第174話「エルフの村を訪ねる(1)」

 ──トール視点──


『オルティアの町』を出て、俺たちはドワーフの村の近くに来ていた。

 道に迷うことはなかった。

 金色の狼、つまり『ご先祖さま』が道案内してくれたからだ。


 不思議な狼だった。

 移動中は先に立って、俺たちを先導してくれる。

 野営の少し前になると姿を消して、その後、獲物を持って戻って来る。

 それでいて、食事の間は姿を消している。

 言葉を話すことはないけれど、こちらの言葉は理解している。


 でも、亜人も魔族でもない。

 どういう存在なんだろう。『ご先祖さま』って。


「『ご先祖さま』は、魔王領ができる前から、北の地に住んでいたと聞いております」


 野営のとき、エルテさんが教えてくれた。


「昔、魔族と亜人は勇者に敗北し、北の地に追いやられました。その地で我々のご先祖は魔王領の基礎を作ったのです。やがて、魔王領は北に向かって広がり……『ご先祖さま』と呼ばれる者たちと出会ったそうです」

「ということは……初代魔王さまの時代ですか?」

「もう少し後ですね。2代目魔王さまの頃だと聞いています」


 2代目の魔王か。

 どういう人だったんだろう。


 ルキエと一緒に行った墓所には、初代と2代目魔王の肖像画しょうぞうががなかった。

 2代目は墓所にも埋葬まいそうされていないという話だった。


 その2代目魔王の時代に、魔王領は広がっていったのか。


「あの金色の狼さんのような獣が他にもいるんですか?」

「熊やわしなど、様々な種類がいますよ。彼らは北の大地の先住者でした。彼らと出会った2代目の魔王さまは、なんとかコミュニケーションを取って、合意の上で共存することを選んだそうです」

