて……って、メイベルは資料を俺の方に向けて、ぺらぺらめくってくれてるね。本物かどうか確認する必要があるからだね。ありがとう。少しだけ救われた気がするよ。一瞬じゃ資料の詳細まではわからないけどね……。
「……確認しました。間違いなく本物です」
「はい。魔王領の方々を偽るような真似はいたしません」
「そうですよね……本物なんですよね。『異世界の資料』なんですよね……」
なんだろう、この気持ち。
かつて召喚された勇者が、自分には使えない魔法の武器を指さして『手の届かないブドウに興味はない。あの魔法剣はすっぱいに違いない!』と言ってたという故事があるけど……今はその勇者の気持ちがわかるような気がする。
そっか。あの『異世界の資料』は、きっとすっぱいんだね……。
「あ、そういえば書状には追記がありました。『ソフィア皇女の会談に立ち会った後は、資料はトール・カナンに預け、自由な研究を許す』とのことです」
「そういうことならしょうがないですね!」
なんだ。それならそうと言ってくれればいいのに。
ルキエも意地悪だなぁ。
要は『今は仕事に集中しろ。あとで好きなだけ研究させてやる』ってことだよね?
そういうことは直接、俺に伝えてくれればいいのに。
そしたら『異世界の資料は』俺からメイベルに──2時間くらい
気を使わなくていいのになぁ。ほんとに。
「忘れるところでした。その『耐火金庫』ですけど、鍵は掛かっていません」
俺は『耐火金庫』を指さした。
「今はロック番号を自由に設定できる状態にしてあります。説明書にあった『リセット方法』についての写しを作っておきました。それを見て、ソフィア殿下のお好きな番号を設定してください」
「番号……ですか?」
「ダイヤルのところに記号がありますよね? あれが異世界の数字なんです。ゼロから9までを現しています。それを好きな順番で回して、内部のスイッチを入れると、暗証番号というものが設定できるようです」
「わ、わかりました。なんとかやってみます」
「疑問点があったら聞いてくださいね。アフターサービスしますから」
「ありがとうございます。それで……その、暗証番号の情報なのですが」
ソフィアは周囲に聞こえないように、声を潜めて、
「……トール・カナンさまは察していらっしゃると思いますが、私はその暗証番号を、帝国との取り引き材料とするつもりでおります」
「……はい。わかってます」
ソフィアが『耐火金庫』を帝国側に渡す目的は、リカルド皇子から
リカルド皇子はおそらく、帝国上層部の指示で『例の箱』を調べに来ている。
その皇子が、正式な交渉の場で発言した言葉は意味を持つ。
だから『耐火金庫』を渡すのと引き換えに『ノーザの町とその周辺は大公国の領地であり、その地は無期限でソフィア皇女が治めることを許す』という言質を取る。
それはソフィアがこの地に居続けるための武器になるはずだ。
もちろん発言は文書に残して、リカルド皇子のサインももらう。
『ボイスレコーダー』で録音もしておく。
先方が証拠として認めるかはわからないけど、記録は多い方がいいからね。
その後『耐火金庫』は鍵をかけた状態で帝国に引き渡す。
俺たちが一度、金庫を開けたことは秘密にして。
金庫の中には『偽手紙』が入っている。
『召喚魔術の危険性を訴えるための偽手紙』だ。
宰相ケルヴさんのアドバイスでいいものができた。
それは異世界の紙──『耐火金庫』の説明書の余白を切ったもの──を使い、異世界の言葉で書いてある。
帝国側が金庫を開いて、その手紙を訳すことができれば、彼らはそれを異世界からの警告と受け取るだろう。
それは、『勇者召喚』への
さらに──『耐火金庫』の暗証番号はソフィアが設定する。
その番号を『どこかで偶然見つけた』ことにして、リアナがそれを知っていることを帝国に知らせれば──
「……色々と、使い道があると思うのです」
「……よいお考えですね。ソフィア殿下」
「……どれほどの譲歩が引き出せるかは、まだ考え中なのですが」
「……帝国側がロックを解除する代わりに、魔術で金庫で破壊することはありますか?」
「……ないと思います。皇帝一族は、勇者世界のものを大切にしていますから」
ひそひそひそ。
俺たちは声を潜めて話し合う。
今回、帝国側には迷惑をかけられたからね。
ソフィア皇女は宿舎に、魔王領は交易所に、あちらの兵士に侵入されてる。
これくらいの仕返しはしてもいいと思うんだ。
「そういえば『耐火金庫』があった小屋は、ドロシーさんたち『レディ・オマワリサン部隊』が見張ってるんですよね? なにか変化はありましたか?」
「……いいえ」
「そうですか。ダリル・ザンノーが、仲間のところに戻ると思ったんですけど」
「ですが、兵士たちは時折、狼の吠える声を耳にしたそうです。もしかしたら敵はこちらの気配に気づいて、小屋を放棄したのかもしれません」
「仲間も『耐火金庫』も捨ててですか?」
「もしそうなら、相当に手強い相手のようです」
だよなぁ。
帝国を出し抜いて、『例の箱』を手に入れたのに、それに執着もしていない。
それは自分の利益よりも、こちらに尻尾をつかませないことを優先したってことだ。
ダリル・ザンノーという人は、かなり優秀みたいだ。
だから『耐火金庫』は、さっさと帝国に押しつけた方がいいよね?
