第2章
第27話「魔術の射程距離を伸ばす」
「というわけで、次はこれを作ってみようと思う」
お茶会の翌日、俺は『通販カタログ』を見ながら、メイベルと話をしていた。
開いたページには、黒い筒が写ってる。
表面はつやつやしていて、先端には透明な板がついてる。
起動すると、赤い光が灯るようになっているらしい。
「これはどういうものなのですか? トールさま」
「『レーザーポインター』って書いてあるよ」
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『レーザーポインター』(レーザー
この『レーザーポインター』で、あなたの指示を確実に伝えましょう!
『レーザーポインター』の光を使えば、どんなにごちゃごちゃした場所でも、あなたの意図がはっきりと伝わります!
人を指導する立場の方には、特におすすめです!
この商品を使えば、的確に「めあて」を伝えることができるでしょう!
この商品から発する赤い光は、おどろくほど遠くまで届き、見せたい場所をくっきりと浮かび上がらせてくれます。
距離は、通常商品の約5倍!
くっきり感は10倍増し!
騒がしい場所や、声が届かない場所でも、指し示した目標ははっきりと見えます。
あなたの指示は間違いなく伝わり、まわりはすぐに静かになるでしょう。
なお、当社の『レーザーポインター』は、クロスボウやエアガンにつけることで、『レーザー
命中率は10倍アップ。射程距離は5倍に伸びるでしょう!
(競技用です。決して人には向けないでください)
────────────
「……すごいものがあるのですね」
メイベルは俺の説明を聞いて、目を輝かせてる。
俺もおどろいてる。
『えあがん』はわからないけど、『クロスボウ』はこっちの世界にもあるからね。
要は、飛び道具に使うと命中率や飛距離が上がるってことだ。
「でも、トールさま『指導する立場の人にはおすすめ。的確に「めあて」を伝えることができる』というのはどういう意味なのでしょうか?」
「兵士の隊長が、倒すべき敵を的確に伝えられるという意味だと思うよ」
「『あなたの指示は間違いなく伝わり、まわりはすぐに静かになるでしょう』というのは……」
「叫び声をあげて向かって来る敵が、すぐに倒されて沈黙するという意味だね」
「『人には決して向けないでください』というのは……」
「
「『競技用』というのは……」
「勇者にとっては、魔獣討伐は競技みたいなものなんだろうね。あの人たち、魔獣討伐のスコアとレベルアップの速さを競い合っていたから」
「わかりやすいですね」
「まったくだ」
俺とメイベルはうなずいた。
「魔獣討伐専用だから、魔族や亜人相手に使われた記録がないんだろうな。勇者が魔獣を倒して、レベルを上げるためだけに使ってたんだろう」
「勇者が強力な魔獣をあっという間に倒した伝説は、普通にありますからね」
「しかも無傷でね」
「射程距離5倍なら、魔獣なんか近づけませんよね……」
だよなぁ。近づく前に倒されちゃうだろうし。
巨大な怪鳥が、遠距離から勇者の魔術に翼を貫かれた記録とかもあるもんな。
「でも、今回の魔獣退治にはぴったりだ。人間相手に使えないなら、
「帝国の人が現地に来るという話もありますからね……」
「ま、それはいいや」
別に帝国と関わりたいわけじゃないからね。
俺は魔王ルキエのために、安全に魔物討伐ができるアイテムを作るだけだ。
「それじゃはじめるよ。メイベル。素材を用意してくれるかな」
「はい! トールさま」
そう言ってメイベルは一礼。
俺が『簡易倉庫』の中に用意しておいた素材を差し出してくれる。
光を出すんだから、当然『光の魔石』が必要になる。
これは照明用のものを
前に話した『魔石使い放題プラン』の一部だ。
問題は、光を直進させる方法だけど……。
これは『闇属性』を使おう。
光と闇は相反する属性だから、光のまわりを闇で包めば、光を一方向にだけ飛ばせるようになるかもしれない。
やってみよう。失敗したら、作り直せばいいや。
「発動『
俺はスキルを起動した。
『通販カタログ』に載っているような『レーザーポインター』をイメージする。
黒い、金属製の筒。
中には、光の魔石。そのまわりを闇属性と、闇の魔石で包み込むイメージだ。
水の入った袋に小さな穴を空けて、まわりから押しつぶす、って感じかな。
光の魔石の出力が大きくないと駄目だから、俺自身の魔力も注入して、っと。
「メイベル。金属の素材を」
「は、はいっ!」
メイベルが用意しておいた金属の塊を、テーブルの上に置いた。
俺は空中に浮かび上がらせた『レーザーポインター』のイメージ図を、テーブルの上に移動させる。
そこに光の魔石を埋め込んで、金属すべてに『闇属性』を付加。
さらに闇の魔石も組み込む。『闇属性』の『光と
さらに『風属性』も付加しておこう。
『風属性』には『循環する』『遠くに運ぶ』という意味もあるからね。
