第23話「ユーザーサポートを提案する」

「と、いうわけ……です。トール・リーガスさまは、アグニスのために……炎を抑えるアイテムを作ってくださったのです」


 あれから、しばらく後。

 アグニスは事情を、ライゼンガ将軍に説明してくれた。


 彼女が風呂場で偶然、俺と出会ったこと。

(もちろん、アグニスが裸で踊ってたことは隠しておいた)


 出会った後で彼女が俺に、『火の魔力』と発火体質について話してくれたこと。

 俺と提案とアグニスの同意によって、俺が錬金術で、『炎を抑えるアイテム』を作ることになったこと。


 そうして完成した『健康増進ペンダント』によって、アグニスの発火体質が治ったことを。



 ──呆然ぼうぜんとして床に座り込むライゼンガ将軍に向かって、アグニスは、感情を抑えた声で、説明し続けたんだ。



「──トール・リーガスさまは、アグニスのためにがんばってくださいました。そしてこれが、アグニスの火の魔力を、他の魔力に変換することで炎を抑えるアイテム、『健康増進ペンダント』です」


 アグニスは、メイド服の胸元で光るペンダントを、父親に示した。

 

「だから今のアグニスは、メイベルと同じ服を着ていられるんです。トールさまは、変なことをしようとしたわけじゃないんです。これで、わかってくれましたか。お父さま」

「な……なんと、そのようなことが……」


 ライゼンガ将軍は震えてる。

 予想外のことが起こりすぎたからね。しょうがないよね。


「アグニスの炎を抑えた……本当に? 」

「ごらんの通り……なのです。お父さま」


 アグニスは『健康増進ペンダント』を両手で包み込んだ。


「このアイテムのおかげで、アグニスは……服を着られるようになりました。ずっと……可愛い服を着るのが夢だったので。なのに、お父さまは! その夢をかなえてくれたトールさまに、なんてことしたの!!」

「すまぬっ!」



 がんっ!



 ライゼンガ将軍が、床に額をたたきつけた。

 土下座どげさだった。


「知らぬこととはいえ、アグニスの恩人になんと無礼なことを……我は自分が恥ずかしい! 申し訳なかった!!」


 がんっ。がんっ。


 続けざまに、額を床にたたきつけるライゼンガ将軍。


「トール・リーガスどの。どうか我を、自由にばっするがいい!!」

「え、あ、はい」


 それしか言葉が出てこなかった。

 アグニスが説明をはじめてから、ライゼンガ将軍の態度が急変していったからだ。


 持ち上げられた状態から床に下ろされて──最初は立って話を聞いていたのに、いつの間にか正座状態になってた。最終的には土下座してた。

 さっきとはうってかわっての低姿勢だった。


「……我のほかに、そこまでアグニスのことを考えてくれる者がいるとは思わなかったのだ。本当に、申し訳なかった」


 将軍は床に額を押しつけたまま、つぶやいてる。


「お主は……いい人だったのだな。トール・リーガスどの。それに比べて我はなんと愚かな。火炎将軍などとたいそうな名で呼ばれながら、人の本質を見極めることもできぬとは……ここまで人を見る目がくもっていようとは」


 不意にライゼンガ将軍は、がばっ、と顔を上げた。

 そのまま、腕を伸ばして、親指を立てて──


「よし。役立たずの目などつぶすとしよう!」

「アグニスさん、将軍を止めて!」

「はい!」


 自分の目に指を突っ込もうとするライゼンガ将軍と、それを押さえるアグニス。

 アグニスの細い指が掴むと、ライゼンガ将軍の腕はぴたり、と止まる。

 ライゼンガ将軍の太い腕に力が入り、血管が浮き出る。

 それでもアグニスの細腕が、しっかりとライゼンガ将軍を止めている。


「ぐ、ぐぬぬ! は、放すのだアグニス。武人として、不覚を詫びねば気が済まぬ!」

「だから、話を聞いてくださいと言いました! お父さま!!」

「……あ」


 アグニスの言葉に、ライゼンガ将軍が目を見開く。

 それから、ゆっくりと、将軍の腕から力が抜けた。


「そこまでしなくていいですから」


 俺は言った。


「自分の目を潰すとかはやめてください。やりすぎです。俺はこれからも魔王領にいるんです。将軍と会うたびに、そのことを気にすることになりますので。変なトラウマをつけたくないんです」

