第162話「メイベルとデートする」

 それから、俺とメイベルは町に出た。


「私、人間の町でお散歩するのは初めてです」


 メイベルは目を輝かせてる。


 ここは『ノーザの町』の大通り。

 まわりにはたくさんの露店ろてんが並んでいる。


 ここで売っているのは、主に野菜や肉などの食料品。

 たまに雑貨やアクセサリーなども並んでいる。

 国境地帯の交易所よりも、安価なものが多いみたいだ。


「……やっぱり、魔王領とはかなり違いますね」

「……そうだね。品数は、ライゼンガ領の方が多いみたいだ」


 俺が言うと、メイベルは首をかしげて、


「それもそうなんですけど。やっぱり人間の世界の市場はすごく『揃っている』気がします」

「揃っている?」

「はい。統一感があるというか……みんな一緒な感じがするというか……すいません。うまく言えないです」

「ううん。なんとなくわかるよ」


 国境地帯の交易所には、色々な種族がいた。

 人間、エルフ、ミノタウロス、リザードマン、ドワーフ。

 あの場所は、まさに種族のるつぼだった。


「──でも、この町の市場には人間しかいない。メイベルの言う『揃っている』というのは、そういうことなんだろ?」

「す、すごいです。トールさま。私の言いたいことをわかってくださいます!」


 メイベルは感動したような顔で、何度もうなずいた。


「この市場を見ていると、人間が亜人や魔族を恐れる理由がわかるような気がするんです。この中に別の種族がいると、すごく目立ちますから。私も正体を隠してここにいると、なんだか不安で……」

「気持ちはわかるよ。俺も、帝都で似たような気分だったから」

「トールさまも?」

「帝都で俺のまわりにいたのは、強力な戦闘能力を持つ貴族ばっかりだったからね……」


 戦闘力を持たない俺にとって帝国貴族は、異種族のようなものだった。

 たぶん、貴族たちにとっても、俺は異物だったんだろう。


 親父や帝国貴族は、そんな異物を許さなかった。

 だから俺を追放することにしたんだろうな。


「というわけで、俺は魔王領の方が落ち着くんだ。メイベルと同じだよ」

「私とトールさまが、おんなじ……」

「でも、不安なら、宿舎に戻ろうか?」

「いいえ。行きます」


 メイベルは、ぐっ、と、こぶしを握りしめた。


「せっかく来たのですから、トールさまと一緒に、人間の町を歩いてみたいです!」

「わかった。じゃあ、はぐれないように……」


 気づくと、俺はメイベルの手を取っていた。

 メイベルが、大きな目で、俺を見た。


 それから──メイベルは自分の手を重ねて、軽く、握り返した。

 白くて細い指が、かすかに震えてる。

 だから俺たちは互いの指の間に、指を滑り込ませる。その震えが、止まるように。


「そ、それじゃ行こうか」

「は、はい。トールさま」


 俺たちは市場に向かって歩き出す。


『部分隠し用ヘアーピース』のおかげで、メイベルのエルフ耳は隠れてる。

 フードをかぶっているのは、それでも落ち着かないからだろう。

 おそろいで俺もフードを被ってる。一般的な旅人の姿だから、目立たないはずだ。


 足元には白猫のソレーユがいる。


 市場の入り口で待っていたソレーユは、俺の身体を駆け上がり、空いてる腕にしがみつく。

 俺は右手でメイベルの手を握りながら、左手でソレーユを抱える。

 両手がふさがってるけど、どのみち俺に戦闘能力はない。

 それなら、ソレーユが側にいてくれた方が安全だ。


 それに、近くの木には赤・青・黄色のフクロウ──なりきり羽妖精ピクシーがいる。

 俺たちを護衛してくれるみたいだ。


「見てくださいトールさま。美味しそうなお菓子がありますよ」


 メイベルが露店のひとつを指さした。

 店先には、飴色あめいろの焼き菓子が並んでいる。


「『ノーザの町』名産のお菓子だね」

「にゃーん」


 俺と猫のソレーユがうなずく。

 あれはソフィア皇女を訪ねたときに、お茶けに出てくるものだ。

 俺も食べたことがある。


「メイベルは食べたことなかったっけ」

「は、はい。どんな味がするのでしょう?」

「甘くて美味しいよ。少し食べにくいけど──」

「……食感はサクサクパリパリなのよ。生地にハチミツが練り込んであるのだけれど、もう少し量が多い方がソレーユの好みなの。まおうりょ──いえ、故郷の焼き菓子の方が洗練されているのよ。あと、かじると生地がぽろぽろ落ちるのが食べにくいの……にゃーん!」


