第192話「トールとソフィア皇女、推理する」
──トール視点──
「『カースド・スマホ』は、もう発動しているのだと思います」
『正義の精神感応スマホ』を支配してから、数日後。
俺は『ノーザの町』で、ソフィア皇女と会っていた。
『カースド・スマホ』の対策について話をするためだ。
「あれが人の手にも渡っていなければいいのですが、もしも、誰かが入手しているとすると……」
「危険な魔術『
ソフィア皇女は、俺の言葉を引き継いだ。
部屋にいるのは俺とソフィア皇女と、伝令役の
彼女たちはソフィアやベッドの上でくつろいでる。
国境地帯はソフィア皇女の領地みたいなものだからね。
羽妖精にとっては、気兼ねなく遊びに来られるんだろうな。
「羽妖精のみんなにも、国境周辺を捜索してもらっています。でも……」
「申し訳ございません。まだ、手がかりはありませんの」
ソレーユが、申し訳なさそうに頭を下げた。
他の羽妖精のみんなも、同じようにする。
風の羽妖精さんはなぜか俺の胸のあたりにしがみついてるけど、気にしないことにしよう。というか、慣れた。
「ソフィア殿下には、アイテム捜索の協力をお願いしたいのです」
俺が言うと、ソフィア皇女はうなずいて、
「承知しました。『オマワリサン部隊』に、調査するように命じましょう」
「ありがとうございます」
俺はソフィア皇女に頭を下げた。
「もうひとつの対策として、俺は『軍勢ノ技』そのものと、術者を無力化することを考えています」
「魔術がすでに、この世界の者に伝わっていたときのためですね」
「ソフィア殿下にはその件について、相談に乗っていただきたいのです」
「わかりました。うかがいましょう」
俺たちは一息入れて、それぞれにお茶を飲む。
喉が
「まず大前提として、『カースド・スマホ』は勇者世界の言葉で語りかけてくると思います」
俺は言った。
「『正義のスマホ』もそうでしたからね。となると──」
「『カースド・スマホ』の情報を理解できるのは、勇者世界の言葉を理解できるものということになりますね」
「帝国で勇者世界の言葉を理解できる人といえば、帝都の魔術師や学者でしょうか?」
「皇帝一族にもあの世界の言葉を学んでいる者もおります。数は少ないですから、特定もできるでしょう。リアナに頼んで調べてみますね」
「お願いします。殿下」
『カースド・スマホ』は、勇者世界の言葉を知らない人が手に入れても、ただの怪しいマジックアイテムでしかない。
となると持ち主は、売却したり、誰かに
最終的には、勇者世界の言葉がわかる人の手に渡る可能性が高いはずだ。
「次は、相手が危険な魔術──『
俺はそう言ってから、ソフィア皇女を、じっと見て、
「そこで、殿下のご意見をうかがいたいのです。殿下は……『軍勢ノ技』というのは、どのような魔術だと思われますか?」
「あれは勇者世界にとって、危険な魔術なのですよね?」
「そうです」
「では、攻撃系の魔術ではないと思います」
ソフィア皇女は少し考えてから、そう言った。
「異世界勇者は、飛び交う魔術攻撃の中でも、恐れずに戦っていました。大魔術『メテオ』の爆発が収まっていない場所に飛び込んでいく者もおりました」
「勇者にとって攻撃魔術は、恐れるものではないのでしょうね」
「はい。ですから『軍勢ノ技』が攻撃魔術であった場合、勇者たちが『危険』と判断することはないと思われます」
「となると、勇者は『軍勢ノ技』を危険だと言ってきているということは……」
「『軍勢ノ技』は攻撃魔術ではない、ということになります」
「……なるほど」
俺とソフィア皇女はうなずきあう。
異世界勇者は遠く離れたこの世界に召喚されても、恐れなかった。
初めて見る魔獣にだって、勇気を出して立ち向かっていた。
その勇者が、ただ高威力なだけの攻撃魔術を危険視するわけがないよな。
「では、トール・カナンさまのご意見をお聞かせください」
「そうですね。『軍勢ノ技』は
「『ハード・クリーチャー』を召喚する魔術ではない、ということですか?」
「はい。『カースド・スマホ』の送り主は、この世界の者に魔獣を召喚させて、『軍勢ノ技』で戦わせようとしているらしいですから」
「わかりました。それなら『軍勢ノ技』は、召喚魔術とは別のものでしょう」
「……ありがとうございます。殿下」
俺はソフィア皇女に一礼した。
『軍勢ノ技』については情報が少ない。
今ある情報と、勇者世界の知識を総動員して、どんな魔術か推理するしかない。
