第160話「魔王ルキエと宰相ケルヴ、『例の箱』の報告を受ける」

 ──魔王ルキエ視点──




「余はこれよりライゼンガ領に向かう。馬車を用意せよ」


 トールからの書状を読んだ魔王ルキエは、即座に指示を出した。


「『例の箱』について重要な報告があった。これより、捜索チームへすぐに指示を出せる態勢に移行する。そのために国境に近い場所に行かねばならぬ。至急、用意をせよ」


 そして、魔王出立の準備が始まったのだった。






「まさか『例の箱』の中身が、異世界の文書じゃったとはな」


 魔王ルキエと宰相ケルヴは玉座の間で、『例の箱』の件について話をしていた。

 ルキエの手元には、トールからの書状がある。

 数十分前に羽妖精ピクシーたちが届けてくれたものだ。


 書状には『例の箱』の中身と、捜索中に得た情報がすべて書かれていた。

 その内容について、ルキエとケルヴは出発前に話し合いをすることにしたのだった。


「その上、帝都から帝国の皇子がやってきているらしい。このタイミングで、ソフィア皇女との交渉を望んでおるそうじゃ。護衛の兵と共に、『ノーザの町』の近くにきておるとのことじゃ」


 ルキエは仮面の下で苦笑いをする。


「帝国の皇子の部隊に、『例の箱』を奪った謎の男たち……なんとも、国境地帯が騒がしくなっておるな」

「しかも、交易所にまで怪しい者たちが入り込んでおります」

「そいつらは、帝国皇子の部下だったのじゃろうか」

黙秘もくひを続けておりますが、おそらく、間違いはないかと」


 宰相ケルヴはうなずいた。


「交易所に入り込んだ者たちは、短時間ながらも『三角コーン』の威嚇効果いかくこうかをレジストしております。帝国の皇子直属の配下なら、それほどの能力を持っていてもおかしくはありません」

「『例の箱』を所持していた連中の仲間ではないと?」

「報告書によると、彼らは『ダークウルフ』相手にパニックを起こしていたそうです。おそるべき『三角コーン』に耐えて交易所に侵入した者たちと比べて、弱すぎるかと」

「強さも精神力も、前者がはるかに上じゃからな」


 ひと呼吸おいて、それからふたりは、トールからの書状に視線を向けた。


「帝国の皇子のことはひとまず置くとしよう。次は『例の箱』の件じゃ」

「はい。陛下」

「あの箱には異世界人の手紙と、武器の資料が入っていたそうじゃな」

「予想外すぎるものでした……」


 宰相ケルヴは報告書の写しを手に、震える口調で告げる。


「異世界人の手紙はともかく、新種の魔獣……『ハード・クリーチャー』に対抗するための武器の資料とは。正直、どのように扱えばよいのか見当も付きません……」

「トールにしか読めぬ文字で書かれておったのは幸いじゃったな」


 魔王ルキエはため息をついた。


「トールがいなければ、捜索チームは資料の価値を測ることもできなかったじゃろう。もしかしたら、そのまま帝国に渡してしまっていた可能性もある」

「そして……帝国に資料を解読できる者がいた場合、彼らは『ハード・クリーチャー』を倒せるほどの武器の情報を手に入れていたでしょう」

「『レーザーポインター』や『隕鉄いんてつアロー』に匹敵する武器をな」

「……考えたくもありません」


 帝国にも錬金術師はいる。

 トール以上の能力を持つ者がいるとは思えないが、勇者世界の文字に詳しい者くらいはいるかもしれない。

 あの資料を帝国に渡すのは危険すぎるのだ。


「トールどのには申し訳ありませんが……手紙の内容をソフィア皇女に知らせるべきではなかったかもしれません。武器の資料があることは、隠しておくべきであったかと」

「いや、それは難しいじゃろう」


 ケルヴの言葉に、ルキエはかぶりを振った。


「今回の捜索は魔王領と『ノーザの町』が、合同で行ったものじゃ。人間の領土で捜索を行うにあたり、彼らの協力は不可欠じゃった。なのに、見つけたものを隠すというわけにはいくまい」