「……すごいですね」

「言葉はなくても、わかりあえたようです」


 エルテさんは自慢するみたいな顔で、うなずいた。


「魔王領の者たちは、彼らに敬意を表して『ご先祖さま』と呼ぶようになりました。その後は我々と『ご先祖さま』はお互いの領域を侵さずに、のんびりと共存しているのです」

「だからこうして俺たちを案内してくれてるんですか」

「そうですね。それと、『ご先祖さま』はさびしんぼだと言われております」

「さびしんぼ?」

「自分たち以外の種族が好きみたいですよ。あの方々は」


 なるほど。

 なんとなくだけど、わかる。

 今も焚き火の向こうで、話に入りたそうにこっちを見てるもんな。『ご先祖さま』は。


「私も『ご先祖さま』とお目に掛かるのは久しぶりでなのでございます」


 俺の肩の上では羽妖精のルネが手を振ってる。

『ご先祖さま』もルネを見ながら、尻尾を振り返してる。

 本当に『ご先祖さま』は、亜人や魔族のことが好きみたいだ。


 魔王領も建国の時代には、色々なことがあったんだな。

 こういう歴史の話を聞くのは楽しいよね。

 だから帝国にいた頃も、役所で歴史書とかを読んでいたんだけど。


『ご先祖さま』は滅多に姿を見せない種族……か。

 姿を見せない種族といえば、他には、ドラゴンがいたんだっけ。


 この世界にはかつて、空を飛ぶ巨大な種族──ドラゴンがいたんだ。

 今もいることはいるんだけど、もう、姿を見せることはない。

 勇者が来る前は、普通に人間や亜人、魔族と付き合っていたそうだけど。


 それは勇者のせいだ。

 この世界に召喚された勇者は『ドラゴンスレイヤーになりたい!』と、よくわからないことを言って、ドラゴンたちを付け狙ってたからなぁ。

 しかも、人間の王様もそれを止めなかったし。


 町を襲う悪竜も数百年に1匹くらいはいたからだろう。

 あるいは、人間の勢力を拡大しようと思ったのかもしれない。


 そうして一時期、勇者とドラゴンの戦いが起きた。

 でも、勝敗はつかなかった。

 ドラゴンたちが戦いを放棄して、地の果てに去っていったからだ。

 勇者を恐れた……というより、付き合うのにうんざりしたんだと思う。


 勇者たちは小型のドラゴンを倒したり使い魔にしたりして、それなりに満足した。

 そうして『ドラゴンスレイヤー』を名乗るようになった。


 勇者と魔王の時代には、そういうこともあったんだ。


 もしかしたら『ご先祖さま』は、ドラゴンのような目にわないように、北の地に姿を隠していたのかもしれないな。

 そうして、北の地に追われてきた魔王たちと出会って、共存することに決めたのかも。


「本人に聞いたら教えてくれるかな」

『……わぅ?』


 焚き火の向こうで、『ご先祖さま』は不思議そうな顔をしてる。

 質問すれば答えてくれるかもしれないけど、俺には『ご先祖さま』の言葉がわからないからなぁ。


 そのうち『翻訳機ほんやくき』を作ってみよう。

 確か『通販カタログ』にそんなものが載っていたはずだ。問題は翻訳された言葉が正しいかどうか確かめる手段がないことだけど……これはルキエやケルヴさんに協力してもらうしかないな。

 しょうがない。今後の課題にしよう。


「明日には、ドワーフの村に着きます。そこからエルフの村までは半日。もうすぐですよ」


 焚き火に枝をくべながら、エルテさんは言った。


「ドワーフの村での滞在は、1日くらいでよろしいですか? 錬金術師さま」

「それで大丈夫です。錬金術に興味がありそうな人を探すだけですから」


 俺の目的はエルフの村でメイベルの両親のお墓参りをすること。

 それと『超高振動ブレード』の作製に必要な素材を探すことにある。


 ドワーフの村に寄るのは、ただのついでだ。

 ドワーフは物作りが好きで、手先が器用な種族だからね。

 錬金術師の生徒になりそうな人が見つかればいいな……って、思っただけだから。


 それと……エルフの村に行く前に、メイベルに心の準備をする時間をあげたかったというのもある。

 錬金術の生徒を探すのは、メイベルに気を遣わせないための理由付けでもあるんだ。

 ……メイベルは、ずっと不安そうにしているから。


「大丈夫? メイベル」

「え? はい。なんともないですよ?」


 俺の隣でメイベルは、不思議そうに首をかしげてる。

 ずっと、俺の手を握ってることには、気づいていない。

 自分の手が震えていることにも。


 野営のときはずっとこうだ。

 メイベルは俺の側にくっついて、ぎゅっと手を握ってる。

 エルフの村が近づくたびに、その距離が近くなる。


「心配なさらなくても大丈夫ですよ。私は自分の意志で、トールさまと一緒にお墓参りをすると決めたのです。村でどんなことがあっても、受け止めるつもりです」

「……メイベル」

「もちろん、不安はあります」


 メイベルは目を伏せて、そう言った。


「でも、トールさまがいてくださるなら、私は前に進むことができます。トールさまと一緒に両親のお墓に手を合わせて、それから村で必要な素材を入手して……そうして初めて、過去に折り合いをつけられるような気がするのです」

