第7話「冷え性と魔力循環を改善する」

 城の水源は、城の地下にあった。

 地下にはきれいな水脈があって、そこから水をくみ上げているらしい。

 さっき俺が飲んだお茶も、ここの水を湧かしたものだ。


「使い方を説明します」

「はい」

「でも、なんでギャラリーがいるんですか?」


 水場には、俺とメイベルの他に、青い髪の宰相さいしょうさんがいた。


「私もあなたのアイテムを見てみたくなったのですよ」


 宰相さん (ケルヴという名前らしい)は、目を細めてそういった。

 まぁいいか。


 俺は地下水から水を汲んで、『温水水流桶フットバス』の中に入れた。

 次に、火の魔石に魔力を注いで、待つこと数分。


「……桶から湯気が出てきましたね」

「じゃあメイベルさん。ここに足を入れてください」


 俺は『温水水流桶フットバス』を、階段の下に持っていく。

 メイベルさんは階段のステップに腰掛こしかけて、靴と、厚手の靴下を脱いだ。


 細い足と爪先があらわになる。

 メイベルさんは寒そうに足をこすり合わせていたけど、『温水水流桶フットバス』に足を入れて──


「……ほわ。あったかいです」

「桶の前の方に風の魔石があります。そこに魔力を注いでください。本格的に起動するはずです」

「は、はい」


 メイベルは指先を『温水水流桶フットバス』に当てた。

 次の瞬間──



 しゅわわわわわわわ────っ!

「はう、はわわわわわわわわっ!?」



 桶の中に、水流と泡が発生した。

 風の魔石によって生み出された空気の流れは、『温水水流桶フットバス』内に細かい泡と、激しい水の流れを作り出している。

 水は火の魔石によってほどよい温度に温められている。

 それがメイベルの冷えた足を、マッサージしているはずだ。


「こ、これ……んっ。す……すごいです……」

「メ、メイベル? 大丈夫なのか?」

「は、はい。大丈夫です」


 メイベルは、とろん、とした目で、こっちを見た。


「あったかくて、きもちよくて……身体が、ぽかぽかしてきます。魔力が……身体の中を、循環じゅんかんしてるみたい、です」

「魔力が!?」


 宰相さんが目を見開いた。


「ちょっと待ってください。トールどのが作られたのは、勇者の世界の『健康グッズ』というものなのですよね?」

「そうですよ?」

「実は、魔王領の宰相さいしょうは代々、勇者についての情報を口伝として受け継いでいます。自分も多少は、勇者についての知識があるのです」

「すごいですね」

「は、はい。ありがとうございます」


 宰相ケルヴは軽く頭を下げて、続ける。


「それはともかく、口伝によると、勇者が『健康グッズ』というマジックアイテムを使っていた記録はありません。おそらく『健康グッズ』とは言葉の通り、普通に疲れをやすだけのものだと思うのですが……なんでメイベルの魔力にまで影響を与えているのですか?」

「しょうがないじゃないですか。勇者の世界のアイテムなんですから」

「しょうがない!?」

「よく考えてください。宰相ケルヴさま」


 俺は宰相ケルヴの目を見て、告げる。


「勇者とは、強力なスキルや魔力を持つ者たちだったんですよ?」


 彼らはそのスキルを使って、魔族に押されていた人間の勢力を立て直した。

 最終的に魔族を、魔王領へ押し返した。

 勇者たちは、それだけの力を持っていた。俺には……いや、今の帝国の者たちでさえ、想像できないほどの力で。まさしく『最強』、そのものとして。


「そんな勇者の世界のアイテムが、ただの『つかれをやすもの』のもののはずがないじゃないですか」

「そうかなぁ!?」

「そうですよ。たぶん」

「……そんな。メイベルの魔力循環まりょくじゅんかんを改善することは、医者にもできなかったのに……それが異世界の『健康グッズ』で治るなんて……」


 宰相さんが震えてる。

 びっくりするのもしょうがないよな。

 俺たちが見ているのは、勇者世界のアイテムの効果なんだから。


 それにしても、勇者の世界はどれだけの技術をほこっていたんだろう。

 きっと、もっとすごいアイテムを作っていたに違いない。

 俺なんかまだまだだ……。


「……は、はぅぅ」


 メイベルが『温水水流桶フットバス』に触れると──水流が止まった。


「こ、このくらいでやめておきます。これ以上は……身体がほかほかして、気持ちよすぎちゃいますから……」

「メイベル、具合はどうなのだね?」

「は、はい、ケルヴさま」


 階段に座ったまま、ぱたぱたと足を揺らすメイベル。


「身体がすっきりして、魔力の流れが良くなった気がします」

「試しに魔術を使ってみたまえ」

「は、はい。風と闇の名のもとに──『漆黒の風ダークウインド』!!」



 ぶぉっ!!



