第15話「幕間:帝国領での出来事(2)」

 ──トールが魔王領に着いたころ、ドルガリア帝国では──







 ここは、帝都の迎賓館げいひんかん

 貴族たちは、そこで夜のパーティを楽しんでいた。


 集まったのは、帝国でも名だたる貴族たち。

 中でも一番の注目を浴びているのは、公爵こうしゃくであるバルガ・リーガスだ。



「──おぉ、バルガ・リーガス公爵がいらっしゃったぞ」

「──さすが帝国第一位の貴族。堂々たる姿だ」

「──うわさでは帝国のために、ご子息を魔王領への人質として差し出したとか。なんという忠誠心だろうか……」



 公爵がパーティ会場を歩くと、貴族たちのささやきが聞こえてくる。


 リーガス公爵の強さは、帝国貴族の中でも上位に位置している。

 水属性の魔術で敵の動きを封じ込め、力任せに敵を斬るのが、彼の剣術だ。

 その破壊力は、貴族の誰もが認めるところだったのだ。


「やれやれ、わしも強くなりすぎたか。注目を浴びすぎるというのも面倒なものだな」


 公爵は肩をすくめた。

 その隣で公爵家の執事が、へつらうような笑みを浮かべている。


「公爵さまほどのお方であれば、仕方のないことでしょう。帝国の領土拡大のためには、公爵さまのお力が、より一層必要となります。公爵家の栄光はこれからでございますよ」

「まぁな。汚点だったあの者もいなくなったことだ。公爵家はこれからだろうよ」

「…………は、はい」

「なんだ、妙に歯切れが悪いな」

「い、いえ。あの……公爵さま」


 執事はおそるおそる、訊ねる。


「……トールどのの『錬金術』スキルについてなのですが」

「ああん!?」


 ぎろり、と、公爵が執事をにらんだ。


「奴のことは言うな! 奴は貴族として魔王領へと向かい、人質となった。貴族として帝国の役に立った。それだけだ。二度とその名を口にするな!!」

「ひぃぃ!」

「楽しい気分がだいなしだ。なにか飲み物を持って来い」

「は、はい!」


 一礼して、執事は飲み物が置いてある場所へと走り出した。


 公爵はまわりを見回した。

 貴族たちはこちらを見ていたが、無視することにした。

 今はもっと重要なことがある──そう考えて、公爵は主賓しゅひんの登場に備える。


 今日のパーティには第3皇女のリアナ殿下が出席する。

 公爵は最初にあいさつをすることになっているのだ。



「おお、殿下がいらっしゃったぞ!!」



 しばらくすると広間の扉が開き、ドレスをまとった皇女が姿を現す。

 桜色の髪に、青色の瞳。帝国第3皇女のリアナだ。

 美しいだけではなく、強力な光の魔力を持っている。

 その皇女は広間を見回し、バルガ・リーガス公爵の方を見て、




「──この場にふさわしくない者がおりますね。追い払いなさい」




 汚いものでも見るかのように、手を振った。


「「「……承知しょうちいたしました」」」


 衛兵たちが、公爵の腕をつかんだ。


「……リーガス公爵さま。リアナ皇女殿下のご命令です。ご退出ください」

「な、なにを言っている!? わしは、バルガ・リーガスだぞ!?」

「存じております。今はどうか、こちらへ」

「ええい放せ!!」


 公爵は衛兵の手を振り払った。

 そのまま、皇女リアナに向かって歩き出す。


「お待ち下さい。皇女殿下! どうしてわしが出ていかねばならぬのです! わしになんの罪があるというのですか!?」

「リーガス公爵。あなたとは話をしたくないのですが」

「一体なにをお怒りなのですか!?」

「……よく、そのようなことが言えますね」


 皇女リアナが、公爵を見た。

 青色の瞳が、怒りに燃えているようだった。


「わたくしと仲間を危険にさらしておいて! よくもまぁ、そのような言葉が出てくるものです!!」

「危険?」

「わたくしは公爵家こうしゃくけに、魔法剣の修理について依頼をしたはずです。おぼえておりますか?」

「は、はい」


 公爵はうなずいた。

 確かに宮廷から、そんな依頼を受けたような気がする。

 武器の管理は執事の仕事だから、そのまま任せたはずだったが──


「公爵家から、確かに修理したということで魔法剣を受け取りました。ですが、魔法剣は私の魔力に耐えきれず、修理した部分から刃こぼれが起きて……そのまま、ぽろぽろとくずれてしまったのです!」

「な、なんと!?」

「しかも、魔獣と戦っているときに」


 皇女の言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。

 貴族たちは戦闘スキルを持ち、魔獣との戦いも経験している。

 戦闘中に武器が壊れることがどのような意味を持つのか、彼らにもわかっているのだ。


「わたくしは危うく魔獣に殺されるところでした。助かったのは、かばってくれた仲間のおかげです」


 皇女はつらそうに目を伏せた。


「あとで調べたら、魔法剣が砕けた理由がわかりました。欠けた部分に、ただ金属片を継いだだけだったのです。その部分が魔力の流れをさえぎり、結果、剣そのものが崩壊ほうかいしてしまったのです。その修理をしたのはリーガス公爵家で、間違いございませんね?」