 俺とメイベルの耳元にささやくソレーユ。

 店のおばさんに不審に思われないように『にゃーん』を付けることを忘れない。さすがだ。


「買って帰って、みんなのおやつにしようか」

「そうですね」

「にゃーん」「「「ホーホーホー」」」


 メイベルがお金を払って、焼き菓子を受け取る。

 繋いだ手に力が入る。緊張してるみたいだ。

 人間の世界でメイベルが買い物をするのは、初めてだからね。


 応援するように、俺は手を握り返す。

 そのたびに反応が返ってくる。ぎゅ、ぎゅっ、って。


「……ふたりとも、両手がふさがっちゃいましたね」

「……そうだね」

「……手が塞がってると、危ないですね」

「……ひったくりが出るかもしれないからね」


 俺とメイベルは、繋がったままの手を見た。


「いやいや、この町は辺境にしちゃ、むちゃくちゃ治安のいい町だよ?」


 不意に、露店のおばさんが言った。


「前はそうでもなかったけどね。ソフィア殿下がいらしてから、かなり安全な町になったのさ」

「そうなんですか?」

「ごらん。町のあちこちに『オマワリサン』がいらっしゃるだろ?」


 言われてみると確かに、道の角には兵士の人たちが立っている。

 アイザック部隊長率いる『オマワリサン部隊』だ。


「『オマワリサン』は、町のあちこちにいらっしゃるのさ。最近は『レディ・オマワリサン』もいるからね。なにかあったら、すぐに対応してくれるよ」

「そういえば以前、子どもがさらわれるのを見かけたことがありますけど……」


 それは、以前にアグニスと来た時だ。

 子どもが連れ去られるのに居合わせたから、『防犯ブザー』で止めたんだ。

 その時は、あんまり治安がよくない町だって思ったんだけど。


「そうだね。あの事件から、アイザック・オマワリサンさまは『ハシュツジョ』というものを設置されたのさ」

「『ハシュツジョ』というと……勇者世界の?」

「わたしら庶民しょみんは知らないけど、そうらしいね」


『ハシュツジョ』というのは、勇者世界で『オマワリサン』が住んでいる場所だ。

 それをアイザックさんは『ノーザの町』にも設置することにしたのか。


 よく見ると『オマワリサン部隊』の後ろには看板があり、『第12ハシュツジョ』と書いてある。

 店のおばさんによると、同じものが町のあちこちにあるそうだ。

 困ったときは、あの看板のある場所に行けばいい……そんなことを、店のおばさんは教えてくれた。


 俺たちはお礼を言って歩き出す。

 焼き菓子は一旦、『超小型簡易倉庫』に入れて、また、手を繋ぎ直すと──



「オマワリサーン!」



 声がした。

『超小型簡易倉庫』を開けたときに、うっかり『防犯ブザー』を使っちゃったかと思ったけど──違った。

 道の向こうを見ると、町の子どもたちが『オマワリサン部隊』に手を振ってる。

 兵士さんは苦笑いして、子どもに手を振り返してる。

 それがうれしいのか、『ハシュツジョ』の看板のまわりに、子どもたちが集まってきてる。

 なるほど。『オマワリサン』は、この町の人気者なのか……。


「すごいな。この町は」

「はい。本当に治安のいいところです」

「それもあるけど……人間の世界で、兵士が威張いばってないのはめずらしいんだよ」

「そうなんですか?」

「帝国は『強さ』が最優先だからね。戦闘力の弱い庶民のことは、見下してる人が多いんだ」


 帝都の衛兵だって威張ってた。

 ケンカや強盗が起きても、呼ぶのをためらうくらいに。

『そんなことでオレたちをわずらわせるのか!』って感じだったからね。


 でも、この町の『オマワリサン』は、普通に町の人たちに溶け込んでる。

 子どもたちも、兵士たちを恐れていない。

 そういう町は、人間の世界では珍しいんだ。


「これが、ソフィア皇女の統治能力ってことかな」

「そうですね。本当に優秀な人ですから」


 メイベルは、ふと、気づいたように、


「でも、この町では『防犯ブザー』を使いにくいですね。使ったら、『オマワリサン部隊』の人たちが来ちゃいますから」

「……たぶん、ソフィア皇女とアイザックさんは、それも計算に入れてるんじゃないかな」

「え?」

「『オマワリサーン』の声がすれば、すぐに兵士たちが反応する。つまり、犯罪が起こったらすぐに反応できるわけだ。その声が『防犯ブザー』によるものなら、魔王領の者がいるのもわかる。俺たちの位置も特定できるからね」