「……う、うむ」

「それに、将軍はアグニスさんの発火体質が治ったことを知らなかったんですよね。その状態で、アグニスさんが普通に服を着ていたら──俺を、怪しむのは仕方ないですから……」


 ライゼンガ将軍が娘思いだってのは知ってたけど、これほどとは思わなかった。

 将軍は、アグニスのことを本当に大切にしてる。それがすごく、よくわかる。

 俺に謝るために、ここまでしようとするんだもんな。片目の視力を無くしたら、将軍の仕事だってできなくなるのに。


 子どもを人質・生けにえにしようとしたうちの親より、はるかにましだ。

 ……そっか。魔王領の親子って、こういう感じなのか。


「これから普通に接してくれれば、それでいいです。だから、目を潰すとかはやめてください」

「わかった。トールどの言葉に従おう」


 ライゼンガ将軍は座ったまま、俺に頭を下げた。


「だが、我の失態については、魔王陛下に報告させてもらう。トール・リーガスどのが、アグニスにしてくれたことも含めてな。そうでなければ気が済まぬ」

「わかりました。それでいいです」


 結局、こちらの被害はなかった。

 将軍は俺をおどそうとして出した火炎は『超小型簡易倉庫』で吸い取ってたし、将軍の動きはアグニスに封じてたからね。


「でも……やっぱり、話くらいは聞いて欲しかったです」


 俺は言った。


「武人であるライゼンガ将軍が、戦う力のない文官を嫌うのはわかりますけど……」

「違うのだ。われがトール・リーガスどを見下してしまったのは、別の理由があるのだ」

「別の理由?」

「帝国から客人が来ると聞いたとき、我は思ったのだ。アグニスと手合わせさせて、魔王領の皆に、娘の炎の力を見せつけてやろうと……」


 がっくりと肩を落として、将軍は話し始めた。

 床に置いたままの『火炎耐性のよろい』を見つめながら、つらそうに。


「アグニスは強力な火炎の力を持っている。それは先祖である『火炎巨人イフリート』の血によるもので、なんらむべきものではない」

「はい。知ってます」

「だが、そのせいでアグニスは炎を制御できず、よろいのみを身につけて生活することになった。我は、娘に不便な暮らしをさせているのが申し訳なくてなぁ。せめて、発火能力があることのメリットを教えてやりたかったのだ」

「だから帝国から来た俺と戦わせようとした、ってことですか」

「うむ……その通りだ」


 ライゼンガ将軍は気まずそうに視線を逸らして、


「帝国の者はみんな、強力な武人だと聞いていたからな。そのような者と手合わせすれば、アグニスの名は上がる。勝てぬまでもアグニスが自信をつけてくれればいいと、そう思っていたのだよ……」

「でも、来たのは武将じゃなくて錬金術師アルケミストだった」

「そうだ。それで……がっかりしてしまってなぁ。つい、失礼なことを言ってしまった。本当に申し訳なかった……」


 そういうことか。


 アグニスは強すぎる火の魔力のせいで、服を着ることも、うかつに人に近づくこともできなかった。

 だからライゼンガ将軍は、アグニスに自信をつけさせるために、強者と戦わせようとした。火の魔力と発火能力が悪いものではなく、役立つものだということを教えて、自信をつけさせるために。魔王領のみんなに、アグニスの力を認めてもらうために。

 だから、帝国から客人が来ると聞いたとき、強力な武人が来るのだと期待した。


 でも、来たのは戦う能力のない錬金術師だった。

 期待外れだったので、本気でがっかりしてしまった。

 そのせいでうっかり、ライゼンガ将軍は俺にきつく当たった──ってことか。


「いや、これも言い訳か……今回のことは我の失態だ」


 ライゼンガ将軍は言った。


「頼むトールどの。貴公に詫びをさせてくれ。アグニスに作ってくれたアイテムの報酬ほうしゅうも払いたい。なんでも言ってくれ」

「報酬ですか……」


 そういえば、考えてなかった。

『健康増進ペンダント』すげー、作りたい……で、一気に仕上げちゃったからなぁ。

 でも、報酬がもらえるなら──


「それなら、錬金術の素材を分けてもらえないでしょうか。将軍の領土には鉱山こうざんがあるんですよね? 貴重な金属や鉱物、めずらしい石なんかがあったら分けてもらえませんか」