「うん。わかった。一緒に行こう」

「はい」


 ふと気づくと、メイベルは俺の肩に寄りかかっていた。

 密着してる俺たちを、エルテさんは微笑ましそうに見ている。

 ルネは反対側の肩の上で、両目を手で塞いでる……いや、別に見ててもいいんだけど。


 メイベルはお茶を飲みながら、ほっとした息をついてる。


 ──エルフの村に行くのは不安だけど、俺と一緒だから、なんとか行ける。

 ──この機会に村へのトラウマを消しておきたい。

 それが、メイベルの希望だ。


 俺にできるのは、一緒にいることだけだ。

 メイベルが落ち着くように、ゆっくりと進もう。

 ルキエの誕生日まではまだ時間があるし、急ぐ旅でもないからね。


 そんなことを考えながら、俺たちは野営を続けたのだった。





 そして翌日、ドワーフの村に到着すると──


「はい。錬金術の生徒につきましては、宰相さいしょうケルヴさまよりご連絡をいただいています。こちらで候補者を選んで、お城にお送りする手はずとなっていますが……」


 ──話がすでに通ってた。


 ……そういえば、錬金術の生徒を探す件について、少し前にケルヴさんと話をしてたっけ。

 旅の前にも『錬金術に向いた人が見つかったらいいなぁ』って。雑談みたいな感じで伝えたような気がする。

 それをケルヴさんは覚えていて、すでに手を打っていたのか……すごいな。


「ありがとうございます。では、候補の人に会わせていただけますか?」

「申し訳ありません。それはできないのです」

「え?」

宰相閣下さいしょうかっかより書状をいただいております。ご覧ください」


 ドワーフの村長さんは、一通の書状を差し出した。

 開いてみると、次のようなことが書かれていた。



『トールどのが錬金術の生徒を欲しがっているという話をうかがいました。

 旅のコースから考えると、ドワーフの村で生徒をつのる、というのが自然でしょう。

 ですから、私の方で、手を打っておきました。


 もちろん、トールどのが錬金術の生徒を募ることについて、異存はありません。

 魔王領の発展のためにも、必要なことだと考えます。


 ですが、トールどのは魔王陛下直属の錬金術師というお立場です。

 その生徒なら、やはり魔王城で雇用することになります。

 ですから、陛下と私も、その者の面接に立ち会うべきだと考えます』



 理にかなってる。


 確かに、俺は魔王直属の錬金術師だから、給料は魔王城から出てる。

 その生徒なら魔王城で雇用することになるわけだ。

 ルキエとケルヴさんが面接するのは当然だよな。



『というわけですので、トールどのは旅を進めてください。

 現地で生徒を募り、面接してしまえば、お戻りも遅くなるでしょう。

 それは避けたいところなのです。


 また、現地で候補者の方の実力を見るためにその場でアイテムを作らせたり、見本としてご自分でマジックアイテムを作ったり、候補者と一緒に集団で奇妙なマジックアイテムを作ったり作ったり作ったり──。


 ──失礼しました。

 とにかく、トールどのには旅を進めていただきたい。

 それまでにこちらで生徒を受け入れる用意をしておきます。

 早いお帰りを待っておりますよ』



 ……なるほど。

 ケルヴさんの言うことはもっともだ。


 俺が勝手に生徒を連れ帰ったら、手続きをする文官たちが大変だ。

 当の生徒の印象も悪くなるかもしれない。

 そこまで考えて、ケルヴさんは手配をしていてくれたんだろう。


「さすがは宰相ケルヴさんだ。手回しがいいな」

「魔王領が誇る宰相閣下さいしょうかっかですからね」

「伯父さまのすることに、ぬかりはありませんよ」


 俺とメイベルとエルテさんはうなずきあう。


 俺たちが書状を読んでいる間、村長さんは優しい表情でうなずいてた。

 村長さんはドワーフだから、背は低くて、身体はがっしりしてる。

 長い白髭しろひげがかっこいい。

 節くれ立った指は、いかにも熟練じゅくれんの職人、って感じだ。


 俺もとしを取ったら、こんな威厳いげんのある職人になれるかな。

 ……なれたらいいな。


 村長さんの後ろには、ドワーフの村が広がっている。

 ところどころに、大きなエントツのついた建物があるのは、たぶん鍛冶場かじばだ。

 ドワーフさんたちは金属加工が得意で、武器や工具を卸してる。

 この村は、その拠点のひとつだからね。


「お話はわかりました。宰相閣下さいしょうかっかの指示に従います」


 俺は村長さんに頭を下げた。


「大変かもしれませんけど、ドワーフの方で、錬金術を学びたい人を探してもらえますか」

「いえ、大変ではありませんよ。書状が来てすぐに数名の者が手を挙げました」


 村長さんは笑った。


「村の者たちは、錬金術師トールさまのうわさを、鉱山開発担当のドワーフたちから聞いていましたから」

「鉱山開発の人たちから、ですか?」

「坑道を掘り進むと地下水が出てきます。今まではその処理に困っていたのですが……『ウォーターサモナー』のおかげで、あっさりと排出できるようになりました。作業の進みも早くなり、安全性も高まったのです。本当に、感謝しかありませんぞ」

「……そうだったんですか」

「そんな錬金術師さまが生徒を募集されているなら、我らドワーフもこぞって手を挙げますよ」

「ありがとうございます。候補者は何人くらい……いえ、いいです」


 聞けば会って話をしたくなるからなぁ。

 どんなスキルを持っているのか。物作りに興味はあるのか。どんなものを作りたいのか。勇者世界についてどう思うのか……とか。話が合えば、そのままマジックアイテムを作りたくなるかもしれない。


 そうすると、旅の進みが遅くなる。

 ケルヴさんはそういうことを心配しているんだろう。


「そういうことなら、俺はこのままエルフの村に向かいます。ただ……」

「なんでしょうか?」

「ちょっとだけ、ドワーフさんの鍛冶場かじばを見学してもいいでしょうか?」

「おお! それはもちろん。大歓迎しますぞ!」

 