だけど──
「殿下と話していると、考えがまとまっていきますね」
「それは私も同じです。トール・カナンさまとお話をしていると、知らないはずの『軍勢ノ技』のイメージが、徐々に形作られていくようです」
そう言ってソフィア皇女は、笑ってみせた。
「もしかしてトール・カナンさまは、『軍勢ノ技』の正体がわかっていらっしゃるのではないですか?」
「仮説でよろしければ」
「お聞かせください。
「はい。俺は『軍勢ノ技』とは、強化系の魔術だと考えています」
勇者は強い。しかも、恐れを知らない。
その勇者に対抗できるのは同じ勇者と、勇者世界のマジックアイテムくらいだ。
つまり、勇者なら、他の勇者の
けれど、勇者同士が争うところは想像できない。ケンカくらいはするだろうけど。
だとすれば、勇者が危険視するのは──魔術で強化されて、別物になった勇者なのかもしれない。
──そんな仮説を、俺はソフィア皇女に伝えた。
「……勇者の脅威となれるのは、勇者だけ。しかも強化されて、別物となった勇者……ですか」
「そうです。例えば会話ができなくなって、止めることができない勇者ですね」
「それは……確かに恐ろしいですね」
「『
俺は答えた。
「それをこの世界で使ったら……おそらく、魔力を持つ人間や亜人が強化されて、戦闘に特化した精神状態になってしまうんじゃないでしょうか?」
「戦闘に特化した精神状態というと
「いいえ
歴史上、ブチ切れて
でも、その人は他の勇者に取り押さえられていた。
凶暴化は勇者にとって、それほど恐ろしいものではないんだ。
「おそらく凶暴化よりも、戦闘に特化した精神状態があるのだと思います。しかも魔術に『軍勢』という言葉がついているということは、集団でその状態になるんでしょう」
「身体強化して、戦闘に特化した精神状態に……?」
ソフィア皇女は怯えたように、身体を震わせた。
「……そんな状態を引き起こす魔術なら、勇者が危険視するのもわかります」
「わかります。たぶん、その魔術は『ハード・クリーチャー』に対抗するために編み出されたものなんでしょうけど……」
でも、危険すぎるから封印したんだろうな。
なのにそれを、異世界人に使わせようとした勢力がいたんだ。
……まったく、迷惑なことするなぁ。
「でも、戦闘に特化した精神状態とは……どういうものでしょう」
「例えば……『冷静なバーサーカー』とか?」
「『冷静なバーサーカー』……ですか。なんとなくわかります」
ソフィア皇女はうなずいた。
『バーサーカー』は怒りにまかせて戦う。
身体の痛みも、周囲の被害も無視して、ただ、ひたすらに敵を討つ。
恐ろしい存在だけれど、冷静さを失っているという弱点がある。
でも、『冷静なバーサーカー』がいたとしたら……これほど恐ろしいものはない。
痛みを感じず、自分の怪我や被害は無視して、ひたすらに敵を討つ。
しかも冷静だから、普通に戦術を使ってくる。トラップにも引っかからない。
その上、勇者世界の魔術で、相当な身体強化がされている。
そんなのが集団で襲ってきたら……まさに悪夢だ。
「そういう精神状態なら『防犯ブザー』や『三角コーン』も通じないでしょうね」
「恐れを知らないわけですからね……」
「もちろん、俺の勝手な推測です。『軍勢ノ技』が、まったく違う魔術だという可能性もあります。でも、最悪のパターンを考えて、対策を立てておくべきだと思うんです」
『軍勢ノ技』が、ただの攻撃魔術なら問題はない。
強力な強化魔術だったら……それでも、なんとかなる。
人間を凶暴化させる魔術なら……トラップを用意すればいい。
でも、人間を強化した上に、別物の存在に変えてしまう魔術だとすると、対策は難しい。
というか、とっとと術者を捕まえて、『カースド・スマホ』を破壊しなきゃいけない。
勇者にも危険な魔術を、この世界で使わせるわけにはいかないんだ。
「俺たちは勇者に比べて弱いですからね。その『軍勢ノ技』が暴走したり、制御できなくなる可能性もあります。しかも『軍勢ノ技』を使った者たちが『俺たちは強いんだぜ!』と思い込んで、『ハード・クリーチャー』を召喚したりしたら最悪です」
「わかります。そのような事態は、絶対に防がなければなりません」
「もちろんです」
「お力をお貸し下さい。トール・カナンさま」
「わかりました。それじゃ対策として、禁断のマジックアイテムを作ることにします」
「さすがはトール・カナンさまです…………って、え?」
