第18話「少女アグニスの悩みを聞く(2)」
「……お会いするのは二度目……ですね。アグニス・フレイザッド……です」
「……トール・リーガスです」
「…………」
「…………」
きまずい。
目の前には、全身に
まわりには羽の生えたトカゲ──サラマンダーたちが集まってる。彼女を守ろうとしてるみたいだ。
俺とアグニスは、テーブルを挟んで向かい合っている。
アグニスは
見えるのは、兜の
見返すと、アグニスは慌てて視線を逸らす。
俺も同じようにする。
あんまり
「さっきはすいませんでした」
まず最初に、俺はあやまることにした。
「お風呂を
「ち、ちがっ」
「え?」
「ち、違うんです。悪いのは、アグニスの方……です」
アグニスは途切れ途切れに話しはじめる。
「こ、この時間は、めったに人が来ないので……アグニスが勝手に、この子たちの、手伝いをしてた……ので。トール・リーガスさまは悪くない、から」
「いやいや、でも、
「にゅ、『入浴中』の札、出してなかったの、こっち!」
「でもお風呂には入ってなかったですよね? お風呂のお湯を沸かしてただけで」
「そ、それでも……ドアは閉じておく、べき。だ、だから……はだか、見られたのは……アグニスの
「でもでも、それをじっくり見てしまったのは俺のミスですから!」
「お見苦しいものを見せてしまったので!」
「ぜんっぜん見苦しくはなかったです! むしろ炎の精霊とはこういうものかと。神の
「……う、うううううぅ」
ぼっ、と、
さっきのことを思い出したらしい。
「
「え?」
「その鎧は『地属性』をふたつ重ねた『火炎耐性』の鎧ですよね。しかも、しなやかで、肌の上から直に着ても大丈夫なようになってる」
さっき鎧を見たとき、こっそり『
そのとき、鎧が軽くてやわらかいことがわかった。
「そんな鎧でも、アグニスさんの炎には耐え切れてない。関節や部品のつなぎ目が緩み始めてる。そこまで強力な炎の力を持っているのは、やっぱりすごいと思います」
「でも、アグニスは炎を……コントロールできないので……」
「さっきも、そう言ってましたね」
「……はい」
アグニスは長いため息をついた。
それから兜を外して、俺の前に素顔をさらす。
「そのまま、目を……そらさないで、欲しい、です」
「あ、はい」
「……じ────っ」
アグニスの目が、まっすぐに俺を見つめてる。
言われた通り、俺もアグニスの目を見つめ返す。
きれいな目だった。瞳の色がゆらぎながら、黄色から赤に、赤から黄色に変わっていく。
本当に
地属性をふたつ重ねても防ぎきれない炎なら、それは火山の炎のように強力なものだ。
それを生み出すほどの火の魔力とはどういうものなのか。そもそも本人はその熱をどうやって防いでいるのか。はだかの上から
そんなことを考えながらアグニスの顔を見つめていると──
「……う、うぅ。うぅぅ」
アグニスの首から顎、顎から頬。頬から額までが真っ赤になっていく。
それから、ぼっ、と音を立てて、アグニスの髪から炎が噴きだした。
「ぐるる」「ぐるるるー」「ぐっるー」
かっぽん。
待機していたサラマンダーたちが、アグニスに『火炎耐性』の兜をかぶせる。
しばらくすると炎が収まり、アグニスはため息をついた。
「ご、ごらんの通り、なので……」
「やっぱり、緊張したり興奮したりすると、身体から炎が出るんですね」
「は、はい」
「でも、
「……うぅ」
「……さっきは、
「ぐるる」「ぐるるる」「ぐるっぐ」
こくこく、とうなずくサラマンダーたち。
つまり、こういうことらしい。
アグニスは
けれど、彼女自身はそれをコントロールできない。
感情がたかぶると、勝手に炎が出てしまう。
だから炎を抑えるために、火炎耐性を持つ鎧を着ている。
鎧を脱いでサラマンダーたちと一緒にいたのは、彼らが炎の影響を受けないから。サラマンダーは
その彼らに手伝ってもらって、アグニスは炎を操る訓練をしていたらしい。
「……父さまは言いました。『アグニスは火の魔力が強すぎるのだ。でも、それは「
アグニスはうつむきながら、つぶやいた。
「でも……アグニスは、自分の魔力が……あんまり好きじゃないです。炎の魔力に覚醒する前は好きな服を着ていられたけど……今は、着たものがみんな燃えちゃいます……から。炎があふれて、他の人に火傷を負わせてしまうことも……あるので」
「わかりました。解決方法を考えてみます」
「……え?」
顔は見えないけど、ぽかん、としてるのがわかった。
「トールさまが、アグニスの『火の魔力』を……なんとかしてくださる、ですか?」
「はい。できるだけやってみます」
「ど、どうして? 魔王領のお客人のトールさまが……?」
「俺は魔王陛下に雇われた錬金術師でもあるんです」
俺は少女アグニスにうなずき返す。
「で、火炎将軍のライゼンガさまは、魔王陛下の部下で、アグニスさんはその娘さんですよね?」
「は、はい……そうなのです、けど」
「ということは、将軍とアグニスさんは、俺の上司のようなものですよね?」
「上司……? ちょっと違うような……」