「……そうかもしれませんが」

「我々は人と亜人……つまり、異種族じゃ。だからこそ信頼は大切じゃと余は思う。今のところ、ソフィア皇女や大公カロンと、我々は良き関係を保っておる。それを失うのは得策ではなかろう」


 魔王ルキエは続ける。


「それに、トールも『例の箱』の中身が武器の資料だとは予想していなかったのじゃ。発見した手紙を皇女の前で読んでしまうのは、しかたあるまい」

「トールどのは、隠し事ができない方ですからね」

「ふふっ。そうじゃな」

「だからこそ、あの方は帝国の皇女の信頼を得ているのでしょう」

「そうじゃな。それに、ソフィア皇女ならば、帝国に武器の情報を流すこともなかろう」


 ルキエはソフィア皇女を、信頼に値する人物だと考えている。

 それは、今回の件からもわかることだ。

 本当なら、ソフィア皇女自身が捜索チームに参加する必要などなかったからだ。


 得体の知れない連中がいる場所に、皇女みずからが踏み込む必要はない。

 捜索チームを送り出すだけでも、領主としての役目は果たせたはずだ。


 なのに、ソフィア皇女は捜索チームに参加することを選んだ。

 それは領主としての責任感によるものだろう。


 そういう相手なら信頼できると、ルキエは考えているのだった。


(まぁ、ソフィア皇女はトールを気に入っているようじゃから、側にいたいというのもあるのじゃろうな)


 ルキエはうなずいた。


(領主として調査に参加する。ついでに、トールと共に時間を過ごす。ソフィア皇女は元々、不自由な生活をしていたようじゃからな。そういう時間を大切にしているのもわかる。だからこそ、領主としての役目のついでにトールを……ん?)


領主としての・・・・・・役目のついで・・・・・・?)


 ──違和感があった。

 なにか考え違いをしているように思えて、ルキエは考え込む。


(ソフィア皇女にとって、主従はどうなっておる? トールと領主としての使命と、どちらがついでなのじゃ?)


 ソフィア皇女は知恵者だ。

 だから『ノーザの町』の利益や、自分の立場を強化するために動いているのだと思っていた。


 ──だが、それが逆だとしたら?


 ソフィア皇女が捜索チームに参加したのは、トールの側にいたいから。

 トールの婚約者になることを望んでいるのも、単純にトールと結婚したいから。


 ついでなのは、領主としての役目の方。

 トールが主で、役目が従。


 ソフィア皇女が、すでにそういう状態にあるとしたら──


「────!?」


 ルキエは胸を押さえた。

 仮面の奥で、顔が熱くなる。


(……これは、まずいのではなかろうか)


 ソフィアはトールの婚約者候補だ。

 ルキエもそれを認めてしまっている。

 だから、ソフィアがトールと一緒にいるのはおかしくない。

 けれど──


(なんじゃろう。すごくもやもやするのじゃ。よくない。これはよくないのじゃ……)