 村長さんは手を叩いて、受け入れてくれた。




 それから俺とメイベルは、村の鍛冶場を見せてもらった。

 羽妖精のルネも一緒だけど、彼女は暑さが苦手なようで、俺の服の中に隠れてた。


 鍛冶場は作業の音であふれていた。

 素材を熱する音、鉄を打つ音、冷やす音、みがくく音。

 魔王領の、物作りの最前線だ。

 こうして音を聞いているだけでも、わくわくする。


 ドワーフさんたちは小柄で力持ちで、手先が器用だ。

 だから、最初に錬金術の生徒にするには、ちょうどいいと思っていた。

 その考えは間違ってなかった。本当にドワーフさんたちは、楽しそうに作業をしてる。


 鍛冶場では小柄な男性や女性が、絶えず作業を続けている。

 今は、魔王城におろす武器や工具を作っているらしい。


 製作中の剣を見せてもらったけれど、造形がきれいだった。

『創造錬金術』スキルでも金属加工はできるけど、ドワーフさんが鍛えたものはどこか違う。

 剛性が高く、研ぎも見事だ。この技術も学ばないといけないな。


「もっと早くドワーフの村に来ればよかった」

「仕方ありませんよ。トールさまは魔王領にいらしてから、ずっと忙しかったですからね」

「そうだっけ?」

「『フットバス』を作ったり、アグニスさまの『健康増進ペンダント』を作ったり。『魔獣ガルガロッサ』対策をされたり……本当に、休む暇もなかったですから」

羽妖精ピクシーに『魔織布ましょくふ』の服も作って下さいました」


 メイベルとルネが俺の顔を見ながら、そう言った。


「お仕事が忙しいのはわかりますけれど……やっぱり、トールさまにはこういうお休みの時間も、取っていただかないと」

「……そうだね」

「陛下が旅の許可を下さったのも、トールさまにこういう時間を差し上げるためなのだと思います。それと……陛下が治める魔王領を見ていただきたかったのかもしれませんね。ここにいると、トールさまの作ったアイテムが、皆に普及していることもわかりますから」


 メイベルの言う通りだった。

 鍛冶場の人たちはみんな『風の魔織布ましょくふ』の作業着を着ている。

『風の魔織布』は風通しがよくて、汗もすぐ乾くからだ。


 カーテンが『地の魔織布』なのは、火を消すのにも使えるからだろう。

 鍛冶場での防火対策は重要だからね。


『地の魔織布』は耐火性があるから、火を扱う場所にはぴったりだ。

 手袋にも使われてる。けた鉄を引き出すときに、うっかり触ってしまうこともあるからね。そんな時でも『地の魔織布』なら火傷の危険を減らしてくれるんだ。


 鍛冶場のみんなも、俺が『魔織布』の作り手だとわかってるみたいで、近くを通るたびに手を振ったり、お辞儀をしたりしてる。近づくと、自分がどんな作業をしているのか解説してくれる。

 本当に親切な人たちだ。


 見学の間も、メイベルはずっと、俺の手を握っていた。

 でも、もう震えてはいない。

 いい気分転換になったみたいだ。


 鍛冶場の見学をお願いしてよかった。

 あのままエルフの村に直行するとなると、メイベルも落ち着かないだろうから。


「ありがとうございました。私はもう、大丈夫です。エルフの村に参りましょう」


 そう言ってメイベルは、笑った。


「一緒に鍛冶場を見ていたら、怖いのなんて忘れちゃいました。だって、ドワーフの皆さんの作業を見ているトールさまの目が、すっごくきらきらしていましたから」

「……そうなの?」

「はい。マジックアイテムを作っているときと同じくらい」


 俺は手近にあった鏡を見た。

 いや、自分ではよくわからないんだけど……?


「だから私も、エルフの村で素材を手に入れて、トールさまが早くアイテムを作れるようにしたいと思ったのです。足踏みなんかしていられなくなっちゃいました」


 メイベルは力強くうなずいた。


「わかった。じゃあ、出発しようか」

「はい。トールさま!」


 それから俺たちは、エルテさんと合流した。

 外で待っていたエルテさんは、うっとりした表情で『ご先祖さま』の背中をなでてた。



「「「……エルテさん、もふもふが好きだったんですね」」」

「──!?」



 それから俺たちは、真っ赤になったエルテさんをなだめて──

 ドワーフの村長さんに、見学のお礼を言って──


 そうして、村の人たちに見送られながら、ドワーフの村を出発したのだった。






 ドワーフの村を出て街道を北西に進むと、巨大な森が見えてくる。


「見えてきました。エルフの村がある、大森林です」


 それは、巨木の森だった。

 樹ひとつの高さは、20……30メートルはあるだろう。

 その巨木が集まって、大きな森を作っている。


「これだけ背が高いということは、根も深いはず。だから樹と樹の間が空いている。こういう森で『チェーンロック』を使った場合、岩よりも樹の根に固定した方が安全性が高い。となると、使用する土地ごとに属性を合わせたマジックアイテムを──」