 水汲み場を、冷えた風が吹き抜けた。

 あ、正面にいた宰相さいしょうさんが吹き飛ばされてる。


「……魔術が、使えました。私の手から、魔術が」


 メイベルの目から涙がこぼれた。


「魔術が使えなくて……役立たずだって……エルフの仲間に言われてた私の手から……魔術の風が……はじめて、はじめてです……」

「なるほど。勇者の世界の『フットバス』には、魔力の循環をよくする効果があったんですね」


『通販カタログ』には、そんなこと書かれていなかった。

 きっと、勇者の世界にとっては当たり前のことだったんだろう。

 常識ってのは、意外と記録されないものだから。


「ありがとうございました! トールさま!」


 むぎゅ。


 いきなりだった。

 メイベルが、俺を抱きしめていた。

 階段に座って、『温水水流桶フットバス』に足を突っ込んでるメイベルさん。そのせいで、俺より少し高い位置にいる。この配置で抱きしめられると俺の顔が胸に……あの、メイベルさん!? 息が……その。


「ずっと……ずっと魔術が使えないことを悩んでたんです。これで、みんなと一緒に、魔獣の討伐にも行けます……仲間の役に、立てるんです……」


 メイベルは涙声だった。


「トールさまはわたくしの恩人です。この恩は必ずお返しします。どうか……なんでもおっしゃってください」

「ももごご (なんでも)!?」

「はい。トールさまは、わたくしに新しい可能性をくださいました。ですから──」


「──メイベル。トールどのが困っているよ?」


 こほん、という咳払せきばらいとともに、宰相ケルヴの声がした。

 慌てたように、メイベルが俺から離れる。


「も、申し訳ありません。トールさま」

「い、いえ。ありがとうございました」

「……なにがですか?」

「えっと……」


 俺とメイベルは、思わず顔を見合わせる。

 それから同時に、笑い出した。


「とにかく、この『温水水流桶フットバス』はメイベルさんが使ってください」

「いえ、これは陛下の管理下に置かせていただきます!」


 俺の言葉を、宰相ケルヴがさえぎった。


「でも……これはメイベルさんの冷え性を解消するために作ったんです」

「もちろん、メイベルが希望した場合は、使用を許可します」


 宰相ケルヴは、ひとつ呼吸をおいてから、


「ですが、使用者の魔力を活性化させてしまうアイテムを、個人の自由にするわけにはいかないのです。よからぬ者が使った場合、魔王領のパワーバランスを乱すことになりますので」

「よからぬ者?」

「……なんでそこで驚いているのですか、トールどの」

「いえ、魔王領に来てから、嫌な人に出会った覚えがないので」

「いますよ。魔王領も、様々な者が住んでいるのです」

「そうですか」


 仕方ない。ここで宰相と言い争いになったら、困るのはメイベルだ。

 それにあの『温水水流桶フットバス』は試作品だからな。

 メイベル用には改めて、扱いやすいものをこっそり作ろう。


「もちろん。このアイテムは適切な価格で買わせていただくことになります。対価は金貨でよろしいか? 魔王領の貨幣になるので、トールどのがこの地にいる間しか使うことはできないのだが……ご希望なら、別の物でも構いません」

「……対価。錬金術れんきんじゅつで作ったもので……お金がもらえる……!?」

「トールどの?」

「い、いえ、失礼しました」


 思わず感動してしまった。

 そっか。俺は錬金術師として仕事をして、代金をもらうのか。

 なんだか、すごく嬉しい。


「では、魔石をもらうことはできますか?」

「魔石?」

「地・水・火・風の魔力がこもった魔石です」


 魔石とは、4大元素それぞれの魔力を宿した石だ。

 自然界や、魔物の体内で見つかることが多い。

 魔力を使い果たした魔石に魔力を注ぐことで、再度使用可能にすることもできる。


「……トールどのは魔石でなにをされるつもりなのだ?」

「なんか色々便利なものを作ろうかと」

「魔石は、使い用によっては武器にもなるものだ。それはご存知だろう?」

「それじゃ必要になったときに申請して、必要な分だけもらうってことでどうですか?」


 俺だって、魔石が武器にできることは知っている。

 倉庫には、魔石を利用した盾もあったからな。壊れてたけど。


「要は、魔石使い放題プランにしたいんです」

「使い放題プラン」

「俺が作ったものは魔王領で使ってもらう。代わりに魔王領では俺の衣食住と、魔石と……あとは倉庫の素材を提供する。これでどうですか?」

「……トール・リーガスどの」

「なんでしょう。宰相さいしょうケルヴさま」

「自分が作ったものを魔王領の……人ならざる者が使うことに、あなたは抵抗はないのですか」

「なんでですか?」


 意味がわからない。

 いくらすごいアイテムを作ったって、使ってもらわなきゃ意味がないじゃないか。


「俺は自分の好きなものを作りたいだけなんです」


 俺は言った。


「作ったものは色々な人に使ってもらって、感想を聞きたいです。そうして欠点を見つけて、改善します。勇者の世界のアイテムも研究して、最終的には勇者の世界を超えるものを作りたい。それだけなんです」

「……わかりました。魔王さまに相談させていただきます」


 宰相ケルヴは額を押さえて答えた。


「と、とにかく、あなたの能力が桁違けたちがいにすごいのはわかりました。あなたへの対応については魔王さまに相談します。だから、まずはゆっくり休んでください。あなたはまだ、魔王領に来たばかりなのだから……」


 そんなことを言って、宰相ケルヴは立ち去ったのだった。

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