ソフィア皇女が、ぽかん、とした顔になる。
「禁断のマジックアイテム、ですか?」
「そうです。『通販カタログ』には、『禁断の効果。使うと仕事ができなくなります。使うのは休日だけにしてください!』という注意書きがついたマジックアイテムがあるんです」
怖かったから、俺も今まで手を出さずにいた。
ぶっちゃけ、作るのは最後にしようと思っていたんだ。
でも、危険な魔術が使われようとしているなら話は別だ。
できることはすべて、やっておかないと。
「……禁断のマジックアイテムとは、どのようなものなのでしょうか?」
「『人生と仕事がどうでもよくなる3点セット』です」
「人生と仕事がどうでもよくなる3点セット……ですか?」
「使うと、ふにゃーっとして、だめな状態になって、動きたくなくなります。3点セットをすべて使用すると、その日は使い物にならなくなります。過剰に使用すると、翌日、仕事に行きたくなくなるそうです」
「そ、そのようなアイテムが!?」
「はい。これなら『軍勢ノ技』にかかった者の力を奪って、無力化できると思います」
しかも3点セットだ。
──精神に働きかけるもの。
──身体に働きかけるもの。
──おだやかに拘束するもの。
あのページには、おそるべきアイテムが3つも
この『人生と仕事がどうでもよくなる3点セット』なら『軍勢ノ技』に対抗できるはず。
……はず、なんだけど。
「ただ……説明文の中にひとつ、理解できない言葉があったんです」
「トール・カナンさまにも理解できないお言葉が?」
「そうです。それがわからないと、3点セットすべてを作ることはできません」
「どのような言葉ですか?」
「……『アルファ波』です」
これは『精神に働きかけるもの』に使われている技術だ。
あのアイテムは相手に『アルファ波』をぶつけることで、落ち着かせることができるらしい。
バーサークしたり、特殊な精神状態になっている相手には効果があるはずだけど──
「この『アルファ波』がどんなものなのか、俺にはわからないんです」
俺は、がっくりと肩を落とした。
力不足を実感する。
まるで目の前に、勇者世界の高い壁がそびえ立っているような気分だ。
俺の『創造錬金術』でも、勇者世界からやってきた魔術には勝てないのか……。
「大丈夫ですよ。トール・カナンさま」
ぎゅっ、と、ソフィア皇女が俺の手を握った。
「私がついております。私がこの身のすべてを捧げて、あなたをお助けいたします。トール・カナンさまなら、勇者世界を超えてゆけるはずです!」
「ソフィア殿下」
「はい。ソフィアはここにおります」
そう言って、ソフィア皇女が俺の背中に手を回した。
そのまま俺を抱きしめ──
「むぎゅー」
と、思ったら、俺の胸のあたりから声がした。
そういえば『風の
それに気づいたソフィアは、羽妖精さんに笑いかけて、
「ごめんなさい。羽妖精さま」
「いえいえー」
「さぁ、ではご一緒に」
「はいー」
ふわり、と、俺を抱きしめるソフィア皇女──ソフィア。
風の羽妖精はなぜか、俺の首筋に抱きついてる。
温かい。
とくん──と、ドレス越しに感じるのは、ソフィア皇女の
なんだか、落ち着くな。
人の心臓の鼓動って、聞いていると安心するよね。
まるで、優しい波に包まれているみたいで──
「──あ」
「どうされましたか、トール・カナンさま」
ソフィア皇女は──少しだけ身体を放して、こっちを見た。
「もしかしたら、『アルファ波』の手がかりを見つけたかもしれません」
俺は言った。
「ソフィアは……この世界での武器を選ぶときに、万能性を主張した勇者の伝説を知ってますか?」
「『勇者の記録、第1章第2節。勇者、王都の武器庫へ入る』ですね。あの勇者は、すべての武器を見せて欲しいと言って……あ、そこに『アルファ』という言葉が出てきます!」
「そうです。あの勇者は『オレはすべての武器が使える! アルファからオメガまで!』と言ったんです」
「そうでした。間違いありません」
「だとすると……」
「『アルファからオメガ』……それが『すべて』という意味なのですね」
「『すべて』──つまり『はじまりからおわりまで』という意味に受け取れますね」
『創造錬金術』スキルでも『アルファ波』という単語の意味わからなかった。
でも、『アルファとオメガ』が『はじまりからおわりまで』という意味なら──
「『アルファ』は、『はじまり』という意味だと考えられます」
「間違いありません! 『オメガ』が『おわり』なのですね!」