「グラン・オァルクの樹です。この森にしか生えない樹で、丈夫で木目が整っているのが特徴です。魔王陛下の玉座にも使われているんですよ」


 森の樹を見上げる俺に、メイベルが教えてくれる。


「森の樹はエルフが管理していて、儀式やお祭りのときに切り出します。根も丈夫ですから、『チェーンロック』を固定するのに使うのはいいかもしれませんね」

「本当にやったら怒られそうだけどね」


 そう言って、俺はかぶりを振った。

 いつもの錬金術モードになってるのに気づいたからだ。

 気分を切り替えないと。


 この森の中にはエルフの村がある。

 大切なのはそこで、メイベルの両親の墓参りをすることだ。

 貴重な樹をマジックアイテムの実験に使いたがってる……なんて話を聞かれたら、出入り禁止になるかもしれない。


 それに、エルフの村には『生き物の心に反応する金属』があるらしいから。

 その情報を得るためにも、礼儀正しくしておかないと。


「これより、森の中に入ります」


 御者席で、エルテさんは言った。


「村の入り口に着いたら、あとは歩きになります。錬金術師さまもメイベルさまも、荷物の準備をお願いしま──」




 ウォォォォ────────ン!




 不意に、『ご先祖さま』が吠えた。

 それに反応して、馬が足を止める。


「申し訳ありません、トールさま。少し失礼します」


 メイベルが馬車を降りた。

 厳しい表情だった。


 魔獣が出たのか……と思ったけれど、メイベルは武器を持っていない。

 でも、メイベルの『超小型簡易物置』には『レーザーポインター』が入っている。魔獣が出たなら、それを使うはずだ。となると……?


『うぉぉん』


 気づくと、『ご先祖さま』が馬車の側に来ていた。


「護衛をしてくれるようでございますね」


 俺の肩で、羽妖精のルネがつぶやく。

『ご先祖さま』は俺を見ながら、何度もうなずいてる。


 エルテさんはすでに馬車を降りて、メイベルのところに向かっている。

 俺はふたりを追いかけることにした。




 メイベルたちがいるのは、森の出口だった。

 側には朽ちかけた道標が建っていて、その横には小道がある。

 たぶん、エルフの村に続いているんだろう。


 俺も、メイベルもエルテさんも、ルネも、じっと森の方を見ている。


 しばらくすると……小道の向こうから人影が現れた。


 背の高い人物だった。

 白い肌。白い髪。

 手にしているのは木製の、曲がりくねった杖。

 それで地面を突きながら、その人物はゆっくりと近づいてくる。


 見た目は若い。

 けれど表情を見ると、老成しているのがわかる。

 鋭い視線で、俺たちを見据えているからだ。


 その人はローブを着て、頭にはフードを被っている。

 そのフードの端からは、種族を表す長い耳が、見え隠れしている。


 エルフだ。


「……どうして、長老さまが?」


 おどろいたように、メイベルが目を見開く。

 エルテさんも緊張した表情だ。


 俺の耳元で、ルネがささやく。「エルフの長老というのは、魔王領の中でも強い魔力を持ち、魔術に長けたお人なのでございます。ふだんは村の奥に隠れていて、人前に出ることはないと聞いております……」──って。