「うむ。もちろん構わぬぞ」

「でも、選ぶのが大変ですよね……どれが役に立つが、将軍やアグニスさんにはわからないでしょうし……できれば、俺を領土まで連れていってもらえませんか?」

「わかった。いつでも言ってく──」

「もちろん、鉱山の開発が始まってからで構いません。火山なんかには地上とは別の組成の鉱物があるって聞いたことがあります。それと……そういえば隕鉄いんてつって知ってます? 空から降ってくる石、つまりは隕石から採れる鉄のことなんですけど、不思議と山にはそういう変わったものが──」

「トールさまトールさま」


 気づくと、メイベルが俺の服の袖を引っ張ってた。


「お気持ちはわかりますが、別の話になっちゃってますよ?」

「……あ」


 ライゼンガ将軍が、ぽかん、としてる。

 メイベルもアグニスも、困ったような顔になってる。


「つ、つまり、報酬をいただけるなら、錬金術の素材をください、ということです。それと、将軍の領土に行って、素材を探す権利をください。もちろん、領土に入って採掘さいくつを行うときは許可を取りますから」


 俺は改めて、将軍に告げた。


「それが今回の報酬と、将軍からいただくお詫びということで、どうでしょうか?」

「貴公の要求はすべて受け入れよう」


 将軍ライゼンガは立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。


「ライゼンガ・フレイザッドの名において、トール・リーガスどののご厚意に感謝する。また、我が娘のためにアイテムを作ってくれたことは忘れぬ。フレイザッド家は魔王陛下に次ぐ忠誠を、トール・リーガスどのに捧げよう」

「ありがとうございます」


 そこまでしなくてもいいんだけど。

 武人だけあって、将軍にも譲れないラインはあるんだろうな。


「メイベルも……申し訳なかった。お主はトール・リーガスどのを守ろうとしていたのだな。アグニスの幼なじみの話を、我はもっと聞くべきであった」

「まったくです」


 メイベルは腰に手を当てて、将軍をにらんでる。


「……本当は、私はさっきから、将軍に魔術を放つのを我慢しているのです。私の大切なご主人様を連れ去ろうとしたのですから……アグニスさまが将軍を止めていなければ、本気で魔術攻撃をしていました」

「……も、申し訳ない」

「それに、あのまま将軍がトールさまを連れ去ったら……下手をすれば、魔王領の中で争いが起こるところでした。将軍さまは、トールさまが魔王陛下にとっても大切なお客だということを、もっとよく知るべきです」

「わかった……我から、魔王陛下にお詫びする。だがな、メイベルよ」

「はい」

「わしからお主に、頼みがあるのだ」


 将軍はメイベルとアグニスの方を順番に見て、言った。


「メイベル・リフレインよ。昔のように、アグニスと仲良くしてはくれぬか。身分差を気にせず、名前で呼びあう、友として」

「もちろんです」


 メイベルはアグニスの手を取って、笑った。


「私もずっと、アグニスさまと昔のように、こうして手を繋ぎたかったんです」

「……メイベル」


 アグニスは涙を浮かべて、メイベルを見てる。

 ライゼンガ将軍は満足そうに、


「それと、アグニスに対して敬語は不要だ。身分差は気にせずともよい。我も今回の失態によって、将軍位を返上することになるかもしれぬからなぁ……いや、そうなったらアグニスと過ごす時間が増えるな。うむ。良いな。魔王陛下に今回の件を伝える際に、願い出てみるのも……」