俺とソフィアは、顔を見合わせてうなずいた。
ソフィアは帝都の離宮で、勇者の伝説をたくさん読んできたらしいからね。
こういうとき、すごく頼りになるんだ。
「となると『アルファ波』の『波』は……」
「物理的な波ではなく、音を表すものと考えるべきでしょう」
「『音波』『超音波』という言葉も、勇者は残していますからね」
「となると『アルファ波』は、『はじまりの音』という意味になりましょう」
「そこで、ソフィアに質問です」
「はい。トール・カナンさま」
「『はじまりの音』──つまり、人生で最初に聞く音というのは、なんでしょうか?」
「ふふっ。わかりました」
「わかっちゃいましたか」
「私がトール・カナンさまを抱きしめてしまったことにも、意味があったのですね」
「はい。すごく意味がありました」
そのおかげで、俺は落ち着くことができた。
ソフィアのあの音を聞いたから、『アルファ波』の真実に気づくことができたんだ。
「人間が人生で最初に聞く音──それは、母親の心音ですね」
「はい。私もそう思います」
「あるいは、自分の心臓の音かもしれません」
「わかります。母の
「つまり『アルファ波』とは、心臓の音のことだったんですね」
それなら、人を落ち着かせることができるのは当然だ。
人が人生で初めて聞く音なんだから。
おそらく『アルファ波』に触れることで、胎児に帰ったような気分になるのだろう。
「仮に『軍勢ノ技』が人を特殊な精神状態にするものだとすると、『アルファ波』で無効化できるはずです」
少なくとも『
あれは生命の危機を感じて、緊張した精神状態になるものだからね。
『アルファ波』をぶつければ、落ち着いた──
「ありがとうございました。ソフィア。おかげで突破口が見つかりました」
「いえ、私はただ……トール・カナンさまを抱きしめたかっただけですから」
ソフィア、すっごく恥ずかしそうな顔をしてる。
こんな表情を見るのは初めてだ。なんだか、すごく新鮮だな。
「もしかして……いつも風の
「んー?」
訊ねると、風の羽妖精さんは不思議そうな顔で俺を見た。
というか、また俺の服の中に入りこんでるし。
「風の羽妖精さんが俺の胸にくっついてるのは──」
「うんうん。そうそうー」
「アルファ波が……」
「ふにゃー」
「だから、心音が……」
「すやすや」
寝ちゃった。
まぁ、いいか。
「あの、トール・カナンさま」
気づくと、ソフィアが両腕を広げたポーズで、俺を見ていた。
「アルファ波は、
「はい。俺もそう思います」
「ということは『人生と仕事がどうでもよくなる3点セット』を作るには、心音が重要ということですね」
「そうなりますね」
「でしたら……トール・カナンさまは、心音について、もっと研究すべきだと思うのです」
「……えっと」
「どうぞ。いらしてください」
「…………あの」
「どうぞ」
ソフィアは、ぶれない人だった。
両腕を広げたまま、じっと俺を待っている。
このままだと、いつまでもずっと、そうしていそうだ。
……しょうがないな。
俺も、もう少し『アルファ波』について調べなきゃいけないし。
それには、誰かの鼓動を聞くのが、一番いいからね。
あと、他の人に『アルファ波』を体験してもらう必要がある。
それにはソフィアに、俺の心音を聞かせればいいわけで……。
だから──
「それじゃ、お願いします。ソフィア」
「はい。いらしてください」
危険な『軍勢ノ技』に対抗するため──俺とソフィア (と、乱入してきた
────────────────────
GW前ということで、ちょっと早めの更新になりました。
次回はまた、週末更新になる予定です。
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4巻は、たっぷりと書き下ろしを追加してますので、ぜひ、ご期待ください。
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連載版は第6話「ライゼンガ将軍」がスタート……ということで、いよいよライゼンガ将軍 (別名アグニスパパ)が登場する予定です。
「ヤングエースアップ」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください!
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