「どうなさいましたか? 陛下?」


 気づくと、宰相ケルヴが心配そうな顔をしていた。


 ルキエは内心をごまかすように、咳払せきばらい。

 それから背筋せすじを伸ばして、ケルヴを見て、


「なんでもない。それより『例の箱』の中身の件じゃが」

「はい。あの手紙によると、我々が『新種の魔獣』と呼ぶ者たちは、元々勇者世界に出現したものだったようです」


 ルキエの内心には気づかず、ケルヴは書状を読み上げる。


「それを帝国の兵士が、この世界に召喚してしまった……ということですね」

「う、うむ。勇者世界では勇者とその子孫が、その『ハード・クリーチャー』と戦っているのじゃな」

「あのような魔獣に立ち向かえるのは、勇者とその子孫しかいないでしょう」

「問題は勇者世界に『ハード・クリーチャー』なるものが出現した理由じゃな」

「陛下はどのようにお考えですか?」

「情報がなさすぎるゆえな、見当もつかぬよ」

「わかります。私も、まったくわかりません」

「じゃが、書状を持ってきた羽妖精が、トールの言葉を伝えてくれた」


 ルキエは、数十分前のことを思い出す。

 魔王城に羽妖精がやってきて、書状を届けてくれたのだ。

『地の羽妖精』たちだった。一番真面目で礼儀正しい者たちだ。

 その者たちが数人がかりで、トールの言葉を伝えてくれたのだ。


 その内容は──


「『勇者のことだから、より最強を目指すために、どっかの世界から強い魔獣を召喚したんじゃないですか?』……これが、トールの推測じゃ」

「納得で! 勇者ならやりかねません!」

「勇者ならばあり得るじゃろうな」


 魔王ルキエと宰相ケルヴはうなずいた。



 トールの予想は次の通りだった。


────────────────


 異世界勇者は常に『最強』を目指して戦っていました。

 彼らが元の世界に戻ったあと、同じことを続けていた可能性は十分にあります。

 もしかしたら、勇者同士で戦い合って、自分を鍛えていたのかもしれません。


『通販カタログ』にあるような、強力なアイテムが必要だったのもそのためでしょう。


 だからこそ勇者たちは、さらなる強さを求めて、異世界から『ハード・クリーチャー』を召喚したのでしょう。自分たちの好敵手にするために。


 勇者たちのことです。

 うっかり、『ハード・クリーチャー』を大量に召喚してしまったのかもしれません。


 最強を目指す勇者たちがまわりのことを考えないのは、よくあることですからね。

 だから勇者世界の『勇者じゃない者たち』にも、被害が及ぶようになり……一般人にも『ハード・クリーチャー』への対抗策が必要になったのです。


 そのために作られたのが、手紙の主がいた研究施設だと、俺は考えています。


────────────────


「納得じゃな」

「とてもよくわかるお話ですね」


 ルキエとケルヴは腕組みをした。


「ですが、手紙を書いた研究者が『ロマンを解さない者』に否定される武器を企画していた理由がわかりません。『ハード・クリーチャー』に対抗するのに、ロマンが必要なのでしょうか?」