「私としては、早く国境地帯が落ち着いて欲しいのですけれど」
「リカルド皇子との会談が終われば、一段落つきますよ。明日までの辛抱です」
「そうですね。トール・カナンさまも、側にいてくださるのですから」
そう言って、ソフィアは優しい笑みを浮かべてみせた。
でも、やっぱり少し疲れが見える。
『フットバス』は使ってるみたいだけど、身体が疲れるのはしょうがないよな。
昨日まで、ソフィアは俺たちと一緒に対策チームをやってたんだから。
なにか元気づけられるような話は──
「そういえば、殿下に見ていただきたいものがあったのでした」
忘れてた。
「殿下もメイベルも、アイザックさまも見てもらえますか? 急いで作ったアイテムなので、たいしたものじゃないんですけど」
俺はみんなを見回して、告げる。
アイザックさんもメイベルもうなずいてる。もちろん、ソフィアも。
「はい。拝見します。どのようなものでしょうか?」
「『耐火金庫』を参考に作った剣です」
俺は言った。
ソフィア皇女の目が点になった。
「『耐火金庫』を参考にした剣ですか? でも、あれは物を安全に保管するためのもので、武器ではないのですよね?」
「それでも勇者世界のものですからね。アイテム作成のヒントにはなりますよ」
「どのような剣なのでしょうか?」
「俺は、『それっぽい剣』と呼んでいます」
俺は『超小型簡易倉庫』から剣を──っと、ここは魔王領と『ノーザの町』の公式会談の場だ。
皇女殿下の前で剣を取り出すわけにはいかないか。
「すいませんアイザックさん。ソフィア殿下に剣をお見せしたいのですが、アイザックさんが受け取っていただけますか? 俺が殿下の目の前で剣を取り出すわけにはいきませんから」
「あ、ああ、構わないが……」
「ありがとうございます」
俺は改めて、『超小型簡易倉庫』から剣を取り出した。
鞘がついたままのそれを、両手で持ち、アイザックさんに差し出す。
「む? やけに重いな……いや、これは!? 柄についているダイヤルは、『例の箱』の!?」
「はい。あれと同じロック機構がついています」
俺は説明をはじめる。
「これが異世界の『耐火金庫』を参考に作った『それっぽい剣』です」
────────────────
『それっぽい剣』(属性:なし。魔石:不使用)
勇者世界の『耐火金庫』の参考に作られた剣。
柄にダイヤルがついている。
通常状態ではロックがかかっていて、抜くことはできない。
ダイヤルを決められた数字に合わせるとロックが外れ、抜けるようになる。
────────────────
「ぬ、抜けぬ。かなり固いロックのようだ……」
「ダイヤルを『3・6・1』に合わせてみてください。3番目の数字と、6番目と、最初の数字です。数字に合わせたら最初の位置に戻して──そうです」
かちり。
「おお! 抜けた。抜けたぞ!! ごらんください殿下。これが異世界の剣です!」
抜いた剣を両手に乗せて、アイザックさんは高々と掲げる。
「うーむ。不思議だな。まるで刀身が輝いているようだ。トール・カナンどの。この剣にはどんな能力があるのだ?」
「あ、はい。それなりに切れ味はいいと思います」
「……え?」
「ライゼンガ領の兵士さんが使ってた剣ですから、ちゃんと手入れされているかと」
「…………物理強化は? 魔力防御は? 能力が付与されているのではないのか?」
「ありませんよ。言ったじゃないですか、『それっぽい剣』だって」
「…………え?」
アイザックさんが、きょとんとした顔になる。
その向こうでソフィアも首をかしげてる。
メイベルも、ぽかん、と口を開けてる。
あれ? 俺はちゃんと説明したよね。
『耐火金庫』を参考にした『それっぽい剣』だって。
剣に『耐火金庫』のロック機構をつけただけだよ? 特殊能力は付与してないよ?