「魔王領が大騒ぎになるからやめてください」


 俺は言った。

 まったく。魔王ルキエが知らないうちに、大きな話になっちゃってる。

 あとで彼女に説明するのが大変だ。


「我はこれから魔王陛下の元へ向かう。我の失態も含めて、ありのままを話すつもりだ。トール・リーガスどのが、アグニスにしてくれたこともな」

「そうですね。『健康増進ペンダント』の効果についても、伝えておいてください」

「もちろんだ。トール・リーガスどのが功績こうせきを誇るのは当然──」

「いえ、他にもアグニスさんと同じ悩みを持つ人がいるかもしれませんから」


 アグニスの発火体質は、先祖返りによる強力な火の魔力が原因だ。

 となると、他にも似たような人がいるかもしれない。


『健康増進ペンダント』は、風と光と闇以外の魔力なら変換できる。

 強すぎる魔力で悩んでいる人の役に立つはずだ。


 いいよね。自分が錬金術で作ったマジックアイテムが普及していくのって。

 錬金術師冥利みょうりきるというか、わくわくする。


「というわけなので、魔王陛下と宰相さまに『健康増進ペンダント』の効果をよーく伝えておいてください。お願いします」

「わ、わかった……」

「それと、アグニスさん」


 俺はアグニスの方を見た。


「ちょっとそのペンダントに触れさせてください。最後の調整をしますから」

「は、はい。どうぞ」


 アグニスはメイド服の胸元から、ペンダントを取り出した。

 それに触れて、俺は『創造錬金術オーバー・アルケミー』を起動。

 調整をして、ペンダントをアグニスに返した。


「これで、ペンダントから声が出ないようになりました。魔力を変換するたびに、いちいちメッセージが聞こえてたら大変ですからね」

「本当にありがとうございます。トールさま。なんとお礼を言っていいか……」

「あと、こっちは予備です。無くしたとき用の」

「……本当に、なにからなにまで……ありがとうございます」


 アグニスは目を閉じて、二個目のペンダントを抱きしめた。


「これから……アグニス・フレイザッドはなにがあっても、トール・リーガスさまのために力を尽くすことを誓います。『原初の炎の名にかけて』」

「さっきも聞きましたけど、その言葉って、なにか意味があるんですか?」

「ひ、秘密なので」


 ペンダントで口を押さえるアグニス。

 なんだか危険な感じがしたので、突っ込むのはやめておいた。


「それじゃ、俺にできるのはここまでです。なにか問題があったら、遠慮なく言ってください。ユーザーサポートがついてますから」

「『ゆーざーさぽーと』?」

「勇者の世界には、そういうものがあるんです」


『通販カタログ』には、そんなことが書いてあった。

 使い方や、使用上のトラブルがあった際は『ユーザーサポート』に連絡してください、って。


 さらに、アイテムが届いてから2週間以内なら返金OK。

 効果が実感できない場合は、返品を受け付けるようになっていたらしい。

 少しでも勇者の世界に近づくため、俺もそれを真似することにしたんだ。


 アイテムを作っただけじゃ、まだ足りない。

 俺はまだ、勇者の世界の足元にも及ばないんだ。

 勇者の世界を──帝国を越えるまで先は長いな。ほんとに。


「2週間以内に効果が実感できない場合は──」

「いえ、もう、効果は十分に感じておりますので!」

「返品の際には──」

「絶対にしませんので!」

「ユーザーサポートの際は──」

「アグニスから、トール・リーガスさまに会いに行きます!」


 そう言ってアグニスは俺の手を取った。


「アグニスを──トール・リーガスさまがどれほど幸せにしてくださったかお伝えして……そうして、あなたが望むことは、なんでも叶えてさしあげますので……」

「ユーザーサポートってそういう意味なんでしょうか?」


 商品を作った方が、受け取った方をサポートするものだよね?

 ユーザーサポートって商品を受け取った方が、製作者の面倒を見ることじゃないよね。たぶん、だけど。


「トール・リーガスさまの願いを叶えることがアグニスの幸せなので」


 アグニスはまっすぐ、俺の目を見つめて──


「このペンダントを使っているアグニスに、トールさまをサポートさせてくださいませ」


 ──めいっぱいの笑顔で、そんなことを宣言したのだった。

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