「トールによると『一般人でも勇者のようにかっこよく戦うための武器だと思われます』とのことじゃ」

「一般人でも勇者のように?」

「勇者の中に、戦う前の儀式を行っていた者がおったじゃろう」

「戦う前に口上を述べたり、ポーズを取ったりする勇者のことでしょうか」

「それじゃ。自分の背後で爆発を起こしていた者もおったらしい」

「カラフルな爆発ですね。宰相家の口伝にもあります」

「あれらは勇者が強大な力を振るう前の儀式のようなものじゃったのかもしれぬ」

「……確かに。そういうことをした勇者ほど、強い技をふるっていましたからね……」

「それがおそらく『ロマン』なのじゃろうよ」


 勇者の戦い方については、ルキエも小さい頃に両親から聞かされた。

 当時はルキエもうっかり「かっこいい」と思ってしまった。

 その気持ちこそが、手紙に書かれている『ロマン』なのだろう。


「じゃが、『ハード・クリーチャー』は我々でも倒せるレベルのものでしかない。数が多いから、勇者の好敵手となっておるだけじゃ。だとすれば……」

「重要なのは魔獣を効率よく倒すことで、戦う前の儀式……つまり『ロマン』は必要ないということですか」

「じゃが、手紙の主は勇者の心を持っておった。だからこそ、ロマンを求めておったのじゃろう」


 だから異世界の研究者は『ロマンのある武器』の資料を残したのだろう。

 いずれ自分の志を継いでくれる者がいることを信じて。


 そう考えると、手紙の内容に納得できるのだった。


「とにかく、資料のあつかいについてはソフィア皇女と話し合うこととする。ライゼンガ領に到着次第、連絡を取るとしよう」

「承知いたしました。帝国の皇子についてはどうされますか?」

「奴が箱本体を望むなら、くれてやっても構わぬ」


 ルキエは口元だけで笑ってみせた。


「重要なのは箱の中身じゃ。ゆえに、トールの『計画』についても許可を出した。問題は、手紙の情報をどこまで帝国に伝えるかじゃな」

「再び『ハード・クリーチャー』をこの地に呼び寄せるわけにはいきません。事情を伝えて、勇者召喚の全面禁止を訴えるべきです」

「そうなのじゃが……」

「なにか懸念がおありですか?」

「情報を伝えることで、逆に帝国を刺激してしまう可能性もあってな」


 ルキエはうんざりした口調で、


「この話を聞いたら、帝国は自分を鍛えるために『ハード・クリーチャー』を召喚するかもしれぬ。余は、それを懸念しておるのじゃ」

「…………あ」


 宰相ケルヴが呆然とした顔になる。

 ルキエは続ける。


「召喚魔術のための触媒しょくばいはすでに失われたが、油断はできぬ。帝国は召喚魔術の術式を知っておるのじゃからな」

「では、帝国には『ハード・クリーチャー』の情報を伝えない方が……」

「それでも、帝国が勇者召喚を行う可能性はあるのじゃよ」

「……困りましたな」

「そこでトールは、箱の中ににせの手紙を入れておくことを考えたようじゃ」

「偽の手紙を?」

「勇者召喚を止めて、この世界を守るためにな。その内容について、トールは余に相談してきたのじゃ。帝国に必要以上の情報を与えず、かつ、勇者召喚の危険性を伝えるにはどうすればいいのか……」


 ルキエは目を輝かせて、つぶやいた。

 トールに頼られたのがうれしかったからだ。


「ですが、それは陛下にお願いすべきことではないと思います」


 けれど、宰相ケルヴは厳しい口調で宣言した。


「確かに『例の箱』の件は重要です。ですが、陛下はご多忙です。必要以上にご負担をおかけするべきではないかと」

「余としては、アイディアを出すくらいは構わぬのじゃが」

「宰相として、文官の一人として、陛下のご負担が増えるのは見過ごせません。本来ならば書状を出す前に、文官であるエルテが配慮はいりょすべきことですが……我が姪は少々、トールどのに影響されているようですね」


 宰相ケルヴはルキエの前に膝をつき、頭を下げた。


「トールどののお気持ちもわかりますが、これは帝国相手の策略です。武官か文官が担当すべきことだと考えます」

「……ケルヴの言うとおりかもしれぬが」

「陛下は出発のご支度と、ソフィア皇女との会談準備に専念されるべきかと」

「わかったのじゃ」

「ご理解いただき幸いです。では、これはエルテとライゼンガ将軍に……」

「後はケルヴに任せるとしよう」


 魔王ルキエは立ち上がり、宣言した。


「余が命ずる。宰相ケルヴよ。『例の箱』に入れる手紙の内容を考えるのじゃ」

「……………………え」

「書いた文章はトールが『勇者世界の言葉』に翻訳してくれる。それを紙に書き写し、『例の箱』に入れておくこととしよう。帝国側が箱を手に入れ、それを開いたときに読めるようにな」

「わ、私が……?」

「それまでは外交ルートを通じて、『勇者召喚』の禁止を訴えるとしよう。ソフィア皇女も、大公カロンも、協力してくれるじゃろう。それもまた、策のひとつじゃ」

「しょ、承知いたしました」


 宰相ケルヴは膝をついた。


「このケルヴ、『勇者召喚』を止めるための文書を書いてみせましょう」

「うむ。異世界の研究者になりきって書くがよい」

「…………しょうちいたしました」


 やがて、出立の準備が整った。

 ルキエは魔王専用の馬車に乗り、ケルヴはその後ろを、丈夫な馬車に乗ってついていく。

 隊列の前後を守るのはミノタウロスの兵士たちだ。


 そうして、隊列は順調に進み始め──



「──宰相閣下の馬車、やけに揺れて、います」

「──馬車の支柱を叩くような、衝撃しょうげきと、音が、します」

「──ご自身をきたえていらっしゃるのでしょう。すごいです」



「「「さすがは宰相、ケルヴ閣下、です……」」」



 なぜか大きく揺れる馬車と共に、魔王領の兵団は南へと進んでいくのだった。




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