「あの……トール・カナンさま」
「はい。ソフィア殿下」
「この剣には、どのような意味があるのでしょうか?」
「勇者世界の剣っぽいという意味があります」
「そ、そうですね。勇者世界の剣にしか見えません」
「むちゃくちゃ強そうですよね?」
「強そうです。アイザックはどうですか?」
「……話を聞いた今も、小官には勇者世界の魔法剣のように思えます」
「……そうですよね」
「ですが…………冷静に考えると、普通の剣よりも重くて使いにくいですな。重量バランスも悪いです。柄にダイヤルがついているので、構えるときに持ちにくいのも欠点です。戦闘には向かないかと……いや、これは言葉が過ぎましたか?」
「いいえ」
俺は首を振った。
「アイザックさんは『オマワリサン部隊』の隊長で、優秀な戦士だと聞いています。そのような方から率直な感想をいただけるのはうれしいです。今すぐメモを取りたいくらいで」
「そ、そう言われると恐縮ですな」
「でも、戦闘には不向きなんですよね?」
「そうですな」
「それじゃ、一旦返していただけますか?」
「………………」
いや、どうして剣の
むちゃくちゃ名残惜しそうな顔をしてますけど。
「アイザック?」
「……わかっております。オマワリサンの名にかけて、お返しいたしますとも」
ゆっくりと剣を鞘に収めて、その状態の剣を、見つめて。
それから柄についたダイヤルを何度も回して──それから、
「…………き、貴重なものを見せていただいた。感謝する」
アイザックさんは震える手で、俺に『それっぽい剣』を差し出した。
「それじゃメイベル。預かっててくれる?」
「は、はい。トールさま」
俺は『それっぽい剣』をメイベルに手渡した。
『超小型簡易倉庫』に入れなかったのは、みんなの反応を見たかったからだ。
うん。ソフィアもアイザックさんも剣を見てるね。
特にアイザックさんは、すごくそわそわしてる。『それっぽい剣』が気になるみたいだ。
その反応を見ると、この剣を作った目的は達成できた。
やっぱりこのアイテムには、人の目を
「実は、重要なのは剣そのものじゃなくて、剣についたロック機構なんです」
「ロック機構、ですか?」
「元々は、とあるアイテムの安全装置として開発したものなんですけど」
このロック機構は『超高振動ブレード』の安全装置として作ったものだ。
あれは超高振動する剣だからね。うっかり抜いたら大変なことになる。
だから、ダイヤルを合わせないと抜けないような、しっかりとしたロック機構を考えてみたんだ。
でも、それはまだ
「それはとりあえず置いとくとして、剣にダイヤル式のロック機構をつけた意味をお伝えします」
俺は口調を改めて、
「失礼ながらうかがいますが……ソフィア殿下もアイザックさんも、『それっぽい剣』を異世界のアイテムだと勘違いされましたよね?」
「……そうですね」
「……小官には、いまだに異世界の剣にしか見えぬ」
「それは、ダイヤル式のロック機構が、この世界にないものだからですよね。変わっていて、かっこいいですから。だからおふたりは、異世界のアイテムだと勘違いしたわけですね」
「……はい」
「……その通りだ」
俺の言葉にうなずく、ソフィア皇女とアイザックさん。
直後、ソフィアがはっとした顔になる。
さすがに鋭いな。
「もしかしてトール・カナンさまは『ダイヤル式のロック機構』を商品化されるおつもりなのですか!?」
「おっしゃる通りです。殿下」
『耐火金庫』のロック機構の構造は、説明書に書いてある。
俺も『耐火金庫』を色々調べたから、どういう仕組みかもわかってる。
魔王領にいる
だから、ロック機構を利用した商品を作ろうと思ったんだ。
たとえば扉にくっつけて、ダイヤルを合わせたら開く鍵とか。
宝箱に後付けできるようなタイプとか。
捕虜を拘束するための、ダイヤル式の
使い道はいくらでも思いつくからね。
「ダイヤル式のロック機構はかっこいいですから、『耐火金庫』を知らない人にも売れるんじゃないかと思います」
「……なるほど」
「…………小官なら買ってしまうでしょうな……」
というか、アイザックさん、お財布の中身を確認してるね?