『レーザーポインター』の光を、さらに遠くまで運んでくれるはずだ。
「……これでいいかな」
『通販カタログ』に載ってるのより、かなり大きくなっちゃったけど。
まぁ、これはしょうがない。
俺は勇者の世界には、まだ追いつけてないんだから。
「それじゃ実行! 『
ころん。
テーブルの上に、円筒形の『レーザーポインター』が生まれた。
長さは60センチくらい。直径は10センチ弱。
かなり大きい。クロスボウにつけるのは無理かな。
──────────────────
『レーザーポインター (レーザー
(属性:光・闇闇・風風)(レア度:★★★★)
光の魔力により、光源を作り出す。
強い闇の魔力により、その光をぎゅーっと潰して伸ばして、無理矢理直進させる。
風の魔力によって、光が当たった場所まで、魔力の流れを作り出す。
光の魔石と、闇の魔石が必要です。
魔石は消耗品のため、定期的に交換が必要(3ヶ月に一度、新品と交換してください)。
物理破壊耐性:★★★ (魔法の武器でないと破壊できない)
対人安全装置つき:人間や魔族、亜人相手には使えません。
耐用年数:15年。
1年間のユーザーサポートつき。
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「それじゃ実験してみよう。城の中に魔術の訓練場ってあったっけ?」
「ございます。すぐにご案内いたしますね」
「ありがとう。頼むよ。メイベル」
そんなわけで、俺たちは魔術の訓練場に向かったのだった。
「──だから、魔獣と戦うときは、前衛ができるだけ近づくべき。敵に囲まれるまえに、一気に、せんめつする」
「──それでは後衛の魔術部隊が危険です! 敵が急に接近してきた場合、魔術の発動が間に合いません!」
「──『
「──ミノタウロスたちはそれでよいでしょう。ですが、我らエルフは防御力が弱く、側面から攻撃を受けた場合──」
「──そうならないように、
「──我らは敵に近づきすぎることを危険視しているのです!!」
ここは魔王城の一角にある、兵士たちの訓練場。
背の低い
隅の方に、石で作られた標的が並んでいる。
魔術の訓練場はあそこかな。
「すいません。ちょっと魔術の実験をしたいんですけど──」
「──だから、すみやかに敵を倒すことが、被害を減らす一番の近道で──」
「──それについていく魔術師のことも考えてください!!」
訓練場の入り口近くで、ミノタウロスの戦士と、エルフの魔術師が口論してる。
それぞれの後ろには戦士と、魔術師っぽいローブを着た人たちが集まってる。
ということは、代表者同士の打ち合わせだろうか。
「戦士部隊の中隊長さんと、魔術師部隊の中隊長さんですね」
「もしかして、魔獣討伐の打ち合わせ?」
「はい。どうやって戦うか、作戦を考えてらっしゃるようです」
話を聞くと、戦闘中の陣形について相談しているようだった。
今回討伐する魔獣は『ガルガロッサ』という大型種で、配下の魔獣を大量に従えているらしい。
放っておくと、大型種が配下をどんどん呼び寄せるそうだ。
ミノタウロスをはじめとする前衛部隊は、突撃して一気に魔獣を
魔術部隊は敵に囲まれないように、できるだけ離れて戦いたい。
でも、前衛部隊が突っ込んでしまうと、魔術部隊も前進しなければいけない。
離れすぎると、魔術が当たらなくなるからだ。
だからこうやって意見を出し合ってる、ということか。
「……すごいな」
思わず俺はつぶやいてた。
「帝国では、上の人間が決めた作戦に、下は無条件で従うやり方を取ってたからね。こんなふうに、現場のひとが意見を出し合うのはすごいと思うよ」
「そうなんですか。魔王領では、いつもの光景ですけど……」
メイベルは不思議そうに首をかしげてから、
「それじゃ、魔術訓練場の使用許可を取ってきますね」
──手の空いてるエルフさんに話をしに行ってくれた。
それから俺たちは、魔術の訓練場の方に移動したのだった。
「この線から標的までが、一般的な魔術の射程距離ですね」
メイベルは地面に書かれた白い線を指さした。
彼女の後ろには一定間隔で、魔術の発射位置を示す線がある。
標的に近づいたり離れたりして、攻撃魔術の命中率を上げる訓練をするらしい。
「ここは射程距離ぎりぎりですね……。ここからだと、標的に当てるのがせいいっぱいだと思います」
「標的は、あそこにある石の板だよね?」
「そうです。中央の丸に近いところに当てられるように訓練するんです」
「よっしゃ。じゃあ『レーザーポインター』で命中率が上がるかどうか、やってみよう」
俺はポケットに入れた『超小型簡易倉庫』 (自分用に作り直した)から、『レーザーポインター』を取り出した。
やっぱり、ちょっと大きいな。
肩に担ぐと安定するかな。よし。これでいい。魔力を注いで──っと。
──ポゥ。
よし、起動した。
「トールさま! 標的のところに、大きな赤い点が現れましたよ?」
「あれが、『レーザーポインター』の効果だ。あれを目標に魔術を撃つんだ……と、思う」