「た、確かに。そうなりますね……」

「兵士さんが『オマワリサーン』の声に反応するようにしているのは、そういう意味もあるんだと思うよ」

「ほ、本当にすごい人ですね。ソフィアさまは」

「彼女が帝国のトップに立ってくれればいいんだけどね」


 ソフィア皇女には人望がある。人の上に立つための能力もある。

 弱さを知っている。

 弱い者の気持ちもわかる。強さへのこだわりもない。


 ソフィア皇女なら、帝国を優しい国にしてくれると思う。

 ただひたすら強さを求めるわけじゃなく、領土を広げるのでもなく。

 みんなが安心して暮らせる国にしてくれるんじゃないだろうか。


「でも今は、彼女が『ノーザの町』の領主でいてくれるだけで十分だ」

「そうですね」

「おかげで、こうしてメイベルと一緒に町を歩けるんだから」

「……はい」

「にゃーん」

「ごめん。ソレーユもね」

「にゃ、にゃーん」


 時刻は、お昼の少し前。

 町の大通りを、俺たちはゆっくりと歩いている。


 手はずっと、繋いだまま。

 会話が少なくなったのは、照れくさいから。

 こうして一緒に歩いていられるだけで十分──そんな気がするんだ。


 その後も、俺たちは市場を見て回った。


 露店に寄って、お昼用の食材を見たり。

 アクセサリを見て、思わず素材を『鑑定把握かんていはあく』しそうになったり。

 リボンを3本 (メイベルと、ルキエとアグニスの分)買ったり。

 ちょっとしなびた果実を買って、木の下に座ってかじったり。


 そんな時間を過ごしていると──



「ホーホー。ルネでございます」



 黒いフクロウのルネが、俺たちのところにやってきた。


「書状をお届けにまいりましたー」

「ありがとうルネ。ルネも、果物食べる?」

「いただくのでございます。あ、ソレーユ。口のまわりが果汁だらけですよ?」

「にゃーん。にゃにゃーん」

「猫のふりをしても駄目です。そこに水場があるから、洗ってさしあげます」

「にゃーん────!」


 遠ざかっていくふたりの声を聞きながら、俺は書状を手に取った。

 3通あった。

 そのうち1通が、ルキエからのものだ。


 ルキエがくれたのは『例の箱と異世界の武器の資料の交換に応じるべし』という命令書。

 魔王が交換に同意したという、公式の文書だ。


 残りの2通は、ケルヴさんからのものだ。

 帝国に勇者召喚をさせないための、偽手紙のアイディアについて書かれている。

 ルキエに頼んだはずだけど、ケルヴさんが担当してくれることになったのかな?


 ケルヴさんの結論は簡単だった。


 ──偽手紙で『ハード・クリーチャー』の危険性を訴えるべき、だ。


 素直に『勇者世界には我々では敵わない魔獣がいる』ことを書けばいい、ということか。


 ……やっぱり、それしかないよな。

 帝国も蜘蛛型の魔獣『魔獣ガルガロッサ』やサソリ型の『魔獣ノーゼリアス』の脅威はよくわかっている。その危険性を訴えるのが一番いいからね。


 さすがはケルヴさん。的確な指摘だ。

 でも、どうして文字が乱れているんだろう。まるで馬車を揺らしながら書いたみたいに、文字がゆがみまくってる。しかも文章が途中で終わってる。


 もう一通にはなんて書いてあるかというと……あれ?


「……なんだろう。これ。すごく変な書状なんだけど」

「なにが書かれているのですか?」

「メイベルも読んでみて」

「あ、はい。えっと……『爆発しそう』『頭がぐちゃぐちゃ』『常識ってなんだろう……』と書いてありますね」

「どういう意味かな……?」

「わかりません。でも、宰相閣下さいしょうかっかのことですから、きっと、深い意味があるのだと思います」

「もしかしたら……2つの手紙を組み合わせろってことかな?」


 宰相ケルヴさんは『お掃除ロボット』のコンペの時も、すごいアイディアを出してくれた。

 あのときくれたのが、シンプルさを極めたような、丸い図だった。

 それをヒントに『球体型お掃除ロボット』ができたんだ。


 今回も同じような意味が込められているなら──


「帰ったら、ケルヴさんのアイディアを元にした『偽手紙』を作ってみるよ。メイベルもチェックしてくれるかな」

「はい。お手伝いします」

「ありがと。じゃあ、帰ろうか」


 俺たちは手を繋いで、宿に向かった。

 なんだか今日はずっと、メイベルとこうしているような気がする。

 まだ事件は終わってないし、これからソフィア皇女とリカルド皇子の交渉も残ってるけど──今は、これでいい。

 こうしてふたりで町を歩けただけで、十分だ。


「色々買い物をしましたから、帰ったらお昼を作りましょう」


 メイベルは俺の手を握ったまま、笑った。


「それから、えっと……人間の町の歩き方を、もっと教えてください。あ、でも、トールさまはお仕事がありますね。それが終わってから、お願いできますか?」

「もちろん。いいよ」

「それから、トールさまにはお昼寝をして欲しいです。昨夜もきっと『振動ウッドハンマー』と『低周波ベルト』を作るのに夜更かしをされていたのでしょう? だから、休んでいただきます。夕方になったらアグニスさまも帰ってきますから、一緒にご飯を作って……それから、それから」

「急がなくてもいいよ。メイベル」


 気づくと、メイベルのほっぺたが真っ赤になっていた。

 

「俺たちは、ずっと一緒にいるんだから。急がなくていいんだ」

「は、はい!」


 メイベルはうなずいた。

 それから、ふと、言葉の意味に気づいたように……頬を押さえて、


「え、トールさま……それって」

「さ、さぁ、じゃあ帰ろうか。ソレーユ、ルネ。羽妖精のみんなも、一緒に帰るよ」


「にゃーん」「「「ホーホーなのですー」」」


 こうして、俺とメイベルの町歩きは、無事に終わり──

 俺はメイベルの淹れてくれたお茶を飲みながら、『偽手紙』を仕上げて──


 そんな、のんびりした午後を過ごしたのだった。



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