「それに、ライゼンガ将軍は俺に対して『お前はどうやって魔王領の役に立つつもりだ』とおっしゃってました」
確かに言っていた。
「あれは『どうやって魔王領の役に立つのか証明しろ』という意味ですよね?」
「そう……でしょうか?」
「そうなんです」
「そうです……ね」
よっしゃ。アグニスの
だったら問題なしだ。
すぐに部屋に戻って、『通販カタログ』を調べよう。
勇者世界のアイテムなら、アグニスの問題を解決できるかもしれない。
異世界から来た勇者はかつて、火炎巨人と同等の炎を扱うドラゴンや、
「アグニス・フレイザッドさま。俺に、あなたの炎の問題を解決するように、依頼してくれますか?」
「……トール・リーガスさま」
アグニスは、しばらく迷っていたようだけど──
やがて、はっきりと「お願いします」と、うなずいてくれた。
「じゃあ、これからマジックアイテムを作ります。完成するまでの間は、これを使っていてください」
俺は『超小型簡易倉庫』を、アグニスに渡した。
「これは勇者が使っていた『収納ボックス』の簡易版です。炎があふれそうになったら、これで吸い込んでください。手に持って『収納』って思うだけで使えますから」
「い、いえ。これ……貴重なものなのでは?」
「また作ればいいですよ。それより使ったあとで感想を聞かせてください。フタが開きにくいとか、デザインがいまいちだとか、色はピンクがいいとか、黄色がいいとか。あ、ツートンカラーやストライプもありですよ。そうやって意見を聞いて、ブラッシュアップしていくんで」
「……ありがとうございます……トール・リーガスさま」
アグニスは、『超小型簡易倉庫』を抱きしめた。
「それと……昼間は、父さまが失礼なことを言ってごめんなさい、です」
「あれはしょうがないと思います」
「そうですか?」
「だって俺はアグニスさんが唯一着てる服をいじりたいって言っ──」
「ト、トールさま!」
「ぐるる!」「ぐる──っ!」「ぐるるぅ!」
アグニスが立ち上がり、サラマンダーたちが声をあげる。
湯沸かし場でのことを思い出したのか、アグニスの鎧の隙間から炎が出てくる。
「じゃあ『簡易倉庫』のドアを開けて『収納。火炎』って、言ってみてください」
「は、はい。収納、火炎!」
しゅるん。
鎧の隙間からはみ出していた火炎が、箱の中に吸い込まれた。
「……す、すごい。本当にこれをいただいてもいい……のですか?」
「構いません。それに、その箱だけじゃ、一時しのぎにしかならないですから」
「一時しのぎでも……じゅうぶん、です」
「そうなんですか?」
「は、はい。火炎巨人の血を引く者は……成長することで、だんだん炎のコントロールがうまくなる……そうです。アグニスと同じような者は以前にもいて……だいたい、20歳くらいまでには……ちゃんとできるようになる、そうです。アグニスも、あと、5年……です」
こくこく、と、アグニスはうなずいた。
あと5年、ということはアグニスは15歳。
それまで彼女は好きな服も着られないし、サラマンダーとしか遊べないのか。
「もっと根本的な解決策が必要だな」
「……トールさま?」
「アグニスさんが炎をコントロールできるようなアイテムを作らないと……異世界の勇者にはできたはず。同じ能力を持つものは作れるはずだ。勇者のやつらは帝国の礎を作ってるからな。あいつらにできることができないようじゃ……帝国に勝ったとはいえない……」
「ど、どうした、ですか? トールさま」
「……いえ、なんでもないです」
俺は
「とにかく、もっといい方法を考えてみます」
「不思議な方……です。トールさま」
アグニスは首をかしげた。
「出会ったばかりのアグニスに……どうして、そこまで、してくれる……ですか?」
「俺は魔王陛下の錬金術師ですから」
さっきも思ったけど、魔王領には色々な種族がいる。
門番はミノタウロスだし、料理長はドワーフ、将軍は
魔王直属の錬金術師である俺は、色々な種族の問題を解決しなきゃいけない。
アグニスの問題を解決することは、俺の仕事の
「──と、いうわけです」
俺の説明を聞いて、アグニスは不思議そうな顔をしたけど──
「わかりました。トール・リーガスさまに、お任せ、します」
「ありがとうございます」
「でも、無理はしないで……欲しいです。アグニスは、人の迷惑をかけたくない……ので」
「迷惑じゃないです。マジックアイテムを作るのは、俺の望みでもあるので」
「……望み、ですか?」
「俺は勇者の世界に勝ちたいんです」
俺は言った。
「それで、自分の居場所をおだやかでのんびり暮らせる場所にしたい。そのために錬金術の技を磨きたいんです。で、今の俺は魔王領にいますから、魔王領の知り合いにもできればおだやかでのんびり暮らして欲しい。それだけなんですよ」
俺の言葉に、アグニスはやっぱり、不思議そうな顔をしていたのだけど──
明日、同じ時間にここで会うことにして、俺たちは別れたのだった。
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