「……なるほど」
メイベルは興味深そうに、標的を見つめている。
魔術訓練場の標的のところに、大きな赤い点が浮かび上がっている。
闇属性の効果か、赤い点のまわりに黒いふちどりがついてる。すごく見やすい。
さらに『レーザーポインター』から目標までは、まっすぐ、赤い線が出現してる。
これを使って狙いを定めるわけか。わかりやすいな。
「これで実験の準備はできたけど。魔術を
まわりには誰もいないから大丈夫だと思うんだけど。
でも、一応、許可を取った方が──
「──つまり、われわれの後ろから、魔術で魔獣を攻撃できれば──」
「──そんなことが可能なわけがないでしょう!!」
──うん。みんないそがしそうだ。邪魔したら悪いな。
施設を使う許可はさっき取ったから、いいかな。
実験を始めよう。
「メイベル。氷系の魔術は使える?」
「はい。トールさまのおかげで、水の魔力循環がよくなりましたので、大抵のものは大丈夫です」
「じゃあ、氷の攻撃魔術を撃ってみて」
「はい。それでは『アイシクル・アロー』!!」
メイベルは魔術を発動した。
赤い点の中心に、氷の矢が命中した。
「すごいな。メイベル」
「……あれれ?」
「どしたの?」
「撃つとき、狙いがそれた気がするんですけど……当たりましたね」
「当たったならいいじゃないか。次はもうちょっと、距離を伸ばしてみよう」
俺たちは標的までの距離が1.5倍のところまで移動した。
メイベルは魔術を発動した。
命中した。
俺たちは標的までの距離が2倍になるところまで移動した。
メイベルは魔術を発動した。
命中した。
俺たちは夢中になって、魔術の実験を続けた。
訓練場の入り口では、まだ打ち合わせが続いてる。
ここからじゃ聞こえないけど、なにを話しているんだろうな……。
──────────────────
「──どうしてわかってくれないの、ですか」
「──わからないのはそちらでしょう!? 魔術師には、安全な距離が必要なのです!」
「──われわれが魔獣と戦っている間に、魔術師は離れて──」
「──魔術師には射程距離があるから、それは不可能だと──」
「──ん? 誰かが魔術の実験をしていますな」
「──標的からずいぶん離れていますね。あんな距離で当たるはずが……」
「──おや」
「──あれ?」
「──あれれれれれれ?」
「──ええええええええっ!?」
「「………………」」
──────────────────
俺たちはさらに距離を伸ばして、魔術を放って──
あ。ここまでが限界か。
訓練場の端まで来ちゃった。これ以上はさがるのは無理だ。
確認できたのは、射程距離3.5倍まで。
メイベルの魔術は、すべて標的に命中してる。実験は成功したんだけど──
「おかしいです、トールさま!!」
「どしたのメイベル」
「氷の矢の限界距離を超えています。どうして命中するのですか!? しかも、まったく同じ場所に……寸分のずれもなく……」
「しょうがないじゃないか。勇者の世界のアイテムなんだから」
「……そうなのですけど。エルフとして納得いかないのです……」
それはわかる。
でもまぁ、やっちゃったものはしょうがないよね。標的を確認してみよう。
俺たちは手をつないで、標的のところまで移動した。
近くに来ると、石の標的のところに、氷が張り付いているのがわかる。メイベルが放った『アイシクルアロー』だ。でも、氷がついているのは、『レーザーポインター』の光が当たっていた部分だけ。その他の場所には、まったくついていない。
メイベルが放った氷の矢は、寸分違わずまったく同じ場所に当たってたことになる。
つまりこれは──
「『レーザーポインター』が生み出した魔力の流れに、魔術が引っ張られたのかな?」
「魔力の流れ、ですか?」
「この『レーザーポインター』は目標まで、光の魔力と闇の魔力を飛ばしてるよね? つまり、『レーザーポインター』から目標までの間には、魔力のラインができてるんだ」
「……あ」
俺の言いたいことに気づいたのか、メイベルが目を見開いた。
「つまり『レーザーポインター』の光に触れるように魔術を発射すると──」
「魔力の流れに乗って、まっすぐ目標に到達する、ってことだね」
「すさまじい能力ですね……」
「これなら魔獣とも安全に戦えると思うよ」
この『レーザーポインター』は、そもそも魔獣専用だからね。
勇者の世界ではこれを使って、魔獣を効率的に倒していたんだろうな。
「おそるべきは、勇者の世界のアイテムだよな……」
的確に「めあて」を伝えることができて。
指導者の指示で、騒がしい魔獣はすべて静かにさせられて。
人には決して向けてはいけない、
魔獣討伐専用ということは、勇者は魔王との戦いで、これを使っていなかったということになる。
それでも魔王に勝てたということは──やっぱりあいつらは
「じゃあ、これは
「そうですね。では、まいりましょう。トールさま」
「その前に、訓練場の後片付けを──」
あれ?
