第22話「火炎将軍ライゼンガを説得する」
「むむ? ここは風呂場か。
ばんっ!
入り口につっかえそうなほどの巨体が見えた。
火炎将軍のライゼンガだった。
「おぉ。ここにいたのか我が娘アグニス……よ?」
ライゼンガが身を
黄色がかった瞳が、アグニスの方を見た。
目を閉じて、俺に抱きしめられるのを待っているアグニスを。
それからライゼンガ将軍は、俺の方を見た。
アグニスの肩に手をかけて、今にも彼女を抱きしめようとしている俺を。
「……きさま」
ライゼンガ将軍の髪が逆立った。
「……貴様。なにをしている! 我が娘になにを────っ!?」
ずん、と、床が揺れた。
ライゼンガ将軍は床を踏みしめながら、まっすぐ、こっちに向かって来る。
「お待ち下さいライゼンガさま!」
その前に、メイベルが立ち
ライゼンガ将軍は肩を怒らせながら、
「どけい! メイベル!!」
「どきません! トールさまは私の主人です! それに、あの方はアグニスさまのために──」
「メイド
ライゼンガ将軍が床を
巨大な身体が、真横に跳んだ。
速い! あれが火炎将軍の動きか……。
メイベルが反応できてない。ライゼンガ将軍はメイベルを避けて、素早いフットワークで──俺の前にやってくる。鋭い目を光らせて、俺をにらむ。
「来い! 貴様は我が領土に連れて行く。そこでアグニスに手を出した罪をつぐなわせてやる!」
「その前に話を聞いてくれませんか。ライゼンガ将軍」
「貴様と話す口など持たぬ!」
「あなたは今のアグニスさんの姿を見て、なにも気づかないんですか!?」
「──む?」
反応があった。
ライゼンガ将軍が、アグニスの方を見た。
そして──
「お、おぉ? アグニスが
「俺は
俺は説明をはじめる。
「アグニスさんが火炎を制御できなかったのは、火の魔力が強すぎるせいですよね? その魔力を変換することで──」
「貴様は……アグニスをだまして服を着せたのだな!?」
「はい?」
「炎に耐えられる布だと言って、アグニスにメイド服を着せたな!? それが徐々に燃えていくのを見て、段階的にアグニスを裸にするつもりなのか!? なんということを考えるのだ貴様は! この変態め!!」
「こっちの話を聞いて!!」
「うるさい! いいからこちらに来い!! 従わぬのなら、我の我慢にも限度があるぞ……見よ!!」
ライゼンガ将軍が叫ぶ。
逆立った髪から炎が生まれる。怒った将軍の顔を照らし出す。
「これが火炎将軍の炎だ! この力を恐れるならおとなしく言うことを聞──」
「
俺が宣言すると、ライゼンガ将軍が発した炎が消えた。
『超小型簡易倉庫』に吸い込まれたんだ。
アグニスはあの倉庫を、持ち歩いていてくれてた。さっき着替えたときに、テーブルの上に置いておいたんだ。それが役に立った。
「な!? 我が炎を!? き、貴様は一体……?」
「俺は魔王陛下に雇われた
ライゼンガ将軍の目を見返して、俺は言った。
「この魔王領に住む人の問題を解決して、俺の居場所を住みやすく快適にするのが俺の仕事なんです。俺はアグニスさんを助けたいと思った。だからメイベルにも協力してもらって対策を考えた。それだけなんです」
「…………う、うぅ。だ、だが……」
将軍の言葉が途切れた。
それから将軍は頭を振って、再び、俺をにらんで──
「と、とにかく来い! 話はそれから──」
──俺に向かって手を伸ばそうとした。
けれどその手は、俺には届かなかった。
「……いいかげんにして欲しいのです。お父さま!」
アグニスの手が、ライゼンガ将軍の腕をつかんでいたからだ。
さっきから、ずっとそうだった。
将軍は興奮してるから、気づかなかったようだけど。
アグニスは将軍が俺の前にきたとき、すでに父親の動きを封じていたんだ。
「……
アグニスの細い指が、ライゼンガ将軍の
将軍はアグニスの手を振り払おうとする。けれど、動かない。
アグニスは怒った顔で、ライゼンガ将軍を見つめている。
でも、彼女の身体から炎は出ていない。
代わりに、胸元の『健康増進ペンダント』が、光を発し続けてる。
『火属性の魔力により:活力+250%を得ました』
『
『火の魔力を、土の魔力に変換しました。土属性の効果:安定+250%を得ました』
『土の魔力を、金の魔力に変換しました。金属性の効果:強固+250%を得ました』
『金の魔力を、水の魔力に変換しました。水属性の効果:柔軟+250%を得ました』
『水の魔力を、木の魔力に変換しました。木属性の効果:生命力+250%を得ました』
「な!? う、動けぬ。アグニス。お、お前にこんな力が!?」
「トールさまはアグニスのためにがんばってくれたのに……」
「……え」
「アグニスが普通の服を着られるようになったのは、トールさまのおかげなのに……お父さまは、どうして話を聞いてくれないの!!」
アグニス、本気で怒ってる。
その細い腕で、火炎将軍ライゼンガの動きを、完全に制してる。すごい……。
「は、放せ! 我はお前のためを思って──ぐぬぅ!!」
ライゼンガが全身に力を込める。床に
だが、アグニスは