『それっぽい剣』は非売品ですからね? プレゼンテーション用に作っただけだからね?
剣としては無茶苦茶使いにくいですからね?
むしろロック機構のせいで、剣としての価値は落ちてますから。
「『それっぽい剣』はまた持ってきます。その時にお貸ししますよ」
「感謝する。トール・カナンどの」
アイザックさんはうなずいた。
とりあえず、プレゼンテーションは成功だ。
実は──ソフィアとアイザックさんには言わなかったことがある。
ふたりが『それっぽい剣』を異世界のアイテムだと思い込んだのは、あれが不思議でかっこいいからだけじゃない。
その前にソフィアとアイザックさんが、ダイヤル式の『耐火金庫』を見ていたからだ。
そこにダイヤル式の『耐火金庫』があり、同じようなダイヤルがついた『それっぽい剣』があれば、同じ異世界のアイテムだと思い込んでしまう。それは普通に考えられることだ。
そして、リカルド皇子との交渉の後、『耐火金庫』は帝都へと運ばれていく。
皇帝一族や高官たちも『耐火金庫』を見るだろう。
興味を持って、ダイヤルを回したりするかもしれない。
その後、同じような『ダイヤル式のロック機構』のアイテムが売っていたら気になるはずだ。
だって、
たとえそれが、かなりの高値であっても。
それが魔王領により、帝国の高官向けに作られたものであっても。
──まぁ、今のところは、ただの思いつきでしかないんだけど。
その前に『ダイヤル式ロック機構』を完璧にしなきゃいけないし。
商品化するなら、複製されないような工夫も必要だ。
それに、『それっぽい剣』に仕込んだのは、試作品だからね。ダイヤルの滑りも悪いし、ロック機構も不完全なんだ。
魔王領に戻ったら、職人さんと話し合って、もっといい作り方を考えよう。
だから商品化は、まだまだ先の話なんだ。
──そんなわけで、その後も俺たちは明日の打ち合わせを続けた。
リカルド皇子が連れてくる兵士の扱い。
捕虜にした連中の引き渡し方法と条件。
ソフィアと魔王領の関係について、どこまでを秘密にするか。
そんなことを話しているうちに、時間は過ぎて──
「では、今日はこれで失礼します」
「失礼いたします。ソフィア殿下」
俺とメイベルはソフィアに一礼した。
明日の会談で、俺は帝国の皇子と初めて顔を合わせることになる。
帝国の皇子がどんな人間だったか、ルキエにちゃんと伝えられるようにしておかないとね。
「殿下も、今日は早めにお休みください」
「はい。今日は足をお湯につけて、猫さんやフクロウさんを愛でてから、早めに寝ることにいたしますね」
「それがいいと思います」
俺とソフィアは視線を合わせて、うなずき合う。
『今日は「フットバス」を使って、
──それが、俺とソフィアだけの間で伝わるメッセージだ。
不思議そうな表情のアイザックさんにも一礼して、俺たちは応接間を出たのだった。
それからで、俺たちは宿舎に戻り──
俺とメイベルとアグニスで、ソフィア皇女との会談の内容を書状に記して──
その後、少しだけ『それっぽい剣』の調整をして──
ソフィアに『明日のために、今日は早めにお休みください』と言った手前、俺も、いつもよりちょっとだけ早い時間に、寝床に入ることにしたのだった。
──────────────────
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