いつの間にか、訓練場が静かになってる。
ミノタウロスさんたちとエルフさんたちは──無言で、こっちを見てるな。
びっくりさせちゃったか。まぁ、しょうがないよな。
「訓練場を使わせていただいて、ありがとうございました。これから後片付けを──」
ふるふるふるふるっ!
一斉に首を横に振る、ミノタウロスさんとエルフさん。
え? いいの?
「いいんですか?」
こくこくこくこくっ!
今度は一斉にうなずく、ミノタウロスさんとエルフさん。
いいのか。じゃあ、お言葉に甘えよう。
魔王ルキエも宰相ケルヴさんも忙しそうだからね。早めにアポを取って、『レーザーポインター』のことを伝えないと。
「お邪魔しました。それじゃ」
「失礼しますね。みなさま」
俺とメイベルはお辞儀をして、それから訓練場を離れたのだった。
──トールとメイベルが立ち去ったあとで──
「……われわれは、なんの話をしていたのでしたっけ」
「……お忘れですか? 前衛が魔獣に突撃して、その後、後衛が魔術で支援するという話です」
「……そうでしたね。忘れてました」
「……わかります。私たちも、今の光景を見たショックで忘れかけていました」
「問題はなんでしたか? 魔術部隊中隊長のエルフさん」
「魔術の射程についてでしたね。前衛部隊中隊長のミノタウロスさん」
「「…………」」
ミノタウロスたちとエルフたちは、顔を見合わせた。
「さきほど、魔術を使っていたのは、メイドのめぃべるさまですよね?」
「は、はい。以前は魔術が使えず、エルフの村の、心ない者たちにつまはじきにされていたようですが」
「魔術、使えるじゃないですか」
「ですねぇ。射程距離、すごいですねぇ」
「どうなっている、ですか?」
「あの、人間の錬金術師、トールさまが使っていたアイテムのおかげだと思います」
「魔王陛下直属の、とぉる・りぃがすさまですね」
「でも、魔術の射程距離が伸びるアイテムなんか、聞いたことないんですが……」
「とぉるさまならあり得ます」
「ありえるんですか」
「衛兵をやってるミノタウロスの仲間が言っていました。とぉる・りぃがすさまは、すごい力を持った錬金術師だと」
「と、とにかく、さっきのアイテムがあれば『魔獣ガルガロッサ』討伐が楽になりますね」
「われわれの話し合っていた問題ってなんでしたっけ」
「魔術の、射程距離の問題ですね……」
「問題、なくなっちゃいましたね……」
「どうしたらいいんでしょう……」
しばらく沈黙する、ミノタウロスたちとエルフたち。
それから彼らは、一斉に立ち上がり、歩き出す。
トールとメイベルは、魔王陛下か、宰相ケルヴのところに行って、アイテムの使用許可を取ると言っていた。
だったら、口添えをしなければ。
陛下に
そう考えた彼らは、宰相の執務室に向かって歩き出した。
十数分後。
「ま、待ちたまえ。なんの話かわからないのだが!? なに? トールどのとメイベル? ふたりは魔王陛下のところにいると思うが……え? アイテムの使用許可。いや、待って。本当に待って。まだ話を聞いていないから。落ち着いて、ちょ、え? あの……トール・リーガスどのー! ちょっとここに来て説明してください──っ!!」
宰相ケルヴは、兵士と魔術師たちから「トールどののアイテムの使用許可」について、熱のこもった話を聞かされることになるのだった。
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