 よく見ると、長老の後ろには2人のエルフがいる。

 地面に膝を突いている。俺やメイベルとは、目を合わそうとしない。

 まるで、俺たちを恐れているように。


「長老さま。どうして……ここに」

「連絡を、受けていたものでな」


 メイベルの問いに、エルフの長老が答えた。

 それから、長老は、


「お待ちしておりました。錬金術師トール・カナンどの。文官、エルテどの。そして……錬金術師の助手の、メイベル……どの」


 ──俺とエルテさん、メイベルに向かって、深々と頭を下げた。


「──!?」


 メイベルが目を見開く。


「……エルフの長老さまが、私にお辞儀を。どうして……?」

「メイベルよ。お前にはびねばならぬ。お前に辛く当たったのは一族のあやまちであった。今日、この日があると知っていたのなら、別のやり方があっただろうに」

「まずは、あいさつさせてください。長老さま」


 気づくと、俺はメイベルの前に移動していた。

 肩に羽妖精のルネを乗せ、横に『ご先祖さま』を従えて、エルフの長老に向き合う。


「俺は、錬金術師のトール・カナンと申します。人の身ではありますが、魔王陛下直属の錬金術師をしております。以後、よろしくお願いします」


 俺は長老に礼を返す。

 長老は俺を見て、目を細めて、


「ていねいなご挨拶あいさつ、いたみいる。わしはエルフのレーゼルト・ファノスと申す」

「エルフの村の長老さま、ですね」

「おっしゃる通り、エルフの村で起きたことの責任は、わしにある」


 エルフの長老は枯れた口調で、そう言った。

 俺は続ける。


「俺は婚約者であるメイベルと共に、彼女の両親の墓参りに来ました。あとは……できれば素材の採取をしたいと考えています」

「その件については、宰相閣下より書状を頂いておる」

「宿泊先は、エルフの魔術部隊長の実家をお借りすることになっています。紹介状もあります。魔王陛下の許可をもらっています」

「それも、承知しておる」


 エルフの長老は、冷静すぎる表情のまま、うなずいた。


「俺は、メイベルの過去の事情も知っています」


 俺は言った。

 すると、エルフの長老は、痛みをこらえるような顔で、


「ああ。そうだ。我が村のエルフは、魔術が使えぬメイベルに辛く当たってしまった。当時、わしは社にこもっていた。知っていたら、止めていただろうが」

「長老さまがここに来たのは、魔王陛下の使節を迎えるためですか。それとも、里帰りしたメイベルを──過去のことを詫びて、歓迎するためですか」

「どちらも正しいよ。錬金術師トールどの」


 エルフの長老の表情は、動かない。

 彼は長いため息をついて、かぶりを振り、


「メイベルにしてしまったことは、我らエルフのあやまちである。エルフは強い魔力を持ち、魔術に長けた種族。それゆえに、他者を見下す者もおる。自分たちがすべてを知っていると勘違いしてな。本来は、なにも知らぬというのに」


「……ああ、長老さま」

「……も、申し訳ありません」


 長老の後ろで、護衛のエルフたちはうなだれている。

 まるで、見えない杖で打たれながら、叱責しっせきを受けているかのようだった。


「事が起きてから、自分たちがなにも知らぬことに気づくとはな。としを得たエルフでさえこれだ。自らの知識と魔力におぼれ、他人を見下すとはな。それで勇者に敗れた歴史があるというのに……なんと恥ずかしい」

「……長老さま」


 不意に、メイベルが口を開いた。

 彼女の手はいつの間にか、俺の手を握っている。

 お互いを確認するみたいに、俺たちは互いの手に力を込める。


 それから、メイベルは長老を見て、


「村で、なにかあったのですね?」

「ああ、さといことだ。村のエルフたちにも、それほどの賢さと謙虚けんきょさがあったのなら、今回のようなことにはならなかっただろうに」

「なにがあったのですか」

「我らエルフにも理解できぬ、異常なことが起きたのだよ」


 異常なこと?

 エルフでも理解できない……って、そんなことがあるのか?

 彼らは長命で、強い魔力と、魔術の知識を持っているのに。


「長老の名において、あなた方が村へ入ることを許す。墓参りは自由にされるがよい。素材採取にも最大の協力をしよう。代わりと言ってはなんだが……その後で……どうか我らの話を、聞いてくれぬだろうか」

「わかりました」


 俺はうなずいた。

 どのみち、村には入るつもりだった。

 メイベルを排除しようとしたら、問答無用で怒るつもりだったけど……歓迎してくれるなら、それに越したことはない。


 だけど──


「なにがあったか、教えていただけますか」

「異界のものが村に落ちた。今はそれしか言えぬ……」


 そう言ってエルフの長老は俺たちを、村へと招き入れたのだった。




──────────────────



【お知らせです】


 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


 おかげさまで書籍版3巻の作業も一段落しました。

 書店様の方で予約も始まっています。2月10日発売です。

 今回も書き下ろしエピソードを追加していますので、ご期待ください!



「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、コミカライズ版も連載中です。

 ただいま、第4話−4まで、更新されています。

 次回更新は12月21日です。


「ヤングエースUP」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る