空いた手で、ライゼンガ将軍のもう片方の腕もつかむ。将軍は振りほどこうとするけど、アグニスはそれを完全に押さえ込んでる。
「な、なんだと!? ど、どうして、お前にこんな力が!?」
「アグニスは……怒ってるので。あふれる魔力を、使ってるので!」
「怒っている!? だ、だが、炎はどうした!? お前は感情がたかぶると、炎が出るはずでは!?」
「トールさまのおかげで、アグニスは成長した……です」
アグニスの目が赤から黄色、黄色から赤に変わっていく。
ペンダントを着ける前──身体から炎を生み出していたときと同じだ。
つまり、アグニスは今、強力な『火の魔力』を発しているということになる。
その魔力が、すべて『健康増進ペンダント』に注がれてるんだ。
アグニスは、普段の数倍の活力と安定性と強固さと、柔軟性と生命力を手に入れてる。
活力と生命力は、ライゼンガ将軍の動きを封じるほどのパワーを。
安定性と強固さは、将軍がいくら力を入れても揺らがないほどの
柔軟性は、しなやかな筋力を。
それら全部をフル活用してるアグニスは、とんでもない力を発揮してる。
「炎は、誰かを傷つけることしかできなかったです。でも、トールさまにいただいた……この力なら、大切な人を守ることもできるので──!」
『火属性の魔力により:活力+400%を得ました』
『
『火の魔力を、土の魔力に変換しました。土属性の効果:安定+400%を得ました』
『土の魔力を、金の魔力に変換しました。金属性の効果:強固+400%を得ました』
『金の魔力を、水の魔力に変換しました。水属性の効果:柔軟+400%を得ました』
『水の魔力を、木の魔力に変換しました。木属性の効果:生命力+400%を得ました』
『健康増進ペンダント』は発動を続けている。
ライゼンガ将軍はもう、身動きひとつできなくなってる。
「すごい。これが勇者世界のアイテムの力か」
「いえ、すごいのはトールさまだと思います……」
でも、もっとすごいのはアグニスだ。
彼女はライゼンガ将軍の両腕をつかんで、その動きを封じて──
「……アグニスは……お父さまをいつも、心配させてきました。ごめんなさい……」
「い、いや。親が最愛の娘を心配するのは当然──」
「だけど、アグニスの話も……聞いて欲しい……です。トールさまはアグニスにとって、とても大切な人なので……」
アグニスは父を見つめながら、つぶやいてる。
「トール・リーガスさまはアグニスにとって『
「アグニス、そ、その言葉は……おおおおおおっ!?」
「だから、お父さま。トールさまに
アグニスは、ライゼンガ将軍の巨体を持ち上げていく。
2メートル以上ある巨体を、軽々と。
自分の真上──頭上まで。
「あのさ。メイベル」
「はい。トールさま」
「異世界から来た勇者の伝説で、ドラゴンを持ち上げた人の話があるんだけど、知ってる?」
「存じております。ドラゴンの腹の下に潜り込んで、その巨体を持ち上げたと」
「いくらなんでも話を盛りすぎたと思ってたけど、事実なのかもな」
「そうですね。今度、魔王城の記録を調べてみますね」
「お願いするよ。メイベル」
俺とメイベルは親子ゲンカを見守っていた。
とにかく将軍に落ち着いてもらわないと、話もできないから。
アグニスは額に汗を浮かべて、ライゼンガ将軍の巨体を持ち上げている。
両腕も押さえ込まれたライゼンガ将軍は、まったく身動きが取れない状態だ。
「な、なんとかしてくれ。サラマンダーたち!」
パニック状態の将軍は、配下のサラマンダーに呼びかける。
その声に応えて、サラマンダーたちが
だけど──
『ぐるる!』『ぐるっる!』『ぐっるるー!』
ぺちぺち、ぺちぺち。
サラマンダーたちは、羽と尻尾で、ライゼンガの手足を叩くだけ。
「お、お前たちまで!? わしが悪いと言うのか……そうなのか……」
ライゼンガ将軍は、泣きそうな顔になってる。
魔王領でも名高い火炎将軍が、娘のアグニスに動きを封じられて、持ち上げられて、
さすがに、気の毒になってきた。
「話を聞いてくれますか。ライゼンガ将軍」
俺は将軍を見上げながら、
「将軍の許可なくアグニスさんにマジックアイテムを作ったことが気に触ったのかもしれません。でも、話くらいは聞いてください。将軍」
「……お父さま!」
「お願いいたします。ライゼンガさま」
『『『ぐるるーっ!!』』』
俺とアグニスとメイベル、サラマンダーたちは、ライゼンガ将軍に
そして──
「わしが悪かった……すまぬ」
将軍の身体から、力が抜けた。
「聞く。話を聞かせてもらう。トール・リーガスどのにも、ちゃんと
「ありがとうございます。将軍」
「だ、だから、放してくれ、アグニスよ……」
涙声で、ライゼンガ将軍は言った。
「トール・リーガスどのとメイベルどのはいい。だが、ここには配下のサラマンダーもいるのだ。火炎将軍ともあろうものが……こんな姿をさらしていては、示しがつかぬではないか…………あぁ」
こうして、ライゼンガ将軍は降参して──
とりあえず俺たちは、落ち着いて話をすることにしたのだった。
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