「──お、お待ち下さい……」


 公爵の頭が真っ白になった。

 まわりの貴族たちの声が聞こえる。



「──まぁ、リーガス公爵家がそんないい加減な修理を?」

「──魔法剣の修理だろう? 難しいのはわかっている。できないならできないと言えばいいのに……」

「──戦闘中に剣が折れることが、どれほど危険かわからないのか。公爵は──」



 公爵は、今、目の前で起きていることが信じられなかった。

 こんなことが、あっていいはずがなかった。


 公爵家は、邪魔な子どもを排除した。

 これからは栄光の道を駆け上がるはずだったのだ。

 皇女から責められ、貴族から後ろ指をさされるなど、あっていいはずがなかった。


「そ、それは、修理を担当した錬金術師れんきんじゅつしが、いい加減な仕事をしたに決まっております!!」


 だから、公爵は叫んだ。


「錬金術師など、ちょっと変わった鍛冶屋かじやのようなものです。役にも立たないスキルを鼻に掛けて、うまくごまかせると思ったのでしょう。罰せられるべきは錬金術師! そうではありませんか!?」

「私もそう思って工房に人をやったところ、こんな書類をいただきました」


 リアナ皇女は侍女に向かってうなずいた。

 侍女は手にしていた羊皮紙ようひしを、皇女に手渡す。

 皇女はそれを広げ、すべての貴族にわかるように示した。


「ここに証拠の書類があります。『魔法剣の完全な修理は難しい。ゆえに、リーガス公爵家は、見た目だけでもきれいに修理するように、工房に依頼をする。責任はすべて、リーガス公爵家が取る』と。公爵家の印と、公爵家執事こうしゃくけしつじのサインもございます。皆さま、よくごらんなさい」

「────な!?」

「「「おおおおおおっ!?」」」


 会場がどよめいた。

 さらに皇女は続ける。


「工房の錬金術師は言っていました。魔法剣は途中まで完全に修理されていたと。ただ、ちいさな欠損けっそんがあったために、そこから折れることになったのだろうと」


 皇女がうなずくと、侍女が砕けた魔法剣を差し出した。

 彼女の言葉の通り、剣はほとんどが砕けていた。

 残っているのは柄と、刀身の一部だけだ。


「不思議ですね。砕けずに残っているのは、その『完全な修理』をした部分だけなのです。その部分だけが私の『光の魔力』に耐えてくれました。おかげで、私は魔獣の爪をなんとか受け止めることができました。そうでなければ、命を落としてしたかもしれません」

「で、殿下は魔法剣を、儀式に使われるのではなかったのですか……?」

「最近、『光の魔力』が強くなってきたので、儀式と同時に魔獣まじゅうの討伐を行うことになったのです。公爵家にもその連絡はしたはずですが?」

「……う、うぅうううう」

「とにかく、わたくしは魔法剣の『完全な修理』をされた方に、命を救われたようなものです。錬金術師にも使える者はいるようですね。その者を私の道具としたいのですが、名前と居場所を教えていただけませんか?」


 皇女は言った。

 公爵は歯がみした。

 彼はその剣を誰が、『完全に修理』したのかを知らなかった。


 知っていたとしても言えなかっただろう。

 魔法剣を正しく修復した錬金術師──トールは魔王領に行ってしまった。

 その後のことはわからない。

 すでに死んでいるか、魔王領の牢獄ろうごくにでもいると思っている。

 今さら呼び戻せるわけがない。


「……そ、その剣を最初に修復したのは……おそらく流れ者の錬金術師れんきんじゅつしでしょう。行方は存じません」

「そうですか。残念です」


 皇女はため息をついた。


「いずれにせよ、あなたの顔は見たくありません。出ていきなさい。しばらく、皇家の者の前に出るのは控えるように!」

「で、殿下!?」

「話はここまでです」


 皇女リアナは公爵に目もくれず、その横を通り過ぎた。


「──お騒がせしてすいませんでした。皆さま。さぁ、パーティを続けましょう」


 皇女が手を叩くと、止まっていた音楽が流れ始める。

 貴族たちは、まるで公爵が存在しないかのように会話を再開した。


 衛兵たちは公爵を、建物の外へと引っ張っていく。

 放心状態のリーガス公爵は、抵抗さえできない。

 そのまま迎賓館げいひんかんの外へと連れ出され、ただ、放置された。

 それで終わりだった。

 衛兵たちも公爵をいないものとして、自分たちの仕事を始めた。


「──こ、公爵さま……」


 気づくと、真っ青な顔をした執事が、公爵の隣に立っていた。


「……貴様……なんてことをしてくれた!」


 公爵は叫んだ。


「魔法剣を、見た目だけ修理しただと!? その上、それとわかるような証拠を残すとは……ふざけるな! わしが恥をかいたのは貴様のせいではないか!!」

「も、申し訳ありません!! ですが……直すのは不可能だと、私は……」

「うるさい! 貴様の顔は見たくない。しばらくの間、ろう幽閉ゆうへいし、追って処分する!!」

「そ、そんな!?」

「おお、馬車と護衛の兵士が来たな。ちょうどいい」


 騒ぎを聞きつけた公爵家の馬車が、迎賓館けいひんかんの前にやってくる。


「こいつを連れて行け。しばらく、わしの前に現れぬようにせよ」


 公爵は、自家の兵士に向かって告げた。

 兵士たちはうなずき、執事を引きずって行く。


「こ、公爵さま……お許しを……」


 遠ざかっていく執事の声を聞きながら、公爵は馬車に乗り込んだ。


「今回の事件──いや、事故で、公爵家の名誉は地に落ちた。だが、挽回ばんかいの手段はある」


 成果を上げる。

 自分が存在していることが、帝国には大きなメリットであることを示すのだ。


「わしには作戦がある。帝国に新たなる利益をもたらす計画がな。おろかなる魔族と亜人どもをうまく利用できれば……名声は取り戻せる。いや、さらなる高みへと至れるはずだ」


 つぶやきながら、公爵は屋敷に向かったのだった。

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